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神戸地方裁判所 昭和53年(行ウ)42号 判決 1982年9月29日

原告

失野通則

右訴訟代理人

竹下重人

桑原太枝子

被告

芦屋税務署長

石光幸平

右指定代理人

高須要子

外四名

主文

原告の主位的訴を却下し、予備的請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  主位的請求

(一) 訴外昭和税務署長が原告に対し、昭和五一年五月八日付でした原告の昭和四八年分所得税についての再更正処分のうち、分離短期譲渡所得金額を一四三五万九〇〇〇円とし、納付すべき税額を七五三万六八〇〇円とした部分を取消す。

(二) 訴訟費用は被告の負担とする。

2  予備的請求

(一) 訴外昭和税務署長が原告に対し昭和五一年五月八日付でした、原告の昭和四八年所得税についての昭和五一年一月二七日付更正請求における分離短期譲渡所得金額の部分は更正すべき理由がないとする処分を取消す。

(二) 訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の主位的請求及び予備的請求をいずれも棄却する。

2  主文第二項と同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和四八年度分の所得税につき、法定期限内に当時の原告住所地名古屋市天白区天白町八事音聞山一四三番地を所轄する訴外昭和税務署長に対し、別表(1)の確定申告欄に記載のとおり確定申告をしたが、昭和四九年一一月二八日同税務署長に対し、国税通則法二三条に基づき更正の請求をしたところ、同税務署長は、昭和五〇年七月二三日付で同表更正処分欄記載のとおり更正処分をした。

その後、原告は、昭和五一年一月二七日に同税務署長に対し、所得税法一五二条に基づいて前記四八年度の所得税につき、同表更正請求欄記載のとおり更正するよう再更正請求をしたところ、同税務署長は、同五一年五月八日付で同表再更正処分記載のとおり一部滅額の再更正処分(以下、この再更正処分を「本件処分」という。)をした。

2  しかしながら、左記のとおり、本件処分は、所得税法六四条一項の解釈、適用を誤つた結果、原告には分離短期譲渡所得がなかつたものとすべきであるにもかかわらず、同表再更正処分欄記載のとおりの分離短期譲渡所得を認定したものであり、違法である。

(一) 訴外早稲田観光株式会社(以下、「早稲田観光」という。は、別荘用地の造成及び分譲等を目的とする会社であり、原告は、昭和四八年当時、同社の代表取締役の地位にあつた。

(二) 原告は、早稲田観光に対し、

(1) 昭和四八年三月五日、自己の所有する岐阜県恵那福岡町大字田瀬字野頭一、三七五番地の二ないし二一の二〇筆の土地六、〇八三平方メートル(以下、「甲土地」という。)を一四七一万二〇〇〇円で売買する契約をし、同年八月二日右物件を引渡し、同月一〇日又は一七日所有権移転登記を了した。

(2) 同年三月一五日、自己の所有する同郡蛭川村笹場一、八九一番地の四の土地一、一六八平方メートル、同所一、九〇六番地の土地一、〇九〇平方メートル及び同所一、九三七番地の土地七一四平方メートル(以下、右三筆の土地を「乙土地」という。)を五三四万九六〇〇円で売買する契約をし、同年九月二七日所有権移転登記を了し、同年一〇月五日右物件を引渡した。

(三) 原告の右甲土地及び乙土地(以下、両者を合わせて「本件土地」ともいう。)の売却は、当時資金繰りに窮していた早稲田観光の経営の建て直しを図るためにされたものであり、そのため、右売買契約においては、売買代金は、本件土地が第三者に分譲され、右代金が同社に入金された時に、その部分に関する代金を原告に支払う旨の特約が存在した。

(四) その後、本件土地は、早稲田観光が保留した同郡福岡町大字田瀬字野頭一、三七五番地の一七及び二一を除き全て分譲され、同社は右分譲代金の支払いを受けたが、同社の経営が好転しなかつたため、原告は、同社から当初三回の分譲部分に関する土地代金一八五万七六〇〇円の支払いを受けたにとどまり、残代金は未払いの状況にあつた。

(五) かくするうち、早稲田観光は、昭和五〇年五月に不渡手形を出して事実上倒産し、原告も同社の代表取締役を辞任した。その後、同社の大口債権者による債権者集会が数回開催され、結局、昭和五一年一月一六日の集会で、原告は同社に対する前記残債権全額の放棄を余儀なくされた。

(六) 以上のとおり、原告の早稲田観光に対する売買残代金一八二〇万四〇〇〇円は、前同日をもつて回収不能が確定したのであるから、右回収不能につき、所得税法六四条一項が適用されるべきである。

3  仮に、本件処分が原告にとつて有利な減額更正処分であつて取消請求の対象とはなり得ないとしても、本件処分には原告の前記再更正請求の一部を棄却した処分が含まれているものとみるべきところ、右一部請求棄却の処分は前同一の理由により違法である。

