神戸地方裁判所 昭和46年(行ウ)15号 判決 1979年9月17日
原告 柴柳徹郎 外四名
被告 芦屋市
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告が別紙目録記載のとおり各原告に対してなした当該1仮換地指定処分、2建築物移転通知処分(但し、原告林利秋については1仮換地指定処分、2建築物等移転通知処分、原告坂下衛については仮換地指定処分のみ)は、いずれも、これを取消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二当事者の主張
一 原告らの主張
1 芦屋市は交通至便な大阪、神戸両都市の中間に位置し、六甲山塊と瀬戸内海に抱かれた風光明媚、気候温暖な土地柄に恵まれた高級住宅都市として広く知られ、閑静な住宅地区として比類のない立地条件を備えており、市民憲章においても災害や公害のない清潔で安全な街づくりを宣言している。原告らは同市宮塚町に居住し、別紙目録記載の当該従前地を、それぞれ所有するもので、被告は芦屋国際文化住宅都市建設法(昭和二六年法律第八号)に基づく芦屋国際文化住宅都市建設事業の一環としての芦屋国際文化住宅都市建設計画中部土地区画整理事業(以下「本件土地区画整理事業」という。)の施行者である。
2 被告は原告らに対し、請求の趣旨記載のとおりの各行政処分(以下「本件各処分」という。)をなした。
原告らは昭和四五年二月一一日、右処分のうち仮換地指定処分につき、同年四月一日、建築物(等)移転通知処分につき、いずれも兵庫県知事に対して審査請求をなしたが、同年九月二四日、同知事において右審査請求をいずれも棄却する旨の裁決がなされたので、同年一〇月二〇日、建設大臣に対し、本件各行政処分の取消しを求める再審査請求をなした。
3 しかしながら、本件各行政処分は以下の理由により違憲、違法である。
(一) 憲法二九条違反
憲法二九条は財産権の不可侵を基本的人権として保障し、ただ基本的人権相互間の調整のための公共の福祉による制限に服するにとどまるところ、本件土地区画整理事業の目的は、交通量が極限状態となつている第一阪神国道(国道二号線)、第二阪神国道(国道四三号線)更には西国街道(国道一七一号線)、将来建設が予定される高速道路武庫川線の各国道相互間のバイバスの役割を持たせるため、鳴尾御影線を拡幅整備するにあり、原告ら地域住民のための宅地の利用増進をはかり健全な市街地の造成を目ざすものではないのみならず、右事業による受益者はその輸送力増強により利益を受ける巨大企業であつて、原告ら地域住民は却つて自動車の排気ガスによる空気汚染、騒音、交通事故災害の急増等深刻な各種交通公害の災禍を被る被害者であるから、原告らの財産権を大企業のために侵害するのは公共の福祉に反する。
また、土地区画整理事業とは公共施設の整備改善に要する土地を買収によらず計画地区内の土地所有者から減歩により強制的に調達する特異な方式であるが、かように買収によらない減歩を受忍することとなるのは減歩により捻出された部分が道路等の公共施設の整備改善に充当され宅地の利用増進に役立つからであつて、いわゆる公共減歩を無償でなしうる法的根拠は、(1)宅地の利用を増進させる範囲内において減歩を受ける限り利害関係者に損失を与えることにならないこと、(2)宅地の利用増進のためには公共施設の整備改善が不可欠の要素であることなどである。ところが、本件土地区画整理事業は、前述の如く、原告ら地域住民にとつて何らの利益もなく、却つて甚大な災禍を招来するところの幹線道路建設を目ざすもので、地価の増進率にも幾許の期待も持てず、かかる事業において原告ら所有地(以下「本件土地」という。)を無償で供出させる減歩を伴う本件各処分は憲法二九条に違反する。
(二) 憲法三一条違反
