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神戸地方裁判所 昭和51年(ワ)1103号 判決 1991年2月20日

原告

藤岡久行

右訴訟代理人弁護士

玉生靖人

本井文夫

右訴訟復代理人弁護士

岸憲治

被告

右代表者法務大臣

佐藤恵

被告

兵庫県

右代表者知事

貝原俊民

右両名指定代理人

山本恵三

外二名

被告県指定代理人

京谷幸一

外一名

主文

1  被告らは、原告に対し、各自金九万九六三一円及びこれに対する昭和五一年二月二三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は、二〇分し、その一を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、各自金二一六六万六三二九円及び内金二一三四万円に対する昭和五二年八月一日から、内金三二万六三二九円に対する同五一年二月二三日から、各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  1項につき仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  担保を条件とする仮執行免脱の宣言。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  崩落事故の発生

(一) 原告は、国道一七八号線(以下「本件道路」という。)沿いに別紙物件目録記載の(一)、(二)の土地(以下「本件土地」という。)を所有する。

本件道路は被告国の営造物であるところ、本件土地及びその周辺の道路は被告兵庫県の県知事(以下「県知事」という。)において被告国の機関として管理している。

(二) 県知事は、昭和五〇年六月頃から本件土地付近において、その山側を削り本件道路を拡幅する工事(以下「本件工事」という。)を施行中のところ、昭和五一年一月二日頃、本件土地の南側隣地(有藤隆義方土地)の裏山斜面において崖崩れが生じ(以下「第一次崩落」という。)、なお本件工事が続行されるうち、同年二月二二日頃、本件土地西側の裏山斜面一帯において崖崩れが発生して土砂、岩石が崩落し(以下「本件崩落」という。)、本件土地に流入した岩石により原告所有の別紙物件目録記載の(三)の建物(以下「旧建物」という。)の一階の柱が折損し、外壁が損壊されて建物が半壊し、かつ本件土地上に駐車していた原告所有の普通乗用自動車(以下「本件自動車」という。)が大破された。

2  被告らの責任

(一) 本件崩落は本件道路の管理の瑕疵による。

本件工事は本件道路の設置管理行為にあたるところ、本件工事には次のとおりの瑕疵があるので本件崩落が発生した。

(1) 本件土地の西側一帯の裏山は、咲花清所有の保安林であり、昭和の初めころに海岸埋立用の土砂を削り取ったまま放置されていたので、斜面地表に土砂が露出し、高さ一〇ないし二〇メートル、勾配三〇ないし四〇度の切り立った崖状の地形をなして本件道路に鋭く迫り、地質は、別紙図面表示のNo.一八五地点からNo.一八六地点(以下、地点番号のみを示し、No.を省略。)付近では、中央部から下部にかけて岩盤が露出しているものの、一八六地点から一八七地点付近では、大きな岩石まじりの土砂であり、頂上にいくにしたがって多量の表土が岩石に覆いかぶさっていて不安定な状態であり、また一八七地点付近には、旧県道路敷を境にして断層が見られた。したがって、裏山は土砂採取時から相当の年月を経て一応の安定状態を保っていたとはいえ、崖状山腹の土砂を切り取る工事を実施すれば、崖崩れを惹起する危険がある状態にあった。

そこで土砂切取り工事を施行する場合には、崖崩れを防止するために、山腹の地質調査を完全に実施し、切取り対象の山腹の地質や状況を的確に把握のうえ、適切な工事方法を選択する等十分な防災措置を講ずるべきであるにもかかわらず、県知事は、最も適切な地質調査方法であるボーリング調査を実施せず、漫然と担当職員の肉眼調査、ハンマーによる打撃調査にのみ依拠して本件工事付近が安定した岩盤であると安易に判断し、法面切取り勾配につき、被告国、被告県の基準のうち、最も急勾配である0.3(垂直一に対して水平0.3の割合による。以下に表示の勾配割合は、右の割合によって計算された数値である。)を何ら合理的理由なく採用し、他に何らの崖の崩落防止措置を講じないで本件工事を開始したため第一次崩落が発生した。

右崩落の発生にもかかわらず、県知事は、土砂崩落の原因を追及し、今後の工法の変更或いは再度の土砂崩落の危険性判断のために、より一層慎重な地質調査を行うべきであるのに、これを怠り、漫然と法面切取り勾配を一に変更したのみで、何らの防災措置を講ぜず、さらに本件工事を続行したため本件崩落が発生した。

(2) 県知事は、本件崩落が発生した後、昭和五一年一二月にいたるまで、本件土地に崩落の土砂が堆積されたまま放置して取り片付けず、また本件崩落箇所に防護壁工事(以下「被告防災工事」という。)を施行せず、復旧措置を遅滞した。

(3) 本件道路は被告国の営造物であり、本件道路の管理に要する費用は被告県も負担しているから、被告国及び被告県は、国家賠償法(以下たんに「国賠法」という。)二条一項、三条一項により、本件道路の設置管理行為の本件工事の瑕疵によって生じた原告の損害につき、連帯して賠償する責任がある。

(二) 県知事の過失

仮に本件工事の瑕疵が国賠法二条の「営造物の設置管理の瑕疵」に当たらないとしても、本件工事は被告らが発注し、その監督のもとで実施した事業であるところ、施工前の切取り対象の山腹の地質、状況の調査や工事方法には前記(一)(1)のとおりの過失がある。そこで被告らは、国賠法一条、三条に基づき、原告の損害を連帯して賠償する責任がある。

3  損害

原告は本件崩落及びその後の被告らの復旧措置の遅滞により、次の損害を被ったが、その合計金額は二一六六万六三二九円となる。

(一) 復旧措置の遅滞により、予定した建物の建築工事が遅延したことに伴ない生じた損害 二一三四万円。

原告は、本件土地が観光と漁業に恵まれた立地条件にあることから、昭和五〇年一〇月頃より、本件土地上に鉄骨四階建の店舗兼居宅(以下「本件建物」という。)を建築して食堂、喫茶店及び漁業用具販売店を営業する計画を立て、大晃建設株式会社との間で昭和五一年二月一一日次の内容の建築請負契約を締結した。

