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神戸地方裁判所 昭和47年(行ウ)23号 判決 1982年4月30日

原告 島野隆夫 外一三名

被告 芦屋市長

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

被控訴代理人は、乙第四ないし第六号証を提出し、控訴人は、右乙号各証の成立を認めると述べた。

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

被告が原告らに対してした別紙(一)賦課処分一覧表記載の各下水道事業受益者負担金賦課処分を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  被告は、都市計画法第七五条及び芦屋国際文化住宅都市下水道事業受益者負担に関する条例(昭和四六年芦屋市条例第一号。以下、本件条例という。)に基づき、原告らに対し、別紙(一)賦課処分一覧表記載のとおり下水道事業受益者負担金の賦課処分(以下、本件賦課処分といい、右処分にかかる負担金を、以下、本件負担金という。)を行なつた。

2  原告らは、本件賦課処分に対し、所定の不服申立期間内に異議申立をしたが、いずれも棄却(原告伊東根夫については却下)され、いずれも、昭和四七年六月五日、右異議申立に対する決定を知つた。

3  本件賦課処分は、次の理由によつて違法であり、取消を免れない。すなわち、

(一) 本件下水道事業につきその事業費の一部を原告らに負担させることを定めた本件条例は、憲法第二五条、下水道法に違反する違憲無効のものである。

芦屋市における下水道事業計画によつて既に設置され若しくは設置が予定されている下水道は、芦屋市住民が健康で文化的な生活を営むうえで不可欠の公共施設であり、芦屋市全域における清潔な環境保全に資するものであつて、憲法第二五条の趣旨からいつても、その設置は国と地方公共団体の負担においてなすべきものであり、その事業費の一部を市民たる原告らに負担させることは許されない。このことは、下水道法第三条、第二五条の二、第三一条の二、第三四条の各規定並びに同法が下水道の設置等につき受益者負担を定めていないこと(河川法第七〇条、海岸法第三三条、道路法第六一条等との対比)によつても明らかである。

(二) 本件条例は、地方税法第七〇三条第三項、地方自治法施行令第一五三条、憲法第八四条に違反する違憲無効のものである。

本件負担金は、その実質において地方税法第七〇三条所定の水利地益税乃至は地方自治法第二二四条所定の分担金と同一視すべきものであるところ、地方税法第七〇三条第三項によれば、既に同法第七〇二条により都市計画税の賦課を受けている者に対しては重ねて水利地益税を課することは許されず、また、地方自治法施行令第一五三条によれば、既に水利地益税を課せられている者に対しては重ねて分担金の徴収を行なうことは許されないものとされている。原告らは、本件下水道事業を含む芦屋都市計画事業について、既に都市計画税を課税されている者であるから、前記各法令の規定を総合して判断すると、原告らに対して重ねて本件負担金を徴収することは二重課税であつて許されず、ひいては、法律に基づかない課税を定めたものとして憲法第八四条に違反すると断ぜざるをえない。

(三) 本件条例は、都市計画法第七五条第一項の要件を満していない違法のものである。

都市計画法第七五条第一項によれば、都市計画事業に要する費用の一部を受益者に負担させうるのは「著しく利益を受ける者」に対して「その利益を受ける限度」内においてである。しかしながら、原告らは本件下水道事業により他の一般市民に比して特別に「著しい利益」を受けるわけではなく、また、仮に多少の利益を受けるとしても、その度合が本件負担金に照合すると判断すべき合理的根拠はない。

(四) 本件賦課処分は、法律不遡及の原則に反し許されないものである。

本件賦課処分によつて納付を命ぜられた本件負担金の額は、本件条例施行前一〇年間に要した事業費を含めてその総額の五分の一を当該負担区の負担金として算出されたものであり、実質的には本件条例施行前一〇年に遡及して負担金を徴収されるのと同じ結果になつている。かかる賦課金は法律不遡及の原則に反して許されないものである。

(五) 本件賦課処分は、(1)芦屋市ではその一部地域につき戦前から受益者負担金の賦課処分を受けることなく下水道が敷設されており、これとの対比において不公平であり、(2)芦屋市では昭和四〇年以来行なわれた数多くの都市計画事業において他に受益者負担金を賦課徴収したものは一件もないという事実に照らしてこれに合理的根拠は認められず、(3)専ら国からの補助金を得たいという動機から本来不必要な負担金徴収を行なうものであつて、(4)右(三)の点をも考慮すれば、裁量権を逸脱したものというべきである。

(六) なお、原告島野隆夫の場合、既に多額の費用を投じた、有効に機能する浄化槽を有しているから、本件下水道事業による受益はない。したがつて、本件負担金を賦課することはそもそも許されない。しかるに、本件条例は、右の点を考慮することなく無雑作に一率に排水区域の土地所有者等を対象として本件負担金を賦課しているのであつて、それは憲法第二九条に違反し、かつ、都市計画法第七五条第一項の授権の範囲を超えていることは明らかであるから、憲法第九四条に違反する。

二  請求の原因に対する答弁

1  請求の原因1及び2の事実は認める。

2  同3の主張は争う。

(一) 本件条例は、都市計画法第七五条に基づいて制定施行されたものであつて、下水道法に基づいて制定施行されたものではない。公共下水道は都市における基幹的施設であり、かつ、その設置、改築、修理、維持その他の管理は関係自治体の行なう固有事務であるが、このことから受益者負担金を賦課することを内容とする条例自体が違法であるということにはならない。本件条例の適否はかかつて都市計画法第七五条に適合するか否かに存する。なお、本件公共下水道事業の対象範囲は、芦屋市の市域のうちの市街化区域全域であるが、市街化調整区域はその対象とされていない。

(二) 受益者負担金と租税とは形式的にも実質的にも同一視すべきものではない。けだし、租税は担税能力の所在に着目した、いわゆる応能負担の原則に基づいて賦課されるのに対し、受益者負担金は受益の所在に着目した、いわゆる応益負担の原則に基づいて賦課されるものだからである。

地方自治法第二二四条の分担金は、受益者負担金の一種ではあるが、当該事業が都市計画法に基づく都市計画事業として行なわれる場合は同法(第七五条)と地方自治法(第二二四条)とは特別法と一般法の関係に立つものであるから、地方自治法第二二四条の適用はない。

したがつて、芦屋市において既に都市計画税が賦課されているからといつて、本件受益者負担金を賦課することができないとする法令上の根拠は全く存しない。因みに、本件条例の根拠法たる都市計画法第七五条は、地方税法第七〇三条第三項、地方自治法施行令第一五三条が既に存在することを前提にして立法されたものであるところ、これらの規定との関係につき特に調整規定を設けていないが、それは両者が矛盾牴触する事柄ではなく、あえて調整規定を設けるまでもないからにほかならない。

都市計画税は、いわゆる目的税で、地方公共団体の都市計画事業の費用にあてられるという点において、同一事業の費用にあてられる受益者負担金と目的を同じくするが、前者は受益者に受益の限度で賦課されるというものではなく、都市計画区域に指定された一定区域内に所在する土地等の所有者に対し不動産の所有という事実から担税力を推定して一定の課税標準を定めて賦課するのに対し、後者は担税力を考慮の外におき、租税の性格を具備していない点で根本的に異なるものである。したがつて、都市計画区域内に居住する住民が都市計画税のほかに、公共下水道事業という都市計画事業により著しい利益を受けた場合その限度においてその事業費の一部を受益者負担金として負担したとしても、二重課税の問題は生じないのである。

(三) 同3の(三)については、三で詳述する。

(四) 本件公共下水道事業は、既に戦前から継続事業として行なわれているものであり、昭和五二年度末をもつて完成する事業である。したがつて、本来、その間の事業に要した費用の総額をもつて事業費の総額とすることができるわけであるが、本件受益者負担金の賦課にあたつては、昭和三六年度以降昭和五二年度までの事業費をもつて受益者負担金賦課の対象事業費としたものである。

事業が一体の事業として継続して行なわれるものである以上、過去に支出した事業費たると、今後支出すべき事業費たると、共に「当該事業に要する費用」(都市計画法第七五条第一項)たることにかわりはないから、これらの事業費を基礎として受益者負担金を賦課し、その受益者負担金をもつて事業費の一部を負担させることとするのは都市計画法第七五条の規定する内容そのものであるというべく、何ら違法ではない。

(五) 本件公共下水道施設によりその排水区域内の土地所有者等が享受する当該土地の利用内容が質的に著しく高められるという私的利益は、当該土地の属性として考えられるべきものであつて、当該土地の所有者等が応急、経過的な浄化槽を設置して生活汚水等を処理していたとしても、公共下水道施設により当該土地の利用内容が質的に著しく高められることには変りはない。もともと、浄化槽は、公共下水道施設の存しないときに、汲取式から水洗式に改めた場合の応急、経過的な処理方法たる性格のもので、公共下水道施設が完成した後においては、客観的には、その目的を達し、その使命は終つたものというべきである。したがつて、浄化槽の有無は公共下水道施設建設による受益の有無、程度を決するうえでは、理論上関係がないこととなるわけである。

三  被告の主張

1  公共下水道事業の緊急性

(一) わが国における公共下水道整備の現状

下水道施設ことに公共下水道施設は、基幹的な都市施設であるにかかわらず、わが国の現状は遺憾ながら著しく立遅れている。近年、急激な都市化現象と公共水域の水質汚濁が進むに伴い漸くその整備の急務であることが認識されるに及び、政府においてもその計画的整備に積極的に乗り出すに至つた。いま下水道施設の普及状況と政府の整備計画を概観すれば、次のとおりである。

(1) 普及率

全国都市の市街地面積に対する既設下水道施設(終末処理施設を有する)による排水面積の比率は、政府の第一次五か年計画(その投資規模三三〇〇億)が達成された昭和四一年度末で一九・九パーセントであり、同じく第二次五か年計画(その投資規模九三〇〇億)が達成された昭和四五年度末で二二・八パーセントにとどまつている。

(2) 下水道整備計画

政府は、第一次、第二次下水道整備五か年計画にひき続き、下水道整備緊急措置法に基づく第三次五か年計画を策定(閣議決定)し、昭和四六年度から昭和五〇年度末までの事業により、右普及率を三八パーセントに高めることを目指している。この第三次五か年計画の投資規模は、その総額実に二兆六〇〇〇億円という大型のものであるが、この計画の規模からも下水道整備事業がいかにわが国現下の緊急課題であるかを窺うことができ、この課題に対する国の積極的姿勢を看取することができるであろう。

