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神戸地方裁判所 昭和53年(ワ)67号 判決 1984年3月30日

原告 西原万紀子

<ほか二名>

右三名訴訟代理人弁護士 山崎昌穂

右同 山崎満幾美

右同 木村奉明

右同 木村治子

被告 神戸市

右代表者市長 宮崎辰雄

右訴訟代理人弁護士 奥村孝

右同 石丸鉄太郎

右訴訟復代理人弁護士 鎌田哲夫

被告 兵庫県

右代表者知事 坂井時忠

右訴訟代理人弁護士 奥村孝

右訴訟復代理人弁護士 鎌田哲夫

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは連帯して各原告らに対し、各金一、六五〇万円宛および内各金一、五〇〇万円については昭和五一年五月一六日から、内各金一五〇万円については判決言渡の翌日から各支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  (当事者の関係)

(一) 原告西原英子(以下、原告英子という。)は、訴外西原基之(以下、亡基之という。)の妻であり、同西原万紀子(以下、原告万紀子という。)、同西原孝治(以下、原告孝治という。)はそれぞれ、亡基之の子であるが、亡基之は、もと神戸新聞社の編集局写真部記者であって、昭和五一年五月一五日、第六回神戸まつりの取材中、兵庫県警察所有のホロ付大型輸送車(兵ハち一〇一号、以下、本件輸送車という。)に轢過されて死亡した。

(二) 被告兵庫県は、警察法にもとづいて兵庫県警察を設置する地方公共団体であり、被告神戸市は、「神戸まつり」を主催監督し、神戸市中央区小野柄通八丁目一番八号先(神戸市道中央幹線)の道路管理者である。

2  (事故の発生)

(一) 昭和五一年五月一四日から同月一六日までの三日間にわたり、神戸市内において、第六回神戸まつりが開催されたが、「神戸まつり」においては、過去二、三年来、まつり行事終了後に、いわゆる暴走族およびこれに加わった群集により、警察官に対して投石が行なわれるなどの騒動が発生し、本件事故の前年である昭和五〇年度の第五回神戸まつりにおいても、暴走族および数千人にのぼる群集が、暴走行為、警察官に対する投石、一般車両やタクシーに対する放火をくり返し、数十名にのぼる負傷者がでるという事態が発生していた。

(二) 昭和五一年度の第六回神戸まつりにおいても、第一日目である五月一四日には、神戸市内の三宮周辺に暴走車両数十台が出現して暴走行為をくり返し、暴走車両が群集につっこむなどして人身事故が発生しており、また、二日目の五月一五日には、「神戸まつり」の諸行事の終了後である同日午後八時ころ、フラワーロード(県道新神戸停車場線三宮交差点以南部分)周辺に少なくとも約一万名の群集が集まり、右路上を通過する一般車両やタクシー等を転覆したり、これを放火炎上する事件が続発し、同日午後一〇時ころには、数十台の暴走車両が再三にわたり暴走行為をくり返すなどフラワーロードから中央幹線に至る道路は、もはや、通行の用に供せられる道路としての機能を完全に失なっていた。

(三) 兵庫県警察葺合警察署交通課勤務の警察官一五名は、三宮交差点付近の交通規制等の任務につくべく、本件輸送車に乗車し、同日午後一一時三〇分ころ、神戸市中央区小野柄通八丁目一番八号付近、神戸市道中央幹線西行車道、三宮交差点「そごう」百貨店北側歩道橋下に到着し、下車しようとしたが、折柄、集った群集にとり囲まれ投石を受けるなどしたため、同車のエンジンを停止することなく、ギアをニュートラルにしたままサイドブレーキもかけない状態で全員が同車後部幌内に逃げこんだ。興奮した多数の群集は、当時、取材のため本件輸送車に対する集団暴行の状況を撮影していた亡基之に対し、撲る蹴るの暴行を加え、そのため、亡基之が同車の後部路上に昏倒していたところ、同日午後一一時三五分ころ、群集により前部から後方に押された本件輸送車に亡基之が轢過され、同日午後一一時四五分ころ、亡基之は肝臓破裂等の傷害により死亡した。

