大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

神戸地方裁判所 昭和53年(わ)1415号 判決 1981年10月12日

裁判所書記官

坂東利一

本籍

神戸市中央区栄町通六丁目三八番地の二

住居

兵庫県尼崎市七松町一丁目一〇番一四号

店員

橋本利雄

昭和八年一〇月二四日生

右の者に対する所得税法違反被告事件につき当裁判所は検察官谷宜憲出席のうえ審理を遂げ、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役一年六月及び罰金三〇〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金一〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

この裁判の確定した日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、兵庫県尼崎市七松町一丁目一〇番一四号に居住し、同市浜田町三丁目一九番一号に事務所を置く、米糠販売業橋本商店の従業員であるとともに、営利の目的で継続して小豆等の商品先物取引を行っていたものであるが、所得税を免れようと企て、昭和五〇年分の総所得金額の殆どが右取引の清算益金及び委託手数料の割戻金で、その合計は、三億一八五五万九四七三円、これに対する所得税額は、二億二四二四万八六〇〇円であるのにかかわらず、須々庄株式会社ほか一社に対し、右取引を委託するに際し、被告人の実名と他の架空名義とを併用して行ない、右清算益金等は、架空名義等の商品先物取引口座の委託証拠金等に差し入れ、あるいは架空名義で預金し、更に被告人を含む親族五名において右取引の清算益金を均等に分配したように仮装して所得を秘匿した上、同五一年三月一五日、同市西難波町一丁目八番一号所在所轄尼崎税務署において、同署長に対し、所得金額が二〇〇一万六六四〇円、これに対する所得税額が七〇二万六二〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって不正の行為により所得税二億一七二二万二四〇〇円を免れたものである。

(証拠の標目)

一  証人橋本隆三、同橋本房雄、同橋本勇、同橋本雄三郎、同石井康弘、同藤波庄次郎及び同植田通治の当公判廷における各供述

一  所得税確定申告書謄本五通(いずれも昭和五一年三月一五日受付のもの)

一  検察事務官作成の昭和五三年一二月五日付電話聴取書

一  大蔵事務官作成の脱税額計算書説明資料

一  大蔵事務官作成の脱税額計算書説明資料付表

一  大蔵事務官作成の昭和五一年九月二〇日付、一一月六日付、一一月二九日付(三通)、同五三年一二月二〇日付、同五一年九月一〇日付、一一月二六日付(二通)及び一一月二五日付査察官調査書

一  尼崎市長作成の固定資産評価額証明書

一  福井正章の大蔵事務官に対する質問てん末書二通

一  被告人の大蔵事務官に対する質問てん末書一二通

一  被告人の大蔵事務官に対する供述調書六通

一  被告人の当公判廷における供述

一  押収にかかる委託者別先物取引勘定元帳等一綴(昭和五五年押第三四九号の1)、委託者念書綴一綴

(同号の2)、橋本グループ及び会社現物関係書類一式一綴(同号の3)、委託者別先物取引勘定帳一綴(同号の4)、委託者別委託証拠金現在高帳一綴(同号の5)、昭和五〇年度給料台帳一冊(同号の6)及び所得税申告関係書類一綴(同号の7)

(争点に対する判断)

一  事業所得に当るかどうかについて、

一般顧客の差金決済による利益を目的とする商品先物取引が「対価を得て継続的に行う事業」に該当するかどうかは、当該取引の回数、数量、金額、過去の実績その他の諸事情により社会通念に照らして客観的に決すべきであるが、これを本件についてみると、前掲証拠によれば、被告人は昭和三五年ころから商品取引を始め、同四九年ころから大商いを行っていること、同五〇年度における須々庄株式会社及び丸五商事株式会社との取引回数は一一九九回、取引枚数は三万九二四枚、売買益は約二億六〇〇〇万円という大量かつ継続的なものであること、右取引は、殆ど被告人の事務所或いは出張先への密接な電話連絡によってなされていること、被告人は相場に関する各種情報収集のため直接現地へ赴き小豆の作付及び消費状況を調査したり、全国各地で情報屋と会って相場情報を買っていること等の状況が認められ、これらの状況からすれば、被告人の本件商品取引は「対価を得て継続的に行う事業」の性格を有しているものとみるのが相当であり、被告人の右取引による利益はまさに事業所得というべきである。

