神戸地方裁判所 昭和50年(ワ)357号・昭50年(ワ)580号 判決
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【判旨】
二本訴および参加の本案について以下判断してみる。
番号
預金名義
契約金額
契約日(昭和年月日)
月掛額
満期日(昭和年月日)
(一)
村瀬幸代
一〇〇万円
四七、三、二四
二万六、二〇〇万円
五〇、九、二四
(二)
高杉義昭
右同
右同
右同
右同
(三)
高杉洋一
右同
四七、三、三一
右同
五〇、九、三一
(四)
石塚稔
一一四万六、六〇〇円
四七、六、一九
三万円
五〇、六、一九
(五)
池原光夫
七五万円
四八、七、一八
右同
五〇、七、一八
(六)
堀口博
三八万二、二〇〇円
四七、六、一九
一万円
五〇、六、一九
1 <証拠>を総合すれば、(1)原告と参加人とは、昭和三四年一〇月一〇日婚姻し、両者の間に長男友介(昭和四三年九月二日出生)がいる夫婦であること、(2)参加人は、亡父が大正一三年からしていた板金業を受けついで自動車修理業を経営し、昭和四七年当時右事業によりかなりの利益を挙げ、その収益で兵庫県信用金庫、太陽神戸銀行、住友銀行、郵便局等に多額の記名または架空名義の預金をしていたこと、(3)参加人は昭和四一年ごろ、被告信用組合に勤めていた高校時代の友人の勧誘で被告と預金取引を始め、その取引は以後継続して行われていたこと、(4)原告は、昭和四十七、八年ごろ被告との間で次のとおりの定期積立預金契約をしたこと、
(5)右六口の定期積立預金契約は、被告信用組合従業員が参加人宅に赴いて原告と交渉して締結され、月掛金も同所で原告から受領していたものであるが、右預金は、それまで参加人が被告と継続して行つていた預金取引の一環であつて、参加人の意思に基づき、原告が参加人の前記事業ないし将来の生活基金のため被告と右契約をしたものであること、それゆえに、原告は、右各預金契約をするに当り、参加人の事業所得についての税金対策を考慮して、その預金名義をいずれも架空名義とし、参加人も右各預金の事前事後、当該預金契約の存在や月掛金支払の事実を知つていたこと、(6)しかも原告が被告に対し支払つていた前記各預金の月掛金はすべて、予じめ参加人が原告に交付していた前記自動車修理業による収益金のうちから支出されたものであつたこと、(7)前記六口の定期積立預金の証書およびこれに使用した印鑑は、当該預金契約後昭和四九年一〇月まで参加人宅の金庫に保管されていて、同金庫にはその当時参加人の小切手、手形帳、印鑑、不動産権利証、現金等も保管され、参加人、原告夫婦において、それら保管物をいつでも出し入れできる状態であつたこと、(8)前記各預金証書と印鑑は、同年一〇月以降原告部屋の押入れに納められていたが、それは税務署の税務調査の目から免れるために参加人夫婦が計つてしたものであること、(9)参加人と原告との夫婦仲は、昭和四十七、八年当時たいした波乱がなかつたものの、昭和四九年一二月ごろ傷害沙汰になるまで悪化し、以後両者の間に離婚問題が生じたこと、(10)そして原告は、今後の生活を憂慮し、参加人に無断で昭和五〇年一月八日前記六口の定期積立預金のうち番号(一)ないし(四)の四口の預金通帳と印鑑とを持ち出し、友人の訴外林英子ととも被告信用組合三宮支店に行き、同店従業員に対し、右四口の預金の解約並びに解約金のうち三〇〇万円を自己の通称である浅野由女名義による三口の定期預金、うち一一万円を架空名義による三口の定期積立預金とする旨の申し出をしたこと、(11)そこで同店従業員は、原告の右申し出でどおり、同日前記四口の定期積立金を解約し、その元利金三一一万九、二一八円のうち三〇〇万円を本件定期預金三口に、うち一一万円を宮城俊章、柴山友紀、竹内晃平という架空名義による定期積立預金三口にそれぞれ振り替えし、残金九二一八円を現金で原告に支払つたこと、(12)その後原告は離婚話のもんちやくから同年一月二二日ごろ参加人と別居し、その際、前記各預金のうち本件定期預金三口の証書とそれに使用した印鑑だけを携行して参加人の家を出たこと、以上の事実が認められ、これを動かすにたる証拠がない。
