神戸地方裁判所 昭和55年(ワ)1101号 判決 1981年7月29日
原告
田中美代子
被告
生田敏彦
主文
被告は原告に対し、金二六八万六、二五二円およびうち金二四四万六、二五二円に対する昭和五四年四月二一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は一〇分し、その三を被告の、その余を原告の負担とする。
この判決は、第一項にかぎり、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求める裁判
一 原告
1 被告は原告に対し、金一、〇〇〇万円およびうち金九五〇万円に対する昭和五四年四月二一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行の宣言
二 被告
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 事故の発生
原告は左記交通事故(以下、本件事故という。)により、受傷した。
(1) 日時 昭和五四年四月二〇日午前七時四五分ころ
(2) 場所 神戸市須磨区飛松町一丁目九番地先路上
(3) 加害車両 自動二輪車(神戸す五五四四)
保有者 被告
運転者 被告
(4) 被害車両 足踏自転車
運転者 原告
(5) 事故の態様 原告が被害車両(足踏自転車)に乗つて前記路上を西から東に走行中、東から西に走行中の被告運転の加害車両に衝突された。
(6) 傷害の部位、程度
(イ) 頭部外傷Ⅱ型、頭蓋底骨折、右内耳障害、右頭頂部頭皮挫傷、外傷性頸部症候群
(ロ) 昭和五四年四月二〇日から同年五月一二日まで(二三日間)神戸市立中央市民病院脳神経外科に入院
昭和五四年五月一三日から現在も右病院に通院中
昭和五四年五月一日から昭和五五年五月六日まで右病院の耳鼻咽喉科に通院
(ハ) 後遺症 頭痛、右頂部痛、耳鳴、めまい、などの神経障害と右耳難聴
2 責任原因
被告は加害車両を保有し、当時、自己のため運行の用に供していたものであるから、自賠法三条所定の責任がある。
3 損害
(1) 慰藉料 金五〇〇万円
(2) 逸失利益 金一、七八二万五、八一五円
原告は、ケミカルシユーズの製造業者である「ラスカル」に工員(貼工)として勤務しその事故前の月収は金一八万六、九七一円であつたが、本件事故による労働能力喪失率を一〇〇パーセント、その労働能力喪失期間を一〇年間とするのが相当であるから、これにより逸失利益を算定すると金一、七八二万五、八一五円「186,971円×12月×7.945(ホフマン係数)=17,825,815円」となる。
(3) 弁護士費用 金五〇万円
4 結論
よつて、原告は被告に対し、前記(1)(2)の合計金二、二八二万五、八一五円のうち金九五〇万円と(3)の金五〇万円の合計金一、〇〇〇万円およびうち金九五〇万円に対する昭和五四年四月二一日(本件事故発生の日の翌日)から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の(1)ないし(4)は認めるが、(5)は争い、(6)は知らない。
2 同2のうち、被告が加害車両を保有し、当時、これを自己のため運行の用に供していたことは認めるが、その余は争う。
3 同3は争う。
三 抗弁
1 過失相殺
本件事故は、東西に通ずる道路(西行一方通行に交通規制、ただし、自転車を除く)と南北に通ずる道路(南行一方通行に交通規制、ただし、自転車を除く)とが直角に交差するところ、原告は、被害車両(自転車)に乗つて、東西道路の北側路側帯上を西から東に進行し、右交差点を経て南北道路を南に行くため、東西道路の右交差点西側手前で自転車に乗つたまま一たん停止し、東西道路を右交差点に向つて東から西に進行してくる加害車両を発見しながら、容易に右折横断できるものと軽信して、加害車両の通過を待つことなく、急に斜めに横断しかかつたため、折柄、東西道路を東から西に時速二五キロメートルないし三〇キロメートルで進行してきた加害車両と衝突して発生したものであつて、原告にも責められるべき重大な過失があるから、損害賠償額を算定するについて、原告の右過失も斟酌するべきである。
2 弁済
本件事故によつて被つた原告の損害について、被告は治療費として金九〇万七、八三〇円、文書料として金五〇〇円、入院雑費として金一万一、五〇〇円、休業損害として金一〇七万九、四二四円、合計金一九九万九、二五四円を支払つた。
四 抗弁に対する認否
1 過失相殺について
争う。本件事故は、被告の一方的過失によつて惹起したものであつて、原告には斟酌されるべき過失はない。
2 弁済について
認める。ただし、本訴請求外のものである。なお、被告の過失相殺の主張のいかんにかかわらず、原告が治療費などについて、主張立証すべき義務は全くない。
第三証拠〔略〕
理由
