神戸地方裁判所 昭和45年(ワ)1141号 判決 1973年4月13日
原告 伊藤ハム栄養食品株式会社
右代表者代表取締役 伊藤伝三
右訴訟代理人弁護士 富岡健一
被告 門口栄蔵
被告 門口順之助
右被告ら訴訟代理人弁護士 木村五郎
同 岡田和義
主文
一、被告らは各自原告に対し、金三三万五、八六〇円及びこれに対する昭和四五年一〇月一〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二、訴訟費用は被告らの負担とする。
三、この判決は仮に執行することができる。
事実
第一、当事者の求めた裁判
一、原告
主文同旨の判決並びに仮執行宣言。
二、被告ら
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
第二、当事者の主張
(原告主張の請求原因)
一、被告栄蔵は、大阪チェン株式会社(以下大阪チェンという)が設立された昭和四〇年四月二一日から同社の代表取締役であり、被告順之助は、右設立当初から同社の取締役である。
二、原告はハムソーセージ等の加工品及び生肉の販売を業とする会社であるが、右大阪チェン敦賀店に対し、昭和四五年六月二一日から同年八月三日までの間、ハムソーセージ等の加工品並びに豚などの生肉代金合計六七万一、七二九円を売渡した。
三、原告は大阪チェンから昭和四五年八月二四日右売掛代金の内三三万五、八六九円の支払を受けた。
(イ) しかし、大阪チェンは同年八月九日事実上倒産したため残代金三三万五、八六〇円の回収が不能となり、これによって原告は同額の損害を受けた。
(ロ) また、仮に被告らの後記主張のとおり、原告が大阪チェンに対し右売掛残代金の支払義務を免除したものだとすれば、それは大阪チェンに対しその支払請求権を喪失したことにはなるが、しかし、原告の右支払義務の免除(半額の値引)は大阪チェンの取締役である被告らに強要されてやむなくしたものであるから、これによって原告は事実上同額の損害を受けた。
四、原告の右損害は、大阪チェンの取締役である被告らが職務を行うにつき悪意又は重大な過失があったために生じたものであるから、被告らは商法二六六条の三により第三者である原告に対しその損害を賠償すべきである。即ち、
(1) 大阪チェンは、大阪市東住吉区加美大芝町八丁目一一五番地の一に本店を置き、敦賀店外八店を有して衣料並びに食糧品等の販売等を業としていたが、同社は昭和四〇年四月倒産した株式会社大阪チェンストア(以下大阪チェンストアという)の更生を図るために設立した会社であって、不動産その他ほとんどみるべき資産がないばかりでなく、当初から右大阪チェンストアの債務の五〇%にあたる一億二、〇〇〇万円余の巨額の債務を有し、これを五回にわけて二年以内に(昭和四二年六月までに)完済する約束であったところ、昭和四四年一月までにようやく三五%を支払ったのみで、以後その余の支払(約三、六〇〇万円)ができず、そのうえ大阪チェンになってからの債務も多数の者に対し相当多額となっており、昭和四五年五月ころには経営の行詰りが顕著となり、少なくともそのころには営業の全面閉鎖の方針が内定したと考えられるので、それ以後に商品の買入れをしてもその代金の支払が不可能であることを知悉し、又はその不可能であることを予見し若しくは当然予見すべきであったから、被告らは大阪チェンの取締役として職務上原告との取引を中止すべきであった。然るに被告らはこれを怠って前記二のとおり原告からハム等の商品を買入れたことは商法二六六条の三の取締役が職務を行うにつき悪意又は重大な過失がある場合に該当し、その結果、前記三の(イ)のとおり原告に対し金三三万五、八六〇円の損害を生じさせたものである。
