神戸地方裁判所 昭和49年(ワ)1075号 判決 1978年8月30日
原告 岩崎真智子
右法定代理人親権者父 岩崎登
右同母 岩崎カズ子
右訴訟代理人弁護士 松重君予
右同 岸本洋子
右同 阿部清治
右同 奥村孝
右同 土井平一
右同 美浦康重
被告 株式会社サトーブラザース
右代表者代表取締役 佐藤紀一郎
右訴訟代理人弁護士 栗坂諭
右同 柳瀬兼助
右訴訟復代理人弁護士 吉益清
被告 国
右代表者法務大臣 瀬戸山三男
右指定代理人 岡崎真喜次
<ほか五名>
主文
被告らは各自原告に対し金五〇万四八五一円と内金四五万四八五一円に対する被告株式会社サトーブラザースは昭和四九年一一月一七日から、被告国は同月一九日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
原告のその余の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告らの連帯負担とする。
この判決の一項は仮に執行することができる。
ただし、被告国が、金二〇万円の担保を供するときは、右仮執行を免れることができる。
事実
第一、当事者の求めた裁判
一、原告
被告らは各自原告に対し金一三七万〇八五一円と内金一二〇万〇八五一円に対する被告株式会社サトーブラザースは昭和四九年一一月一七日から、被告国は同月一九日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告らの負担とする。
との判決と仮執行の宣言
二、被告ら
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
との判決と担保を条件とする仮執行免脱宣言(被告国のみ)
第二、請求の原因
一、事故の発生
昭和四八年一二月一五日、原告(昭和四三年一月八日生)とその兄の弘志(昭和四一年一月二日生)とが原告肩書住所付近の公園で、バトミントンの遊戯中、弘志の使用していたラケット(以下本件ラケットという)の握り手から柄が抜けて飛び出し、原告の左目に当たったため、原告は左眼眼窩部打撲、左眼角膜結膜切傷、左眼房出血、左眼球結膜下出血、左眼眼底出血の傷害を負った(以下本件事故という)。
二、本件ラケットの流通経過
1 本件ラケットを含む一四四組のバトミントンセット玩具(以下本件バトミントンセットという)は、ホンコン製輸入品であったが、輸入業者が不明であったため、昭和四七年一一月二七日被告国の機関の神戸税関長により収容貨物として公売処分に付され、津田敏次に買受けられた。
2 その後、本件バトミントンセットは、昭和四七年一二月二日津田から被告会社へ売却され、昭和四八年一一月一五日神戸市北区五葉町七丁目五葉幼稚園で行なわれた神戸ボーイスカウトのバザーの出店において、そのうち本件ラケットを含む一組のバトミントンセットが、被告会社から新門絹江に買受けられ、新門から姪の原告に贈与された。
三、本件バトミントンセットのラケットの欠陥
本件バトミントンセットのラケットは、長さ約五〇センチメートルで、プラスチックのネットと握り手と鉄パイプの柄とからなり、柄は握り手に単に約二センチメートル差し込み、握り手のプラスチックの弾力と応力のみで保持されているに過ぎず、充分な保持力がなく、握り手を持って振り回せば容易に握り手から柄が抜けて飛び出す危険があり、しかも、握り手のプラスチックはもともと弾力、応力に乏しく、時間の経過によって急速に弾力、応力が減退する性質のものであったから、本件バトミントンセットのラケットには、いずれも構造上明らかな欠陥があった。
四、被告らの責任
1 被告会社は、売主として、買主に対して売買の目的物を交付するという基本的給付義務に付随して、買主の生命、身体財産上の法益を侵害しないように配慮すべき義務を売買契約上負っており、この安全配慮義務は信義則上、売買の目的物の使用消費が合理的に予想される買主の家族、同居者、親族等に対しても負うべきであり、また、商品を販売供給する者として、その供給する商品が他人の生命、身体、財産上の法益を侵害しないように配慮すべき一般的注意義務もある。
2 関税法八四条の公売は、被告国が収容した貨物を所有者の意思に関係なく買受人に売渡し、その所有権を取得させ、輸入を許可したものとみなされるもので、被告国の公権力の行使であると共に、収容貨物を国内の流通におく点で、売買の性格をもつものであるから、税関長は、公売の際、関税法、食品衛生法等法令上輸入許可等の基準に従うは無論、貨物の品質、性状等から予想される危険を排除回避し、国民の生命身体、財産上の法益を侵害しないように配慮すべき義務がある。
