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神戸地方裁判所 昭和57年(ワ)228号 判決 1985年7月30日

原告 第一実業株式会社

右代表者代表取締役 小川博康

右訴訟代理人弁護士 奥見半次

被告 中山博

<ほか一名>

右両名訴訟代理人弁護士 奥村孝

同 鎌田哲夫

右奥村孝復代理人弁護士 中原和之

主文

一  原告の本訴請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告(請求の趣旨)

(一)  被告らは、各自原告に対し金五〇〇〇万円、およびこれに対する昭和五七年三月六日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は、被告らの負担とする。

(三)  仮執行の宣言。

二  被告

主文と同旨。

第二原告の請求原因

一  原告は、神戸市中央区中山手通二丁目二二番一地上に家屋番号三二番一の二、店舗木造亜鉛メッキ銅板葺三階建(一階五九一・二一、二階五一一・二七、三階一二・二三)を所有し、キャバレー紅馬車を経営していた。

二  被告博は、原告の右家屋に隣接して建物を所有し食料品店を営んでいた。

三  ところが、昭和五七年一月一八日午後四時一〇分ごろ被告ら方から出火し、原告所有の右建物延面積一一一四・七一平方メートルが全焼した。

四  右全焼は、被告らの重大な過失に基づくものである。

すなわち、同日午後四時ごろ原告所有の建物へ白い霧状の煙が侵入しているのに気づいた原告の従業員右近稔らが被告ら方店舗へ行き「煙が出ているようですが大丈夫ですか」と注意を促したところ、被告幸子が一階店舗奥の二階への階段付近へ姿を消した後、再度姿を見せて「うちはなんともないです」と返事したので、右従業員は引返し、原告の建物に異常がないかを再点検したが異常がなかったのに、煙は多くなる気配であったので再度被告ら方へ行き、異常の有無を確認してほしいと頼んだが、被告幸子は前同様二階の方へ行った後、前同様の返事であった。しかし、その後二、三分位して外部から被告ら方二階よりの火が見られる状態に至った。したがって、原告の従業員らが最初に注意に行ったとき、被告幸子がほんの僅かな注意をすれば延焼を防げたはずであり、また被告らの息子で家事手伝の訴外中山勝之が火の使用に直接関与していたのであるから、ほんの少しでも注意しておれば延焼を防げたはずであり、仮にそうでないとしても、被告幸子や右勝之がサントリーの木箱が燃えているのを発見した際、自分達で消火できると判断した点に延焼を防止するについて重大な注意義務を怠り、消防署へ通報するなどの適切な処置をしなかった重大な過失がある。

五  右重大な過失による火災により原告の受けた損害は、二億二〇〇〇万円以上になるが、右損害の内金五〇〇〇万円と、これに対する訴状送達日の翌日である昭和五七年三月六日から支払ずみまで民事法定利率の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三請求原因に対する被告の答弁

一  請求原因一の事実は、不知。

二  同二の事実のうち、被告博が原告主張の建物を所有していたことは認めるが、その余の事実は、否認する。原告主張の食料品店は、有限会社中山商店である。

三  同三の事実のうち、被告ら方から出火したことは否認し、その余の事実は認める。

四  同四の事実は、否認する。

五  同五の主張は、争う。

六  被告らの反論(否認の事情)

(一)  被告博は、原告の従業員が煙が出ている旨知らせに来たときには、買物のため外出していて現場には居なかったから、原告主張の注意義務および過失はなんら存しない。

(二)  原告の建物と被告博所有の建物は、壁を境に接しているところ、被告幸子は原告主張のころ原告従業員一名(右従業員は現在原告方に居ないようである)が「おばちゃん煙出てるで」と全く軽い調子であわてることなく言った。そこで、被告幸子は火を使用するところは一階の台所しかないので念のため台所を調べたが、全く異常は発見できなかった。それから一、二分して再び右従業員が来て再度、前と同じ調子で煙が出ている旨告げたので、念のため二階へ息子と共に上った。すると、棚代りに使用していたサントリーの箱のふちが燃えていたので、近くにあった大きな布で消そうとしたところ火の気が上ったので、すぐ消防署に電話し、息子は消火器で消火活動をした。

(三)  過失については予見可能性が必要であり、特に重過失においては通常人のそれよりかなり厳しいものであるところ、原告の前記従業員の態度からして、かつ被告方の日常火を使用するところが台所のみであることからして、火災が発生することを予見することは通常人の基準からして著しく困難であり、かつ被告幸子は漫然と見すごしてはいない、かえって、煙の第一発見者は原告の従業員なのであるから、火災の発生を予見したなら壁一つ隣の原告従業員は、もっと自身で消火活動ないし延焼防止に努めるべきであったろう。

(四)  本件火災の延焼は、原告方建物の構造にある。すなわち、原告所有建物の紅馬車が特に焼損程度が大きく、その原因は現場が三宮の繁華街で建物が建て込んでいるにもかかわらず、紅馬車の外壁にはなんらの防火処置もなく防災上からいえば、全くの欠陥建物であったことによる。

七  失火の責任に関する法律にいう重大な過失は、プロパンガスの販売をする者等の火気を取扱うことを業とする者のほか火災の原因となった火の使用について直接または間接に関与している者の重大な過失によるものであるところ、被告らは本件火災の原因たる火を使用している者でもなく、また間接にもなんら関与していないから、被告らに重過失はない。ちなみに、被告らは本件火災についてなんらの刑事責任も科されていない。

第四証拠《省略》

理由

一  被告博が原告主張の食料品店所在の建物を所有していることは、当事者間に争いがない。《証拠省略》によれば、火元責任者被告博方から出火し、隣接の原告所有のクラブ紅馬車(木造モルタル塗トタン葺地下一階地上二階一部三階建建物一棟延約一二二二平方メートル)が全焼により焼損したことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