(2) また、被告らは、右(1)の任務懈怠による損害賠償責任があるばかりでなく、原告に対し昭和四五年八月二四日原告の大阪チェンに対する売掛残代金三三万五、八六〇円の支払義務の免除(売掛金の半額の免除)を強要してその免除をさせた。これは被告らが第三者である原告を害する意思(悪意)でしたものであるから、この点でも被告らは商法二六六条の三により原告に対し売掛残代金相当額三三万五、八六〇円の賠償をなすべき義務がある。
(請求原因に対する被告らの答弁)
一、請求原因一、二項の事実は認める。
二、同三項の事実中、大阪チェンが原告に対し昭和四五年八月九日売買代金の内三三万五、八六九円の支払をしたことは認めるが、その余の事実は否認する。大阪チェンは同社の代表取締役である被告栄蔵が肝膿腸の治療に専念するという健康上の理由と、大型スーパーの進出による利益率の低下などの理由から、これまでの規模の営業継続が不可能となったのでやむなく営業部門を閉鎖したものであって、経営不振のため倒産したものではない。
三、同四項の事実のうち、大阪チェンが衣料並びに食糧品等の販売等を業とする会社であること、大阪チェンストアが昭和四〇年四月倒産したことは認めるが、その余の事実は否認する。
(被告らの抗弁)
一、原告は、昭和四五年八月二四日、大阪チェンに対し、売掛残代金三三万五、八六〇円の支払義務を免除した。
二、仮に右免除の意思表示をした原告会社の従業員横田敏弘に債務を免除する権限がなかったとしても、同横田は原告会社の福井出張所長として同出張所で扱う商品の売買に関する広い範囲の権限を有していたものであり、しかも同日は最初に同出張所の担当従業員石井が大阪チェン敦賀店を訪れて売掛金の支払を求めたが、その際同社の取締役たる被告順之助から右代金中半額にあたる三三万五、八六〇円の値引の要請があったが、右石井は自分には値引の権限がないといって出張所に帰ったあと、前記横田敏弘が原告会社敦賀店に来て、そのとき同人が前記値引に応じたものであるから、大阪チェンとしては右横田に値引(債務の一部免除)の権限があったと信じたものであって、信ずるべき正当事由があったものというべきである。
(右抗弁に対する原告の答弁)
抗弁一項の事実中、原告会社の従業員横田敏弘が被告主張のとおり債務免除の意思表示をしたことは認める。しかし同人には債務免除の権限はなかったから免除の効力はない。
同二項の事実のうち、横田敏弘が原告会社福井出張所長であったことは認めるが、その余の事実は否認する。
第三、証拠≪省略≫
理由
一、被告栄蔵は大阪チェンが設立された昭和四〇年四月二一日から同社の代表取締役であり、被告順之助は右設立当初から同社の取締役であること、原告はハムソーセージ等の加工品及び生肉の販売等を業とする会社であるところ大阪チェン敦賀店に対し昭和四五年六月二一日から同年八月三日までの間ハムソーセージ等加工品及び豚などの生肉代金合計六七万一、七二九円を売渡したことそして原告が大阪チェンから右代金のうち金三三万五、八六九円を昭和四五年八月二四日に支払を受けたことは当事者間に争いがない。
二、売掛残代金の回収不能による損害賠償について
右昭和四五年八月二四日、原告が大阪チェンから右金員の支払を受けた際、原告会社の従業員で当時福井出張所長であった横田敏弘は、後記認定のとおり、被告らの強要によって売掛代金のほぼ半額に相当する金三三万五、八六〇円の値引(債務の一部免除)をしたものであるので、原告の大阪チェンに対する残代金が現に存するか否かは疑義のあるところであるが、仮に原告主張のとおり現に右残代金債権が存するとしても、前記昭和四五年八月二四日当時はとにかく、現時点においてはその債権の回収が不可能であるとは認めがたい。即ち、被告両名の各本人尋問の結果によれば、大阪チェンは衣類や食糧品等を販売するいわゆるスーパーマーケットを営んでいたが、昭和四五年八月一〇日限りで各店舗を閉鎖したあと、同年九月ころ門口商事株式会社と商号を変更したうえ、それ以降は従業員一〇名ほどを使って貸店舗業を営んでおり、不動産としてはもと店舗であった土地建物を有し、もとより抵当権等担保権がついてはいるが、昭和四五年当時より地価が高騰しているため右担保権を計算に入れても余剰があることが認められるので、この事実に徴すると、原告の主張する残代金三三万五、八六〇円の回収は不可能ではない。
