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神戸地方裁判所 昭和45年(行ウ)21号 判決 1975年1月30日

原告 佐藤至

被告 明石市長

主文

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

1、被告が原告に対して昭和四四年五月三〇日付を以てなした懲戒免職処分はこれを取消す。

2、訴訟費用は被告の負担とする。

二、請求の趣旨に対する答弁

1、原告の請求を棄却する。

2、訴訟費用は原告の負担とする。

第二、当事者の主張

一、請求原因

1、原告は明石市事務吏員として勤務していたものであるが、昭和四四年五月二三日訴外前田四郎から金員の供与を受けた嫌疑で明石警察署に逮捕され、同年六月一三日同事実および吉田製箱所吉田真寿夫から金員の供与を受けた事実により、同月一六日三和物産株式会社代表取締役濱永良栄から金員の供与を受けた事実により、同月一八日株式会社公信工業社代表取締役新田正七から金員の供与を受けた事実により、神戸地方裁判所にそれぞれ収賄罪で起訴され、いずれも有罪判決を受けた。

2、被告は同年五月三〇日原告に対して地方公務員法第二九条一項一号、三号に該当するものとして、懲戒免職処分(以下本件処分という)をした。

3、原告は同年七月二九日右処分に対して行政不服審査法による不服申立を明石市公平委員会にしたところ、同委員会は昭和四五年六月六日本件処分を承認する旨の判定をした。

4、本件処分は以下の理由により違法な処分である。

(一)、本件処分は、原告が明石警察署において取調を受け、本件処分の理由とされる前記1各事実がまだ証拠上明らかでない時期に、原告に弁解の機会も与えず、事実調査をすることもなく、警察署からの一方的な事情聴取のみによつてなされた。明石市職員の分限及び懲戒に関する条例(以下条例という)第六条は最も軽い懲戒処分である戒告の場合においてさえその責任を確認することが要求されているから、原告の弁解を待たず十分な事実調査もしないでなされた本件処分は懲戒手続に違反し、無効である。

(二)、被告は、本件処分をなす際、単に辞令書を交付したのみで、処分説明書を交付していない、これは地方公務員法第四九条一項に違反している。

(三)、条例九条は、懲戒に付せられるべき事件が刑事裁判所に係属している間は同一事件につき懲戒の処分をすることは出来ない旨指定しているが、その趣旨は、永年勤務した地方公務員が犯罪を犯して懲戒免職処分を受けた場合は退職金の受給権を剥奪された上失業して直ちに路頭に迷うこととなるので被処分者の生活権を保障するため、刑事裁判係属中は懲戒処分を延期させる趣旨であり、又同条例一〇条は任命権者は法一六条二項に該当するに至つた職員の中刑の執行を猶予された者に付てその罪が本人の故意又は重大な過失によらないものであり、且情状を考慮して特に必要と認めたときは、その職を失なわないものとすることが出来る旨を規定するが、これも任命権者に於て公務員を失職させるか否かを刑事裁判を経た後に考慮すべきものであることを示しているものである。従つて地方公務員は右条例の各規定による保護を受け得る期待権を有しているものと云うことが出来る。ところで原告の本件懲戒事由とされた行為は当然起訴されることが予想されたのであり、そして原告が起訴当時に地方公務員としての身分を保持していれば、当然右条例の各規定による保護を受け得たのである。然るに被告は故意に原告をして右の保護を受け得る権利を喪失せしめる意図を以て、原告に対する起訴を待つことなく、短時日の間の不充分な調査によつて、而も条例六条による確認の手続もとることなく、本件懲戒処分をなしたものであつて、右処分は懲戒権の濫用であると云うべきである。

二、請求原因に対する認否

1、請求原因1ないし3は認める。

2、同4のうち、(一)は否認する。

同(二)は否認する。処分説明書は昭和四四年七月一八日発送され、原告は翌一九日これを受領している。

同(三)は争う。

三、被告の主張

原告は昭和四四年五月二三日明石警察署に逮捕され、同日明石市役所も捜索を受け、この事実は新聞に大々的に報道された。被告としては、職員の綱紀を粛正して、明石市民の同市役所に対する信頼を回復するため、早急に原告を懲戒処分に付する必要があると考え、同月二八日の職員賞罰審査委員会(委員長畑助役)による請求原因1記載の原告の各収賄事実の審査を経て、懲戒免職処分を結論とする同審査委員会の答申を得て、同月三〇日、地方公務員法第二九条一項一号、三号に該当するものとして、条例第六条二項により懲戒免職処分に付した。

