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神戸地方裁判所 昭和53年(行ウ)29号 判決 1984年2月17日

原告

東谷もとゑ

右訴訟代理人

宮内勉

下谷靖子

川端俊江

被告

神戸東労働基準監督署長

右指定代理人

藤本貞雄

外三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和五一年八月二四日付けで原告に対してした労働者災害補償保険法に基づく遺族補償給付及び葬祭料を支給しない旨の処分を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  訴外亡東谷俊男(以下、「俊男」という。)は、昭和四九年九月一七日から、神戸市中央区脇浜町二丁目一一番一号所在の訴外三輪機工株式会社(以下、「会社」という。)に雑役工として雇用されていたものである。

2  本件災害について

俊男は、昭和五一年一月一四日午前八時ころ会社に出勤して平常どおり業務を行つたのち、午前九時四〇分ころ会社内の便所(以下、「本件便所」という。)の中で意識不明となつて倒れているのを上司及び同僚に発見され、直ちに神鋼病院に収容されたが、既に死亡(当時満六二歳)していた(以下、「本件災害」という。)。その際の兵庫県衛生部の監察医の死体検案によれば、同人の死因は急性心不全であつた。

3  本件処分について

(一) 原告は、俊男の配偶者であつて、同人の収入によつてその生計を維持しており、同人の死亡時にはその葬祭を行つたものである。

(二) そこで、原告は、俊男の死亡は業務上の事由によるとして、労働者災害補償保険法(以下、「労災法」という。)に基づき、被告に対し、同年二月一八日付けで、遺族補償給付及び葬祭料を請求したが、被告は、審査の結果、俊男の死亡は業務上の事由に基づくものとは認められないとして、同年八月二四日、これらを支給しない旨の処分(以下、「本件処分」という。)をした。

4  本件処分の違法性について

しかし、俊男の本件災害は、会社の支配管理下において生じたものであり、かつ、同人の既応症である高血圧症等が業務により悪化したために発生したものであるから、業務に起因することが明らかである。

従つて、本件処分は、事実の認定を誤つた違法なものである。

5  よつて、原告は本件処分の取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因第1項及び第2項の各事実は認める。

2  請求原因第3項(一)のうち、原告が俊男の葬祭を行つたことは知らない。その余の事実は認める。同(二)の事実は認めめる。

3  請求原因第4項のうち、俊男が高血圧の既応症を有していたことは認め、その余は争う。

三  被告の主張

1  業務起因性について

(一) 労働者の遺族が労災法一六条による遺族補償給付及び同法一七条による葬祭料を請求するためには、同法七条一項、一二条の八第一、二項の規定により、当該労働者が業務上の事由に基づいて死亡したものであることが必要である。すなわち、労働者災害補償保険制度は、業務上の事由に起因する労働者の災害を補償しようとするものであるから、問題となる労働者の災害が災害補償の対象である業務上の災害といえるためには、それが業務上の事由によるものでなければならない(業務起因性)とされている。

(二) ところで、業務起因性は、一般に当該労働者の心身にとつて異常なできごとである災害によつて媒介された因果関係であり、業務と災害の因果関係及び災害と傷病との因果関係によつて構成されるものである。そして、労災法が前述した労働者の業務上の災害について使用者の無過失賠償責任を定めていること及び業務起因性の外延を明確にする必要性に照らすならば、業務起因性における因果関係は、単なる条件関係ではなく、相当因果関係であることを要するものと解すべきである。

(三) よつて、労災法上の災害補償の対象となる業務上の災害といえるためには、当該災害が労働者において業務の遂行中に被つたものであり、かつ、その業務と災害との間に相当因果関係が認められることが必要であると解すべきである。

2  俊男の健康状態及び勤務状況について

(一) 俊男の健康状態について

(1) 俊男が会社に入社する際の昭和四九年九月五日に脇浜診療所の訴外磯部保医師から受けた健康診断の結果は、血圧最高180mmHg、最低140mmHg(以下、「血圧一八〇―一〇四」とも表わす。)で、入職についての判定は血圧条件付きで可となつている。

(2) 俊男が訴外株式会社神戸製鋼所(以下「神戸製鋼所」という。)労働部の訴外佐治博医師から受けた、昭和五〇年五月二一日及び同年一一月二一日の事業所における各定期健康診断では、いずれも大動脈疾患と診断されている。この大動脈疾患は、胸部中央陰影のうち上行大動脈、大動脈弓部、下行大動脈の陰影が拡大している状態をいい、その原因としては高血圧症、動脈硬化、冠動脈硬化等が考えられる旨の所見が付されている。

(3) 俊男が通院していた佐古外科医院の訴外佐古一穂医師(以下、「佐古医師」ともいう。)の俊男に対する診療内容は、別表(一)記載のとおりである。

(二) 俊男の職歴及び本件災害に至るまでの勤務状況について

(1) 俊男の職歴について

俊男は、昭和四三年四月に会社の親会社に当たる神戸製鋼所を停年退職し、その後引続き同社で嘱託として勤務したのち、昭和四七年三月に訴外株式会社塩野鉄工所(以下、「塩野鉄工所」という。)に就職し、その後昭和四九年八月に同社を退社して、同年九月一七日付けで会社に業務部サービス課倉庫係の雑役工として採用された。

