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神戸地方裁判所 昭和53年(モ)2117号

原告(申立人)らと被告間の頭書訴訟事件〔昭52(ワ)一一二二号、同53(ワ)八三一号各損害賠償請求(併合)事件―編注〕について原告(申立人)らから相手方に対する文書提出命令の申立があったので、当裁判所は相手方に審尋の機会を与えたうえ次のとおり決定する。

主文

相手方は当裁判所に別紙文書目録(二)記載の各文書を提出せよ。

原告(申立人)岡本八を除くその余の原告(申立人)らのその余の各申立部分を却下する。

理由

第一、原告(申立人)らの申立の趣旨及び理由

原告(申立人)(以下単に原告という)らは別紙文書目録(一)記載の各文書(以下本件各申立文書という)を提出せよとの文書提出命令を求めた。その申立の理由は別紙文書提出の申立書及び文書提出の申立補充書並びに文書提出の申立再補充書記載のとおりである。

第二、相手方の意見

別紙審尋に対する意見についてと題する書面のとおりである。

第三、被告の意見

別紙文書提出命令の申立に対する意見書記載のとおりである。

第四、当裁判所の判断

一、記録によれば、原告らの本件各申立文書中別紙文書目録(二)記載の各文書(以下本件各所持文書という)については相手方がこれを所持していることが認められるが、その余の各文書については相手方がこれを所持していないことが認められる。したがって、原告岡本八を除くその余の原告らの本件各申立中本件各所持文書以外の各文書の提出を求める部分は、その余の点を判断するまでもなく失当であるから却下すべきである。

二、そこで、本件各所持文書に関し相手方に提出義務があるかどうかにつき以下判断する。

1、記録によれば次の事実が認められる。

(一) 本件訴訟は、原告ら(但し、原告渡はまについては、その被相続人である訴外渡利男について、以下同じ。)が、被告あるいはその下請会社との雇用契約により、被告の事業所(神戸造船所)である騒音職場において、被告の指揮監督下にそれぞれ長期間労働に従事中、聴力障害、すなわち、職業性難聴に罹患したものであるとし、原告らの右聴力障害は、被告において原告らを右労働に従事させるに当り、その身体、健康等に危害を及ぼさないよう配慮すべき所謂安全配慮義務があるにもかかわらず、これを怠り、騒音による難聴防止措置をとらなかった過失により生じたものであるとして、原告らより被告に対し、民法四一五条及び七〇九条により、右障害に基づく損害賠償を請求する事案であるが、被告は、原告らがそれぞれ一定期間被告の右事業所で勤務していたことを認めるほかは、その騒音被曝歴の内容等、難聴の業務起因性、安全配慮義務違反等原告ら主張事実をほぼ全面的に争っていること、

(二) ところで、本訴堤起前、原告らは相手方に対し、前記職業性難聴を事由として労働者災害補償保険障害給付(以下単に労災保険給付という)の請求をしたところ、相手方は原告図師、同森、同西の三名に対しては労災保険給付の不支給決定、その余の原告らに対しては労災保険給付支給決定の各行政処分(以下本件各処分という)をなし、原告らに対しその旨それぞれ書面をもって通知したこと、なお原告渡はまは訴外渡利男の相続人であること、

(三) そして、本件各所持文書は、本件各処分の手続過程において作成された文書であって、右各文書中、<1>請求書は当該原告らが相手方に対し労災保険法一二条の八第二項により同法施行規則一四条の二の所定事項を記載して労災保険給付を求める文書であり、<2>症状についての診断書、<3>調査復命書、<4>所属事業所の回答書、<5>聴取書、<6>作業現場の調査内容は、いずれも相手方が当該原告らに対する本件各処分をするために、労災保険法四七条の二、四六条、四七条、四八条、同法施行規則五一条の二等により収集作成した文書であるが、うち右<2>は当該原告らの難聴の有無程度について診断結果を記載した医師作成の文書、右<3>は当該原告らに対する本件各処分の前提事実につき調査結果を記載した相手方所属公務員作成の文書、右<4>は当該原告らの職歴、職場環境等についての所属事業所の回答を記載した文書、右<5>は当該原告らの職歴等を聴取した結果を記載した文書、右<6>は当該原告らの所属作業場の実地調査結果を記載した相手方所属公務員作成の文書であり、なお、<7>申出書は当該原告らが前記労災保険給付に関する事実について記載作成し相手方に提出した文書であること、