(二) 公共下水道事業の性格

(1) 公共下水道を設置する事業は、市町村の固有事務に属するが、この事業は、下水道法に基づいて行なうこともでき(下水道法第三条)、他方、都市計画法に基づく都市計画施設の整備に関する事業(都市計画事業)として行なうこともできる(都市計画法第五九条)。しかし、公共下水道の如き基幹的な都市施設にあつては、都市の健全な発展と秩序ある整備を図る見地から、都市の全体的な土地利用と都市施設、都市機能の合理的な配置と調和(都市計画法第一条、第二条及び第一三条等)に配慮しながら行なわれることがのぞましい等の理由から都市計画事業として行なわれているのが一般の趨勢である。

(2) 公共下水道の建設(設置)を都市計画事業として施行するにあたつては、あらかじめ都市計画法第五九条(事業計画の変更の場合は同法第三六条)に基づき都道府県知事の認可を受けなければならないが、同条の認可がなされるにあたつては、下水道法第四条の認可「処分があつたこと又はこれらの処分がなされることが確実であること」が必要である(都市計画法第六一条第二号、同法第六三条で事業計画の変更の認可の場合に準用)。

(3) 本件受益者負担金にかかる自昭和四六年度至昭和五二年度間の芦屋市第三次公共下水道事業計画(以下、本件事業計画という。)については、昭和四六年三月二日下水道法による建設大臣の認可(手続上は、旧下水道法に基づき認可された事業計画を変更することの認可)をえ、ついで、同年三月二三日都市計画法による兵庫県知事の認可(手続上は、旧都市計画法に基づき認可された事業計画を変更することの認可)があつたものである。

(三) 本件事業計画の概要

(1) 事業内容の概略

(排水区域の拡張等)従来の事業計画による排水区域は、阪急電鉄以南の区域三七八・七ヘクタールであつたが、その計画策定以降、北部丘陵地帯の宅地化が急速に進展し、また、右既認可排水区域の事業も予定どおり進捗したこともあつて、この際新都市計画法の施行に伴い、同法に基づき市街化区域と決定されたその全域と決定されたその全域を排水区域とし(七一八・二ヘクタール)、これに近く埋立の竣工する芦屋海浜埋立地一二八・二ヘクタールをあわせるとその排水区域は八四六・四ヘクタールとなる。このため管渠は従来の一一万六七四〇メートルから一八万六四六〇メートルに延長され、新たに約七万メートルの管渠を北部丘陵地帯及び埋立地に敷設することとなつた。

(高級下水処理場の設置)従来の事業計画では、市中心部の海岸沿いの伊勢町に建設する予定であつたが、地元の反対にあつてこの計画を中止せざるをえないこととなり、下水処理場のないまま現在まで推移してきたのであるが、公共下水道は元来終末処理場を有すべきものであるし、また、水質汚濁防止、環境改善等の見地からも緊急に設置する必要がある施設であるので、今般大阪湾西部埋立計画による芦屋海浜の埋立がその実現をみるに至つたので、ここに「標準活性汚泥方式」による高級処理場を建設しようとするものである。この処理により、集められた下水のB・O・D値(推定値約一五〇PPm)を一五PPmに下げることが可能となる(因みに、水質汚濁防止法による排水基準値は、B・O・D一二〇PPmであるが、近く、兵庫県条例により、いわゆる上のせ基準値が二〇PPmと定められる予定である。)。

(2) 資金計画

(総事業費)  六八億七五〇九万八〇〇〇円

内訳

管渠建設費   二一億三一四五万八〇〇〇円

処理場建設費  三五億二〇〇〇万円

ポンプ場建設費  一億四〇〇〇万円

その他事業費(南宮ポンプ場改修費、街渠改修費等)

一〇億八三六四万円

(財源内訳)

国庫補助    一六億九五四〇万円

起債      二一億六一四〇万円

受益者負担金   七億四三九三万円

埋立事業主体負担分(処理場建設費を排水面積比で按分したものの全額を兵庫県に分担させるもの)

六億二八〇〇万円

一般市費    一六億四六三六万八〇〇〇円

(3) 事業施行期間

昭和四六年度から昭和五二年度まで。

(四) 下水道事業とその整備財源

(1) わが国都市における公共下水道の普及が著しく立遅れているのは、さきに指摘したとおりであるが、その原因としては、生活様式、生活慣習等種々指摘できると思われるが、右の「資金計画」でみたところからも明らかなように、その建設には巨額の投資を必要とするところから、その財源の調達がなかなか容易ではないことにも大きな原因があつたことは否めない事実である。

しかし、近年の急激な都市化現象に因るし尿、生活汚水等の増大、並びに公共水域の水質汚濁は事態をその成行に委ねていることを許さなくなつてきた。ここにおいて、都市における公共下水道の整備がその有力な対策であり、かつ急務であることが深刻に認識されるに至つたことは周知のところである。そこで、国においても、昭和四〇年一〇月二五日建設省都市局長及び自治省財政局長名をもつて要旨次のような内容の通達を地方公共団体宛発した。すなわち、急速に、計画的に下水道整備を図るべきこと、そのためには受益者負担金制度を採用すべきこと、受益者負担金の総額を建設事業費の五分の一以上三分の一以下とすべきこと、受益者負担金制度を採用する都市に対しては国庫補助及び起債の許可を優先的に考慮する方針であること等である。

ついで、昭和四一年一〇月二八日建設省都市局長から受益者負担金制度の活用を促す意味で「下水道事業受益者負担金に関する標準省令案」が示された。(旧都市計画法においては、当該市町村の都市計画事業のため特に制定された省令(内務省令又は建設省令)によつて総事業費に対する受益者負担金総額の割合、負担方法等が定められていた(同法施行令第一〇条)。新法では、条例によることとされている(都市計画法第七五条第二項)。)更にまた、昭和四四年九月一〇日、建設省都市局長は受益者負担金制度の活用による下水道事業の計画的推進を促す趣旨の通達を発し、受益者負担金の負担率は事業費の五分の一以上三分の一以下が適当である旨再度強調するとともに「受益者負担金の対象となる事業は、原則として公共下水道に係る都市計画下水道事業の全てとし、過年度の事業又は終末処理場、ポンプ場、遮集管渠等に係る事業を適用除外しないことが適当である」旨指摘した。そして、同時に「標準条例案」を参考として提示した。これらの通達と相前後して、物価問題懇談会、経済審議会、地域部会、物価安定推進会議、土地問題懇談会、運輸経済審議会等が、公共事業について受益者負担金制度の積極的活用を図るべきである旨の提言を行なつていることは注目すべきである。

(2) 国が下水道事業の整備財源の調達方法の一部として受益者負担金制度の活用を促し、その制度を採用する都市に対して国庫補助、起債について、然らざる都市の場合よりも優遇する方針を打出したのは次の理由によるものと理解される。すなわち「公共下水道については、その受益者が明確で、その費用の一部を受益者に負担させることが負担の公示上及び事業の推進上適当」であり、これにより「安定した建設財源を確保し、下水道整備事業の計画的な促進を図る」ことができること(前記昭和四一年一〇月二八日建設省都市局長通達)、更に、受益者負担金制度を採用する市町村においては、住民に対し、計画的に、所定の時期までに公共下水道を整備することを確定的に義務づけられ、他方、住民の公共下水道に関する関心が高められることになる。このように、受益者負担金制度の採用をテコとして急速かつ広汎に公共下水道の整備を促進しようとすることこそがそのねらいの全てであると理解される。

そうだとすれば、受益者負担金制度を採用する市町村に対して国がその整備財源(国庫補助と起債)につきあえて優遇措置を講ずるのもいわれのないことではなく、むしろ、全国的規模で公共下水道の整備事業を推進するうえでの合理的な政策であると評価することができよう。そうであれば、地方公共団体としてもこの国の方針に呼応して、公共下水道の緊急な整備に乗り出すことが、住民の福祉を早期に実現する所以であり、一般財源(租税)を中心とする場合に比べて住民の負担を軽減する所以でもあるであろう。

そこで芦屋市においても国の第三次五か年計画に対応して本件事業計画を策定し、昭和五二年度末までに本件事業を完成すべく、鋭意その施行を推進しているわけである。

(3) 前記国の方針に従つて受益者負担金制度を採用した場合とそうでない場合における芦屋市の利害得失を、事業費総額は同一として、比較すれば次のとおりである。

国庫補助率はともに一〇分の四であるが、総事業費がその対象となるわけではなく、一定範囲のものがその対象となるが、受益者負担金制度を採用する場合は然らざる場合に比し、補助金対象範囲が拡げられる取扱いがなされるので補助金が増額されることになる。

これを本件事業計画に即して言えば、

(受益者負担金制度を採用しない場合)

国庫補助   三億〇六〇〇万円

起債     三億八九一〇万円

市費    五五億五一九九万八〇〇〇円

埋立事業主体負担分

六億二八〇〇万円

(受益者負担金制度を採用した場合)

国庫補助  一六億九五四〇万円

起債    二一億六一四〇万円

市費    一六億四六三六万八〇〇〇円

埋立事業主体負担分

六億二八〇〇万円

受益者負担金 七億四三九三万円

となり、受益者負担金制度を採用しない場合、一般財源から短かい期間内に事業費を支出することは他の支出を圧迫し、財政上自ら制約があるので、いきおい長期にわたつて各年度応分の支出をすることとならざるをえない。したがつて、事業完成は昭和六八年頃となる計算である。これに対し、受益者負担金制度を採用する場合は昭和五二年度末に完成することが可能となり、その間に実に一六年のへだたりがあることになる。

2  下水道事業と受益者負担金制度の沿革

(一) 昭和四六年三月三一日現在で、昭和五年以降旧都市計画法(第六条第二項、同法施行令第一〇条)に基づき旧内務省令又は建設省令をもつて受益者負担金制度を採用している都市はその数一二五に達し、現行の都市計画法(第七五条第二項)に基づき条例をもつて同制度を採用している都市は七二(合計一九七)に及んでいる。

(二) これらの省令及び条例のうち、受益者負担金総額の事業費に対して占める比率を五分の一以上三分の一以下の範囲内で定めているものは全体の約九七パーセントである。

(三) そして、これらの省令、条例においては排水区域内に土地を所有し、若しくは使用権原(一時使用のものを除く。)を有する者を受益者と定め、その所有若しくは使用する面積に、負担金総額を当該排水区(負担区)の面積で除して得た金額(一平方メートル当りの負担金、いわゆる単位負担金額)を乗じたものを負担金として賦課している(前述の「標準省令案」「標準条例案」もこれと軌を一にする。)