① 請負代金 七二〇〇万円

② 代金支払方法 毎月末に出来高の九〇パーセントを支払い、残額を引渡時に支払。

③ 工事着手時 昭和五一年三月二五日

④ 工事完成時 同年八月二五日

⑤ 引渡時 完成の日から七日以内

そこで原告は、本件建物の建築工事を施行するため、同年三月三日に被告県の建築主事に対して建築確認を申請し、同月八日受理された。ところが右申請前に本件崩落が発生したことから、建築主事は、原告に対し、崩落箇所に被告県による防災工事が完全に施行され、本件土地に崩落した土砂の搬出を完了し、復旧措置を終えるまでは建築確認ができないとの見解を申し向け、原告は予定どおりに、建築確認を受けえないこととなり、本件建物の建築工事に着手しえない事態となった。原告は県知事に対し、崩落箇所の防災工事を早急に施行し、本件土地に崩落の土砂を一日も早く搬出して、原告が建築確認を受けえて本件建物の建築工事に着手しうる状態にしてくれるよう再三申入れたのに、県知事は、長時間漫然と放置して崩落箇所の復旧措置を遅滞した。そのため本件建物の着工は、当初の予定より約一〇カ月遅れて昭和五二年一月となり、工事時期は冬期にかかったので、積雪のため施工不能の日も多く、本件建物の完成引渡は同年七月末となって大幅に遅延した。

原告は、昭和五〇年一〇月頃開催された本件道路の拡幅道路用地の買収説明会の際、出席の被告県の担当職員に本件建物の新築計画の概要を話しているし、建築確認の事前折衝や本件崩落後に復旧措置を申入れた際にも、担当職員に対し、本件建物の建築工事とその契約内容、建築後の本件建物で食堂経営を行うなど説明してきた。したがって、復旧措置の遅滞により、原告が予定する本件建物の建築工事が遅延したことに伴ない原告に生ずる損害は、県知事において予見しうるところであった。それゆえ原告の被った後記の(1)ないし(3)の損害は、復旧措置の遅滞と相当因果関係のある損害である。

(1) 本件建物の建築工事に関する損害 金一〇〇〇万円

原告は、請負業者の大晃建設から本件建物の着工が前記のとおり遅延する間に生じた建築資材価格の急騰と人件費の値上り等を理由に契約の請負代金額(七二〇〇万円)を増額するよう強硬な申し入れを受け、同年一〇月一八日請負代金額を八二〇〇万円に増額した請負契約の締結を余儀なくされたので、増額分に相当する金一〇〇〇万円の損害を被った。

(2) 電気及び空調工事に関する損害金二一〇万円

原告は昭和五一年二月一五日豊岡電材株式会社との間で本件建物建築工事のうち電気及び空調工事請負契約を請負代金一〇四〇万円で締結したが、着工遅延の間に生じた資材等の値上りを理由に、同年一〇月一〇日に請負代金を一二五〇万円に増額する請負契約の締結を余儀なくされたので、増額分に相当する金二一〇万円の損害を被った。

(3) 営業遅延に関する損害 金九二四万円

原告は、本件建物が完成予定の昭和五一年八月末から建物の二階において食堂及び喫茶店を営業する予定であったところ、本件建物の完成が同五二年七月末まで遅延したため、その間右営業により取得できる利益を失った。右営業による利益は、本件土地付近には同種の営業者がなく、本件土地と同一の立地条件、同一規模の営業における一日当たりの純利益は三万円平均であり、一カ月のうち二八日営業とすると、一カ月当たり八四万円になるから、営業の遅延期間(一一カ月)内では合計九二四万円となる。よって原告は九二四万円の得べかりし営業利益を失い、同額の損害を被った。

(二) 本件崩落により破損した本件自動車に関する損害 金三二万六三二九円

原告は、本件自動車を昭和四八年一一月三日に代金五九万八八七〇円で購入したものであるが、本件崩落により大破したので、二年三カ月使用しただけで、昭和五一年二月二八日に金三万円で下取りに出した。自動車のような減価償却資産の評価は各種税法に基づく評価法によるのが公正妥当であるところ、右評価法によれば、自動車の耐用年数は五年(減価償却資産の耐用年数等に関する省令一条一項一号、別表一)、残存価額は一〇〇分の一〇(同省令五条一項、別表一一)であるから、所得税法施行令一二〇条一項一号イに規定の定額法によって償却計算をすると、本件崩落時の本件自動車の価額は三五万六三二九円となり、これから下取り価額の三万円を差引いた三二万六三二九円が本件自動車の破損により原告の被った損害となる。

(計算式)

一年間の償却額

五九八、八七〇×(一−10/100)×1/5≒一〇七、七九六

本件崩落時の価格

五九八、八七〇−一〇七、七九六×(2+3/12)=三五六、三二九

4  よって、原告は、被告らに対し、右の損害金二一六六万六三二九円及び内金二一三四万円(復旧措置の遅滞により本件建物の建築工事が遅延したことに伴う損害金)に対しては本件建物の完成引渡日の翌日の昭和五二年八月一日から、内金三二万六三二九円(本件自動車の破損による損害金)に対しては本件崩落の日の同五一年二月二三日から、それぞれ支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び被告らの主張

(認否)

1 請求原因1(一)の事実のうち、原告が本件土地を所有することは不知、その余は認める。

2 同1(二)の事実のうち、県知事が本件工事を施行したこと(ただし、工事の開始は昭和五〇年九月からである。)、本件工事施行中第一次崩落(ただし、発生日は昭和五一年一月一日である。)及び本件崩落(ただし、発生日は同年二月二三日である。)が発生したことは認めるが、その余は否認する。

原告所有の旧建物にはほとんど損傷はなく、便所のベンチレーターをわずかに破損しただけであり、本件自動車も一部破損したにとどまる。

3 同2(一)(1)の事実のうち、本件土地の西側一帯の裏山が昭和の初め頃に海岸埋立用土砂を採取され、原告主張の高さ、勾配の崖状の地形であること、一八五地点から一八六地点の付近で岩盤が露出していたこと、本件工事に当たり、山腹の地質について担当職員が肉眼調査、ハンマーによる打撃調査を行ったが、ボーリング調査をしていないこと、当初法面切取り勾配を0.3として本件工事を行い、第一次崩落のあと、それを一に変更して工事を続行したことは認めるが、第一次崩落、本件崩落の発生原因は知らないし、裏山が保安林であること、本件工事を施行すると崖崩れの危険が存する状態であったことは否認し、本件工事に瑕疵のあることは争う。

4 同2(一)(2)の事実を否認し、同2(一)(3)の被告らに損害賠償責任があるとの主張は争う。

5 同2(二)の事実中、県知事に原告主張の過失があることを否認し、被告らに損害賠償責任があるとの主張は争う。

6 同3(一)の事実中、原告から本件建物の建築確認申請がなされたこと、原告が被告県の職員に建物を新築する予定と説明していたことは認めるが、原告の本件建物の建築確認申請に対し、建築主事が原告に対して原告主張の見解を申し向けたこと、復旧措置の遅滞があったこと、そのため本件建物の建築確認をしなかったことは否認する。

