神戸地方裁判所 昭和45年(ワ)516号 判決 1973年4月10日
原告 浜口照子
<ほか四名>
右五名訴訟代理人弁護士 井藤誉志雄
同 藤原精吾
同 川西譲
同 足立昌昭
同 内藤功
同 加藤雅友
同 岡村親宜
右五名訴訟復代理人弁護士 前田貞夫
被告 常石造船株式会社
右代表者代表取締役 神原秀夫
右訴訟代理人弁護士 板木郁郎
被告 新日東工業株式会社
右代表者代表取締役 菊原武男
右訴訟代理人弁護士 栗坂諭
同 柳瀬兼助
主文
一 被告両名は各自(1)原告照子に対し金五五三万〇九三三円および内金四三三万〇九三三円に対する昭和四四年九月一四日から完済まで年五分の割合による金員を、(2)原告真美・同真一・同昌子・同栄子に対しそれぞれ金二一六万五四六六円およびこれに対する昭和四四年九月一四日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告らその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は五分し、その一を原告ら、その四を被告らの各連帯負担とする。
四 この判決は、原告ら勝訴の部分に限り、原告照子については内金一〇〇万円は無担保で、右金一〇〇万円をこえる金員は被告両名に対し共同して金一二〇万円の担保を供するとき、その余の原告については各内金五〇万円は無担保で、右金五〇万円をこえる金員は被告両名に対し共同して各金五二万円の担保を供するとき、それぞれ仮に執行することができる。
事実
一 原告らは、「被告らは各自原告照子に対し金九二二万二〇〇〇円および内金六一二万二〇〇〇円に対する昭和四四年九月一四日から完済まで年五分の割合による金員を、原告真美・同真一・同昌子・同栄子に対しそれぞれ金三三一万一〇〇〇円およびこれに対する昭和四四年九月一四日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決および仮執行の宣言を求め、
被告らは、いずれも、「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求めた。
二 原告らの主張
1 原告照子は亡浜口富繁の妻、その余の原告は同人の子であり、富繁は油圧機器の製造販売を行う被告新日東工業に雇用され油圧機器の据付整備の作業に従事していた。
被告新日東工業は鋼船の建造修理を行う被告常石造船から二〇〇〇トンクレーン船の油圧パイプのフラッシング工事を請負い、富繁は昭和四四年九月一二日午後七時頃広島県沼隅郡沼隅町の被告常石造船所内第三工場艤装岸壁で建造中の右船上で右工事を行っていた。右工事中富繁がフラッシングオイルをドラム缶から貯蔵タンクへビニールパイプで送給を始めたところ不調を感じたので、タンク側からビニールパイプを点検しながらドラム缶の方へ歩いて行く途中甲板上の開口部(縦一・七七米、横一・二二八米)から深さ約六米の船底に墜落し、頭蓋底骨折により約七時間後に死亡した。
2 右労働災害につき被告常石造船は民法第七〇九条の不法行為の責任がある。
本件災害は右甲板上の開口部に墜落防止装置が全くなされていなかったために発生したものであるが、被告常石造船としてはその建造する船体上の直接管理支配する作業場設備内で作業する労働者に危害が発生しないよう防止するため右開口部に墜落防止措置をなすべき義務があるのに、これを怠ったから、被告常石造船としては民法第七〇九条もしくは第七一五条の不法行為の責任がある。
被告常石造船の右義務は条理上当然に認められるものであるが、労働災害防止団体等に関する法律(昭和四七年法律第五七号による改正前のもの、以下災防法という)によっても右義務が認められる。同被告は同法第五七条の元方事業主または同法第五八条の注文者として同法施行規則(昭和四六年労働省令第五号による改正前のもの)第一三条・第三〇条一項一号所定の墜落防止の措置をなすべき義務がある。