3  本件条例と受益者負担金

(一) 昭和四六年四月一日から施行の本件条例も前記標準条例案に準拠して立案され、昭和四六年二月一八日芦屋市議会においてその議決をみたものである。「この条例において「受益者」とは事業により築造される公共下水道の排水区域(以下「排水区域」という。)内に存する土地の所有者をいう。ただし、地上権、質権または使用貸借もしくは賃貸借による権利(一時使用のために設定された地上権または使用貸借もしくは賃貸借による権利を除く。)の目的となつている土地についてはそれぞれ地上権者、質権者、使用借主または賃借人をいう。」(第二条)、「負担区の負担金の総額は、負担区の事業費の額に五分の一を乗じて得た額とする。」(第五条)、「受益者が負担する負担金の額は、負担区の負担金の総額を当該負担区の地積で除して得た額(以下「単位負担金額」という。)に当該受益者が第八条の公告の日現在において所有し、または地上権等を有する土地で同条の規定により公告された区域内のものの面積を乗じて得た額とする。」(第六条)とされている。

(二) 本件条例第七条に基づく負担区の事業費の予算額等の決定等に関する公告は、昭和四六年四月一日芦屋市公告第二二号によつてなされたが、右公告における単位負担金額算出の計算は別紙(二)単位負担金額計算書のとおりであり、同計算書記載のA負担区、B負担区の区域は、別紙(三)芦屋市公告第二三号記載のとおりである。この計算による受益者負担金総額は七億四三九三万円である。

(三) 本件賦課処分にかかる各賦課金額は、原告各自が本件条例第八条の公告がなされた昭和四六年四月一日現在において各負担区内に所有し又は地上権等を有する土地の面積に右本件条例七条の公告にかかる単位負担金額(A負担区一平方メートル当り一二一円、B負担区一平方メートル当り一九〇円)を乗じて、正確に算出したものである。

(四) なお、本件事業計画にかかる排水区域のうち、A負担区については昭和四九年一月一〇日、B負担区については同年五月一〇日に一部区域、同年七月一日にその余の区域について、それぞれ供用開始の公示がなされた。

4  都市計画事業たる公共下水道事業と都市計画法第七五条の受益者負担金

(一) 受益者負担金の本質

私的法律生活の領域を支配する私的自治の原則は、国民各個人の私的(経済)生活は各個人それぞれの負担・出捐において営まれることを自明の前提にしている。近時、行政がいわゆる給付行政乃至福祉行政の領域へと進展するに伴い、ともすればこの自明の、自助・自立の原則が等閑視されるきらいなしとしないのであるが、法律が特別の必要を認めて個人の私的生活・私的利益を直接保護・実現しようとしている場合を除いては、この自助・自立の精神はわれわれの社会生活を支配し、規律する基本的な指導理念でなければならないと考えられる。

われわれの現実の社会生活は、国、地方公共団体等の設置・運営する各種の公共的施設、公共的役務(以下、公共事業という。)の中ではじめて成立ちうるものであるが、これらの公共事業は、広く不特定多数の、一般国民、一般住民の福祉の増進に寄与することを目的として施行されるものであり、さればこそ、それらに要する費用が一般納税者の負担する租税によつて賄われることが妥当性を有するのである。けだし、租税とはかかる性質の公共事業等の施行に必要な費用を支弁するため国民の担税能力に応じて徴されるものだからである。

ただ、かかる公共事業によつて、所期の公共的利益の実現、増進のほかに特定個人の私的生活固有の領域における利益が実現され、あるいは増進される結果を生ずる場合がある。このような場合に、その事業費の全部を一般納税者の負担する租税収入によつて賄うことは、その利益の性質に照らし、他の一般納税者との関係において明らかに衡平を欠くといわなければならないから、その衡平を図るために相応な調整の方法が講じられる必要がある。受益者負担金制度の本質はまさにここに存する。

ここで、各法律の定める受益者負担金制度をみるに、第一の類型として、河川法第七〇条の二における特別水利使用者、特定多目的ダム法第七条におけるダム使用権設定予定者のように、法律が、一般公共目的を達することのほかに、明白な私的利益の存在する場合、これに着目して、その利益の帰属する者を、名指しで、負担義務者と定めている場合、第二の類型として、土地改良法第九〇条第二項のように、当該事業が私的利益の増進をもたらすものであるところから、この私的利益の所在に着目して、法律自身が一定の範囲を定め、その範囲内の者で利益を受ける者を負担義務者としている場合、第三の類型として、法律が単にその事業によつて、利益を受ける者(森林法第三六条第二項、漁業法第三九条第一二項)、著しく利益を受ける者(鉱業法第五三条の二第三項、都市計画法第七五条、河川法第七〇条、特定多目的ダム法第九条、住宅地区改良法第二六条)と定めている場合、があるが、受益者負担金制度を統一的に理解すべきものである以上、右第三の類型に属する各法律の場合においても、それら各法律は、私的利益の所在に着目してその利益の帰属する者をして負担義務者としているものであると解される。

これを要するに、公共事業に因つて、一般公共的利益のほかに、私的利益が実現され、若しくは増進される場合においては、その私的利益の帰属する者をして受益者負担金を負担させ、もつて一般納税者との衡平を図るのが受益者負担金制度の存在理由であり、本質であると考えられる。

(二) 公共下水道事業のもたらす利益と私的利益

公共下水道の整備は、都市の健全な発達及び公衆衛生の向上に寄与し、あわせて公共用水域の保全に資するものであるが(下水道法第一条)、いま公共下水道を設置することによつてもたらされる効果、利益として次のものが指摘できる。すなわち、

(1) 都市生活がもたらす汚水を迅速かつ衛生的に処理することによつて都市の美観を保ち、かつ汚水に基因する種々の伝染病の発生を防止し都市の環境衛生を向上させることができる。

(2) 都市を雨水による侵水から守つたり、公共下水道の終末処理場で雨水、汚水を浄化することによつて、河川その他の公共の水域、海域の汚濁を防止し、もつて水質公害の発生を未然に防止することができる。

(3) 排水区域内の各世帯からの生活汚水、し尿、雨水等が完全、迅速かつ衛生的に排除処理されることに因りそれまでの不便、不快、不安、非衛生な状態が著しく改善され、その意味で快適な私的生活を享受することができる。

換言すれば、庶機の公共的利益とともに、排水区域内の各世帯の私生活上の利益が実現されるに至るのである。

現在、われわれが私的生活を営むうえで、必要な効用、利益とは、直ちに金銭的評価をすることを普通とする経済的利益、たとえば、物の交換価値、債権債務といつた種類、性質のものに限らない。現に、われわれが日常生活上享受している人格的な、あるいは環境上のさまざまな私的な利益についても、いわゆる受忍限度を超えて侵害を受けた場合には、不法行為を構成し、損害賠償という形において金銭的評価がなされているのである。

右(3)に指摘した公共下水道事業のもたらす利益が、その排水区域内の各世帯の私的利益に属することは疑いのないところであり、都市計画法第七五条は、かかる性質の利益に着目したものと考えられ、そしてこのような利益は、(一)において指摘した受益者負担金制度において各法律が着目する利益と同じ性質のものである。

ところで、この各世帯からの生活汚水等の現実の排除、処理の関係は、公共下水道の現実の利用の側面の問題であり、その利用による受益に対してはその利用の態様(量及び質)に応じ公共下水道の使用料として賦課徴収がなされる(下水道法第二〇条)。したがつて、公共下水道の建設による受益者を、予想されるその利用者とすべきではない。

都市における土地は、そこでの人間生活の基盤であり、いわば生活空間として機能するものであるが、その地上における生活汚水等が完全、迅速、衛生的に排除、処理されることとなることによつて当該土地の利用内容が質的に著しく高められるものであることは、かかる施設の存しない場合における不便、不快、不安、非衛生な状態が施設の建設によつて著しく改善されることの明白なことに想いをいたせばたやすく首肯しうるところであろう。だいたい、都市における人間が居住するための宅地となると、たんなる土地とは異なり、それ以上の条件が必要である。道路、水路は当然のことであるが、上水道、下水道、処理場、塵芥処理場、電気ガス施設、電話、鉄道などのほか、公園、緑地、学校、幼稚園、保育所、更には商業施設、文化施設、老人施設等々が必要になつてくる。このような条件のととのわないところは、土地ではあつても宅地とはいえず、宅地化するための多くの部分は一般的にはその地域社会によつて公共的に整備されねばならない。したがつて、公共下水道の建設によつて、関係土地の利用主体である所有者、若しくは使用者が著しい利益を受ける者であることは極めて明らかである。

(三) 都市計画法第七五条にいわゆる「著しく利益を受ける者」

右(一)でみた実定法上の受益者負担金制度の定め方の三つの類型のうち、法律が名指しで受益者を定めているのは別として、単に利益を受ける者と定めている場合と、著しく利益を受ける者と定めている場合との間に要件上差異があると解すべきであろうか。各法律を検討しても、同じ受益者負担金制度についてそれぞれの法律がばらばらの態度をとつていることこそ合理的であると考えられる実質的根拠は見出しがたい。したがつて、法律が、単に利益を受ける者と規定し、あるいは著しく利益を受ける者と規定しているのも共に、特定個人に私的利益が帰属する場合は(一般納税者との関係において)これを調整する旨を規定したものと解すべきであろう。ただ、その利益が軽微で、とりたてて言う程のものでない場合はあえてその調整を要しないものとする趣旨を明らかにする意味で一部の法律においては注意的に「著しく……」と規定したものと考えられる。

仮に、著しく、と立言している場合とそうでない場合とでそれぞれの法律の要件に差異があると解釈するとしてもその著しい利益の存否は、当然のこととして当該公共事業の施行の前と後の状態を比較し、社会通念によつて決すべきものと解される。そうだとすれば、こと公共下水道事業に関する限りそれによつてもたらされる私的利益は、軽微なものとは到底言いえず、まことに著しいものと言うべきであるから、結論において差異はない。

(四) 公共下水道事業における受益の限度

都市計画法第七五条第一項は「その利益を受ける限度」において事業費の一部を受益者に負担させることにしているが、その一部とはどの程度とするかについては、同条項において受益の限度を上限とする旨定めているほか特別の定めはないから、結局それは施行主体の裁量に委ねられているというべきである(同条第一項、第二項)。

(1) さきに指摘したように、公共下水道事業は、庶機の公共的利益とともに排水区域内の各世帯の私的利益をもたらすものである。この公私双方の利益を経済的(金銭的)に評価するとすれば、それは事業がことさら不経済、不合理な内容・方法で施行される等の特別の事情が存しないかぎり、少なくとも事業費の総額相当額に当るというべきである。そうだとすれば、公共的利益に相当する部分を控除したものが私的利益の総額に相当するものと考えてよいであろう。そうすると、雨水公費、汚水私費の原則に立脚しつつ、従来の公共下水道事業における実例をも参酌して受益の総額(受益の限度)を総事業費の五分の一としたのはまことに相当な裁量に属し、裁量の範囲を逸脱したものでも、裁量権を濫用したものでもないと言うべきである。

