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神戸地方裁判所 昭和54年(ワ)1097号 判決 1981年10月28日

原告

伯谷すゑ子

被告

尼崎市

主文

一  被告は、原告に対し、金七四万六、一三〇円及び内金六四万六、一三〇円に対する昭和五四年五月二三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その一を被告の負担とし、その余は原告の負担とする。

四  その判決は、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金七三四万七、九三二円及びうち金六八四万七、九三二円に対する昭和五四年五月二三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

一  請求原因

1  本件事故の発生

原告は、次の交通事故(以下本件事故という。)により受傷した。

(一) 日時 昭和五四年五月二二日午後〇時二五分ころ

(二) 場所 兵庫県尼崎市武庫之荘三丁目二一番地先交差点南側横断歩道上(以下、本件事故現場あるいは本件交差点という。)

(三) 加害車 救急車(神戸八八す三九一二号)

(四) 右運転者 被告の職員(尼崎市消防署員)である訴外宮本和司

(五) 被害者 原告

(六) 事故態様 原告と加害車とが本件事故現場において衝突した。

2  傷害結果

(一) 傷病名

原告は、本件事故により、顔面挫創、骨盤骨折(右坐骨々折)、頭部外傷、頸部損傷、胸部打僕、両膝蓋部挫創、右第六肋骨々折、左肘部・前腕挫傷創、右肩打僕傷、左足背挫創、内臓破裂の疑、右腓骨々折の傷害を負つた。

(二) 治療期間

原告は、右傷害の治療のため、昭和五四年五月二二日から同年六月三〇日まで芦田外科に入院した後、同年七月一日から同年九月二九日まで同病院に通院し(実治療日数六日)、またこの間、同年八月二二日から同年一一月一二日まで佐々木歯科医院に通院した(実治療日数一一日)。

(三) 後遺症

原告は、本件事故により、左記の後遺障害を被つた。

(1) 右下腿の浮腫、右膝屈曲やや不十分のため正常に家事をすることができない。

(2) 口唇下部及び口腔内に醜状痕を残している。

(3) 打僕による歯牙脱臼、歯牙破損及びブリツヂ破損。

3  責任原因

被告は、加害車両を所有し、自己のため運行の用に供する者である。

4  損害

(一) 入・通院期間中の損害

(1) 慰藉料 金七〇万円

(2) 治療費 金七八万六、二四六円

(原告は、当初治療費として金一一八万九一六六円と主張し、そのうち金四〇万二、九二〇円について原告の夫の加入する国家公務員共済組合の療養給付金によつて弁済を受けたので損益相殺をすると述べていたが、その後、右は誤りで、右給付金分については治療費の不発生になるので、治療費を前記のとおり訂正すると述べた。)

(3) 逸失利益 金四五万一、一五一円

原告は主婦であつたから、昭和五三年度賃金センサス第一巻中女子学歴計平均賃金年額一六三万〇、四〇〇円を基礎とし、本件事故後昭和五四年八月末日まで家事もできない状態であつたので、休業期間は一〇一日となり、その逸失利益を算出すると、金四五万一、一五一円(1,630,400×101/365=451,151)となる。

(4) 入院中諸雑費 金四万円

一日あたり金一、〇〇〇円とする。

(5) 付添看護料 金三一万七、〇五一円

入院中の付添看護婦看護料に金二二万四、〇五一円を要し、さらに退院後も昭和五四年七月末日まで付添看護が必要であり、家族が看護したので、家族の付添看護料として金九万三、〇〇〇円(一日あたり金三、〇〇〇円)の損害を被つた。

(6) 通院交通費 金二万〇、九四〇円

(二) 後遺障害による損害

(1) 慰藉料 金二五〇万円

(2) 逸失利益 金四九二万二、五四四円

原告は、昭和四年六月三〇日生れであるから、六七歳まで稼動可能期間は一七年であるところ、本件事故により労働能力の二五パーセントを失つたから、その逸失利益を前記平均賃金年額を基礎に、ホフマン係数(一七年間のホフマン係数は12,0769)により中間利息を控除して算出すると、金四九二万二、五四四円(1,630,400×0.25×12.0769=4,922,544)となる。

(三) 弁護士費用 金五〇万円

(四) 損害の填補

前記損害のうち、治療費など金二八九万円は、被告の加入する自動車賠償責任保険で各支払ずみである。

5  結論

よつて、原告は、被告に対し、自動車損害賠償保障法三条に基づき、金七三四万七、九三二円及びうち金六八四万七、九三二円(4(三)弁護士費用金五〇万円を控除した金額)に対する昭和五四年五月二三日(本件事故の翌日)から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実はすべて認める。