3  (被告らの責任)

被告神戸市および被告兵庫県は社会的実在として、自然人と異なるところはなく、それ自体の行為があり、その行為により他人に損害を与えたときは、不法行為として、以下に述べるような責任を負うべきである。

(一) 被告神戸市の責任

(1) 道路管理上の責任

道路の管理者は、道路法四二条にもとづき道路を常時良好な状態に保つよう維持し、もって一般交通に支障をおよぼすことのないように努めなければならないから、被告神戸市は、道路の管理者として、道路の安全性を保持するために、群集がフラワーロード付近一帯の道路に立入ろうとするときに、これを禁止することおよび群集が道路を占拠して暴行をくり返すときは道路から排除するなどの措置をとるべき義務があったにもかかわらず、これを怠ったために、亡基之が前項記載のような事故に遭遇して死亡したものである。したがって、亡基之の本件死亡事故は、被告神戸市の道路安全確保義務違反、すなわち、道路管理上の瑕疵によるものであるから、被告神戸市は国家賠償法二条による責任を負うべきものである。

(2) 「神戸まつり」の主催者としての責任

被告神戸市は、「神戸まつり」の主催者として、企画立案段階から行事開催中において、諸行事を安全に実施し、これを終了させる義務があるが、行事終了後においても、参集者を安全に解散させるなどの義務があるところ、過去二、三年来、「神戸まつり」においては、まつりの開催によって多数の人が参集し、行事などの参集者が、行事終了後も解散することなく滞留し、行事終了後集結してくる暴走族および暴走騒ぎを期待し新に参集してくる者らと一体となって騒動をおこすということを繰り返えしてきたのであるから、これらの事態は、十分に予見できたものであるというべく、まつりの主催者として、被告神戸市は、前記一般的義務に加えて、まつり参集者が東遊園地周辺での行事終了後、その後集結してくる暴走族と交わることのないよう解散させるとともに、東遊園地周辺での行事終了後、暴走族が集結してくるまでの間に参集者を解散させるに十分な時間がとれるよう行事を短縮するなどし、まつり終了後、参集者が解散しない間は、暴走族がフラワーロードに集結することのないように、フラワーロード周辺道路からフラワーロードへの進入禁止、周辺道路での検問等の措置をとるよう兵庫県警察へ要請し、これらが不可能な場合は、みずから東遊園地周辺での行事を中止する義務があった。しかるに被告神戸市は、右各義務に違反して、第六回神戸まつりを開催するにあたり、東遊園地での行事を午後五時までに短縮したにとどまり、参集者を解散させるについても、市職員がメガホンで「お帰りください」と呼びかけただけにすぎず、参集者と暴走族が交わらないようにするための措置は何らとらなかったのであるから、被告神戸市の過失により、亡基之の死亡事故が発生したものというべく、被告神戸市は、民法七〇九条所定の責任がある。

仮に「神戸まつり」の主催者が被告神戸市でなく神戸市民祭協会(以下、単に協会という)であったとしても、協会には権利能力なき社団としての実態がないのであるから、「神戸まつり」を主催するのは協会の会長である神戸市長ということになるが、神戸市長には「神戸まつり」の実施について前記のとおりの過失があったというべきであるから、民法四四条により、被告神戸市がその不法行為責任を負うべきである。

(二) 被告兵庫県の責任

(1) 自動車損害賠償補償法(以下、自賠法という。)三条の責任

被告兵庫県は、その設置する兵庫県警察を通じて本件輸送車を保有し、自己のためにこれを運行の用に供していた者であるから、自賠法三条所定の運行供用者責任を負う。

(2) 本件輸送車管理の過失

前記2(事故の発生)記載のとおり、本件輸送車が、その任務に従事しようとしていた神戸市道中央幹線西行車道三宮交差点付近には、多数の興奮した群集が参集しており、規制しようとする警察官に対し、石、空びんなどを投てきするなど警察に対する敵意を示していたのであるから、このような状況の下で、警察車両を管理する兵庫県警察としては、警備のために警察車両を出動させるためには、これを群集の支配下に陥ることのないように万全な管理、措置を講ずべき義務があったのにかかわらず、これを怠り、本件輸送車の乗務員に群集の数や状況を十分に知らせることなく、また、群集を規制する手段をなんら準備させることもなく、無防備の状態のまま、本件輸送車を三宮交差点付近へ乗り入れさせ、本件輸送車を暴徒と化した群集の支配下においた過失があるから、被告兵庫県は、民法七〇九条所定の責任がある。