二  そこで右出火による焼損が被告らの重大な過失に基づくものであるかどうかについて判断する。

(一)  《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められる。

(1)  昭和五七年一月一八日午後三時半ごろクラブ紅馬車支配人橋本康夫は従業員の点呼、ついで営業前の清掃を済ませ、一階玄関のカウンター内で伝票の整理をしていたところ、隣接の食料品店である中山商店(建物は被告中山博所有)側から壁の天井隅付近から薄白色の霧状の煙が見えたので従業員右近稔(以下「右近」という)に調べに行くよう指示した。

(2)  右近は、中山商店に行き店でテレビを見ていた被告幸子に対し「おばちゃん煙出てるで」と言ったところ、被告幸子は火を使っている所は風呂場と台所だけなので一階の台所のガスの所まで行ったが異常がなかったので「何ともないよ」というと右近は帰って行った。

(3)  右近は、その旨右橋本に告げたが、橋本は最初の薄い白煙が灰色に変って来たので、再度右近に右中山方へ確認に行かせたところ二回目も異常はないと言われて帰って来たので、それでは原告方ではないかと思い、二階に上って右近と共に電気関係がショートしていないかなど調べているとき、煙用の非常ベルが鳴ったので右近に電気のスイッチを切るよう命じた。もっとも、右橋本は一一九番へ通報するよう他人に指示せず、自分も通報しなかった。

(4)  他方、被告ら方では被告博は不存で、被告幸子と被告らの息子中山勝之が居たが、右近が一回目に来たときから約二、三分して再度「煙が出てるがな」と云って来たので、被告幸子は、ひょっとしたら二階かと思って二階に上ったところ、木製整理棚付近から、ちょろちょろと火の気が燃え上っているのを発見した。驚いた被告幸子は布をパッとかぶせて消そうとしたが消えず、顔の額のあたりに火が来た。

(5)  これと相前後して、右勝之も異常を感じて二階に上ると、木箱四段ほど重ねてある丁間中ほどが燃えているのに気づき「危いからお母さん降りとき」と云って被告幸子を階下に降ろし、近くにあった衣類でたたき消そうとしたが消えなかったので、階下に降りて二階が火事だと叫び、近所の人が用意して来た消火器を持って二階に上り火をめがけて発射したが消えず、再び階下に降り、さらに近所の人が用意して来た消火器を持って二階に上り発射したが消えなかった。右勝之が三回目に二階に上ったときには煙と炎が激しくて消火器を発射したが効果がなく、全く手のつけようのない状態にまで火災は激しく広がっていた。

(6)  ところで、被告ら方の北隣にある料亭山田屋の訴外山田茂子は、毎日夕方四時ごろ各部屋を見廻るのを日課としていたが、右火災当日も午後四時ごろ各部屋を見廻っていて何気なくガラス戸越しに屋外を見たところ、南隣にあたる被告博方の食料品店の母屋の屋根から煙が上っているのを発見し、火事と直感して電話で一一九番して通報した。

(7)  付近にある生田消防署の小隊長は同日午後四時一〇分ごろ右出火を指令マイクで覚知し、放水長らと共に消防車に同乗し火災現場に出動し消防に当った。

(8)  右火災現場は、国鉄三宮駅の北西約五〇〇メートルに位置し、神戸市の最も賑う三宮の歓楽街にあり日没と共に人通りの多くなるところである。

(9)  右火災の出火時刻は、昭和五七年一月一八日午後四時一〇分ごろであり、罹災世帯は原告を含む七世帯で罹災人員は一八人である。なお、当日の天候は曇であり風向は西北西、風速は九・〇m/sであった。

(10)  出火の原因は、同日四時ごろ被告らの長男勝之が二階の部屋に入りマッチで煙草に火を着けた際、①南側中央部の木製整理棚上の灰皿以外の場所に火の着いたマッチを捨てたか、②または、すでに煙草の火種が同木製整理棚上に落ちたか、③あるいは灰皿上に置き忘れた煙草が落下し、この火源が整理棚上部に堆積していた綿ぼこり等に着火し周囲の物品へと拡大したものである(右①②③のいずれとも断定しがたい)。

(11)  被告らの息子勝之は、一日に煙草約一五本吸う。

(12)  右出火について神戸市生田警察署は、被疑者中山勝之を失火被疑事件として立件したが、神戸区検察庁において昭和五七年一二月二八日不起訴処分に付された。なお、被告両名は右失火について被疑者として立件されなかった。

(二)  もっとも、《証拠省略》によれば、被告幸子において早期に遅くとも原告の従業員右近が煙の出ていることを知らせた時点で適切な処置をしておれば、原告の建物への類焼を防止できたのではないかともうかがえないではないが、右事実からただちに被告らに類焼ないし延焼の防止について重大な過失があるものとまで認めがたい。そして、そのほかに原告の立証はもちろん本件の全証拠によるも、前示認定を左右するに足りない。

三  およそ「失火ノ責任ニ関スル法律」但書に規定する「重大ナル過失」とは、通常人に要求される程度の相当な注意をしないでも、わずかの注意さえすれば、たやすく違法有害な結果を予見することができた場合であるのに、漫然とこれを見すごしたような、ほとんど故意に近い著しい注意欠如の状態を指すものと解するのが相当である(最高裁判所昭和三二年七月九日判決・民集一一巻七号一二〇三頁)。これを本件についてみるに、前示認定事実のもとでは被告らは、本件失火について重大な過失がなかったものというべきである。

四  よって、原告の本訴請求はいずれも失当であるから棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 村上博巳)

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