神戸地方裁判所 昭和57年(ワ)963号 判決
一 請求原因1の事実、クラシツクから原告に本件実施権を譲渡したこと、原告が本件実施権に基づきルワサハイドロカルチヤーを販売したこと、原告主張の日に被告会社が設立され、被告がデイクソンハイドロカルチヤーの名称で水耕栽培装置を販売したことは、当事者間に争いがない。
二 原告は、ルワサハイドロカルチヤーとデイクソンハイドロカルチヤーの両者は競合する同種の商品であるところ、クラシツクから原告に本件実施権を含め同社の水耕栽培装置に関する営業が譲渡されたので、クラシツク及び同社の代表者西尾義彦と被告会社の関係から、被告会社のデイクソンハイドロカルチヤーの販売は、原告と同一の営業であつて営業譲渡に伴う競業避止義務に違反すると主張し、被告は右営業の譲渡自体の成立を争うので検討する。
(一) 前記争いのない事実に、成立に争いのない甲第四ないし第一〇号証、第一三号証、乙第二号証(甲第一三号証と同一)、乙第一一号証、第一二号証の一ないし三、第一九号証、証人阿部孝雄(第一回)、同高林与雄の各証言、被告代表者西尾義彦(第一回)尋問の結果によれば、次の事実が認められる。
1 インテルヒドロ社との間の昭和五四年三月二三日付本件実施権設定契約は、クラシツク及び西尾義彦の両名をライセンシーとして締結されたもので、右契約が発効するためには、ライセンシーからインテルヒドロ社に対し、契約成立時に二万スイスフラン、同年六月末日までに二四万二五〇〇スイスフランと、合計二六万二五〇〇スイスフランを支払う約定のほか、「ライセンシーはインテルヒドロ社の書面による同意なしにはサブライセンシーを他の第三者に与えてはならない。」「インテルヒドロ社はライセンシーがルワサジヤパンを設立し、同社にサブライセンシーを与えることに同意する。但しこの場合ルワサジヤパンはライセンシーが支配するものとする。」「ライセンシーは、土を使わない栽培方法或いは水栽培方法をベースとし、ルワサハイドロカルチヤーシステムの競合相手となるような商品ないし工程は扱つてはならないし、販売促進もしない。またいかなる形であれ、そのような競合商品を販売したり、製造したりする企業に参加しない。」「この制限は本契約の終了後或いは失効後二年間ライセンス地域においてライセンシーに適用される。」といつた約定が規定されていた。
2 ところで、クラシツクは、インテルヒドロ社に対して契約成立時に二万スイスフランを支払つたが、同年六月三〇日までに支払うべき二四万二五〇〇スイスフランの資金調達が十分でなく、不足分が生じたので、西尾は、当時園芸や水耕栽培装置の販売等の業界に進出する意欲を示していた神戸レザークロス株式会社(代表取締役齋藤章太郎)(以下たんに「神戸レザー」という。)に対し、クラシツクがインテルヒドロ社から本件実施権を取得するにいたつた経緯や水耕栽培装置としてルワサハイドロカルチヤーの商品価値性等を説明し、インテルヒドロ社に支払う二回目の契約金につき、その不足分の融資を依頼した。そこで神戸レザーは、検討のすえこれに応ずることとし、同年六月二七日、同会社の子会社である株式会社エスペランサ(代表取締役齋藤章太郎)からクラシツクに対し、一五〇〇万円を、弁済期同年一二月二五日一括払、利息年七パーセント、期間中の分全部前払い、期限後の損害金年一四パーセントと定めて貸付け、西尾ほか三名が右債務につき連帯保証するとともに、右債務担保のためその所有の不動産につき抵当権を設定した。
そして、クラシツクは、同月三〇日までにインテルヒドロ社に対し、右借受けの金員を加え、二四万二五〇〇スイスフラン(当時の一フラン=一三一.二八円の為替レートにより換算した日本円で三一八三万五四〇〇円)を送金し、本件実施権設定契約の発効をみた。
3 クラシツクは、本件実施権に基づき、インテルヒドロ社の有する商標のルワサハイドロカルチヤーを使用し、同名称の水耕用装置を販売したが、そのうち、西尾や齋藤らとの間で神戸レザーとクラシツクが協力していわゆる合弁会社の原告会社を設立し、インテルヒドロ社の同意を得て、クラシツク及び西尾の有する本件実施権を原告会社が承継し、ルワサハイドロカルチヤーの製造販売等の営業を行うといつた話合いが進められた。そして同年一〇月八日にいたり、クラシツクと神戸レザー間で、資本金五〇〇〇万円、発行済株式数一〇万株、うち八万株を神戸レザー及び齋藤ら同社の関係者で、二万株をクラシツク及び西尾ら関係者でそれぞれ引受けることとして、同年一一月一日を目途に原告会社を設立する、といつた骨子の合意が成立した。
4 ところが、クラシツク及び西尾においては、当時原告会社に対する自らの出資金の支出に窮乏していたし、また神戸レザーからクラシツクに対する前記一五〇〇万円の貸付金の弁済期が近づき、その弁済を強く迫られていたが、弁済の目安がつかないといつた事情から、西尾は、この際原告会社の経営に参加することを断念し、クラシツク及び西尾の有する本件実施権を原告会社に対価を得て譲渡することにした。