(3) 警備上の過失

兵庫県警察は、昭和四九年および同五〇年の「神戸まつり」において、暴走族が暴走行為をくり返し、まつりの行事終了後、残留していた群集とともに警察官に対して投石をしたり、タクシーや一般車両を横転させるなどの異常な行為に及んだことを十分に認識していたのであるから、昭和五一年の第六回神戸まつりにおいても、暴走族が暴走行為を繰り返えし、群集も警備にあたった警察官に投石したり、タクシーを停車させて、これを転覆させるなどの異常な行為に及ぶであろうことを十分に予測しえたというべきであって、このような場合には、警察としては、まつりの行事終了後、すみやかに、まつりに参加した群集および暴走族を解散させ、群集が解散することによって三宮周辺の交通の安全、通行人の生命、身体の安全が確保できる状態となったことを確認できるまでは、三宮周辺における暴走族を含むすべての車両の進入禁止措置を講じ、暴走族と群集とが交わらないような措置をとるべき義務があったのに、これを怠り、単に広報車で群集に解散を呼びかけ、暴走車両のみに交通検問を行ない、タクシー転覆事件発生後に、ようやくフラワーロード内での車両の通行禁止の措置をとったのみで、他にはなんら適切な措置をとらなかった過失によって、亡基之の死亡事故を惹起させたのであるから、被告兵庫県は、民法七〇九条所定の責任がある。

4  (損害)

(一) 得べかりし賃金 金七、〇四一万〇、五二〇円

本件事故当時、亡基之は満四〇歳であり、本件事故がなければ満五五歳まで勤務しえたものであって、過去三か年間の昇給率は平均二一パーセント、昭和五〇年度の年間総収入は金三八七万八、八五九円であるから、昭和五一年度の年間総収入は、金四六九万三、四一九円となる。そこで、右賃金総収入の額を基本とし、賃金上昇率を年一〇パーセントとして加算し、年五分の割合による中間利息をホフマン方式により控除し、定年退職までの総賃金の額の現価を算出すると別表のとおりとなり、右合計金額より生活費として三割を控除すれば、金七、〇四一万〇、五二〇円となる。

(二) 得べかりし退職金 金一、九八五万二、二二〇円

亡基之は、定年まで勤務した場合に受給されるはずであった退職金を喪失したところ、同人が勤務していた神戸新聞社の退職金支給規定によれば、退職金支給率は本給の五九か月分であり、亡基之の本件事故当時の本給は金一五万五、一八〇円で、これを基準として毎年一〇パーセント賃上されるものとして、退職時の基本給は金五八万九、二七九円となるから、亡基之の得べかりし退職金の現価は、金一、九八五万二、二二〇円(589,279×59×0.571=19,852,220)となる。

(三) 退職年金損害 金一、四七七万五、五八一円

神戸新聞社の退職金支給規定によれば、勤続年数一〇年を超える者が退職したときは、退職年金として基本給の三五パーセントを一二年間支給されるから、ホフマン式計算法により現価を算出すると金一、四七七万五、五八一円〔589,279×0.35×12×(16,379-10,409)=14,775,581〕となる。