原告主張の損害は不知。本件建物の建築工事が遅延したことに伴ない原告に生じたその主張の損害と復旧措置の遅滞との間に相当因果関係はない。

7 同3(二)の事実中、本件崩落により本件自動車の一部が破損したことは認めるが、損害額は争う。

(被告らの主張)

1 被告らの責任につき

(一) 本件に国家賠償法は適用されない。

(1) 本件工事の対象である本件道路の拡幅予定地や法面は、本件崩落当時、いまだ道路として公の目的に使用されていなかったのであるから国賠法二条の「公の営造物」に該当しない。また、同条にいう営造物管理の瑕疵とは、営造物自体の瑕疵をいい、営造物の築造に付随した行為(工事)の瑕疵は含まれないから、仮に本件工事の実施方法につき瑕疵があったとしても、これに同条を適用する余地はない。

(2) 国賠法一条に基づく責任を負うとの原告の主張につき、本件工事の実施は事実行為にすぎないから同条にいう「公権力の行使」に該当しない。

(二) 本件工事の実施につき瑕疵はないし、工事担当者に過失は存しない。

本件工事の実施に関して国賠法の適用があるとしても、まず同法二条の営造物管理の瑕疵とは、営造物が通常有すべき安全性を欠いていることをいい、この通常有すべき安全性の欠如というためには、事故発生の危険性、その予見可能性、事故回避の可能性の三要件が存在するのにもかかわらず、管理者が事故回避の措置をとらなかったことにある。また本件工事を実施する公務員に同法一条の過失があるというためにも、右の三要件が存在していることが必要であるが、本件崩落につき、次のとおり被告らに帰責事由はないので、営造物管理の瑕疵はもとより、公務員の過失もない。

(1) 事前調査、工事の実施方法、第一次崩落後の処理の妥当性

本件工事を担当した兵庫県浜坂土木事務所の技術吏員は、工事に先立ち現地調査の結果、本件崩落箇所及びその周辺につき、山側傾斜地の地形、樹木の生立状況、硬質の凝灰岩が多く露出しているといった岩盤の地質や締まって安定化している状態、数十年来土砂崩れが発生したことがなく、崖下には古くから民家が建ち並んでいる状況等に照らし、山地の切取勾配を従来の運用どおり0.3とし、右調査結果等を基にして本件工事計画が立てられ、実施された。また現地調査の結果、本件工事による山地切取対象の容積が僅か約三八〇〇立方メートルと小規模であったし、過去の工事経験等から掘削の工事中に土砂の崩落の発生は、被告らにおいて全く予見することができなかった。

ところで昭和五一年一月一日に発生した第一次崩落は、その頃降り続いた雨のため浸透水が多くなり、岩盤の表面に堆積していた土砂が平衡を崩して崩落するいわゆる表面崩落にすぎず、規模も小さく、岩盤には何ら異常が認められなかったのであるから、この段階でボーリング調査による地質調査の必要性はなかった。そして県知事としては、第一次崩落後、表面崩落を避けるために万全を期して、切取勾配を一に緩めて工事を再開したが、右切取勾配の判断は妥当なものであり、同年二月二一日には切取工事、法面仕上工事を完了した。しかるに、切取勾配を格段に緩めたにもかかわらず、同月二三日に本件崩落が発生したが、第一次崩落の発生以上に、本件崩落の発生を予見することはできなかった。

(2) 右のとおり、県知事は、本件工事の実施に当って必要かつ十分な事前調査を行い、その調査結果から当時の設計基準に合致した勾配を採用し、第一次崩落後は崩落形態を慎重に検討のうえ万全を期して本件工事を再開したのであって、原告主張のように漫然と本件工事を遂行したものではない。本件工事に関し瑕疵はなく、担当者の過失もない。

(三) 本件崩落後の復旧措置に遅滞はない。

本件崩落後、被告県の工事担当者は、昭和五一年二月二六日、地質調査専門の川崎地質株式会社に詳細な地質調査と被告防災工事の設計計画書の作成を依頼するとともに、崩落した土砂の除去を新たな崩落を誘発する危険のない箇所から順次進めて同月中には崩落土砂の大部分を除去した。同年三月ボーリング調査に着手し、同年四月調査結果に基づき被告防災工事の工法を検討して土留を設置することとして概略設計書を作成のうえ、同年六月建設省と協議の結果、CIP工法(崖面補強のため鋼管を差込みその中にH桁を差込む工法)を採用することになり、同社に依頼して作成された計画書により、さらに建設省との協議を経て詳細な現地調査を行い実施計画書を作成し、同年九月CIP工事に着手し、同年一〇月工事完了して同年一一月中CIP施工箇所前面の土石を除去した。

このように、工事担当者は、本件崩落後速やかに必要な範囲の崩土を除去し、専門家による地質調査を実施して適切な工法を検討し、以後土砂の崩落を防止するに足る被告防災工事の万全を期したのであって、本件崩落後工事完了までには最小限右の期間を要したのである。原告主張のように崩落発生後の対策を放置したことはなく、復旧措置に遅滞はない。

2 本件崩落及び被告防災工事と原告主張の損害発生との因果関係の不存在

(一) 原告の本件建物の建築が遅延した理由

本件建物は建築確認を受けなければ着工できないところ、本件建物の建築予定地は背面が崖地であるので、原告は、本件建物を建築するに当り、本件崩落とは関係なく、建築基準法(以下たんに「建基法」という。)令上、被告県の建築基準条例二条に規定する崖面の防災予防工事又は建物構造の強化等の防災措置(以下「本件建物の安全措置」という。)を自らの負担と責任で講ずる必要があり、本件建物の建築確認申請にその点が講じられていなければ申請に不備ありとして確認を受けえない事情があった。ところが本件崩落後の昭和五一年三月八日受理にかかる本件建物の建築確認申請には、本件建物の安全措置について何の措置も講じていないほか、排煙設備(建基法施行令一二六条の二)、非常用照明設備(同条の四)、特殊建物の内装制限(同令一二九条)、浄化槽からの放流先の点にも不備があった。そこで建築主事から原告方に再三にわたり補正の指示をしたのに、原告は同年八月中自らの都合による設計変更のため確認申請書類を持ち帰るなどして、なかなか補正に応ぜず、同年一二月二日にいたりようやく最終の補正をして建築確認の申請をし、建築確認を受け得たのである。