以上のとおり認められる。したがって、本件各所持文書はその性質及び記載内容に徴し本件訴訟の争点に関する重要な証拠方法であり、その立証のために必要なものということができる。

2、次に、本件各所持文書が民訴法三一二条三号前段の「挙証者の利益のために作成された文書」に該当するかどうかの判断は暫く措いて、まず同号後段の「挙証者と文書の所持者との間の法律関係につき作成された文書」に該るかどうかにつき判断する。

(一) 民訴法三一二条の規定は、訴訟における真実発見の要請に基づくものであるが、他面文書の所持者に対しその提出義務を課することによる不利益をもたらす虞があることにかんがみ、その提出義務の範囲を画したものと考えられる。したがって、同条三号後段にいう「文書が挙証者と所持者との法律関係につき作成されたとき」とは右立法趣旨をも考慮しつつ次のとおり合目的に解釈するのが相当である。

すなわち、右後段にいう「文書が挙証者と所持者との法律関係につき作成されたとき」の「法律関係につき作成された文書」とは、挙証者と文書の所持者との間に直接生じた法律関係を記載した文書のみならず、挙証者以外の者と文書の所持者との間に直接生じた法律関係につき挙証者がその者の地位を、相続等により承継した場合における被承継者と文書の所持者との間に直接生じた法律関係を記載した文書をも包含するものであり、契約書や行政処分の決定書などのように、挙証者と文書の所持者との間の法律関係自体を記載した文書にとどまらず、その法律関係に関係しその前提となる事実を記載した文書をも包含するものであるが、専ら意見や評価のみを記載した文書はこれに該当せず、右の如き事実記載の文書が所持者又は挙証者若しくは第三者が単独で作成したか、共同で作成したかは問わないものというべきであって、いずれにしても右法律関係の形成のために収集作成されたものであることを要するものと解するのが相当である。したがって、挙証者(又はその被承継者)と文書の所持者との間の法律関係自体を記載した文書は勿論のこと、その法律関係に関係しその前提となる事実が記載され且つその法律関係の形成のために収集作成された文書と認められる限り、民訴法三一二条三号後段に該当する文書というべきである。右のような文書である以上文書が挙証者(又はその被承継者)以外の者から収集されたものであるとか、また、行政処分の適正手続のため、文書の作成が法令上予定されているものであるかぎり、内部的自己使用の目的で作成されたものであるということは、民訴法三一二条後段の文書の該当性を否定し得ないと解すべきである。もっとも、当該文書の提出によって、訴訟における真実発見の要請に優るような所持者自身又は他者のプライバシー、企業秘密等の私的利益、あるいは公共又は国家の利益を害する等特段の事情の認められる場合においては、その文書の提出を拒み得るものと解すべきである。

(二) そこで、これを本件についてみるに、原告らと相手方の間には、本件各処分により、それぞれ労災保険給付の受給権の有無についての法律関係が生じ(なお、原告渡はまについては被相続人である訴外渡利男と相手方の間に直接右の法律関係が生じた)、現に存するものであるところ、本件各所持文書は、前記認定のとおり、その性質及び記載事項等から考えて、右法律関係に関係し、その前提事実が記載されたものであって、単なる意見や評価のみを記載した文書ではなく、しかも右法律関係の形成のために収集作成された文書と認めるのが相当であるから、本件各所持文書は、いずれも民訴法三一二条三号後段の文書に該当するというべきである。