3 被告会社は、本件バトミントンセットを販売する際、神戸税関長は、これを公売する際、いずれも、ラケットの握り手と柄の接合状態に注意し、握り手から柄が抜けないか手で引っ張るなどして調べれば、ラケットの前項の欠陥を容易に発見し、使い方によっては握り手から柄が抜けて他人に危害を加える虞れのあることを予見でき、販売や公売を中止するかその欠陥を補うため、加工し、使用方法を限定するなど適切な措置がとられたのに、ただ漫然と本件バトミントンセットを販売若しくは公売したもので、本件ラケットの欠陥により生じた本件事故について、被告会社は1の契約責任ないし不法行為責任が、被告国は国家賠償法一条ないし民法七一五条の責任が、それぞれある。
五、損害
本件事故により原告の被った損害は次のとおりである。
1 治療費等
原告は、本件事故当日の昭和四八年一二月一五日から昭和四九年一〇月一四日までの間、九二日長田眼科に通院して治療を受け、医薬診療費二万八三七一円、通院交通費三万一九八〇円、通院付添費一三万八〇〇〇円、診断書代二五〇〇円の合計二〇万〇八五一円を要した。
2 慰藉料
原告は、本件事故による負傷のため視力は一時〇・一まで減退し失明の危険にもさらされたが、幸い加療の結果、傷害は治癒し視力も一・〇に回復したが、然しテレビを見るのも短時間に制限されるなど、目の保護に極力気を使う生活を余儀なくされ、将来視力が悪化する可能性を否定できない状態なので、本件事故に対する原告の慰藉料は一〇〇万円をもって相当と考える。
3 弁護士費用
原告は本件事故について兵庫県立生活科学センターの消費生活苦情窓口に申出て損害賠償のあっせんを依頼したが、被告らはいずれもこれに応じなかったため、弁護士である原告代理人らに委任して本件訴訟を提起することを余儀なくされ着手金として七万円支払い、成功報酬として一〇万円支払うことになっている。
六 結論
そこで、原告は被告らに対し五項の損害合計一三七万〇八五一円と弁護士費用を除く内金一二〇万〇八五一円に対する訴状送達の翌日の被告会社については昭和四九年一一月一七日から被告国については同月一九日から各支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
第三請求原因に対する被告会社の認否
一 請求原因一項の事実中、原告の生年月日と原告が何らかの傷害を負ったことは認めるが、その余の事実は知らない。
二 同二項1の事実及び2の事実中、被告会社が本件バトミントンセットを津田から買受け、ボーイスカウトのバザーで販売したことは認めるが、その余の事実は知らない。
三 同三項の事実を否認する。本件バトミントンセットのラケットは、単に幼児がもてあそぶ玩具であり、幼児がもてあそぶだけでは柄が握り手から抜ける筈がないものであった。本件ラケットの握り手から柄が抜けたのは、握り手のプラスチックが頻回使用や不適切な保管により老化し、き裂が生じたことによるか、本件ラケットを通常予想しえないような乱暴な使い方をしたためである。
四 同四項の事実を否認する。バトミントンラケットについてはスポーツ用品としても、玩具としても安全基準が定められていなかったし、ラケットに欠陥もなかったから、被告会社には何らの責任もない。本件事故前、既に柄が握り手部分から抜けて壊れ、親が押入れにかたづけていた本件ラケットを、原告ら兄妹が勝手に持ち出して使用した結果、本件事故が生じたもので本件事故はむしろ原告の両親の過失に原因がある。
五 同五項の事実は知らない。
第四請求原因に対する被告国の認否
一 請求原因一項の事実中、原告らの生年月日は認めるが、その余の事実は知らない。
二 同二項の事実中、1の事実は認めるが、2の事実は知らない。
三 同三項の事実を否認する。本件バトミントンセットは四、五才の幼児用の玩具で、玩具として何らの欠陥もなかった。
