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神戸地方裁判所 昭和52年(ワ)63号 判決 1980年3月31日

原告 周佳麗

<ほか二名>

右三名訴訟代理人弁護士 川上忠徳

同 川上博子

被告 周名正

右訴訟代理人弁護士 吉本範彦

同 赤松範夫

同 土屋宏

主文

被告は原告らに対し、別紙物件目録記載の土地につき、真正な登記名義の回復を原因とする各持分一〇分の一の所有権(持分権)移転登記手続をせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

(原告ら)

主文同旨

(被告)

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

(請求原因)

一  別紙物件目録記載の土地(以下、本件土地という。)は、原告ら及び被告の父周盈が昭和二七年に前主から買受けてその所有権を取得した。

二  右盈は昭和三二年一月二八日死亡したが、右当時同人には妻兪小香及び同人との間に原告ら、被告の外周美麗、周燕麗、周淑麗、周妙麗、周秀麗の子があった。

三  盈は中国人であるところ、同人が死亡した昭和三二年当時日本国政府は中華民国(台湾政府)を中国の政府として承認していたから、同人の相続についてはその本国法たる中華民国民法が適用されるものである。

ところで中華民国民法によれば、一一三八条一号において直系血族たる卑属が第一順位の相続人である旨の規定があり、さらに一一四四条一号において、配偶者は一一三八条一号の第一順位の相続人とは共同で相続し、その相続分は各相続人等均等である旨の規定がある。

したがって、原告ら及び被告は、いずれも本件土地について一〇分の一宛の持分を相続により取得したものである。

四  被告は、右のとおり本件土地につき一〇分の一の持分を取得したに過ぎないにかかわらず、あたかも本件土地を単独相続したかのごとく装い、虚偽の登記手続をなし、神戸地方法務局昭和四七年九月二一日受付第七四四六号をもって相続を原因とする所有権移転登記を経由した。

五  よって、原告らは被告に対し、各持分権に基き、真正な登記名義の回復を原因とする持分権(所有権)移転登記手続を求める。

(認否)

盈を被相続人とする相続について、中華民国民法を適用すべきであるとの主張を争い、その余の請求原因事実は認める。

盈死亡当時の日本国政府が政府承認をしていたのは中華民国政府であったが、その後中華人民共和国政府を承認するに至ったから、被相続人の本国法は中華人民共和国の法と解する余地がある。

仮に、盈の本国を中華人民共和国とすると、同国は現在統一法典を有さず、個々の人民会議段階での各種決議を総合して判断する外ないのが実情であり、本国法が分別ならざる場合として、裁判地法、被相続人最後の住所地法、係争財産所在地法である日本法を適用すべきである。

また、在外華僑については、その居住国の法律に従うべきである旨の定めがあることが一種の反致の規定と解する説によっても、やはり日本法を適用すべきこととなる。

この場合の原告らの法定相続分は妻たる兪小香のそれが三分の一であるため、各二七分の二となる。

(抗弁)

一  被相続人である盈は、大正初めころ来日し、それ以後洋服業を営んできたが、昭和二二年本件土地上の建物を買受けて、これを自己の洋服店の営業を継承させるべき唯一の男の子である被告に贈与し、被告名義で所有権移転登記を受けたところ、多額の贈与税の課税を受けた。

盈は、昭和二七年借地であった本件土地を購入した際、これを被告に贈与したものであるが、贈与税を免れるため、一旦盈の名義で所有権移転登記を受け、被告に対し、五年後の昭和三二年ころに被告名義に所有権移転登記をする旨約していたものである。

二  被告は、昭和三〇年に盈が病床に臥せるや、在学中の関西大学を中退して、父の洋服業を継ぎ、一家の生計を支え、原告ら兄弟姉妹が困窮すると跡取り息子であることから自ら借財までしてきてこれを救ってきたのであり、原告らは特に被告の恩義を受けていながら、被告に対し本件土地の持分権を主張することは、権利の濫用として許されないものというべきである。

三  仮に、中華民国民法の適用を受ける場合には、同法一一四六条二項には、相続権回復請求権は、その侵害を知ったときから二年間権利を行使しないとき、及び相続開始のときから一〇年間経過したときは消滅する旨の規定があり、中華民国法廷においては、右規定は狭義の相続回復請求権のみでなく、本件の如く相続人中の一人の単独相続となっている場合等の、相続財産分割請求の場合においても適用されている。

