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神戸地方裁判所 昭和45年(ワ)526号 判決 1973年9月27日

原告

辻本薫

被告

神戸市

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告

1  被告は原告に対し金二、八〇〇万円及び内金二、五三〇万円については昭和四五年五月一三日から、内金二七〇万円については判決言渡の日の翌日から、夫々支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並びに仮執行宣言。

二  被告

主文同旨の判決。

第二当事者双方の主張

一  原告の請求原因

1  (事故発生)

原告は、昭和四二年六月二八日午後〇時三〇分頃、訴外辻本莎智子運転の自家用乗用車(ブルーバード、神戸五に四六一三)に乗車して神戸市兵庫区下沢通七丁目六番地先路上を西方に向け徐行して進行中、同車の後方を同方向に進行してきた訴外月山こと崔哲夫運転の普通貨物車(神戸四り七八八)が、同車に追突し、その結果、原告は鞭打ち症、左下腿痛、頭部痛、左肩部圧痛、左上腕痺れの傷害を受けた。

2  (責任原因)

本件事故発生の原因は、訴外崔哲夫が被告車を運転するに際し、前方を注視し、自車直前の車が急停車したときにおいても、これとの追突を避けうべく相当な車間距離を保持し、事故の発生を防止すべき注意義務があるのにもかかわらず、運転台に同乗中の他の者と雑談を交しながら脇見運転をし、直前を訴外辻本莎智子運転の自家用自動車が進行しているにもかかわらず、追突を防止するため自車の速度を勘案し又必要な車間距離を保持する等の措置をとることなく漫然と追従した過失によるものである。

そして被告は以下の理由に基づき本件事故により原告に生じた損害を賠償する責任がある。

(一) (第一次的責任) 訴外崔哲失の勤務する有限会社芝総合建設(以下右訴外会社という)は、清掃法、神戸市情掃条例、同規則、神戸市許可指令等に定められた法令規則を遵守することを誓約して、被告市長の許可を受けて汚物取扱業を行なつている。ところで清掃事業は清掃法第二条により国及び市町村の責務とされ、同法第六条第一項によつても「市町村は特別清掃地域内の土地又は建物の占有者によつて集められた汚物を一定の計画に従つて収集しこれを処分しなければならない。」と規定しており、市町村は特別清掃地域全域について汚物処理の義務がある。通常市町村はこれに直営により行つているが、一部直営により得ない場合に、市町村の行うべき右業務を汚物取扱業者をして代行せしめている。従つて汚物取扱業者たる右訴外会社は市町村の代行機関である。

ところで国家賠償法第一条第一項にいう公務員は国家公務員法等により公務員としての身分を与えられた者に限らずおよそ広く公務を委託されてこれに従事する一切の者をいう。従つて訴外崔は前記の通り市町村の代行機関たる右訴外会社に勤務し、汚物処理業務に従事する者であるから、その意味で同条項にいう公務員であり、少なくとも公務員の補助機関である。本件事故は公共団体たる被告の公権力の行使に当る公務員である訴外崔がその職務を行うについて前記過失により違法に原告に損害を加えたのであり、右国家賠償法第一条第一項により損害を賠償する責任がある。

(二) (第二次的責任) 前項の通り汚物取扱業者は市町村の清掃事務の代行機関であり、従つて被告は右崔の本件被告車の運転を含めて、訴外会社の清掃事業の遂行により地方公共団体としての責務を果たすことにより運行の利益を得、又被告車の運行を支配する者であるから、運行供用者として、自動車損害賠償保障法第三条により、本件事故による損害を賠償する責任がある。

(三) (第三次的責任) 被告はその吏員である被告清掃事務所長の監督下に実質上清掃業者である訴外会社を通じ又は直接に、訴外崔を使用して自己のなすべき清掃業務を遂行している。そして前記の通り被用者である訴外崔はその過失により原告に損害を与えたのであるから民法第七一五条によりこれを賠償する義務がある。

以上の如く、被告は原告に対し本件事故による損害につき第一次的には国家賠償法第一条第一項により、これが認められない時は第二次的に自賠法第三条により、更にこれが認められない時は第三次的に民法第七一五条によりこれを賠償する義務を負つている。

3  原告は本件事故により以下の損害を蒙つた。

(一) 療養費 金一一〇万六、一六四円

(1) 治療費 金七九万七、一六四円

澄川病院分 金五、四五〇円

掖済会病院分 金四〇万六九六円(自昭和四二年六月二八日至同四四年二月二八日)

物療費(あんま、指圧) 金八万円以上

浜田病院分 金二、〇〇〇円

(2) 附添看護費 金八万九、六〇〇円

昭和四二年六月二八日から同年一〇月一七日までの間家族一日金七〇〇円の割合による。

(3) 交通費 金一〇万三、六〇〇円

自宅から前記掖済会病院までの往復二五九回のタクシー代

(4) 入院雑費 金三万五、一〇〇円(一日につき金三〇〇円の割)