(2) その各人別の受益の評価は、排水区域内において所有若しくは使用する土地の面積に応じて右(1)における事業費相当額(総事業費の五分の一)を按分する方法によつて求められた数額相当額とするのが合理的な評価の方法であると考えられる。けだし、都市における土地は、単なる物理的存在としての土地ではなく、生活空間として機能するものであるから、それ相当の条件が整備される必要がある。その生活空間としての土地上の生活汚水、し尿、雨水等が完全、迅速、衛生的に排除、処理されるに至ることは、とりもなおさず生活空間としての土地の利用内容、利用価値を著しく増進させるものであることは、おそらく異論のないところであろうと考えられるからである。ただ厳密に言えば、土地の用途地域別に基準を設定して各人別の受益を算定するということも理論上考ええないわけではないが、実際問題として技術的に著しい困難を伴うし、受益の総事業費の五分の一程度に抑えた場合においてはそれをしないからといつて格別不合理、不公平をもたらすということもないと言うべきである。

(五) 公共下水道と公費負担―いわゆるナシヨナルミニマム論との関連において

公共下水道施設が良好な都市環境を維持するうえで必要不可欠な基幹的な都市施設であるにもかかわらず、わが国のその普及率は昭和四五年度末で二二・八パーセントにとどまつている。良好な都市環境を維持し国民をして健康で文化的な生活を営むことができるように努めるべき責務を負う国又は地方公共団体が、その一施策として公共下水道施設の整備に努めるべきであることはいうまでもない。それ故に芦屋市においても、前記の計画と内容の本件公共下水道事業を実施したのである。

しかしながら、本件公共下水道が基幹的な都市施設でその事業が公益的であるからといつても、その普及状況に照らすと、いまだこれをもつて健康で文化的な最低限度の生活を保障する施設だとしてもそれを全て公費負担で賄わなければならないものではない。法律上受益者負担金を賦課することは許されているのであるから、全て租税により調達される一般財源のみに依拠することとするか、受益者負担金をも徴するかの問題は、まず前述のように公共下水道事業に要する巨大な費用と一般財源との関係、すなわち当該自治体の財政的見地からする政治的選択の問題である。一般財源(租税収入)に十分ゆとりがあるか、又は、公共下水道の建設が大きく先に延びることになつてもやむをえないと決断すれば、一般財源のみに依拠し、受益者負担金を徴しないとすることもひとつの選択であろう。しかし、一般財源のみに依拠することが困難であり、かつ、緊急に建設する必要があるとする見地から受益者負担金の採用を可とする決断もこれまたひとつの選択であつて、いずれを選択するかは、当該自治体の議会及び理事者の政治的選択に委ねられたところであるといえよう。

さきにも指摘したように、私的自治の原則が支配する法秩序のもとでは、法律が特別の必要を認めて個人の私的生活を直接、保護・実現しようとしている場合を除いて、国民各個人の私的生活は各個人の出捐と負担において営まれるべきものであり、公共下水道事業のように私的生活利益の実現を図る性質の事業においては、その事業費の全額を一般財源に依拠するよりは、その一部を受益者に負担せしめるのが公平かつ合理的である。そしてこのことは、今後公共下水道が全国的に整備普及されるに至つた暁においてもなお変ることがないものと考えられる。

5  結語

以上の次第であつて、本件条例は都市計画法第七五条第一項に定めるところに適合したものであり、何ら法令違反のかどはない。また、本件条例に基づいてなされた本件賦課処分には何ら瑕疵は存しない。

四  被告の主張に対する認否及び原告らの反論

1  被告の主張3の(三)の事実は認める。

2  我国における下水道整備の立遅れについて

下水道ことに公共下水道は、被告主張のとおり市民生活に欠かすことのできない基幹的な都市施設であるにもかかわらず、我国の現状は遺憾ながら著しく立遅れてきた。それは、し尿の農村還元方式による処理であるとか、予防注射による伝染病の防止技術の普及といつた歴史的事情にもよるが、主として芦屋市をはじめとする地方公共団体の市民生活冷遇の行政に起因するものである。

従来芦屋市をはじめとする地方公共団体がまさにその基本的な任務とすべき市民の生活環境の整備に目を閉し、道路、港湾等々の産業的諸施設のみ重視して今日に至つたことはむしろ公知の事実である。このような行政の遅滞の責任を顧みず、我国の公共下水道整備の立遅れが、あたかも自然的、客観的事実であるかのように被告が冷然と語ることは許されないものである。被告の主張中には、公共下水道整備の立遅れをもつて本件下水道受益者負担金を要請する実際上の根拠とするかの口吻が見受けられるところであるが、このような公共下水道整備の立遅れは被告の重大な行政責任を示すものであつても、受益者負担金を要請する何の背景ともなりえない。むしろ無反省な行政費用の市民への転嫁は行政の遅滞の責任に加え被告の行政責任を倍加するものに外ならない。

3  公共下水道事業の今日的意義

明治三五年に制定された下水道法が「本法ニオイテ下水道ト称スルノハ、土地ノ清潔ヲ保持スルタメ、汚水、雨水疎通ノ目的ヲモツテ敷設スル排水溝ソノ他ノ排水路線オヨビ付属装置ヲイウ」と定めていたことによつても明らかなとおり、戦前の下水道は主として、伝染病予防その他の公衆衛生的見地からその必要性を考慮されていたものである。しかし、都市生活者の殆んどが汲取式便所を使用していた時代から見れば、下水道によつて地域社会全体の公衆衛生上良好な環境を維持することは不可能であり、下水道はごく限られた一部の人々に特別の恩恵的サービスを提供する結果になつていたものである。

これに対し、戦後、とりわけ近時の下水道はその性格を一変した。公共下水道は国民の健康で文化的な生活を維持し、地域社会全体の良好な環境を保持するうえで不可欠の基幹的都市施設としてとらえられるようになつた。日本経済の高度成長政策によつて都市への産業と人口の集中が急速に進み、都市環境は著しく悪化した。下水道事業の今日的意義は、第一はし尿処理である。化学肥料の開発による農業方法の変化や都市交通や都市構造の複雑化その他もろもろの事情によつてし尿の農村還元方式による処理が不可能となつたために、都市における大量のし尿を衛生的に処理するには下水道に頼らざるを得なくなつた。それは個人の生活の問題ではなく社会全体の問題である。これを個人生活における快適さや便利さという派生的効果にすりかえてはならない。第二は、公害防止である。産業排水が都市河川と近海を汚染し重大な公害発生源となつている今日、河川や海岸の汚濁を防止し水質を保全することの必要性は急務であるが、これも重要な社会問題である。第三は災害防止である、これが個人的な便益の問題でないことは多言を要しない。かくして、公共下水道は単に伝染病の予防的観点にとどまらず、また、一部の特権階層への恩恵的サービスの域を脱して、いまや、都市生活者各層の生活基盤を確保し、都市の良好な環境を回復し、都市地域全体を汚染から守るための不可欠の基本施設となつたのである。下水道は、今日、公共都市施設として広く承認されている。これを特別な施設ととらえ、それを利用できることが特別の恩典であるかの如き考え方は、我国の憲法の精神に照しても、国際的なナシヨナルミニマムの水準に照しても、到底容認することはできない。

4  「著しい利益」について

本件条例は、都市計画法第七五条の要件を何らみたしていない。原告らをはじめ全芦屋市民は本件公共下水道の設置によつて何ら著しい利益を受けない。

(一) そもそも本件条例はこのような著しい利益を考慮して設けられていない。それは、本件条例における負担金額算定の方法を見るだけでも明らかである。そこではまず、公共下水道整備の費用の額が割出され、その額が自動的に排水区域の所有者等にふり向けられている。そこには市民の受益の観念が入りこむ余地は全くない。費用から自動的に負担金額が割出されているにすぎない。このような方法は都市計画法第七五条の受益者負担金制度の趣旨に全く背反するものである。都市計画法第七五条の受益者負担金は、本来普遍的であるべき行政の効果が、特定の市民にのみ、又は特定の市民に対して(相対的に)著しく及ぶ場合に、その受けた特別の利益をはき出させることによつてその不公平を除去しようとするものである。そこには不公平なる著しい受益が不可欠の前提とされ、そこから、その受益に相当する負担金の額が導かれている。それは本件条例におけるが如き費用負担金の方向とは全く異なるものであることに注意する必要がある。本件受益者負担金は、このような市民の不公平なる著しい受益をなんら念頭にはおかず、専ら行政費用を市民に転嫁することのみ考えている。

(二) また、その整備は被告が行なうべき基本的事業の一つであり、かつ、その効果も全市民に普遍的に及ぶ本件公共下水道の如きものについては、そもそも都市計画法第七五条の著しい利益は考えられようがない。被告がこの著しい利益についていうのは、要するに、本件公共下水道の設置によつて、生活汚水、し尿、雨水が衛生的に処理できるようになるということにつきる。しかし、そのようなことは、公共下水道の当然の効用にすぎないし、また、それがいかにして土地の所有者に対し、かつその所有面積に応じて、不公平なる著しい利益を生ぜしめるかについては何ら論証するところがない。

勿論、原告らは本件公共下水道の設置により市民が何らの利益を受けないというのではない。およそ市民に何らかの利益をも与えないような行政は許されるはずもないところであつて、その意味での利益は本件公共下水道についても当然考えられるところである。

しかし、都市計画法第七五条の受益者負担金を課しうる要件としての著しい利益は、このような一般的な行政上の利益とは質的に異なる。それは、前述のように、ある行政の効果として特定の市民にそれをそのまま保持させることが不公平と感じられるような著しい利益でなければならない。しかるに、被告がいうのは要するに生活汚水、し尿の排水等公共下水道の当然の効用にとどまるものであつて、前述の一般的な行政上の利益を一歩も出ていない。被告は要するに公共下水道の設置によつて土地所有者等が著しい利益を受けるのは当然だと抽象的に述べるだけで、都市計画法第七五条に該当するべき具体的事実の提示及び論証を怠つている。

