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神戸地方裁判所 昭和57年(ワ)1727号 判決 1985年9月26日

原告

甲田太郎

右法定代理人親権者父

甲田正男

同母

甲田花子

右訴訟代理人

藤原精吾

山内康雄

被告

乙山一郎

右法定代理人親権者父

乙山義男

同母

乙山月子

被告

芦屋市

右代表者市長

松永精一郎

右訴訟代理人

宇津呂雄章

正森三博

右訴訟復代理人

上田隆

森谷昌久

主文

一  被告乙山一郎は原告に対し金一一〇万円及び内金一〇〇万円に対し昭和五八年一月一二日より支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告乙山一郎に対するその余の請求を棄却する。

三  原告の被告芦屋市に対する請求を棄却する。

四  訴訟費用は七分し、その一を被告乙山一郎の、その余は原告の各負担とする。

五  この判決は、原告において金四〇万円の担保を供したときは主文第一項につき仮に執行することができる。

事実

第一  原告は、「(1)被告らは各自原告に対し、金八八〇万円及び内金八〇〇万円に対し昭和五八年一月一二日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。(2)訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、その請求の原因として次のとおり述べた。

一  本件事件の発生について

1  原告と被告乙山一郎(以下、「被告乙山」という)は、いずれも、昭和五六年一月二一日当時、芦屋市○○町△○番○◎号所在の同市立○○中学校一年二組の生徒であつた。

2  昭和五六年一月二一日午前九時二五分ころ、第一校時終了の間際に、右中学校一年二組の教室において、被告乙山は、原告が自己の席に座つているところに近づき、原告の背後からいきなり原告の首を強くもみ、原告がやめてくれるよう懇願したにもかかわらずやめないばかりか、原告がはらつた手が自己の腹部に当つたことに立腹し、手拳で原告の顔面を強く殴打した。

3  原告は、被告乙山の右暴行により、右側中切歯については歯髄壊死をともなう脱臼、左側中切歯については脱臼の各傷害を受けた(以下、この傷害事件のことを「本件事件」という)。

二  原告の損害について

原告は本件事件により次の損害を蒙つた。

1  慰藉料 金八〇〇万円

原告は、前記受傷により、三か月以上も通常の食事ができない状態にあり、そのために登校日にも教室で友人と共に弁当を食べることができず、また、体育の授業も見学しなければならない等不便かつ不本意な生活を余儀なくされた上、右側中切歯は顎の成長をまつて(一八才ころ)義歯にする必要があり、長期間にわたり咀嚼機能に重大な障害を残し、現在もなお肉体的精神的苦痛に悩まされている。

原告のこれらの損害を慰藉するには、少くとも金八〇〇万円の支払いが相当である。

2  弁護士費用 金八〇万円

本件事件の責任の所在及び本件事件によつて原告が蒙つた損害の賠償について、被告乙山の誠意ある回答が得られなかつたため、原告及び原告の法定代理人らは、やむなく本訴の提起追行を原告代理人に委任し、その成功報酬として金八〇万円を支払うことを約束した。

三  被告らの責任について

1  被告乙山の責任

(一) 被告乙山は、昭和四二年九月一三日生れであり、本件事件当時は一三才という年令に達していたのであるから、自己の責任を弁識するに足りる知能を備えていたものといわざるをえない。

(二) 被告乙山は、前記のとおり、原告に対し、背後から原告の首を強くもみ、原告がやめるように懇願するのを無視しさらに顔面を強く殴打する等の暴行を加え、もつて、原告に対し前記一の3記載の傷害を負わせた。

したがつて、被告乙山は民法七〇九条により原告の蒙つた前記損害を賠償する責任がある。

2  被告芦屋市の責任

(一) 本件事件当時、訴外岩城康隆は前記○○中学長の校長(以下、「岩城校長」という)であり、訴外山崎泰治は同校教諭で原告及び被告乙山のクラス担任(以下、「山崎教諭」という)であり、また、訴外小国順子は同校の養護補助教諭(以下、「小国助教諭」という)であつた。

(二) 中学校校長及び教諭は、学校教育法等の法令により、学校における教育活動及びこれと密接な関係を有する生活関係については、法定の監護義務者に代つて生徒を保護監督すべき義務を負うものである。