2 ところで、定期預金の預金者の判定基準については、学説上、自己の出捐により自己の預金とする意思で預金した場合、出捐者が自ら預入行為をしたか、あるいは使者、代理人を通じ預入行為をしたかを問わず出捐者をもつて預金者とする客観説、預入行為者をもつて預金者とする主観説、原則として自己が預金者である旨を明示または黙示に表示した場合に限り、預入行為者をもつて預金者とする折衷説のあることはよく知られているところである。この点に関し、最高裁判所は、無記名定期預金において出捐者と預入行為者と異なる場合の預金者の判定基準につき出捐者とする客観説にそう判示をしており(最一判昭三二・一二・一九民集一一・一三・二二七八、最三判昭四八・三・二七民集二七・二・三七六等)、記名式定期預金についても同様の判示をしている(最二判昭五二・八・九、判例時報八六五号四七頁)。当裁判所も客観説が相当と考える。その理由を簡単にいうと、預入行為者と金融機関との間で預金契約が締結された場合にその預入行為者のうちには前述のとおり使者、代理人等種々な者があるのであつて真の預金者とは限らないところ、金融機関は真の預金者が誰であるか格別の利害関係を有しないし、右契約に当り真の預金者の確認をしていないから、預入行為者をもつて預金者とする主観説、折衷説は相当でなく、そして右の場合、出捐者と預入行為者との関係では出捐者を保護する方が衡平に適うから出捐者をもつて預金者とする客観説が相当であり、その理は、等しく指名債権である無記名定期預金、記名式定期預金のいずれでも、預金者の判定につき問題が生ずる限り変りがないゆえにである。
3 右の観点から本件をみた場合、前記認定事実によれば、本件定期預金の前身である前記村瀬幸代他五名架空名義による六口の定期積立預金は、参加人がその経営にかかる自動車修理業の収益金をもつて、自己の預金とする意思で右各預金をし、その契約手続および月掛金の支払を妻である原告に代理ないし補助者としてこれを代行させていたものといえるから、右六口の定期積立預金の預金者は参加人であるというべきである。これに反する原告本人の供述中「右各預金の月掛金は、原告が参加人から貰い受けた小遣い銭で支払をしていた」旨の部分は、前記各預金の昭和四八年七月以降における掛金総額が毎月一四万八、六〇〇円であつて、小遣い銭というにはあまりにも高額になることや参加人本人の供述と対比して措信できない。また、<証拠>によれば、前記(一)ないし(三)の定期積立預金は原告、長男友介、原告の姉岡田千代のハワイ旅行費積立のためなされたものであることが認められるが、右預金の目的が右のとおりであつても、右預金の月掛金が参加人の収入から支出されている以上参加人が右預金の出捐者であることに変りがない。さらに、前記六口の定期積立預金の証書と印鑑は昭和四九年一〇月以降原告部屋の押入れに保管されていたが、それは税務署の目を免れるためにしたという前記認定の事情の下では、参加人において右以後も右預金証書、印鑑の所持を失つたものということができない。<証拠判断略>。しかして、右六口の定期積立預金の預金者が参加人であつてみれば、右預金の一部を振り替えて設定された本件定期預金の預金者も参加人であるといわなければならない。すなわち、前記六口の定期積立預金につき参加人においてその預金意思があり、その出捐者であつたこと前認定のとおりであるから、その一部が振り替えられたに過ぎない本件定期預金についても参加人においてその預金意思があり、出捐者であるというべく、本件定期預金の預金者は参加人であるとみるのが相当である。原告が本件定期預金の契約手続をし、その預金名義につき自己の通称である浅野由女の名を使つても、原告が出捐者でないから本件定期預金の預金者ということができないし、原告が現在本件定期預金の証書およびその印鑑を所持していても、もともとこれらは預金者判定の一資料になるだけのものであるから、それをもつて前記認定を左右することができない。
