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神戸地方裁判所 昭和54年(タ)30号 判決 1981年9月29日

本籍 兵庫県姫路市 住所 神戸市

原告 北野義晴

右法定代理人親権者 北野千加子

国籍 中華民国 住所 神戸市

被告 孫子智

主文

一  原告を被告の子と認知する。

二  訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判。

(請求の趣旨)

主文一・二項。

(請求の趣旨に対する答弁)

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

(請求の原因)

一  原告の母・訴外北野千加子(以下単に千加子という)は、日本国籍を有し、被告は中国・国籍を有する。

二  千加子は、昭和三四年三月頃から被告と継続的に肉体関係を持つに至り、同女が昭和三六年に堕胎するに際し、被告は、このつぎに妊娠したら出産してもよいなどと話して千加子に堕胎を説得したことから、昭和四四年七月・千加子からの原告の出産の申出を承諾し、千加子は、昭和四四年一一月二二日・原告を分娩した。

三  被告は、

1 千加子に対し出産のための○○○○病院への入院費用の一部を負担し、同病院から退院後、原告と面会し、「子供の面倒はずつと見る。」と千加子に約し、原告の出生以後、昭和五二年一二月まで、毎月五万円宛を原告の養育費として、千加子に手渡してきた。

2 原告および千加子が神戸市生田区○○○×丁目に居住していた昭和四八年六月頃までは、二日か三日に一度は、原告に会うため原告方に立ち寄り、時には、原告を抱いてミルクを飲ませるなどして原告を撫育した。

3 昭和四八年六月・原告と千加子が現住所に移つた後は、千加子との間に、肉体関係が全くなくなつていたにもかかわらず、月に一度は、原告方を訪れ、養育費五万円を千加子に手渡し、原告の寝顔を見て帰宅していた。

四  被告は、前三項記載のとおり、原告を自己の子として養育しているから、仮に被告の属する国の法律として中華民国民法が適用されるとすれば、同法一〇六五条の「生父が養育したとき」に該当し、原告を認知したものと看做されるのにかかわらず、原告の認知手続をなさないので、原告は、昭和五二年六月二三日・被告を相手方として神戸家庭裁判所に対し認知調停の申立(神戸家裁昭和五二年(家イ)第六五六号)をしたが、昭和五三年四月二四日・不調のまま終了した。

五  以上の理由により、原告は被告に対し認知を求めるため、本訴請求に及ぶものである。

(請求の原因に対する答弁)

一  請求原因一の事実中、千加子が日本人であることは認めるが、被告の国籍は中華民国である。

二  同二の事実中、千加子と被告とが肉体関係を有するに至つた事実は認めるが、その余の事実は知らない。

三  同三の事実中、被告が千加子に対し月月五万円の金を与えた事実は認めるが、その余の事実は否認する。

右金員は、千加子から被告との関係を被告の母や、妻に告げさせないための口止料として与えたもので、原告出生の四・五年前から継続していた。

四  同四の事実中、被告が原告を養育した事実は否認し、原告・被告間に認知調停事件が係属したことは認めるが、その結果は知らない。

(認知請求権消滅の抗弁)

被告は、中華民国国籍を有するものであるから、法例一八条一項によると、日本国籍を有する子の中華民国国籍を有する父に対する認知請求については、一方において子の本国法である日本民法による認知の要件を具備するとともに、他方において父の本国法である中華民国民法による認知の要件を具備することが必要であるところ、中華民国民法一〇六七条によると、婚生でない子の生母、またはその法定代理人は、その生父の認知を請求することができるが、その請求権は、子の出生後五年間行使しないことによつて消滅すると定められている。

ところで、本件訴の提起日が昭和五四年五月三一日であることは記録上明らかであり、原告の主張によれば、原告の出生は昭和四四年一一月二二日であるから、結局、原告の本件訴は昭和四九年一一月二二日の満了により出訴期間を経過し、認知請求権は消滅したものである。

(抗弁に対する答弁)

1  法例一八条にいう父の属する国の法律については、中華人民共和国婚姻法が適用されるべきものである。すなわち、

被告の本籍は、広東省中山県という中華人民共和国の支配する領域にあり、昭和四七年九月二九日の日中両国政府の共同声明、および昭和五三年一〇月二三日・批准の日中平和友好条約により日本国が承認している中国政府は、中華人民共和国である。

2  仮に、被告の属する国の法律として、中華民国民法が準拠法として選定されるとしても、本件に同国民法一〇六七条を適用することは、わが国の公序良俗に反するから、法例三〇条により同国民法の適用は排除されるべきである。すなわち、

中華民国民法は、日本国民法が子の利益を重視し、父の生存中は、いつでも強制認知を求め得るものとしているところと大きく異なつており、子の出生後・五年という生存認知に関する出訴期間の規定適用の結果は、わが国の公序良俗に反するものというべきである。