しかるに、山崎教諭及び岩城校長は、本件までにも原告が被告乙山からしばしば暴力その他の手段によりいわゆる弱い者いじめをされていたにもかかわらず、何ら適切な対策を講じたり指導注意をすることもなく被告乙山の行為を黙看放任していた。

このように、山崎教諭及び岩城校長が教育者として学校教育法等の法令により日頃から他の生徒に暴力をふるつたり、いわゆる弱い者いじめをしたりすることのないように生徒を指導し、かつ生徒の行動を保護監督する義務を怠らなければ本件事件は未然に防止できたのであるが、山崎教諭及び岩城校長が右義務を怠つたために本件事件が発生した。

(三) 中学校の養護教諭は、学校の全生徒の健康管理を行う責任を負い、負傷した生徒を診察した場合は、適切な応急処置をすると共に、医師の診察を必要とする場合には速やかに医師のもとに生徒を連れて行き医師の適切な治療を受けさせるべき義務を負うものである。

しかるに、小国助教諭は、原告が本件事件直後に保護室に来た際にその診察をしたが、その処置が十分でなかつたために、原告の歯の脱臼が回復しえなくなつたのである。

すなわち、歯が抜けた場合でもすぐに適切な処置をすれば元通りに治癒することが可能である。小国助教諭は原告を診察手当てをした際、原告の口の中が血だらけであつたのを見たのだから、歯の状態を確認し、すぐに医師の診断及び適切な治療を受けさせるべき義務を負い、またそれが可能な状態にあつたのであり、そうすれば、原告の右側中切歯の歯髄壊死を防止できたのである。

ところが、小国助教諭は単に原告に嗽をさせ、止血をしたのみで、適切な応急手当てを講じなかつたうえに、原告に第二校時以降の授業を受けさせ、本件事件後二時間以上も経過した午前一一時五〇分ころになつてようやく歯科医師の診察を受けさせたのである。そのために、原告の右側中切歯は既に歯髄壊死を伴う脱臼となり、将来義歯にしなければならなくなつたのである。

(四) 本件事件は、第一校時限の終了間際に発生したものであるが、仮に被告芦屋市主張のようにその後の休憩時間にまたがつたとしても、当日の学校教育活動は午前八時三〇分に既に始まつており、休憩時間も学校教育活動ないしはそれと密接不可分な生活関係に該ることは明らかである。

(五) 被告芦屋市は、右岩城校長、山崎教諭及び小国助教諭の使用者であり、右中学校の設置者である。

(六) したがつて、被告芦屋市は、民法七一五条又は国家賠償法一条により原告の蒙つた前記損害を賠償する責任がある。

第二  被告乙山は、「(1)原告の請求を棄却する。(2)訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、原告主張の請求の原因事実に対する答弁及び抗弁として次のとおり述べた。

一  答弁

(一)  請求の原因一項記載の事実のうち、(1)、同1は認める。(2)同2は本件事件の発生の日時場所のみは認め、その態様は否認する。本件事件発生の前後の状況は、原告と被告乙山が前後の座席にあり、被告乙山はいたずらのつもりで原告の頭部をこそばして自分の座席に坐つた。すると、原告は被告乙山の腹部を肘で強打したので、被告乙山は原告の肘による強打に対しとつさに腕を真直ぐに伸ばしたところ、原告の顔面に手が当つたにすぎない。(3)、同3は不知、原告の受傷の程度については争う。

(二)  請求の原因二項記載の事実は強く否認又は争う。

なお、被告乙山の親権者は原告の親権者に対し誠意を尽くして示談解決しようと努力したが、原告親権者は被告乙山の親権者の誠意ある示談交渉に対しても法外な示談交渉金額の支払いを求めて、頑なに拒み、一方的に本訴請求に及んだものである。

(三)  請求の原因三項の1記載の事実は否認又は争う。本件事件当時、原告及び被告乙山は共に未だ一三才の心身共に未成熟な少年であり、自己の責任を弁識しそれに従つて行動する能力を十分備えた者とはいえなかつたのであるから、登校を一方的に義務づけられている中学校内では、原告及び被告乙山の学校内での親権者に代る監督責任者(学校関係者)が校内事故防止の責任(校内事故の責任)があるが、被告乙山には右のように責任能力がないので法的責任を追及することはできない。