被告は小槌地区(原告ら居住の宮塚町及び打出小槌町の一部)内の街路及び宅地利用増進を図るという名目の下に、鳴尾御影線の幅員を現在の八メートル以内を一五メートルにして整備拡幅するため、小槌地区において土地区画整理(鳴尾御影線の拡幅工事につき小槌地区については特に以下「本件事業」という。)を実施する旨、昭和四三年六月三日、同地区住民らに説明したが、各種の交通公害を誘発しかねない事業であることから、右住民らは直ちに小槌工区区画整理反対同盟を結成し、同年八月一四日、被告代表者市長渡辺万太郎(当時は本件土地区画整理事業の施行者)に対し、本件事業の取り止めを陳情したところ、同市長は、同年八月二〇日、右反対同盟に対し、(1)小槌工区の関係市民の了解を得ずして本件事業を強行しない、(2)右反対同盟が結成された以上その役員と話し合い、個別に折衡して本件事業を推進しない旨を確約した回答書を交付した。
ところが、被告は右約束に反し、右反対同盟の役員と話し合いをせず、また原告らの了解なくして本件各処分をなしたもので、これは適正な手続によらないで原告の財産権を侵害するものであるから憲法三一条の法定手続の保障に違反する。
(三) 土地区画整理法に違反
土地区画整理事業は計画区域内の土地について、公共施設の整備改善及び宅地の利用増進を図るための事業であるところ、本件事業は前述の各種交通公害により閑静な住宅地区を破壊するもので、却つて宅地の利用増進を妨害し、土地区画整理法の目的に違反する違法な事業である。従つて、本件各処分はかかる違法な事業としてなされたものであるから違法である。ちなみに、昭和四三年に成立した新都市計画法によれば、同法は二つ以上の市をも包括しうる一体の都市としての規定を設け(五条)、都市計画事業について収用権を裏付けとして同法一一条の都市施設を施行しうることとしているが、これに伴い土地区画整理法も一部改正され、同法三条の三第二項で「都市計画法六〇条から七四条までの規定は都市計画事業として施行する土地区画整理事業に適用しない」こととされた。一般に都市計画事業として施行する土地区画整理事業については都市計画法と土地区画整理法の両法が適用されることになるが、右規定により、土地等の収用等に関する都市計画法の規定が適用されないこととなつた。従つて、都市計画事業の法規としての土地区画整理法は、都市計画の極めて一部かつ減歩になじみうる特殊の小区域にのみ適用されうる法規であつて、その余の大部分は収用権を基本とする都市計画法によることとなる。本件土地区画整理事業の目的とする幹線道路造成は、土地区画整理法の適用として施行するに最も不適当な事業形態である。本件を合理的に処理するには、(1)住宅都市芦屋との関連での幹線道路計画の妥当性、(2)土地区画整理法の本質を踏まえた同法適用の妥当性、(3)都市計画法における右道路の位置づけをそれぞれ別個に考察すべきである。
4 よつて、原告らは請求の趣旨記載の判決を求める。
二 原告らの主張に対する認否
1 原告らの主張1項、2項の事実は認める。
2 同3項は争う。但し、同項(二)のうち前記反対同盟の陳情に対し被告市長が原告主張のとおりの回答をなした事実は認める
三 被告の主張
1 芦屋市の都市計画並びに都市計画事業の沿革
芦屋市の都市計画並びに都市計画事業は、昭和一六年九月一九日、内務大臣が内閣の認可を得て決定し、その後、戦災復興都市計画を経由して昭和二六年法律第八号芦屋国際文化住宅都市建設法の制定により、現在は芦屋国際文化住宅都市建設計画並びに同都市計画事業と称せられているが、その沿革は概略次のとおりである。
(一) 昭和一六年九月一九日、内務省告示第五四一号を以つて内務大臣(主務大臣)は「都市計画法第二条第一項の規定により芦屋市の区域を以つて芦屋都市計画区域とす」旨告示。
(二) 昭和二一年五月六日、戦災復興院告示第三〇号を以つて同院総裁は芦屋復興都市計画街路について内閣総理大臣の決定があつた旨告示。