4 もつとも、<証拠>を総合すれば、原告は、長男友介の育児やその他の家政をするかたわら、参加人の自動車修理営業につき、一時経理などの仕事の一部を手伝つていたことが認められ、前記六口の定期積立預金の預金目的が参加人の右事業のためのほか参加人、原告夫婦の共同生活の基金であつたこと前認定のとおりであり、これら事実によると、右預金ひいては本件定期預金は、民法七六二条二項のいわゆる夫婦共有に属するものと推定される財産ということができる。しかしながら、婚姻中に夫婦が協力して取得した不動産、共同生活の基金とされた株券などで夫婦の一方の名義となつているものは、内部的には夫婦共有の財産であつても、現在の経済取引の形式的画一性からといつて、対外的には、その名義者の特有財産として取り扱わなければならないのであつて、その理は、夫婦共同生活の基金とされた預金についても同様である。ただ、無記名式のものまで認める定期預金の前述特殊性ゆえに、同預金に関しみぎにいう名義者とは出捐者をもつて律すべく、したがつて、夫婦の一人がその出捐者であるとされた場合、他の一人は、預金先である金融機関に対し、当該預金が夫婦共有財産であるとして、その預金の全額またはその半額の支払請求をすることは許されず、その反面、出捐者は、右金融機関に対して右預金の単独債権を主張して預金全額の支払請求をすることができるものというべきである。これを本件についてみた場合、本件定期預金が参加人、原告夫婦の共有財産であるといつても、原告がその出捐者でない以上、現在の預金取引の形式的画一性、多量性からいつて、原告は、被告に対して右預金の支払請求をすることができず、しかも出捐者である参加人が被告に対し右預金の単独帰属を主張し、その預金全額支払請求することをも原告は受忍しなければならない。このように、原告が参加人と本件定期預金を共有するというものの、それは金融機関等外部に対する関係では潜在的なものであり、参加人との内部関係にとどまるものである(なお、本件では、参加人は原告に対して本件定期預金が参加人単独の債権であることの確認を求めている。原告と参加人との間では本件定期預金は共有であるからそれをみた限りでは、参加人の右請求は一部失当のようにみえるけれども、参加人は金融機関である被告に対しても右同様の確認請求をしているのであつて、前述のとおりその請求が正当として許されるものであり、それら確認請求を矛盾なく解決しなければならない三面訴訟というべき本件では、被告に対する参加人の右確認請求が正当とする以上、原告、参加人の前記共有関係はたな上げされ、原告に対する参加人の右確認請求も全面的に正当とされることになる。しかし、右共有関係については等閑に付されるものでなく、参加人、原告両名の婚姻関係が破綻しているとき、原告は参加人に対し、本件定期預金についての前記共有の分割ないし持分による支払請求をすることができるし―但し、本件ではこれをなすことは被告に対する支払請求との関係で主観的予備的請求となつて許されない―、少なくとも離婚の際の財産分与請求のうちにおいて、右共有関係が清算されるものであつて、この点につき原告と参加人との間に現在離婚訴訟―当庁昭和五〇年(タ)第四〇号、同五一年(タ)第三号―の係属していることは、<証拠>によつて明らかである)。
これ要するに、本件定期預金が参加人、原告の共有財産であつても、その預金者は原告でなく参加人であり、対外的には、本件定期預金は参加人の単独債権に属するものといわなければならない。
(広岡保)