被告常石造船は災防法第五八条二項を理由に同被告が無責任であると主張する。しかし右第五八条の法意は次のとおりである。造船業等では事業が請負契約によって行われるという特殊な事業形態にあるため、発注者または上位にある請負人の所有または管理する建設物、機械、器具、材料等を下請人の労働者が使用して作業を行う場合が多いが、下請人が右建設物等の管理権をもっていないため、労基法による使用者の安全衛生保持義務の実効を確保することが困難である。そこでこのような場合における建設物等についての安全衛生措置の万全を期するため、(1)同一の場所で行なう造船業等の事業の仕事の一部を自から行なう注文者が、(2)その所有し管理する建設物等を当該仕事を行なう場所でその請負人の労働者に使用させる場合、(3)注文者に同法施行規則第二三ないし第三九条の措置を講ずる法律上の義務を有するものとされている(同法第五八条一項)。そして当該事業の仕事が数次の請負契約によって行なわれる場合には同一の建設物等が順次下位の下請人の労働者に使用されることになるので、このような場合は(1)当該建設物等について管理権を有し、(2)かつ自ら当該事業の仕事の一部を行なう最上位の注文者が、当該建設物等についての安全衛生保持義務を負うものとされている(同条二項)。
本件においては被告常石造船は元請人函館ドックから本件クレーン船建造工事を一括下請して、右船体を所有管理してその中で自らの労働者および下請人の労働者に仕事をさせていたから被告常石造船は函館ドックにその責任を転稼できない。
3 右労働災害については被告新日東工業も民法第七〇九条もしくは第七一五条の不法行為の責任がある。
富繁は被告新日東工業の現場責任者社員八重垣稔の指揮監督の下にあった現場作業員で、作業の着手・終了、作業個所・内容の決定権は八重垣が握っていた。同人は現場責任者として墜落防止装置が全くなされていない開口部のある甲板上で同被告の被用者を作業させるにあたっては労基法第四二条・労働安全衛生規則第一一一条二項により囲い、手摺り、覆い等の墜落防止措置を講ずべき義務があり、また災防法第五九条二項・同法施行規則第四〇条により作業現場を点検し開口部の有無を確かめ、右開口部に墜落災害の発生を未然に防止すべき措置を講ずべきことを被告常石造船に連絡要請すべき義務があった。
したがって被告新日東工業は民法第七〇九条および第七一五条の不法行為の責任がある。
同被告は客先の設備については労基法第四二条の責任がないと主張するが、同条の責任を負うのは設備の所有者または占有者たる使用者に限られないから、右主張は理由がない。また同被告は災防法による被告常石造船の義務が優先するので被告新日東工業は責任がないと主張するが、注文者が災防法上の義務を負う場合でも下請負人は労基法その他の法令に基づき相協力して労働災害を防止する義務があり、同被告の右主張も理由がない。
4 原告らは富繁の死亡により次の損害を蒙った。
(一) 富繁は災害当時三六才で毎月少くとも金八万七五〇〇円の収入を得ていたが、総理府統計局の家計調査(昭和四四年労働白書九七頁)によると昭和四三年度の一世帯(平均世帯員四人)の毎月実支出は金七万四九三三円であるので、一人当りの金一万八七三四円を同人の毎月消費支出として差引き年間の得べかりし利益を算出すると、金八二万五一九二円となる。そして政府の自動車損害賠償保障事業損害査定基準によるとあと二七年の就労が可能であったから、ホフマン係数により生産の得べかりし利益を算出すると、八二万五一九二円×一六・八〇四=一三八六万六〇〇〇円(一〇〇〇円未満切捨)となる。
原告照子は妻としてその三分の一金四六二万二〇〇〇円、その余の原告は子として各その六分の一金二三一万一〇〇〇円を相続した。
(二) 富繁は原告らの良き夫、良き父であったが、被告らの過失により不帰の客となり、一家の精神的経済的な支柱を失って原告らは悲嘆にくれている。ところが被告らはなんら責任ある態度を示さず示談交渉に対しても零回答で見舞金も支払わない。