(三) 更にこのような一般的な行政上の受益にしても、原告ら宅地には戦前から浄化槽が設置され、生活汚水、し尿の処理いずれも衛生的に処理されてきている。したがつて、本件公共下水道の設置によつて原告らは一般的な行政上の利益を何も受けない(のみならず、原告小沢貞一などは、個人的には下水道の敷設によりかえつて出費が増大したり井戸水が使用できなくなる等の被害が生じている。)。被告は、この点につき、浄化槽は応急、経過的な処理方法たる性格を有するから公共下水道の設置による受益とは理論上関係がないというが、そのいうところの意味の曖昧さはさておいても、受益の有無、程度は理論上の問題ではなく、現実の問題である。原告らは本件公共下水道の設置によつて現実実際上何らの利益も受けない。

(四) 原告らに対する負担金額の算出に合理的根拠が認められない。本件下水道事業に要した費用をもつて受益の限度を測定する根拠はない。また、所有土地の面積に応じて受益の限度を測定する根拠もない。著しい利益は地価の上昇によつて測定するほかはないが、これを認めるべき証拠はない。

5  以上のとおり、被告は、結局、都市計画法第七五条の要件に該当するべき具体的な事実を何ら主張していない。そこにあるのは本件公共下水道の設置は当然に土地所有者等に対し著しい利益を与えるという抽象的か性急な結論のみである。

第三証拠<省略>

理由

一  請求の原因1及び2の事実並びに被告の主張3の(三)の事実は、当事者間に争いがない。

二  成立に争いのない甲第五乃至第七号証、乙第一乃至第三号証、第八号証の一、第九、第一〇号証、第一一号証の一乃至三、原本の存在及び成立に争いのない甲第八号証、第一二号証の一、証人後藤太郎の証言により真正に成立したものと認められる乙第五乃至第七号証、第八号証の二、原告島野隆夫本人尋問の結果により同原告主張どおりの写真であると認められる検甲第一、第二号証、証人後藤太郎、同久保赳、同室井力、同岡本義雄の各証言、原告島野隆夫、同小沢貞一各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

1  公共下水道事業の緊急性

(一)  下水道は、河川等の公共用水域から取水された清浄な水が人間の生活や事業活動における使用を経て汚水となつたものを受入れ、取水時の水質に近い状態に処理したうえで、再び公共用水域へ還元するという重要な役割を果す施設である。下水道法第二条第三号は、「公共下水道とは、主として市街地における下水を排除し、又は処理するために、地方公共団体が管理する下水道で、終末処理場を有するもの又は流域下水道に接続するものであり、かつ、汚水を排除すべき排水施設の相当部分が暗渠である構造のものをいう。」と定義している。それは、市街地における雨水等の自然水や、人間の消費生活や生産活動に起因する汚水を排除し、又は処理するための施設であつて、現代の都市にとつて必要不可欠な基幹的施設であり、健康で文化的な生活を営むための基盤となる施設であるが、その構造から、広域にわたる市街地においてその役割を果す公共下水道の設置には、巨額の費用を必要とする。

(二)  わが国の公共下水道の普及率(総人口に対する下水道利用人口の割合)は、後記第三次下水道整備五か年計画の終了年である昭和五〇年においてようやく二三パーセント程度であつて、既にその五年乃至それ以上以前の時点でイギリスが九四パーセント、オランダが九〇パーセント、西ドイツが七九パーセント、アメリカが七一パーセントの普及率を示しているのに対して著しく立遅れている。

その原因は、種々考えられるが、主たるものとしては、従来し尿の農村への還元が日本の農業経済にとつて不可欠であつたこと、予防注射による伝染病の防止技術の普及や、海に囲まれ多くの急流河川を有して自然の浄化能力を有する水資源の豊富なわが国の自然的還境から、下水道の必要性に対する認識が薄かつたこと、及び、第二次世界大戦後の公共投資が、経済復興期に続き経済成長期に入つてからも、先ずは生産基盤の強化拡充に向けられ、生活基盤の充実が後回しにされていたこと、があげられる。

(三)  戦後における経済構造の変化、特に経済の高度成長期における産業の発展は、都市に対する人口や産業の集中の高度化に伴う市街地面積の急激な膨脹をもたらし、化学肥料の開発等により農村還元方式によるし尿処理を不可能とし、生活汚水、産業汚水の質と量に大きな変化をもたらして、公共用水域の水質汚濁を急速に進行させ、また、市街地化及び先行する道路整備による都市の排水機能の低下が浸水防止のための公共下水道に対する雨水排除の依存度を増大させ、ここに、公共下水道施設の整備が急務となり、短期間に巨額の投資をすることが必要となるに至つた。

(四)  政府は、下水道整備に関して、生活環境施設整備緊急措置法を基本法とし昭和三八年度を初年度とする投資規模四四〇〇億円の第一次五か年計画、下水道整備緊急措置法を基本法とし、昭和四二年度を初年度とする投資規模九三〇〇億円の第二次五か年計画、昭和四六年度を初年度とする投資規模二兆六〇〇〇億円の第三次五か年計画、昭和五一年度を初年度とする投資規模七兆五〇〇〇億円の第四次五か年計画を策定実施しているが、右第一次計画では下水道普及率を引上げることに重点を置き、第二次計画では水質汚濁防止対策としての役割がやや強くなり、第三次計画では水質汚濁防止対策としての色彩を強めている。第四次計画では、昭和五五年度末における総人口普及率を四〇パーセントまで高めることが目途とされている。

2  公共下水道事業と受益者負担金制度

(一)  旧都市計画法(大正八年法律第三六号)第六条第二項「主務大臣必要ト認ムルトキハ政令ノ定ムル所ニ依リ都市計画事業ニ因リ著シク利益ヲ受クル者ヲシテ其ノ受クル利益ノ限度ニ於テ前項ノ費用ノ全部又ハ一部ヲ負担セシムルコトヲ得」、及びこれに基づく同法施行令(大正八年勅令第四八二号)第一〇条「都市計画法第六条第二項ノ規定ニ依リ負担セシムル費用ノ金額及其ノ負担方法ニ付テハ関係市町村長ノ意見ヲ聞キ都市計画委員会ノ議ヲ経テ内務大臣之ヲ定ム」の規定により、都市計画事業として実施する公共下水道事業において受益者負担金を徴収する法令上の根拠が与えられ、東京等一部の都市がこの制度を採用した。従来、公共下水道事業はすべて都市計画事業として実施されてきており、戦後においては、福井市(昭和二三年)、函館市(昭和二五年)、能代市(昭和二七年)、岡山市(昭和三一年)が、右らの規定に基づき、その公共下水道事業に受益者負担金の制度を採用している。

現行下水道法は昭和三三年に公布施行されたものであるところ、同法には受益者負担金に関する規定はないが、それは、将来とも公共下水道事業はすべて都市計画事業として実施されるものと考えられるところから、前記旧都市計画法第六条第二項等の規定の存在にかんがみ、強いて下水道法中に同旨の規定を設けるまでもないとの考慮に出たものと考えられる。

(二)  下水道事業に関する国の長期計画策定の前提として、下水道財源の解明を求められた昭和三五年の第一次、昭和四一年の第二次、下水道財政研究委員会は、調査研究の結果、雨水公費負担、汚水私費負担の原則に立脚して、建設費につき受益者負担金制度を採用すべきこと、実情からみて、受益者負担金の総額は当初建設費の五分の一乃至三分の一とするのが適当であること、を提言した。雨水公費負担、汚水私費負担の原則というのは、雨水を排除する施設と汚水を排除処理する施設とは、いづれについても経費の公費をもつて負担すべき部分と利用者・受益者の負担すべき部分が存在するが、雨水を排除する施設について利用者の負担すべき部分と汚水を排除処理する施設について公費の負担すべき部分とはほぼ相殺することができる程度のものと考えられるから、経費の負担区分を算定する場合には、全施設を総合して考え、雨水排除施設については公費が、汚水の排除処理施設については利用者が、それぞれ負担すべきものとすることが便宜であるとするものである。下水道財政研究委員会は、右原則の適用に関し、建設費に占める雨水分と汚水分の比率については、第一次の提言においては、雨水分を五〇パーセント、汚水分を五〇パーセントと推定したが、第二次の提言においては、その後公共下水道の機能と工事単価の両面において雨水排除の比重が著しく高まつていることにかんがみ、標準的な下水道計画に基づいて、おおよそ雨水分が七〇パーセント、汚水分が三〇パーセントと推定している。

(三)  政府は、右提言に基づき、前記の下水道整備に関する五か年計画を策定するとともに、地方公共団体に宛てて、(1)昭和四〇年一〇月二五日、計画的に下水道整備を図るために積極的に受益者負担金制度を採用すべきこと、受益者負担金の総額を建設事業費の五分の一以上三分の一以下とすべきこと、受益者負担金制度を採用する都市に対しては国庫補助及び起債の許可を優先的に考慮する方針であること等を内容とする建設省都市局長、自治省財政局長通達を発し、(2)昭和四一年一〇月二八日建設省都市局長通達により、受益者負担金制度の活用を促す意味で「下水道事業受益者負担金に関する標準省令案」を示し、更に、(3)現行都市計画法(昭和四三年法律第一〇〇号)施行後の昭和四四年九月一〇日、建設省都市局長通達により、受益者負担金制度の活用による下水道事業の計画的推進を促し、「標準条例案」を参考として提示した。右(2)の通達は、公共下水道事業についてはその受益者が明確であるので、その費用の一部を受益者に負担させることが負担の公平上及び事業の推進上適当であり、これにより安定した建設財源を確保し、下水道整備事業の計画的な促進を図ることができることを強調している。

(四)  右のような国の方針が打出されて以来、多くの都市で受益者負担金制度が実施され、下水道整備の推進に役立つている。昭和三三年から昭和四九年までの受益者負担金徴収実績は、別紙(四)表記載のとおりである。

なお、昭和四八年の第三次下水道財政研究委員会の提言は、従来の条例で事業費の五分の一乃至三分の一を負担金の総額と定めていた方式に代えて、条例中に単位負担金額を具体的に明記することが望ましい、と述べているが、それまでに制定された各都市の下水道受益者負担金条例は、そのほとんどが、建設費の五分の一乃至三分の一を受益者負担金の総額と定めている。

3  芦屋市の公共下水道事業

(一)  芦屋市の公共下水道事業は、旧下水道法(明治三三年法律第三二号)、旧都市計画法に基づく認可を受けて、昭和一〇年から、都市計画事業として施行されている。

(1) 当初計画は、排水面積五〇四・三ヘクタール、人口六万九五〇二人、一人一日最大汚水量二〇八リツトル、管渠延長一万九四八九・八メートル、事業費六二万円で、処理場はなく、海へ直接放流するというものであつたが、戦時中及び戦後の混乱期に中断を余儀なくされていた。