(三) 相手方は、本件各所持文書中<1>請求書及び<7>申出書については提出できるが、その余の各文書は提出できないとしその理由として、右提出不可文書は行政上の必要から診療機関、事業場より提出を求めたものであり、又は内部的に自己使用の目的で調査内容の復命を求めた文書であるから民訴法三一二条三号後段の文書ではない旨を主張し、被告も同様に主張する。しかし、右提出不可文書が挙証者(又はその被承継者)以外の者から収集されたものであるかどうかということは右後段の文書の該当性を否定できないものであり、また、右文書が労災保険給付支給決定の適正手続のため法令上作成が予定されたものであることは文書の性質上明らかであるから、右文書が内部的自己使用の目的で作成されたものであるかどうかということも、右後段の文書の該当性を否定できないことは前説示のとおりである。そして、右提出不可文書中には原告らの症状、職歴等のほかプライバシーに関する事項も記載されていることが窺われるけれども、原告らが自らその文書の提出を求めている以上、右事項が公開されることは原告の容認するところであり、また、右各文書中には本件訴訟における真実発見の要請に優るような被告や第三者の企業秘密等重要な利害に関する事実が記載されていることを窺うに足りる資料もない。いわんや、右各文書につき、その公開が法律によって禁止されている訳ではなく、これを公開することによって公共ないし国家の利益が特に侵害されるような事項が右文書に記載されているものとも考え難い。そもそも、労災保険制度は労働者の福祉を目的とし、労災保険給付の支給、不支給に関する行政処分は、本来、労働者のために公正、明朗な手続で行なわれるべきものであって、その処分の手続過程において収集作成される文書は、処分をするための資料となるばかりでなく、右処分をなすための手続が適正公平になされることを担保するために法令上収集作成することが予定されているものとみるべきものであるから、労災保険給付請求者が右処分に関し不服申立をしたり、あるいは行政訴訟を提起するに際しては、右決定の当否を判断する資料として右請求者のために公開利用されることも十分ありうるものと考えられるのであって、本件提出不可文書は、公務上秘密事項を記載した文書であるとは、ただちに、いえないばかりでなく、単に相手方の、もっぱら内部的自己使用の目的のためにのみ収集作成された文書であるともいい難い。

また、相手方は、本件提出不可文書を提出できない理由として、行政上の必要から所持している文書が公開されることになると将来において広く労使双方からの積極的な協力が得られず行政運営上困難な事態が生ずる旨主張するが、本件においては、労働者側である原告ら自ら右提出不可文書の提出を求めるものであり、また、右文書には本件訴訟における真実発見の要請に優る使用者側である被告や第三者の企業秘密等重要な利害に関する事項が記載されていることを窺うに足る資料のないことも前記のとおりであって、右文書提出によって行政運営上多少の不都合があり得るとしても、その一事をもって右文書の提出を拒み得る事由とはなし得ない。

さらに、相手方は、本件提出不可文書を提出できない理由として国家公務員としての守秘義務がある旨主張するが民訴法二七二条の公務員の職務上の秘密とは、職務上知り得た事項で、これを公表することが公益を害するような性質のものをさすところ、右文書の記載事項が公務員の職務上の秘密に属するものとはいえないことは、既述したところから明らかである。

3、そうすると、本件各所持文書は民訴法三一二条三号後段に該当する文書であって、相手方においてその提出を拒みうる特段の事情も認められないから、本件各所持文書が同号前段の文書に該当するかどうかの判断をするまでもなく、相手方は本件各所持文書を当裁判所に提出すべき義務がある。

三、よって、原告らの本件各申立は、原告岡本八の申立につき全部理由があるのでこれを認容し、その余の原告らの各申立につき、本件各所持文書中当該各原告関係分の文書の提出命令を求める範囲で理由があるのでその限度でこれを認容し、各その余の申立部分は理由がないのでこれを却下することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 阪井昱朗 裁判官 谷口彰 裁判官 高野伸 裁判官高野伸は東京地方裁判所裁判官職務代行を命ぜられて出張中のため押印をすることができない。裁判長裁判官 阪井昱朗)

別紙一 文書提出の申立書

一、文書の表示

別紙文書目録(一)記載のとおり。

二、文書の所持者

相手方

三、文書の趣旨

右各文書は、各原告につき相手方が、労働災害補償保険の障害補償給付の支給決定あるいは同不支給決定をなすために、収集あるいは作成させた資料であり、右決定の根拠資料である。

四、証すべき事実

被告は、原告らが原告主張の強烈な騒音がばくろされ職業性難聴に罹患したことを否認しているが、原告らは右の事実の各立証にあてるため本申立をなしたのである。

五、文書提出義務の原因

相手方は、右各文書を民事訴訟法第三一二条三号前段、後段により提出する義務がある。

文書提出の申立補充書

一 本件申立文書について

労働者がその就業中または、事業場もしくは、事業の附属建築物内で負傷したり、あるいは疾病にかかり、または死亡した場合、労働者やその遺族が労災保険の給付を受けられることになっている。しかし、負傷、疾病罹患、死亡によって自動的に労災保険給付がされるわけでなく、所轄の労働基準監督署長に対して、労災保険給付の請求をすることが必要である。(労災保険法一二条の八、二項)そして請求を受けた所轄労働基準監督署長は、その死傷病が、業務上のものであり労災保険の給付をしなければならないのか否かにつき、労働者、使用者から、あるいは自ら資料を収集し、また医師等専門家の意見を求めるなど調査を行い、業務上であり労災保険給付をしなければならないのか否かを判定する。本件で、原告らが相手方に提出を求める文書は、相手方が原告らの難聴罹患についての右判定のために収集したり、あるいは作成したものである。