橋本人事課長が勾留され接見禁止中の原告に、神戸地方裁判所の接見等禁止一部解除の決定を得て面会し、処分内容を説明し、辞令書を読みあげて手交しようとしたが、原告が受領を拒否したため、内容証明郵便で辞令を通知した。処分説明書については、神戸地方裁判所の右決定にその交付を許可する旨の記載がなかつたので、右面会の際は交付せず、同年七月一八日原告に交付した。

四、被告の主張に対する認否

五月二三日に原告が逮捕されたこと、七月一八日付で処分説明書が交付されたことは認めるが、その余の事実は否認する。

第三、証拠<省略>

理由

一、請求原因1ないし3については当事者間に争いがない。

二、1、地方公務員の懲戒処分に当り懲戒権者に於てなすべき、当該懲戒事由の存否に関する調査については、地方公務員法に格別の規定はなく同法二九条二項は、職員の懲戒の手続及び効果は、法律に特別の定めがある場合を除く外、条例で定めなければならない、と規定するに止まる。そして右法律に基く明石市職員の分限及び懲戒に関する条例(甲第二号証)にも右調査に関する規定は存しない。もとより懲戒処分は地方公務員の身分に関する重大な事柄であるから、懲戒事由の存否は慎重な調査を経てこれを確認すべき必要のあることは云うまでもないが、右調査の方法、程度等について法、条例に何等規定するところがないことからすれば、これらは総て処分権者の裁量に委されているところであると考えられる。そうすると本件処分に於て、原告主張の如く、処分権者たる被告が警察からの事情聴取のみによつて本件処分理由の存在を認めたとしても、これを以て本件処分を取消すべき瑕疵があるものと云うことは出来ない。のみならず、前記争いのない事実と成立に争いのない乙第一〇号証の三証人福島修一の証言及びこれによつて真正に成立したと認められる乙第一三号証とによると、原告は昭和四四年五月二三日収賄容疑によつて逮捕され続いて翌二四日原告の右容疑によつて明石市役所が警察の捜索を受けるに至り、同日頃から同市橋本人事課長が主となつて事実の調査をした結果、原告には三和物産株式会社(浜永良栄)、吉田真寿夫、前田四郎、公信工業社(新田正七)らから数十万円の賄賂を収受した事実が判明し、同月二八日、市長の諮問機関である職員賞罰審査委員会が開催され、同委員会より被告市長に対し右収賄事実によつて原告を懲戒免職処分にするのを相当とする旨の答申がなされた結果、被告市長は右収賄の事実が存するものと認めて翌三〇日本件処分をなしたものであることが認められる。尤も橋本人事課長のなした右調査の具体的内容についてはこれを確認する証拠は存しないのであるが、成立に争いのない乙第一ないし第三号証と原告本人尋問の結果とによれば、原告はその後同年六月一三日、同月一六日、同月一八日の三回に亘り、前記各贈賄者からの収賄の事実によつて神戸地方裁判所に起訴され、審理の結果何れも有罪判決を受けたものであることが認められるのであつて、右事実からすると前記橋本人事課長のなした調査は単なる風評や見込みによつて本件処分理由たる原告の収賄の事実を認めたものではないことが充分推認されるところであつて、従つて本件処分が何等の調査もすることなくなされた違法のものであるとの原告の主張は採用出来ない。尚原告は、前記条例六条一項によれば最も軽い懲戒処分である戒告に於ても被処分者に弁解の機会を与えるべきものとされているのに、本件懲戒免職処分に於ては原告に弁解の機会を与えていない違法がある旨主張するが、右条例六条一項は、戒告処分に於ては被処分者の責任を確認しその将来を戒めることが同処分の内容であることを規定したものであつて、戒告処分をなすに当り予め被処分者の弁解を聴くべき旨を規定したものではないから、原告の右主張は失当である。

2、成立に争いのない甲第五号証、同乙第七号証、第八号証の一、二、第九号証福島証人の証言及び原告本人尋問の結果を総合すると、原告は昭和四四年五月二三日逮捕されて以来身柄を拘束されていたところ、同月三〇日明石市人事課長橋本が神戸地方裁判所より接見等禁止一部解除の決定を得て原告に面会し本件懲戒処分書を交付しようとしたが、原告が受領を拒否したため、翌三一日原告の住所宛に内容証明郵便を以て懲戒処分の事実を通知し、懲戒処分書も同日別送したこと、被告は右懲戒処分書を交付しようとした際及び同書面を郵送した際何れも処分説明書を交付或いは郵送していないこと、その後右説明書は、原告の要求によつて、同年七月一八日付で交付されたことが認められる。神戸地方裁判所の前記決定書に処分説明書の交付の許可が記載されていなかつたため交付しなかつたとする福島証人の証言は、被告が真実処分説明書の交付を必要と考えたとするなら、その交付の許可を事前に神戸地方裁判所に求めることは容易であつたと考えられることから見て、ただちにこれを信用することはできない。そうとすれば、被告の本件処分手続には、懲戒処分の告知の際に処分説明書を交付することを怠つた瑕疵があることは否定できない。しかしながら、地方公務員法第四九条一項が処分説明書の交付を要求している趣旨は、単に不利益処分を受けた職員が行政不服審査法による不服申立をなす前提として、当該職員に処分理由を知らせることにあると解され而して本件に於ては右不服申立期間内に処分説明書が原告に交付されているのであるから、右書面が懲戒処分書と同時に交付されなかつたとしても、右事実がただちに本件懲戒処分を取消すべき瑕疵に当るものと言うことはできない。