(三) 同年八月一五日、同院告示第七九号を以つて同院総裁は芦屋復興都市計画街路中追加変更の件につき内閣総理大臣の決定があつた旨告示。(芦屋国際文化住宅都市建設計画中、都市計画街路鳴尾御影線に該当するものは、芦屋復興都市計画街路、等級二、類別二、番号五、鳴尾御影線、起点打出春日町、終点川西町、主なる経過地宮塚町、幅員一五メートルである。)
(四) 同年八月一六日、同院告示第八二号を以つて同院総裁は芦屋復興都市計画土地区画整理について内閣総理大臣の決定があつた旨告示。
(五) 同年九月一九日、同院告示第一五八号を以つて同院総裁は前記(四)の芦屋復興都市計画土地区画整理が、昭和二一年九月一〇日、その全域を都市計画事業として芦屋市において施行するように内閣総理大臣の命令があつた旨告示。
(六) 同年一〇月九日、内閣告示第三〇号を以つて内閣総理大臣は特別都市計画法一条三項の規定によつて兵庫県芦屋市を指定する旨告示。
(七) 昭和二六年三月三日、法律第八号芦屋国際文化住宅都市建設法が制定。
(八) 昭和三六年一〇月五日、建設省告示第二二四二号を以つて建設大臣は本件土地区画整理事業を施行すべき区域の決定を告示。昭和四〇年二月八日、兵庫県知事は右事業計画を認可し同年一〇月六日、被告は芦屋市条例第一九号芦屋国際文化住宅都市建設計画中部土地区画整理事業施行規程を定め、右事業に着手した。
2 本件土地区画整理事業の内容、性格並びに現状
同事業施行区域は、公光工区、小槌工区に分かれ、前者は芦屋川両岸にまたがり、西部を川西町に、東部を茶屋之町に接し、国道二号線と阪神電鉄本線とのほぼ中間を北部の境とする面積八、三一七坪の地域で、後者は、宮川両岸にまたがり、西部を茶屋之町に、東部を打出春日町に接し、北部を前同様の境とする面積一五、一七七坪の地域であるところ、右事業内容は、両工区内の鳴尾御影線(西宮市鳴尾と神戸市御影を結ぶ。)の幅員を車道九メートル、歩道六メートルに拡幅し、その整備改善を図ること、公光墓地跡に都市公園を造成すること、地区内街路及び宅地の利用増進、市街地の整備向上を図るなど前記復興土地区画整理事業により整備改善された残余の都市計画部分につき公共の福祉の増進を目的とする。鳴尾御影線の拡幅工事は内閣総理大臣が決定した芦屋復興都市計画事業にして、これを同大臣の命令により被告が施行主体として芦屋市復興都市計画土地区画整理事業として施行すべく義務づけられた事業である。既に西宮市及び神戸市に属する路線部分は殆んど工事が完成しているほか、芦屋市に属する部分については、その路線総延長二、〇五〇メートルのうち八〇〇メートルは戦災復興土地区画整理事業により昭和三八年頃、完成しており、本件土地区画整理事業により公光工区の拡幅工事を終え、更に小槌工区においても本件土地の東方宮塚橋及びこれに接する部分の拡幅工事を完成し現在、未完成部分は原告林利秋所有の従前地を除く、延長五〇メートルの区間に過ぎない。
3 本件各処分は憲法二九条に違反しない。
(一) 本件土地区画整理事業は、国が決定した芦屋文化都市建設計画に基き同計画区域内の土地についてなす事業で、先行処分たる国の決定の違法は当然には後行処分たる右事業の施行に承継されない。従つて、原告らの主張は本訴においては理由がない。
(二) 仮りにそうでないとしても、本件土地区画整理事業は、健全な市街地の造成を図り、公共の福祉の増進を目的として芦屋国際文化住宅都市建設計画事業を施行するもので、単に鳴尾御影線の拡幅整備のみを目的とするものではなくまた、原告ら主張のようなバイバスとしての役割を果させようとするものではない。また、同街路の交通量を測定した結果からしても原告ら主張の如き交通公害が生ずる虞あるとはなし難い。
(三) 本件各処分は、憲法二九条二項の財産権の内容を公共の福祉に適合するように定めた芦屋国際文化住宅都市建設法(都市計画法)並びに土地区画整理法に基くものであるから、何ら憲法二九条に違反しない。