(2) 昭和三二年に、その後の情勢の変化に対応して、右当初計画につき第一次変更がなされた。右変更後の計画は、期間は昭和四〇年まで、排水面積三七八・七ヘクタール、人口六万〇五九〇人、一人一日最大汚水量二五〇リツトル、管渠延長六万八九〇二メートルで、沈澱法による簡易処理方式を採用し、事業費は三億八五〇〇万円であつた。

(3) 右計画については、更に昭和三八年に、第二次変更がなされたが、それは電気洗濯機の普及等による下水の質量の変化に促されたものである。右変更後の計画は、期間は昭和四九年まで、排水区域、人口は変らず、一人一日最大汚水量三六〇リツトル、管渠延長七万五五一五・六メートルで、ステツプエアレーシヨン法による高級処理方式を採用し、事業費は一八億五〇〇〇万円であつた。

(二)  本件事業計画は、昭和四六年三月二日下水道法による建設大臣の認可(手続上は、旧下水道法に基づき認可された右(一)の事業計画を変更することの認可)をえ、ついで、同月二三日都市計画法による兵庫県知事の認可(手続上は、旧都市計画法に基づき認可された右(一)の事業計画を変更することの認可)をえたものである。

(1) 従来の事業計画による排水区域は、阪急電鉄以南の区域三七八・七ヘクタールであつたが、その後北部丘陵地帯の宅地化が急速に進展し、また、右既認可排水区域の管渠建設工事が予定どおり進捗したこともあつて、現行都市計画法の施行に伴い、同法に基づき市街化区域と決定された区域全域七一八・二ヘクタールに近く埋立の竣工する芦屋海浜埋立地一二八・二ヘクタールを合せた八四六・四ヘクタールを本件事業計画の排水区域とし、管渠も一六万九八二五・九メートルに延長して、新たに北部丘陵地帯及び埋立地に管渠を敷設することとした。なお、計画人口は一一万五〇〇〇人、一人一日最大汚水量は六三六リツトルである。従来の事業計画では、下水処理場は市中心部の海岸沿いの伊勢町に建設する予定であつたところ地元の反対でこれを中止せざるをえないこととなり、下水処理場のないまま推移してきたが、終末処理場は水質汚濁防止、環境改善等の見地からも緊急に設置する必要のある施設であるので、本件事業計画では、大阪湾西部埋立計画による芦屋海浜の埋立地に標準活性汚泥方式による高級処理場を建設することとした。この処理により、集められた下水のB・O・D値を二〇PPM以下に下げることが可能となる。

(2) 本件事業計画の資金計画は次のとおりである。

総事業費 六八億七五〇九万八〇〇〇円

内訳

管渠建設費二一億三一四五万八〇〇〇円

処理場建設費三五億二〇〇〇万円

ポンプ場建設費一億四〇〇〇万円

その他事業費(南宮ポンプ場改修費等)

一〇億八三六四万円

財源内訳

国庫補助 一六億九五四〇万円

起債   二一億六一四〇万円

受益者負担金七億四三九三万円

埋立事業主体負担分(処理場建設費を排水面積地で按分したものの全額を兵庫県に分担させるもの)

六億二八〇〇万円

一般市費 一六億四六三六万八〇〇〇円

(3) 本件事業計画の事業施行期間は昭和四六年度から昭和五二年度までである。

4  芦屋市が本件事業計画に受益者負担金制度を採用した理由

(一)  本件事業計画の施行にあたり、受益者負担金制度を採用しない場合と、前記2の(三)の国の方針に従つて同制度を採用した場合とでは、同一の事業費総額の支出区分に次のような差が生じることになる。

(受益者負担金制度を採用しない場合)

国庫補助   三億〇六〇〇万円

起債     三億八九一〇万円

市費    五五億五一九九万八〇〇〇円

埋立事業主体負担分

六億二八〇〇万円

(受益者負担金制度を採用した場合)

国庫補助  一六億九五四〇万円

起債    二一億六一四〇万円

市費    一六億四六三六万八〇〇〇円

埋立事業主体負担分

六億二八〇〇万円

受益者負担金 七億四三九三万円

当時の国庫補助率は右いずれの場合においても一〇分の四であつたが、総事業費が国庫補助の対象となるわけではなく、受益者負担金制度を採用する場合には右補助の対象の範囲が拡げられる取扱いがなされるので、両場合の国庫補助に大きな差が生じることになる。

(二)  昭和三六年度以降に実施された管渠建設の事業費は、昭和四四年度までの施工分が合計で六億五〇〇〇万円余、戦前施工改修分が四三五〇万円余、昭和四五年度施工分が二億一〇〇〇万円であつた。芦屋市の財政事情にかんがみれば、一般財源から公共下水道事業のために拠出することができる費用は、将来とも年間せいぜい二億二、三千万円が限度である。したがつて、受益者負担金制度を採用しないで本件事業計画を施行すれば、その完成は昭和六八年頃となる計算になる。他方、受益者負担金制度を採用した場合には、それは昭和五二年度末に完成することが可能となる。

(三)  ところで、当時、芦屋市の公共下水道事業は、いよいよ懸案の処理場の建設に着工しなければならない段階に到達していたが、芦屋市における、相当高度に普及していた浄化槽から側溝等に流出する排水の臭気の解消の問題や、国際文化都市の名に相応しい街造りをすべきであるという市民感情も加わつて、都市環境の維持及び快適な都市生活の享受のために、公共下水道を緊急に整備すべきものとする住民の要望が、非常に強かつた。

そこで、芦屋市においては、公共下水道を早期に完成させることができること、そのための市費の支出が少なくて済み、他の事業を併行して実施することができるようになること、等の利益を考慮して、芦屋市の公共下水道事業を本件事業計画どおりに推進するために、前記の国の方針に従つて、受益者負担金制度を採用することにしたのである。

5  本件条例の内容及びこれに基づく受益者負担金の計算等

(一)  本件条例は、都市計画法第七五条の規定に基づく、受益者負担金を賦課徴収するため、前記2の(三)の(3)の標準条例案に準拠して立案され、昭和四六年二月一八日、芦屋市議会において議決され、同年四月一日から施行されたものであるが、同条例には、被告の主張3の(一)に述べられているとおりの規定がある。

(二)  被告芦屋市長は、昭和四六年四月一日芦屋市公告第二二号により、本件条例第七条に基づく負担区の事業費の予算額等の決定等に関する公告をした。右公告における受益者負担金対象事業費の予定額合計五九億七三五一万八一九九円は、本件事業計画総事業費中の管渠建設費及び処理場建設費中埋立事業主体負担分を除くその余の部分に、昭和三六年度から昭和四五年度までの施工分の管渠建設費を加算したものである。その他右公告における単位負担金額算出の計算は別紙(二)単位負担金額計算書のとおりである。同計算書記載の、A負担区は汚水と雨水とを合せて排除する合流方式を採用した区域であり、B負担区は汚水のみを排除する分流方式を採用した区域である。右A負担区、B負担区の区域は、別紙(三)芦屋市公告第二三号記載のとおりである。

(三)  芦屋市の全市域の、面積は一六〇七ヘクタール、人口は七万二九四一人で、本件事業計画にかかる排水区域の、面積は七一八・二ヘクタール、人口は七万一九〇五人である。

(四)  なお、本件事業計画にかかる排水区域のうち、A負担区については昭和四九年一月一〇日、B負担区については同年五月一〇日に一部区域、同年七月一日にその余の区域について、それぞれ供用開始の公示がなされた(下水道法第九条)。本件事業計画策定後の物価人件費等の高騰等により、現実の事業費は右計画の予定額を大幅に上回り、受益者負担金総額は現実の事業費総額の一〇分の一以下に相当するにすぎないものとなつている模様である。

6  公共下水道の設置により芦屋市民が受ける利益

(一)  公共下水道が整備されれば、雨水、汚水を迅速かつ衛生的に排除処理することが可能となり、環境衛生の向上等により快適な都市生活を確保し、公共用水域の水質の保全により公害を防止し、洪水等の災害を防止することができることとなる。このような利益は、排水区域内外の市民一般にもたらされるものであるが、特に、排水区域内住民の受ける利益は直接的であり、明確である。これとともに、排水区域内にもたらされる生活環境の良化は、当該区域内の土地の利用内容を質的に著しく高め、その効用、便益性を増大させ、その利用価値を増大させる。そしてそれは、通常、当該区域内の土地の価格の上昇をもたらす。

(二)  芦屋市の市街区域は、戦前戦後を通じて高級住宅地域とされており、浄化槽も相当高度に普及していた模様であるが、右3及び4で認定した事実等にかんがみれば、芦屋市における本件公共下水道事業による公共下水道の設置も、右(一)に述べたところと同様の利益をもたらすものと推認される。なお、住宅地域であることにかんがみ、そこでの汚水全体(生活汚水と産業汚水)において生活汚水の占める割合は、他の都市の場合に比べてかなり高くなるものと推認される。

7  その他

(一)  芦屋市は、税率一〇〇分の一・四の固定資産税及び税率一〇〇分の〇・二の都市計画税を賦課している。

(二)  原告島野隆夫方家屋には、その前所有者が昭和一一年に当該家屋を建築した際に築造した、約三立方メートルの鉄筋コンクリート製の浄化槽が設置されており、同原告方から生じる汚水は全部浄化して下水に流しており(その流下経路は定かでない。)、二年に一回位、バキユームカーにより槽内汚物の抜取りをしているが、新たに本件事業計画に基づく公共下水道に放流するような設備にするためには、約七〇万円の費用を必要とすることになる。

(三)  原告小沢貞一方では、本件事業計画に基づく公共下水道事業により、(1)昭和四五年頃設置した簡易浄化槽を、相当額の費用をかけて取壊す必要を生じ、また、(2)邸内の井戸から出ていた良質の井戸水の水脈が切れてしまつた。

以上の事実が認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

三  以下、右認定の事実に基づき、原告ら主張に則して検討する。

1  原告らは、本件条例は憲法第二五条、下水道法に違反する違憲無効のものであるから、これに基づく本件賦課処分は違法であると主張する。

たしかに、公共下水道は、都市衛生の保持、水質保全、防災等の役割を担つた、良好な都市環境を維持するうえで必要不可欠な基幹的な都市施設であり、国民に健康で文化的な生活を営むことができるように努めるべき責務を負う国又は地方公共団体が、その一施策としてその整備に努めるべきことは、いうまでもないことであり、とりわけその整備が立遅れているわが国においては、その責務は重大であるといえる。

