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神戸地方裁判所 昭和48年(行ウ)23号 判決 1978年7月18日

原告 高畑宗一 ほか九名

被告 兵庫県知事 ほか一名

訴訟代理人 大堅敢 松下恭臣 浅田安治 ほか六名

主文

原告らの本件訴をいずれも却下する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

被告神戸市が昭和四八年七月一四日神戸市告示第三五号の二をもつてなした神戸国際港都建設計画高度地区の決定のうち、別紙図面表示の神戸市東難区住吉鴨子ケ原町二丁目の地域を第二種高度地区と指定した部分を取り消す。

被告兵庫県知事が昭和四八年七月一四日兵庫県告示第一一二一号の二をもつてなした神戸国際港都建設計画用途地域の決定のうち、前記地域を第二種住居専用地域と指定した部分を取り消す。

訴訟費用は被告らの負担とする。

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

(本案前の答弁)

主文同旨

(本案の答弁)

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  詩求の原因

1  原告らは、別紙図面表示の神戸市東難区住吉鴨子ケ原町二丁目の地域(以下、本件地域という。)内若しくはこれに隣接した場所に土地・家屋を所有するものである。

2  被告神戸市は、昭和四七年九月都市計画法に基づいて神戸市国際港都建設計画高度地区の決定をする準備として被告兵庫県知事(以下、被告知事という。)の行う用途地域の指定の素案の原案を事実上被告知事に代わつて作成するとともにこれと並行して高度地区の指定の素案の原案を作成し、次いで同年一一月一四日高度地区の指定の最終素案を作成し、昭和四八年五月二二日被告知事に、内定した高度地区の指定案を送付し、同年七月七日都市計画法一九条一項による知事の承認を受け、同年七月一四日、神戸市告示第三五号の二をもつて、同法二〇条に基づいて、神戸市国際港都建設計画高度地区の決定を告示した。他方、被告知事は、同日、兵庫県告示第一一二一号の二をもつて、神戸市国際港都建設計画用途地域の決定を告示した。

これにより神戸市内の用途地域及び高度地区の各指定が行われ、本件地域については同年七月一四日同法八条に基づき、被告知事により第二種住居専用地域の指定が、被告神戸市により第二種高度地区の指定(以下、本件各第二種指定という。)がそれぞれ行われた。

3  被告らは、都市計画法二条に基づき健康で文化的な都市生活を維持するために、用途地域及び高度地区の各指定をして都市計画を樹立するに際しては、良好な住居環境を有する六甲山系のふもとに連なる阪急電鉄神戸線以北の地域のうち、高度が一〇メートル以上であるなど建築基準法四八条一項に抵触した建物が既に存在する敷地を除いてその他の土地は全て第一種住居専用地域及び第一種高度地区の指定を行つたにもかかわらず、本件地域についてのみ、本件各第二種指定をして他の土地とは別異の恣意的取扱を行つた。

すなわち本件地域には前記の素案作成段階にはもとより、現在においても既存の建物としては、本件地域の最北東部分に、原告高畑宗一らの所有する高度一〇メートルに達しない二階建普通建物三戸と、数年前に廃屋となつている甲南大学馬術部の平屋建厩舎が存するにすぎず、しかも、右三戸の建物の所有者である同原告らが第一種指定を求め、被告らの第二種指定の動向に抗議し、被告らの作成した素案に対しても反対の意見陳述を行つてきたにもかかわらず、被告らは、右二階建建物三戸の敷地及びこれに続く一万坪余の土地につき、本件各第二種指定を行つたものである。

被告らは、木原通夫が昭和四七年九月一三日被告神戸市に対し、四階建賃貸マンシヨン建築のために三八二九・三九平方メートルの宅地造成許可申請をし、被告神戸市が同年一〇月一九日に宅地造成の許可をしたため、本件地域につき、本件各第二種指定を行つた旨、その指定の理由を説明するが、仮に被告らの右説明が正しいとしても、宅地造成の許可がなされた土地(約三八〇〇平方メートル)についてはともかく、それ以外の土地(面積はその約一〇倍)について第二種指定とする根拠がなく、また、第二種指定をうけた土地のうち宅地造成の許可のなされていない部分の土地と付近の第一種指定の土地とを区別して取扱うべき根拠も存しない。

さらに、宅地造成の許可があつたとしても、本件地域につき第二種指定としたのは宅地造成の完工検査、建築確認及び現実の建築がない以上、既設建物敷地に限つて第一種指定を外した原則に適合しないものである。