(5) 医療器具購入代

頸椎コルセツト 金六、二〇〇円

低周波治療機 金四万円

ストレツチ(マツサージ代用) 金九、五〇〇円

保温器 金二万五、〇〇〇円

(二) 物損

自動車修繕費 金二万二、一〇〇円

(三) 得べかりし利益

(1) 休業による損害 七九八万八、〇〇〇円

(イ) 休業期間 昭和四二年六月二八日から同四四年一〇月四日(後遺症と認定された日)まで

(ロ) 事故時の収入

大沢護謨株式会社副工場長として勤務し、一カ月九万七、〇〇〇円の他年二回の賞与(毎年七月に一カ月分、年末に二カ月分)を受けているかたわら副業として不動産売買業を営み、本件事故のあつた昭和四二年度の前半(事故まで)の純収入は一一六万四、一九九円であり、従つて、この金額の倍額である約二三〇万円が右副業による年間純収入である。

(ハ) ところで原告は昭和四二年一二月から同四四年一〇月までは右本給及びその間の賞与を支給されずその合計額は左の通り金二八一万三、〇〇〇円である。

本給受給月収数 賞与

97,000円×(23+2+1+2+1)月=2,813,000円………

又、右休業期間中の副業についての損害は左のごとく金五一七万五、〇〇〇円である。

2,300,000円×(6/12+1+9/12)=5,175,000円…

結局右及びの合計金七九八万八、〇〇〇円が原告の休業損害である。

(2) 後遺症による逸失利益 金一、六七七万二、三三三円

原告は大正三年八月八日生れであり、今後一〇年間は稼働しうるものと考えられ、又、本件事故により労働能力を六七パーセント喪失し(後遺障害等級六級)、右稼働可能期間を通じ、その状態が継続すると考えられるところ、原告の事故前の収入は年間三七五万五、〇〇〇円であるから、右喪失率による毎年の損失額は金二五一万五、八五〇円となる。そこで年五分の割合による中間利益を控除すると、昭和四四年一〇月四日現在における将来得べかりし利益の現在値は左の如く金二、〇一二万六、八〇〇円となる。(但し期間一〇年の中間時点である五年後に全額納入するものとしての計算)

<省略>

(四) 慰謝料 金二五〇万円

(五) 弁護士費用 金二九〇万円

着手金 金二〇万円

成功報酬 金二七〇万円(成功額の一割)

(六) 損害填補 金二八九万三、〇〇〇円

(1) 被告から見舞金 金三、〇〇〇円

(2) 自賠費保険

傷害分 金五〇万円

後遺症障害補償費 金三九万円

(3) 任意保険(被告車の保有者訴外芝八重子より)

大正海上火災分 金二〇〇万円

(七) 以上(一)ないし(五)の合計金三、四六四万三、〇六四円から(六)の二八九万三、〇〇〇円を差引いた金三、一七五万六四円が原告が被告に請求しうる損害額であるが、そのうち金二、八〇〇万円と更にそのうち成功報酬を除いた金二、五三〇万円については訴状送達の翌日である昭和四五年五月一三日から、又成功報酬たる金二七〇万円については判決言渡の日の翌日から、それぞれ年五分の割合による遅延損害金を請求する。

二  被告の答弁

1  請求原因第1項中、本件事故発生の事実は認めるが、事故の態様、原告の受傷の事実は不知。

2  同第2項中訴外崔の過失は否認。同項(一)のうち訴外崔が公務員であること。同項(三)のうち被告が民法第七一五条にいう訴外崔の使用者であること。同項(二)の主張はいずれも否認する。

訴外崔を雇用している訴外会社は昭和四二年三月二四日に清掃法第一五条による汚物取扱業の許可を受けてゴミ収集を業としているものであつて、被告が本来同法の規定に基いてなすべきゴミの収集を被告から委託を受けて行つている同法第六条による委託業者ではない。右許可を受けた汚物取扱業者はその処理の対象も営業上多量のゴミを排出する営業者のゴミを対象とし、又収集に際しては許可業者が収集先の会社商店街等との契約により有償でこれを行うのであつて被告がなすべき収集業務を代行して行つているのではなく、個々の営業に関しても被告が指揮監督をしているものではない。

更に右汚物取扱業の許可は市町村の行う汚物収集業務との調整を目的として行なわれるいわゆる禁止の解除であり、その調整のための規制並びに指導がなされるのみであり収集用車両の保有を許可の基準にしてはいるが許可業者の自動車の運行に関して支配が及ぶものではない、