二  抗弁

被告乙山が原告の本訴請求に対し抗弁として主張するところは、被告芦屋市が後記のように抗弁として主張するところと同一であるから、ここにこれを引用する。

第三  被告芦屋市は、「(1)原告の請求を棄却する。(2)訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、原告主張の請求の原因事実に対する答弁及び抗弁として次のとおり述べた。

一  答弁

(一)  請求の原因一項につき

(1) 同一項の1記載の事実は認める。

(2) 同2記載の事実のうち、本件事件が原告主張の場所で起きたことは認め、その余の事実は否認又は争う。本件事件は、昭和五六年一月二一日第一校時終了後で第二校時が始まるまでの休憩時間中(教師は誰れも教室にはいなかつた)に発生したものである。また、本件事件発生の経緯態様については、被告乙山が、黒板海側前付近に集まつていた友達の仲間に加えてもらおうと思つたが急に入つて行き難い気持ちになり、原告が一人自分の椅子に座つていたために一緒に遊ぼうと思い、原告の首の所を後から左手を伸ばしこそこそと指を動かすようにして原告の関心を誘つた。これに対し、原告は闇雲に右手をくの字形にして右手の甲で被告乙山の腹部を殴つた。被告乙山は、原告の右行為に対し、とつさに反射的に防衛行為として右手を出したところ原告の歯に当つたものである。したがつて、本件事件は、生徒同志がふざけて遊んでいたときに偶然に被告乙山のこぶしが原告の歯に当つたことから発生した偶発的な事故である。

(3) 同3記載の事実は否認又は争う。原告の歯が脱臼したとしても、被告乙山は原告の顔面を右手で強打していないことは原告の顔面、とりわけ口元に腫張がみられないことからも明らかであるから、むしろ、原告の歯が簡単に脱臼したのは、当時C2という齲歯であつたことにより歯の脱臼が起こりやすい虚弱状態にあつたことに起因するものである。

(二)  同二記載の事実は否認又は争う。また、原告が被告芦屋市に対し弁護士費用の請求までするのは筋違いである。被告乙山側は原告に対し誠意を尽くして示談解決をせんとしたが原告側が法外な金額を示して示談交渉を頑なに拒んだものである。また、学校側に対しても、原告側は教育委員会に訴えたり、新聞社に本件事件を通報したり、山崎教諭を騙して甲第一号証を書かせるなど、通常予想される示談交渉の範囲を逸脱した行為に出たうえ、一方的に本訴請求に及んだものであり、原告には、当初より示談解決の意思があつたか疑わしい。

(三)  請求の原因三項につき

(1) 同三項の1記載の事実のうち、被告乙山が本件事件当時一三才であり、責任弁識能力を備えていたことは認める。その余の事実は否認する。

(2) 同2の(一)記載の事実は認める。

(3) 同2の記載の事実のうち、中学校長及び教諭が、原告主張の法令上の保護監督義務を負うことは認めるが、山崎教諭及び岩城校長が右注意義務を怠つたことは否認する。岩城校長は学校全体の立場より、また山崎教諭は学級担任として平素より学校内での暴力事件防止につき生活指導要綱を設けて適切な指導監督を行つて来たものであるが、本件事件は岩城校長も山崎教諭も全く予見できなかつた生徒同志のふざけにより突然発生した単なる偶発的事故である。したがつて、岩城校長及び山崎教諭には本件事件につき原告主張のような落度、責任はない。

(4) 同2の(三)記載の事実のうち、中学校の養護教諭が、原告主張の養護義務を負うことは認めるが、小国助教諭が右注意義務を怠つたことは否認する。本件事件は第一校時終了後で第二校時開始前の休憩時間に発生したが、小国助教諭は本件事件直後に保健室で応急手当として原告の口をすすがせガーゼを当てて止血の処置をしたので血は止まり、原告は異常又は歯痛を訴えるどころか、大丈夫といつて自ら第二及び第三校時の授業を受けたが、学校側としては慎重な対応をとり、第三校時終了後で第四校時の始業前の休憩時間に小国助教諭が付き添つて原告を溝井歯科に連れて行き治療を受けさせた。したがつて、小国助教諭はもちろんのこと、学校側においても原告の負傷の手当てと処置につき原告主張のような落度、責任はない。