四 同四項の事実を否認する。外国貨物の収容、公売処分は、関税行政の停滞を防ぎその円滑化を図るために特に税関長に認められた権限であり、税関長が公売する際負う注意義務は、収用貨物が公売に付すことができないもの等(関税法八四条三項)か人の生命若しくは財産を害する急迫した危険を生ずる虞れがあるもの等(同条五項)か或いは輸入禁制品(関税定率法二一条)に該当するか否かを確認し、一般輸入貨物の通関時の措置(関税法七〇条)に準じて、他の法令の規定による許可承認を必要とする貨物であるか否か、他の法令上検査等を要する貨物であるか否かを確認し、所要の検査を受けることなどに限られ原告主張のような一般的な注意義務はない。また、関税法八五条、同法施行令八〇条によると、税関長は公売によってえた代金をもって、まず公売に要した費用、収容課金、関税その他の国税に順次充当し、なお残金があるときは当該貨物に質権又は留置権を有していた者の当該債権額に達するまでの金額を交付し、更に残金があるときは、それを公売の際の当該貨物の所有者に交付する旨定められており、そのうえ、これらの交付すべき金額の受取人が不明で交付できないときは供託することになっているのであるから、税関長は、強制執行における裁判所や執行官の地位に類似するものに過ぎず、私法上の売主としての義務を負うものではない。また、本件事故は、本件ラケットを幼児用の玩具として予想できない方法で、原告らが使用したためか、本件事故前に壊れて押入れにしまってあったのを原告らが勝手に持ち出して使用したために、発生したもので、本件事故と公売との間には相当因果関係がない。
五 同五項の事実は知らない。
第五証拠関係《省略》
理由
一 本件事故の発生
《証拠省略》によると、請求原因一項の事実が認められる(原告の生年月日と原告が何らかの傷害を負ったことは被告会社との間で、原告らの生年月日は被告国との間で争いがない。)
二 本件ラケットの流通経過
請求原因二項1の事実については当事者間に争いがなく、《証拠省略》によると同2の事実が認められる(被告会社が買受けた本件バトミントンセットをボーイスカウトのバザーで販売したことは被告会社との間で争いがない)。
三 本件バトミントンセットのラケットの欠陥
《証拠省略》によると、本件バトミントンセットはラケット二本と羽根からなる幼児用の玩具であったが羽根も付いていることからラケットで羽根を打つことは当然予想されるものであったこと、ラケットは長さ約五〇センチメートルで、プラスチックのネットと握り手、及び鉄パイプの柄とからなり、柄は握り手に単に約二センチメートル差し込まれただけで接着剤等が用いられていず、単に握り手のプラスチックの弾力と応力のみで保持されていたに過ぎず、充分な保持力がなく、四、五才の幼児が握り手を持って上から下へ振り下しても、握り手から柄が抜けて飛び出す危険性があり、大人が柄と握り手を両手に持って引っ張れば、簡単に柄が握り手から抜けるものであったこと柄が鉄パイプであるため、抜けて飛んだ際予想される危険性も大きく、握り手のプラスチックの保持力は熱や紫外線によって劣化し易いこと、本件事故直後原告の贈与された本件バトミントンセットを調べたところ、贈与時には握り手にひびはなかったのに、本件ラケットの握り手の付け根からひびが生じ縁まで達しておりもう一方のラケットの握り手にも約一・三センチメートルのひびがあったことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
また、本件事故前、既に本件ラケットの柄が握り手から抜けて壊れていたとの事実については、その旨の証人佐藤チヱコ、同南波春樹の各証言は、原告法定代理人ら各尋問の結果と対比すると容易に採用し難く、他にこれを認めるに足りる証拠はない。原告らが本件ラケットを幼児用玩具として通常予想しえないような乱暴な使い方をしたと認めるに足りる証拠もない。
以上検討したところによると、本件バトミントンセットのラケットは、幼児用の玩具としても、その構造自体柄が握り手から抜け易い欠陥があり、その欠陥はラケットの柄と握り手を両手に持って引っ張れば容易に発見することができ、特に本件事故当時の本件ラケット等の握り手にはひびが生じており、握り手から柄が抜けて飛び出す危険性が更に大きくなっており、この本件ラケットの欠陥から本件事故が発生したというべきである。
四 被告らの責任
1 被告会社の責任
一般に、売主は、売買契約上買主に対して、売買の目的物を交付するという基本的給付義務に付随して、買主の生命、身体財産上の法益を侵害しないように配慮すべき義務を負っているが、この安全配慮義務は信義則上、売買の目的物の使用・消費が合理的に予想される買主の家族、同居者、買主から贈与された者等に対しても負うと解するのが相当であり、被告会社は新門に本件ラケットを売ったことにより、新門から贈与された原告に対しても、本件ラケットがその欠陥によって原告の生命、身体、財産上の法益を侵害しないように配慮すべき義務を負うべきである。
