神戸地方裁判所 昭和50年(行ウ)29号 判決 1976年7月16日
原告 金錫賛
被告 神戸入国管理事務所主任審査官
訴訟代理人 麻田正勝 玉井博篤 佐々木達夫 ほか一名
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告が原告に対し、昭和五〇年七月二日付でなした退去強制令書発付処分を取消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 被告は原告に対し、昭和五〇年七月二日付で退去強制令書を発付した(以下、本件処分という。)。
2 しかしながら、本件処分には、次に述べるとおりの違法がある。
国籍離脱及び海外移住の自由を保障している日本国憲法二二条二項、人権に関する世界宣言一三条二項は、受入国は原則として相手国との条約並びに国際法に反しない限り外国人の在留を当然承認しなければならないことをも定めたものと解釈すべきである。もつとも、その国の社会、経済、風俗、習慣、治安、思想、国家の政治方針によつて入国を拒否することは止むを得ないが、原告はこれらの条件に違反する心配の全くない人間であつて、入国管理上好ましくない外国人ではなく、その入国を不許可とすべき理由はない。すなわち、原告の父は、太平洋戦争中旧帝国海軍軍人として戦死し、原告はその遺志に従い父が報公の誠を尽した日本国に居住することを念願していたところ、韓国の現状が出国を認めないので、止むを得ず密入国した。原告は、右の事情から、例え在留手続を経由しなくても在留許可を得られるだろうと信じていたのである。更に、原告は、終戦後も父が生存していたならば、当然父に従つて日本国籍を取得したであろうところ、原告の母は、夫の死後止むを得ず生後間もない原告を抱えて韓国に帰国せざるを得なかつたため、日本国籍を取得できなかつたのである。また、日本国と韓国との間の在日韓国人の法的地位に関する協定では、戦前から日本在留を継続し一回も帰国していない韓国人は永住許可を与えられる途が開かれているが、前記のとおりの帰国の事情からすれば、その生母は帰国したということができても、原告自身は帰国したものといえず、本来は原告にも永住許可を与えられるべきものといわなければならない。
このような原告に国外退去を命じることは過酷であり、法務大臣は原告に対し、戦死した父の延長として、出入国管理令(以下、令という。)五〇条に基づきその在留を特別に許可すべきものであり、現に原告は右特別在留許可申請手続中であるが、このような原告に対し、国外退去を命じる本件処分は違法である。
3 よつて、本件処分の取消を求める。
二 請求原因に対する認否及び抗弁
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2の事実のうち、原告の父が太平洋戦争中に死亡したこと、原告が日本本土で出生したことは否認する。
3 本件処分の適法性
(一) 原告は、昭和一二年九月八日韓国済州道北済州郡朝天面朝天里で、韓国人父金富王、同母申某の長男として出生した韓国人であるが、昭和四四年四月六日頃、有効な旅券及び乗員手帖を所持しないで、韓国釜山港から貨物船で神戸港に上陸して不法入国し、その後は外国人登録もしないまま、大阪市生野区内で稼働していた。
大阪入国管理事務所入国警備官は、昭和五〇年六月二六日、原告を発見して外国人登録証明書及び旅券の呈示を求めたところ、原告はそのいずれをも所持せず、突然逃走しようとしたので、原告を令二四条一号に該当するものと思料し、令四三条に基づき要急収容し、原告の身柄が神戸入国管理事務所(以下、神戸入管という。)に移送されたのに伴い、事件を神戸入管入国警備官に移管した。同警備官は、違反調査の上、同月二七日神戸入管入国審査官に引渡した。
同審査官は、すみやかに審査した結果、同月三〇日、原告を令二四条一号に該当すると認定してその旨理由を附した書面で原告及び被告に通知したところ、原告は、即日右認定に服して被告に対し口頭審理を請求しない旨を記載した文書に署名したので、被告は本件処分をしたものでありそこには何らの取消すべき違法もない。
(二) 原告は、令五〇条に基づく法務大臣の在留特別許可の申請資格があると解し、右申請手続中であると主張するが、右許可は異議の申出に対する裁決としてなされるところ、右に述べたとおり原告は異議申出の前提となる口頭審理の請求すらしなかつたのであるから、前記申請資格がない。
第三証拠<省略>
理由
一 請求原因1記載のとおりの本件処分がなされたことは当事者間に争いがない。
二 そこで、本件処分につき取消しうべき違法があるか否かについて判断する。
原告が外国人(韓国人)であるのに、本邦に有効な旅券又は乗員手帖のいずれか一つをも所持しないで入国したことは当事者間に争いがないので、原告は令二四条一号に該当する者であると解されるところ、<証拠省略>によれば、被告主張のとおりの本件処分に至る手続経過が認められ、右事実によれば、本件処分は手続要件にも欠けるところはないといわなければならない。
三 ところで、本件処分が違法である根拠として原告が主張する事実のうち、原告の父が太平洋戦争中旧帝国海軍軍人として戦死し、その為原告の母は止むを得ず生後間もない原告を抱えて韓国に帰国せざるを得なかつたところ、右父が戦後も生存していたならば、原告は当然日本国籍か永住許可を得ることができたであろうとの事実は、これを認めるに足る証拠がない。
また、原告は、憲法二二条二項は外国人の在留を原則的に承認すべき旨を定めるものと解釈し、これを前提として、原告については令五〇条一項三号に定める特別在留許可が与えられるべき事情があるから退去強制令書を発付できないと主張するが、原告は、先に認定したとおり、令四九条に定める異議の申出の前提となる口頭審理の請求をしていないから、右特別在留許可を受けられる余地はない(原告は要するに、特別在留許可を受くべき事情の存在を主張するものであるが、すでに自ら入国審査官の認定に服し、異議を述べずに右特別許可による救済を求める手続を放棄しながら、裁判所に対し、行政庁(法務大臣)の行う裁量権の行使を求めているにすぎない。)。のみならず、国際慣習法上は外国人の入国の許否は当該国家の自由裁量によつて決定しうるものとされており、憲法二二条二項も外国人の本邦への入国については直接規定していないのであつて、右国際慣習法に従うことは憲法の理念に反すると解すべき根拠はないのであるから、原告主張のような憲法の解釈は採用できず、したがつて右解釈を前提とする原告の前記主張は理由がないといわなければならない。
四 以上説示したとおり、本件処分は適法であつて、これが違法を主張する原告の本訴請求は失当として棄却すべきであるから、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 永岡正毅 野田殷稔 小倉正三)