原告は、被告防災工事や復旧措置が終了するまでは、本件建物の安全措置が決められず、建築確認は受け得られない旨主張するが、本件崩落によって地形そのものに変化が生じていないのであるから、被告防災工事の内容、施工時期とは関係なく、原告は本件建物の建築予定地の地形を前提として建基法令に適合する本件建物の安全措置を講ずることは可能であり、建築確認を受け得る不備のない建築確認申請はできたはずである。

(二) 原告が昭和五一年一一月中旬にいたるまで本件建物の安全措置の検討を行わなかった理由は、第一に、原告は本来自らの費用で行わなければならない安全措置を被告県の負担で行わせようとしたためであり、第二に、原告は同年八月中本件建物の構造変更を希望して建築確認申請書類を持ち帰り、さらに同年一一月までこれに伴う設計の変更に期日を費やしたためである。そのため安全措置の検討が同月中旬まで遅延したのである。

(三) 以上のとおり、原告の本件建物の建築が当初の予定より遅延したのは、原告自らが講ずべき本件建物の安全措置の検討を被告県におぶさって早急に行わず、また自ら希望して本件建物の構造の変更等を行ったため、建築確認申請の不備とその是正手続が遅れ、よって本件建物の建築が遅延したのであり、被告の主張にかかる本件建物の建築遅延に伴い発生の損害は、本件崩落及び被告防災工事、復旧措置とは何ら相当因果関係はない。

3 損害額について

(一) 電気、空調工事の増額は、着工遅延の間に生じた資材等の値上りというよりは、本件建物の構造変更に伴う工事内容の変更によるものである。

(二) 営業遅延に関する損害額

原告は、喫茶、食堂について昭和五二年九月一三日営業許可を受けた後、わずか三カ月足らずの同年一二月四日に廃業届を出しているが、一カ月八四万円もの純利益を上げる営業を右の期間行っただけで廃業するとは考えられないので、原告主張の営業利益の逸失額は根拠がないし、本件建物の近隣には同業者も存在する。

仮に営業利益の逸失による損害があったとしても、喫茶、食堂の営業主体は原告の妻秀子であって原告ではないので、原告はその賠償を請求できない。

(三) 本件自動車の破損による損害額

本件自動車の破損の程度は、せいぜいバンパー、ボンネット、ドア部分の凹損にすぎないので、損害は右部分の修理費に限られるべきである。

仮に本件自動車が使用不能となる程に破損したとしても、税法上の自動車の価額評価は課税という特殊な目的から定められているもので、自動車のように使用開始後急激に価額の低下する物の場合に適用することは相当でなく、その損害は本件崩落当時の本件自動車の中古車としての交換価格によるべきである。そこで本件自動車の車種はダットサン四ドアバンで、新車購入価格は五四万三八〇〇円であり、その後継車種であるサニー四ドアバンの一般的型式のうち最も原告に有利な選択装備をしたところの昭和五六年中期の新車購入価格は八三万九〇〇〇円であるところ、右サニー四ドアバンの車の二年三カ月後(原告の本件自動車購入から本件崩落まで約二年三カ月経過しているので類比する。)の同五八年一〇月の中古車としての交換価格は二〇万円であるから、この割合を適用して本件自動車の本件崩落時の中古車としての交換価格を算出すると、一二万九六三一円となる。したがって、本件自動車に関する損害は、右算出価格から下取り価格(三万円)を控除した九万九六三一円というべきである。

三  抗弁

仮に本件崩落について被告らに責任が認められるとしても、原告は、昭和五一年二月二七日被告県浜坂土木事務所の担当者坂田二郎に対し、本件崩落によって生じた本件自動車の損害は僅かなものだから補償の必要はなく、本件工事に伴う原告所有土地の代替交換土地について配慮するよう申し入れ、被告らに対し、本件自動車の破損に関する損害賠償請求権を放棄する旨の意思表示をした。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実は否認する。原告は、坂田に対し、被告らにおいて本件崩落による堆積土砂の除去、誠実な復旧処理を早期に実施してくれるよう期待して、本件自動車に関する損害賠償の請求を猶予したにすぎない。

第三  証拠<省略>

理由

一<証拠>によれば、原告は本件土地を所有することが認められるところ、本件道路は被告国の営造物であり、本件土地及びその周辺の道路は被告兵庫県の県知事において被告国の機関として管理していること、着工開始時期はさておき、県知事は本件土地付近において本件工事を施行したこと、本件工事施行中、第一次崩落及び本件崩落(ただし、その発生日時を除く)が発生したことは、当事者間に争いがない。

二本件工事及び土地工事施行中の第一次崩落及び本件崩落の発生にいたる経過を検討するに、<証拠>によれば、次の事実が認められる。

1  県知事は、国道一七八号線(本件道路)のうち、兵庫県城崎郡香住町浦上から同町沖ノ浦までの区間において、道路幅員の拡張と線形の改良を目的とする道路改良工事等を昭和四四年から施行してきたが、昭和五〇年度道路改良事業として、別紙図面表示の一八四地点から一八七地点まで約六〇メートルにわたる区間において、一八五地点から一八六地点の本件道路に面する山側の山腹(図面表示の「当初山腹切取箇所」の部分)を一部削り取り、削り取られた箇所で道路の幅員を広げるとともに山腹の道路脇を道路の側壁とする本件道路拡幅工事(本件工事)が実施されることになった。

2  本件工事現場の山腹は、本件土地の裏山を含めて咲花清ほかが所有の保安林となっている山林であるが、本件道路をはさんで東に位置する柴山湾の海面に屹立して迫るかたちとなっていて、昭和の初め頃柴山湾の埋立工事に土砂が採取されたことがあったので、土砂の採取跡が崖状となっていた。しかし崖状になっているものの、本件工事現場の山腹で過去に土砂崩れが発生したことはなく、山側の平地部には本件道路沿いに民家が建ち並んでいる。

そして、一八五地点から一八六地点付近の山腹は、高さ約一〇メートル、勾配約四〇度の斜面をなし、頂上部から中央部にかけては、主に土砂で直径約二〇センチメートルの松や雑木が密生していたが、中央部の辺りは高さ約二メートルの岩盤が畳状に積み重なって横たわっていた。その岩盤は、一八六地点付近のむかし通っていた旧県道から下の斜面を掘削して本件道路を建設した際に露出したもので、硬質の凝灰岩で構成され、外見上、湧水、断層、風化の様相は見受けられなかった。