(四) 被告の減歩通知(原告西山を除く)は、無償減歩としているものではなく、減歩により原告らに損失を加える場合には土地区画整理法九四条の規定による清算金又は一〇九条の規定による減価補償金を交付すべきであるが、同金額の確定並びに交付の時期は本件土地区画整理事業の換地処分の公告が行われた後であるから、右減歩が無償であることを前提とする原告らの主張は失当である。
4 本件各処分は憲法三一条に違反しない。関係法規に基き適法な手続を経由しているほか、原告ら主張にかかる芦屋市長の回答の存在により被告は何ら法的拘束を受けるものではなく、憲法三一条とは無関係である。
5 本件各処分は土地区画整理法に違反しない。
本件土地区画整理事業は、前記の如く芦屋国際文化住宅都市建設計画区域内の土地につき公共施設の整備改善及び宅地の利用増進を図るもので、前者と後者は密接不可分の関係を有し、宅地の利用増進には街路、公園、水路等の公共施設の整備改善が不可欠である。
また、前記のとおり交通公害を招来する虞ありとはなし難いところである。
第三証拠<省略>
理由
一 原告ら主張1、2項の事実は、いずれも、当事者間に争がない。そうして成立に争のない乙第一号証の一ないし六、第二、第三号証、第四号証の一ないし四(第四号証の一は甲第一号証と同旨)証人広野睦男(第一、第二回)の各証言及びこれによつて真正に成立したものと認められる乙第一号証の七ないし一〇によれば本件土地区画整理事業は被告主張1、芦屋市の都市計画並びに都市計画事業の沿革(一)ないし(八)記載のとおりの経過を経て決定されたものであることが認められ、右認定に反する証拠はない。
二 原告らは本件土地区画整理事業に基く本件各処分が、違憲、違法である旨主張するので、以下この点につき順次検討する。
1 まず、原告らは、本件土地区画整理事業の目的は、第一、第二阪神国道等のバイパスとして鳴尾御影線を拡幅整備するもので、原告ら地域住民の宅地利用増進をはかるものではなく、却つて自動車の排気ガスによる空気汚染、騒音、交通事故災害等の各種交通公害の災禍を被るもので、輪送力増強による利益を受ける大企業のため原告らの財産権が侵害されるのは公共の福祉に反する旨主張するので、この点につき判断する。
成立に争のない甲第一八号証、乙第一〇号証、前記乙第一号証の九、第三号証、第四号証の一、並びに、証人広野睦男(第一、第二回)とこれによつて成立の認められる乙第二五、第三四号証によれば本件土地区画整理事業は芦屋市川西町、茶屋之町および打出春日町の地域についてさきに戦災復興土地区画整理事業によつて整備改善された鳴尾御影線のうち、なお、放置された部分の整備改善とあわせて右地域内の街路および公園造成を含め宅地の利用増進を図ることを目的とするものであること、右鳴尾御影線は芦屋市においては同市打出春日町を起点、同市川西町を終点、同市宮塚町を主たる経過地とする延長二、一〇〇メートルの芦屋復興都市計画道路の一つであつて、幹線街路との連絡、補助等の目的をはたす街路網の一環として計画され、昭和三八年頃、そのうち八〇〇メートルは戦災復興土地区画整理事業によつて完成していたこと、本件土地区画整理事業によつて未施行部分が完成されることにより芦屋市における、鳴尾御影線の事業全体が完成するものであるところ、原告柴柳、同西山、同本田、同坂下所有の従前地を含む五〇メートルおよび打出小槌町地区の東端六〇メートルが、現に、未完成部分として残つていること、本件土地区画整理事業においては鳴尾御影線は、従前、歩道、車道の区別のない、最大幅員八メートルの道路であつたものを車道、歩道に区分し、車道部分を九メートル(二車線)、両側歩道部分各三メートル計一五メートルの幅員に拡幅するよう計画されていること、右事業により鳴尾御影線が拡幅されて貫通した場合、結果として、交通量の急増した第一、第二阪神国道バイパスの役割を果たす余地のあることが、それぞれ、認められ、右認定に反する証拠はない。右認定事実によれば、鳴尾御影線の街路決定は戦災復興と密接不可分であつて、鳴尾御影線は、本来、バイパスの目的のみで計画されたものではない。