神戸地方裁判所 昭和45年(ワ)1191号 判決 1977年10月26日
原告
明石波一郎
被告
和泉建設株式会社
ほか三名
主文
一 被告株式会社正和興産は原告に対し、金一、七五〇万円およびうち金一、六〇〇万円に対する昭和四五年一〇月一四日から、うち金一五〇万円に対する昭和五二年一〇月二七日から支払いずみまで各年五分の割合による金員を支払え。
二 原告の被告和泉建設株式会社、同加藤勲三、同楢木野英雄に対する各請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、原告と被告株式会社正和興産との間に生じた分は同被告の負担とし、原告と被告和泉建設株式会社、同加藤勲三、同楢木野英雄との間に生じた分は原告の負担とする。
四 この判決は第一項にかぎり仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告
(一) 被告らは各自原告に対し、金一、七五〇万円およびうち金一、六〇〇万円に対する訴状送達の翌日から、うち金一五〇万円に対する判決言渡しの翌日から支払ずみまで各年五分の割合による金員を支払え。
(二) 訴訟費用は被告らの負担とする。
(三) 仮執行の宣言。
二 被告ら(ただし、被告株式会社正和興産を除く)
(一) 原告の請求を棄却する。
(二) 訴訟費用は原告の負担とする。
第二請求原因
一 事故の発生
(一) 日時 昭和四二年一〇月一六日午後三時二五分ごろ
(二) 場所 山口県都濃郡南陽町大字富田野村開作東洋ソーダ株式会社西門北側のT字型交差点
(三) 加害車 大型貨物自動車(山一せ二八一八号)
右運転者 被告加藤勲三(以下単に被告加藤という。)
(四) 被害車 普通貨物自動車(山四そ七四〇七号)
右運転者 訴外佐田君江(以下単に佐田という。)
(五) 態様 原告同乗の被害車が右T字型交差点に南から北に進入したところ、同交差点を東から西に直進してきた加害車と衝突した。
(六) 傷害の部位、程度 頸部捻挫、左胸部打撲による第四肋軟骨骨折等
(七) 治療経過
(1) 入院
昭和四三年三月五日から昭和四五年六月七日まで
神戸液済会病院 八二五日間
昭和四五年六月一〇日から同年九月三〇日まで
近藤病院 一一三日間
合計日数 九三八日間
(2) 通院
昭和四二年一〇月一八日から昭和四三年三月四日まで
神戸液済会病院 実通院数 一〇九日間
昭和四五年六月八日から同年六月九日まで
近藤病院 実通院数 二日間
(八) 後遺障害 昭和四五年一〇月ごろ症状固定、頭痛、頸部頂頭痛、頸椎運動障害、右上肢運動痛、右前胸部痛、右上肢の筋萎縮の後遺症があり、その他感音性難聴もある。その程度は上肢の用を全廃したとはいえないが、頸部の運動障害を加味すれば、自賠法施行令別表等級第五級四号に相当する。
二 責任原因
(一) 被告和泉建設株式会社(以下単に被告和泉建設という。)は訴外東洋ソーダ株式会社から山口県都濃郡南陽町の第八期護岸裏埋立工事を請負い、この埋立用土砂の運搬を被告株式会社正和興産(以下単に被告正和興産という。)に下請けさせていたところ、被告加藤は被告楢木野英雄(以下単に被告楢木野という。)保有の加害車を持込みで被告正和興産に雇用されて、右埋立用土砂の運搬に従事していたものであるが、被告和泉建設および被告正和興産は被告加藤を指揮監督していたものであるから、被告和泉建設、同正和興産および同楢木野はいずれも運行供用者として自賠法三条に基づき、被告和泉建設および同正和興産については、さらに民法七一五条に基づき、本件事故によつて受けた後記原告の損害を賠償する責任がある。
(二) 被告加藤は、前記交差点を西進するに際し、同交差点内にある佐田運転の被害車を一〇〇メートル先から認識しており、かかる場合被害車の動静および付近の状況を十分注意して徐行または停止して事故の発生を未然に防止する義務があるのに、漫然と時速約五〇キロメートルで進行した過失によつて本件事故を惹起させたものであるから、民法七〇九条に基づき本件事故によつて受けた後記原告の損害を賠償する責任がある。
三 損害
(一) 入院費等 金二八万九、六〇〇円
(イ) 入院費(本人負担分)金一〇万二、〇〇〇円
(ロ) 入院雑費 金一八万七、六〇〇円
入院日数九三八日に対する一日金二〇〇円の雑費を要するものとして金一八万七、六〇〇円。
(二) 休業補償 金一八二万五、九三八円
原告は本件事故前東海運株式会社の汽船直洋丸に司厨長として乗船勤務していたが、本件事故後、後遺症固定時までの三年間休業を余儀なくされ、その間の得たであろう収入合計金四三五万二、六四四円から労働者災害保険給付金等金一五五万七、三二二円および夏冬期手当金九六万九、三八四円(合計金二五二万六、七〇六円)を控除した金一八二万五、九三八円。