2  請求原因2の事実について

(一)のうち、原告が内臓破裂の疑の傷害を受けた事実は否認する。その余の傷害を受けた事実は不知。(二)は不知。(三)は不知。

3  請求原因3の事実については認める。

4  請求原因4の事実について

(一)ないし(三)の損害額について争う。(一)(2)の治療費額の訂正が自白の撤回にあたるとすれば、異議がある。(四)の損害の填補額は、自賠責保険金が金三二九万円であり、前記国家公務員共済組合の療養給付金をあわせると、金三六九万二、九二〇円となる。

三  抗弁

1  自動車損害賠償保障法三条但書の免責要件の具備について

(一)(1) 被告は、「消防機械器具取扱保全管理規程」その他諸規程を定め、自動車運行管理、安全運転教育、勤務体制等に、万全の注意を怠らなかつた。

(2) 運転者訴外宮本和司は、本件事故につき左のとおり自動車の運行に関し無過失であつた。

(ア) 本件事故当時、加害車は前照灯及び赤色灯を点灯し、ピーポーサイレン(ピーポー・ピーポーと鳴るもの)及びモーターサイレン(ウーウーと鳴るもの)を吹鳴し、道路交通法上の緊急自動車として運行していた。

(イ) 訴外宮本和司と同乗者である訴外森岡二郎消防司令補は、加害車の運行に関し、逐一、確認呼称していた。

(ウ) 本件事故現場は、近辺におりから発生した火災のため、警察官が交通整理を行つていたものであるが、訴外宮本和司及び訴外森岡二郎は、ともに交差点内の警察官の「進め」の手合図を確認し、かつ、同時に「警察官手合図よし」の呼称をして、交差点内の交通が四方向ともに停止しているのを確認のうえ、警察官の指示ないし命令にしたがつて本件事故現場の交差点に進入した。

(エ) 原告は、訴外宮本和司から見通しのきかない大型車両の影から、本件事故現場の交差点に飛び出してきたものであり、訴外宮本和司には、自分からは見通すことができず、交通整理を行つている警察官側からは見通し十分な横断歩道上を、警察官の指示を無視し、かつ赤色灯及び前照灯を点灯しサイレンを吹鳴進行中の緊急自動車の直前に突然原告が飛び出してくることは、全く予見可能性がなく、かつ、本件事故は、訴外宮本和司が警察官の指示ないし命令により、本件事故現場の交差点に進入すべく加速した直後に起こつたものであり、訴外宮本和司には、本件事故の回避可能性がなかつた。

(二) 原告は、本件事故の直前に横断歩道を渡ろうとして警察官に一旦制止され、歩道に戻されたにかかわらず、さらに本件事故現場の交差点に、警察官の交通整理を全く無視して飛び出してきたもので、本件事故の原因及び過失はもつぱら原告に存する。

(三) 本件事故当時、加害車には構造上の欠陥又は機能上の障害はなかつた。

2  過失相殺

仮に本件事故が原告の一方的な過失によるものではないとしても、原告にその大部分の過失が存するから、大幅な過失相殺がなされなければならない。

3  損益相殺

既に指摘したとおり、原告は自賠責保険金から金三二九万円、国家公務員共済組合の療養給付金として金四〇万二、九二〇円、合計金三六九万二、九二〇円の支払を受けているのでこれらを控除すべきである。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実について

(一)の(1)は不知。(一)の(2)のうち、(ア)ないし(ウ)は不知。(エ)は争う。(二)は争う。(三)は不知。

2  抗弁2については争う。

3  抗弁3のうち、自賠責保険金として金二八九万円が支払われたことは認める。また、国家公務員療養給付金四〇万二、九二〇円の給付が病院になされたことは認め、原告は当初これを損害の填補と解したが、これは誤りで右金額については損害の不発生と考えるべきである。

4  抗弁1(一)(2) 訴外宮本和司の過失について

訴外宮本和司には次に述べるとおり過失があつた。

(一) 本件事故現場は、本件事故当時発生していた火災現場の南方約五〇メートルの地点であり、本件事故発生時には、南北の車両は通行規制を受け、本件事故現場の交差点の南側には一〇〇メートル近くにわたつて車両が二列に並んで停車していたほか、いわゆる弥次馬も多数おり、一部は車道にまで出ていて非常に混雑していた。

