神戸地方裁判所 昭和50年(行ウ)5号 判決 1976年11月05日
原告 真下留三 ほか一名
被告 兵庫県知事
訴訟代理人 宇田川秀信 浅田安治 ほか一名
主文
一 原告らの訴を却下する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一当事者の求める裁判
一 請求の趣旨
1 別紙目録<省略>記載の各土地につき被告が、昭和二三年三月二日、なした買収処分は無効であることを確認する。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 本案前の申立
主文同旨
三 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二当事者の主張
一 原告適格について
1 原告両名は別紙目録<省略>記載の各土地(以下「本件土地」という)を共有するところ、後記二のとおり右土地について被告のなした買収処分の無効確認を求めるものである。
2 行政事件訴訟法(以下「行訴法」という)第三六条は、無効確認の訴えの原告適格としては、「現在の法律関係に関する訴えによつて目的を達することができないものに限り、提起することができる」と定めたものと解すべきものであり、右の要件を充足する限り、同条所定のその他の要件は原告適格の要件としては殊更必要ないものと解すべきである。
そもそも行訴法は、国民の権利、利益の救済と行政権行使の、適法性を保障するための技術的な手続法であるから、厳格な解釈を必要とする実体法と異り制度のもつ実際の機能に即して緩和的に解釈すべきものであり、原告適格を制限することによつて国民の出訴を妨げたり権利救済を阻むことのないようにしなければならない。
3 本件については後記のとおり、本件土地買収処分は、被告が公権力の行使として、原告らの意思に反してしかも、買収令書の不交付という違法な手続で買収したものであり、原告らが、仮に右買収処分が無効だとして被売渡人を相手とする所有権確認或は所有権移転登記請求等通常の民事訴訟法による訴訟において勝訴し、本件土地を回復したとしても、右判決で買収処分が無効とされることは本件被告を拘束するものではなく、被告は同様な違法手続で再び右土地を買収するおそれがある。
従つて再びこのような違法な買収処分がなされ、将来にわたつて紛争がむし返されることのないよう被告のなした本件買収処分が違法であることを確認させる必要があり、私人間の現在の法律関係の訴えでは達せられない目的が本件訴えには存在する。
また、本件訴えにより被告のした買収処分が無効と確認されれば、原告らは国または兵庫県に対して本件土地の返還請求或は国家賠償を請求できる法律上の利益を有するものであるから、原告らに原告適格がないとはいえない。
二 請求原因
1 訴外兵庫県農業委員会は、昭和二二年一二月一九日、原告ら共有の本件土地について未墾地買収計画をたて、被告は、昭和二三年三月二日、右土地を買収し、昭和三九年三月一一日、自作農創設特別措置登記令第一四条第一項の規定によりその旨登記をなした。
2 しかしながら右買収計画に基く買収処分は次の理由により無効である。
イ 農地法第四八条(旧自作農創設特別措置法-以下単に「自創法」という-第三一条)によれば、未墾地を買収するには、その旨を土地所有者に遅滞なく通知しなければならない、と定められている。これは、土地の買収について意見のある者に意見書の提出を認めることによつて買収の適否を慎重に取扱わせるためであるが、本件買収処分については原告らに何らの通知がない。
ロ 農地法第五〇条(「自創法」第三四条、第九条)には、買収令書の交付なしには買収処分の効力が発生しないことが規定されているところ、本件買収処分については原告らに買収令書の交付がなされていないのであるから、右買収処分はその効力を発生してない。
もつとも、「自創法」第九条但書にいう「所有者が知れないとき、その他令書の交付をすることができないとき」には、買収令書の交付に代る公告をすればよいことになつているけれども、本件買収処分当時原告らは本件土地登記簿記載の住所にそれぞれ居住しており、原告らに対する通知および買収令書の交付は容易に可能な状態にあつたものとあるから、本件は右条項但書に該当しない。
すなわち、原告真下留三は、本件土地の発記簿上の住所たる「川辺郡川西鶴之荘篠通一番地」に、本件買収処分当時より昭和三一年頃まで居住していたのであり、ただ行政区画の変更により、同地が「川辺郡川西町小戸字宮西一番地の二」と呼称が変つたのみであり、また、原告久国謙次は、同登記簿上の住所たる「武庫郡山田村小部字一本松五番地の三」に、本件買収処分当時より現在に至るまで居住しており、ただ昭和二九年二月頃から同年四月三〇日までの間、娘を夢野中学に入学させるため住民票のみを、「神戸市兵庫区夢野町二丁目一〇七」に一時移転したことがあるだけである。
