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神戸地方裁判所 昭和48年(ヨ)371号 決定 1973年10月22日

債権者 三宅一久

右代理人弁護士 大白慎三

同 大白勝

同 平田雄一

同 井上史郎

債務者 西元康

右代理人弁護士 北山六郎

同 前田貢

同 山本弘之

同 辻晶子

債務者 株式会社 母倉工務店

右代表者代表取締役 母倉敬久

主文

債権者が一四日以内に債務者西元康に対し金七〇万円、同株式会社母倉工務店に対し金三〇万円の保証を立てることを条件として、債務者らの別紙物件目録(二)記載の建物のうち四階を超える部分および四階南東角一室(別紙図面赤斜線部分)に対する占有を解いて、神戸地方裁判所執行官にその保管を命ずる。

債務者らは右部分について、建築工事を中止し続行してはならない。

執行官は、債務者らの申出があるときは、左の工事の施工を許可することができる。

(一)  右部分の外装工事(バルコニー仕上工事を含む)

(二)  高架水槽、クーリング・タワー、洗たく場及び物干場、テレビ塔設置工事

(三)  階段室の工事

(四)  配管及び配線工事

理由

一、申請の趣旨

債務者らの別紙物件目録(二)記載の建物のうち三階を超える部分に対する占有を解いて、神戸地方裁判所執行官にその保管を命ずる。

債務者らは右部分について、建築工事を中止し続行してはならない。

二、申請の理由

(一)、被保全権利

(1)、債権者は、債務者西元康(以下債務者西という)所有の別紙物件目録(一)記載の土地(以下本件土地という)の北東側に隣接する土地二五一・五三平方メートル上に木造モルタル二階建家屋一階六九平方メートル、二階四一平方メートルを各所有し、昭和二六年から同家屋に居住し、債務者西は、本件土地上に建築中の別紙物件目録(二)記載の建物(以下本件建物という)の建築主、債務者株式会社母倉工務店(以下債務者会社という)は、本件建物の施工者であるが、債務者らは、昭和四八年三月一日から本件建物の建築工事を進めている。

(2)、債権者は、同人方の南側隣接の八幡幼稚園の三階建建物によって冬至において午前中の日照が阻害されているところ、本件建物が建築されると、正午以降の日照が阻害され、結局、終日日照が皆無となる。その他、本件建物は南側いっぱいに寄せ債権者の家屋とわずか六三センチメートルの間隔をおいて建築しているため、通風が全く阻害され、日常圧迫感を受け、さらに、夏季においては本件建物の壁の幅射熱を受けてむし風呂のようになる等の被害を受ける。

(3)、本件建物は敷地南側いっぱいに建築され、敷地の北側部分の利用が十分でなく、債権者に対する日照、通風等の配慮がなされていないこと、本件建物の二階以上に六畳の間の納戸が設けられているが、これは居室として採光制限のため止むなく納戸として設計したものであり、建築基準法上認められないはずであることなど本件建物はその設計上の改善により債権者に対する影響を最少限におさえて建業できたはずであり、その検討を怠った本件建物は違法であるというべきである。

(二)、保全の必要性

本件建物は現在三階まで建築中で、至急に建築工事を差止めないと回復できない損害を受けるおそれがある。

二、当裁判所の判断

(一)、本件疎明資料によると、次の各事実が認められる。

(1)、債権者西は、外科病院を経営している医師であるが、同外科病院の看護婦ら従業員の寮の建築を計画し、債務者会社に請負わせ、本件建物について昭和四七年一二月二八日神戸市の建築物の確認を得たうえ、昭和四八年四月一九日鉄筋コンクリート造六階建従業員寮(最高の高さ一七・六〇メートル、建築面積一四六・一〇平方メートル、延べ面積六二三・七〇平方メートル、建ぺい率五九・六四パーセント)一棟の本件建物の建築工事に着工し、現在六階までのコンクリート打ち、窓わくの設置およびコンクリートブロックによる間仕切り等の工事を終了し、内外装等の仕上げ工事にとりかかる段階にある。

(2)、本件建物は北側の前面道路の幅員が約六メートルあって前面道路との境界から立ち上り約七・五メートルの高さの建物の建築が可能であるのに本件土地の北側にかなりの余地を残して南寄りに敷地いっぱいに建築中であり、債権者方家屋の西側の外壁とこれに隣接する本件建物の北東部分の外壁との間隔はわずか一メートルに満たないもので、債権者方の日照、通風および採光等については配慮されていない。