(四) 相続

原告英子は亡基之の配偶者として、原告万紀子、同孝治はそれぞれ亡基之の子として前記(一)ないし(三)の亡基之の損害賠償請求権につき、各三分の一宛相続した。

(五) 慰謝料 各金五〇〇万円

亡基之の死亡により、原告英子は配偶者として、原告万紀子、同孝治は子としてそれぞれ受けた精神的苦痛を慰謝すべき額としては、原告ら各金五〇〇万円が相当である。

(六) 弁護士費用 各金一五〇万円

原告ら三名は、本件訴訟の提起および追行を原告訴訟代理人らに委任し、その報酬として原告ら各金一五〇万円を支払うことを約した。

(七) 損害の填補

原告らは、本件事故に関し、次のとおりの金員を受領した。

(1) 自動車損害賠償責任保険 金一、五〇〇万円

(2) 退職一時金 金五一九万八、五三〇円

(3) 退職年金(昭和五一年六月より同五七年七月まで) 金四〇一万九、一六二円

(4) 労災特別支給金 金一〇〇万円

(5) 遺族年金(昭和五一年八月より同五七年一一月まで) 金四三一万一、三〇八円

(6) 労災保険年金(昭和五一年八月より同五七年一一月まで) 金九六五万六、七八二円

(7) 労災保険支給停止補償 金三五〇万円

以上合計金四、二六八万五、七八二円

従って、これを前記(一)ないし(三)の損害額に充当すると、原告一人宛の損害額は金二、七二八万四、一七九円{(105,038,321×1/3+5,000,000+1,500,000)-(42,685,782×1/3)=27,284,179}となる。

5  よって、原告らは被告ら各自に対し、前記金二、七二八万四、一七九円宛の内金一、六五〇万円宛および内金一、五〇〇万円については、本件事故発生の翌日である昭和五一年五月一六日から、内金一五〇万円については判決言渡の日の翌日から支払いずみまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否および被告らの主張

1  請求原因1の事実のうち、被告神戸市が「神戸まつり」を主催し監督する事実については争い、その余の事実は認める。

2  同2の事実のうち、昭和五〇年度の第五回神戸まつりにおいて、昭和五〇年五月一七日、同月一八日、フラワーロードを中心に多数の暴走族車両が集まって暴走行為をくり返し、これを見物するために集った群集の一部が暴走族と一体となり、警備警察官に投石するなどの犯行におよんだため警察官五八名が受傷したこと、昭和五一年度の第六回神戸まつりにおいて、第一日目である昭和五一年五月一四日午後一〇時ころから暴走族車両約五〇台がフラワーロードに集って、散発的に暴走行為を行ない、群集約二〇〇名がこれを見物するうち、無免許運転の普通乗用車一台が見物の群集の中に突込み三名を負傷させたこと、第二日目である同月一五日午後九時三〇分ころ、群集が神戸市役所前付近フラワーロード上において進行してきたタクシー二台を次々に転覆させ、うち一台に放火したこと、同日午後一一時一〇分ころ、兵庫県警察防圧対策本部長は、三和銀行前配置の交通検問班に対し、配転出動を指示したこと、右交通検問班は、本件輸送車に乗車し、午後一一時二〇分ころ三宮交差点歩道橋下に到着して一旦降車したが、周囲の群集から投石等の攻撃をうけたため、エンジンを切らず、サイドブレーキをひかず、ギアをニュートラルにしたまま本件輸送車後部荷台部分に再乗車し、その後、本件輸送車をとり囲んだ群集が車に向って間断なく石、空かん、棒切れ、火のついた紙等を車体に投げつけ、車体をゆさぶるなどした後、本件輸送車を後退させたため、進路上に倒れていた亡基之を轢過し、死亡させたことはいずれも認めるが、その余の事実は争う。

3  同3(一)(1)の事実は争う。道路管理者の行なう道路の管理とは、一般交通の用に供する施設としての道路本来の機能を発揮させるために行なう公物管理権にもとづく作用であり、道路交通の安全と円滑をはかるために行なう公物警察権にもとづく作用とは異なるのであって、被告神戸市としては個々の道路を、道路の構造、交通の状況に適合した良好な状態に保持しておけばよく、道路を暴走族を含む群集が占拠し、道路を使用することができなくなったとしても、それに対し規制をなしうるのは公物警察権の作用にもとづくものであるから、公物警察権をもたない被告神戸市としては、群集に対し道路への立入りを禁止したり、道路を占拠して暴行をくり返す群集を道路から排除したりする義務はない。