よって、右売掛残代金の回収不能による損害賠償請求は、その余について判断するまでもなく、理由がない。
三、強要による損害賠償請求について
原告会社福井出張所長横田敏弘が昭和四五年八月二四日大阪チェンに対する売掛残代金三三万五、八六〇円の支払を免除したのは、次に詳述するとおり、被告らの強要によるものである。
即ち、≪証拠省略≫を総合すると、次の事実が認められる。
大阪チェンは昭和四〇年四月二一日設立された衣類食糧品等の販売会社であるが、同社は同年四月倒産した大阪チェンストア(代表取締役社長作野金之助が同年二月死亡したことにより倒産したもの)の更生を図るため設立された会社であって、大阪チェンストアの資産(主として抵当権等担保権付の不動産、その他商品、什器、備品等一切)の全部を譲り受けると共に担保権のついていない債務の五〇%(約一億二、〇〇〇万円)を引継ぎ、これを新会社である大阪チェンの収益金等から五回にわけて昭和四二年六月までに返済する計画であった。
被告栄蔵は作野金之助の義弟でありかつ大阪チェンストアの債権者の一人であることから大阪チェンの代表取締役社長に就任したものであり、被告順之助は右被告栄蔵の子であって営業担当の取締役に就任した。
大阪チェンは大阪市東住吉区加美大芝町八丁目一一五番地の一に本店を置き、敦賀、舞鶴、福知山、長浜、八日市、泉佐野、貝塚などに店舗をもっていたが、原告会社福井出張所とは敦賀店で昭和四三年七月から取引を開始し、ハムソーセージ等の加工品は毎月二〇日締切で翌月一五日払(当日小切手払)、生肉は毎月一〇日、二〇日、月末締切で名一〇日後払(現金払)の約定であって、昭和四五年六月二〇日までの分については約定どおり支払をした。
ところで、前記大阪チェンストアから引継いだ債務の返済は予定より大きく遅れて昭和四四年一月までにようやく三五%を支払ったのみであった。そして昭和四五年ころになると大型スーパーマーケットの進出などにより大阪チェンの収益は伸びず、経営が悪化し、将来性も期待できないことが顕著となり、同年四月ころには大型スーパーとの合併の話もあったが結局その話は実らず、加えて社長の被告栄蔵は肝膿瘍で治療の必要があったことなどから、同年七月初めには各店舗の閉鎖の方針を決定した。
被告栄蔵は大阪チェンの代表取締役社長として大阪チェンの従業員約二六〇名の給料、解雇手当等のほか、大阪チェンになってからの取引による債務を支払うには、当時の収益金のみでは完済できず、不動産を処分しなければならなかったが、不動産の処分はせずに右債務を決済したいと考え、そのため大阪チェンの債務のうち大阪チェンストアから引継いだ債務(ただし担保のついていないもの)の中で未だ返済しないでいる分についてはその債権者委員会に働きかけてすべて放棄させることとし、大阪チェンになってからの取引による債務については、今迄リベートをとっていなかったのでそのリベート名目で四ないし五割の値引を求める方針を決めた。右方針に基づいて被告栄蔵は、大阪チェンストアの債権者委員会からは同年八月八日その放棄の了解をえたうえ(これは右債権者らは大阪チェンストアのままで清算した場合には一〇%程度しか配当がえられなかったのに比べると新会社を設立してその収益等で配当を受けたため三五%の配当を受けられたとしてまずまず成功であったという気持と当時の資産状況等からみてこれ以上の配当は期待できないことからやむをえないとして了解したもの。なお正式の了解は同年九月であった)、福知山店、舞鶴店をはじめとして順次閉鎖し、敦賀店は昭和四五年八月の初め商品一掃の大売出しをして同月一〇日限りで閉鎖した。原告会社の各店舗はすべて同日までに閉鎖した。