一 本件事故の発生について
請求原因1の(1)ないし(4)は当事者間に争いがなく、当事者間に争いのない右事実に成立に争いのない甲第一二号証、第一三号証、原告主張の写真であることについて争いのない甲第一四号証ないし第一八号証、乙第一号証ないし第四号証、原告および被告各本人尋問の結果によれば、本件事故現場は、ほぼ東西に通ずる道路とほぼ南北に通ずる道路とがほぼ直角に交差する交差点から西側よりの東西道路上であつて、右交差点の東側の東西道路の幅員は約七・二メートル(北側の路側帯の幅員約〇・七メートル、南側のそれが約一・〇メートル)、右交差点の西側の東西道路の幅員は約七・一メートル(北側の路側帯の幅員約一・七メートル)であり、右交差点の北側および南側の南北道路の幅員は約五・四メートル(西側の路側帯の幅員約一・〇メートル、東側の路側帯の幅員約一・一メートル)であるが、東西道路は西行一方通行、南北道路は南行一方通行の交通規制がなされており(ただし、自転車を除く)、南北道路の交差点北側は南行一時停止の交通規制がなされていること。東西道路の本件事故現場付近における、東から西、西から東への見とおしは良好であつて、路面は、アスフアルトで舗装されて平地であり、当時、降雨のため路面が湿潤していたこと、被告は、加害車両(自動二輪車)を運転して時速約三〇キロメートル(速度制限時速四〇キロメートル)で東西道路を東から西に右交差点に向つて進行していたが、東西道路と交差する南北道路の右交差点北側からの車両の有無を注意して前方への注意が十分でなかつたため、右交差点の西側よりの東西道路を被害車両(自転車)が北側路側帯の西北方向から東南方向に向つて斜に横断しようとしているのを約八・六メートルに接近して、はじめて発見し、衝突の危険を感じてハンドルを右に切つてブレーキをかけたが間に合わず、自車左前部を被害車両に衝突させたこと、原告は、被害車両(自転車)に乗つて、東西道路の北側路側帯を西から東に向つて進行し、東西道路の右交差点から西側よりのところで一たん停止し、南北道路の交差点南側に右折しようとして、被害車両に乗つたまま、東西道路の東側を見たところ、折柄、東西道路を右交差点に向つて東から西に進行してくる加害車両を前方約五〇メートルに認めたのにかかわらず、容易に東西道路を横断できるものと軽信し、加害車両の通過を待つことなく、しかも、急に南北道路の交差点南側に右折しようとして、停止していた東西道路の北側路側帯の西北方向から東南方向に向つて、被害車両に乗つて斜に横断したため、東西道路の交差点から西側よりの車道上で自車を西進してきた加害車両の左前部に衝突させたこと、が認められる。そして、成立に争いのない甲第一号証ないし一〇号証によれば、原告は、本件事故により、<1>頭部外傷Ⅱ型、頭蓋底骨折、右頭頂部頭皮挫傷、<2>右内耳障害の傷害を受け、<1>について、昭和五四年四月二〇日から同年五月一二日まで(二三日間)神戸市立中央市民病院に入院して治療を受け、ついで同年五月一三日から昭和五五年五月八日まで同病院に通院して治療を受け(実治療日数二五日間)、<2>について、昭和五四年五月一日から昭和五五年三月六日まで同病院に通院して治療を受けたが(実治療日数二四日間)、<1>について昭和五五年五月八日症状固定し、その後遺障害の内容は、自覚症状として頭痛、右項部痛を、他覚症状として、右後部筋群の筋緊張亢進と圧痛を認め、予後の所見は、受傷後頑固な頭痛と項部痛が持続し、向精神薬の投与を要したが、今後の改善の見込みは薄いと考えられるというものであり、<2>について昭和五五年三月六日症状固定し、その後遺障害の内容は、自覚症状として右耳鳴、難聴、めまいを、他覚的症状として右向き眼振、右内耳性難聴を認め、予後の所見は、本件事故により右内耳障害をきたし、耳鳴、難聴、めまいをきたしたと推定されるが、難聴は当初にくらべて改善されているものの、最高明瞭度は右六五デシベル、八〇パーセント、左五〇デシベル、九〇パーセントで固定し、めまいは予後良好であるというものであることが認められる。
二 責任原因について
被告が加害車両を保有し、当時、自己のために運行の用に供していたことは当事者間に争いがないから、被告が自賠法三条所定の責任を負うことは明らかである。
三 損害について
(一) 治療費 金一二〇万九、六五〇円