同3(一)(2)の事実のうち、まつりの主催者は、諸行事を安全に実施し、これを終了させる義務を負うことは認めるが、その余の事実は争う。原告らは被告神戸市が「神戸まつり」の主催者であると主張するが、「神戸まつり」の主催者は神戸市民祭協会であって、被告神戸市ではない。被告神戸市は、協会に財政的な補助をなし、多数の神戸市職員が協会および「神戸まつり」の運営に協力はしているけれども、協会の独立性に何ら疑問の余地はない。

仮に、被告神戸市が「神戸まつり」の主催者であるとしても、まつりの行事終了後も滞留する参集者を解散させなければならない義務はなく、その場所にとどまるかどうかは参加する者の自由意思にまかせられる。また、フラワーロードを中心に暴走族が暴走行為を行ない、これを規制する警察とトラブルをおこすということが予見できるとしても、暴走族がこれを見物するために集った群集と一体となって騒動をおこすとまでは通常予見することはできないし、群集が暴走族と交わるかどうかは、その者の自由な意思にもとづくものであって、被告神戸市がこれを規制することはできない。協会は第六回神戸まつりにおいて、行事終了時刻を午後五時とし、行事の会場もフラワーロード周辺から分離し、神戸市広報紙等を通じて事前に広報し、「神戸まつり」の当日も行事終了後参集者に対し、早期帰宅の要請を行なうなどできるかぎりの措置を講じているのであって、何ら過失はない。原告らは、まつりの主催者に「神戸まつり」を中止するべき義務があった旨を主張するけれども、まつりの主催者に本件事故の予見可能性はないから、まつりの中止義務はないし、仮に中止義務があったとしても、亡基之の死亡との間に相当因果関係は成立しない。

同3(二)(1)の事実のうち、兵庫県警察が本件輸送車を保有していることは認めるが、その余の事実は争う。本件輸送車は本件事故当時、暴徒と化した群集によって被告県の運行支配、運行利益は喪失したというべきであって、被告県には運行供用者責任はない。

同3(二)(2)の事実は争う。これまでに群集が警察部隊を取り囲んで攻撃したり、警察官の乗車する車両に直接手を触れてこれを押し移動させるという事例はなかったから、被告県に本件事故についての結果発生の予見および回避の可能性は全くなく、本件事故は、亡基之の過失および第三者の過失による車両圏外の要因によって発生したものである。

同3(二)(3)の事実は争う。兵庫県警察は、第六回神戸まつりの警備にあたり、暴走族防圧対策本部を編成し、交通検問による暴走族車両の排除、暴走族車両と群集との接触部分の分離、まつりの行事終了後における参集者の早期解散等を中心とした暴走族制圧方策を樹立して、動員可能な警察官一、二〇〇名を警備にあて、群集への早期帰宅の呼びかけ、神戸市内、その周辺部での検問を実施するなどし、記者クラブに対しても不法行為の発生が予測されるような場所での写真撮影は避け、警察部隊の後方から撮影すること等の注意をうながしたが、本件死亡事故は、この予想を超える暴徒の跳梁によって発生したものであるから、被告兵庫県には警備上の過失はない。

同4の事実は全部争う。

三  抗弁

(自賠法三条但し書の免責の抗弁)

(1) 本件事故は、暴徒と化した群集によって発生したものであって、他に事故原因となるものはない。すなわち、三宮交差点歩道橋下で停車の指示をうけた本件輸送車の運転者は、人員と検問器材を降ろして直ちに発進させることを予定していたため、エンジンを切らず、サイドブレーキをひかず、ギアをニュートラルにし、フットブレーキを踏んだ状態で停車したが、暴徒と化した周囲の群集から投石、木棒で肩、脇腹をつつかれるなどの攻撃をうけたため、生命の危険を感じ、これを避けるため後部座席に避難したところ、群集に本件輸送車が押されて後退し、亡基之を轢過したものであるから、本件事故は運転者に過失はなく、もっぱら、暴徒と化した群集の故意または過失によって惹起したものである。