原告らは本件災害によって精神的苦痛を蒙ったが、これを慰藉すべき額は原告照子については金一五〇万円、その余の原告については金一〇〇万円が相当である。
(三) 被告らは前記のように誠意がないので原告らは本訴提起の止むなきに至ったが、その際原告照子は原告ら訴訟代理人弁護士藤原精吾に対し着手金として金二〇万円、成功報酬として取れ高の一割五分(少くとも金二九〇万円)を支払うことを約した。
5 よって原告照子は被告らに対し金九二二万二〇〇〇円および内金六一二万二〇〇〇円に対する損害発生の日である昭和四四年九月一四日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金、その余の原告はそれぞれ被告らに対し金三三一万一〇〇〇円および右昭和四四年九月一四日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める。
三 被告常石造船の主張
1 浜口富繁が原告ら主張日時場所で原告ら主張のとおり開口部から墜落して傷害のため死亡したこと、被告常石造船が被告新日東工業に対し二〇〇〇トン吊、非自航起重機船の油圧パイプのフラッシング工事を請負わせたこと、富繁が右事故当時被告新日東工業の工員であることは認めるが、原告らの損害については知らない。
2 被告常石造船には不法行為責任はない。
同被告は油圧パイプのフラッシング工事の単なる注文者に過ぎないから民法上墜落防止義務を負うものではない。原告は、被告が直接管理する作業場設備内では直接自己の使用する労働者でなくても当該場所で作業することによって労働者に危害が発生しないよう防止の措置を採るべき条理上の義務があるというが、このような一般的な義務が認められないので災防法第五七条・第五八条の特別規定が設けられた。
本件クレーン船は訴外寄神建設株式会社の注文により訴外函館ドック株式会社がその建造を請負い(第一次請負)、被告常石造船は右建造工事中クレーンを除外した船体工事および船体の艤装工事を函館ドックから請負い(第二次請負)、同被告は右請負工事のうち油圧パイプのフラッシング工事を被告新日東工業(第三次請負)に下請負いさせた。函館ドックと被告常石造船との請負契約においては工事の全期間にわたって函館ドックはその選任した監督者を工事中任意の時期に同被告およびその下請業者の本工事に関係ある場所に出入させ、本工事の監督および検査をすると共に同被告は函館ドックの監督者の指示に従うものとされ、現に同年三月二二日から同年一〇月九日までの間に函館ドックから総括責任者山口芳夫・船体係岩岸一夫・機関係秋元進が常駐すると共にこれを含め延六八〇余人の各部担当技術員が第二次請負人である同被告に派遣され現場の指導監督に当っていたもので、函館ドックが単に設計管理の業務のみを行っていたとか、完成品の検査、材料管理の業務のため労働者を派遣していたものではない。右労働者は災防法第五七条一項の「当該場所において作業を行う場合」に該当する。また函館ドックは船体建造工事の材料としてリバティ型船体二隻を支給し、同被告がこれを一個の船体に建造し、船体艤装工事の材料として主要な機器類二五種約八〇個を支給するもので、材料の大部分が支給される以上船体の所有権は函館ドックに所属することになり、函館ドックの費用で船体等に保険を付する特約になっていた。右のように災防法第五七条の元方事業主は函館ドックであり、同被告は元方事業主に該らない。また同法第五八条一項は同条二項の規定からしても、第五七条一項の仕事を(1)受注者としてでない自らの仕事として行うに当ってその一部を他に発注する場合、(2)第一次の受注者(請負人)として自らその仕事を行うに当って仕事の一部を他に発注する場合における注文者の義務を定めたことが明らかであり、これらの者から更に仕事の一部を請負った者らの義務を定めたものでないから、函館ドックの下請人である被告常石造船は災防法第五八条によっても墜落防止の措置を講ずべき義務はない。なお被告常石造船と被告新日東工業の油圧パイプのフラッシング工事の打合せの際に函館ドックの秋元技師が立会っていた。
