神戸地方裁判所 昭和54年(タ)21号 判決 1979年11月05日
原告 アーネスト・カザルス・ザイロタ
右訴訟代理人弁護士 野田底吾
同 中村良三
同 羽柴修
同 永田徹
被告 甲野花子こと 乙花子
主文
原告と被告とを離婚する。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、請求原因として、
一、原告はフィリッピン国籍の男子(一九五二年三月一〇日生)で被告は朝鮮国籍の女子(一九五二年七月四日生)で、原告と被告は日本において昭和四八年一一月正式に婚姻届をなし法律上の夫婦となった。
二、原告は昭和五二年ころより被告にフィリッピンへ一緒に帰国して生活することを勧めたが、被告は頑としてこれを拒み、逆に原告を罵倒して一方的に原告方を去り、以来同居を拒否している。被告の右のような行為は明らかに原・被告間の婚姻関係を将来継続することを不可能にするものであり、これにより原・被告間の婚姻関係は完全に破綻するに至っている。
三、よって、被告の右所為は日本民法七七〇条一項二号、五号の裁判上の離婚原因に該当するので、原告は被告との離婚を求める。
なお、原・被告間の離婚に関する準拠法は法例一六条本文により原告の本国法であるフィリッピン法になるが、フィリッピン民法九七条に「①刑法において定める妻の姦通及び夫の蓄妾行為、②夫婦の一方の他方に対する殺人未遂行為の場合に限り法定別居を求める訴ができる」と規定するのみで、離婚禁止法制をとっているものとみられ、しかも同民法一五条によれば「家族の権利義務又は人の法律上の身分・地位および能力に関するフィリッピンの法律は外国にあるフィリッピン人にも適用される」と規定され、属人法主義をとっているから反致の可能性もない。しかし、フィリッピン民法の離婚禁止法制は明らかに個人の尊厳という世界共通の公序に反しているもので、かかる法制自体が法例三〇条にいう公序違反と考えられるが、一歩譲っても、本件においては、被告は原告との同居を拒んで去ったもので原・被告間の婚姻関係は完全に破綻しているところ、フィリッピン民法を本件に適用して原・被告間の離婚を認めない結果となることは我国の公序に反することになるのは明らかであるから、本件につきフィリッピン民法を排除して日本民法を適用すべきである。
と陳述し、立証として甲第一号証を提出し、原・被告各本人尋問の結果を援用した。
被告は「原告と被告が離婚することに異議がない。しかし、原・被告間の婚姻生活破綻の原因は原告にあり、被告にはない。」と主張した。
理由
一、《証拠省略》によれば次の事実が認められる。
(一) 原告はフィリッピン国籍を有する男子(一九五二年三月一〇日生)であり、被告は朝鮮国籍を有する女子(一九五二年七月四日生)であるが、被告は日本で出生して以来日本に永住しているものである。
(二) 原告はフィリッピンの船員であるが、観光ビザで日本に滞在中、知り合った被告と恋愛のうえ、被告の母方である神戸市○○区○○○×番×号で被告と同棲するに至り昭和四八年一一月一四日被告との婚姻届をした。右婚姻当時原告は将来フィリッピンに帰国して被告との婚姻生活をすることを希望し、被告もこれを了承していた。
(三) そして、原告は、その後観光ビザによる日本滞在期間を更新したり、一旦出国のうえ再び日本を訪れて同様観光ビザで日本に滞在するなどしてその滞在期間中被告の実家で被告との婚姻共同生活を送ってきたが、昭和五二年ころ被告に対しフィリッピンに一緒に帰国して暮そうと提案したところ、被告は異国であるフィリッピンでの生活に不安があるとしてこれを拒絶し、且つ、これまでにおける原告との婚姻共同生活は原告の日本滞在が観光ビザによるものであった関係上種々制約を受け、ことに経済的には被告の負担になっており、原告との生活に愛想をつかしていた折柄、原告と別れることとし、爾来被告は原告のもとを去って被告の実兄方に寓居して現在に至っている。原告は被告が去ったのち、被告の実家に居づらくなり他に居所を移して生活している。被告は今後とも原告との婚姻生活をするつもりはなく、原告と離婚することを希望している。
以上のとおり認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。
右事実によれば、被告は原告との婚姻共同生活を廃絶する意図をもって原告と別居しているものというべく、原告が本訴請求に及び、被告も離婚を希望している以上原・被告間の婚姻関係は完全に破綻しており回復の見込はない。被告の右所為は悪意をもって原告を遺棄したものであり、且つ原・被告間には婚姻を継続し難い重大な事由があるというべきである(なお、右婚姻関係の破綻の原因が専ら原告にあるとはいえない)。そうすると、本件については、日本民法七七〇条一項二号、五号該当の離婚原因がある。
二、ところで、原告主張の如く、法例一六条本文によれば、国際離婚の準拠法はその原因事実発生当時における夫の本国法によるべきものとされ、本件離婚原因発生時における夫たる原告の本国法であるフィリッピン共和国の法律では、婚姻した夫婦については法定の別居のみを容認して離婚を認めず、また反致の制度も認めていないというべきであるから、その本国法によれば本件のような場合でも離婚は許されないものである。この点、原告は、フィリッピン法の離婚禁止の法制自体公序に反するものであり、一歩譲っても本件につき同法を適用した結果が我国の公序に反するというべきであるから、本件においては同法の適用を排除して日本民法を適用すべきである旨主張するので按ずるに、まずフィリッピン法の離婚禁止の法制それ自体が公序に反するとは解されない。しかし、本件の具体的事案についてみるに、本件は、その本国法において離婚が認められていないフィリッピン国籍を有する原告が被告に対し離婚を求める案件であるとは云え、原・被告間の婚姻届は日本でなされ、その婚姻共同生活は専ら日本においてなされたものであること、そして原告は日本において被告から遺棄され、且つその婚姻共同生活は完全に破綻して回復の見込みがない(またその破綻の原因が専ら原告に帰せられるものではない)こと、他方、被告の国籍は朝鮮である(因みに、その国籍にかんがみて被告の本国法というべき朝鮮民主主義共和国における離婚に関する法は必らずしも詳らかでないが、同国における一九四六年七月三〇日公布施行の男女平等権に関する法令五条、一九五六年三月六日付司法省規則である離婚事件審理に関する規定九条等に徴し、その本国法によれば右認定の事情は離婚事由となるものと推認される)が、出生以来日本に永住して社会生活を営んでいるものであり、被告としても原告との離婚を望んでいることを考え合わせると、本件事案は我国における私法的社会生活とかなり密接な牽連性もあり、本件につき原告の本国法たるフィリッピン法に準拠して原・被告間の離婚を永久に認めないとすることは我国における婚姻(離婚)に関する基本的な道義観念に悖る結果となって、ひいては我国の公の秩序又は善良の風俗に反するものというべきである。そうすると、本件に関しては原告の本国法であるフィリッピン法の適用は法例三〇条により排除さるべく、かかる場合、法廷地法たる日本民法七七〇条一項二号、四号の該当の離婚事由がある以上、原告が被告と離婚することは許容すべきものと考えられる。
三、よって、原告の本訴離婚請求は理由があるので認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 谷口彰)