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神戸地方裁判所 昭和52年(ワ)563号 判決 1979年5月14日

原告

阪口武

被告

摩耶ターミナル株式会社

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告

1  被告らは各自、原告に対し、金三一〇万二〇六八円及び内金二八二万二〇六八円に対する昭和五〇年五月一〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言。

二  被告ら

主文同旨。

第二当事者の主張

一  原告(請求原因)

1  事故の発生

原告は、次の交通事故により受傷した。

(一) 日時 昭和五〇年五月九日午前七時五〇分ころ

(二) 場所 神戸市垂水区国鉄垂水駅南側付近道路

(三) 事故車 普通乗用自動車(神戸五五に五二四六号)

右運転者 被告根木忠幸(以下被告根木という)

(四) 態様

(イ) 被告根木は、原告が事故車助手席に乗車しようとして右足を車内に踏み入れ、左足を浮かせて身体を車内に入れようとしたとたん、事故車を急発進させて右折したので、原告はその衝撃により右足を車内に残して右手で事故車前部左ドアの窓枠をつかみ、左足が車外に放り出された状態になつた。(ロ) そこで、原告や周囲の第三者が「危い、止めてくれ」と叫んだが、同被告は被告車を加速のうえ三〇メートル余り走行してから急停車した。

(五) 結果

原告は、本件事故により、全身打撲傷、外傷頸椎症、両眼調節不全等の傷害を受け、その治療のため、舞子台病院に昭和五〇年五月一〇日から同年六月一八日まで通院した後、相原病院に同日より同年七月九日まで通院し翌一〇日から同年一〇月一二日まで同病院に入院し、さらに同病院に翌一三日から昭和五一年九月三〇日まで通院した。またその間、村井眼科医院に昭和五〇年一〇月二九日から昭和五一年三月三一日まで及び同年六月二日から同年九月三〇日まで通院したが、同日頑固な頭痛、頭重感、頸部痛、腰痛、左足内側部の痛み及びしびれ感、眼球機能調節不全等の後遺症を残して症状固定した。

2  責任原因

(一) 被告根木関係

(1) 被告根木は、原告を事故車に同乗させて発進走行するに際し、故意又は重大な過失により本件事故を惹起したものである。

(2) また、被告根木は、本件事故当時事故車を保有し、自己のため運行の用に供していたものである。

(二) 被告摩耶ターミナル株式会社(以下被告会社という)関係

被告会社は、被告根木を従業員として雇用し、同被告に対し同じく被告会社の従業員である原告を事故車に同乗させて出社するよう命じ、被告根木は右命に従い被告会社の業務の執行として原告を事故車に同乗させて発進走行するに際し、前記故意又は重過失により本件事故を惹起したものである。

(三) よつて、被告根木は、民法七〇九条・自賠法三条により被告会社は民法七一五条により、それぞれ本件事故により原告に生じた損害を賠償する責任がある。

3  損害

原告は本件事故によつて次のとおり損害を蒙つた。

(一) 休業損害 金一九五万円

(1) 本件事故前月収一一万七〇〇〇円

(2) 休業期間一六ケ月と二〇日間(昭和五〇年五月一〇日から昭和五一年九月三〇日)

(二) 入院雑費 金三万八〇〇〇円

(1) 一日当り入院雑費四〇〇円

(2) 入院期間九五日

(三) 入通院交通費 金一四万七六八〇円

(四) 後遺症による逸失利益 金一八一万一三〇〇円

(1) 本件事故前月収前記のとおり

(2) 労働能力喪失率一四%

(3) 就労可能年数一二年(症状固定時の原告の年齢満五五歳)

(4) 現価計算は年別ホフマン式(複式)により年五分の割合による中間利息を控除して計算

(五) 慰藉料 金二〇〇万円

(六) 弁護士費用 金二八万円

以上(一)ないし(六)の合計金六二二万六九八〇円

4  損害の填補

原告は、次のとおり本件事故による損害の填補を受けた。

(一) 労災保険 金一一四万八五三二円

(二) 自賠責保険 金一〇四万円

(三) 被告会社からの弁済 金九三万六三八〇円

以上(一)ないし(三)の合計金三一二万四九一二円

5  結論

よつて、原告は、被告ら各自に対し、前記3の合計金六二二万六九八〇円から前記4の合計金三一二万四九一二円を控除した金三一〇万二〇六八円及びうち前記3(六)の金二八万円を除く金二八二万二〇六八円に対する本件事故の翌日である昭和五〇年五月一〇日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告ら(請求原因に対する答弁)