(2) 会社における俊男の作業内容について

俊男は、会社に採用されたのち、主として、同社の部品保管倉庫(以下、「本件倉庫」という。)において雑役工として勤務していたが、一日の作業内容は、入荷した砕石機械部品の分類整理、棚差し、出荷品の梱包等の軽作業(入出荷する部品のうち、重量物については、ホイスト・クレーンで荷造り、運搬が行われていた。)に平均して三時間程度従事する外は倉庫内の事務所(詰所)で伝票、送り状の作成その他の雑用に従事するというものであつた。

(3) 勤務状況について

(イ) 勤務時間は、午前八時三〇分から午後五時までの実働七時間四五分(休憩四五分)であつて、休日は祝祭日のほか、毎週土、日曜日であつた。

(ロ) 残業は、採用時の昭和四九年九月から昭和五〇年三月までは月平均二二時間であつたが、それ以降は月平均約一一時間である。もつとも、残業は、神戸製鋼所の終業時刻に合わせるためのもので一日約三〇分であり、その内容は、同社からの入出荷品の受渡しで、その大半は待機時間であつた。

なお、俊男は毎朝他の従業員よりも早く出勤して事務所内の清掃を行つていたが、会社において俊男を含む従業員に対して早朝出勤を命じたことは全くなく、右早朝出勤は同人が自発的に行つていたものである。そして、事務所の清掃も一〇分程度で十分できるものであつた。

(ハ) 休日出勤は、毎月一回土曜日に行われるものであるが、その際の作業内容は、日常の作業ではなく、単なる出荷品の受渡しである。

(ニ) 俊男の死亡前三か月間の勤務状況は別表(二)の記載のとおりである。なお、同人は昭和五一年一月は、死亡当日である同月一四日の外には同月五日、六日の二日間出勤したのみで、同月七日以降死亡前日までは有給及び病気休暇をとつていた。

(三) 俊男の死亡当日の勤務状況について

俊男は、死亡当日も午前八時ころ出社し、事務所のストーブに火をつけ、本件倉庫の扉を開けた後、事務所で他の従業員と午前九時三〇分ころまで雑談していた。ところが、その後急に姿が見えなくなつたため、不審に思つた上司、同僚が事務所等を探し回つた結果、本件便所内で倒れている同人を発見し、直ちに神鋼病院へ搬送したが、既に死亡していた(以下、同人の右発症を「本件発症」ともいう。)

(四) 俊男の職場環境について

(1) 会社の施設の状況について

俊男が作業に従事していた本件倉庫は、鉄骨造二階建の部品倉庫と作業場からなる建物で、部品倉庫に使用されている関係上人車の出入が多く、その利用上及び構造上から暖房できないため、事務所(詰所)以外は暖房していない。しかし、出入口は南側に面しており、寒風にさらされることはなかつた。そして、同倉庫内には騒音、発熱、有毒ガス等の発生源となる設備もなく、俊男が発症をした本件便所も本件倉庫内の作業場に接続して設置されているもので、水洗設備を含むその構造にも特に欠陥はなかつた。

(2) 本件発症当日までの気象状況について

俊男の死亡前三か月間の神戸市の午前九時の平均気温は、別表(三)記載のとおりであり、死亡当日である昭和五一年一月一四日午前九時の気象は、気温摂氏(以下、気温については摂氏で表示する。)5.2度、天候雨、風向西北西、風速毎秒1.3メートル、湿度八二パーセントであり、一月中旬の気温としては比較的高かつた、更に、前述した死亡前三か月の平均気温に照らせば、この程度の気温をもつて厳冬ということもできない。

(3) 職場の人間関係等について

会社に入社後の俊男の作業内容は、同人の従前の職歴からみれば職種を異にするとはいえ、以前勤務していたものと同種の鉄工機械関連の作業であり、全く異質のものではなかつたから、同人にとつては比較的なじみやすい職場であつた。

また、職場における俊男は中間管理職のような立場ではなく、同年配の従業員も多くいたのであるから、同人だけが特に職場の人間関係に神経を使う必要はなく、これによつて精神的肉体的疲労に陥るということもなかつた。

更に、俊男在職当時、会社では従業員が満六五歳に達するまでは、従業員の解雇を全く行つていなかつた。すなわち、同社では、就業規則上、従業員は満五七歳で停年退職することになつているが、業務上必要なときは期間を定めて停年を延長しており、その結果、これに基づく停年延長者及び五七歳を超えて入社した者については、満六五歳に達するまで雇用する慣行になつていた。それゆえ、俊男が解雇の不安を感じる必要は全くなかつた。

3  本件処分の適法性について

(一) 基礎疾病と業務起因性について

(1) 労働者の死亡が業務上の死亡であるというためには、業務と死亡との間に相当因果関係の存在することを要することは前述したとおりである。そして、特に当該労働者が心臓疾患や高血圧症等の基礎疾病を有する場合において右因果関係が肯定されるためには、単に当該労働者が死亡当時業務に従事していたというだけでは足りず、更に、業務に起因して質的又は量的に急激な精神的肉体的負担が加わり、これが労働者の右基礎疾病を刺激した結果、右疾病が自然的悪化に比して急速な増悪を来たして当該労働者を死亡するに至らしめたものであることが医学的に明らかにされる必要がある。

(2) 俊男は、前述したように、基礎疾病又は既存疾病である高血圧症、心肥大、冠動脈硬化症、冠不全などの心臓疾患が悪化した結果、急性心不全により死亡したものである。

