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神戸地方裁判所 昭和56年(行ク)25号 決定 1981年10月14日

事件

申立人

近藤直

右代理人

扇正宏

被申立人

兵庫県知事

坂井時忠

右指定代理人

一志泰滋

外一四名

(神戸地裁昭五六(行ク)第二五号、昭和56.10.14第二民事部決定)

主文

一  被申立人が昭和五六年九月二九日申立人に対しなした、申立人の開設にかかる近藤病院につき保険医療機関の指定及び療養取扱機関の申出の受理を同年一〇月一五日付をもつて各取消す処分、並びに、申立人の保険医の登録及び国民健康保険医の登録を右同日付をもつて各取消す処分の効力は、いずれも、本案判決が確定するまでこれを停止する。

二  申立費用は被申立人の負担とする。

理由

一<省略>

二疎明によれば、申立人は、肩書地において近藤病院を開設する医師であるが、被申立人は、同病院の健康保険及び国民健康保険にかかる診療報酬請求に関し監査を実施した結果、申立人において付増請求又は差込み請求等不正の事実が存在するものと認め、兵庫県社会保険医療協議会に対する諮問の答申を得たうえ、昭和五六年九月二九日、申立人に対し、健康保険法第四三条ノ一三及び国民健康保険法第四九条の規定により、昭和五六年一〇月一五日付をもつて、保険医の登録及び国民健康保険医の登緑を取消す旨、並びに、近藤病院について、健康保険法第四三条ノ一二及び国民健康保険法第四八条の規定により、右同日付をもつて、保険医療機関の指定及び療養取扱機関の申出の受理を取消す旨の各処分をしたことが認められる。

三そこで、まず、本件取消処分により回復困難な損害を生じ、かつ、これを避けるため緊急の必要があるか否かについてみるに、疎明によれば次の事実を一応認めることができる。

1  近藤病院は、昭和四二年開設され、近年開発の進んだ神戸市北区の北部に位置する病院である。診療科目として、脳神経外科、一般外科、整形外科、産婦人科、内科、小児科、麻酔科、レントゲン科、人間ドックがあり、病床一〇九床を有する。昭和五六年一〇月九日現在、常勤医師は、申立人(外科、脳外科専門)及び同人の妻近藤千里(産婦人科、小児科専門)を含め六名(他は、内科専門、外科専門二名)、非常勤医師五名(外科専門三名、脳神経科専門、内科専門各一名)、救急協力医師三名(麻酔科専門二名、脳外科専門一名)(以上は救急体制医師名簿による。)、薬剤師三名、エックス線技師二名、検査技師三名、マッサージ師一名、栄養士二名、看護婦二七名、その他の従業員三五名の人員で構成されている。主要設備として、頭部コンピューター診断装置(C・Tスキャン)、心電図コンピューター処理装置、高圧酸素治療、重症患者集中監視システム、新生児監理システム等近代的医療機器ないし設備を有し、鉄筋コンクリート五階建病棟二棟、同三階建病棟一棟、同五階建病院管理センター、検査センター各一棟、敷地面積4439.12平方メートルの規模を有する。

2  同病院の、入院患者は、昭和五六年九月末現在四二名、うち健康保険、国民健康保険の被保険者は三二名、その余は自賠責保険、労災保険その他による療養者であり、外来患者は、同年九月中の合計が三二六六名(うち、外科一二五二名)、うち、健康保険、国民健康保険の被保険者は二八一五名であつて、最近の二、三か月間における診療報酬は、月間約二五〇〇万円、うち、保険診療分が約二〇〇〇万円を占めている。ただし、入院患者は、同年二月中旬頃には一〇〇名前後(うち、外科六〇名前後)であつたものが、同年一〇月六日現在では三七名(うち、外科一七名)に減少している。もつとも、外来患者は、同年三月から八月まで、月平均三三五〇名程度で、あまり変つていない。なお、従前における、入院・外来患者全体において健康保険、国民健康保険の被保険者の占める割合、及び、診療報酬全体において保険診療分の占める割合は、必ずしも定かではないが、右にあらわれた数値と大幅に異なることはないものと推認される。また、同病院は救急医療機関であり、神戸市北区消防署救急隊の昭和五五年中における傷病者搬送一八〇二件のうち、同病院への搬送は四四七件を占めている。

3  開設者である申立人が、外科医として相当の手術経験者であること、C・Tスキャンや脳血管造影装置等の操作に熟達していること、救急協力医師を除き常勤、非常勤医師のうちでは唯一の麻酔標榜医であること、及び、同病院の直近に居住していることから、同病院においては、脳神経外科のみならず整形外科、一般外科の領域においても、最新の医療機器を操作して行なう大手術や緊急を要する手術は、申立人に依存するところが大であり、夜間の脳神経外科的疾患の重症例については、申立人の腕を見込んで北区外から患者が転送されてくることも多く、申立人が保険診療に従事することが同病院にとつて必要である。