4  よつて、本件各第二種指定は、原告らの住環境についての期待利益に反し、新都市計画法の基本理念にも著しく反するとともに、一土地所有者にすぎない前記木原の利益を図るために裁量権を濫用してなされた恣意的な行政処分であるから、原告らは被告らに対し、本件各第二種指定の取消を求める。

二  被告らの本案前の主張

1  都市計画法に定める用途地域及び高度地区の指定(以下、地域地区の指定という。)は、都市計画の基本理念に基づき長期的見通に立つて都市に混在する各用途の建物につき純化、集団化及び適正配分をなすよう誘導し、もつて機能的な都市活動及び健全な都市環境を確保することを目的とするものであり、同法一三条に定める都市計画基準を具体化し、個々の土地・建物にとらわれず、広く全体の土地利用の現況と動向とを勘案して高度の行政的、技術的裁量に基づき、一般的、抽象的になされるものである。

したがつて、右地域地区の指定は、特定個人に向けられた具体的な処分ではなく、超個人的な公の秩序に関する一般行為の性格を有し、立法行為に類するものである。

地域地区の指定が告示されると、建築基準法で定められた諸規定により同地域地区内の建築物の用途及び形態は制限されることになるが、これは法律が特に付与した付随的な効果であり、地域地区の指定ないし告示そのものの効果として発生する権利制限とはいえない。

また、地域地区の指定後、同地域地区内で建築物を建築しようとするものは、建築基準法六条の規定により建築の確認申請をなすことを要し、これに対して建築主事より建築確認若しくは不適合処分等の具体的な処分がなされるのであるが、この具体的な処分については、第三者的機関である建築審査会に審査請求をすることができ、その請求に対する裁決に不服のある者はさらに訴訟を提起して当該処分の効力を争うことができるのであるから、直接具体的な権利制限の生じない地域地区の指定の段階では、いまだ争訟の成熟性ないし具体的事件性を欠くものといわなければならない。実際上も、地域地区の指定による規制内容は極めて緩く、日常の共同生活上、各人が受忍すべき最少限度のものにすぎず、また右指定それ自体によつて建築物の強制移転を命ぜられることもなく、日常生活に特段の支障をきたすものではないから、右指定の段階で、これに対する訴の提起を認める必要性もない。

以上によれば、本件用途地域及び高度地区の指定は抗告訴訟の対象となる行政処分とはいえない。

2  地域地区の指定は、建築規制によつて都市計画上の目的を達しようとするものであり、良好な住環境を保護することはその目的の一つであるが、これはあくまで一般的抽象的なものであつて、個別的、かつ具体的なものではない。

すなわち、地域地区の指定は画一的な建築規制により一定の地域が全体として良好な住宅地を形成するよう導くことによつて、一般的な住環境を守らんとするものであつて、その保護法益は都市計画的なものであり、個別的、かつ具体的に相隣者間の日照等に関する利害を調整し、直接個人の住環境を保護することを目的としたものではないのであるから、原告らにはなんら保護されるべき具体的な権利、利益はない。

本件用途地域及び高度地区の指定(以下、本件指定という)以前の用途地域としては、昭和三四年三月一〇日、旧都市計画法(大正八年法律第三六号)第一〇条に基づき、昭和四五年法律第一〇九号による改正前の建築基準法第四八条、第五〇条に定める住居地域及び住居専用地区が指定されていたが、これによつて保護されていた法益は、現在においてもなんら侵害されていない。

また、本件指定区域外、すなわち第二種住居専用地域に指定された区域外の原告ら(原告高畑宗一、同熊西昭信を除くその余の原告ら)は、もちろん、同区域内の原告高畑宗一及び同熊西昭信についても、同原告らの住居環境が本件地域地区の指定によつて侵害されたとは認められない。

以上によれば、原告らには本件指定の取消を求める訴の利益がないことが明らかである。

三  被告らの本案前の主張に対する原告らの反論

1  地域地区の指定は、その公告に伴つて生ずる各種の権利制限、すなわち建物の種類、建ペい率、高度制限等の効果を考えれば、単なる一般的、抽象的な処分とはいいえず、強力かつ、具体的な処分というべきである。