(5) 同2の(四)記載の事実のうち、本件事件が原告主張の場所で発生したこと、本件事件当日の学校始業時は午前八時三〇分であることは認めるが、その余の事実は争う。

なお、休憩時間も一応は原告が主張するように学校教育活動ないしにそれと密接不離な生活関係にあるとはいえるが、授業時間中と休憩時間は事故防止のうえでも同一視できないものがある。

(6) 同2の(五)記載の事実は認め、同2の(六)記載の事実は否認する。

二  抗弁

1  被告乙山の防衛行為の主張

仮に、原告が主張するように、被告乙山が原告の前方に出て原告の顔面、とりわけ歯の部分を手拳で殴打したとしてもその直前に、原告が手拳で被告乙山の腹部を殴打し、その拍子に原告の身体が横向きに動いたので、被告乙山が反射的かつ防衛的にとつさに出した手が原告の歯の部分に当つたにすぎない。したがつて、被告乙山の右行為は原告の暴行に誘発されたとつさの防衛行為にすぎない。

2  過失相殺の主張

前述のとおり、本件事故は原告の暴行に誘発されて発生したものであるから、原告の損害の発生と拡大については原告自身においても一半の責任のあることは否定できない。

したがつて、原告の損害額の算定においては、原告が自己の損害額の発生と拡大に寄与した責任の程度内容は、原告の損害額の算定に当つては当然に斟酌されるべきである。

第四  被告ら主張の抗弁に対する原告の答弁

被告ら主張の抗弁はいずれも強く否認又は争う。本件事件は被告乙山の執拗かつ一方的な暴行により発生したものであり、これが被告乙山の防衛行為に当るものでないことは明らかであり、したがつて、また、被告らの過失相殺の主張は失当である。

第五  証拠関係<省略>

理由

一本件事件の発生について

<証拠>を総合すると次の事実が認められ、同認定に反する<証拠>はにわかに措信することができず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(1)  原告と被告乙山はいずれも、昭和五六年一月二一日当時芦屋市○○町△○番○号所在の同市立○○中学校一年二組の生徒であつた。

(2)  昭和五六年一月二一日午前九時二五分ころの右中学校第一校時終了後で第二校時開始前の休憩時間中に、右中学校一年二組の教室において、被告乙山は、原告が自己の席に座つているところに背後より近づき、いたずらしようと思つて、原告の背後からいきなり原告の首を数回もみ、原告がやめてくれるよう懇願したにもかかわらずやめなかつたので、原告がこれを強く振り払つた右手が被告乙山の腹部に当つたことに立腹し、いきなり右手の手拳で原告の顔面を強く一回殴打した。

(3)  原告は、被告乙山の右暴行により、右側中切歯については歯髄壊死(歯髄断裂)をともなう脱臼、左側中切歯については軽度の脱臼の各傷害を受けた。

なお、<証拠>によると原告の脱臼した二本の歯のうち一本は未処置(C2)の齲歯であつたことが認められるけども、これがために原告の歯の脱臼が被告乙山の右暴行により起つたことまでも否定することはできない。

二被告乙山の責任について

前記一の関係各証拠によると、本件事件についての被告乙山の責任につき次の事実が認められ、同認定に反したりこれを左右するに足りる証拠はない。

(1)  被告乙山は、昭和四二年九月一三日生れであり、本件事故当時は中学一年で一三才四月という年令に達していたのであるから、是非善悪を弁識しそれに従つて行動する責任弁識能力、すなわち責任能力を有していたものであることは否定できない(本件証拠によつても被告乙山の右責任能力を否定するような事情はうかがえない。)。