もつとも、道路である限り、他の道路ないし幹線道路にも通じなければその効用は乏しいものであつて、鳴尾御影線も貫通によりその場所的関係から第一、第二阪神国道のバイパスとして利用されることも避けられないであろうし、その結果、その沿線に或る程度の交通公害の発生を否定し得ないところである。しかしながら、鳴尾御影線は本件土地区画整理事業の公共施設としてその整理改善が計画され、そのことにより右事業地域内の宅地の利用増進が図られたのであり、右土地区画整理に財産権の制限が伴うとしても、それは公共の福祉に合するものということができる。そうして前記認定のように本件土地区画整理事業で計画された鳴尾御影線の規模、構造にかんがみるならば、その貫通により発生すると予想される交通公害の程度は前記公共の福祉を覆す程度のものとは考えられない。よつて本件土地区画整理事業に伴う本件各処分が憲法二九条二項にいう公共の福祉に反するとする原告らの主張は理由がない。
2 次に、原告らは原告ら所有地を無償で減少する本件各処分が憲法二九条に違反する旨主張するので判断するに、もともと、換地計画を定めるに当つては、換地と従前地との位置、地積、土質、水利、利用状況、環境等が照応するように定められねばならない(土地区画整理法八九条一項)ところ、土地区画整理事業において減歩による換地処分も避けられないところであつて、要は、右減歩によるも換地と従前地を比較して照応するものであれば右換地処分は従前地の権利を侵害するものではないといわねばならない。本件において原告西山に対する本件処分には減歩自体存在しないこと原告らの主張自体から明らかであつて理由がない。その余の原告らについて、被告のなした減歩通知の結果、仮に、従前の宅地より財産的価値の小さい換地を取得するという不均衡が生じたとき、又は、整理前の宅地全体の価格よりも整理後の宅地全体の価格が減少する場合には、それぞれ、清算金(土地区画整理法九四条)、又は減価補償金(同法一〇九条)が、交付されることによつてこれらの不利益は補償される仕組になつているところ、これら清算金、又は、減価補償金額の確定並びに交付の時期は、いずれも、本件土地区画整理事業の換地処分の公告が行われた後と定められている。右のとおりであつて、減歩換地により、仮りに、不均衡又は価格減少が生じた場合にもこれを無償減歩とするものでないから原告らのこの点に関する主張も、また、理由がない。
3 更に、原告らは被告代表者市長との本件土地区画整理事業施行についての合意事項に被告が違反して、本件各処分をなしたことをもつて憲法三一条に違反する旨主張するので、この点につき判断する。
ところで、公共団体の施行する土地区画整理事業にあつては個人又は組合施行の場合と異り、その施行地区内の土地について権利を有するものの発意によるものでなく、施行主体とこれら権利者との間に直接の関連がないので、施行にあたり重要な事項についての処分を行う場合にはその処分についてこれら権利者の意見を反映させ、その権利の保護に欠けることのないようにするために土地区画整理審議会が設置され(土地区画整理法五六一項)、仮換地指定処分をしようとする場合にはその意見を聴かなければならない(同法九八条三項)旨規定されており、成立に争のない乙第一五、第一六号証、証人広野睦男(第一回)の証言によれば本件土地区画整理事業においても土地区画整理審議会が設置され、本件各処分原案について審議され、地元の反対があるけれども広域的な見地に立ち、道路の効用性を考慮して右原案どおり決定することを承認する旨答申したことが認められ、右認定に反する証拠はない。なるほど、本件の場合、被告代表者市長が原告ら主張のような回答をしていることは当事者間に争のないところであるけれども、証人広野睦男(第一回)の証言によれば被告代表者として、その後、原告らを含む小槌工区区画整理反対同盟側の役員らと前記合意事項をふまえ、約一年間、十数回にわたり会合したものの、右反対同盟側が、終始、路線変更、車輛の通行禁止等を強硬に主張して譲らず右主張は被告として基本的に同意し難いものであり、結局、被告において本件各処分に及んだことが認められ、右認定に反する証拠はない。右認定事実によれば、被告代表者においてできる限り利害関係人の意見を尊重しようとしたことが明らかであるから、本件各処分が憲法第三一条に違反するというに当らない。