また一八七地点から一八八地点付近の山腹は、一八五地点から一八六地点付近の山腹と比べて、少し高くなり勾配も急になっていたが、横たわっている岩盤の状況は変りがない。

3  本件工事は被告県浜坂土木事務所が担当したが、同事務所の技術吏員水田旭次は、工事計画立案に際し、二回工事現場を踏査し、本件工事の対象地及びその付近の地形、地質を調査したが、その調査方法は、ハンマーで岩盤を叩いて岩盤の様相を探るといったことを行ったものの、より精密に地質地層を探るボーリング調査までは実施しなかった。

水田は、右調査により本件工事現場の山腹は安定した地盤であると判断し、岩盤部の法面切取り勾配を0.3とした。というのも被告県が法面切取り工事を実施した際、硬岩の場合の法面切取り勾配を0.3とするのが実例であったので、それに従った。一方土砂部については、締った状態にあると判断して、その法面切取り勾配を一として、本件工事計画を立案した。

そして本件工事は合資会社中村組が請負って施行し、山腹の削り取りは、工事計画の法面切取り勾配に従って、同年九月五日から掘削機械を使用して削り取り工事を開始し、同年一一月末頃に工事を完了した。

4  ところが工事完了後一カ月を経た昭和五一年一月一日、そのころ地震、集中豪雨といった格別の災害要因もないのに、一八六地点付近において、別紙図面表示の矢印①の方向に第一次崩落が発生し、本件土地の隣に存在する有藤隆義方住宅一棟を損壊した。

そこで浜坂土木事務所で道路建設担当の工務一課課長坂田二郎及び県土木部道路建設課改良係係長河本禎二は、崩落現場にやって来て簡単に現場を調査してみて、第一次崩落は、山腹の岩盤部自体に崩落の原因があったのではなく、降雨による浸透水のために岩盤上に乗っていた土砂が平衡を崩して滑り落ちる表面的崩落にすぎず、岩盤部自体は、崩落によって影響を被っていないと判断した。そして坂田らは、ボーリング調査等による精密な地質地層の調査を実施することなく、この際法面切取り勾配を緩やかな勾配に変えて山腹削り取り工事を行っていけば、土砂崩落は発生しまいと考え、法面切取り勾配を、被告国や被告県が基準としている土砂部並みの勾配である一に変更し、右勾配に変更すると、山腹の削り取り範囲が広がるが(別紙図面表示の「変更後山腹切取箇所」の部分)、右変更の勾配によって本件工事を続行することにした。

5  工事業者の中村組は、同五一年の正月休み明けから前同様掘削機械を使用して本件工事を再開し、同年二月二〇日頃工事を完了した。

ところが同月二三日、そのころ地震や集中豪雨といった自然現象があったわけでもないのに、再び一八六地点付近の、第一次崩落よりは北寄りの場所において、別紙図面表示の矢印②の方向に土砂岩石が崩落する本件崩落が発生した。本件崩落の場合は、岩盤部が本件土地の方向にも傾斜していたこともあって、本件土地上にも土砂岩石が落下し、そのため本件土地上に存在の旧建物の便所のベンチレーターが折損し、また本件土地上に車首を山側に向けて駐車してあった本件自動車を破損した。(本件崩落による本件自動車の一部の破損については当事者間に争いがない。)

6  本件崩落の規模は、第一次崩落よりも大きく、今度は山腹の岩盤自体も一部崩れて緩んだ形状を示し、その後に実施されたボーリング調査の結果によれば、本件工事現場の山腹は、断層面もある複雑な地質であって、土砂崩落に対する抵抗力が小さいことが判明した。

もっとも本件崩落により本件土地や本件道路に土砂岩石が落下したが、幸い落下した土砂が本件道路を遮断するまでにはいたらなかったので、道路拡幅予定箇所に落下の土砂があっても、もとの本件道路は人車の通行に支障がなかった。

三ところで、本件道路が公の営造物に当たることは明らかであるけれども、本件崩落が発生した箇所は、本件道路に接する山側の山腹の法面であり、本件道路の幅員を拡張するために削り取りの本件工事が施行されていた箇所である。そこで、原告は本件崩落箇所を本件道路と主張するのに対し、被告らは、本件工事の対象である本件道路の拡幅予定地や法面は、本件崩落当時いまだ道路として公の目的に使用されていなかったのであるから、公の営造物に該当しないと主張する。

さて道路法上の道路は、一般交通の用に供する道(自動車のみの一般交通の用に供する道を含む)であって、道路本体と道路の附属物とから構成される。そして、道路本体とは、路面自体と、「トンネル、橋、渡船施設、道路用エレベーター等道路と一体となってその効用を全うする施設又は工作物」とをいい、道路の附属物とは、「道路の構造の保全、安全且つ円滑な道路の交通の確保その他道路の管理上必要な施設又は工作物」であり、道路のさく又は駒止などが挙げられる(道路法二条一項、二項)。そこで本件崩落が発生した箇所は、本件道路に接する山側の山腹の法面であるから道路本体ではないけれども、山腹が削り取られて本件道路の幅員が拡張されると、法面と道路に接する山側の絶壁面は道路の擁壁をなす。いわゆる山地が屹立して海岸に迫る地形で、山地を切り取って海岸沿いに道路が造成されているような場所にあっては、道路の山側の山腹法面は、道路の防護施設の役割を果すように築造されているのであって、本件崩落発生箇所の山腹法面は、山腹の削り取り工事が完了していたのであるから、本件道路の山側の擁壁となり、山腹法面において土砂等の崩落を防止する処置をしておかなければ、本件道路自体一般交通の用に供するにふさわしい安全性を確保することはできないといわなければならない。そうすると、本件崩落発生箇所の山腹法面は、本件道路と一体の本件道路の附属物であって、道路と認めるのが相当であり、従って公の営造物に該るといわなければならない。被告らの主張は採用できない。

四そこで本件崩落は公の営造物である本件道路の管理の瑕疵によるか否かを検討する。

ところで国賠法二条一項にいう営造物の設置又は管理の瑕疵とは、営造物が通常有すべき安全性を欠き、他人に危害を及ぼす危険性のある状態をいい、このような瑕疵の存在については、当該営造物の構造、用法、場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合考慮して具体的、個別的に判断すべきものである。