第三証拠<省略>

理由

一  その方式および趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき甲第一号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第四号証、並びに同尋問の結果を総合すると、原告は、昭和四四年一一月二二日・日本人である千加子の婚外子として誕生した子であり、現に戸籍手続上・父の認知手続がなされていない者であることが認められる。

(認知請求権消滅の抗弁)

二1  先ず被告の属人法決定について

中国は、第二次大戦後の変動により、中華民国と中華人民共和国とにそれぞれ別個・独立の私法秩序を形成していることから、国際私法的観点からは、二つの国が並存しているものとみなされ、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる乙第五号証、被告本人尋問の結果によると、被告は、第二次大戦前にわが国で出生し、以来、わが国に居住し、現在では、中華民国の国籍を選択的に取得していることが認められる。

2  本件認知については、法令一八条一項により、父に関しては認知当時の被告の本国と認められる中華民国の法律が、子に関しては日本国の民法がそれぞれ準拠法として適用されるところである。

3  本件訴の提起が、昭和五四年五月三一日であることは、記録上明らかであり、原告の出生が前記認定のとおり、昭和四四年一一月二二日であるから、中華民国民法一〇六七条に定める認知の場合の出訴期間五年を経過していることが明白である。そして、認知に関する日本国民法と中華民国民法を対比検討すると、いずれも父に強制認知を認めているところであるが、ただ出訴期間の定め方において、日本国民法七八七条が死後認知に関してのみ父の死亡日から三年の出訴期間を定めるのに、中華民国民法一〇六七条は子の出生後五年の出訴期間を定めている。

4  そこで、本件に父たる被告の本国法である中華民国法を適用することが、公序良俗に反するかは、中華民国法を、当該事案に適用することが、当該事案の日本社会との牽連関係に照らして、日本国内における法秩序の維持を危くする結果となるため、そのような結果の発生を回避することとの関係において、相対的に決せられるべきものである。

実質審理を遂げた結果、原告主張のとおり、被告が原告の血統上の父と認めることができたとき、日本国民法によれば、原告は法律上、被告を父として定められ、親子関係が成立し、父と子の自然血族的な愛情の交流、親子関係の展開、それに伴う相互の権利・利益が保護される唯一の方法であることに鑑みると、本件に中華民国法を適用し、出訴期間徒過による認知請求権の消滅をもつて、法律上において、父と確定される者が生存し確認されているのにかかわらず原告の請求を排斥することは、如何に法制の違いから来る身分関係に伴う法的安定保持のために止むを得ない技術的問題と理解しても、法例三〇条にいう公序良俗に反する結果となるというべきである。

5  したがつて、本件については、法例三〇条により中華民国法の適用を排除すべき場合であるから、被告の抗弁は、失当といわなければならない。

三  つぎに、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第五号証、原告法定代理人(第一、二回)、被告本人の各尋問の結果、証人吉沢喬の証言を総合すると、原告の母・千加子は、昭和三一年二月頃、被告と知り合い、昭和三三年か、三四年頃からどちらからとなく肉体関係を持つことを求めはじめ、千加子の神戸市生田区○○○○×丁目の自室などにおいて、右関係を持つこととなつたこと。昭和四四年二月・千加子は妊娠し、同年一一月二二日・○○○○病院で原告を出産し同月三〇日退院帰宅したこと。被告は、妻・孫宋建秀に昭和四〇年頃から千加子との関係を薄々感付かれており、妻も千加子の出産前に、二男秋仁(昭和四五年一月二六日生)を懐妊していたので、千加子の口から二人の関係が暴露されることを恐れていたことから、千加子が○○○○病院を退院以後月に二回か三回位、千加子宅を訪ね、その都度、肉体関係を持ち、千加子とのつながりを保つことにつとめたが、千加子が昭和四八年六月、神戸市生田区○○○○×丁目から現住所に転居後は、一度、千加子の自宅に上つたことがあるのみで、両者の関係は冷めて行つたものの、千加子から原告出生の事実を被告の家族に知らされることの困惑から被告は、昭和三八年頃から千加子に生活の援助として手交していた一ヶ月五万円の金を、昭和五二年、三年頃までの間、真夜中に千加子宅を訪ねてポストに金を差入れて生活の援助を続けてきたことが認められ、右認定に反する原告法定代理人千加子の尋問の結果はにわかに信用できなく、他に右認定を覆えすに足る証拠がない。

鑑定人○○○○の鑑定結果によれば、原告と被告との間には、血液型・指紋・掌紋等の各検査の結果並びに人類学的検査結果のいずれによるも父・子関係の存在することを妨げるものがないことが認められるので、前記三認定の諸事実とを総合のうえ、被告は、原告の血統上の父と認めるのが相当である。

四  結語

前叙説示のとおりであるから、原告の被告に対する本訴請求は日本国民法七八七条に照し、理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 重村和男)

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