よって、原告は右消滅時効の利益を援用する。

(認否)

盈が被告に本件土地を贈与したことは否認し、権利濫用及び消滅時効の主張は争う。

原告らは、本件土地の持分権を主張しているのであって、相続回復請求を主張しているわけではない。

第三証拠《省略》

理由

一  盈が昭和二七年本件土地を買受けその所有権を取得したこと、同人は昭和三二年一月二八日死亡したが、その当時盈には、妻兪小香が居り、その間に原告ら、被告及び外五名の子供が居たこと、本件土地の登記簿上盈から被告への相続を原因とする所有権移転登記が経由されていることについては、当事者間に争いがない。

二  被告は、盈が本件土地を取得すると同時に被告にこれを贈与した旨主張し、証人周燕麗の証言、被告本人尋問の結果中にはこれに沿う部分が見られるが、周燕麗の右証言部分は事後において被告から聞いた事項を述べたにすぎず、被告本人の右供述部分は後記事実に照らして俄かに採用できず、他に被告の右主張事実を認めるに足る証拠はない。

《証拠省略》によると

1  盈は本件土地を買受けて自己名義で登記していること

2  盈は、昭和二三年に被告名義で本件土地上の建物を買受けこれを利用して洋服業を営み、周一家の生活を支えてきたもので、右の状態は盈の本件土地取得の前後を通じて何ら変更がなかったこと

3  盈は、子供である周燕麗に本件土地を被告に贈与した旨を直接明かしたことがないこと

4  盈は、昭和三〇年ころ病臥し、被告が在学中の大学を中退して洋服業を継ぐことになったにかかわらず、昭和三二年一月二八日死亡するまでの間に、被告への所有権移転登記を経由していないばかりか、被告への贈与を裏付ける何らの書面も残していないこと

5  被告は、盈死亡後も贈与の事実を原告らに告げたことはなく、盈死亡後一五年を経て、中華民国駐大阪総領事館から自己が単独の相続人である旨の証明を受け得ないことを知りながら、これと極めてまぎらわしい証明書の発付を得、これを利用して本件土地の所有権移転登記手続に及んだこと

が認められ、これらの事実に照らすと、被告主張の贈与の事実の存在は、極めて疑わしいものといわざるを得ない。

三  盈から被告への贈与が認められない以上、本件土地は盈の遺産ということになるので、その準拠法について検討する。

《証拠省略》によると、盈は、中国人であって本籍を淅江省に有する者ではあるが、明治末頃に日本に入国し、以来昭和三二年に死亡するまで日本に在住しており、戦後においては、中華民国政府の保護を受け得る地位を保有していたことが認められ右認定に反する証拠はない。また、盈の死亡した昭和三二年当時日本政府は中華民国政府を中国の政府として承認していたこと、日中共同声明後においても台湾においては中華民国政府下に、依然として独自の法体系が存在しこれが妥当していることは公知の事実であるから、被相続人盈の相続については中華民国民法がその本国法として適用されると解すべきである。

四  ところで、《証拠省略》によれば、中華民国民法には相続に関し原告ら主張の趣旨の規定が存在し、結局盈の相続人は、妻兪小香と原告ら、被告を含む子であって、これらの法定相続分は各一〇分の一である。

被告は、中華民国民法には相続回復請求権の規定が存し、かつ現実に存在する中華民国政府下において右規定の解釈上本件の如き場合も相続回復請求と解されている旨主張するので判断するに被告主張の規定が存することは《証拠省略》により認めることができるが、その余の点については何らの立証がないばかりか、前認定のとおり被告は原告らの他の共同相続人のあることを知りながら、自己が単独で相続した旨主張して本件土地の所有権移転登記に及んだものであるから、このような場合には右消滅時効の規定の適用はないものと解するのが相当である。

五  被告は、盈の病臥した昭和三〇年以降、盈の跡取りであるとの理由で借財までして原告らを援助してきたのに、現在に及んで相続分を主張するのに権利の濫用である旨主張し、《証拠省略》によれば、被告が、原告佳麗の夫買風池に金銭を貸したことがあること、原告雪麗、原告紫麗の結婚に際し持参金や披露宴の費用を負担したことが認められるが、右事実が存するからといって原告らの本訴請求が権利濫用となるものではない。

六  以上のとおりであってみれば、原告らの本訴各請求はいずれも正当であるから認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 森脇勝)

<以下省略>

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