ところで、心不全は、心臓自体に収縮力減退などの障害があつて、心臓、末梢血管系を経て全身の臓器組織へ必要な量と質の血流を循環させることができなくなつた状態をいうが、これは弁膜症、高血圧症、冠動脈硬化、心筋梗塞などの心臓疾患の末期症状である。このうち、急性心不全は、血管運動神経麻痺によるショック状態と解されており、これによつて死亡した場合には、心臓麻痺と診断される場合もあり、文字通り突然心臓機能が停止して死亡するものである。急性心不全は、心臓疾患の悪化によつて、その末期症状として発症することが多いが、このような心臓疾患の素因のある者は、通常は全く健康人と変わらぬ日常生活を営んでいても、突然急性心不全により死亡することもある。このことは、医学的経験からも稀なことではなく、通常の仕事に従事している場合のみならず、食事中、休憩中でも急変は起こりうるものである。

(3) よつて、俊男のように、心臓疾患を有する者が急性心不全で死亡した場合において右死亡が業務上の死亡と認められるためには、従来の業務内容に比して質的又は量的に著しく超過した過度の身体的努力や精神的感動が心臓疾患の負担を増大せしめたことが医学的に判定しうる程度の業務に直結する災害事実が認められることが必要であり、単に当該業務遂行中に発病したこと又は当該業務が心臓疾患に悪影響を与えるものであることのみでは、直ちに業務に起因するものとはいえない。

(二) 本件発症における業務起因性について

そこで、これを本件についてみるのに、

(1) 俊男は、前述のとおり、本件発症以前にも平素から高血圧症をはじめ、動脈硬化等の心臓疾患を有し、その自然的悪化は業務とは無関係に既に相当進行しており、本件発症時には、まさに高血圧症、動脈硬化の末期症状を呈する状況下にあつた。

(2) そして、同人の従事していた業務は軽作業にすぎず、その勤務時間や残業の程度、休暇の利用状況、作業環境等に照らすならば、同人の従事していた業務に起因してその基礎疾病たる心臓疾患が増悪したとみる余地はない。更に、本件発症当日の作業環境も全く通常と変わらず、同人は、現実に本来の作業には全く従事しておらず、同人が発症前において通常の労働量を著しく超過した過度の身体的、精神的努力をしたこと又は業務に関連する突発的かつ異常な出来事が発生した事実もない。

(3) よつて、本件発症は、俊男の心臓疾患の末期症状がたまたま勤務時間中の機会に勤務先の本件便所内で発生したものにすぎないといわなければならない。

(三) 以上のとおり、俊男の本件災害は業務起因性に欠け、業務上の事由に基づくものとはいえないから、本件処分は適法である。

四  被告の主張に対する認否

1  被告の主張第1項の主張は争う。

2  被告の主張第2項について

(一) 同項(一)の事実は認める。

(二) 同項(二)について

(1) 同(1)及び(2)の各事実は認める。

(2) 同(3)の(イ)の事実は認める。同(ロ)前段の事実は認め、同後段のうち、俊男が毎朝他の従業員よりも早く出勤して事務所内の清掃等をしていたことは認め、その余の事実は否認する。同(ハ)の事実は否認する。同(二)の事実は認める。

(三) 同項(三)の事実は認める。

(四) 同項(四)について

(1) 同(1)のうち、本件倉庫が寒風にさらされることがないとの点は否認し、本件便所が構造上特に欠陥を有するものではないとの主張は争い、その余の事実は認める。

(2) 同(2)のうち、厳冬とはいえないとの主張は争い、その余の事実は認める。

(3) 同(3)のうち、会社の就業規則上従業員の停年が満五七歳と定められていたことは認め、その余は争う。

3  被告の主張第3項の主張は争う。

五  原告の反論

1  業務と死亡との間の因果関係について

(一) 労働者の死亡につき、当該労働者が業務上の事由により死亡したというためには、当該労働者が業務遂行中に死亡したものであれば足り、それ以上に業務起因性を要求すべきではなく、仮に、右要件が必要であるとしても、業務遂行中に労働者が死亡した場合は、当然に業務起因性があるものと推定すべきである。

(二) 仮に、右主張が認められず、業務起因性が必要であるとしても、業務上の死亡といいうるためには、業務と死亡との間に合理的関連性があれば足り、右両者間に相当因果関係が存することまでは必要でないと解すべきである。

(三) 仮に、右主張も認められず、両者の間に相当因果関係が必要であるとしても、必ずしも業務の遂行が死亡の唯一の原因となる必要はないものと解すべきである。

すなわち、特定の疾病に罹患しやすい素因又は業務遂行に起因しない既存の疾病(基礎疾病)が条件ないし原因となつて死亡した場合であつても、業務の遂行が基礎疾病を誘発又は増悪させて死亡の時期を早めるなど、それが基礎疾病と共働原因となつて死亡の結果を招いたと認められる場合には、死亡は業務上の死亡と解するのが相当である。そして、一般の災害による傷病死亡の場合は、因果関係は比較的明瞭であるけれども、慢性的基礎疾病を有している労働者が死亡した場合には、業務による慢性的疲労との共働関係を明確にし難い場合が通例であるから、このような基礎疾病を有している労働者の従事する作業内容がその有している基礎疾病に悪影響を与えるとされる性質のものであるときは、当該業務の影響が基礎疾病と共働して発症又は死亡の原因となつているものと推認するのが合理的である。