(2) 本件事故には、本件輸送車に構造上の欠陥や機能上の障害があったかどうかは関係がない。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実はいずれも争う。

第三証拠《省略》

理由

一  (当事者の関係)

請求原因1の事実は、被告神戸市が神戸まつりを主催、監督しているという事実を除き、当事者間に争いがない。

二  (事故の発生)

同2の事実のうち、昭和五〇年度神戸まつりにおいて、同年五月一七日、同月一八日、フラワーロードを中心に多数の暴走族車両が集まって暴走行為をくり返し、これを見物するために集まった群集の一部が暴走族と一体となり、警備警察官に投石するなどの犯行におよんだため警察官五八名が受傷したこと、昭和五一年度の第六回神戸まつりにおいて、第一日目である昭和五一年五月一四日午後一〇時ころから、暴走族車両約五〇〇台がフラワーロードに集って、散発的に暴走行為を行ない、群集約二〇〇名がこれを見物するうち、無免許運転の普通乗用車一台が見物の群集の中に突込み三名を負傷させたこと、第二日目である同月一五日午後九時三〇分ころ、群集が神戸市役所前付近フラワーロード上において、進行してきたタクシー二台を次々に転覆させ、うち一台に放火したこと、同日午後一一時一〇分ころ、兵庫県警察防圧対策本部長は、三和銀行前配置の交通検問班に対し、配転出動を指示したこと、右交通検問班は、本件輸送車に乗車し、午後一一時二〇分ころ三宮交差点歩道橋下に到着して一旦降車したが、周囲の群集から投石等の攻撃をうけたため、エンジンを切らず、サイドブレーキをひかず、ギアをニュートラルにしたまま本件輸送車後部荷台部分に再乗車し、その後、本件輸送車をとり囲んだ群集が車に向って石などを投げつけ、車体をゆさぶるなどした後、本件輸送車を後退させたため、進路上に倒れていた亡基之を轢過し、死亡させたことはいずれも当事者間に争いがない。