(二) 本件事故当時、交差点南側の先頭に大型車が停車していたので、加害車の進路前方左側の横断歩道の状況は全く見通しのきかない状態であつた。

(三) 以上の事実のもとでは、たとえ加害車が道路交通法上の緊急自動車として運行しており、警察官の手合図に従つて運行していたとしても、自動車の運転手として、徐行義務、前方注視義務などの注意義務が否定されるわけではなく、現場の状況により、運転手自らが、最大限の注意義務を尽すべきことは当然である。

(四) しかるに、訴外宮本和司は、前記の現場の状況を全く無視し、時速四五ないし六〇キロメートルの高速で、本件事故現場に進入したものであり、原告は衝突現場から一〇メートル以上もはね飛ばされた。

5  抗弁1(二)及び2 原告の過失について

原告は左記の理由により本件事故現場の交差点を横断中であつたもので、原告には何ら過失はない。

(一) 本件事故交差点に、バスが西側からゆつくりと進入していたことを認めた。

(二) 原告の前方信号(東行)は青であつた。

(三) 交差点南東の歩道上にいた多数の人々が、本件事故現場である横断歩道を、原告のいる西側に向つて横断しようとしていたのを認めた。

(四) 原告が横断を開始した時点では、交差点内にいた警察官は何ら手信号を行なつておらず、かつ、原告には全くサイレンの音は聞こえず、原告がセンターラインの付近に来て初めて交差点内にいた警察官が笛を吹き、右方(南方)から加害車がサイレンを鳴らし、猛烈なスピードで接近してきた。

第三証拠〔略〕

理由

一  本件事故の発生

請求原因1の事実は、すべて当事者間に争いがない。

二  傷害結果

成立に争いのない甲第二号証及び乙第一号証、原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第三号証、甲第四号証及び甲第一一号証並びに弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第一〇号証及び甲第一八号証によると、原告は本件事故により請求原因2(一)の傷害を負い(ただし、内臓破裂の疑を除く。)、請求原因2(二)の期間治療を受けたが、なお請求原因(2)(三)の後遺障害が残つている事実が認められ、これに反する証拠はない。

三  被告の責任及び原告の過失について

1  請求原因3の事実(被告の運行供用者性)は当事者間に争いがない。そこで、被告の免責の抗弁について以下検討する。

2  いずれも成立に争いのない甲第一号証、甲第一二号証、甲第一四ないし第一七号証、証人宮本和司の証言により真正に成立したと認められる乙第二号証、乙第三号証、証人宮本和司、同有田知章及び同光森賢治の各証言並びに原告本人尋問の結果(これらのうち後記措信しない部分を除く。)を総合すると、以下の事実を認めることができる。

(一)  本件事故当日、本件事故現場の北側にある尼崎市時友シモンデン二一六番地において火災が発生し、加害車も出動して負傷者の搬送を行なつた後、火災現場を引きあげ、本件事故現場の南側約五〇〇メートルの地点を南進していた際、再び「現場で救急事故あり、出動せよ」との本部無線指令を受けてUターンし、前記火災現場に向つた。

(二)  加害車は、右走行中、前照灯及び赤色灯を点灯し、電子サイレン(ピーポー・ピーポーと鳴るもの)を吹鳴し、さらに運転については、運転手である訴外宮本和司と同乗者である訴外森岡二郎とが、確認呼称しながら進行していた。

(三)  本件事故現場に至る道路は片側二車線、計四車線の道路であつたが、加害車の進行する北行車線は両車線とも車両が本件事故現場の交差点まで連続して停車していたので、訴外宮本和司は、本件事故現場の南側約一一三・五メートルに至つた地点で、対向車線の安全を確認し、電子サイレン(ピーポー)の他にモーターサイレン(ウーウーと鳴るもの)の吹鳴を開始して対向車線に進入した。

(四)  加害車が、本件事故現場の南側約五六・〇メートルの地点に至つたとき、訴外宮本和司は、本件事故現場交差点において警察官が手信号で交通整理を行なつており、東を向いて左手を水平にし、東西方向の交通を停止させ、さらに右手で加害車に対し「進め」の手合図をしているのを確認し、訴外宮本和司及び訴外森岡二郎の両名が「警察官手合図よし」の呼称をして、交差点の他の交通が四方向とも停止しているのを確認し、さらに警察官の右手の屈伸が早くなつたので、「早く渡れ」と指示しているものと判断し(警察官はそのように指示したものとは認められない。)、加速して本件事故現場交差点に時速約四〇キロメートルで進入した。