2  本件事実関係

(一) 俊男の職歴、資質について

(1) 同人の死亡に至るまでの職歴は、次のとおりである。

(イ) 同人は、昭和三年四月に神戸製鋼所に旋盤工として入社し、昭和三一年五月ころまで右作業に従事したが、その後、昭和四三年四月の停年退職までは、旋盤穴ぐりの組長として、約二〇名の部下の指導に当たつた。

(ロ) そして、同社を停年退職後も同年七月まで嘱託として第四機械課担当の安全指導員、工場内の見回り及び報告文書作成等の事務関係の仕事に従事した。

(ハ) また、同人は、その後同年一〇月から昭和四五年六月までアフリカザンビア国の肥料工場において、同行した約二〇〇名の責任者として旋盤使用方法等の技術指導に携つた。

(ニ) 帰国後、昭和四七年三月までは、神戸製鋼所化工機高砂工場第三機械課安全指導員として勤務し、同月に同社を退職した。

(ホ) 同人は、右退職と同時に塩野鉄工所に技術指導員として入社したが、途中現場で仕事に従事する必要が生じたため、昭和四九年八月同社を退職し、同年九月会社に入社した。

(2) このように、俊男は、昭和三年以降昭和三一年五月までは旋盤工としていわゆる肉体労働に従事していたが、それ以降は、もつぱら技術指導員、安全指導員又は事務的仕事に従事していたものであり、会社に入社するまで約二〇年間は、いわゆる肉体労働には従事していなかつた。

(3) 俊男の資質について

同人は、旋盤その他の機械操作等につき、高度な技術を有していたほか、自己の仕事に対する責任感は人一倍強かつた。また、同人は几帳面で、生真面目すぎるともいえる性格であつた。

(二) 会社における俊男の労働条件について

(1) 職場について

同人は、会社の業務部サービス課倉庫係(係長以下合計九名)に所属していたものであるが、右九名の職員の間には特に職務分担の定めはなく、いわゆる共同作業であつた。そして、同人は、右九名の職員のうち最高齢者であつた。

(2) 作業内容について

被告の主張第2項(二)の(2)と同じである。ただし、取扱う部品の種類はさまざまであり、毎日の出荷作業は、伝票に基づき、大きなものは木箱に、小さなものは段ボール箱に詰めて梱包するなど整理を要するものであり、入出荷の際には短時間での作業が要求される。更に、同人は、右の業務のほかに、早朝には事務所の掃除一切及びお茶の用意をするなど、いわゆる事務所内の雑用一切も行つていた。

(3) 勤務状況について

被告の主張第2項(二)の(3)の(イ)と同じである。しかし、前記事務所内の掃除をするために毎朝午前八時には出勤していた事実を考慮すれば、通常でも一日の実働時間は九時間三〇分前後に及んでいる。そして、昭和四九年九月の入社直後から昭和五〇年三月ころまでの間は、毎日平均一時間の超過勤務を余儀なくされ、同年六月ころから死亡直前の同年一二月にかけては、月に一ないし三日の休日出勤をしていた。

(4) 職場環境について

俊男は、冬期においては、一日のうち数時間は暖房設備を有する事務所内にいたが、残る大半は倉庫内で作業をしていた。

ところで、本件倉庫は、入出荷のための車の出入りを考えて常時その扉はあけ放たれており、暖房設備も全くないうえ日照もなく、冬期には寒風にさらされ、内部の気温は外部と殆んど変わらない。また、同人の死亡現場となつた本件便所は、倉庫部分から約一メートル離れており、本件倉庫内の通路を通つていくようにはなつているものの、便所自体は建物からはみ出た形となつており、構造上すき間が多く冬期における寒さは相当と考えられる。更に、水洗設備についても、正面に鋭い突出部分がある欠陥が存する。現に、同人には、死亡当時前額部に右突出部分で打つたことによるものと思われる内出血が存した。

(三) 俊男の健康状態について

同人は、死亡当時六二歳の高齢であり、その平素の健康状態は、被告の主張第2項(一)記載のとおりである。すなわち、同人は、高血圧症、心肥大、冠動脈硬化等の基礎疾病を有していた。

3  業務起因性について

(一) 労働条件からくる労働負担について

(1) 前述のとおり、俊男は、会社に入社する以前二〇年近くいわゆる監督的立場の仕事又は事務的労働に従事しており、会社への就職を決意したのも、自分が有する機械部品についての知識を生かす仕事であり、その内容も極めて軽作業であると考えたためである。

(2) ところが、入社してみると、前述したように、その作業内容は、同人にとつてこれまでに経験をしたこともない重労働であつた。また、その勤務時間等も前述のとおりであり、同人にとつては過重な労働であつた。

(3) 更に、俊男は前述のとおり基礎疾病を有しているところ、このような労働者に対しては、本来使用者において、本人の能力などを考慮したうえで、業務内容を定めるべきであるにもかかわらず、会社は俊男の上司に対しても前述した同人の基礎疾病の存在を知らせなかつたため、俊男は、高齢であり、かつ基礎疾病を持ちながら、他の従業員と同程度の分量の仕事をすることを余儀なくされた。