争いのない右事実に、《証拠省略》を総合すれば、以下の事実が認められる。

昭和五一年度の第六回神戸まつりは、昭和五一年五月一四日から同月一六日までの三日間の日程で開催された。五月一五日は、神戸市役所周辺でのまつりの諸行事が午後五時までには終了し、午後六時ころには東遊園地に開設された露店のほとんどが閉店していたのであるが、行事参加者や見物客およびいわゆる暴走族などの群集約六、〇〇〇名は、依然として、おまつり広場の開催場所である東遊園地から、神戸市役所周辺、国鉄三宮駅方面にかけてのフラワーロードを中心に滞留していた。兵庫県警察は、群集を早期に解散させるべく広報車によるよびかけ、交通検問を実施し、国鉄三宮駅方面への帰宅を促す措置を講じていた。午後八時二〇分ころから、フラワーロードを暴走する車両が散見されるようになり、午後九時三〇分ころには、神戸市役所前フラワーロード北行車線上で、群集が停車中のタクシーを転覆炎上させ、警備の機動隊に投石をするなどの事態も発生し始めた。兵庫県警察は、午後九時四〇分ころから、機動隊により群集を北上させる措置をとり、午後一〇時三〇分ころには、花時計前以南の群集はほぼ排除された。兵庫県警察により北上の措置を受けた群集は、フラワーロード東側、国際会館から「そごう」百貨店前にかけて約一、三〇〇ないし一、五〇〇名、フラワーロード西側金沢病院前から北方にかけて約一、五〇〇名ほどであった。三宮交差点方面への群集の移動に対処し、兵庫県警察の現地暴走族防圧対策本部は、三宮交差点からフラワーロードに南下する車両の進入を禁止するため、午後一一時一〇分ころ、三和銀行東方のフラワーロードで交通検問活動に従事中の交通検問隊のうち一個小隊(交通検問班第三班、倉本範雄警部補以下一五名、以下、倉本班という。)を三宮交差点に配置転換する命令を発し、これを受けた倉本班は、本件輸送車に乗車し、北側フラワーロード上には群集およびこれを規制する機動隊が多数存在して進路を妨げる状態にあったため、国道二号線を迂回して小野柄交差点を左折し、三宮交差点東側歩道橋下に停車した。この時、右歩道橋上および三宮交差点内には群集が蝟集していたが、小野柄交差点から三宮交差点にかけての車道上には群集は少なかった。倉本班長は、本件輸送車を停車させるにあたり、あらかじめ運転者である松本浩之巡査に対し、本件輸送車から警察官、検問機材をおろした後、直ちに三宮派出所前へ本件輸送車を転進するよう命じていたため、松本巡査は、停車に際し、すぐまた本件輸送車を発進できるようエンジンをかけたまま、フットブレーキのみを使用し、ギアをニュートラルにして、サイドブレーキを引かずに停車した。倉本班長は、後部荷台に乗車していた警察官たちに対し、降車の命令を発した。命令を受けた警察官たちは、降車して交通検問の任務に就こうとしたところ、周囲の暴徒と化した群集から激しい投石を受け、さらに本件輸送車付近に殺到した群集から木棒で殴りかかられたりしたため、再び本件輸送車に乗車した。しかし、群集は乗車中の警察官たちに対して、さらに車の窓から投石したり、木棒でつっついたり、火のついた紙を投げこむなどして執拗な攻撃を続けた。運転席にいた松本巡査も暴徒と化した群集の攻撃を受け、木棒で突かれるなどしたため、後部荷台へ避難した。一方、亡基之は、カメラマン記者として本件輸送車に対する群集の攻撃の状況を取材していたところ、写真を撮影されたことに腹をたてた群集により暴行を受け、市道中央幹線道路上に昏倒していた。暴徒と化した群集は、本件輸送車を前部から後方に三宮交差点歩道橋下から市道中央幹線中央分離帯方向へと押し出したため、その右後車輪で昏倒していた亡基之を轢過し、肝臓破裂等の傷害を負わせて死亡させたものである。

以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

三  被告らの責任について

1  (国家賠償法一条、二条、民法七〇九条にもとづく責任について)

原告らは、被告神戸市および被告兵庫県の責任(自賠法三条の責任の関係を除く)について、適用法条として、国家賠償法一条、二条、民法七〇九条を主張し、その内容として、被告神戸市については、道路管理上の責任および神戸まつり主催者としての責任を、被告兵庫県については、本件輸送車管理の過失および警備上の過失を主張するだけであって、具体的に誰がどのような注意義務を負い、それを怠ったのかという点について当裁判所の釈明を拒否して何ら明確な主張をしない。しかし、右各法条のうち、国家賠償法一条、二条は、元来、公務員の具体的な行為を前提にして国又は公共団体の損害賠償責任を認めた規定であって、これらの規定にもとづき、被告らの損害賠償責任を請求する場合には、具体的に、自然人である公務員の故意又は過失の内容を明確に主張しなければならないものであり、また、民法七〇九条は、元来、自然人についての不法行為責任を規定したものであって、公共団体に直接適用せられるべき規定ではないというべきであるから、被告神戸市および被告兵庫県に右法条が直接適用せられることを前提にした原告らの主張は採用できず、理由がないというべきである。

2  仮に原告らの被告神戸市および被告県に対する主張を前提としても、いずれも採用できない。すなわち、

(一)  被告神戸市に対する主張について

(1) 原告らの主張する道路法四二条にもとづく道路管理の責任とは、道路が一般交通の用に供せられるようにこれを維持、修繕して管理する責任をいうのであって、道路上に存在する群集が、一般交通の妨げをしているからといって、これを排除しなければならない責任までを包含するものではない。

