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神戸地方裁判所 昭和47年(わ)1765号 判決 1976年3月22日

主文

被告人を罰金一万五、〇〇〇円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金三、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(本件犯行に至る経緯)

被告人は、鳥取県倉吉市海田に本社をおき、高圧容器の製造等をしている神鋼機器工業株式会社明石工場(明石市魚住町金ケ崎字白割所在)の工員で、かつ同社の従業員の一部で組織する日本労働組合総評議会全国金属労働組合兵庫県地方本部神鋼機器工業支部(以下全金労という)明石分会の分会長であったが、昭和四五年五月四日、闘争方針に不満を持つ組合員らが全金労から神鋼機器工業労働組合(以下神労という)を分裂結成したため、両組合の間で対立が続いていたところ、特に昭和四七年五月二五日、鳥取県地方労働委員会から神労の分裂結成に際し、会社側に神労に対する支配介入の不当労働行為があったとして救済命令が出されて以来、全金労の組合員らが、早朝出勤前、前記明石工場正門前で、門前集会を開いて出勤してくる神労の中心的組合員らをとり囲み組合分裂の責任を追及するといった険悪な事態が引続き、両組合間の対立抗争は一層激しくなっていた。

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和四七年六月一二日午前七時三五分ごろ、右正門前において、門前集会を開いていた全金労の組合員約三〇名とともに、出勤途上の神労明石支部書記長黒田吉人(当時二九歳)を認めるや、前にたちはだかり同人を取囲み、同人に対し「悪いことしたから謝れ」などと怒号して、神労結成当時発起人であった同人が、組合を分裂させた責任者の一人として謝罪する旨要求したところ、同人が「五分待つからどいてくれ」と答えるもなおも謝罪を要求し、同人の右肩付け根付近を右手の中指と人差し指で一回突いたため、同人がとり囲んでいる全金労の組合員の氏名を記載しようとして内ポケットから名刺(昭和五〇年押第一七〇号の一)を取り出すや、なおも右同様の方法で同人の右肩付け根付近を二回、左肩付け根付近を一回突き、さらに同人が下を向いて右名刺に氏名を記載し始めるや、同人の前額部を右手の中指と人差し指で連続して前後約一〇回、頭部が後方にそりかえる程強く突き上げるなどの暴行を加え、よって同人に対し加療約一週間を要する前頭部打撲の傷害を負わせたものである。

(証拠の標目) (略)

(法令の適用)

被告人の判示所為は、刑法二〇四条、罰金等臨時措置法(刑法六条、一〇条により軽い行為時法である昭和四七年法律第六一号による改正前の規定による。)三条一項一号に該当するところ、所定刑中罰金刑を選択し、その所定金額の範囲内で被告人を罰金一万五、〇〇〇円に処し、右の罰金を完納することができないときは、刑法一八条により金三、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとする。訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文を適用して、全部被告人に負担させることとする。

(弁護人の主張に対する判断)

一、弁護人は

(一)  本件は、黒田が被告人の真剣な問責行為に対し、かえってこれをあざ笑うかの如くポケットから名刺をとり出して、立会人の氏名を下向き加減に記入し始めたので、同人の顔面を被告人の正面に向け、真面目に話を聞くようにさせるためにしたことであって、その態様は、激しく同人の顔を突き上げる、というのではなく、極く自然に同人の顔を持ち上げるごときものであったのである。従って同人が社会的に傷害を負わす程度の暴行を加えてはいなく、本件は傷害罪には該当しない。

(二)  神労の結成・その勢力の維持拡大の経緯は、地労委の命令によって明らかである。そのような会社側の弾圧の中で、必死になって組織の維持をはかってきた全金労が、右命令を背景に、会社による不当労働行為攻撃にストップをかけ正常化をはかっていこうとしている中で、神労はストライキを打って妨害し、右命令に服さず再審査の申立をなすよう会社に圧力をかけてきたのである。黒田はこのような神労の中心人物であって、持ちまえの気の強さで全金労との対抗関係を故意に作り出した者で、これに対して全金労明石分会長の地位にあった被告人が、同人の行動につき反省を求めるのは、組合活動上当然の行為である。

一般に暴力の行使が、正当な労働組合活動として刑事免責の対象にならないが、有形力の行使が即暴力の行使となり刑事免責を受けないというのではない。又、労働組合運動は静止的なものではなく、労使関係の中で刻々とダイナミック・動的に展開されて行くものであるから、有形力の行使が暴力と見做されるか否かは、相手方の出方と相対的に考えなければならない。これを本件組合の分裂から事件当日までの経過に徴すれば、仮りに被告人の行為が形式的に傷害罪の構成要件に該当するとしても、正当な組合活動上の行為として違法性を阻却し、当然に刑事上の免責を受けるべきである。