よつて、会社のこのような手落ちも俊男の基礎疾病を増悪させた一要素というべきである。

(二) 解雇に対する不安からくる精神的ストレスについて

同人は、入社後数か月して、会社が高齢者を解雇する方針であるとの風聞を聞き知るに及んだ。同人は、自分が特に高齢であるところから、いつ解雇されるかも知れないと精神的に動揺していた。更に、高齢のために疲労回復能力が衰えているうえ、不慣れな肉体労働のゆえに疲労が蓄積したときにも、十分に休暇を取つて疲労を回復したいと思いながらも、休暇を取ることによつて会社から不利益な扱いを受け解雇されるのではないかとの不安から、体調が良好でないときにも無理をしながら勤務を続けていた。

なお、会社の就業規則によれば、停年を延長すべきかどうかは、会社の自由裁量に任されているものである。

(三) 気象条件について

前述したように、本件倉庫及び便所には構造上の欠陥があり、高血圧症の同人にとつては劣悪な職場環境であつた。そして、特に同人が死亡した年の冬は、平年に比べて寒さの厳しい年であつた。

(四) 本件災害当日勤務をしたことについて

同人は、前述した過重な労働のために精神的及び肉体的疲労が蓄積した結果、昭和五〇年一二月中旬ころ風邪をひき、年末年始の休日の間病臥していたが軽快しなかつた。ところが、同人は、前述した解雇の不安を持ち、また、自分が欠勤することで職場の同僚に迷惑がかかることをおそれたため、原告の制止にもかかわらず、死亡当日も身体の不快を訴えながら、出勤した。

ところで、身体不調を生じ病臥していた者が職場に復帰する場合には、使用者は、直ちに以前と同様の仕事を行わせるべきではなく、段階的に仕事量を増加させるなどの配慮をすべきであり、特に俊男のように、高齢で環境適応能力に欠け、基礎疾病を有する者については、その必要性は特に大きいものといわなければならない。それにもかかわらず、会社及び俊男の直接の上司である訴外中野隆光係長(以下、「中野係長」という。)は、その点について全く配慮を払わなかつたため、俊男は、死亡当日も午前八時ころ出社し、前述した劣悪な労働条件の職場において、平常どおりの雑役業務に就いた。

(五) このように、本件災害は、前記(一)ないし(四)の諸事情が俊男の基礎疾病を誘発、増悪させて死亡の時期を早め、基礎疾病と共働原因となつて死亡の結果を招いたものである。

4  以上のとおりであるから、俊男は業務上の事由により死亡したものとみるべきであり、本件処分は違法である。

六  原告の反論に対する認否

1  原告の反論第1項の主張は争う。

2  原告の反論第2項について

(一) 同項(一)のうち、俊男が昭和四九年九月会社に入社したことは認め、その余の事実は知らない。

(二) 同項(二)について

(1) 同(1)のうち、俊男が会社の業務部サービス課倉庫係に所属していたことは認め、その余の事実は否認する。

(2) 同(2)第二文以下のうち、俊男が早朝に事務所の掃除をしていたことは認め、その余の事実は否認する。

(3) 同(3)第二文以下は争う。

(4) 同(4)のうち、事務所部分を除く本件倉庫が暖房されていないこと及び本件便所が倉庫部分からはみ出た構造になつていることは認め、その余は争う。

(三) 同項(三)は認める。

3  原告の反論第3項について

(一) 同項(一)は争う。

(二) 同項(二)前段の事実は否認し、同後段の主張は争う。

(三) 同項(三)は争う。

(四) 同項(四)前段のうち、俊男が昭和五〇年一二月中旬ころから風邪をひいていたこと及び死亡当日出勤したことは認め、その余の事実は否認する。同後段の主張は争う。

(五) 同項(五)の主張は争う。

4  原告の反論第4項の主張は争う。

第三  証拠<省略>

理由

一原告が俊男の妻であり、同人の死亡当時その収入によつて生計を維持していたものであること並びに請求原因第1項(俊男の地位について)、第2項(本件災害について)及び第3項(二)(本件処分の存在)の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二本件処分の適否について

そこで、本件処分が適法であるかどうかについて検討する。

1  業務上の災害について

(一)  労働基準法(以下、「労基法」という。)は、労働者の業務上の災害(労働災害)については事業主に無過失責任を負わせ(同法七五条ないし七七条、七九条及び八〇条)、他方、労災法は、事業主の右無過失責任について政府と使用者との間に保険関係を成立させ、業務上の事由又は通勤による労働者の負傷、疾病又は死亡などの災害に対し、政府が使用者に代わつて保険給付をすることにより、その補償を行う制度を採用している(同法一二条の八第二項、労基法八四条一項)。

従つて、労災法一条に規定する「業務上の事由による傷病(災害)」と労基法七五条以下に規定する「業務上の災害」との意義又は要件は同一であると解される。

(二)  そこで、次に、いかなる場合に当該労働者の災害が右の「業務上の災害」といえるかどうかが問題となる。そして、この点については原告は、労働者が業務上の事由により死亡したといえるためには、当該労働者が業務の遂行中に死亡したものであれば足り、死亡が業務に起因することは必要ではなく、また、仮に、右業務起因性が必要であるとしても、業務遂行中に労働者が死亡した場合は、当然に業務起因性があるものと推定すべきであり、仮に、右推定が許されないとしても、当該業務と死亡との間に合理的関連性が認められ、又は当該業務が死亡に影響を及ぼしているものと認められる限り、広く業務起因性を認めるべきである旨主張する。