さて、労災保険給付の請求に対し、所轄労働基準監督署長が業務外であり労災保険給付をしないと判定した場合、その判定に不服のある労働者やその遺族は、労働保険審査官さらに労働保険審査会に申立て、審査を求めることができるが、その審査には前述の労働基準監督署長が業務上・外の判定に際し、収集あるいは作成した資料が「原処分庁の資料」として提出され、審査の資料に供され、不服申立の労働者やその遺族に対しても審査の判定の際には交付されるところのものである。

二 本件申立文書は、民事訴訟法三一二条三号前段、後段の文書である。

1 本件申立文書は、原告ら騒音性難聴罹患者に対し、その疾病が業務上として労災保険給付を受給するか業務外として、右給付をしないかの判定資料であり、業務上とされた場合については、原告らの労災保険給付受給権の確定を明らかにし、難聴の業務起因性を明らかにするものであるし、また業務外とされた場合でも、その判定の是非を労働保険審査官および労働保険審査会で争い、労災保険給付の権利を明らかにするために必要なものであり、裁判においても、疾病が業務上のものであることを明らかにするために必要なものであり、いずれにしても、原告らの難聴の業務起因性の挙証者の利益のため作成された文書であることは明らかである。これについて、相手方から、右文書は、監督署長がその労災保険業務を行う必要から作成した文書であり、原告ら労災保険給付請求者の利益のため作成されたものでないという反論があるかもしれない。しかしながら、「挙証者の利益のため作成された」文書とは、「……挙証者のみの利益のために作成されたことに限られるものではなく、挙証者と所持者その他の者の共同の利益のために作成されたものはもちろん、間接に挙証者の利益を含むものであってもよいと解すべき」であり、「……診療録は……当該患者と医者の利益のためのみではなく、その記載内容自体……から製薬会社の法的地位もあきらかにするものとしてその目的からして間接的ではあるけれどもきわめて密着した製薬会社の利益をも含む趣旨……」なのである(福岡高決昭和五二・七・一三、判タ三五一号二四九頁、同旨大高決昭和五三・六・二一、判タ三六四―一七五)から、本件文書が原告らの利益のため作成されたものであることは否めないところである。

2 本件申立文書は、原告らと、相手方間において労災保険給付請求権の有無について作成されたものであるから、「挙証者と文書の所持者の間の法律関係につき作成せられたる」文書であることは全く疑問の余地がない。すでに先例として、「判取帳」(大判昭和七・一〇・二四民集一一―一九一二)「土地の売買契約の売主から受けとった印鑑証明書」(仙高決昭和三一・一一・二九、下民集七―一一―三四六〇)を法律関係につき作成されたもの、「教科書検定処分について作成される教科書調査官の意見書・評定書・教科書用図書検定調査審議会の議事録・答申など」につき挙証者と文書の所持者との間に成立する法律関係それ自体を記載した文書だけではなく、その法律関係の生成の過程において作成されるごとき、文書は、「法律関係につき作成された文書」にあたる(東地決昭和四三・九・二七、判タ二二六・二二三)とするもの、さらに「文書が、挙証者と文書の所持者との間の法律関係にもとづき作成された文書である必要はなく、文書記載の事項が挙証者と文書の法律関係に関連があれば足りる……」(浦和地決昭和四七・一・二七判時六五五―一一、同旨福岡高決昭和四八・二・一、判タ二九八―二四三、東高決昭和五〇・八・七、判時七九六―五八)とするものがあり、これら判例で示される文書の意味からも本件申立文書が、原告らと相手方間の法律関係につき作成された文書であることは明らかである。

相手方は、これまで本件申立文書につき、公務員の職務上の秘密をたてに提出を拒んできた。また、本件申立文書が労働行政の内部的自己使用のためのものであり、挙証者と文書所持者の間の法律関係につき作成されたものでないという主張も予想される。