3、前記条例第九条には、懲戒に付せられるべき事件が刑事裁判所に係属している間は同一事件につき懲戒の処分をすることが出来ない旨規定していることは原告主張の通りである。そして旧官吏懲戒令(明治三二年勅令第六三号)第七条一項にも同旨の規定として、懲戒ニ付セラルヘキ事件刑事裁判所ニ係属スル間ハ同一事件ニ対シ懲戒委員会ヲ開クコトヲ得ス、とされていた。(尚旧令に於ては譴責以外の懲戒処分は懲戒委員会の議決を経て行うことゝされていた。)ところで懲戒処分は公務員の義務違反に対して、使用主である国家又は地方公共団体が公務員法上の秩序を維持するために使用主として行う制裁であるのに対し、刑罰は国家的社会そのものゝ秩序を維持するためにこれを侵害する行為に対して国家権力によつて科せられる制裁であつて、両者はその本質を異にするものであり、従つて一箇の行為が両者の秩序に違反する場合には両者の制裁を併科し、或いは両手続を併行して進めることはもとより可能である。唯、同一事件について既に刑事手続が進行しているときは、刑事裁判の結果が懲戒処分に影響するところが大きいので、後者の手続を進行せしめないこととしたのが前記旧令の趣旨であると解せられている。而して国家公務員法八五条一項はこのことを明文化し、懲戒に付せられるべき事件が刑事裁判所に係属する間に於ても、人事院又は人事院の承認を経て任命権者は、同一事件について適宜に懲戒手続を進めることが出来る、旨を規定したのである。そうとすれば右旧令と同旨の規定である前記条例六条一項の趣旨は、同一事件について刑事裁判所に係属する間は、右裁判の結果が懲戒処分に影響を及ぼすので、後者の手続を進行しない旨を規定したものと解せられるのであつて、それ以上に、原告主張の如く、懲戒事由に該当する行為のあつた地方公務員に対しその生活権を保障する趣旨まで有するものとは到底解されない。

ところで本件懲戒事由とされた原告の前記行為の内容からすると、本件処分のなされた昭和四四年五月三〇日当時に於て、原告が右事実によつて起訴されることは当然予想される状況にあつたと考えられる。従つて被告市長としては、右起訴によつて原告を休職処分とし、懲戒処分は右刑事裁判の結果を待つてなすことも考えられないことではない。然し懲戒処分をなすべき時期については、既に刑事裁判が係属している場合を除き、地方公務員法及びこれに基く明石市条例に何等の規定もなく、専ら処分権者の裁量に委されているところである。そして公務法上の秩序を乱す非違行為に出る者があつた場合に適時適切な処置を執つて綱紀弛緩の弊を速やかに除去し、市民の行政への信頼を回復せしめることは、任命権者に課せられた一の義務でもあるのであるから、非違行為の内容その他の状況によつては、常に必ずしも当該行為についての起訴を待ち、その刑事裁判を得た後でなければ懲戒処分をすることが相当でないとは云えないのである。尚原告指摘の前記明石市条例第一〇条の規定も、懲戒処分は常に刑事裁判を経た後になすべきことを要請しているものでないことはその文言上から明らかである。

そうとすれば、本件懲戒処分が、原告に対する起訴を待たずになされたことを以て、直ちに、被告市長が原告に必要以上の不利益を与える意図のもとに本件懲戒処分をなしたものとは云えないのであるし、まして前記条例九条が地方公務員の生活権を保障する趣旨のものであることを前提とし、被告市長が故意にこれを侵害する意図のもとに本件懲戒処分をなしたものと断定することは出来ない。そして他に本件懲戒処分を以て懲戒権の濫用であると認められるような状況は存しない。従つて原告の右主張も又採用することは出来ない。

三、結論

本件全証拠によつても、他に本件処分手続を違法ならしめる事実は認められない。したがつて、以上認定したとおり、被告の本件処分手続は違法な処分ということはできないので、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 林義一 棚橋健二 三谷博司)

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