原告は、被告の過失相殺の主張のいかんにかかわらず、原告が治療費などについて、主張、立証すべき義務は全くないとして損害の全額を明らかにすることを拒否するのであるが、本件のような同一事故により生じた同一の身体傷害を理由とする財産上の損害と精神上の損害とは、その賠償の請求権は一個であり、その訴訟物は一個であると解すべきであつて、一個の損害賠償請求権のうちの一部が訴訟上請求されている場合に、過失相殺をするにあたつては、損害の全額から過失割合による減額をし、その残額が請求額をこえないときは右残額を認容し、残額が請求額をこえるときは請求の全額を認容すべきものである(最判昭和四八年四月五日判決参照)。したがつて、狭義の弁論主義に反するおそれなしとしないけれども、被告の防禦権の行使を不当に困難ならしめない範囲内において、原告の主張しない損害費目を判断して計上することも許されるものと考える。そこで原告の主張しない治療費について、あえて検討すると、成立に争いのない乙第六号証ないし第一四号証によれば、原告は本件事故により前記のとおり神戸市立中央市民病院で入通院のうえ治療を受け、その治療費として合計金一二〇万九、六五〇円を要し、右は本件事故と相当因果関係の範囲内にある損害額と認められる。しかし、成立に争いのない甲第一九号証の一ないし二八によれば、原告は、前記のとおり症状が固定したにもかかわらず、症状固定後の昭和五五年五月二一日から昭和五六年六月四日まで神戸市立中央市民病院に通院し、合計金七万五、三八六円の治療費を負担したことが認められるが、右の症状固定後の治療費が、損害の公平分担の原則に照らし、本件事故と相当因果関係の範囲内にある損害額といえるかについては、これを認めるに足りる証拠がないから、右金七万五、三八六円は治療費として計上しない。
(二) 入院雑費 金一万一、五〇〇円
治療費を判断して計上したと同一趣旨で入院雑費として金一万一、五〇〇円を計上することとする(500円×23日=11,500円)。
(三) 休業損害 金二三九万三、〇八八円
原告本人尋問の結果とこれにより真正に成立したものと認める甲第一一号証によれば、原告は、昭和七年三月九日生れで、夫と長女(現在は結婚して別居)、次女(大学三年生)の四人家族であつて、家庭の主婦として家事に従事するかたわら、三七才のころからケミカルシユーズの工員(貼工)として製靴会社に勤務し、本件事故当時は神戸市長田区水笠通にある「ラスカル」という製靴工場にケミカルシユーズの工員として稼働し、平均日収金六、二三二円を得ていたことが認められるところ、原告の本件事故による受傷の部位、程度、後遺症の内容と原告の年齢、職種に照らすときは、原告は、本件事故発生当日である昭和五四年四月二〇日から、症状が固定した昭和五五年五月八日までの全期間、休業を余儀なくしたものと認めるのが相当であるから、その間の休業損害を算定すると金二三九万三、〇八八円となる(6,232円×384日=2,393,088円)。
(四) 逸失利益 金五九万二、六四五円
前記のとおり、原告は家庭の主婦として家事に従事するかたわら、ケミカルシユーズの工員として平均日収金六、二三二円を得ていたが、前記認定の原告の後遺症の内容、程度と原告の年齢、職種に照らすときは、原告の労働能力喪失率は一四パーセント、その労働能力喪失期間は二年をもつて相当とするからこれにより、病状固定後の逸失利益を算定すると金五九万二、六四五円〔6,232円×365日×0.14×1.861(新ホフマン係数)=592,645日〕となる。
(五) 慰藉料 金一三五万円
原告の受傷の部位、程度、入通院期間、後遺症の内容、その他諸般の事情に照らすと、原告の被つた精神的苦痛に対する慰藉料額は金一三五万円をもつて相当と認める。
(六) 過失相殺
以上(一)ないし(五)の合計額は金五五五万六、八八三円であるが、前記認定の本件事故の態様に照らせば、過失相殺の法理の適用により被告の過失を斟酌して、右金五五五万六、八八三円の二〇パーセントを減殺するのが相当であるから、原告の損害額は金四四四万五五〇六円となる。
(七) 損害の填補 金一九九万九、二五四円
原告が被告から金一九九万九、二五四円の弁済を受けたことは当事者間に争いがないから、これを前記金四四四万五、五〇六円から控除すると、原告の請求し得べき損害額は金二四四万六、二五二円である。
(八) 弁護士費用 金二四万円
原告が弁護士小松三郎に本件訴訟の提起と追行を委任し、弁護士会所定の報酬規程に基づき報酬を支払うことを約したことは弁論の全趣旨によつて認めることができるところ、本件訴訟の審理の経過と内容、事案の難易度、認容額、その他諸般の事情に照らし、本件事故と相当因果関係の範囲にある損害としての弁護士費用は金二四万円をもつて相当と認める。
四 むすび
よつて、原告の本訴請求は、原告が被告に対し、金二六八万六二五二円のうち金二四四万六、二五二円に対する昭和五四年四月二一日(本件事故発生の日の翌日)から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める程度において正当であるから、これを認容すべきであるが、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言について同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 阪井昱朗)