なお、弁護人は、税務当局は被告人の昭和五一年度、同五二年度の商品取引は事業でないとの見解を採りながら、同五〇年度のそれを事業として認定するのは納得できない旨主張するが、五〇年度の商品取引については、前記認定のような客観的諸状況から取引益を事業所得と認めたものであるから、五一年度、五二年度の取引損が雑損として処理されたからといって、五〇年度の取引益を一時所得というのは不当である。

二  所得の帰属について、

本件商品取引が被告人を含む被告人の実父橋本雄三郎、実弟橋本隆三、同橋本房雄及び同橋本勇ら親族五名の共同事業であったかどうかについて検討するに、前掲証拠によれば、被告人から本件商品取引に関し前記実弟らに対し「一口乗らんか」といって誘いかけ、実父名義の当座預金や実弟らの預金から出金されている事実はあるが、右預貯金の利用について被告人と同人らとの間に明確な取決め(口座、銘柄及び売買に関し)がなされておらず、売買金額の値ぎめ、建玉の決済、利益金の管理運用等はすべて被告人が独断で行なっているばかりか、損益分配の取決めも全くなされていないこと、商品取引仲買人の要求で差入れたいわゆる念書も、被告人が実父ら名義人の了解を得ずに作成したものであること、被告人は商品取引によって得た利益を一方的に五等分して実父らの確定申告を行ない、その算出方法等につき同人らに対しなんら相談していないこと及び実父らは出資した財産の運用状況について全く関心を持っていなかったことが認められ、これらの状況からすれば、本件商品取引は、被告人ら親族の共同取引としての実態は全く備えておらず、被告人が親兄弟から資金を集めて行なった被告人の単独事業と認めざるを得ない。

三  一二月分の委託手数料戻りについて、

被告人が昭和五〇年一二月中に割戻しを受けるべき委託手数料(須々庄分二〇四二万三八〇〇円、丸五分三八四万四〇〇〇円)を翌五一年一月に受領したことは認められるが、右委託手数料割戻しの約定が商品取引所法九七条に違反し、かつ民法九〇条に違反する無効な行為であるとしても、前掲証拠によれば、須々庄及び丸五においては、従前から商慣習として大口の委託者に一定率の委託手数料を毎月二六日ころ割戻してきたものであり、被告人も昭和五〇年一一月分までの手数料約四三〇〇万円余りを受取っていること、右一二月分の手数料も二六日ごろ被告人に支払われる状況にあり、須々庄らにおいてその支払を拒むような事情は全くなかったこと、現に須々庄からの手数料の支払は被告人の要望によって昭和五一年一月になされていることが認められる。従って、被告人としては右手数料を現実に支配、管理し、いつでも自由に処分し得る状況にあったのであるから、現行法が期間内の純資産の増加を所得とする立場に立ってている以上期間内に純資産又は経済的利得が認められる本件においては、右十二月分の委託手数料は課税対象たる所得といわざるを得ない。

四  原資金約二八〇〇万円の控除の可否について、

被告人が本件商品取引を始めるに当り、委託証拠金として約二八〇〇万円を支出したことは認められるが、原資は元手であり、仲買人に対する債権として被告人の資産の一部に属するものであるところ、被告人は昭和五一年度においても右証拠金を手段として取引を継続しているのであるから、同五〇年度における取引損に計上するのは失当である。

(法令の適用)

昭和五六年法律五四号附則五条により同法律による改正前の所得税法二三八条一項(懲役と罰金を併科)、二項、刑法一八条、二五条一項、刑事訴訟法一八一条一項本文

(裁判官 荒石利雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例