そして、三項で検討したところによると、被告会社は、右安全配慮義務として、本件バトミントンセットを販売する際、ラケットの握り手と柄の接合状態に注意し、握り手から柄が抜けないか手で引っ張るなどして調べ、柄が握り手から抜け易い欠陥を発見し、その欠陥のため使い方によっては握り手から柄が抜けて他人の生命、身体、財産上の法益を侵害する虞れのあることを予想し、販売を中止するか、その欠陥を補うため、加工し使用方法を限定するなど適切な措置をとるべき義務があったというべきである。
被告会社の安全配慮義務違反の主張の否認が、この安全配慮義務を被告会社が果すことが不可能であるとか、これを果したとの抗弁としての意味も含むとしても、握り手から柄が抜け易いことは、手で引っ張ってみれば容易に発見することができたとの、三項で検討した事実と対比すると、この点に関する被告会社代表者尋問の結果によるも、被告会社が右安全配慮義務を果すことが不可能であったとか、これを果したと認めるに足らず、外にこの抗弁を認めるに足りる証拠はない。
すると、被告会社は、本件ラケットの欠陥によって生じた本件事件について、売主としての契約責任がある。
2 被告国の責任
関税法八四条の公売処分は、貨物の所有者に対する関係では税関長が行なう行政処分であるが、貨物の買受人に対する関係では、私法上の売買に外ならず、一般に売主として商品を流通におく者は、商品がその欠陥によって消費者の生命、身体、財産上の法益を侵害しないように配慮すべき注意義務があると解するのが相当であるから、被告国は消費者である原告に対して本件ラケットがその欠陥によって原告の生命、身体、財産上の法益を侵害しないように注意すべき義務を負うべきである。
そして、三項で検討したところによると、神戸税関長は、右注意義務として、本件バトミントンセットを販売する際、1の被告会社の安全配慮義務と同内容の義務があったというべきである。
ところが、《証拠省略》によると、神戸税関の職員はラケットの握り手と柄の接合状態に注意せず、握り手から柄が抜け易い欠陥を発見することなく、ただ漫然と本件バトミントンセットを公売したことが認められる。
すると、被告国は、本件ラケットの欠陥によって生じた本件事故について、民法七一五条の不法行為責任がある。
五 損害
(一) 治療費等
《証拠省略》によると、原告は本件事故による傷害のため医薬診療費二万八三七一円、通院交通費三万一九八〇円、通院付添費九万二〇〇〇円(一日一〇〇〇円の割)、診断書代二五〇〇円、以上合計一五万四八五一円の費用を要したことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
(二) 慰藉料
《証拠省略》によると、原告は本件事故のため左眼は一時明暗を判断することができるだけの視力〇に近い状態になったが、治療の結果現在では視力は一・五に回復したことが認められ、その間に原告が被ったと想像される苦痛や、三項で検討したところによると原告が本件ラケットを贈与された後本件事故当時までの間に本件ラケットの握り手にひびが生じており、原告の両親においても本件ラケットの危険性が認識できた筈であることなどを考え合せると、原告の慰藉料は三〇万円をもって相当と考える。
(三) 弁護士費用
すると、原告は被告らに対し合計四五万四八五一円の損害賠償義務があることになるが、弁論の全趣旨によると、原告は、被告らが損害賠償請求に任意に応じようとしなかったため、弁護士である原告代理人らに委任して本件訴訟を提起することを余儀なくされたことが認められ、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は五万円をもって相当と考える。
六 結論
以上によると、原告の本訴請求は、被告らに対し合計五〇万四八五一円の損害賠償とその内弁護士費用を控除した四五万四八五一円に対する訴状送達の翌日であることが記録上明らかな、被告会社については昭和四九年一一月一七日から、被告国については同月一九日から各支払済みまで年五分の遅延損害金の支払を求める限度で理由があるので、原告の請求を右限度で認容し、その余の請求はいずれも理由がないので棄却することにし、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言及びその免脱宣言について同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 林義一 裁判官 河田貢 三輪佳久)