(三) 将来の逸失利益 金一、四二〇万八、四〇九円
原告は症状固定時(昭和四五年一〇月ごろ)において、年間平均金二四七万一、一九一円の収入を得ていたところ当時満五六歳で今後すくなくとも八、九年間は就労が可能である。ところで原告の後遺障害をその等級表にあてはめると第五級四号となるから、その労働能力の喪失率は一〇〇分の七九である。そこで年五分の中間利息控除によるホフマン式計算(係数七、二七八)によつて現価を算出すると、金一、四二〇万八、四〇九円となる。
(四) 慰藉料 金六〇〇万円
(五) 損益相殺 金四〇六万円
原告は、訴外東海運株式会社から後遺症分として金三五四万円、治療費分として金五〇万円を受領し、また、訴外佐田から見舞金として金二万円を受領したから、その合計額金四〇六万円。
(六) 弁護士費用 金一五〇万円
四 結論
よつて、原告は被告らに対し、それぞれ、(一)入院費等(金二八万九、六〇〇円)、(二)休業補償(金一八二万五、九三八円)、(三)将来の逸失利益(金一、四二〇万八、四〇九円)、(四)慰藉料(金六〇〇万円)合計金二、二三二万三、九四七円から(五)損益相殺(金四〇六万円)を控除した金一、八三一万七、九四七円のうち金一、六〇〇万円と(六)弁護士費用金一五〇万円との合計額金一、七五〇万円およびうち金一、六〇〇万円に対する訴状送達の翌日から、うち金一五〇万円に対する判決言渡しの翌日から支払いずみまで各民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
第三被告らの事実主張
一 請求原因に対する被告和泉建設の答弁
第一項(一)ないし(八)の各事実はすべて争う。
第二項(一)の事実中、被告和泉建設が訴外東洋ソーダ株式会社から山口県都濃郡南陽町の第八期護岸裏埋立工事を請負い、この埋立用土砂の運搬を被告正和興産に下請けさせたことは認めるが、その余の事実はすべて否認する。埋立用土砂の運搬については全く被告正和興産の専権に属し、土砂運搬の車両については、何らの運行支配もなければ、運行利益もないのであるから、被告和泉建設が自賠法三条または民法七一五条の責任を負うことはない。同(二)の事実は否認する。
第三項(一)ないし(四)、(六)はすべて争うが、(五)は認める。
二 請求原因に対する被告加藤の答弁
第一項(一)ないし(五)の各事実は認めるが、(六)(七)(八)はすべて争う。
第二項(一)の事実は争う。
第三項(一)ないし(四)、(六)はすべて争うが、(五)は認める。
三 請求原因に対する被告楢木野の答弁
第一項(一)ないし(五)の各事実は認めるが、(六)(七)(八)はすべて知らない。
第二項(一)の事実中、被告楢木野が加害車を所有していたことは認めるが、その余の事実はすべて知らない。同(二)の事実は否認する。
第三項(一)ないし(六)の事実はすべて知らない。
四 被告和泉建設および同加藤の事故状況についての主張
本件事故現場は、幅員の明らかに広い東西に通ずる道路に対し、その南側の訴外東洋ソーダ株式会社の構内からその西門を経て北に至る道路が丁字型に交差する三叉路交差点であつて、見通しのよい場所である。被告加藤は、加害車を運転して右東西道路を東から西に右交差点に向つて時速約四〇キロメートルで進行中、右南北道路を南から北に向つて進行してくる訴外佐田運転の被害車を認めたが、被害車が右交差点手前で一時停車するなどして自車に進路を譲るものと考え、そのまま西進したところ、被害車が突然右折の信号もせず、右交差点内に進入したため、衝突の危険を感じ、右に転把して急制動をかけたが、間にあわず、右交差点内において、自車の左前部を被害車の右前部に衝突させて、本件事故を惹起せしめたものである。ところで交差点で右折する場合においては、当該交差点を直進しようとする車両等があるときは、その進行を妨害してはならないのであつて(昭和四六年法九八号による改正前の道交法三七条一項)、被害車は右折を完了している状態またはそれに近い状態になかつたのであるから、本件事故は、訴外佐田の一方的な過失に基因するものであり。被告加藤には何ら過失はない。
五 被告和泉建設および同楢木野の自賠法三条但し書の免責の抗弁
仮に被告和泉建設および同楢木野が自賠法三条本文の運行供用者であつたとしても、前記のとおり、本件事故は、被告加藤には何らの過失はなく、被害車の運転者である訴外佐田の一方的過失によつて惹起されたものであつて、被告和泉建設および同楢木野に過失はなく、被告加藤運転の加害車には構造上の欠陥も機能上の障害もなかつた。