3  同第3項はすべて不知。

第三証拠関係〔略〕

理由

一  本件事故の発生については当事者間に争いがない。

二  まず被告の責任原因の存否について判断する。

1  当事者間に争いのない事実並びに〔証拠略〕によれば、訴外会社は昭和四二年一月二六日清掃法第一五条による汚物取扱業の申請を被告代表者市長宛になし、その許可を得て右業務を営んでいる者であること、又本件事故は訴外会社の従業員である訴外崔が右許可にかかる訴外会社の清掃業務の一環として収集したごみを積載した小型ダンプ(神戸四り七八八)を運転して焼却場へ向う途中に惹起したものであることが認められる。

2  原告は訴外会社は被告の代行機関であり訴外崔は訴外会社の従業員であるから国家賠償法第一条第一項の公務員にあたると主張する。

しかしながら昭和四五年法律第一三七号廃棄物の処理及び清掃に関する法律により廃止された同法律施行前の清掃法第六条第一、第二項によれば「一 市町村は特別清掃地域内の土地又は建物の占有者によつて集められた汚物を一定の計画に従つて収集しこれを処分しなければならない。その収集及び処分は政令で定める基準に従い衛生的に行なわれねばならない。二 市町村は前項の計画を定めるにあたつては特別清掃地域の全部にわたつて土地又は建物の占有者によつて集められた汚物により、環境衛生上の支障が生じないうちに之を収集できるようにしなければならない。」と規定し又、同法第一五条は「一 特別清掃地域内においてはその地域の市町村長の許可を受けなければ汚物の収集運搬又は処分を業として行つてはならない。二 前項の許可には期限を附し、汚物の収集を行なうことができる区域を定め、又環境衛生上必要な条件を付することができる。三 第一項の許可を受けたものは特別清掃地区内においては基準に従い衛生的に汚物の収集運搬又は処分を行なわなければならない。」と規定している如く、汚物の収集処分は地方公共団体の公共事務であるが唯之を行うことを法律によつて義務づけられていて、その収集処分の方法として汚物の収集運搬を業者をして行わせることができることを認めている。

ところで〔証拠略〕によれば、神戸市において前記清掃法の趣旨により汚物を処理する方法には、神戸市の吏員自らが汚物を運搬処理する直営方式による場合、運転手付で車両を借り受け市の吏員が乗込んで行う傭車の方式による場合、許可業者が行う場合、委託業者が行う場合の四方式があり、右許可業者による場合は市長は神戸市清掃規則により業者の申請する収集地域、収集対象、戸数、収集処理量、即ち、計画の具体性確実性を勘案し市の汚物処理の計画と対照して之を許可するに止り、市は業者の業務内容に関与したり直接指揮監督する等のことはなく業者自らが契約の相手方と契約し右業務を遂行するものであること本件の場合は正しく許可業者による汚物の収集運搬に該ることが認められる。

もとより右の汚物取扱業の許可にあたつては成立に争のない甲第二五号証により認められるように営業、収集作業、運搬終末処理等について、遵守事項が定められていることが認められるが、このような遵守事項は行政行為の附款(とくに負担)であるに過ぎず、之を以て具体的な収集運搬業務を指揮監督しているものとすることはできない。

してみれば右許可により業者が行う汚物取扱業務の場合は許可による禁止の解除により業者自らがその責任に於いて行うものであり、結果として市町村の清掃計画遂行に益することはあつても、これを目して行政庁を占めていない者をその権限を行使する意味での前記市町村の事務を代行しているものであると解する見解は到底是認できない。

右許可業者が被告の代行機関であることを前提とする原告の第一次請求は、右説示のとおり訴外会社が被告の代行機関であることはこれを是認できないし、又訴外会社及び訴外崔が公務を委託されてこれに従事する者に該当しないことも右説示の結果から明らかである。よつてこの点についての原告の主張は採用の限りではない。

3  原告は第二次的に運行供用者責任を主張するが、前説示のごとく訴外会社の事業は結果として地方公共団体たる被告の清掃計画に益することにはなつても、そのこと自体被告の事業の遂行に当らず、前記事故自動車の運行利益が帰属するとはいえず、且つ前記汚物取扱業許可の際の諸種の条件も前示のとおり行政行為(許可)の附款にすぎず、これを目して右自動車の運行支配を被告が有すると認めることもできない。

結局被告は右自動車につき自賠法三条にいう運行供用者ではないこと明らかであり、原告の右主張も認められない。

4  更に原告は第三次的に訴外崔の行為について被告の使用者責任を主張するが、前項までに説示の通り、形式的には勿論実質的にも訴外崔の遂行していた業務は被告の業務ではなく、従つて又崔が被告の被用者に該当しないことは明らかであるから、この点の主張も採用することができない。

三  以上の通り原告主張の本件事故に関する被告責任原因はいずれもこれを認めることができない。従つて爾余の点につき判断するまでもなく原告の請求は理由がないこと明らかであるからこれを棄却することとし、訴訟費用につき民訴法第八九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 松浦豊久 鈴木清子 片岡博)