3 仮りに被告常石造船に不法行為責任があるとしても、富繁には右災害の発生につき過失があるので、過失相殺を主張する。
(一) ドラム缶からオイルタンクに送油するためのビニールパイプを引布することについては同被告は指示をなさずまた指示をなすべき立場にはなく、富繁らの自由に任されていた。そして同人らは災害当日昼頃現場を検分しており、本件開口部の存在も充分承知していたのに開口部に近接してビニールパイプを引布したから不注意の責を免れない。
(二) また同人らは災害当日午後三時頃作業を中止して宿舎に帰った後午後六時頃作業再開のため現場に戻るまで飲酒しながら待機していた。酒気を帯びながら作業に従事することは災害に繋り易いことは周知の事で、同人らに重大な過失がある。
四 被告新日東工業の主張
1 浜口富繁が被告新日東工業に雇用された臨時工であること、被告新日東工業が被告常石造船からクレーン船の油圧パイプのフラッシング工事を請負ったこと、富繁が原告ら主張日時場所で右油圧パイプのフラッシング工事の作業中原告ら主張のとおり開口部から墜落して傷害のため死亡したことは認めるが、被告新日東工業が油圧機器の製造販売を行う会社であることは否認し、原告らの損害については知らない。
2 被告新日東工業には不法行為責任はない。
本件作業が行われるに至ったのは被告新日東工業の監督者である社員八重垣稔が尾道に引揚げた後に、被告常石造船の友滝造機次長から直接指揮系統を無視して旅館に休養中の現場作業員に徹夜作業を要求したためで、災害発生当時の現場責任者は富繁自身で、八重垣にはなんらの過失はない。
労基法第四二条にいう使用者とは同法各条の義務についての履行の責任者をいい、各事業において右各条の義務について実質的に一定の権限を与えられているか否かによるとされるところ、危害防止義務は設備を所有または占有している使用者に課しており、被告新日東工業は客先の設備についてそのような権限はないから、同条の適用外である。したがって同被告は労働安全衛生規則第一一一条の墜落防止措置の義務はない。
また災防法は労基法および労働安全衛生規則に対し特別規制立法であり、被告常石造船が先行義務である災防法の責任を負う限り、被告新日東工業は労基法上の責任はない。
五 証拠≪省略≫
理由
一 被告新日東工業が被告常石造船から二〇〇〇トンクレーン船の油圧パイプのフラッシング工事を請負ったこと、被告新日東工業の工員浜口富繁が昭和四四年九月一二日午後七時頃広島県沼隈郡沼隈町の被告常石造船所内第三工場艤装岸壁で建造中の右船上で右工事中甲板開口部(縦一・七七米、横一・二二八米)から深さ約六米の船底に墜落し、頭蓋底骨折により死亡したことは各当事者間で争いない。
二 ≪証拠省略≫を総合すると、次の事実を認定することができる。
「(1) 函館ドック株式会社と被告常石造船との間で、函館ドックが注文者・同被告が請負人となり、昭和四四年三月二五日、寄神建設株式会社向けの二〇〇〇トン吊非自航海上起重機船一隻の船体建設工事を代金二億四五〇〇万円、同被告は函館ドックの設計図面、建造見積書等に基づき工事を施行し同年七月三一日までに完成した状態で同被告の構内で函館ドックに引渡す、函館ドックおよび寄神建設は監督者を選任して工事中任意の時期に同被告および同被告の下請業者の本工事に関係ある場所に出入させ本工事の監督検査等をする、ただし指示は函館ドックがなし同被告はその指示に従う等の約定で建造契約を締結した。そして更に同年六月一〇日追加工事として船体・機関・電気各部の艤装工事が代金一億一〇〇〇万円、右工事を同年八月三一日までに完成した状態で同被告構内で引渡すとの追加契約を締結した。そして被告常石造船の同造船所内での右請負工事に際しては函館ドックから監督員三名が常駐派遣されたほか、他にも随時監督員が派遣された。