そして、同年一一月一〇日、クラシツクと神戸レザーとの間で、次の骨子の合意が成立した。
(1) 原告会社の設立に当り、クラシツク及び西尾ら関係者の引受ける株式二万株は名義のみとし、実際の払込みは神戸レザーが行い、原告会社設立後に右株式を全部神戸レザーに譲渡する。
(2) クラシツク及び西尾の有する本件実施権をインテルヒドロ社の承認を得て原告会社に譲渡するが、その対価は、クラシツクからインテルヒドロ社に二回に分割して支払つた契約金二六万二五〇〇スイスフランの右支払当時の為替レートによる日本円金三四五二万〇五八〇円(内訳、一回目の二万スイスフランにつき、一フラン=一二九・八五円で換算した二六八万五一八〇円、二回目の二四万二五〇〇スイスフランにつき、一フラン=一三一・二八円で換算した三一八三万五四〇〇円)と二回の送金手数料(日本円)金一万七二〇〇円の合計三四五三万七七八〇円と定め、神戸レザーからクラシツクに支払う。
(3) 営業権譲受けの対価として、二八三万〇四二八円を神戸レザーからクラシツクに支払う。
(4) 右営業権譲受け対価の計算の根拠は、別紙「計算表」のとおり。
(5) クラシツクはインテルヒドロ社のライセンシーであつた期間中に知り得た一切の技術的商業的極秘情報は、ライセンシーとしての権利業務のすべてを神戸レザーに譲渡後も引続きその秘密を厳守する。
5 クラシツクと神戸レザーとの間の同年一一月一〇日付合意で、神戸レザーからクラシツクに対して、本件実施権の譲渡対価金三四五三万七七八〇円を支払うほか、営業権譲受けの対価の名目で金二八三万〇四二八円を支払うことになつたのは、西尾において、インテルヒドロ社から本件実施権を獲得するためスイスへ渡航した際に旅費等の費用や水耕栽培装置に関する研究費、契約金調達のための費用等を支出しているので、この際西尾にこれらの費用を補填してやるといつた考えから決められたもので、西尾は三〇〇万円位を支出していると申出ていたが、その計算根拠として、クラシツクがインテルヒドロ社に契約金を送金した時期と、本件実施権の譲渡が合意されその対価として右契約金相当の金額が支払われる時期との間に為替レートの変更があり、後者の時期においてはいわゆる円安となつていたので、神戸レザーが右契約金の不足分としてクラシツクに融資した一五〇〇万円の金員についても右為替レートによる為替差損益や融資金に対する利息を算出したうえ、これらを含めて両者の時期における為替差損益を算出したところ、二八三万〇四二八円の金額が出たので、これをもつて補填額と定めた。
6 クラシツク及び原告会社からインテルヒドロ社に対し、クラシツク及び西尾の有する本件実施権の原告会社に対する譲渡につき承認を求めたところ、同社は、本件実施権設定契約に基づくすべての権利義務が原告会社に譲渡され、原告会社が日本におけるライセンシーになることを承認した。また原告会社は昭和五四年一二月二日に設立登記を終えた。
7 そして同年一一月一〇日にクラシツクと神戸レザーとの間で成立した前記合意に則り、クラシツク及び西尾ら関係者の原告会社の株式二万株はすべて神戸レザーに譲渡され、西尾らは一旦原告会社取締役に就任したものの、間もなく辞任し本件実施権譲渡の対価三四五三万七七八〇円及び営業権譲受けの対価二八三万〇四二八円は、同年一二月二六日までに原告会社からクラシツクに支払われた。そしてクラシツクは、右受領の金額のうちから神戸レザーの融資金一五〇〇万円を同社に弁済した。
(二) 右認定の事実によれば、当初クラシツクと神戸レザーとの間で、両者及びその関係者がそれぞれ出資して原告会社を設立し原告会社が本件実施権に基づくルワサハイドロカルチヤーの製造販売の営業を行うことを合意し(もともと、クラシツク及び西尾の両名をライセンシーとしてインテルヒドロ社との間で締結された本件実施権設定契約では、日本国内でライセンシーが支配する会社を設立した場合、同社にサブライセンシーを与えることにインテルヒドロ社は同意する旨の約定が存した。)、原告会社が設立されたのであるが、結局西尾らクラシツクの関係者は原告会社に出資することなく、その経営に参加することをとりやめるにいたり、そこでインテルヒドロ社の承認のもと本件実施権をクラシツクから原告会社に対価を得て譲渡することになつたので、本件実施権に基づくルワサハイドロカルチヤーの製造販売等の営業は原告会社のみが行うことができ、もとよりクラシツクは右営業を行うことはできないし、またライセンシーの期間中に知り得た一切の技術的商業的極秘情報等の秘密を厳守し他に漏洩しないと約定していることが認められる。しかしながら、クラシツクは原告会社に本件実施権を譲渡することのほか、これに併せて同社が営んできた水耕栽培装置に関する営業それ自体をも原告会社に譲渡したことを認めるに足る証拠はない。