(五)  加害車が本件事故現場交差点に進入した際、前記火災の影響で右交差点付近は、人も車も相当に混雑しており、とりわけ、右交差点の南側、北行車線の先頭には大型貨物自動車が停止していたため、加害車からは、原告のいた左前方(交差点南西角)の見通しはきわめて悪かつた。

(六)  他方、原告は、西方から道路南側の歩道を歩いて本件交差点に差しかかつたが、火災現場の方を見るためにいつたん本件事故現場交差点南西角から交差点中心付近に向かつて歩き出し、警察官による注意喚起の笛吹鳴によつて、交差点南西角に戻されたにもかかわらず、交差点にバスが西側から進入しようとしていたのを認めたこと、原告の前方信号(東行)は青であつたこと、交差点東南角にいた数人かが交差点南側の横断歩道を西に横断するために横断歩道東端の方向に移動してきたのを認めたことの理由から、横断してもよいものと考え、警察官の手信号及び加害車に全く気付くことなく、本件交差点の南側横断歩道上を西方から東方に向け、横断を開始した。

(七)  この結果、訴外宮本和司は原告を前方約一三・五メートルの地点に至つて初めて発見し、急制動をかけたが及ばず、自車前部を原告に衝突させ、衝突地点から約一〇・一メートル前方に原告をはねとばして転倒させた。

前掲各証拠のうち、以上認めた事実に反する部分は、それぞれ措信しがたく、他に以上認めた事実に反する事実を認めるに足りる証拠はない。

3  訴外宮本和司の過失について

以上のとおり、加害車が道路交通法上の緊急自動車として進行していた事実、運転者訴外宮本和司が交差点内の警察官の手信号に従つていた事実は認められるが、このような場合であつても、本件のように、本件事故現場交差点付近が相当に混雑し、とりわけ加害車から見て前方左右の見通しが悪いときには、例外的な交通整理の方法である警察官の手信号に気付かずに、車両や人が交差点内に進行してくる可能性は容易に肯認できるのであるから(ことに自動車運転免許証を有しない一般の歩行者にとつて、信号機が作動している場合には、警察官の手信号は認識し難い面があることを考慮すべきである。)、自動車の運転手としては、なお前方注視義務及び徐行義務を尽くすべきである(証人宮本和司自身、消防署内部では右のように運行すべき旨指導を受けていると供述している。)、そして、訴外宮本和司はこれらの注意義務を尽さずにかえつて、警察官の指示を誤認し、加速して加害車を本件事故現場交差点に進行させたのであるから、抗弁1(一)(2)(運転者の無過失)の主張は採用できず、結局、抗弁1の他の事実について判断するまでもなく、抗弁1(自動車損害賠償保障法三条但書による免責の主張)は理由がない。

したがつて、被告は、本件事故によつて原告に生じた傷害に関する損害につき、賠償責任を免れない。

4  原告の過失について

しかし、既に認定したとおり、原告は、警察官の手信号にも、加害車のサイレン吹鳴にも気づかずに、横断歩道を横断してもよいものと軽信し、道路交通法上の緊急自動車として連行していた加害車の直前に急に飛び出して行つたものであつて、原告にも過失が認められる。

5  過失相殺

そして、原告と訴外宮本和司の右各過失内容を対比すると、その過失割合は前者四〇パーセント、後者六〇パーセントと認めるのが相当である。

四  損害額

1  治療費 金七八万六、二四六円

原告本人尋問の結果により真正に成立したと認められる甲第六ないし第九号証によれば、原告は治療費として、国家公務員共済組合の療養給付金を除くと、金七八万六、二四六円を要したことが認められ、これに反する証拠はない。なお、右療養給付金分について自白の撤回か否かが争いとなつているが、右療養給付金については自賠責保険金と異なり、損害の賠償としての性格よりもむしろ社会保障的性格を多く有するものと解されるから、仮に右給付分についても損害とし、給付金を控除するとしても、それは過失相殺の前に控除するのが妥当であるので、結局において、当初から控除した額を損害とする場合と異なるところがない。したがつて、この点は被告に有利な事実ではなく、これが訂正を認めて何ら差支えない。

