神戸地方裁判所 昭和52年(ワ)622号 判決
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【判旨】
四正当事由について
そこで、原・被告間の本件建物の必要性、本件賃貸借契約関係に関する諸事情、外部的事情を比較認定し、正当事由の存否について検討する。
(一) 必要性について
<証拠>によると、以下の事実を認定することができ<る。>
1(1) 原告が本件建物の明渡を求めるのは、本件建物を取り壊した上、その跡地に地下一階、地上八階のビルを建築し、本件建物の南側に隣接して昭和四二年八月頃建築した原告所有の地下一階、地上六階のビルと接合させ、一棟のビルとして利用して賃料収入をあげるがためである。
(2) 本件建物は昭和二二年に建築された木造瓦葺二階建事務所で、床面積は一階133.45、二階99.17各平方メートルであつたが、昭和三六年頃増築され、現在それぞれ161.38平方メートル、141.95平方メートルとなつており、被告が本件建物賃借後改造工事をしたこともあつて、雨洩りがあるのではないかと推察される以外、利用上特段の支障は認め難く、到底朽廃にまでは至つていないものの、築後三〇年以上経つていることからしてある程度老朽化していることは推認に難くなく、経済上の耐用年数は既に経過している。
(3) 原告は本件建物敷地を訴外有限会社明治堂松原商店から賃借しており、その地代は昭和五二年にあつては一か月金一四万九八〇〇円であり、公租公課、火災保険、滅価償却費を計上するならば、本件建物の一か月分の賃料金一七万円を超えるものであるからして、本件賃貸借契約を継続することにより日々赤字が発生する状態である。
2(1) 被告は、肩書住所地である被告代表者所有にかかる鉄骨造陸屋根及木造瓦葺四階建店舗兼事務所兼倉庫延732.66平方メートルにおいて、本店店舗を構え、併せて事務所、倉庫として使用しているものである。
(2) 被告は本件建物を賃借する以前、トアーロード沿いに店舗を構えていたが、営業成績が上がらず、原告の勧誘を機に本件建物をステレオセンターと称するオーディオ関連商品の販売店舗として現在に至つているもので、営業成績が上がつているか否か不明であるものの、一〇年間余の営業を通じて相応ののれんを形成し、本件建物を明け渡すことにより、相当の痛手を被むるであろうことは推認に難くない。
(3) 被告は昭和四二年八月本件建物の南側に隣接するビルの二階部分を原告から賃借し、本件建物の二階部分と接合して一つの店舗として利用しており、本件建物を明け渡したならば、右二階部分のみが孤立する結果となり、営業ないしは利用価値が著しく低下することは推認に難くない。
(二) 本件賃貸借契約関係に関する諸事情について
1 契約時の状況
原告(第一回)及び被告代表者本人尋問の結果によると、原告の父と被告代表者餘島嘉吉は親交があり、父亡きあとも原告と右餘島は親交を継続し、本件建物の賃借人であつた訴外富士火災海上保険株式会社が退去したのを機に、原告が右餘島に本件建物の賃貸方を申入れたことにより本件賃貸借契約が成立したことが認められる。ところで、原告は右契約締結に際し、凡そ五年後には本件建物を取り壊し、ビルを新築する計画であつたから、その旨を被告に告げたところ、被告はこれを了解し、その際は本件建物を明け渡す旨合意したと主張し、被告は右合意を否認し、原告(第一回)及び被告代表者各本人はそれぞれの主張に符合する供述をしているところである。<証拠>は本件賃貸借契約の契約書であり、公証人の定型的な賃貸借契約書を利用して作成されたものであるが、第一三条に「貸主は建物の改築又は大修繕の必要上一時立退を要求することあるべく、此場合借主は異議なく之に応じ其補償を要求せざること」と不動文字で印刷された以外、原告主張の約定について具体的記載はない。