しかし、これらの主張は全く理由にならない。本件申立文書は、前述のとおり、労働基準監督署長の判定に対する不服・審査の際審理の対象となり、労働者やその遺族も了知しうるものであり職務上の秘密云々を主張するすじあいのものでない。だから仮に、労働行政内部の事務処理上必要な文書としての性格を有していてもそれにとどまらないのはいうまでもないことである。本件申立文書は、不服審査に際しては、労働基準監督署長の判定の適否の審査に関し、公正を保障するのに役立つものであり文書が開示される内で、審査にあたった公務員の意見がおのずから知られることがあってもそれは、担当者としても所管管庁としても当然是認すべきことであり、それがなされても、何ら国家の利益や公共の福祉に反することはない。(同旨東高決昭和四四・一〇・一五下民集二〇―九=一〇―七四九判時五七三―二一)さらに、言えば、労働行政の目的は労働者の保護である。その労働者が救済を求め、自らの労災保険の業務上・外についての文書の提出を求めるならば、それに最大限協力をおしまないのが、労働行政の目的に合致するところであり、しかも労働基準監督署長の調査の対象となった労働者が提出を求める以上、「職務上の秘密」なるものの存在の余地は全く存在しないことは言うまでもなく、これまで提出を拒んできた相手方の措置は、きわめて不当なものであることが明らかである。

三 相手方は積極的に本件申立文書の提出に応じなければならない。

相手方は、一般私人の場合と異り、公益のために行動する公的機関として裁判所から求められる司法事務については最大限協力し、訴訟における真実発見に資するよう協力すべき立場にある。(同旨東地判昭和五〇・二・一四判時七八九―六一)

そして実際、これまで全国で年間数十人しかなされて来なかった騒音性難聴の労災保険支給について、昭和五二年には、相手方管内の被告神戸造船所関係の従業員だけで実に三百人を越す騒音性難聴の労災保険給付がなされることになった。このことは、これまでいかに相手方をはじめ、労働行政が怠慢を重ね労働者の騒音性難聴罹患やその救済をさぼってきたことを如実に物語るものである。それだからこそ、原告らが被告に対し、騒音性難聴罹患につき損害賠償請求という、この問題解決のための具体的な行動に立ちあがっている現在、正義を実現し、国民を庇護すべき立場にある公務員たる相手方は、事件解明に役立つ資料は進んで全部提供し、真実発見に協力すべきなのである。(同旨東高決昭和五〇・八・七、判時七九六―五八)

文書提出の申立再補充書

相手方は「審尋に対する意見について」と題する書面第三項記載の文書提出を拒否しているが、同書面に示される相手方の姿勢は、行政内部の一片の通知(通達)を、法律や司法制度に優先させ、行政の都合(その中味は、不明であるが)に労働者の基本的権利の従属を強いるのが当然だという傲慢なもので、とうてい許されるものではない。

一、右書面、第五項(一)によれば、第三項の各文書は、内部的自己使用の目的で調査内容の復命を求めた文書であるから、民事訴訟法第三一二条第三号の文書でないとしているが、すでに補充書に詳述したとおり、右文書は、労災保険給付請求権の有無に関する、不服審査、訴訟について、審査資料として予定されるものであり、庁内の禀議書あるいは、所轄行政事務に関する研究資料などのような文書とは全く性格を異にするものである。行政庁において、行政事務の遂行のために担当職員が文書を作成し、それを使用することがあるのは、原告も争うものではない。しかし、行政庁においても、内部では、民事訴訟法三一二条三号前段、あるいは後段にあたる文書は一切使用しないとか、あるいは、内部で使用する文書民事訴訟法三一二条三号該当文書とは峻別し、全く別の管理をするというものではないのである。文書の利用についても許認可の申請に関する一件書類から統計資料をつくりだすこともあるのであり、行政庁の使用と、民事訴訟法における文書の評価は次元を異にするのである。

そうであるから、仮に文書が、行政の内部的に使用する目的で作成されたものであっても、それが同時に民事訴訟法前段・後段の文書と評価されることには、何の妨げにもならないのである。