従つて、買収令書の交付に代る公告がなされたとしても、本件買収処分はその効力を生じない。
3 右のとおり、本件買収処分は、原告らに黙つて原告らから本件土地を取り上げたに等しいものであり(原告らは右買収になつたことを昭和四八年になつて始めて知つた)、このような買収処分は、憲法二九条にいわゆる財産権の侵害であると同時に、正当な法の手続によらない点で法律違背であり、買収手続に瑕疵があるものでありかつ、その瑕疵は明白かつ重大なものであるから、当然無効である。
4 よつて原告らは請求の趣旨記載のとおりの判決を求めるため本訴におよんだ。
三 被告の本案前の抗弁
本件土地は、昭和二三年三月二日、自創法第三〇条による買収後他の買収地と共に新に区画して地番設定をなした後、昭和二六年二月一日、同法第四一条第二項により売渡し、昭和三九年三月一一日、その登記用紙につき自作農創設特別措置登記令第一四条第一項の閉鎖手続をなしたうえ土地表示登記により新に登記用紙を設け、同月一二日、被売渡人名義に所有権保存登記がなされた。
従つて、本件土地は、現在は登記簿上存在せず、実体上も新に所有権保存登記がなされその名義人が占有を継続しているので、原告らが本件買収処分を無効としてその所有権の回復を図るには、当該名義人に対し、真正な登記名義の回復を理由として所有権移転登記あるいは明渡しを求めるなど現在の法律関係に関する訴えにより目的を達し得るので、本件買収処分の無効確認を求めることはできないというべきである。
また、本件土地は、右のように登記簿上は存在せず被売渡人が売渡処分により新に所有権を取得し占有しているので、原告らから本件土地の返還請求をするについては、国等はその相手方となる適格を欠くし、原告らが仮に国家賠償を請求するにしても、同請求をするについて予め買収処分の無効確認の判決を得ることは必要ではないのであるから、原告らが買収農地の返還請求あるいは国家賠償を請求できるという理由で本訴について原告適格があるということもできない。
四 請求原因に対する認否
1 請求原因第1項は認める。但し、被告が自作農創設特別措置登記令第一四条第一項の規定による登記用紙の閉鎖の申出をして、登記官が当該登記用紙を閉鎖したものである。
2 同第2項中、本件買収処分につき買収令書が交付されていないことは認めるが、その余は争う。
3 同第3、4項は争う。
五 被告の主張
1 自創法第三一条第四項によれば、都道府県知事は、未墾地買収計画を定めたときはその旨を公告し、かつ、公告の日から二〇日間、同項各号所定の事項を記載した書面を縦覧に供するものとされているのみで、土地所有者に対して通知すべき格別の規定はない。
2 本件においては、訴外兵庫県農業委員会が、昭和二二年一二月一九日本件買収計画を定め、同月二二日これを公告し、同日より二〇日間自創法第三四条第四項各号所定の事項を記載した書類を縦覧に供した後、被告は、昭和二三年三月二日を買収期日として本件土地を買収し、昭和三九年三月一一日、自作農創設特別措置登記令第一四条第一項の規定による登記用紙の閉鎖の申出をしたものであり、買収令書の交付はなされていないが、自創法第三四条で準用する同法第九条第一項但書にいう「その他令書を交付することができないとき」にあたるものとして、被告は、昭和二四年二月二八日、同法第三四条第一項により買収書の交付に代る公告に相当する公示をしているのであるから、買収手続に何ら違法はない。
すなわち、自創法第九条第一項但書にいう「その他令書の交付をすることができないとき」とは、たとえば、「令書交付のために逓送あるいは郵送に付したが、相手方の住所移転等により交付不能となつた場合」、「令書交付に当り相手方が故なくその受領を拒否した場合」であるが、いわゆる不在地主についての令書の交付は、買収地所在の農地委員会から被買収者の住所地所在の農地委員会へ令書を送付し、そこから被買収者に逓送あるいは郵送をもつて交付手続がとられることになつていたので、本件においても右方法により本件土地の登記簿上の記載を基礎として、地元の本庄村(現在三田市に合併)農地委員会は、原告真下留三については、兵庫県川辺郡川西町(現在川西市)農地委員会へ、原告久国謙次については、神戸市山田地区農地委員会へ、それぞれ令書の交付方を依頼し、これを受けた右両委員会は前記方法により原告らの前記登記簿上の住所あてに令書を郵送または使送して原告らに交付手続をとつたが、右令書交付時には、原告らは右登記簿上の住所に居住していなかつたので結局令書の交付ができなかつたのである。