(3)、債権者は、昭和二六年ころから同人所有の現在の家屋(一部増築)に居住しているが、同家屋を建築するに当っては日照を考慮して同家屋を北側に寄せ、南側に余地を設けて庭園を造り、年間を通じて終日日照、通風を受け快適な生活を営んでいたが、昭和四〇年ころ同人方南側に隣接する八幡幼稚園が従来平家建であったものを鉄筋コンクリート造三階建建物に改築したため、債権者は、冬至において午前一一時三〇分ころまでこれによって日照が阻害されるようになったところ、本件建物が建築されると、正午過ぎ以降も日照が阻害されることになり、結局、債権者は、冬至において正午前後ころ以外は日照が阻害されることになり、また、春分および秋分においても午後零時三〇分ころ以降日照がほぼ阻害されることになる。さらに、本件建物は前記のとおり債権者方家屋に接着して建築されているため、同人方の通風、採光等もかなり阻害され、同人が本件建物によって受ける圧迫感も大きいことは容易に推測することができる。

(4)、本件現場は国鉄六甲道の東方約三五〇メートルの地点にあって、二階建あるいは平家建木造家屋が立ち並び、鉄筋コンクリート造の中高層建物は点在する程度の低層住宅地域をなしている。

(5)、本件現場一帯は神戸市から昭和四八年七月一四日第二種住居専用地域(第二種高度地区)に指定されているが、第二種高度地区の斜線制限は真北に対し敷地の北側境界から立ち上り五メートル、高さ一五メートルまで一分の一・二五、高さ一五メートル以上は一分の〇・六の各勾配となっている。もちろん、本件建物は右指定前である同年四月一九日に着工されているから右斜線制限の適用を直接受けるものではないが本件建物は敷地の北側境界ぎりぎりに立ち上り一四・九メートルの高さで建築されているから、かなりの部分(三階、四階および五階の各一部)が右斜線制限を超えていることは明らかである。

(6)、本件建物は看護婦らの従業員寮建築について強い要望もあって、看護婦ら従業員の生活環境を改善することによって看護婦ら従業員を確保する目的でその建築が計画されたものでこの点利益を図ることを主たる目的とするマンション等の建築の場合とはその用途において社会的評価を異にするし、債務者西の外科病院経営の合理化からいって看護婦ら従業員全員が本件建物に入居することが望ましいのではあるが、必らずしも同人ら全員が本件建物に入居しなければならない必要性は認められない。

(7)、本件当事者間の昭和四八年(ヨ)第一〇三号建築工事禁止仮処分事件について神戸地方裁判所は昭和四八年五月一日債権者の申請を認容(一部)することを前提に保証決定をなしたが債権者が期限内に保証を立てなかったため、右申請は同月一〇日却下されている。債務者らは、右保証決定がなされたのであるから、当然、裁判所が本件建物を債権者の受忍限度を超えるものと判断していたことを承知のはずであり、そのころはまだ本件建物のコンクリート打ち工事は全くなされていなかったのであるから、設計変更は容易であったはずなのに何らこれをなすことなく本件建物を建築中である。

(二)、ところで、我が国の気候条件においては日照、通風等は健康で快適な生活を営むうえで必要なものであり、これを他人から侵害された場合、その侵害の態様および程度、当該現場の地域性その他諸般の事情を考慮して社会通念上受忍限度を超えており、単に、金銭的補償をもってしてはまかなえないと認められる場合にはその侵害の排除ないし差止を求めることができるところ、本件について前記認定の諸事情を総合して判断すると、社会通念上債権者の受忍限度を超えており、単に、金銭的補償をもってしてはまかなえないといわなければならない。

そこで、債権者の受忍限度即ち、債権者の日照、通風および採光等がどの程度確保されるべきかについて検討すると、仮りに、本件四階を超える部分および四階の南東角一室を削除するとした場合、本件疎明資料によると、冬至における日照はさして確保されないが、春分および秋分の各日照が午後一時過ぎころまで確保され(春分および秋分においては前記八幡幼稚園の建物による午前中の日照阻害はないものと推測される。)、通風、採光等も幾分よくなり、圧迫感も緩和されるものと推測されるので、前記認定の諸事情(特に、債権者方の冬至における午前中の日照阻害が第三者である八幡幼稚園によるものであること)を考慮すると、右程度をもって債権者の受忍限度とすべきと解する。

(三)、以上のとおりであるから、債権者は、本件建物の四階を超える部分および四階南東角の一室の建築工事の差止を求める限度でその請求権があるということになる。そして、保全の必要性について検討するに、前記認定のとおり本件建物について六階までのコンクリート打ち、窓わくの設置、間仕切り等の工事を終了しているが、まだ内外装工事等にとりかかる段階であるから、保全の必要性はあるといわなければならない。

よって、債権者が一四日以内に債務者西に対し金七〇万円、債務者会社に対し金三〇万円の保証を立てることを条件として主文のとおり決定する。

(裁判官 大田朝章)

<以下省略>

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