しかしながら、前述した現行の労働者災害補償制度の趣旨、目的、その他労基法施行規則三五条の規定などを考え合わせれば、右の業務上の事由による労働者の災害とは、その災害が当該労働者の業務の遂行中に発生したものであつて、かつ、その業務と災害との間に相当因果関係が存在すること、すなわち、災害の発生に業務遂行性と業務起因性とが認められることを要するものと解するのが相当である。よつて、これと異なる原告の前記主張は、採用することができない。

(三)  なお、このように解しても、業務のみか傷病等の原因となつていることまでが必要とされるのではなく、傷病等が当該労働者の素因又は既応の基礎疾病を原因として発生したと認められる場合でも、業務に起因して質的又は量的に過重又は急激な精神的、肉体的負担が加わつた結果、右素因又は基礎疾病が自然的悪化に比して急速な増悪をもたらしたと認められる限り、業務と当該傷病等との間に相当因果関係が認められるべきである。

2  業務起因性について

前記争いのない事実によれば、俊男が業務遂行中の生理的必須行為である用便中に心不全により死亡したことは明らかであるから、その業務遂行性については問題がない。よつて、以下、同人の右発症が業務に起因するかどうかについて検討を加えることとする。

(一)  心不全について

<証拠>を総合すれば、次の事実が認められる。

(1) 心不全は、心臓自体に収縮力減退などの障害があつて、心臓、末梢血管系を経て全身の臓器組織へ必要な量と質の血流を循環し得なくなつた状態をいい、弁膜症、高血圧、冠状動脈硬化、心筋梗塞などの心臓疾患の末期症状として発症するものである。そして、このような心臓疾患の末期症状として、又は原因不明で心臓の機能が突然停止して死亡する場合を急性心不全と呼んでおり、このような場合には、いわゆる心臓麻痺と診断されることもある。

(2) 前述のとおり、急性心不全は、心臓疾患の末期症状として発症することが多く、この場合その素因となる心臓疾患が長年の間に徐々に進行し、その自然的増悪の究極の結果として発症するものであるが、右のような心臓疾患のある者については、活動時において体験する平常と異なる著しい精神的、肉体的緊張、過労などが誘因となつて発症することがあり、反面、こうした誘因のない平常時、時には睡眠中などの安静時においても発症することもある。

(3) しかし、いずれにしても、現在の医学水準では、急性心不全の発症時期を事前に予知することは、極めて困難であるとされている。

以上のような事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(二)  俊男の本件発症に至るまでの健康状態について

(1) 俊男は、高血圧症、動脈硬化、冠動脈硬化等の心臓疾患(基礎疾病)を有し、昭和五〇年九月以降は、血圧の最高は一五〇から一八〇程度、最低は八〇から一〇〇程度であつたこと及び同人が昭和五〇年五月以降別表(一)記載のとおり佐古医師の診療を受けていることは、当事者に争いがない。

(2) 証人佐古一穂の証言によれば、俊男の高血圧は本態性高血圧であり、佐古医師のもとに時々通院して降圧剤、精神安定剤等の投与を受けていたが、一般的には、通常の日常生活をし、軽作業に従事することには差支えない程度の症状であつたので、同医師は、俊男に対し、労働の制限等の指示はしておらず、また、昭和五一年一月一二日に心肥大を認めた際も、冠不全等を考慮して一応の投薬をしたものの、直ちに心不全の発症が予想されるようなものではないと判断したので、俊男に対し、出勤を見合わせて休養するよう強く指示するようなことはしなかつたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(三)  俊男の労働条件及び本件発症当日の勤務状況について

(1) 俊男の昭和五〇年一〇月から本件発症当日までの出勤状況が別表(二)記載のとおりであること及び被告の主張第2項(三)の事実(本件発症当日の勤務状況)は、当事者間に争いがない。

(2) そして、<証拠>を総合すれば、次の事実が認められる。

(イ) 俊男は、昭和三年四月に神戸製鋼所に入社し、同社第四機械課に旋盤工として勤務し、昭和三一年五月には、組長に任命された。昭和四三年四月に同社を停年で退職したのちも昭和四七年三月まで同社に嘱託として勤務し、その間は、技術指導のためアフリカザンビア国に赴いたり、安全指導員を勤めたりしていた。

同社退職と同時に塩野鉄工所に技術指導員として勤務し、昭和四九年八月に同社を退職後、同年九月一七日、神戸製鋼所の下請会社である会社に就職した。

(ロ) 同人は、会社では、業務部サービス課倉庫係の雑役工として勤務し、主として本件倉庫において、神戸製鋼所高砂工場から入荷する砕石機械の部品の分類整理、棚差し、右部品を出荷するための荷造りその他の出荷作業に一日平均三時間程度従事するほかは、伝票の整理その他の雑用に従事していた(この事実は、当事者間に争いがない。)。そして、これら入出荷にかかる部品は、重いものでは二トン位のものもあるが、重いものは、本件倉庫内に設置されているホイスト・クレーンによつて荷造りをし、移動されていた。

なお、本件倉庫における入荷品の荷受けは、一週間に一、二回程度であり、出荷業務は、毎日、通常は午後三時から終業までの間に行われていたが、繁閑があつて必ずしも一定せず、勤務時間中に手待時間もあつた。

(ハ) 会社の仕事は、昭和四九年ころから不況の影響を受けて減少しており、本件発症前二、三か月の間に特に仕事の量が増加したというようなことはなかつた。

(ニ) 俊男の勤務時間は、午前八時三〇分から午後五時までの間、休憩四五分を除く実働七時間四五分であり、休日は毎週土曜、日曜及び祝祭日である(この事実は、当事者間に争いがない。)。