仮に、被告ら主張のように地域地区の指定後住居環境に対する侵害が現実的に発生したときにはじめて右侵害排除の訴訟を提起するなどして、これを争いうるとするならば、その訴訟の審判における前提問題として地域地区の指定の無効事由(当該指定に重大かつ、明白な違法があること)を主張しなければならず、その結果、住民は現実的な侵書を受けながら、直ちにその排除を求め難い雪態を招来することとなる。

したがつて、本件指定は抗告訴訟の対象たる「行政庁の処分」というべきである。

2  本件地域はもと、昭和四五年六月一日法律第一〇九号による改正前の都市計両法第八条に定める住居地域及び住居専用地区に属していたものであり、また被告神戸市により風致地区及び文教地区に指定されていたため、低層住宅地という良好な住居環境を保有していたものである。

原告ら及び本件地域の周辺に居住している住民は、本件地域について、右のように良好な住居環境を将来も引続いて保有しうるものと期待し、その期待のもとに本件地域及びその周辺に土地建物を所有し、或いは居住していたものであり、被告らもまた原告ら及び周辺住民の右期待にそうべく、用途地域指定の素案の原案を作成する段階では、本件地域について、前記改正後の都市計画法第八条に定める第一種住居専用地域を指定するように定めていた。

しかるに昭和四七年九月一三日木原通夫から前記一、3のとおり被告神戸市に対して宅地造成の許可申請がなされるや被告らは、本件地域について、前記素案の原案を変更し、原告らの右期待に反して第二種住居専用地域及び高度地区の本件指定をしたものである。

被告らは、本件指定をなすことにより、原告らの良好な住居環境に対する期待を失わせたのであるから、原告らは、本件指定の取消を求めるにつき、訴の利益を有する。

仮に、右のみでは訴の利益が不十分であるとしても、原告らは憲法二五条の保障する生存権に基づいて行政権の濫用による環境破壊を予防又は排除するため、本件指定の取消を求めるにつき、法律上の利益を有する。

四  請求の原因に対する被告らの認否

1  請求原因1及び2の各事実は認める。

2  同3の事実中、原告高畑宗一ら所有の二階建普通建物三戸が本件地域の最北東部分に存することは認めるが、その余の事実は争う。

3  同4の事実は争う。

第三証拠<省略>

理由

一  都市計画法に基づく用途地域及び高度地区の指定の行政処分性について

都市計画としてなす用途地域及び高度地区の指定は、都市計画法二条に定める「健康で文化的な都市生活及び機能的な都市活動を確保すべきこと並びにこのために適正な制限のもとに土地の合理的な利用を図ること」を基本理念とし、同法一三条に定める都市計画基準に適合するように、土地の自然的条件及び土地利用の動向を勘案して、住居、商業、工業その他の用途の適正配分による都市機能の推持増進、住居環境の保護、商業工業等の利便の増進、美観風致の維持等を目的(同条一項二号)として、高度の行政的、技術的裁量により一般的、抽象的になされるものであつて特定の個人に向けられた具体的な処分ではない。

なる程、都道府県知事若しくは市町村が都市計画として地域地区を定める決定をし、その旨を告示すれば、当該都市計画はその告示のあつた日からその効力を生じ(都市計画法二〇条)、その地域地区内においては建築基準法四八条、五二条、五三条等の規定により特定の建築物の建築が禁止され、容積率、建ペい率等につき建築制限を受けるに至るのであるから、その地域地区内に存在する土地建物に関して権利を有する者は、建築物の新築、増築等について法律上の制限を課せられることは否定できないが、このような制限は、その地域地区内に存在する土地建物の所有者等にひとしく課せられる一般的、抽象的な制限であり、右所有者等の権利関係になんら直接具体的な変動を及ぼすものではない。

また、右所有者等としては、建物の新築若しくは増築を理由として所轄行政庁に対し建築確認申請をなし、右申請に対して拒否処分を受けたときに、具体的な権利の侵害ありとして、その処分の効力を争うことが可能であるから、用途地域及び高度地区の指定の段階では未だ訴訟事件としてとりあげるに足るだけの事件の成熟性を欠くものといわなければならない(昭和五三年四月一一日東京高等裁判所言渡判決参照)。

よつて、都市計画法八条に基づいてなされた本件各第二種指定処分については、抗告訴訟の対象となる行政処分にあたらないものというべきである。

二  以上によれば、原告らの本件訴は、その訴訟要件を欠く不適法な訴であるから、これを却下することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 西内辰樹 野田殻稔 法常格)

別紙図面<省略>

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