前記二で認定の事実によると、一八六地点付近の本件工事現場の山腹は、中央部辺に岩盤が露出し、崖状となって屹立していたものの、過去に土砂崩れが発生した事跡はなかったというのであるから、比較的に安定した地盤であったと認められるのであるが、しかし、当初山腹切取箇所を、岩盤部の法面切取り勾配を0.3、土砂部の法面切取り勾配を一として本件工事を実施し、工事が完成して一カ月を経た昭和五一年一月一日に第一次崩落が発生していること、第一次崩落の原因は、必ずしも正確に突き止められたわけではないが、岩盤部自体に崩落の原因があったのではなく、降雨による浸透水のために岩盤上に乗っていた土砂が平衡を崩して滑り落ちた表面的崩落とみられているものの、過去に崩落の事例がなかったのに、降雨による浸透水のためとはいえ、第一次崩落が発生しているのは、本件工事が原因の一半を荷なっていると推認するのが相当と認められること、ところで第一次崩落のあと、本件工事は、岩盤部の法面切取り勾配を、土砂部の法面切取り勾配と同じ一にして、変更後山腹切取箇所で山腹削り取り工事が続行され、工事完了後、二日か三日を経たばかりで、そのころ地震とか集中豪雨とかいった特別の自然災害が発生したわけでもないのに、第一次崩落から五〇日余を経てそれより大規模な本件崩落が発生し、今度は山腹の岩盤自体も一部崩れて落下していること、ボーリング調査により地質地層等を検討したところ、本件工事現場の山腹は断層面もある複雑な地質であって、土砂崩落に対する抵抗力が小さいとみられたことが認められるので、本件崩落発生箇所の山腹は、本件工事により本件道路の附属物として通常有すべき安全性を欠くにいたり、そこで本件崩落が生じたと推認するのが相当である。

もとより通常有すべき安全性を欠くというためには、本件崩落発生箇所の山腹において、土砂岩石の崩落事故の発生することが通常の予測の範囲を越えるものではなく、かつ崩落の発生を防止することが不可能でないことが必要である。これを本件についてみるに、前記認定によれば、本件工事以前に一八六地点付近の本件工事現場の山腹において過去土砂崩れといった崩落事故がなかったのに、岩盤部の法面切取り勾配を0.3として本件工事を施行し、工事終了後一カ月を経て、他に格別の自然災害要因がないのに第一次崩落が発生したこと、なるほど第一次崩落のあと、再開された本件工事は、岩盤部の法面切取り勾配を0.3から一に変更し、勾配を緩めて工事の続行をしたものであるけれども、工事完了後二、三日を経て、第一次崩落より大規模な本件崩落が発生したのであるから、たんに岩盤部の法面切取り勾配を0.3から一に変更したくらいで本件工事を再開したところ、本件崩落が発生しているとすると、本件工事を再開した場合に崩落事故が発生することは、工事担当者にとって通常の予測の範囲を越えていたとみることはできないし、また第一次崩落後、本件工事の再開に先立ち、ボーリング調査等により、本件工事現場の山腹の精密な地質調査を実施し、その調査結果をふまえ、土砂岩石の崩落が発生しないような工事方法を採るなり、或いは工事方法が確定するまでは本件工事の再開を見合わせるといった措置をとることによって、本件崩落を回避する手立てはあったのであるから、本件崩落発生の防止が不可能であったということはできない。

そうとすると、本件崩落の発生は公の営造物である本件道路の管理の瑕疵によるといわなければならない。

なお、被告は、営造物管理の瑕疵とは営造物自体の瑕疵をいい、営造物の築造に付随した行為(工事)の瑕疵は含まれないところ、本件崩落の発生は本件工事の実施方法の瑕疵である旨主張する。しかしながら、本件崩落の発生は、本件工事の作業中に作業行為によって落石或いは土砂崩れを惹起した場合とは異なり、本件道路の附属物である山腹の法面箇所が本件工事に起因して崩落の危険性を高めて瑕疵が存し、その瑕疵により本件崩落の発生にいたったと目されるのであるから、営造物の築造に付随した行為(工事)から生じたものではない。そうすると、被告の主張は理由がない。

五本件道路が被告国の営造物であること、本件土地及びその周辺の道路を県知事において国の機関として管理していることは、前記のとおり当事者間に争いがないところ、国道である本件道路の管理に要する費用は被告国及び被告県が負担するから(道路法四九条、五〇条)、被告国は国賠法二条一項により、被告県は同法三条一項により、本件道路の管理の瑕疵により発生した原告の損害につき、連帯して賠償する責任があるといわなければならない。

六原告は、本件崩落後被告らが復旧措置を遅滞したことにより、予定していた本件建物の建築工事が遅延し、それに伴い損害を被ったと主張するので検討する。

1  原告から本件建物の建築確認申請がなされたこと、原告が被告県の職員に建物を新築する予定と説明していたことは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、次の事実が認められる。

(一)  原告は、船舶用通信機の販売修理業を営む者であったが、本件道路が山陰海岸国立公園の海岸線沿いを走る観光道路と目され、また近くに漁業の中心地である柴山湾を控えて、本件土地が観光と漁業に恵まれた立地条件にあることから、昭和五〇年九月頃から旧建物を取り壊して本件土地に本件建物を新築し、ここで食堂喫茶店及び漁業用具販売店を営業する計画を立て、一級建築士の豊泉守に、本件建物の建築設計及び建築確認申請手続等を依頼し、豊泉は同年一二月中に本件建物の設計図面を完成していた。

そして原告は、昭和五一年一月頃浜坂土木事務所の山本用地課長らから本件道路の拡幅改良工事の説明を受けた際、同人らに本件建物の新築計画があることを告げていた。

(二)  原告は、昭和五一年二月一一日大晃建設株式会社との間で、請負代金七二〇〇万円、工期は、着手同年三月一日、完成同年八月三〇日と定めて、本件建物の建築請負契約を締結し、さらに本件崩落後の同月二五日、工事内容に、エレベーター設備、内装等の工事を追加したので、請負代金は七二〇〇万円、工期は、着手同年三月二五日、完成同年八月二五日と改めた建築請負契約を締結したほか、同月一五日豊岡電材株式会社との間で、請負代金一〇四〇万円と定めて本件建物の電気空調工事の請負契約を締結した。

(三)  本件崩落があったものの、本件道路は、崩落の土砂岩石に遮断されることがなかったので、人車の通行等には全く支障がなかったが、本件工事担当責任者の浜坂土木事務所は、崩落後直ちに崩落の再発の恐れがない箇所の崩落土砂を中村組の作業で取り除かせ、山腹の土砂部に生立の立木で浮き上って倒れる恐れのあるものは、立木所有者の了解を得て除去した。そして浜坂土木事務所工務一課課長の坂田二郎らは、本件崩落の翌日の同年二月二四日現地調査を実施し、崩落跡の外観から崖に断層面が見受けられ、本件崩落が二回目の崩落であったので、岩盤部自体に崩落の原因があることを疑い、この際精密な地質調査が必要と判断し、同月二六日川崎地質株式会社に本件崩落箇所付近の地質調査計画書の作成を委嘱した。