(2)  被告乙山は前記暴行により原告に対し前記傷害を負わせた。

(3)  右事実によると、被告乙山は民法七〇条により原告の蒙つた後記損害を賠償する責任があるものといわざるをえない。

三被告芦屋市の責任について

1  岩城校長及び山崎教諭の過失責任の有無

(一)  本件事件当時、訴外岩城康隆は前記○○中学校の校長、訴外山崎泰治は同校教諭で原告及び被告乙山のクラス担任であつたこと、中学校校長及び教諭は、学校教育法等の法令により、学校における教育活動及びこれと密接な関係を有する生活関係については、法定の監護義務者に代つて生徒を保護監督したり学校内での暴行事件を防止すべき義務を負うものであること、本件事件は右中学校第一校時終了後で第二校時開始前の休憩時間中に発生したものであるが、休憩時間中といえども学校教育法等の法令の定めにより中学校校長及び教諭は法定の監護義務者に代つて生徒を保護監督すべき生活関係すなわち、学校の教育活動及びこれと密接な関係を有する生活関係にあることについては当事者間に争いがない。

(二)  そこで、本件事件は、岩城校長及び山崎教諭をはじめ学校側に原告主張のような保護監督義務の違反があつたために未然に防止しえなかつたものであるかについて検討する。

<証拠>を総合すると次の事実が認定でき、同認定に反する<証拠>はにわかに措信することができず、他に同認定を左右するに足りる証拠はない。

(1) 本件事件は、前記のように、第一校時終了後で第二校時開始前の休憩時間中で、しかも教諭はいなかつたが生徒多数がいた一年二組の教室において起つたものであるが、第一校時担当の教諭が第一校時終了後に退室する際にも、本件事件の発生を予見できる緊迫した状況にはなかつた。また、同教室に居合わせた他の生徒らも本件事件の発生を予め予見していた者もいなかつた。

(2) 本件事件は、第一校時が終了し担当教諭が退室した後の右休憩時間中に、被告乙山が、原告が自己の席に座つているところに近づき、ふざけのつもりで、原告の背後からいきなり原告の首の辺りを強くもみ、原告が止めてくれるように懇願したにもかかわらず止めなかつたので、原告がこれを強く振り払つた手が自己の腹部に当つたことに立腹し、いきなり手拳で原告の顔面を強く殴打したことにより発生したものであり、本件事件の発生経緯及び周囲にいた生徒らまでもが本件事件の発生の経緯状況等を十分に認識理解していないこと等からみても、本件事件自体はとつさに偶発的に発生したものといえる。

(3) 本件事件当時、○○中学校は未だ創立二年目の新設中学校であり、同中学校では新しい健全な校風を作るために校内暴力事件等の発生防止を同校の教育・生活指導の重点目標の一つとする生徒の教育指導方針を定め、平素より生徒に暴力及びこれを助長する風潮を排除否定したり注意したりして指導監督して来たので、その指導監督が十分なものであつたか否かはともかくとしても、本件事件当時には、見るべき校内暴力事件等は起つていなかつた。

(4) とりわけ、原告と被告乙山の関係については、同じ○○小学校の卒業生同志で特に不仲であつたとはいえなかつたが、この二人が○○中学校に入学した後は、原告が小柄で虚弱なことなどもあつて、被告乙山から嘲笑愚弄されたり利用されたりはしたが、未だ被告乙山が原告に対し暴力を振つたり集団でいじめることなど深刻な事態にまでは発展していなかつた(原告法定代理人の供述中、原告は昭和五五年四月ころから集団でいじめられていた旨の供述部分は同五六年四月の記憶違いと解される)ので、二人の関係では校内暴力事件は起つていなかつた(なお、本件事件の二、三か月後からは原告に対する悪質な集団暴力事件が起つている)。また、本件事件当時は、教師に対し反抗的な生徒がいたことは否定できないが、他の生徒間でも校内で暴行傷害事件が起つたりしたことは本件証拠上はうかがえないし、原告が両親や担任教諭等に対し被告乙山にいじめられていると訴えたこともなかつたので、学校側としても特に被告乙山の右言動を取り上げて被告乙山に注意したこともなかつた。

(5) そして、本件事件は、被告乙山の原告に対する右悪ふざけ(被告乙山は遊びのつもりと述べ、他の生徒も同様に述べている)の過程でその一環として起つた傷害事件というよりは、その原因はともかくとしても、その態様程度内容などよりみてこれとは異質の偶発的な傷害事件といえるので、たとえ学校側において被告乙山の原告に対する日頃の右悪ふざけに気付いていた(学校側は強く否定しているが)か、又はこれを認識することができたとしても、そのことから当然に本件事件の発生までが予め具体的に予見できたとはいえない(学校側は本件事件の発生は全く予見できなかつたと述べている。なお、本件事件当時、被告乙山の原告に対する日頃の言動が昂じて暴力をふるうような具体的状況にあつたことは本件証拠上はうかがえない)。