と主張するので次に判断する。

二、当裁判所の判断

(一)  被告人の黒田に対する所為は、判示認定のとおりその経緯・態様に徴し、不法な有形力の行使即ち刑法上の暴行行為に該当することは明白であるが、傷害罪の成否を検討するに際しまず黒田の病状経過について検討する。

前掲各証拠を総合すると、黒田は本件被害後、作業についたが今後のこともあるので神労執行部と相談のうえ、明石警察署警備課に本件被害を報告に行き、その後胸がむかつき、頭部と首筋が痛むので明石市内の井元外科病院に行き診察を受けた。同病院において黒田は医師井元進に対し、会社内のごたごたで前額部を指で一〇回位突かれたとし、疼痛を訴えた。外科病院を開業してから九年の経歴を有す右医師は、外傷はみられなかったがその部位を触診し、瞳孔検査等の一般的な検査をした後、骨折及びそれに起因する脳内出血を慮ってレントゲン撮影をして診察した結果、加療一週間を要する前頭部打撲症と診断し、その旨の診断書を作成した。そして脳内出血防止の注射を打ち、内服剤を与えた。黒田はその後、午後一時ごろから七時三〇分ごろまで再び明石署で事情聴取に応じた。午後八時三〇分ごろ帰宅し入浴して食事にとりかかったところ、吐気を催し、嘔吐した。そのためむちうち症かも知れぬと心配し、知人宅に医学書を借りに午後一〇時ごろ外出し、一二時ごろ帰宅し就寝した。

翌一三日再び右病院を訪れ、頭痛と吐気がしたことを訴え、井元医師から鎮痛剤の注射をしてもらった。さらに同月一五、六日ごろ、自宅で突然鼻血が出たうえ、多少の頭痛と、頸部が痛むため、同月一六日右病院を訪れ、鎮痛剤の注射と、首に電気治療を施す理学療法を受けた。

以上の経過が認められるのである。このうち当日黒田が二〇ないし三〇回位突かれたと訴えた、との証人井元進の証言は、証人黒田の供述及び医師井元進作成の創傷診断書に照らし記憶違いの疑いがあるが、同医師は、慎重に診察をしていることが認められ、診断書の作成過程にはなんら不自然なところは見当らない。なお、黒田が事件当日長時間に亘って警察の事情聴取に応じていること、入浴していること、深夜まで外出していることは、若干非常識で病状を悪化させる原因となることは容易に推認できる。しかし右の事実は、いずれも井元外科における第一回目の診察及び診断書作成後のことであって、診断書作成時点の診断内容に変更をきたすものではない。又、黒田が事件当夜嘔吐した点についてであるが、前記認定のとおり病院に行く前からすでに胸がむかついており、判示認定程度の暴行の結果吐気を催すことがあり得ることは、証人井元進の証言によっても認められるところであって、数日間続いた頭、頸部の疼痛とともに生活機能に障害を与えたといわなければならない。これらのことはまさに被告人の判示暴行行為に起因するものであり、本件前頭部打撲は傷害罪に該当することは明らかである。

(二)  次に違法性阻却の主張について検討する。

刑法上の違法性とは、単に形式的にでなく、実質的に、全体としての法秩序に反すること、即ち法秩序の基底となっている社会倫理的な規範に反することを意味するのであるが、特に本来の労使間の紛争のみならず、本件の如き対立する組合どうしの紛争をも含めて、一般に労働関係に起因する刑事事件の違法性の判断については、その特殊性をふまえ、又労働関係法令の立法趣旨に照らし、慎重な判断を要するところである。

その判断基準として明確なものがあるわけではないが、当該紛争の経緯を探ったうえ、事件当時の具体的諸事情のもとで、(イ)被告人が本件所為に及んだ目的が正当なものであったかどうか(ロ)その手段、方法が真に必要なものであり、又社会的に相当なものであったかどうか、(ハ)法益侵害の結果が社会的に是認される範囲内のものかどうかという見地から検討を加えるのが相当であると考える。

(イ) 目的の正当性

本件犯行の目的は、発起人として組合分裂の衝にあたった黒田の責任を追及しようとしたところ、黒田がこれに応じようとせず、かえって名刺を取り出し、取り囲んでいた全金労組合員の氏名を記入しようとしたことにあったことは判示のとおりであり、被告人の自認するところでもある。