二、右書面第五項(二)に記載された署長の弁明は、同項(一)以上に的外れである。相手方にあたかも本件文書の提出が、公正・中立に反するかのような印象を与えようとしているが全く事実に反する。公正な労働行政は、憲法、労働基準法等労働関係法令を公正に適用することであり、職務遂行の中立は、一部勢力に偏した行政が行われないことである。ところが本件は、憲法上の権利の行使として原告らが裁判を提起し、裁判所が民事訴訟法にもとづいて文書の提出を命ずることになるのだから、行政の公正・中立云々の議論の余地はないし、逆に文書提出命令に応じることこそ、行政の公正・中立に適合するところである。また、相手方は、労使双方からの積極的協力が得られずなどと弁明するが、原告ら労働者は、相手方が労働者の安全、健康を守り、万一労働災害・職業病の発生した場合の補償に係る行政を行うのに両手をあげて協力をおしまないところである。相手方が顔色をうかがうのは、結局「使」のみにすぎず、これこそ、中立に反し、一方に偏した行政と言わなければならない。また、相手方の言う「使」の積極的協力は何を意味するのだろうか。「使」の協力の有無に係わらず、労働行政を全うするための、強力な権限を有する(労働基準法第一一章、その他参照)のであり、行政運営を困難に陥入れようとする「使」の非協力には、適切な措置をとることができるのである。相手方の言う、「使」からの積極的協力は、実は、相手方と「使」との馴合いにすぎない。この馴合が、補充書でも述べたように、全国で年間数十人しかなされて来なかった騒音性難聴の労災保険支給について、昭和五二年中、相手方管内の、被告神戸造船所関係従業員だけで三百人を超す右支給がなされたようにこれまでどれだけ多くの労働者が、重篤な職業病に患されながら、職場環境も改善されず、補償も受けられず紙屑のように捨てられて行ったものなのか計り知れないという目も覆うばかりの人間無視の事態を生みだしたのである。相手方はこれまでの職務怠慢を真摯に反省し、持てる権限をフルに行使し、被告神戸造船所における、職業性難聴に係る一切の事情を解明し、もって、労働者の安全・健康の保護・増進を図るべきところを、いまだに、「使」からの積極的協力なるものをたてに、原告ら労働者の救済を妨害するのである。

三、右書面第五項(三)の相手方の弁明には、何の根拠もない。本件文書につき、守秘義務なるものが議論される余地のないものであることは、補充書で詳述した。念のため付言すれば、本件審理は、民事訴訟法にもとづいてなされている。民事訴訟の手続上、公務員が職務上の秘密について裁判所に対して、証言を拒否できる場合は同法により法定されており、それ以外の場合公務員であっても、裁判所の命令を拒否することは、許されないのである。(民事訴訟法二七二・二八一~二八三条)そうであるから文書提出命令について言えば、そもそも、相手方が職務上の秘密を口実に提出を拒否することが許されないのは、法律文面上全く明らかなところであり、何の根拠もないところである。

別紙二 審尋に対する意見について

一、本職は、原告らの本件申立文書中、別紙文書目録記載(二)の文書については所持しているが、その余の文書については所持していない。

二、本職が所持している前記文書のうち、提出できる文書は次のとおり。

(一) 原告南、同久川、同前田、同加川、同太田、同渡、同森、同西の各障害補償給付請求書。

(二) 原告図師、同森、同西の各申立書。

三、本職が所持している前記文書のうち、提出できない文書は次のとおり。

(一) 原告図師を除くその余の原告らの各症状についての診断書。

(二) 原告らの各調査復命書。

(三) 原告らの各所属事業場の回答書。

(四) 原告岡本、同図師、の各聴取書。

(五) 原告岡本、同図師、の各作業現場の調査内容。

四、前記三の文書の内容は次のとおり。

(一) 症状についての診断書は、診療機関の医学的検査成績が記載されている文書で、労災保険法施行の目的で依頼し回答を得たもの。

(二) 調査復命書は本職の所属公務員の調査結果が記載されている文書で、労災保険法施行の目的で調査させたもの。

(三) 所属事業場からの回答書は、所属事業場における職歴、職場環境が記載されている文書で労災保険法施行の目的で、回答を得たもの。

(四) 聴取書は、本職の所属公務員の聴取した職歴が記載されている文書で、労災保険法施行の目的で作成させたもの。

(五) 作業場の調査内容は、本職の所属公務員の作業場の実地調査結果が記載されている文書で、労災保険法施行の目的で調査させたもの。

五、前記三の文書を提出できない理由は次のとおり。(別紙昭和四五年六月一七日付け基発第四五二号通達による)

(一) 三についての文書は行政上の必要から診療機関、事業場より提出を求め、又は内部的に自己使用の目的で調査内容の復命を求めた文書であって、民事訴訟法第三一二条第三号前段、後段に言う挙証者の利益のために作成しまた法律関係に基づいて作成した文書ではない。