(6)  してみると、本件事件は、教諭の誰れもがいない前記休憩時間中の教室において、被告乙山の前記暴行により突然に起つた偶発的事件であり、しかも、原告と被告乙山との平素の関係からみても、また、本件事件当時及びそれ以前には、本件事件の発生を危惧するような緊迫した具体的な状況もうかがえなかつたことからみても、岩城校長及び山崎教諭をはじめ学校側には本件事件の発生を予め具体的に予見できる状況(教諭不在の休憩時間中とはいつても他に生徒が多数いる教室内でのことでもあり、しかも原告及び被告乙山の年令、二人の関係などからみても暴行傷害事件の発生は当時としては意外な事件ともいえるので、単に抽象的にそれも未必的な態様で予見できたはずであるというだけでは足りない)にあつたとはいえず、したがつて、岩城校長及び山崎教諭をはじめ学校側には、右予見可能性が肯定できない以上は、原告主張のような保護監督義務違反があつたために本件事件の発生を未然に防止することができなかつたと解することはできない。

そうだとすると、岩城校長及び山崎教諭をはじめ学校側には本件事件の発生につき原告主張の過失責任があつたことまでは認められない。

2  小国助教諭の過失責任の有無

(一)  本件事故当時、訴外小国順子は○○中学校の養護補助教諭であつたこと、中学校の養護教諭は学校の全生徒の健康管理につき原告主張のような義務を負うことについては当事者間に争いがない。

(二) そこで、小国助教諭をはじめ学校側に原告主張のような義務違反があつたかについて検討するに、前記一の関係各証拠によると次の事実が認定でき、同認定を左右するに足りる証拠はない。

(1) 本件事故直後に、小国助教諭は保健室に手当を受けに来た原告を診察したが、原告の口の中は右脱臼により歯茎から出血し充血していたので、原告に嗽をさせ、応急手当てとしてガーゼを入れて止血の処置をしたので、血は止まり、原告の口の中をみても外見上は口唇、歯、歯茎等にも腫れ、切創等の異常はみられなかつた。

(2) 小国助教諭は、原告及び被告乙山より本件事件の発生とその内容について簡単な説明を受けたり、原告の右症状などよりみて原告の負傷の程度も大したことはないと速断し、また、原告は歯の痛み、異常を訴えることなく、むしろ、大丈夫といつて自ら第二及び第三校時の授業を受けたので、しばらく様子をみることとして原告を直ちに歯科医師の所に連れて行かなかつた。

(3) しかし、その後に慎重を期した学校側の指示もあつて、小国助教諭は第三校時終了後に原告を連れて溝井歯科医師の診察治療を受けさせた。その結果、原告は右側中切歯については歯髄壊死をともなう脱臼、左側中切歯については軽度の脱臼をしていることが判明した。

(4) ところで、小国助教諭が原告を診察した際、原告の左右両側の中切歯の各脱臼(右側中切歯の歯髄壊死の点は外観上確認できなかつたとしても)が起り左右両側中切歯二本がぐらついて歯茎から多量の出血があり、口の中は血だらけになつていたのであるから、たとえ原告が大丈夫といつて歯の異常、痛みを訴えずに授業を受けたり、口唇等に切創腫張など異常なところがみられなかつたとしても、生徒の健康管理に責任を負う学校側としては慎重を期し応急の処置手当てをした後は直ちに歯科医師の診療治療を受けさせるべき注意義務があるものというべきである。

それにもかかわらず、小国助教諭は多量に出血していた原告の歯及び歯茎の状態を十分に診察確認することもなく単に止血の応急処置をしたのみで直ちに歯科医師の診察治療を受けさせずにその約二時間も後の第三校時終了後に溝井医師の診察治療を受けさせた。

してみると、右応急処置自体は不適切なものとまではいえなかつたとしても、小国助教諭をはじめ学校側の右措置については、原告に直ちに歯科医師の診察治療を受けさせるべき前記義務に違反したものであつたことは否定できない。