ところで、労働組合員が自己の所属する組合の闘争方針等に不満を持ち、脱退すると同時に、同志を募り新たな組合を結成することは、組合結成自由の原則上なんら非難されるべき筋合でない。しかるに被告人及び全金労に所属する組合員らは、神労をもって、会社の意を受けて結成され、会社の経営方針に従順ないわゆる御用組合であり、黒田はその中心的役割を果たした人物であるから謝罪させる必要があると供述若しくは証言し、その根拠として鳥取地労委の救済命令においてその旨認定がなされていること、この命令に対し神労が中労委に再審査の申立をするよう会社に迫ったこと等を挙げている。まず本件救済命令について検討するに、その名宛人(被申立人)は、会社であって、神労ではないことは言うまでもなく、責められるべきは、労働組合制度をわきまえていなかった会社にこそあるのである。ましてその理由中黒田の名前が発見されないのみならず、黒田をも含めて神労の発起人らが組合分裂、結成に際し、積極的に会社側に働きかけたとする事情はなんら認定されていないのである。次に再審査の申立をなすよう会社側に迫った点であるが、会社の神労に対する支配介入の判断が示された以上、反射的には神労にとって労働組合としての存立が疑われる不利な判断ともなる訳であって、再審査申立権を持たぬ神労が、これを有する会社に対し、より正しいと信ずる判断を求めて再審査申立をなすよう働きかけることは、あながち不当とはいえない。従って黒田か他に全金労に対し謝罪しなければならぬ特段の事情が見い出されない限り、神労の発起人であり、又神労が全金労からみて御用組合でありその書記長という要職にあったとしも、黒田が非難され、謝罪すべきいわれは全くない。なお、第一二、一三回公判調書中証人藤信秀機の供述部分第二二回公判調書中被告人の供述部分によれば、右救済命令を契機として、会社と全金労との間に、会社が不当労働行為の非を認めて全金労に対して慰謝料又は解決金として金員を支払う、沖縄派遣問題で出勤停止処分を受けた者を白紙に戻す等、正常な労使の状態に戻そうとの折衡がなされており、本件当時その協定も間近に迫っており(本件から三日後の六月一五日協定成立)、この問題を平和的に解決しようとする方向に向っていた、ことが認められる。そのような機運の下においては、なおさら黒田の責任を追及することは筋違いといわなければならない。黒田の事件当日の行動を検討するに、被告人及び全金労側の証人は、黒田の気の強い性格に言及したうえ、当日は黒田が入門出来る余地があるのに故意に集会中の者にぶつかるようにして来た。と供述若しくは証言し、一方黒田及び神労側の証人は、逆に被告人の方が入門しようとする黒田に体当りして来たと証言し、本件発端の経緯については定かではないが、仮りに前者であるとしても、そのこと自体を非難すれば足るのであって、組合分裂の責任を問うこととは全く関係がない。黒田が取り囲んだ人の名前を名刺に書いた点であるが、確かに多少人を刺激する動作ではあるがその前に黒田は「五分待つからどいてくれ」と述べ、その間も暴行を受けているのであって、いきなり名刺に名前を書き始めたものではなく、被告人の本件犯行を触発するに足る不当な行為とはいえない。

(ロ) 手段・方法の必要性・相当性

右(イ)で検討したとおり、会社と全金労との関係が好転していた状況の下において、被告人が黒田に対して判示の手段を講じなければならない必要性は全く見い出せないばかりか、例え黒田に組合分裂の責任を問い、謝罪させたいとの欲求を満すためのものであっても、出勤途上の者を多数でとり囲み、判示の所為に及ぶことが、健全な社会常識に照らし相当として是認されないことは多言を要しない。

(ハ) 法益侵害の程度

本件犯行により黒田の受けた傷害の程度は、前記二、(一)で詳しく検討したとおりであり、これが社会的に是認され、黙過される程度を逸脱していることは、これまた明らかである。

(三)  結論

以上検討したとおり、被告人の本件犯行は、一企業一組合という型態こそが最も理想的であり、全金労のみがその理想を荷うという独自の考えから、神労及びその発起人であった黒田に対する腹いせ的ないしはいやがらせ的な感情にとらわれて及んだものと解するのが相当であり、その目的、手段・方法、法益侵害の程度等いずれの点からみても、社会通念上到底許容し得べきものではないと解され、いまだ違法性が阻却されるものではない。

弁護人の主張は、いずれも理由がないからこれを採用できない。

よって、主文のとおり判決する。

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