(2) 神戸まつりの主催者につき、《証拠省略》によれば、被告神戸市の職員が、神戸市民祭協会の職員を、会長はじめ多くの役職につき兼任しているけれども、協会は独自の規約によって、神戸市民の祭りを実施し、市民相互の親睦ならびに神戸の発展をはかることをその目的とし、更に、その規約で総会の運営、役員などについても規定し、神戸市職員以外の市民が参加する実行委員会によってその運営がなされるなど、団体としての組織を備え、毎年総会が行なわれて、決算、行事計画、収支予算の承認がなされているなど団体としての主要な点が確定している事実が認められる。このことからすれば、協会は、被告神戸市からは独立した団体とみられるべきであり、「神戸まつり」を主催、監督しているのは、協会であって被告神戸市ではない。

さらに、前記二(事故の発生)において認定した事実によれば、亡基之が轢過された本件事故が発生したのは、まつりの諸行事が終了した午後五時から六時間余り経過した時点であって、まつりの主催者が諸行事を安全に実施し、これを終了させる義務を負うことについては当事者間に争いがないけれども、まつりの諸行事が終了してから六時間余りも経過した後の時点での本件事故についてまで、まつりの主催者が責任を負うべきいわれはないというべきである。

(3) 原告らは、また、被告神戸市に対し、神戸市長の「神戸まつり」実施に関する過失をもって、民法四四条にもとづく損害賠償責任を主張するけれども、前認定のとおり、「神戸まつり」の主催者は神戸市民祭協会であるから、神戸市長が「神戸まつり」を実施したということはできない。

(二)  被告兵庫県に対する主張について

(1) 前記二(事故の発生)において挙示した証拠によれば、本件輸送車を転進させる当時、群集による警察官に対する投石、タクシーの転覆炎上という事態は発生していたが、警察車両が群集の支配下におかれるという事態は、いまだ発生しておらず、機動隊による群集の規制も効果をあげつつあり、フラワーロードへ南進する車両の進入を禁止するために三宮交差点で交通検問を実施する必要もあった状況であったのであるから、本件輸送車が群集の支配下におかれるに至ったのは、当時の諸状況を前提にしても、通常予測しうる範囲をはるかに超えるものであったことが認められるから、転進命令を出したことに過失があったということはできない。

(2) また、前記二(事故の発生)において挙示した証拠によれば、兵庫県警察は、昭和五〇年度神戸まつりにおいて発生した暴走族によるタクシー転覆、警察官に対する投石の事態を把握したうえで昭和五一年度の警備計画を立案し、それにもとづき、昭和五一年五月一五日は、午後四時から交通部隊を配備して隣接検問、交通規制、暴走行為をした者の検挙および帰宅勧告の広報を実施したうえ、機動隊を待機させ、群集の状況に応じて、これを規制するべく転進させ、翌一六日午前二時ころには、群集がほとんど規制されている事実が認められるのであるから、警備上の過失があったということはできない。

3  (自賠法三条の運行供用者責任について)

被告兵庫県が、警察法にもとづいて兵庫県警察を設置する地方公共団体であり、兵庫県警察が本件輸送車を保有していることは当事者間に争いがない。

ところで前記二(事故の発生)において認定した事実によれば、暴徒と化した群集が本件輸送車の運転席に対して投石や木棒による執拗な攻撃を加えたため、運転者として運転席にいた松本巡査は、その生命、身体に対する危害を避けるため、後部荷台へ退避せざるを得ない状況にあったのであり、他の警察官たちも群集の凶暴な攻撃を受けて後部荷台に閉じこめられるという状況にあって、暴徒と化した群集が本件輸送車を後方に押したことによって本件事故が発生したものであるから、かかる状況のもとでは、本件輸送車の運転者がエンジンをかけたまま、ギアをニュートラルにし、サイドブレーキをひかずに後部座席に退避したとしても、当時の倉本班の物理力からみて、兵庫県警察に管理権者としての帰責原因があるということができない以上、被告県が、なお、本件輸送車に対する運行支配と運行の利益を有していたということはできず、むしろ、暴徒と化した群集により、本件輸送車に対する運行の支配を喪失したとみるべきである。被告県に運行供用者責任があるということはできない。

四  結論

そうすると、原告らの本訴請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 阪井昱朗 裁判官 岩井俊 小野洋一)

<以下省略>

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