坂田は、同月二七日頃原告から本件土地に崩落の土砂を早急に除去するよう要請されたが、無計画な土砂の除去により、かえって崩落を誘発する危険があるので調査検討を要する旨説明し、その後香住町助役、県会議員といった地元有力者を通じて原告から同様の要請があったけれども、坂田は、具体的に除去の実施日を確約することなく猶予を請うた。

(四)  坂田は、同年三月初め川崎地質から提出を受けた地質調査計画書を県土木部道路建設課改良係係長の河本禎二らと検討し、同月中旬概略的なボーリング調査を川崎地質に行わせ、四月二四日頃提出されたボーリング調査結果に基づき、崩落箇所の防護工事(被告防災工事)の方法として、重力式擁壁とCIP工法による擁壁の二案を作成し、同年五月頃被告県土木部においてこれを検討し、翌六月初め頃建設省の担当者とも協議の上、同月末頃に本件崩落には地滑り的要素もあることから、擁壁背後の土砂の圧力のみならず、地滑りも防止することのできるCIP工法による擁壁を築造することにほぼ決定し、右工法実施に必要な事項につき、再び詳細なボーリング調査を行った。

そして浜坂土木事務所では、同年六月中に本件土地上に崩落した土砂の殆ど全部を除去した。同年七月末頃にはボーリング調査結果が提出されたので、坂田らはCIP工法による擁壁築造を確定し、その旨を原告にも伝え、同年八月中旬右工事の計画書を作成し、九月には中村組と工事請負契約を締結して施工にかかった。そして本件土地の手前で擁壁を区切って、その先へ擁壁を延ばさないと、その部分が岩石が飛び出たような状態になって、かえって崩落を誘発しかねないといったことから、本件土地の裏山の一部にまでわたって防護擁壁を築造し(いわゆる取合せ工事)、同年一〇月末頃に完成した。同年一一月中に本件土地以外の箇所に残留してあった崩落土砂を処理し終えた。

(五)  一方、原告は、本件崩落後大晃建設に旧建物を取り壊させ、本件建物の新築計画にとりかかったが、元来本件建物の建築予定地の本件建物の背面は崖地になっているので、本件建物を建築するには、建基法令上、被告県の建築基準条例二条に規定する崖面の防災予防工事又は建物構造の強化等の防災措置(本件建物の安全措置)を講ずる必要があった。原告は、同年二月末頃本件建物の建築確認事務を担当する浜坂土木事務所に赴き、担当の同事務所建築課課長岸本重行に対し、豊泉に作成してもらった本件建物の外構工事の概略図面を示し、本件建物の建築確認、とくに本件建物の安全措置のことを相談したところ、岸本は、本件建物の安全措置は、崖地に築造の擁壁によるか、建物自体の構造強化によるか、そのいずれでもよい旨指導した。そして岸本は、いずれ原告から建物の建築確認申請がなされることが予想されたので、同事務所建築主事の井垣健一に対し、二度も崩落があった崖地なので、本件建物の安全措置に関しては、慎重な審査を指示していた。

(六)  本件建物の建築設計に当った豊泉は、当初の設計で、本件建物の安全措置として、精密な強度計算をしていなかったものの、落石や地層の防護用の擁壁(鉄筋コンクリート製、地上三メートル、厚さ三〇ないし一三五センチメートル)を建築確認申請書の添付図面に記入していたが、本件崩落現場を見分した際、右の擁壁では到底安全性を確保できないと考えて、右擁壁の記入部分を抹消した。

原告は、浜坂土木事務所に本件建物の建築確認を申請し、同年三月八日付で受理された。ところが、被告県建築基準条例によれば「崖地に建築物を建築する場合においては、崖の表面の中心線から、崖上及び崖下の建築物までの水平距離は、それぞれの崖の高さの1.5倍としなければならない。ただし、崖が岩盤若しくは擁壁で構成されているため安全上支障がない場合又は建築物の用途若しくは構造により安全上支障がない場合においては、この限りではない。」と規定されているところ、原告の右申請においては、右規定にいう崖との距離が確保されていないうえに、申請書添付図面の擁壁の記載は設計者の豊泉自身により抹消されており、また建物の外壁に関しては、申請書に記載されているラス貼りタイル、ALC板は、いずれも外圧とくに集中した荷重に対して抵抗力がなく、安全性に支障がないとはいえないため、本件建物の安全措置につき不備があるほか、非常用照明設備、内装制限、排煙設備、浮化槽の放流先経路の点についても不備があった。そこで井垣は、豊泉に対して訂正事項を照会したところ、同月一六日同人から内装制限、排煙設備については訂正があったが、本件建物の安全措置については補正されなかった。

(七)  岸本、井垣らは、原告から受理した建築確認申請書に見出された不備を補正すれば、原告に対し本件建物の建築確認をする手筈をしていたので、豊泉に対し、補正を指示したが、なかなか実行されなかった。岸本らは、同年五月二七日頃豊泉と、同年七月二六日頃には原告と、それぞれ会って補正の督促をしたが、前記のとおり、その頃崩落箇所の被告防災工事が計画されて着々進行していたところ、岸本らの補正督促に対し、豊泉は、被告防災工事が確定しないと、同人自身の能力では、外圧荷重の圧力計算が難しく、本件建物の安全措置につき、いずれの方法がよいか選択できかねている旨答えていたし、原告は、かえってこの際本件建物の安全措置を被告県に依頼し、被告防災工事に乗って、被告県が同工事で実施する土留の上に本件建物を建築すればよいといった希望を開陳し、らちがあかなかった。

(八)  そのうち原告は同年八月八日浜坂土木事務所に出向き、補正を指摘されている本件建物の安全措置とは全然無関係な建物の一部設計変更(鉄筋コンクリート化、間取りや高さの変更)のために、先に提出の建築確認申請書自体を同事務所から持ち帰ってしまった。そして右の一部設計の変更を大晃建設が担当した。