4  なお、原告は、昭和五二年五月以降は肩書住所地に居住しているので、その納税地を所轄する税務署長は被告である。

5  よつて、原告は、主位的に、本件処分中の分離短期譲渡所得金額を一四三五万九〇〇〇円とし、納付すべき税額を七五三万六八〇〇円とした部分の取消を求め、予備的に、本件処分中に含まれているものとみられる昭和五一年一月二七日付原告の更正請求について、昭和税務署長が同年五月八日付でした、分離短期譲渡所得金額の部分に関しては更正すべき理由がないとした処分の取消を求める。

二  請求原因に対する認否及び被告の主張<以下、省略>

理由

第一主位的請求について

原告の主位的請求は、いわゆる減額再更正処分の取消しを求めるものである。しかしながら、このような減額再更正処分は、それにより減少した税額に係る部分についてのみ法的効果を及ぼすものであつて、当初の更正処分とは別個独立の課税処分ではなく、その実質は、当初の更正処分の変更であり、かつ、税額の一部取消しという納税者に有利な結果をもたらす処分であるから、納税者は、もつぱら減額された当初の更正処分の取消しを求めれば足り、右再更正処分の取消しを求める訴の利益を有しないものと解すべきである(最高裁判所昭和五六年四月二四日判決・民集三五巻三号六七二頁参照)。

従つて、原告の主位的請求は、訴の利益を欠くものとして、却下を免れない。

第二予備的請求について

一本件処分に至る経過

本件処分がなされるに至つた経過は、次のとおりである(第1項、第2項前段及び第4項の各事実は当事者間に争いがなく、第2項後段及び第3項の各事実は、<証拠>によりこれを認めることができる。)。

1  早稲田観光は、別荘用地の造成及び分譲を目的とする会社であり、原告は、昭和四八年当時、同社の代表取締役の地位にあつたが、原告は、同社に対し、

(一) 昭和四八年三月五日自己の所有する甲土地を一四七一万二〇〇〇円で売り渡す旨の売買契約をし、同年八月二日右物件を引渡し、同月一〇日又は一七日所有権移転登記を了した。

(二) 同年三月一五日自己の所有する乙土地を五三四万九六〇〇円で売り渡す旨の売買契約をし、同年九月二七日所有権移転登記を了し、同年一〇月五日右物件を引渡した。

そして、本件土地(甲土地及び乙土地)は、請求原因第2項(四)記載の二筆を除き、昭和四九年一一月一九日までに同社から第三者に分譲された。

2  原告は、昭和四八年度分の所得税について法定申告期限内に、昭和税務署長に対し、別表(1)の確定申告欄記載のとおり確定申告をした。

右申告中において、原告は、本件土地の売買代金合計二〇〇六万一六〇〇円から本件土地の取得費(改良費)五七〇万一八八三円を控除した一四三五万九〇〇〇円(千円未満は切り捨て)を分離短期譲渡所得金額として申告した。

3  その後、早稲田観光は昭和五〇年五月ごろ事実上倒産した。そのため原告の個人財産についても財産整理が行われたが、その過程で、以前から同社の税務顧問として同社の記帳指導、決算及び税務申告を担当していた税理士訴外前田純三において、前記昭和四八年度の申告所得税額が多額であつたところから、原告に対し、本件短期譲渡所得に関し、所得税法六四条一項が適用される可能性があるとして、同年度の所得税につき更正請求をすることを勧告した。

4  そこで、原告は、昭和税務署長に対し、昭和五一年一月二七日付で、別表(一)記載のとおり分譲短期譲渡所得を零とする更正請求をし、これに対してされたのが本件処分である。

二本件土地代金に係る準消費貸借契約の成否

1  早稲田観光が本件土地の売買代金につき、元帳及び振替伝票において、それぞれ借方を土地仕入、貸方を借入金とする経理処理を行つていたことは当事者間に争いがない。この点に関し、原告は、右経理処理は当時同社の経理事務を担当していた事務員の訴外千葉みどりが原告の指示も、前記前田税理士の指示も受けずに独断で行つたものであつて、原告はこれには全く関与していない旨主張する。

しかしながら、<証拠>によれば、早稲田観光は原告との取引につき、社長勘定というような勘定科目を設けることなく、これをすべて借入金勘定に計上する取扱をしていたが、このような経理処理は、同社と原告との貸借関係が頻繁であるうえ、同社の経理関係が混乱していたところから、経理を単純化し、決算を容易にするために、前記前田が指導していたものであること及び本件経理処理も右取扱いに従つて行われたものであることがそれぞれ認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

そして、<証拠>によれば、本件土地売買に関する名仕訳(振替)伝票には右前田の検印が押されていること並びに早稲田観光の昭和四八年一月一日から同年一二月三一日までの事業年度分の決算書及び附属明細書には、本件土地の売買代金を含む同社の原告に対する債務が借入金として一括計上されていることが認められ、さらに、<証拠>によれば、同社は、昭和四八年当時、約一五〇人もの従業員を使用していたが、その実質は原告及びその家族が支配するいわゆる同族会社であり、その経理は、前記前田純三の指導の下に、事務員の同千葉みどり及び同亀山美代子の二名が担当していたに過ぎないことが認められる。従つて、このような状況の下で日常同社と原告との貸借関係が頻繁に発生しておりながら、これらの経理処理につき、原告が全く関知していなかつたとは到底考えられない。