1  請求原因1の(一)ないし(三)の事実は認める。同(四)の事実中(イ)の事実は認めるが(ロ)の事実は否認する。同(五)の事実は否認する。原告は被告会社に対する遺恨から、虚偽の症状ないしは誇大な症状を主張しているものである。

2  同2の(一)の(1)及び(二)の各事実中、被告根木に故意又は重過失があつたとの点は否認し、その余の事実は認める。同(一)の(2)の事実は否認する。同(三)は争う。

3  同3の事実は全部否認する。

第三証拠関係〔略〕

理由

一  事故の発生

1  請求原因1の(一)ないし(三)の事実は当事者間に争いがない。

2  同1の(四)の事実中(イ)の事実は当事者間に争いがなく、右事実に成立に争いのない乙第一ないし第五号証、第七ないし第一〇号証、原告(第一回)及び被告根木各本人尋問の結果によれば被告根木は、事故車の助手席に原告を同乗させて発進するに際し、原告が乗車し終つたかどうか確認を怠り、原告が右足を助手席内に入れたのち左足を浮かせて身体を車内に乗り入れようとしている時に急発進して右折進行したため、その衝撃により原告は転倒を免れんとして、余儀なく、右足を助手席に残し置いて事故車左前部ドアの窓枠を右手で必死につかみながら、車外に放り出された左足を使つて路上を跳躍せざるを得ない状態で引きずられ、同被告に対し停車するよう叫んだところ、同被告はその声ではじめて原告が乗車し終つてないのに気づき、右発進地点から約二〇ないし三〇メートル走行した地点で停車させたこと、右走行中の速度は時速約二〇キロメートルであつたことが認められる。

3  成立に争いのない乙第六、第八、第九、第一一ないし第一七号証、原告(第一回)本人尋問の結果により真正に成立したと認められる甲第二ないし第一七号証並びに原告本人尋問の結果(第一、二回)を総合すると次の事実が認められる。

(一)  原告は本件事故当時大腿部に若干の痛みを感じた程度であつたが、その後肩が凝り、頭部に鈍痛が生じ、肩から頸部にかけてつつぱるような症状が出て来たので、本件事故後四日目の昭和五〇年五月一三日舞子台病院で診療をうけ、全身打撲症、頸椎捻挫症の病名で同年六月一七日までの間一五回同病院に通院して治療をうけた。右病名は原告の主訴する症状と事故内容から付されたもので、原告の右主訴内容は肩凝りや首筋、膝、胸、腰部等の痛みであつたが、打撲症の外部的所見は認められず、レントゲン検査による異常所見も認められなかつた。そして、同病院の担当医師は、原告が本件事故後四日目に来院し、次ぎはその後六日目に来院していることなどを併わせ考えると、原告の右外傷の程度は重傷とはいえないと判断しており、当初その加療期間として一週間を要する旨の診断書を作成し、その後同年五月二四日原告の強い要望により更に加療期間として二週間を要する旨の診断書を作成したことがあるが、それ以上に二か月も三か月もの加療期間を要する旨の診断をしたことはない。

(二)  そして原告は、右舞子台病院での治療後相原病院へ転院し従前同様の症状を訴えて同病院に昭和五〇年六月一八日から同年七月九日までの間八回通院のうえ、翌一〇日から同年一〇月一二日までの間九五日間入院し、更に翌一三日から昭和五一年九月三〇日までの間二六五回通院して治療をうけた(前後通院回数計二七三回)。原告の右症状について同病院でも全身打撲症、外傷性頸椎症の病名が付されたが、それも原告の主訴に係る症状と事故内容から付されたもので、打撲症の外部的所見もなく、レントゲン検査による骨の異常も認められていない。原告の右症状は、右入通院治療にも拘らず消失せず、同病院において、昭和五一年九月三〇日、その症状は固定し、頑固は頭痛、頸部痛、左足内側部疼痛及びしびれ感等の症状を残す旨の後遺症診断がなされた。

(三)  また、原告は、右治療期間中眼機能の不調を訴えるようになり、前記相原病院の紹介により村井眼科医院で昭和五〇年一〇月二九日その診療をうけ、前記各症状と関連した両眼調節不全の診断名を付されて、昭和五一年三月三一日までの間一八回及び同年六月二日から同年九月三〇日までの間一八回同病院に通院して治療をうけた(通院回数計三六回)が、完治せず、同病院において、昭和五一年九月三〇日右症状は固定し、眼機能障害を残す旨の後遺症診断がなされた。