しかし、

(一)  憲法第二五条の規定は、すべての国民が健康で文化的な最低限度の生活を営みうるように国政を運営すべきことを国の責務として宣言したにとどまり、直接個々の国民に対して具体的権利を賦与したものではない。しかして、健康で文化的な最低限度の生活なるものは、抽象的な概念であつて、その具体的内容は、文化の発達、国民経済の進展に伴つて向上するのはもとより、多数の不確定的要素を総合考量してはじめて決定できるものである(最高裁判所昭和四二年五月二四日大法廷判決、民集二一巻五号一〇四三頁参照)。

したがつて、同条の規定に基づいて直接原告らが国又は地方公共団体に対して公共下水道の設置を求めることができるわけではないのはもとより、さきに認定した、わが国における公共下水道の普及の程度及び近時その整備が急務となり短期間に巨額の費用を必要とするに至つていること、並びに、国及び地方公共団体は限られた財源によつて数多の事業を早期に実施して行かなければならない責務を負つていること、にかんがみれば、公共下水道の設置を全て公費負担によつてまかなうべきものと断定することはできない。

(二)  ところで、下水道法には公共下水道の設置費用の一部を受益者に負担させることができる旨の規定はないけれども、その理由は、さきに二の2の(一)でみたとおりであつて、それは、公共下水道事業の費用は全て公費負担によるべきものとするものではなく、その後に制定された都市計画法に基づく都市計画事業として行なわれる公共下水道事業においても、同法第七五条及びこれに基づく条例によつて公共下水道事業の費用の一部を受益者に負担させることができるものとする趣旨であると解される。しかして、右(一)で述べたところによれば、そのような趣旨で定められた下水道法、都市計画法の関係規定が、憲法第二五条に違反するものとは考えられない。

(三)  そうすると、当該地方公共団体において、都市計画法に基づく都市計画事業として行なう公共下水道事業に要する費用につき、受益者負担金制度を採用するか否かは、当該地域における、公共下水道整備の緊急性の程度、これに要する費用と一般財源等との関係等にかんがみ当該地方公共団体が財政的見地からする政治的選択に委ねられた問題であるというべく、その選択が裁量権の限界をこえ又は裁量権を濫用した場合でないかぎり、政治的責任の問題は別として、その選択自体を違憲違法ということはできない。

(四)  しかして、さきに二の4で認定した芦屋市が本件事業計画に受益者負担金制度を採用した理由に照らせば、その選択すなわち本件条例の制定には何らの違法はないものと認めるのが相当である。

原告らは、生活基盤の充実を後回しにして公共下水道整備の立遅れを招来した行政責任を負う者がその立遅れをもつて受益者負担金制度採用の根拠として主張することは許されないと主張するところ、戦後の公共投資が生産基盤の強化拡充に優先的に向けられたことが右立遅れの一因をなしていることはさきに認定したとおりであるけれども、それはそのような方針を採用した政策決定の判断の当不当にかかわる政治的責任の問題であつて、その故に直ちに右の選択自体が裁量権の限界をこえ又は裁量権を濫用したことになるものと解することはできず、他に、右の点を肯認するに足りる事情の主張立証はない。

以上の次第で、この点に関する原告らの主張は採用することができない。

2  原告らは、本件条例は地方税法第七〇三条第三項、地方自治法施行令第一五三条、憲法第八四条に違反する違憲無効のものであるから、これに基づく本件賦課処分は違法であると主張する。

しかし、さきに述べたとおり、本件条例は、都市計画法第七五条の規定に基づいて定められたものである。しかして、

(一)  受益者負担金と租税は、ともに行政庁により公権力の行使として賦課される金銭給付義務であるが、受益者負担金は、特定の公益事業の実施により特定の者が特別の利益を受けることを理由として、当該受益者に対し、その特別利益を基準としかつ限度として、当該事業に要する費用の一部を負担させる目的で賦課されるものであり、租税は、国又は地方公共団体の経費が必要であることを理由として、特別の給付に対する反対給付としてではなく、法律が定める要件に該当する総ての者に対し、負担能力についての一般的基準により、これらの団体の財力調達の目的で賦課されるものである。両者は、賦課の理由及び目的を異にし、また、前者においては、義務者の範囲及び賦課の基準、限度はその本質に由来するものとして一義的に定まるが、後者においては、それは、何に負担能力を認めるかについての立法の選択によつて定まることになる点において、両者は異なる。

(二)  都市計画税は、市町村が、都市計画事業等に要する費用に充てるため、都市計画区域内の一定の地域内に所在する土地及び家屋に対し、その価格を課税標準として、その所有者に課する目的税であり(地方税法第七〇二条)、水利地益税は道府県又は市町村が、都市計画法に基づいて行なう事業等の実施に要する費用に充てるため、当該事業により特に利益を受ける土地又は家屋に対し、その価格又は面積を課税標準とし、土地等が当該事業に因り特に受ける利益を課税額の限度として課する目的税であつて(同法第七〇三条)、いずれも、都市計画事業等に要する経費に充てるために土地家屋に対して賦課される目的税である。

(三)  右両税のうちの水利地益税については、その賦課の理由が都市計画法に基づいて行なう事業等の実施に要する費用に充てるために限定されているほか、定められた義務者の範囲及び賦課の基準、限度においても受益者負担金との類似性を感じさせるが、両者は賦課の目的において明らかに異なるうえ、水利地益税における賦課の理由の限定と当該事業により特に利益を受ける土地又は家屋に対しその価格又は面積を課税標準として受益の限度内で課税額を定めることとの間には必然性があるわけではなく、それは、立法政策上妥当な要件として選択されたにすぎないものと解されるから、両者が法律上同一視することのできないものであることは明らかである。

(四)  地方自治法第二二四条の分担金は受益者負担金の一種であるが、当該事業が都市計画法に基づく都市計画事業として行なわれる場合は、都市計画法と地方自治法とは、特別法と一般法の関係に立つものであるから、右事業に関して地方自治法第二二四条の適用はないものと解される(都市計画法第七五条は、地方税法第七〇三条第三項、地方自治法施行令第一五三条が既に存在することを前提として立法されたものであるところ、これらの規定との関係については特に調整規定は設けられていない。)。

(五)  以上述べたところからすれば、本来、受益者負担金と目的税たる都市計画税の双方を同時に賦課することが許されない理由はないと解されるところ、市町村は地方税法第七〇二条第一項の規定によつて都市計画税を課する場合においては第一項の都市計画法に基づいて行なう事業の実施に要する費用に充てるための水利地益税を課することができない、とする同法第七〇三条第三項の規定は、右両税が等しく土地等の所有等の担税能力に着目して賦課する租税であることにかんがみ、同一の課税主体が同一の事業に要する費用に充てるためにする限度では両者を重複して賦課すべきものではないとする趣旨の規定であると解されるけれども、地方税法第七〇三条の規定により水利地益税を課するときは同一事件に関し分担金を徴収することができないとする地方自治法施行令第一五三条の規定は、両者がそれぞれ特別受益者を対象とし、特別受益額を限度としているところからする立法政策上の配慮に基づくものと解されるのであつて、右二つの重複賦課禁止の規定はその趣旨を異にするものと考えられるから、右二つの規定があるからといつて、都市計画法第七五条に基づく条例による受益者負担金と都市計画税の双方を同時に賦課することが禁止されているものと解すべきことにはならない。

したがつて、芦屋市において既に都市計画税が賦課されているからといつて、その故に本件受益者負担金を賦課することができないということにはならない。

(六)  なお、都市計画税の課税標準たる土地家屋の価格は固定資産税の課税標準となるべき価格であり、本件公共下水道事業による地価の上昇分についても固定資産の評価替えにより固定資産税及び都市計画税が賦課されることになると考えられるので、本件賦課処分にかかる各賦課金額が本件公共下水道事業によつて原告らが受ける利益の額から右地価の上昇部分に対して賦課される両税の額を差引いたものを超えることになるとすれば、あるいは受益の限度を超える受益者負担金の賦課として違法の問題を生じる余地がないではないと考えられるけれども、さきに認定した芦屋市における右両税の税率及び本件賦課処分にかかる各賦課金額の定め方にかんがみ、のちに3の(五)及び(六)において述べるところからすれば、本件賦課処分に右に述べたような意味での違法の生じる余地のないことは明らかである。

以上述べたところからすれば、本件受益者負担金の賦課が、法律又は法律の定める条件によるものであり、二重課税、二重収奪に該当するものではないことは明らかであるから、この点に関する原告らの主張は理由がない。

3  原告らは、本件条例は都市計画法第七五条第一項所定の「著しく利益を受ける者」に対して「その利益を受ける限度」内において費用の一部を負担させるものではないから違法であり、これに基づく本件賦課処分は違法であると主張する。

そこで案ずるに、

(一)  ある事業の施行によりその目的とする通常の利益のほかに特定人に特定の利益が発生する場合には、経済的には当該事業が特別受益者との共同事業として施行されるのが衡平の観念に合致するが、事業によつては、行政の責任上、事業主体が、特別受益者の自由意思に基づく参加がなくとも、通常の利益を国民に与えるために、不可分的に当該事業を実施しなければならない場合がある。そのような場合に、事業自体は当該事業主体が自ら実施し、その費用につき、特別受益者が行なうべき事業量に相当する金額の分担金を要求するというのが、受益者負担金の本質であると解される。

(二)  都市計画事業によつて発生する利益が多種多様であることにかんがみ、右(一)のような見地からすれば、都市計画法第七五条第一項にいう「著しく利益を受ける者」とは、衡平の観念に照らして分担金を要求することが合理的と認められる程度に明らかな特別の利益を受ける特定人をいうものであり、同条項にいう「利益を受ける限度」とは、事業費の額に通常の利益と特別の利益とを加算したもののうちにおいて特別の利益の占める割合を乗じたものの限度をいうものと解するのが相当である。しかして、都市計画法第七五条第一項の定める利益については、その種類等に何らの制限も付されていないから、受益の限度を定めるうえにおいて、金銭的評価のなされうるものであれば足りるものと解される。

(三)  ところで、さきに認定した本件公共下水道の設置により芦屋市内外の住民等にもたらされる利益のうち、排水区域内の土地の利用内容が著しく高められることによつてもたらされる当該土地の利用価値の増大による利益は、当該土地の所有者(ある「は、その地上権者、質権者、使用借主、賃借人。以下、これらを合せて、土地所有者等という。)にのみ帰属するものであり(以下、土地所有者等の受ける利益という。)、それは、芦屋市内外に居住等する一般市民が、公共下水道が整備されていることにより受ける利益(以下、一般市民の受ける利益という。)とは別個のものであり、また、設置された公共下水道を現実に利用することによつて受ける利益(以下、利用による利益という。)とも区別されるものである。しかして、公共下水道の設置は、本来、右一般市民の受ける利益を目的としてなされるものであると解される。