六 被告和泉建設および同加藤の過失相殺の抗弁
仮に被告和泉建設および同加藤について本件事故に関し何らかの損害賠償義務があるとしても、本件事故は、前記のとおり、訴外佐田の過失が重大であるから、過失相殺されるべきである。
七 被告加藤の債務免除、被告和泉建設の権利乱用の抗弁
仮に本件事故について被告加藤にも過失があつたとしても前記のとおり、本件事故は訴外佐田の過失も基因しているから、被告加藤と訴外佐田とは共同不法行為者というべく、その負担する損害賠償債務はいわゆる不真正連帯債務であるところ、原告は訴外佐田に対しては損害賠償を請求せず、その債務を免除しているのであつて、かかる場合には、その債務免除の効果が被告加藤に対しても及ぶものと解すべきである。しかも原告は、被告和泉建設に対しては、本訴提起まで損害賠償請求について何らの交渉もせず、債権者としては信義誠実の原則に反しているから、同被告に対する本訴請求は権利の乱用として許されない。
八 被告和泉建設および同加藤の消滅時効の抗弁
原告は昭和四八年一一月一〇日付準備書面をもつて弁護士費用金二〇〇万円(後に金一五〇万円に減縮)を追加請求したが、本件事故発生当日から三年以上経過しているから、右弁護士費用は時効により消滅している。
第四被告らの抗弁に対する原告の答弁
前記第三の五ないし八の各抗弁はすべて争う。
第五被告正和興産は適式の期日の呼出しを受けたが、本件口頭弁論期日に出頭せず、答弁書その他の準備書面を提出しなかつた。
第六証拠〔略〕
理由
一 原告の被告正和興産に対する請求について
被告正和興産は、民訴法一四〇条三項の規定により、原告の請求原因事実をすべて自白したものとみなすべく、右事実によれば、原告の被告正和興産に対する請求は正当として認容すべきである。
二 原告の被告和泉建設、同加藤および同楢木野に対する請求について
(一) 本件事故の状況と被告加藤の過失について
請求原因一の(一)ないし(五)の各事実は、原告と被告加藤、同楢木野との関係では当事者間に争いがなく、原告と被告和泉建設との関係では、成立に争いのない甲第一号証によつて認められるところ、右事実に成立に争いのない甲第七号証の二、乙第一ないし三号証、第七ないし一〇号証、証人佐田君江の証言(後記信用しない部分を除く)、被告加藤本人尋問の結果および現場検証の結果を総合すれば、次の事実が認められる。すなわち、
本件事故現場は、国鉄山陽本線開作駅の南西約一キロのところにある東洋ソーダ株式会社西門前の三叉路交差点であるが、同交差点は、東西にやや左に緩慢なカーブを描きながら通ずる幅員約六・〇五メートルの舗装道路(ただし、交差点以西は幅員約一一メートル)とその両側(ただし、交差点以西は北側のみ)に幅員約二メートルないし四・四五メートルの非舗装道路をもつ東西道路に対し、その南側に所在する東洋ソーダ株式会社構内から西門を経て右東西道路に至る南北道路が丁字型に交差する三叉路交差点であつて、東西道路は南北道路の幅員より明らかに広い幅員の道路であり、同交差点には信号機の設置はなく、見通しはよい。被告加藤は、加害車を運転して右東西道路を時速約四〇ないし四五キロメートル(制限速度時速四〇キロメートル)で同交差点に向つて西進中、左前方約一〇〇メートルの地点に、訴外佐田運転の被害車が右南北道路を同交差点に向つて徐行しながら北進するのを認めたので、その動静に注意しながら同一速度で西進するうち、被害車が同交差点の入口付近に右折の態勢を示しつつ徐行しながら進入するのを認めたが、被害車が同交差点の入口付近で一時停車するなどして自車に進路を譲るものと信じ、そのまま同一速度でさらに西進を続け、同交差点入口付近にさしかかつたところ、被害車が同交差点入口付近で一時停車することなく、そのまま北進して同交差点内に進入し、自車直前で右折しようとするのを約七メートル前方に発見し、衝突の危険を感じ、右に転把して急制動の措置をとつたが間にあわず、同交差点内において、自車左前部を被害車の右前部に衝突させた。訴外佐田は、前記東洋ソーダ株式会社構内において、被害車に原告を同乗させ、被害車を運転して同会社構内から西門を経て前記南北道路に出たうえ一たん停車したところ、右前方約一〇〇メートルの地点に、加害車が前記東西道路を同交差点に向つて西進しているのを認めたが、安全に同交差点を右折できるものと考え、西進する加害車に注意することなく、時速約一〇キロメートルで北進し、そのまま、さらに同交差点に進入した際、前記のとおり、同交差点内において、自車右前部に加害車の左前部が衝突した。衝突場所は、同交差点の中心からやや西寄りで東西に通ずる舗装道路の北端から三・一メートルの地点であつて、被害車は、右折を完了している状態でも、それに近い状態でもなかつた。