以上のとおり認められ、右認定を覆えすに足る証拠はない。しかして、右認定の症状並びに診療の経過等、ことに、舞子台病院での診断では、原告の外傷の程度は重傷ではなく、二か月も三か月も加療を要するものとはされていないこと、これに前顕乙第一七号証中の同病院の担当医師の「昭和五〇年五月二四日以降原告の自覚症状の訴えは強くなり、通院回数も多くなつたが、右は重傷であるためとは断定できない」「原告の症状のようなむち打ち症には精神的要因が加わつて治療期間に差ができる」旨の供述記載部分を併わせ考えると、原告の前記症状は本件事故に起因するものとはいえ、その遷延、増幅及び後遺症の残存は多分に精神的要因に基づくものと認めるのが相当である。

そして、本件事故は、後記のとおり、被告根木が被告会社の従業員としてその業務を執行のため同様従業員である原告を事故車に同乗させて出社するに際して生じたものであり、前掲各証拠並びに成立に争いのない乙第一八ないし第四七号証(但しいずれも書き込み部分を除く)によれば、原告は被告会社のセールス社員であつて、本件事故後三日目の出勤日である昭和五〇年五月一二日以降前記症状のため休業中、被告会社が本件事故を警察に届出しないようにと云つたり、自己の希望に反し労災事故としての取扱いをせず、本件事故による自己の損害補償につき満足な措置をとらないことなどに非常な不満を抱いて同月二六日退職したもので、爾来前示のとおりその症状の治療をつづけて後遺診断後に至るまで就職稼働していないが、原告は右退職後、頻繁に被告会社に書簡を送りつけて、被告会社の右態度等を種々非難し、遺恨を晴らすことを宣言し、あれこれと多額な損害賠償を要求するなど、過度な遺恨、賠償欲求の執念にとらわれていたこと、そして、原告は右書簡をもつて、自己の腰椎レントゲン撮影の結果異常があつたとか、左足の親指が短かくなつているとかなど自己の症状を誇大に告げ、またその間検察官から本件事故の被害者として取調を受けた際、同様誇大な症状を供述するなどしていることが認められ、この事実に前認定の診療経過等と対比して考えると、原告は前記舞子台病院での治療期間中右退職のころから次第に自覚症状を実際よりも誇張的に主訴して必要以上の診療を受けて来たのではないかとの疑いがもたれるのみならず、前記症状の遷延、増幅、後遺症残存の精神的要因として、前叙の過度の遺恨、賠償欲求等の心因的要素が少なからぬ比重を占めているものと推察される。

しかるところ、以上の諸点を考合すると、前記症状及びその治療のために生じた原告の損害の全てが本件事故と相当因果関係に立つものとは認め難く、前記舞子台病院での最終診療日である昭和五〇年六月一七日までに生じた損害については八〇%を限度として、その後前記相原病院及び村井眼科医院での診療期間中、即ち前記後遺症診断日である昭和五一年九月三〇日までに生じた損害については五〇%を限度として本件事故との相当因果関係を認めるのが相当であり、また、本件事故と相当因果関係に立つ後遺症による原告の労働能力喪失率は一〇%、その喪失期間は二年を限度としてこれを認めるのが相当である。

二  責任原因

1  被告根木の責任

前掲一の2の認定事実によれば、本件事故は、被告根木が原告を事故車の助手席に同乗させて事故車を発進走行するに際し原告が事故車に乗車し終つたことを確認してから発進走行する注意義務があるのに、これを怠り、原告が事故車に乗車せんとしている途中に漫然と事故車を急発進させて走行した過失に因り生じたものであることは明らかであるから、被告根木は民法七〇九条による損害賠償責任がある。

2  被告会社の責任

被告会社は、被告根木を従業員として雇用し、同被告に対し原告を事故車に同乗させて出社するよう命じ、同被告は右命により被告会社の業務執行として原告を事故車に同乗させ発進走行するに際し本件事故を惹起したことは当事者間に争いがなく本件事故は前記のとおり被告根木の過失によるものであるところ、被告会社は被告根木の使用者として民法七一五条による損害賠償責任がある。

三  損害

1  治療関係費

(一)  入院雑費 認容額金一万九〇〇〇円

原告が前記症状のため相原病院に九五日間入院して治療をうけたことは前認定のとおりであり、経験則によればその一日当り入院雑費は少くとも四〇〇円を要するものと認めるのが相当である。そうすると、右入院期間中の雑費合計は三万八〇〇〇円となるが、前説示のとおり、本件事故と相当因果関係に立つ損害としてはうち五〇%に当る一万九〇〇〇円を限度としてこれを認める。