(2) 被告新日東工業は被告常石造船から油圧パイプのフラッシング工事一式を受注し、被告新日東工業尾道営業者の業務営業課長代理八重垣稔が同年九月七日被告常石造船の友滝造機部次長と右工事の打合わせをし、八重垣はポンプの運搬とか階段を付けること等を要望した。(甲板上の開口部につき墜落防止措置を講ずべきことは要望していない)富繁は同僚の浜野秀夫らと共に同月一〇日被告常石造船へ到着して八重垣の指揮監督下に入り、翌一一日午前中までの間に八重垣が被告常石造船の玉井技師と相談した位置、すなわち甲板上のほぼ中央部にドラム缶(フラッシングオイル)一四本を置くと共に同所から約二〇米離れたウインチの所にオイル貯蔵用タンクを仮設しドラム缶からタンクの間に送油するためのビニールパイプをしいたが、被告常石造船の方で用意するバイパス・パイプができていなかったので、尾道駐在の本工小林正治を残して八重垣は尾道へ、富繁らの作業員は宿舎の旅館へ帰った。ところが午後五時半頃現場に残っていた小林に対し被告常石造船の友滝次長の方から夜間作業でやってほしいとの連絡があったので、小林はその旨八重垣に電話連絡して夜間作業することになり、小林はその旨旅館に伝えた。そして午後七時頃から小林は船体のエンヂン部に降り、富繁はタンクの所でドラム缶のところにいる浜野に電灯で運転の合図をして浜野がポンプを始動したが、オイルがタンクの方へゆかないため浜野はタンクの方へ一旦来た後、富繁が前方を浜野がその後方二・三米のところを二人でビニールパイプの異常の有無を点検しながらドラム缶の方へ移動中、タンクから約一四米位のところで浜口が右パイプの横にあった開口部(縦一・七七米、横一・二二八米)から深さ約六・一〇米の船底に墜落し、頭蓋底骨折の傷害を蒙り直ちに付近の木下病院に入院したが、約七時間後同所で死亡した。
(3) 当時右開口部には手摺り、囲い、覆い、防網もなく、看視人も置かれておらなかったし、また夜間作業のための電灯も右開口部を明るく照らすものではなかった。そして甲板上には他にも開口部があったがいずれも同様であった。」
≪証拠判断省略≫
三 被告常石造船の不法行為責任について判断する。
1 前示のように被告常石造船は注文者となり自己の造船所内で自ら建造中の船体上での油圧パイプのフラッシング工事を被告新日東工業に請負わせたのであるから、右船体の管理者として被告新日東工業の労働者が甲板上の開口部付近で右工事をする際には墜落防止の措置をとり災害の発生を未然に防止すべき条理上当然の注意義務がある。ところが被告常石造船はこれを怠りなんらの措置をとらなかったため本件災害が発生したから、同被告は富繁に対し不法行為責任を負うものといわなければならない。
富繁が墜落した本件甲板開口部について被告常石造船が災防法により墜落防止措置をとるべき義務があったかどうかは後記認定のとおりであるが、右災防法による義務の存否にかかわらず、前記墜落防止措置をとる義務が存在する。けだし不法行為の過失責任を問う注意義務は法律上具体化して明定する必要はないし、また災防法の元方事業主、建設物等を使用させる自ら仕事を行う注文者の義務は、条理上認められる義務を労働災害の発生を防止する見地から積極的に、その違反には災害が発生しなくても刑事罰の制裁を加えることとして明文化したものに過ぎず、直接右災防法に該当しないからといって条理上認められる義務を否定することはできない。
2 本件甲板開口部に被告常石造船が墜落防止措置をとるべき災防法上の義務があるかについて触れて見る。
前示のように函館ドックは被告常石造船に船体建造、艤装工事を請負わせ、同被告は自己の造船所内で右工事を自ら行うと共に注文者としてその工事の一部を被告新日東工業に請負わせ、右造船所内で同被告の労働者に被告常石造船の建設物等を使用させている。