(二) 本職の職務遂行には公正、中立が必須であって、行政上の必要から所持している文書が公開されると言う事になると将来において広く労使双方からの積極的協力が得られず行政運営が極めて困難となる。

(三) 本職は国家公務員であり守秘義務があるので行政上の必要から所持している文書は提出することができない。

六、なお、提出できない文書は、いづれも当事者及びその関係者から入手可能と思料される。

別紙三 文書提出命令の申立に対する意見書

一、被告は、原告らの本件申立文書のうち相手方が提出できないとする文書(以下、提出不可文書という)の民事訴訟法三一二条三号前段、後段の該当性につき、多大の疑問があると思料する。以下その理由を述べる。

二、提出不可文書の性格について

(一) 提出不可文書はいずれも相手方の「審尋に対する意見について」と題する書面に記載されているとおり、労災保険法施行の目的でその義務を遂行する必要から診療機関、事業場より提出を求め、或いは内部的に自己使用の目的で調査内容の復命を求め作成されたものと解せられる。

三、民訴法三一二条前段の該当性について

(一) 民訴法三一二条前段の「挙証者の利益のために作成せられ」た文書とは、挙証者の法的地位、権利を直接証明し、またこれを基礎づけるために作成された文書を指し、右「利益」につき従来は直接の利益に限り、かつ文書作成の時点で既に利益についての主体が特定されていることを要すると厳格に解釈されていたが、近時「間接に挙証者の利益を含むものであってもよい」との判例も表われた。

しかし、右判例に対しては「利益」という概念が拡大されやすく、「間接的利益」の限界が全く不明であることから、無制限に文書提出義務の範囲が拡大される虞れがあり、現行民訴法の規定の趣旨、同法三一二条の文書を著しく歪めるものとの批判が投げかけられている。

また、前記したように「文書作成の時点で既に利益についての主体が特定されていることを要する」と解されているのであるが、間接的利益も含まれるとすれば、後発的に生じた利益も含み得ることにもなり、その範囲が無制限に拡大する虞れがあり、民訴法三一二条三号前段の「利益」に間接的利益を含むと解することは疑問と言わざるを得ない。

(二) 提出不可文書は、いずれもその作成時点において既に直接的利益の主体が原告らに特定されて作成されたものではなく、右文書が民訴法三一二条三号前段に該当するとすれば、間接的に挙証者の利益を有する文書ということになるが、この点については前記したように同条に該当するとは速断し得ない。

四、民訴法三一二条三号後段の該当性について

(一) 民訴法三一二条三号後段の「挙証者と文書の所持者との間の法律関係につき作成せられたる」文書について、通説は法律関係それ自体を記載した文書に限らず、その法律関係に関係ある事項を記載した文書も含まれると解してはいるものの、その関連性の範囲はかなり限定的に解釈され、しかも所持人が内部的に自己使用のために作成した文書はこれに当らないと解しており、判例も行政庁が行政処分をする前段階の調査等の過程において自ら作成した文書または私人が行政庁に提出した文書(例えば課税処分につき、所得調査書、反面調査における回答書等)については、これら文書は所持者が専ら自己使用のために作成、収集した文書で民訴法三一二条三号後段に該らないものと解している。

(二) 提出不可文書はいずれも前述のとおり労災認定のための内部的自己使用の目的で作成もしくは入手されたものと解せられるから、「挙証者(原告ら)を文書の所持者との間の法律関係につき、作成せられたる」文書ということはできないであろう。

五(一) 以上のように提出不可文書につき、民訴法三一二条三号前段後段の該当性は消極的に解されることとなるが、近時行政訴訟において文書提出命令を肯定する例が見られる。

しかし、これは通常の民事訴訟とは違った行政訴訟の性格、特質―行政訴訟において原告と被告(行政庁)との立証能力に顕著な差異があること、行政機関は公益の代表者として実体的真実発見解明の要請があること―を考慮に入れた時のみ是認できるのであって、このことを安易に通常の民事訴訟にまで敷衍できるものではない。