(二)  入通院雑費 認容額金四万一一〇〇円

原告が前記症状のため舞子台病院に一五回通院し、相原病院に一回入院したほかその前後計二七三回通院し、その通院期間中村井眼科医院にも三六回通院したことは前認定のとおりである。しかし、原告が舞子台病院に通院するために交通費を要したことを認めうる証拠はない。そこで相原病院への入通院及び村井眼科医院への通院交通費について検討するに、前顕甲第三ないし第一七号証によれば、原告の住所は神戸市垂水区舞子台八丁目地内であり、右両病院はいずれも同区日向町一丁目地内にあつてその両病院間の相互の距離は近いことが認められ、また前顕乙第二一、第二六ないし第二八、第三三、第三九、第四〇号証(但し、いずれも書き込み部分を除く)及び弁論の全趣旨によれば、原告は右両病院への入通院のためタクシーあるいは国鉄及びバスを利用したことが認められるが、前記症状にかんがみタクシー利用の必要性があつたとは認め難いし他にその必要性を認めうる証拠はなく、なお、原告が村井眼科医院に相原病院への通院日と異る日に通院したことを認めうる証拠もない。従つて、右両病院への入通院のための必要交通費としては、相原病院への入通院回数即ち二七四回の限度で且つその一回当り国鉄及びバス代相当額三〇〇円程度と認めてこれを算定すべく、そうすると、右必要交通費合計は八万二二〇〇円となるが、前説示のとおり、本件事故と相当因果関係に立つ損害としてはうち五〇%に当る四万一一〇〇円の限度でこれを認める。

2  逸失利益

(一)  休業損害 認容金額一〇一万七七七三円

原告は本件事故当時被告会社にセールス社員として稼働していたもので、前記症状により本件事故後三日目である昭和五〇年五月一二日以降休業して同月二六日退職し、引き続き前記後遺症診断日である昭和五一年九月三〇日に至るまで就労稼働していないことは前認定のとおりであり、成立に争いのない甲第一八号証の一ないし三によれば、原告が本件事故前三か月間において被告会社から得た給与所得の平均月額は一一万七三〇〇円であることが認められる。そして、原告の右休業期間中、(イ)前記舞子台病院における最終診療日である昭和五〇年六月一七日までの期間は一か月と六日となり、(ロ)その後前記後遺症診断日である昭和五一年九月三〇日までの期間は一五か月と一三日となるから、原告の右(イ)の期間中の休業損害は一四万〇七六〇円(<省略>)、右(ロ)の期間中の休業損害は一八一万〇三三〇円(<省略>)と算定されるが、前説示のとおり、右(イ)の休業損害についてはうち八〇%に当る一一万二六〇八円の限度で、右(ロ)の休業損害についてはうち五〇%に当る九〇万五一六五円の限度で本件事故と相当因果関係に立つ損害と認める。そうすると、本件事故と相当因果関係に立つ休業損害合計額は一〇一万七七七三円となる。

(二)  後遺症による逸失利益 認容額金二六万二〇一〇円

原告の前記月額給与所得を年額に換算すると一四〇万七六〇〇円となり、本件事故と相当因果関係に立つ後遺症による原告の労働能力喪失率は一〇%、その喪失期間は二年を限度として認めるのが相当であることは前説示のとおりであるから、これらを基礎としてその後遺症による逸失利益の現価を計算する(ホフマン方式により年五分の割合による中間利息控除)と二六万二〇一〇円(1,407,600×10/100×1.8614)となる。

3  慰藉料 認容額金一五〇万円

本件事故の態様、原告の受傷の程度、症状及び治療の経過、後遺症の内容・程度等諸般の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係に立つ原告の精神的苦痛に対する慰藉料としては一五〇万円と認めるのが相当である。

4  以上1ないし3の認容損害額合計は二八三万九八八三円である。

四  損害の填補

原告が本件事故による損害の填補として、労災保険金一一四万八五三二円、自賠責保険金一〇四万円、被告会社からの弁済金九三万六三八〇円、以上合計三一二万四九一二円を受領したことは原告の自認するところである。そうすると、原告は前記認容の損害額について填補を受け終つていることとなる。

五  弁護士費用

原告が本件訴訟の提起、遂行を弁護士に委任したことは記録上明らかであるが、原告は前記認容の損害額についてすでに填補を受け終つているのであるから、右弁護士費用の請求は理由がない。

六  結論

よつて、原告の被告らに対する本訴請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 谷口彰)

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