残業は、昭和五〇年三月までは一か月二二時間程度行われていたが、それ以降は一か月一一時間程度であつて一日三〇分を超える残業は行われていない。そして、一日三〇分の残業は、親会社である神戸製鋼所の終業時刻が午後五時であることから、同社高砂工場からの出荷に合わせて毎日三〇分ずついわば、時間調整として行つているものであり、これを超える部分は、本件倉庫へ荷物を取りに来る(通常は、午後三時ころからとなつている。)運送会社の車を待つているための残業であつて、その業務内容はほとんどが待機時間であつた。

休日出勤は、一か月のうち、一回程度行われているが、その業務の内容も、直接部品を受け取りに来るユーザーに出荷品の受渡しをする作業がほとんどであり、平日と同様の仕事又は平日の仕事の残務処理をするものではない。

(ホ) なお、俊男は、毎日午前八時ころに出勤して本件倉庫内の事務所内の清掃等に従事していた(同人が早朝右清掃をしていたことは、当事者間に争いがない。)。しかし、これは、几帳面な性格の同人が自発的に行つていたものであつて、会社が同人に命じたものではなく、しかも、右清掃自体は、一〇分程度あれば終えることができるものである。

(ヘ) このような会社の仕事は、俊男にとつては新しい経験であつたため、同人も会社入社当初は仕事にややとまどつていたが、比較的仕事覚えがよかつたこともあつて、約半年位で会社の仕事にも慣れており、本件発症に至るまで、特に身体の不調又は仕事に対する苦情を同僚の従業員又は上司に訴えたようなことはなかつた。

右のような事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(3) 以上の事実、とりわけ、俊男の会社における勤務時間、職務内容及び本件発症当日の勤務内容に前記(二)で認定した俊男の本件発症に至るまでの健康状態を合わせ考えれば、俊男の会社における勤務に基づく疲労が同人の身体状況に対し全く影響を与えなかつたとはいえないものの、右勤務が同人の基礎疾病の悪化を自然的悪化に比して著しく促進させるほど過重なものであつたとは考えられず、また、本件発症に至るまでの間、同人に対して業務に起因して質的又は量的に急激な精神的、肉体的負担が加わつたとも認められない。

(4) なお、原告は、基礎疾病を有している労働者に対しては、使用者において当該労働者の能力などを十分考慮したうえで業務内容を定めるべきであるにもかかわらず、会社が俊男の上司に対して俊男の高血圧症、心臓病を全く知らせていなかつたため、同人は他の従業員と同程度の分量の仕事をすることを余儀なくされていた旨を主張し、<証拠>によれば、俊男が会社に入社した当初、その直接の上司である中野係長は俊男が高血圧症を有する旨を知らされていなかつたことが認められる。

しかし、<証拠>を総合すれば、俊男は、昭和四九年九月五日の入職時健康診断(その結果が被告の主張第2項(一)の(1)記載のとおりであることは、当事者間に争いがない。)において、血圧に問題があるとされたが、同月六日に医師の治療を受けたのち、同月七日に再度血圧の測定をしたところ、血圧一六〇―九二、一六〇―八八の結果が得られたので、高血圧の治療を受けることを条件に採用を可とされたものであること及び俊男は、昭和五〇年中に二度にわたり定期健康診断を受けている(その結果が被告の主張第2項(一)の(2)記載のとおりであることは、当事者間に争いがない。)が、右診断結果に基づき、医師から会社に対して俊男の就労を制限すべき旨の指示ないし指導はされていないことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

そして、俊男の掛り付けの医師である佐古医師も俊男に対して労働を制限すべき旨の指示はしておらず、また、同人が中野係長に対して身体の不調を訴えたことがなかつたこと及び俊男の仕事内容は前述のとおりであるから、これらの事実に照らすならば、会社が俊男の仕事量を軽減する措置を講じなかつたことをもつて、会社に健康管理上の落度があつたということはできない。

よつて、原告の右主張は、採用できない。

(四)  解雇の不安について

(1) ところで、原告は、俊男が高齢のゆえに会社を解雇されるのではないかという不安により精神的に動揺しており、かつ、右不安のため体調が良好でないときにも無理に出勤を続けていた旨主張する。

(2) しかしながら、<証拠>を総合すれば、次の事実が認められる。

(イ) 俊男の職場の従業員は、中野係長のほか、八ないし一四名であつたが、これらのうち、かなりの者は、俊男と同じく神戸製鋼所の停年退職者であり、そのため、年齢的にも俊男とほぼ同年輩の作業員が多く、同人が職場において最高齢者というわけではなかつた。

(ロ) 俊男の在勤当時の会社の就業規則五二条一項本文によれば、従業員が満五七歳に達した直後の三月又は九月をもつて停年退職とする旨規定し、満五七歳の停年制度が定められていた(五七歳の停年制が定められていた点は、当事者間に争いがない。)が、会社は同規則五二条一項但書の「ただし業務上必要あるときは期間を定め適宜停年を延長することが出来る。」との規定を適用して、満五七歳に達した従業員についても、健康上の問題がない限り、満六五歳まで停年を延長する慣行があり、特に、満五七歳を超えてから新規入社した者は満六五歳まで雇用していた。そして、この会社の取扱いは、採用面接時及び採用決定時に重ねて会社から当該従業員に告知されている。