右の場合被告常石造船は災防法第五七条一項の元方事業主にあたるものと解される。けだし同被告は元方事業主の要件の一つである「一の場所において行なう当該事業の事業主」に該当するが、函館ドックがこれに該当しないことは明らかである。
また右の場合被告常石造船が災防法第五八条一項の注文者にあたるものと解される。右一項の「注文者」が被告常石造船主張の元請人に限らないことは、同条二項の「注文者」が元請人のみを意味しないことによって明らかである。
したがって被告常石造船は同法第五七条一項による労働災害防止措置を講じる義務があるが、右義務から本件甲板上の開口部に墜落防止措置を講ずべき義務が発生するとは解しがたい。また同被告は同法第五八条一項・同法施行規則第三〇条一項一号の墜落防止措置を講ずべき義務があるが、同被告が被告新日東工業に本件甲板上開口部を使用させたとの証拠はないから、右条項によって本件甲板上の開口部に墜落防止措置を講ずべき義務があったものと解するのは困難である。
しかし災防法の右規定の趣旨からして、逆に被告常石造船には刑事罰を伴う法律上明文化された義務ではないが、前記のような条理上の本件甲板開口部に墜落防止措置を講ずべき義務があると考えられる。
四 被告新日東工業の不法行為責任について判断する。
前示のように富繁は同被告の現場責任者社員八重垣稔の指揮監督下にあった現場作業員であり、八重垣は現場責任者として墜落防止装置が全くなされていない開口部のある甲板上で労働者を作業させるにあたっては原告ら主張のとおり労基法第四二条・労働安全衛生規則第一一一条二項により囲い、手擢り、覆い等の墜落防止措置を講ずべき義務がある。そして前示のように被告常石造船は災防法第五八条一項の注文者であり被告新日東工業は同項の請負人で、同被告は同法第五九条二項・同法施行規則第四〇条の義務を負うが、前示被告常石造船と同様被告新日東工業につき本件甲板開口部につき右義務があったと解するのは右規定からして困難である。しかし被告新日東工業は使用者として前示労基法上の義務のほか右工事につき甲板上の開口部に墜落防止措置を講ずべきことを注文者で管理人である被告常石造船に要請すべき条理上当然の注意義務がある。
ところが被告新日東工業の代理人八重垣は右のような注意義務を怠り墜落防止の措置を講じなかったため本件災害が発生したから、被告新日東工業も富繁に対し不法行為責任を負うものといわなければならない。
被告新日東工業は本件作業は八重垣が尾道に引揚げた後被告常石造船から直接現場作業員に作業を要求したもので災害発生当時の現場責任者は被害者富繁自身であると主張するが、本件作業については前記のように八重垣に電話連絡されており、また同人は数日前から現場で下請工事の施行について協議要望もし同日午前中も現場にいたのであるから、たまたま災害発生当時現場にいなかったからといって同人の過失を否定することはできない。
なお被告新日東工業は客先の設備については危害防止の権限を与えられていないから労基法第四二条の危害防止義務はないというが、右防止義務を負うのは使用者が所有もしくは管理しているものに限られず労働者が右危険な設備に接近して作業する場合の使用者は同条の義務があり、同被告の右主張は理由がない。災防法上の墜落防止措置義務が注文者にあったとしても、そのことによって個々の使用者が本来有している労基法上の義務が免除されるものではない。
したがって被告新日東工業も不法行為責任を免れない。
五 ≪証拠省略≫によると、原告らが富繁との間に原告ら主張の身分関係を有することが認められる。
そこで、原告ら主張の損害額について検討する。