そして、右土地所有者等の受ける利益の実体は、当該土地の現実具体的な利用の態様、内容、したがつて公共下水道施設の現実の利用の程度とは無関係の、排水区域内に存在するが故に等しくもたらされる当該土地に内在する利用価値の増大である。それは、常に必ず直ちに現実の地価の上昇に的確に反映するとはいえないけれども、そのことは、土地価格の変動には幾多の複雑な要因が相互に影響するところからくるやむをえない結果であつて、客観的にみて、巨額の事業費用を投入することによつてはじめてもたらされうる右利用価値の増大は、必然的に当該土地の資産価値の増加をもたらす性質のものであることは明らかであり、もとよりそれは、金銭的評価のなされうるものである。

しかして、右土地所有者等の受ける利益は、少なくともさきにイの(一)で述べたように公共下水道が全額公費負担によつて設置されるべきものであるということができないわが国の現状のもとにおいては、本件公共下水道事業により排水区域内の土地所有者等という特定人に発生した特別の利益とみるべきものであることは明らかであり、また、それが巨額の事業費用の投入により排水区域内の土地について等しくもたらされるものであることにかんがみれば、それは、衡平の観念に照らして当該利益を受ける者に右事業の費用を一部分担させることが合理的であると認められる程度に明らかなものであると認められる(そして、このことは、排水区域内の面積が全市域の面積に対して占める割合や、土地所有者等の数が一般市民の受ける利益の受益者の数に対して占める割合のいかんとは全く関係のないことである。)。

したがつて、本件公共下水道事業の排水区域内の土地所有者等は、都市計画法第七五条第一項の定める「著しく利益を受ける者」に該当するものと認められる。

(四)  次に、本件公共下水道事業における原告ら排水区域内の土地所有者等の受益の限度について、被告は、事業費の総額相当額から公共的利益に相当する部分を控除したものが排水区域内の土地所有者等に生じる私的利益の総額であり、それは総事業費の五分の一を下回るものではないところ、各人別の受益の額はその所有し又は使用する土地の面積に応じて右私的利益の総額を按分して求められる額として評価すべきであると主張する。

ここで求められるのは、受益の限度額そのものではなくて、現実に賦課される負担金の額が受益の限度内であると認められるか否かであるところ、排水区域内の土地所有者等に相当額の特別の利益が生じていることは確実であるけれども現実に公共下水道事業によつて生じる総利益を確定的な金額として算出したうえでこれを通常の利益と特別の利益とに峻別して算定することは極めて困難であることにかんがみれば、右主張のような手段による理由づけも、合理性のあるものとして、採用に価するものと考えられる。

(五)  ところで、公共事業の故をもつて、常に当該事業に投資された事業費の総額相当額が即ち当該事業によつて生じる利益の総額であるということはできないけれども、公共事業における投資も、本来、投資に見合う利益があることを前提としてなされるものと考えられるところ、公共下水道は、排水区域内の土地に密着して設置され、専ら排水区域内の住民等によつて利用されるという性格の施設であることを考えれば、当該事業がことさら不経済、不合理な内容、方法で施行される等の特別の事情がないかぎり、公共下水道事業によつて排水区域内に生じる利益の総額は、投資された事業費の総額を下回るものではないと推定してよいものと考えられる。そして、本件公共下水道事業がことさら不経済、不合理な内容、方法で施行された等の特別の事情を認めるに足りる証拠もないから、本件公共下水道事業により、その排水区域内にほぼ投資された事業費に見合う総利益が生じているものと推定してしかるべきこととなる。

しかして、右に述べた公共下水道施設の性格にかんがみ、その設置により排水区域内に生じる利益は、通常、その総額のうちの相当高い割合を占める部分が当該区域内の土地の利用価値の増大、したがつてその資産価値の価値の増加に反映する性質のものと考えられること、前記二の2の(二)乃至(四)で認定したように、第一次、第二次の下水道財政研究委員会の調査結果の実情に基づく提言、これに基づき政府の打出した方針はいずれも建設費総額の五分の一乃至三分の一を受益者負担金の総額とすべきものとし(第二次の右委員会の提案は、私費負担たるべき汚水分を三〇パーセントとしたうえでのものである。)、その時期に制定された各都市の下水道事業受益者負担金条例のほとんどがこれに従つていることからすれば、本件条例の定める負担区の事業費の額に五分の一を乗じて算出される負担区の負担金の総額は、負担区内の土地所有者等に生じる特別の利益の総額を超えるものではないと認めてよいものと考えられる(なお、本件賦課処分にかかる受益者負担金総額は、本件公共下水道建設費の総額すなわち実施済事業費と本件事業計画における総事業費予定額の五分の一ではなく、これをかなり下回る、昭和三六年度以降施行分の管渠建設費及び埋立事業主体負担分を除く処理場建設費の合計額の五分の一として算出されていることは、さきに二の3及び4の認定にあらわれているとおりである。)。

(六)  なお、公共下水道の設置によつて排水区域内の土地所有者等に生じる特別の利益は、当該土地そのものに付加される価値であるから、その現実の使用状況、したがつて公共下水道の現実の利用の程度とは無関係に評価されるべきであり(現実の利用による特別の利益は、その程度に応じた使用料の支払によつて負担されるべき性質のものである。)、したがつて、各人別の受益の額をその所有し又は使用する土地の面積に応じて特別の利益の総額を按分して算定するという評価方法は、それなりに合理性があるものと認められる。土地の用途地域別に基準を設定するなどしてきめ細かく各人別の受益の額を算定することは、不可能ではないまでも、技術的に著しい困難を伴うものと考えられることからすれば、受益者負担金の総額を前記の程度に抑えている以上、それをしなければ違法であるといわなければならない程の不合理、不公平をもたらすものとも考えられない。

したがつて、本件条例の定める受益者負担金の額は、都市計画法第七五条第一項の定める「その利益を受ける限度」内にとどまるものであると認められる。

以上の次第で、この点に関する原告らの主張は、採用することができない。

4  原告らは、本件賦課処分は法律不遡及の原則に違反し、違法であると主張する。

さきに認定したところによれば、本件公共下水道事業は、既に戦前から継続事業として行なわれてきたものであり、昭和五二年度末をもつて完成する予定の事業であるところ、本件賦課処分は、そのうちの昭和三六年度以降昭和五二年度までの事業費を受益者負担金賦課の対象事業費として、昭和四六年に制定された本件条例に基づいてなされたものである。

右原告らの主張は、行政法規の効力発生前に終結した事実に対してはその行政法規の適用はないとする、いわゆる行政法規の不遡及の原則の違反をいうか、あるいは、過去に既に支出済の事業費については受益者に負担させるべきではないとする趣旨であると解されるが、本件条例制定当時右事業は継続中であり、右事業が一体の事業として継続して行なわれるものである以上、過去に支出した事業費も、今後支出すべき事業費も、ともに都市計画法第七五条第一項の定める当該事業に要する費用であることにかわりはなく、同条は受益者負担金の賦課時期については何ら規定していないのであるから、本件条例に基づいてなされた本件賦課処分に右原告ら主張のような違法はない。

5  原告らは、本件賦課処分には裁量権を逸脱した違法があると主張する。

しかし、右の主張にかかる請求の原因3の(五)記載の諸事情のうち、

(一)  同(1)の点は、昭和五三年度以前に実施済の部分の事業費を受益者負担金対象事業費から除外していることにかかわるものと解されるが、さきに述べたとおり、本件公共下水道事業は一体としてなされているものであり、右一部事業費の受益者負担金対象事業費からの除外は、一体をなす右事業における受益者負担金の総額を算定する計算過程における操作であるにすぎず、それによつて除外された部分の事業費により施工された部分についてはその設置により特別の利益を受ける者に対して受益者負担金を賦課しないこととするという趣旨でないことは、さきに認定した事実関係から明らかであるから、その前提において失当である。

(二)  同(2)の点は、各都市計画事業毎の都市計画法第七五条所定の要件該当の有無、受益者負担金制度不採用の理由等に関する吟味及び本件との対比なくして論じることのできる問題ではないところ、それらの点に関する具体的な論証のない主張であるから、採用に価しないものというほかはない。

(三)  同(3)の点は、本件条例制定の理由はさきに二の4で認定したとおりであつて、国からの補助金を得たいということが一つの大きな動機となつていることは明らかであるけれども、それが唯一の動機ではなく、また、本来不必要な受益者負担金の徴収を行なうものであるとはいえないから、原告らの主張を肯認するに足りる理由とはならない。

(四)  同(4)の点については、さきに3で述べたとおりである。

その他、本件賦課処分が裁量権を逸脱したものであることを認めるに足りる事情の主張立証はないから、右原告らの主張は理由がない。

6  原告島野隆夫は、有効に機能する浄化槽を有するから、本件下水道事業による受益はない、等と主張する。

しかし、公共下水道の設置によりその排水区域内の土地所有者等に生じる特別の利益は、当該区域内に存在することにより当該土地そのものに付価される価値として考えられるべきものであることは、さきに述べたとおりである。元来、浄化槽は、公共下水道の存しないときに汲取式から水洗式に改めた場合の応急、経過的な処理方法たる性格のものであつて、公共下水道施設が完成すればその目的を達し使命を終えるものというべく、当該土地の所有者等がこのような性格を有する浄化槽を設置して生活汚水等を処理していたとしても、公共下水道の設置により当該土地に右のような特別の利益が生じることにはかわりがない。しかして、さきに二の6の(二)及び(三)で認定したような失費や損失は、別途の考慮を必要とする場合がありうるか否かの問題はさておき、受益者負担金賦課の要件としての特別の利益の存否及び受益の限度の判断には関係のないことがらであると解される。なお、各人別の受益の額を定めるにつき、きめの細かい配慮をすることなく、その所有又は使用する土地の面積に応じて特別の利益の総額を按分して算定するという一率の評価方法も違法であるといわなければならない程不合理、不公平なものであるとはいえないことは、さきに3の(六)において述べたとおりである。

したがつて、本件条例及びこれに基づく本件賦課処分に、原告島野隆夫が主張するような違法はない。なお、その憲法第二九条、第九四条違反の主張は、本件条例乃至これに基づく本件賦課処分が違法であることを前提とするものであるところ、その違法はないから、その前提を欠くものであつて、採用することができない。

四  以上の次第で、本件賦課処分が違憲又は違法であるとする原告らの主張はいずれも理由がなく、本件賦課処分は、都市計画法第七五条に基づく本件条例の定めるところにより違法になされたものと認められる。

よつて、本件賦課処分の取消を求める原告らの請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条、第九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 富澤達 松本克己 鳥羽耕一)

別紙(一)~(四)<省略>

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