4 最後に、原告らは本件各処分が土地区画整理法に違反する旨主張するので、この点につき判断する。
土地区画整理法二条一項は、土地区画整理事業の目的として、「公共施設の整備改善」と「宅地の利用の増進」の二つを併列的に掲げており、その趣旨は公共施設の整備改善のなされることが、同時に宅地の利用増進を図ることになることを必要とするものである。従つて右目的のいずれかを欠く土地区画整理事業は違法となる。ところで、右にいう「宅地の利用の増進」につながるか否かは、個々の宅地ごとに観察するものではなく、施行地域内の宅地全体について考察し、且つ長期的視野に立ち、将来を見通したうえで判断すべきである。
前記1認定事実によれば、本件土地区画整理事業によつて鳴尾御影線は従前、歩道、車道の区別のない、最大幅員八メートルの道路であつたものを拡幅後においては左、右に、各三メートル幅の歩道部分と、その間に、九メートル幅員の車道部分を具える道路となり、さきに、戦災復興土地区画整理法によつて整備、改善されながら、分断されていた部分と通じて、全線として完成されることが明らかである。このことは、市民一般の生活活動が活発となり、その生活圏が広域化し、モータリゼイシヨンの普及した今日にあつては、本件土地区画整理事業の施行地域内の宅地全体としてその利用の増進が期待されるものということができる。
また、土地区画整理事業は、都市計画区域内の土地につき施行され、公共施設等に関する都市計画が定められておればこれに適合するものであることが要求される建前になつている(土地区画整理法二条一項、六条四項)から都市計画において既に道路建設が決定されていれば、土地区画整理事業において、これを無視できない法構造となつている。本件においても、鳴尾御影線は前記認定のとおり昭和二一年内閣総理大臣において芦屋復興都市計画街路として追加決定され、本件土地区画整理事業は右都市計画に適合するよう、公共施設の整備改善として同線の拡幅工事を定めているものであり、右は何ら土地区画整理法に反するものではない。
原告らは本件土地区画整理事業は各種交通公害をもたらし、施行地域内の宅地の利用増進を妨害するものであると主張する。たしかに、自動車の通行を認める道路の設置は当該地域に自動車を導入し、その結果、その沿線にある程度の自動車公害の発生することは避けられないところであるが、その程度により警察権による適切な道路交通の規制又は道路管理者の保安施設の設置により回避しうるものであるうえ、前記のような、今日における市民一般の生活状態にかんがみるならば、前記認定の規模、構造の鳴尾御影線を利用することにより発生の予想される交通公害が施行地域内の宅地全般の客観的利用の増進を阻害するものとは考えられない。なお、証人内海清の証言からも伺えるように、鳴尾御影線の拡幅工事が、果して芦屋国際文化住宅都市建設法の精神から妥当な方策であつたかどうかは議論の余地のあるところであるが、これは本件土地区画整理事業の内容の当、不当の問題にすぎず、これにより右事業が全体として違法となり、ひいては本件各処分が違法となるものではない。よつてこの点に関する原告らの主張は理由がない。
三 以上のとおりであつて、原告らの本件請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 中村捷三 住田金夫 池田辰夫)
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