なるほど、クラシツクと神戸レザーとの間で成立した合意は、本件実施権譲渡の対価を定めるほか、別に営業権譲受けの対価をも定めているけれども、右営業権譲受けの対価の実体は、本件実施権の譲渡の対価と定めたクラシツクからインテルヒドロ社に支払われた本件実施権設定契約の契約金につき、その支払時期とクラシツクから原告会社に対する本件実施権譲渡の時期との間における為替レートの変動によるいわゆる為替差損益から算出した金額であり、西尾において本件実施権獲得のために支出した各種費用の補填に充てたものであつて、クラシツクが営んできた水耕栽培装置に関する営業それ自体の譲渡の対価として定められたものではないから、営業権譲受けといつた名義が用いられているからといつて、右合意のうちに水耕栽培装置に関する営業それ自体の譲渡を含めていると解することはできない。もし右合意に本件実施権の譲渡のほか、これに併せて水耕栽培装置に関する営業それ自体の譲渡をも含ましめるのであれば、その旨或いはクラシツクにおいて水耕栽培装置に関する営業を行わないといつた定めを明確に規律すべきであり、右規律を妨げる事情は見当らないのであるが、右合意のうちにその趣旨の定めは存しない。
してみると、クラシツクから原告会社に対し本件実施権の譲渡と併せてクラシツクの営んできた水耕栽培装置に関する営業それ自体の譲渡がなされたとの原告主張は認め難い。
証人阿部孝雄(第一回)、同高林与雄、同宮内勉の各証言及び原告代表者齋藤章太郎尋問の結果中、クラシツクから原告会社に対し本件実施権の譲渡のほか水耕栽培装置に関する営業自体の譲渡がなされているとの供述部分は、前記認定に対比してそのままを採ることはできないし、他に原告主張事実を認めるに足る証拠はない。
そこで右営業の譲渡が認められない以上、営業譲渡に伴う競業避止義務違反の原告主張は前提を欠くことになるからその余の判断に及ぶまでもなく理由がない。
三 次に、原告は、クラシツクから原告会社に対する本件実施権の譲渡に際し、クラシツク及び西尾は、原告会社との間でルワサハイドロカルチヤーと競合する水耕栽培装置の製造販売をなさない旨約定し、競業避止義務を合意したと主張するので検討するに、証人阿部孝雄(第一回)、同高林与雄、同宮内勉の各証言及び原告代表者齋藤章太郎尋問の結果中の原告主張事実に添う部分は、被告代表者西尾義彦(第一回)尋問の結果と対比して明確を欠きそのままを採ることはできず、他に原告主張事実を首肯するに足る証拠はない。
もとより前記認定のように、クラシツク及び西尾義彦の両名をライセンシーとしてインテルヒドロ社との間の本件実施権設定契約では、「ライセンシーは、土を使わない栽培方法或いは水栽培方法をベースとし、ルワサハイドロカルチヤーシステムの競合相手となるような商品ないし工程は扱つてはならないし、販売促進もしない。またいかなる形であれ、そのような競合商品を販売したり、製造したりする企業に参加しない。」「この制限は本契約の終了後或いは失効後二年間ライセンス地域においてライセンシーに適用される。」旨の規定が定められているところ、クラシツクはインテルヒドロ社の承認のもと本件実施権を原告会社に譲渡したのでインテルヒドロ社との間の本件実施権設定契約は終了するにいたつたものの、クラシツクは本件実施権設定契約の前記約定に従い、契約終了後の二年間は、ルワサハイドロカルチヤーシステムの競合相手となる商品を取扱つてはならないことになつている。従つてこの限度でクラシツクはルワサハイドロカルチヤーと競合する水耕栽培装置の製造販売を行うことは許されないけれども、しかしながらこの許されない期間は契約終了後二年間に限られるのであつて、未来永劫何時までもというわけのものではない。従つてクラシツクは本件実施権設定契約に定められた右約定の拘束を受けるものの、原告会社との間で何時までもルワサハイドロカルチヤーと競合する水耕栽培装置の商品の取扱をしない旨合意したわけではないといわなければならない。
なお被告がルワサハイドロカルチヤーと競合する商品であるデイクソンハイドロカルチヤーの販売を行うにいたつたのは昭和五七年二月以降であるところ、クラシツクが原告会社に本件実施権を譲渡したことによりインテルヒドロ社との間の本件実施権設定契約が終了したのは遅くとも昭和五四年一二月中であるので、競合する商品の取扱を禁止する二年の期間を経過した後のことに属する。
してみると、競業避止義務の合意の成立を前提として被告の競業避止義務違反をいう原告の主張は前提を欠くので理由がない。
四 右の次第で、原告会社に対して被告は水耕栽培装置を販売しないとの競業避止義務を負うとの原告主張はこれを認めるに足る証拠はないので失当といわざるをえない。
よつて原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却する。