(5) しかし他方、学校側が右応急手当の直後に原告に歯科医師の診察治療を受けさせていたならば原告の前記傷害を防止できたかについて検討すると、原告の傷害のうち、右側中切歯の脱臼と左側中切歯の脱臼は、原告の受傷の内容程度と被告乙山の暴行の態様などからみて、被告乙山の暴行によつてその際に起つていたことは明らかである。また、右側中切歯の歯髄壊死(神経切断)もその症状の内容態様からみて右暴行による脱臼の際に歯神経の切断が起つていたことがうかがえる(小国助教諭の応急手当ての不適切のために、又はその後に歯神経の切断を生じさせたような特段の事情もうかがえない)し、また原告が歯科医師の診察治療を右のように約二時間早く受けておれば原告の歯髄壊死を未然に防止しえたり、あるいは一旦生じた歯髄壊止を回復治療しえたかについてはこれを肯認できる証拠はない(小国助教諭には原告に応急手当てをした後は直ちに歯科医師の診察治療を受けさせる義務があるとしても、前記応急処置以上に歯科医師と同様の処置を行うことまでも期待できない)。

(6) 以上のとおりであるから、原告が小国助教諭の応急処置の後に直ちに歯科医師の診察治療を受けていたとしても、原告の右側中切歯の歯神経切断の歯髄壊死は既に発生しており、あるいはこれが防止回復しえなかつたのであるから、小国助教諭をはじめ学校側には原告の傷害の発生と拡大に寄与した責任事由は認められず、したがつて、原告は学校側に対しその責任を追及しえないものといわざるをえない。

3  被告芦屋市の責任について

前述のとおり、岩城校長、山崎教諭及び小国助教諭をはじめ学校側には本件事件の発生と原告の受傷につき責任事由を肯認することができないのであるから、これを前提とした被告芦屋市の責任は、その余の点につき判断するまでもなく肯認することはできない。

四原告の損害について

<証拠>を総合すると次のような事実が認められ、同認定を左右するに足りる証拠はない。

1  慰藉料 金一〇〇万円

(一)  本件事故により、原告は右側中切歯については歯神経の切断による歯髄壊死をともなう脱臼、左側中切歯については軽度ではあるが脱臼の各傷害を受け、とくに右側中切歯については約三か月間は左右両側の中切歯を利用して金具でブリッジ状に歯を固定させる咬合調整処置が行われた。

(二)  原告は、右傷害により、三か月以上も通常の食事ができない状態にあり、登校日にも教室で弁当を食べることもできずまた体育の授業も見学せざるをえなかつたうえ、左側中切歯の脱臼は治療により回復しうるとしても、右側中切歯は歯髄壊死をともなう脱臼が起つたので顎の成長を待つて義歯に入れ替える必要があり(これが後遺症として残る)、原告は長期間にわたつて咀嚼機能に支障困難を来たしこれに耐えねばならず、現在もなお肉体的精神的苦痛に悩まされていることは否定できない。

(三)  右のような事実の他に本件に表われた一切の事情をも総合考慮すると、原告の慰藉料額は金一〇〇万円が相当額と解される。

2  弁護士費用 金一〇万円

(一) 前記一の関係各証拠により認められる本件事件の内容と原告が本訴提起に至つた経緯、本訴提起と訴訟追行状況に鑑みると、原告が被告乙山に対し本件事件により蒙つた損害として請求しうる弁護士費用は、前記認容額の一割相当の金一〇万円が相当額と解する。

五被告乙山の抗弁について

本件事件が、前記のとおり、被告乙山の一方的な暴行によつて発生したものであるから、被告乙山主張の各抗弁はいずれも採用できない。

六結論

以上の次第で、原告の被告乙山に対する本訴請求は、原告が被告乙山に対し金一一〇万円及び内金一〇〇万円に対する本件事件発生後の昭和五七年一月一二日から支払済に至るまで年五分の割合による金員の支払いを求める限度で理由があるのでこれを認容し、その余の請求は理由がないのでこれを棄却することとし、また、原告の被告芦屋市に対する本訴請求は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条、九二条により、仮執行の宣言については同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官小林一好)

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