2  付添費 金一二万円

原告が入院中、原告主張の付添看護婦による看護を受け、看護料を支払つたことを認めるに足りる証拠はないが、前掲甲第三号証によれば、入院期間四〇日については付添看護を必要としたことが認められ、その費用としては一日金三、〇〇〇円を下らないものと認めるのが相当であるから、その合計額は金一二万円(3,000×40=120,000)となる。原告は、更に、退院後も付添が必要であつたと主張するが、これを認めるに足る証拠はない。

3  入院中諸雑費 金四万円

右入院日数四〇日間の諸雑費として、一日金一、〇〇〇円を下らない費用を要したものと認めるのが相当であるから、その合計額は金四万円(1,000×40=40,000)となる。

4  休業損害 金四五万一、一五一円

前掲甲第一〇号証によると、原告は主婦であつたことが認められるから、昭和五三年度賃金センサス第一巻中女子学歴計平均賃金年額金一六三万〇、四〇〇円(「きまつて支給する現金給与額」が金一〇万八、七〇〇円、「年間賞与その他特別給与額」が金三二万六、〇〇〇円であるから108,700×12+326,000=1,630,400)を基礎とするのが相当である。

休業期間として、原告は事故時(昭和五四年五月二二日)から同年八月末日までの一〇一日間を主張しているところ、前認定のとおり原告は同年六月三〇日には芦田外科を退院し、以後同病院に通院していたものであつて、その実通院日数は必ずしも多くはないが、原告の主張する同年八月末日には未だ通院を継続しており、前認定にかかる本件事故の態様、原告の受傷の部位・内容・程度、原告の年齢、後述する後遺症の程度などにかんがみると、原告が退院後も少なくもその主張する期間は本件事故による傷害のため主婦として稼働しえなかつたことを十分肯認しうるというべきであり、右認定判断を左右すべき証拠はない。

そうすると、原告に生じた休業損害は、原告主張のとおり金四五万一、一五一円と算出される(円未満切捨)。

5  労働能力低下による損害 金二三六万二、八二一円

既に認定した後遺障害のうち、原告の労働能力を低下させるものは、右膝屈曲やや不十分のために、正常に家事をすることができないことであるので、労働能力の低下の程度を一二%、継続期間を一七年と認めるのが相当である。原告のその余の後遺障害が労働能力を減少ならしめるものとは認め難く、この点については慰藉料の算定にあたつて斟酌するのが妥当である。そこで、前記の昭和五三年度賃金センサス第一巻中女子学歴計平均賃金年額金一六三万〇、四〇〇円を基礎に、一七年間の新ホフマン係数一二・〇七六九により中間利息を控除して労働能力低下による損害を算出すると、金二三六万二、八二一円(1,630,400×0.12×12.0769=2,362,821)となる(円未満切捨)。

6  慰藉料 金二八〇万円

原告の年齢、性別、職業 傷害の程度、入通院の期間、後遺障害の部位、程度(ことに下腿の障害のほか女性の顔面の一部に醜状痕を残し、歯牙に相当の損害を生じたこと)、その他諸般の事情を検討すると、原告の蒙つた精神的苦痛に対する慰藉料は、金二八〇万円をもつて相当と認める。

7  通院交通費は、これを認めるに足りる証拠がない。

8  以上1ないし6項の原告の損害を合計すると、金六五六万〇二一八円となる。

五  過失相殺

前述のとおり、本件事故に対する原告の過失は四〇パーセントであるから、原告の損害から四〇パーセントを減じた額を、原告の被告に対する損害賠償請求権の額として計算すると、金三九三万六、一三〇円(円未満切捨)となる。

六  損害の填補

成立に争いのない乙第一八ないし第二二号証によると、治療費等金三二九万円が、被告の加入する自動車損害賠償責任保険で支払ずみであることが認められる(うち金二八九万円については、当事者間に争いがない。)。

七  結論

以上のとおり、原告の被告に対する損害賠償請求権金三九三万六、一三〇円のうち金三二九万円がすでに損害の填補として支払済であるから、その差額金六四万六、一三〇円については原告が被告に対し請求しうるところ、原告は訴提起につき弁護士を依頼しており、本件事故と相当因果関係にある弁護士費用としては、金一〇万円をもつて相当と認める。

よつて、原告の本訴請求中、被告に対し、金七四万六、一三〇円及び内金六四万六、一三〇円(弁護士費用以外の損害金)に対する本件事故の発生した日の翌日である昭和五四年五月二三日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は理由があるのでこれを認容し、その余は理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用し、担保を条件とする仮執行免脱宣言の申立については、相当でないからこれを却下することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 岩井俊)

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