以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

そして、二度にわたる俊男の定期健康診断の結果によつても、医師が会社に対し、俊男の就労を制限すべき旨の指示ないし指導をしたことはなかつたことも前述のとおりである。

(3) よつて、これらの事実に照らすならば、俊男が解雇の不安により精神的に動揺し、又は右不安のために、身体の変調を押してまで出勤せざるを得ない状況にあつたというような事情の存在を認めることはできないから、原告の前記主張は、その前提を欠くものとして、採用できない。

(五)  職場環境について

(1) 次に、原告は、本件倉庫及び便所には冬期寒風が直接吹き込むなどの構造上の欠陥があつたため、それが同人の基礎疾病を増悪させた旨主張する。

(2) しかしながら、<証拠>を総合すれば、次の事実が認められる。

(イ) 本件倉庫は、鉄骨スレート葺二階建の建物であり、そのうちの半分が部品倉庫と詰所に、その余の部分が作業場にそれぞれ使用されている。

(ロ) 本件倉庫は、北側入口横の事務所(詰所)以外は暖房されていなかつたが、その出入口は南に面して開口しているので、冬期においても、作業場が直接寒風にさらされるというようなことはなかつた。

(ハ) 本件便所は、本件倉庫内の作業場に接続して設置されている水洗便所であり(この点は、当事者間に争いがない。)、その出入口も作業場側にあつて(扉も設置されている。)、便所内が直接寒風にさらされるようなことはなく、作業場内の便所として特に構造上の欠陥は存在しない。

(ニ) 神戸市の昭和五〇年一一月ないし昭和五一年一月(但し、五一年一月は上旬のみ。)の月平均気温は、それぞれ13.0度(平年よりも0.4度高い。)、7.2度(平年よりも0.2度低い。)、6.5度(平年よりも1.8度高い。)であり(この点は、当事者間に争いがない。)、俊男の死亡当日である同月一四日午前九時の気象状況についていえば、天候は雨、風向は西北西、風速1.3メートル、湿度は、八二パーセント、気温は5.0度であつた。

以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

そして、本件倉庫内に騒音、発熱、有毒ガス等の発生源となるような設備は存在しないことは当事者間に争いがない。

なお、原告は、本件便所正面のペーパーホルダーの突出部分が鋭く、俊男が同部分で額を打つて内出血していたと主張するが、本件全証拠によつても、右打撲が本件発症の原因ないし誘引となつたということを認めることはできない。

(3) 以上の事実によれば、本件倉庫等の作業環境には格別欠陥があつたということはできず、また、本件発症当日を含め、昭和五〇年一一月以降は、冬期の気象としては普通のもので、異常とみられるものでもないから、俊男の本件発症は、使用者が指定し、又は業務の遂行上使用が必要とされる施設の瑕疵又は右瑕疵と気象状況との競合に起因して発生したものということはできない。

従つて、この点に関する原告の主張は採用できない。

(六)  当日の俊男の勤務状況について

(1) 更に、原告は、本件発症当時、俊男はいまだ前年の暮以降、労働による疲労が回復していないにもかかわらず、他の同僚に迷惑をかけることをおそれて出勤したものであり、しかも、会社はこうした体調の同人に対して平常どおりの仕事量を課したために本件発症が起きたものであるから、なお、本件では業務起因性が認められるべきである旨主張する。

(2) しかしながら、俊男の昭和五〇年一一月から本件発症当日までの出勤状況及び本件発症当日の勤務状況は、前記(三)の(1)において述べたとおりであり、右事実に前掲乙第一二号証及び中野証言を総合すれば、俊男は、出勤後自発的に行つている倉庫内事務所の清掃等のほかには、格別の作業は行つていないことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(3) よつて、本件発症が当日の同人の勤務に起因し、又はこれが誘引となつて発生したものと認めることはできず、原告の右主張も採用できない。

3  本件処分の適法性について

以上述べたところによれば、俊男が平常会社で従事していた作業は、その職務内容、勤務時間等からみて、重労働というようなものではなくて、むしろ軽作業であつたとみるのが相当であり、人的又は物的な職場環境及び会社の俊男に対する労務管理についても格別瑕疵があつたということはできず、結局これらに起因して同人の基礎疾病が増悪したものと認めることはできない。更に、本件発症当日である昭和五一年一月一四日の勤務についても、これが通常の労働量を著しく超過し、同人の有する基礎疾病を増悪させうるような過重なものではなかつたことは明らかであり、また、当日本件発症前において、同人に対し、業務に起因して質的又は量的に急激な精神的又は肉体的な負担が加わつたと認めることもできない。そして、以上の点に前述のとおり、同人には基礎疾病としての心臓疾患が存在し、心臓疾患等に基づく急性心不全は安静時においても発症することがありうるものであり、その発症を事前に予知することは困難であることをも考え合わせれば、同人の本件発症が業務遂行中に発生したというだけで、業務が本件発症の原因又は誘因であると認めることはできない。

従つて、俊男の死亡と業務との間には相当因果関係があるとはいえず、同人の死亡は業務起因性を欠くというべきであるから、同人の死亡は業務上の事由に基づくものとは認められないとした本件処分は適法であり、これを違法とする原告の主張は理由がない。

三結論

よつて、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(村上博巳 笠井昇 田中敦)

別表(一)、(二)<省略>

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