以上のとおり認めることができる。右認定に反する証人佐田君江の証言の一部および原告本人尋問の結果は前記各証拠に照らして信用できず、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。
右認定事実からすると、被害車は、本件交差点において、右折を完了している状態でも、それに近い状態でもなかつたのであるから、昭和四六年法九八号による改正前の道交法三七条二項に基づく右折車としての優先権はなく(最判昭和四六年九月二八日刑集二五巻六号七八三頁参照)、むしろ加害車は、南北道路の幅員より明らかに広い幅員の東西道路を西進し、信号機による交通整理の行なわれていない本件交差点に進入しようとしたのであるから、加害車に同条一項に基づく直進車としての優先権があつたというべきところ、加害車を運転していた被告加藤としては、自車には直進車としての優先権があつたので被害車が右折の態勢を示しつつ本件交差点入口付近に進入してきても、当時被害車は時速約一〇キロメートルで徐行していたものであり、本件交差点における見通しもよかつたのであるから、被害車が直進車である自車に進路を譲り、本件交差点入口付近で一時停車し、あえて自車直前で右折を開始することはないであろうと信じても注意義務違反があつたとすることはできないのであつて、加害車が減速徐行停車をしなかつたことに原告主張のような過失はなかつたというべきである。けだし、加害車を運転していた被告加藤としては、かかる場合、自車に直進車としての優先権があつたのであるから、特別の事情のないかぎり、南北道路から本件交差点に進入しようとする車両等も、本件交差点の入口で徐行し、かつ、自車の進行を妨げないように一時停止するなどの措置に出るであろうことを信頼し、それを前提とする注意義務をつくせば足り訴外佐田運転の被害車のように、あえて交通法規に違反して、本件交差点内に進入し、自車の直前で右折する車両のあることまでも予想して、減速徐行停車するなどの注意義務を負担するものでないと解するのが相当であるからである(最判昭和四五年一一月一七日刑集二四巻一二号一六二二頁、最判昭和四五年一二月二二日判例タイムス〔編注:原文ママ 「判例タイムズ」と思われる〕二六一号二六五頁参照)。そして、本件においては、前記特別の事情については何らの主張も立証もないのであつて、加害車と被害車のそれぞれの走行速度と衝突地点との関係および加害車が本件交差点入口付近に進行するに至るまでの前記認定のような経過を彼此検討すれば、加害車が、自車直前で右折を開始しようとする被害車の発見が遅すぎたともいえないのである。本件事故発生については、被告加藤には何らの過失はなかつたというべきである。むしろ、前記認定事実によれば、被害車を運転していた訴外佐田は、東西道路を西進する加害車を認めながら、安全に本件交差点を右折できるものと考え、西進する加害車に注意することなく、時速約一〇キロメートルで漫然と加害車の直前で右折を開始して、加害車の進路を妨げたのであるから、本件事故は、もつぱら訴外佐田の右交通法規違反などの過失によつて発生したものというべきである。
(二) 被告和泉建設および同楢木野の免責の抗弁について
被告楢木野が加害車を所有していたことは原告と被告楢木野の関係で当事者間に争いがないところ、仮に被告和泉建設および同楢木野が原告主張のように自賠法三条の運行供用者であつたとしても、前記のとおり、被告加藤には本件事故の発生について何らの過失はなく、本件事故は、もつぱら訴外佐田の過失によつて発生したものであり、本件事故について被告和泉建設および同楢木野に過失のないことも弁論の全趣旨によつて明らかであつて、加害車には構造上の欠陥も、機能上の障害もなかつたことは前記乙第二号証と被告加藤本人尋問の結果からこれを認めることができるから、結局、被告和泉建設および同楢木野の自賠法三条但し書所定の免責の抗弁は理由がある。
(三) 以上のとおりであつて、原告の被告和泉建設に対する自賠法三条および民法七一五条に基づく請求、被告加藤に対する民法七〇九条に基づく請求、被告楢木野に対する自賠法三条に基づく請求は、その余の点を判断をするまでもなく、いずれも失当として棄却すべきである。
三 むすび
よつて、原告の被告正和興産に対する本訴請求は正当として認容すべきであるが、原告のその余の被告に対する本訴各請求はいずれも失当として棄却することとし、民訴法八九条、一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 阪井昱朗)