前示のとおり、原告は昭和四二年八月本件建物の南側に隣接するビルを完成したものであるが、その規模からして、本件賃貸借契約当時右ビルの建築について相当具体的な計画を持つていたであろうことは推認に難くないことからして、その際将来本件建物を取り壊し、その跡地にビルを建築し、南側ビルと一体化して利用するというマスタープランを持つていたとの原告本人の供述は否定すべくもない信ぴよう力があるというべきである。そして甲第一四号証原告本人尋問の結果(第一回)によると、昭和四〇年五月当時の本件建物の適正賃料が一か月金四〇万二〇〇〇円であるのに拘らず、その半額にも満たない賃料で契約されたこと、その後賃料は一度も値上げされていないこと、右賃料額では原告に殆ど利益をもたらすものではなかつたことがそれぞれ認められる事情を併せ考えるならば、原告本人の右供述は信用することができ、右第一三条の約款は単なる例文的なものにとどまらない拘束力があつたというべきであり、右認定に反する被告代表者本人の供述は措信し難い。以上認定の事実を総合すると、原・被告間には、原告が凡そ五年後に本件建物を取り壊し、その跡地にビルを建築する予定であるから、その際被告はなんらの異議なく本件建物を明け渡す旨の合意が成立したと認められる。
2 契約存続中の状況
(1) <証拠>によると、原告は、本件賃貸借契約の更新後である昭和四六年五月頃までに本件建物の取壊新築を決意し、その頃被告の総務部長訴外祐保奎三に対し、その旨を告げて本件建物の明渡方を求めたこと、祐保はこれを被告代表者餘島に伝えたところ、同人は本件建物の明渡を五年間猶予することを祐保を通じて原告に依頼したこと、原告はその頃祐保の要請により、被告のため手形保証をなし、本件賃貸借契約の保証金四〇〇万円を担保に入れることの承諾方を求められたことに照らし、被告の業績が振るわず、本件建物を明け渡し得る経済状態にないと推測し、被告の明渡猶予の依頼を受け入れたが、その際被告から甲第一号証の「証」と題する書面を徴したことがそれぞれ認められ、右認定に反する証人祐保奎三の証言、被告代表者本人尋問の結果は措信し難い。これには、「昭和五一年五月末日をもつて、貴殿が当社の借用している家屋をビルに改築する事に付き当社は異存ありません。念の為、証を差入れます。」と記載されている。被告は右文書の趣旨について、原告のビル改築に協力を約したにすぎず、それ以上に本件建物の明渡を合意したものではない旨主張する。なるほど、右文言には本件建物の明渡義務を明確に定めていないとはいえ、改築には本件建物の明渡が不可欠なものであり、改築協力義務の唯一最大のものは明渡協力義務というべきこと、そして右認定の事実、本件賃貸借契約締結時の合意内容及び原告本人尋問の結果(第一回)を総合考慮するならば、被告は昭和四六年五月原告に対し、本件建物を昭和五一年五月末日までに明け渡すことを合意したものと認定し得るところであり、<証拠判断略>。
被告は右明渡の合意は借家法六条に違反する旨主張する。しかしながら、本件明渡請求は右合意に基づくものではないのみならず、従来から存続する借家契約において、借家人が一定の期限を設定して賃借建物の明渡を合意することは契約締結時とは異なり、借家人が借家法上の権利を享受した上でこれを放棄するものであるから、なんら同法条に違反するものではないと解すべきである。
ところで、原告(第一回)及び被告代表者各本人尋問の結果によると、本件建物取壊新築後のビル一・二階を被告が賃借することは、原・被告共に了解していたこと、右ビルの工事期間は凡そ一年間の予定であつたことが認められる。右事実によると、原・被告間の新築ビル賃貸借の右了解事項が、賃貸借契約もしくはその予約の成立まで認め得るか、或いは将来賃貸借をする旨の条件的なものにとどまるかは問題とはいえ、たとえ後者であつたとしても後示の原・被告の態度を斟酌すると、本件建物の明渡がスムーズに行われる限り、原告が右了解事項に違約する虞れは認め難いというべきである。そうすると、実質的にみれば、被告の本件建物の明渡は、新築ビル工事期間約一年の一時的なものであつたと認められ、右認定に反する証拠はない。