この理は大阪高裁昭和五三年九月二二日決定(多奈川第二発電所建設禁止訴訟における文書提出命令事件)においても認めるところである。

「行政訴訟における文書提出命令については、これを広く認める外国の立法例と行政情報公開の要請に照らし、行訴法七条に基づき民訴法三一二条の例による場合にはその要件を緩和し、法律関係の生成過程において作成された文書をも含むと解してよいし、厳密な行政訴訟でなくとも地域住民などが行政庁または国、公共団体が出資管理する公企業の公的活動につき訴訟を提起して、その所持する文書の提出を求める場合には右行政訴訟の場合に準じて、法律関係の生成過程で作成された文書の提出を求めることができるといえる。しかしながら、右以外の通常の民事事件一般について広くこれを認めることは―前示のように文書の所持者が訴訟の当事者となっている場合は格別―現行民訴法が文書の限定を通じて文書所持者と挙証者との利害を調整しようとする趣旨に悖り、提出命令を求める文書の範囲を際限なく拡大することとなるので許されない。」(判例時報九一二号、四三頁)

(二) 原告らは、「労災保険給付の請求に対し、所轄労働基準監督署長は業務外であり、労災保険給付をしないと判定した場合、その判定に不服のある労働者やその遺族は、労働保険審査官さらに労働保険審査会に申立てて、審査を求めることができ、その審査には前述の労働基準監督署長が業務上、外の判定に際し、収集あるいは作成した資料(本件文書等)が『原処分庁の資料』として提出され、審査の資料に供され、不服申立の労働者やその遺族に対しても審査の判定の際には交付される」と主張するが、仮にそうだとしても、右は当該行政処分の当否自体が争われている場合であり、前述行政訴訟と同一の特質を有し、文書提出の範囲が拡大されるかもしれないが、本質的性格を異にする民事訴訟たる損害賠償請求にそのまま適用されないことは前記したことから当然であろう。

六、提出不可文書の性格からして、各文書が民訴法三一二条三号前段、後段に該当するとは解し難いことや、本件訴訟が近時の文書提出命令を認める裁判例とは根本的にその性質を異にすることなどから、被告としては本件文書提出命令の申立を肯定することは多大の疑問があると言わざるを得ない。

別紙

基発第452号

昭和45年6月17日

各都道府県労働基準局長 殿

労働省労働基準局長

業務上災害の損害賠償請求等に伴う第三者の関係書類閲覧等要請について

標記の件について、別紙1のとおり照会があり、これに対し別紙2のとおり回答したので了知されたい。

別紙1

神基発第5号

昭和45年1月18日

労働省労働基準局長 殿

神奈川労働基準局長

業務上災害の損害賠償請求等に伴う第三者の関係書類閲覧等要請について

最近業務上災害に伴う損害賠償請求及び、保険金給付等のため、裁判所、被害者の遺族、労働組合、弁護士(又は弁護士会)郵政省又は保険会社等から災害調査復命書、捜査報告書等の閲覧、又はその写の交付を要請されることが、その対処方法として下記のとおり措置してよろしいかおうかがいします。

1. 裁判所以外からの要請(弁護士法第23条の2第2項による報告の請求を含む)に対しては原則として拒否する。

2. 裁判所からの要請については、事案の内容を検討の上、地方労働基準局長が決定する。

3. 検察庁に送致後の事案については検察庁の指示に従って措置することとする。

別紙2

基収第180号

昭和45年6月17日

神奈川労働基準局長 殿

労働省労働基準局長

業務上災害の損害賠償請求等に伴う第三者の関係書類閲覧等要請について

昭和45年1月18日付け神基発第5号をもって照会のあった別記の件については、下記のとおり回答する。

1. 記の1及び2について

裁判所若しくは弁護士会又は被害者の遺族その他直接の利害関係のあることが明らかな者から、業務上災害について災害調査復命書、捜査報告書等行政上作成した書類について、閲覧又はその写の交付を要請された場合には、次のことに留意の上、回答して差し支えないこと。

なお、その他の者からの要請に対しては原則として拒否すること。

(1) 災害発生の事実関係を明確にするために必要な事項以外の事項(例えば、災害調査復命書についていえば、次の如き事項)は除くこと。

イ 災害関係法令の条章及び違反の概要

ロ 災害発生前の監督指導の有無及びその状況

ハ 同種災害防止のためとった措置及び今後の対策

ニ 最近の安全(衛生)活動の状況、その他参考となるべき事項

ホ 労災補償関係

ヘ 調査官意見

ト 署長意見及び局意見

(2) 上記(1)以外の事項であっても、調査官の未だ個人的な見解に属する部分あるいは当事者の名誉若しくは利害を著しくそこなうおそれがあると思料される部分又は事案の性質上回答することが不適当と判断される部分は除くこと。

2. 記の3について

送検後の事案又は送検予定の事案の関係書類については検察長の指示に従って措置すること。

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