以上によれば、本件経理処理は、千葉みどりが原告の直接又は前記前田を通じての間接の指示に基づいて行つたものと認めるのが相当であ<る。>

2  しかしながら、原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件売買代金につき早稲田観光から利息を収受していなかつたことが認められ、右認定に反する証拠はない。また、前掲各証拠によれば、前記千葉及び同前田は、本件土地の売買代金を借入金勘定に計上することにより、なんらかの法的効果が生ずることの意図もしくは認識を有していたわけではなく、単に経理を簡易にするという目的からこれを行つていたに過ぎないことが認められる。

3  従つて、これらの事実を合わせ考えれば、前記経理処理は原告の意思に基づいたものであるが、それはあくまでも経理上の便宜から行われたものに過ぎず、このことから直ちに本件売買代金を消費貸借の目的とする準消費貸借契約が成立していたものと解することはできず、他にこれを認めるに足りる証拠もない。

よつて、被告の主張第(一)項(1)は認めることができない。

三本件売買代金の回収の有無

1  原告が本件土地代金の一部として、早稲田観光から一八五万七六〇〇円の支払いを受けたことは、当事者間に争いがない。

2  <証拠>によれば、原告は、早稲田観光に対する債権の回収については、一時的な貸借で、短期的に返済されるものを除き、原則として、先に貸し付けたものから順次返済を受ける、いわば先入先出法ともいうべき方法をとつていたことが認められる。

3  ところで、原告の主張する請求原因第2項(三)の特約は、成立に争いのない甲第三号証には記載されておらず、前記千葉みどりに対して原告がかかる特約に基づく経理処理を指示した事実も認められない(そもそも、原告は、右千葉に対し、本件土地売買代金の経理処理についてなんら指示をしたことはない旨を主張している。)。従つて、これらに徴すれば、請求原因第2項(三)の特約が存在したとの原告本人の供述は、にわかに信用することができず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

4  そこで、<証拠>により認められる昭和四八年一月から同四九年一二月までの間の原告と早稲田観光との取引から、前記一時的貸借関係に該当し、あるいは、返済の対象が明確に記帳されていることにより、弁済とそれが充当された債権との対応関係が明らかなものを除いた原告の同社に対する債権の回収状況を、前記先入先出法により返済に充てられたと考えられる債権と対比させてみると、別表(2)記載のとおりの対応関係が認められる。

他方、原告は、右期間内において、本件土地の売買代金に優先して返済に充てられるべき弁済期の定め又は他の債権の存在をなんら主張立証しておらず、また、本件土地売買代金の支払についての原告主張の特約の存在が認められないことは、前記のとおりである。

5 以上認定の各事実に前記二で認定した早稲田観光の原告との取引についての経理処理及び前記一で認定した原告が更正請求をするに及んだ経緯を合わせ考えると、原告は、早稲田観光に対する債権の回収については、一時的な貸借関係等で早期に返済を受けるために特に指示した場合を除き、本件土地の売買代金債権と他の貸付等によつて生じた債権とを区別することなく、同社から支払いを受けた金員を、前記千葉及び亀山等をして先入先出法により適宜充当させていたものであり、前記のように前田から指摘を受けるまでは、右千葉等のした弁済充当を特に問題にしていなかつたものと認めるのが相当である。

ところで、前述のとおり、譲渡所得については、発生主義がとられている(最高裁判所昭和四七年一二月二六日判決・民集二六巻一〇号二〇八三頁参照)のであるから、所得税法六四条一項所定の事由は、すでに発生した所得の変更事由であり、同条項の適用を主張するものが、右事実を立証する必要があると解されるところ、以上述べたところによれば、甲土地の売買代金は昭和四九年七月一五日、乙土地の売買代金は同年一二月一六日までに回収済みであるとも考えられるから、<証拠>中、本件土地売買代金中一八二〇万四〇〇〇円が未払いであり、右額について回収不能が生じたとの原告主張事実に副う部分は、たやすく信用することができず、他に本件土地売買代金の回収不能の事実を認めるに足りる証拠はない。

従つて、原告の右主張は採用することができない。

四本件処分の適法性

1 前記一の1の(一)、(二)で認定した事実によれば、原告が本件土地の譲渡によつて二〇〇六万一六〇〇円の所得を得たものと認められる。

2  <証拠>によれば、原告は、本件土地を取得後五年以内に早稲田観光に譲渡した事実が認められるので、右所得は短期譲渡所得であつて、租税特別措置法三二条(昭和四八年法律第一六号による改正前のもの)による課税の特例の適用される場合である。

3  本件土地の取得費(改良費)が五七〇万一八八三円であることは当事者間に争いがない。

4  よつて、本件土地の譲渡による分離短期譲渡所得金額一四三五万九〇〇〇円(千円未満は切り捨て)を認めた本件処分は適法であり、これを違法とする原告の主張は理由がない。

第三結論

以上のとおり、原告の主位的訴は不適法であるからこれを却下し、予備的請求は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(村上博巳 笠井昇 田中敦)

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