(2) <証拠>によると、以下の事実を認めることができる。
原告は右明渡の合意に基き、被告から昭和五一年五月末日までに本件建物の明渡を受け、翌年春にはビルを完成する計画を立て、同五一年初旬頃には訴外TAC建築設計事務所に新築ビルの設計依頼をし、同年七月頃一応完成するや、新築ビルの一・二階を賃貸する了解のあつた被告代表者に対し、右図面を示して概要を説明し、その意見を徴し被告代表者も右図面に基き、階段位置、エレベーター位置の変更を求めるなどの交渉を持つた。原告は同年九月にはビルの建築工事を訴外兵機建設株式会社に、設備工事を同三洋大阪エンジニアリング株式会社にそれぞれ見積もらせるところまで漕ぎ付けた。ところが、原告は本件建物の明渡は無条件のものである旨、被告は工事期間中の代替店舗移転費用、営業補償を当然求め得る旨それぞれ考え、そのそごが次第次第に明確になるにつれて、それまで極めて友好的であつた両者間の関係は悪化してきた。それでも原告は代替店舗として、本件建物南側ビル一階のガレージ約四三平方メートルを提供したが、被告がこれを拒否し、さらに県庁前のビクター倉庫、三越前付近、元町モータープール、トアーロード付近を代替店舗として提供したが、三越前と元町は確保できず、それ以外は被告が拒否し、被告も荒田町、新開地方面の二か所を捜したが、いずれも不首尾に終つた。原告の本店店舗の一時使用方を申し入れたが、被告の受け入れるところとならなかつた。そこで、原告は明渡費用として金八〇〇万円を提供したが、被告は金二〇〇〇万円を要求して互いに譲らず、遂に前示調停申立に至つたものである。以上の認定に反する証拠はない。
3 外部的事情
<証拠>によると、本件建物は、東西に走る栄町線と南北に走る花隈線の交差する西南隅の角地に位置し、その付近一帯は区画整理事業施工により街区も整然とし、国鉄元町駅から南西約四〇〇メートル神戸港中突堤の北方約五〇〇メートルに位置し、都市計画上商業地域に指定され、商店街も近く、官公庁も至近の距離にあり、一流銀行、会社の営業所が多く集中する中高層のビル街を形成し、商業地域内にあつても事務的商業地域の色彩の強い地区で、日増しに発展を続けている所で、本件建物の北・東側はそれぞれ九階、六階建のビルが建ち、本件建物部分のみ落ち込んでいる状況であることが認められ、右認定に反する証拠はない。
以上認定の諸事情に基いて正当事由の存否を検討する。まず、原・被告それぞれの本件建物の必要性についてみると、原告は本件建物を被告に賃貸することによつて日々赤字が発生しているとはいえ、右赤字解消のためには、賃料の増額をもつて対処すれば足りるのであること、本件建物は未だ到底朽廃にまで至つておらず取壊新築の必要性はさして高いものとは認め難いこと、被告は本件建物でステレオセンターを営み、相応ののれんを形成し、明渡により相当の痛手を被むることなどを考慮するならば、本件建物の必要度は賃借人たる被告の方がはるかに高いものというべきである。しかしながら、本件建物の経済上の耐用年数は経過していること、現に赤字の発生していること、被告にとつて本件建物が唯一の営業場所ではなく、本店に広面積の建物があること、そして本件契約時及び存続中の状況、外部的事情、就中、契約時において本件建物は凡そ五年後に取り壊し、その跡地にビルを新築する予定であるから、その際被告は本件建物を異議なく明け渡す旨約定していたこと、それ故に賃貸借契約存続中一度も賃料の値上げをしなかつたこと、本件建物の明渡を五年間猶予していること、その際明渡を合意していること、被告は建替後のビルの一・二階を原告から賃借することで互いに了解していたから、明渡は実質的にみて約一年間の一時的なものであつたこと、被告はこれを納得した上で設計図面について意見を述べていること、原告は建築期間中の代替店舗の提供に努力したこと、明渡料として金八〇〇万円提供していること、そして本件建物のおかれた地域的状況という公益的要請等を総合考慮するならば、原告の本件賃貸契約解約の正当事由は具備されたものと解すべきである。
(渡部雄策)