4  申立人には、近藤病院の経営による診療報酬収入のほかさしたる収入はなく、右収入から、同病院勤務の医療スタッフその他従業員の給料合計月額約三〇〇〇万円ないし四〇〇〇万円と同病院のその他の経費を支払い、右収入のうち、申立人と現在同病院の院長となつている近藤千里の医療報酬分として年間合計約二四四〇万円を銀行借入金二億円及び住宅ローンの返済、税金、学資保険等の支払、並びに、申立人ら家族の生活費にあてているが、申立人の主要な資産である近藤病院の敷地建物(その評価額は、二〇億円を下ることはない。)には銀行に対する担保が設定され、十数億円に上る滞納国税等による差押がなされており、また、申立人の脱税、診療報酬請求の不正等が刑事問題となつたため、病院の活動規模が縮少されている現在、その収支は償わず赤字経営に陥つている。

5  前記刑事問題発生後の昭和五六年二月以降、近藤病院は、入院患者の医療の継続をはじめとし、従前の病院経営を維持継続するため、暫定的な措置として、兵庫医科大学教授伊藤信義を長とする管理委員会を置き、同年五月以降、前記近藤千里を院長として新しい医療体制により運営されている。併せて、法人としての新病院の構想も立てられているが、右管理体制は、当面、近藤病院の機能を保全する目的にでたものである。

右事実によれば、本件取消処分により申立入の近藤病院における保険診療の途を閉されると、右収入のうち、申立人と現在同病院の院長となつている近藤千里の医療報酬分として年間合計約二四四〇万円を銀行借入金二億円及び住宅ローンの返済、税金、学資保険等の支払、並びに、申立人ら家族の生活費にあてているが、申立人の主要な資産である近藤病院の敷地建物(その評価額は、二〇億円を下ることはない。)には銀行に対する担保が設定され、十数億円に上る滞納国税等による差押がなされており、また、申立人の脱税、診療報酬請求の不正等が刑事問題となつたため、病院の活動規模が縮少されている現在、その収支は償わず赤字経営に陥つている。

5  前記刑事問題発生後の昭和五六年二月以降、近藤病院は、入院患者の医療の継続をはじめとし、従前の病院経営を維持継続するため、暫定的な措置として、兵庫医科大学教授伊藤信義を長とする管理委員会を置き、同年五月以降、前記近藤千里を院長として新しい医療体制により運営されている。併せて、法人としての新病院の構想も立てられているが、右管理体制は、当面、近藤病院の機能を保全する目的にでたものである。

右事実によれば、本件取消処分により申立人の近藤病院における保険診療の途を閉されると、来院患者の激減、保険診療報酬の喪失による収入の減少それ自体の損害にとどまらず、前記規模、内容の近藤病院をもつてする申立人の医療業務及び同病院の経営は破綻に陥り、本案判決の確定にいたるまでに、その存続が至難となると推認され、その損害は回復しがたいものであると考えられる。他面、申立人の近藤病院との関連にとどまらず、同人自身の医師としての生活、業務の観点からみた場合においても、現在の医療保険制度の果たす社会的役割と保険診療の一般化の実情に鑑みると、保険医の登録の取消による保険診療からの排除が、申立人の医療業務、医学上の活動に及ぼす損失は償いがたいものがあると考えられる。

したがつて、本件取消処分により、申立人に回復の困難な損害を生じ、かつ、これを避けるため緊急の必要があるというべきである。

なお、疎明によれば、申立人は、昭和五六年一〇月二日、前記の滞納国税等により、同年八月診療分以降の社会保険、国民健康保険診療報酬の支払請求権の差押を受けた事実が認められるけれども、その故に右の結論が左右されるものではない。

四被申立人は、本件申立は本案について理由がないとみえるときにあたる旨主張するので、検討するに、疎明によれば、申立人及び同人開設の近藤病院が、健康保険法第四三条ノ六第一項の規定、及び、国民健康保険法第四〇条所定の療養の給付に関する準則に違反し、その療養費用の請求に不正があつた事実が一応認められるけれども、医療行政における本件取清処分の性質、本件事案の内容等を考慮すると、現段階においてただちに、処分の適法性について疑いの余地がないものと断定することは、なお躊躇されるところであり、本案審理によりこれを確定することが相当であると思料される。したがつて、右主張は採用することができない。

五また、被申立人は、本件事案が国民全体に医療への不安感、不信感を招来させる性質のものであること、本件がマスコミに取り上げられて重大な社会問題となつていることをあげて、本件取消処分の執行停止は公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがある旨主張する。そして、疎明によれば、申立人の医師としての倫理が重大な社会問題として新聞紙上にも報道されていることが認められる。しかしながら、本件取消処分の効力を停止することが、何ら右処分の理由となつた申立人の法令違反の行為を是認するものでないことはいうまでもないところであり、また、申立人、近藤病院において、保険医、保険医療機関として療養の給付を継続するとしても、そのこと自体が公共の利益に悪影響を及ぼすものとはいえないし、本件取消処分の理由となつたような法令違反の行為については、申立人に対する適切な行政指導と監督による防止を期待することができるものと考えられる。このような点をも考慮すれば、前記疎明されたような事実があるとはいえ、一医師、一病院にすぎない申立人及び近藤病院が本件取消処分の効力停止期間中保険診療を継続することから、ただちに公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるということは容易に首肯しがたいところであり、他に、本件取消処分の効力停止が公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるものというべき事情の主張、疎明はないから、右主張も採用することができない。

六よつて、申立人の本件申立を認容することとし、申立費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(富澤達 松本克己 鳥羽耕一)

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