被告順之助は、大阪チェンの営業担当取締役として被告栄蔵の前記方針を了承し、この方針に基づいて大阪チェンの取引先に対し売掛残代金の値引の承認を得させる仕事を担当し、敦賀店の分については昭和四八年八月以降の支払は同月二四日にこれをなすこととし、同日敦賀店に出向いて各取引先に売掛金の半額の値引を求め、その値引に応じた者に対してのみ即日残額の支払をした。
その日原告会社では最初福井出張所の担当者である石井が右敦賀店に行ったが、被告順之助は売掛金合計六七万一、七二九円のほぼ半額にあたる三三万五、八六〇円の値引を要請し、その要求に応じないと残りの代金も支払えない旨述べたので、右石井は自分には値引の権限がないといって出張所に帰り、そのことを出張所長である横田敏弘に報告した。そこで今度は右横田が敦賀店に出向いて売掛金全額の支払を求めたが、被告順之助は前記同様半額の値引を求め、これに応じないときは残余の支払も後日にまわす、もし全額の支払を望むならそのとおり払うが、不動産を有利に処分してからになるのでそれには一、二年かかる旨言明し、他の業者は値引に応じたので原告会社も値引に応ずるよう執ように迫り、予め用意してあった金額記載ずみの値引の「承認書」に署名押印を求めた。原告会社は大阪チェンの閉鎖の方針を昭和四五年八月三日敦賀店の精肉部の従業員からの非公式の電話ではじめて知ったものであり、又以前大阪チェンストアとの取引はなく、大阪チェンになってからはじめて取引したものであって、大阪チェンが大阪チェンストアの更生を図るために設立した会社であることは右電話を受けてからはじめて知り(大阪チェンストアの倒産から新会社たる大阪チェンへの引継ぎは各店舗を閉鎖せずに行われたので、取引のない者はその事実を知らなかったもの)、大阪チェンストアの債務も多額にのぼることを聞き及びかつすでに各店舗が閉鎖ずみでこれからの収益は全く望めないことなどから、前記横田としては、その日たとえ半額でも売掛金を回収しないと他日ではほとんど回収ができないものと考え、やむなく被告順之助からいわれるままに半額の値引に応ずることとし、差出された前記値引の承認書に署名押印してこれを渡し、残る半額分の小切手を受領した。大阪チェンの取引先の他の業者は被告順之助の右のような値引要求のため一ないし三割の値引の者もあったが大部分は四ないし五割の値引を承認して残額の支払を受けた。
右横田から即日報告を受けた原告会社では、そのころ大阪チェンに対し電話で値引は承認できないと主張して残代金の支払を求めたが、被告順之助はすでに値引の承認をえているから支払はできないと返事してその支払を拒んだ。
なお、大阪チェンは前記各店舗閉鎖後、前記認定のとおり昭和四五年九月ころ門口商事株式会社と商号を変更してスーパーマーケット当時の店舗の土地建物の貸店舗業をして現在営業を継続している。
以上の事実が認められ(る。)≪証拠判断省略≫
右によれば、被告栄蔵は大阪チェンの代表取締役社長として、被告順之助は同社の取締役として、共に意思を通じて、同社の主要不動産を残して同社の延命をはかるため原告を強要して売掛金の五割の値引(債務の一部免除)をさせたものと認めるのが相当である。
その結果、原告は大阪チェンに対し、事実上右値引額と同額の損害を受けた。これは大阪チェンの取締役である被告らが第三者である原告を害することを知りながら値引を要求したことによって生じたものであるから、被告らは各自商法二六六条の三により原告に対し右損害を賠償すべき義務がある。
四、よって、原告が被告らに対し各自右損害金三三万五、八六〇円及び訴状送達の翌日たること記録上明らかな昭和四五年一〇月一〇日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める本訴請求は正当として認容すべきであり、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 角田進)