なお、原告らに対し本件買収令書の交付がなされたであろう時期(昭和二三年六月から同二四年二月までの間)において、原告真下留三は、同原告の前記登記簿上の住所と異る兵庫県川辺郡川西町小戸字宮西一番地の二に、原告久国謙次は、神戸市兵庫区夢野町二丁目一〇七にそれぞれ居住していたものである。
そこで原告らに対しては令書の交付が不能として、前記法の定めるところに従つて、昭和二四年二月二八日、兵庫県告示第一五九号(兵庫県報第二五五四号所載)をもつて令書の交付に代えるべく公告手続をとつたものである。
第三立証<省略>
理由
本案前の抗弁について
一 行訴法第三六条の規定は、無効等確認の訴えは、「1、当該処分または裁決に続く処分により損害を受けるおそれのある者、その他当該処分または裁決の無効等の確認を求めるにつき法律上の利益を有する者で」、かつ「2、当該処分等の無効等を前提とする現在の法律関係に関する訴えによつて目的を達することができない場合に限り」、提起することができる旨定めたものと解するのが相当であり、同条項は、右2の要件を定めることにより、処分等の無効を前提または理由とする現在の法律関係に関する訴えによつてその救済が達せられない場合における補充的な訴訟としてのみ無効等確認の訴えが許されることを明らかにしたものと解される(ただ、損害の予防利益のある特別の場合にも同訴えが許されることは後記のとおりである)。
二 ところで、訴外兵庫県農業委員会において原告ら共有の本件土地につき昭和二二年一二月一九日定めた未墾地買収計画に基き、被告が、昭和二三年三月二日、本件買収処分をなしたことは当事者間に争いがないが、<証拠省略>、弁論の全趣旨によれば、被告は、昭和三九年三月一一日本件土地につき、自作農創設特別措置登記令第一四条第一項の規定による登記用紙の閉鎖の申出をし、登記官が当該登記用紙を閉鎖したことが認められ、また、本件土地については、自創法により国から既に第三者に売渡処分がなされ、前記登記用紙の閉鎖手続の後、新に登記用紙が設けられて被売渡人名義に所有権保存登記がなされていることは、原告らにおいて明らかに争わないところである。
三 そうすると、原告らは、右売渡を受けた者ないしは現在の本件土地所有者に対する所有権確認、所有権移転登記手続請求など、本件買収処分の無効を前提とする現在の法律関係に関する訴えによつて目的を達することができるものというべく、従つて、本件買収処分の無効確認を求めることはできないというべきである。
四 原告らは、「被売渡人を相手とする所有権確認あるいは所有権移転登記手続請求訴訟の判決の拘束力は、被告その他関係行政庁に対しおよばないから、再び同一理由で処分が行われ、紛争がむし返されることを阻止するため、本件買収処分の違法を確定させる必要があるので、原告らには本訴の原告適格がある」旨主張するけれども、行訴法上の無効等確認訴訟は、当該処分もしくは後続処分による権利利益の侵害の排除を目的とするものであつて、これにより将来同じ理由による処分を受けない拘束力が生じるのは、勝訴判決を受けた結果で、同訴訟が拘束力を生じさせること自体を目的としたものではないし、原告ら主張の如く解すると、同法第三六条後段の補充性の制限は無意義空文に等しくなることに照らしても、判決の拘束力が原告適格を基礎づけるとする原告らの右主張は採用できない。
五 もつとも、行訴法第三六条につき前記一記載の解釈をするにしても、行訴法上無効等確認の利益は、係争処分の後続処分によつて、被処分者に損害が生じる危険性が存するため、これらの処分による損害を未然に防止する予防利益がある場合にも認められるものと解されるけれども、本件では右場合に該ると認められる資料は何もない。
六 なお原告らは、国または兵庫県に対して本件土地の返還請求をし、あるいは国家賠償を請求するために本訴を提起する利益がある旨主張するが、右土地につき既に売渡処分をしている国には、右返還請求の相手方となる適格がないし(本件買収処分をしたことのみでは兵庫県が返還請求の相手方となる適格を有しないことは明らかである)、のみならず、右返還請求や国家賠償を請求するのに、予め買収処分の無効確認の判決を得なければならないものではないから、右主張の事由をもつて原告らに本訴の原告適格があるとは認められない。
七 右のようにみてくると、本件訴えは行訴法第三六条の要件を欠き、従つて原告らは本件訴えにつき原告たる適格を欠くものであるから、本件訴えは不適法として却下を免れない。
よつて民訴法第八九条、第九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 中村捷三 武田多喜子 赤西芳文)