(九)  その後同年一一月一〇日にいたり、本件建物の安全措置に関し、原告と豊泉は、坂田及び岸本との間で、被告県が実施するCIP工法と同様の方法でコンクリート擁壁を構築することに話し合いがつき、原告は、同月二二日、先に原告が浜坂土木事務所から持ち帰った建築確認申請書に、豊泉が作成した本件建物の擁壁の図面を添付して改めて提出したが、大晃建設が行った一部設計変更後の本件建物の図面につき、豊泉が詳細な検討を怠ったため、以前に訂正されていた内装制限、排煙設備の点に不備があることがわかり、同年一二月二日にさらに申請し直し、同月八日建築主事による本件建物の建築確認がなされた。

(一〇)  その間、原告は大晃建設から本件建物の建築工事に早く着手できるよう施主としての準備を催促され、当初の契約から時が立ち、設計変更もあったことから、請負代金の増額を要求され、同年一〇月一八日請負代金を一〇〇〇万円増額して八二〇〇万円とする契約を締結し、また豊岡電材からも同様の要求を受け、高圧受電設備工事の追加、自動火災報知機誘導灯の個数増加等を含めて請負代金を二一〇万円増額して一二五〇万円とする契約を締結した。

そして、本件建物の建築は同年一二月中に着工されて翌五二年七月中完成し、原告に引渡された。

原告は、同年九月一三日妻の藤岡秀子名義で兵庫県知事から飲食店営業の許可を受けて、本件建物で喫茶店、食堂の営業を開始したが、三カ月後に右営業を中止し、同年一二月四日廃業届を出すにいたった。

2  ところで、本件道路を管理する県知事は、本件道路において本件崩落のような事故が発生した場合、以後の被害の拡大を防止するはもとより、被害の復旧措置及び以後に崩落事故の発生を防止する措置を講ずる責任があることはいうをまたないし、もとより被害の復旧措置や崩落防止の防災措置をいたずらに遅滞することは許されないけれども、被害の復旧措置や防災措置を講ずるために必要な期間は当然に見込まなければならないのであるから、その所要期間が崩落事故の状況、被害の復旧措置や防災措置の実施経過に照らし、合理的に相当な期間内に止まるかぎり、被害の復旧措置或いは防災措置を講ずるのに遅滞があると断ずることはできない。本件において県知事が行った本件崩落後の被害の復旧措置、防災措置の経過は前記(1の(三)及び(四))認定のとおりであるが、右認定事実によると、被害の復旧措置及び防災措置は、無理のない計画のもとに遂行され、その所要期間は合理的に相当な期間内にとどまっていると認めるのが相当である。そうすると、県知事の講じた本件崩落後の復旧措置及び防災措置に遅滞があったということはできない。原告は、復旧措置の遅滞により予定していた本件建物の建築工事が遅延し、損害を被ったと主張するけれども、前記認定の事実によれば、本件建物の建築工事の遅延は、本件建物の建築自体に必要な建築主事による本件建物の建築確認につき、申請書類に不備があり、その不備の補正が申請者の原告側の事情で遅れてしまい、そのため建築確認を受けるのを自ら遅滞したことに由来することが認められるのであって、原告の主張は理由がない。

七本件崩落による本件自動車の損害

1  本件崩落により本件自動車が破損したことは前記のとおりである。そして<証拠>によれば、本件自動車(車名ダットサン、型式VB二一〇T、年式48年)は、本件崩落による岩石がボンネットにかぶさり、前ドア部にも損傷がみられ、車体全部が大破してしまったこと、原告は本件自動車を新車で昭和四八年一一月三日辰己自動車から五四万三八〇〇円で購入し、本件崩落時まで二年三カ月使用したが、大破して使用不能となったので、昭和五一年二月二八日ムコネ自動車工業所に三万円で下取りに出したことが認められる。

<証拠>により本件自動車のエンジン部分の写真であると認められる<証拠>によると、本件自動車のエンジン部分は破損していないように窺えるのであるが、エンジン部分以外の車体等の破損状況は示されていないので、同号証をもってしても右認定を左右しない。

2  原告は、本件自動車の損害につき、税法上の減価償却資産の評価法に則って本件崩落当時の自動車価額を算出しこれを損害額と主張するが、損傷を受けた中古車の事故当時における価格は、原則として、これと同一の車種・年式、型、同程度の使用状態・走行距離等の自動車を中古車市場において取得するに要する価額によって定めるべきであると解するのが相当であるから、原告の主張は採ることができない。

そこで<証拠>によれば、本件自動車の車種であるダットサン四ドアバンの後継車種であるサニー四ドアバンの一般的型式のうちスーパーDX仕様の昭和五六年中期発売の新車価格は八三万九〇〇〇円であるところ、同車の二年三カ月後の同五八年一〇月の中古車査定価格は二〇万円であることが認められるので、右認定によるサニー四ドアバンの新車価格と発売後二年三カ月の中古車査定価格の割合を本件自動車に当てはめ、本件自動車の購入時から二年三カ月後における中古車査定価格を算出すると、一二万九六三一円となるから、右価額をもって本件自動車の本件崩落時における中古車市場の取引価額と推認するのが相当である。

そうすると、右金額から本件自動車の下取り価額三万円を差し引いた九万九六三一円をもって、本件崩落により破損した本件自動車の損害であると認めるのが相当である。

3  被告らは、原告において本件自動車の損害賠償請求権を放棄した旨抗弁し、<証拠>は右抗弁事実に添う供述をする。

なるほど、<証拠>によれば、原告は、昭和五一年二月二七日頃原告方居宅を訪れた坂田に対し、本件崩落の事後措置に関し、とりあえず本件建物の新築に着手できるよう早急に崩落の土砂を取り除いて欲しいと要請し、かつ道路の拡幅予定地に入る自有地に対する代替地について善処を求めるとともに、その代りに本件自動車の損害賠償は当面請求するつもりはないといった趣旨を述べていることが認められるけれども、原告の右発言は、代替地の交渉の原告側譲歩案として当面本件自動車の損害賠償に固執しない趣旨とも受け取られるし、必ずしも明確に本件自動車の損害賠償請求権を放棄したものとは断定しえない。証人坂田の前記供述は採りえず、他に被告ら抗弁事実を認めるに足りる証拠はない。そうとすると、被告らの抗弁は採りえない。

4  そこで、被告らは、原告に対し、本件崩落により破損した本件自動車の損害金九万九六三一円及びこれに対する本件崩落事故の日の昭和五一年二月二三日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。

八右のとおり、原告の本訴請求は右に認定の限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を適用し、仮執行の宣言は相当でないので却下することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官坂詰幸次郎 裁判官増山宏 裁判官樋口隆明)

別紙<省略>

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