≪証拠省略≫によると、富繁は一八才頃から死亡時の三六才まで造船関係の仕事をし昭和三四年頃原告照子と結婚しその間に長女原告真美(昭和三五年生)長男原告真一(昭和三七年生)二女原告昌子(昭和三九年生)四女原告栄子(昭和四二年生)を儲けたが、被告新日東工業に臨時工として雇われ、同被告の仕事があるときは優先的にこれに従事していたこと、昭和四四年八月一三日から同年九月一二日までの間に一〇日間同被告の業務に従事して金三万七〇〇〇円の賃金の支払を受けたこと、また本件労働災害後労災保険により一時金として遺族補償金と葬祭料を合わせて金一二〇余万円を受領したことが認められ、反証はない。
そうすると富繁は一か月二五日稼働するものとして原告ら主張の金八万七五〇〇円の収入を得ていたものと認められる。そしてその一か月の同人の支出は総理府統計局「家計調査年報」によっても原告ら主張額の金一万八七三四円が認められるから、同人の稼働年数を六三才までの二七年として、ホフマン式により得べかりし利益を計算すると、原告ら主張の金一三八六万六〇〇〇円が認められる。
六 過失相殺の主張について判断する。
1 被告常石造船は富繁の飲酒が事故に繋がったと主張するが、≪証拠省略≫によると、富繁は平生飲酒せずまた事故当夜も飲酒していなかったことが認められるので、その余の点を判断するまでもなく右主張は採用できない。
2 前記のように富繁がビニールパイプを引くときは付近に開口部があることに気付いていたものと推認するを相当とする。証人浜口秀夫の同人は気づかなかったとの証言はたやすく信用することができない。そうすると富繁としても危険な建造中の右甲板上で労働する以上その危険を予知できた筈であるから、右開口部付近を通行するに際しては万全の注意義務を払うべきであったのにこれを怠ったため本件災害にいたったもので同人も本件災害の発生につき過失があるものといわなければならず、相殺されるべき過失の割合は二対八とするを相当とする。
≪証拠省略≫によると、本件災害のあった開口部には夜間蓋がされていたが夜間作業に入る前取外されていたと記載され、≪証拠省略≫中にもこれに副う供述があるが、≪証拠省略≫によると、開口部には殆ど蓋をしていなかった状況にあったということであり、≪証拠省略≫によると夜間は本件開口部で三原組が配管工事をしていたということであって、夜間の状態は明確ではないが、このことは富繁の右過失に影響を与えるものではない。
七 そうすると被告らの富繁に対し支払うべき消極的損害は金一一〇九万二八〇〇円となるところ、前記認定よりして労災保険の遺族補償金が少くとも金一一〇万円支払われていると認められるから、これを控除すると金九九九万二八〇〇円となり、原告照子には配偶者としてその三分の一金三三三万〇九三三円、その余の原告には子として各六分の一金一六六万五四六六円を支払うべき義務がある。
そして原告らが富繁の死亡によって精神的苦痛を蒙ったことは明らかであるところ、右苦痛を慰藉すべき額は、前記過失も斟酌し、原告照子は金一〇〇万円、その余の原告は金五〇万円と認定するを相当とする。
八 原告照子本人尋問の結果によると、同原告らは原告代理人に対し着手金二〇万円を約し内金五万円を支払っていることが認められる。そして右着手金二〇万円は相当であり、成功報酬金は金一〇〇万円が相当であると認められる。
九 そうすると被告両名は各自(1)原告照子に対し金五五三万〇九三三円および内金四三三万〇九三三円に対する事故発生以後である昭和四四年九月一四日から完済まで年五分の割合による遅延損害金を、(2)その余の原告に対し金二一六万五四六六円およびこれに対する右昭和四四年九月一四日から完済まで年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。
よって原告らの請求を右認定の範囲内で正当として認容し、その余は失当として棄却し、民事訴訟法九二条・九三条・一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 村瀬泰三 裁判官 糟谷邦彦 裁判官宗宮英俊は差支えにつき署名捺印することができない。裁判長裁判官 村瀬泰三)