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神戸地方裁判所 昭和58年(ワ)828号 判決 1986年1月24日

原告

石原輝曙

被告

神戸相互タクシー

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金七八八万一八六四円および、内金五三六万七四三五円に対する昭和五八年七月二六日から、内金二五一万四四二九円に対する昭和五九年一月二五日からそれぞれ完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

(一) 日時 昭和五七年一一月二七日午後〇時四五分頃

(二) 場所 神戸市中央区布引町四丁目二番六号先路上(以下本件現場という)

(三) 加害車 神戸五五う四二八(被告所有)

右運転者 才田俊典(以下才田車という)

(四) 被害者 石原輝曙(以下原告車という)

(五) 態様 信号待ちしていた原告車に対して、被告の使用人才田俊典(以下才田という)運転の才田車がかなりのスピードで追突したものであり、才田の前方不注視による事故である。

2  責任原因

(一) 運行供用者責任(自賠法三条)

被告は、才田車を所有し、業務用に使用し、自己のために運行の用に供していた。

(二) 使用者責任(民法七一五条一項)

被告は、才田を雇用し、同人が被告の業務の執行として才田車を運転中、前記過失により本件事故を発生させた。

3  損害

(一) 受傷・治療経過等

(1) 受傷 本件事故により、原告は頸部・腰部・挫傷の傷害を受けた。

(2) 治療経過 入院 昭和五七年一一月二九日から同五八年三月三〇日まで(一二二日間)

通院 昭和五八年四月一日から同年九月二一日まで(一七四日)

(3) 後遺症 頸部・腰部等に神経症状を残し、タクシー運転手としての職業柄、重大なハンデイーを負うものである。

(二) 治療関係費

(1) 治療費

(イ) 入院費 金二三四万六八三〇円

(ロ) 通院費 金三三万一七一〇円

(ハ) 入院雑費 入院中一日一〇〇〇円の割合による一二二日分の計金一二万二〇〇〇円

(三) 逸出利益

(1) 休業損害 金二二五万六二一二円

(イ) 昭和五七年一一月二七日から同五八年五月三一日まで(一八六日)の休業損害額 金一八〇万四七三三円

873,259円(事故前3ケ月の平均給与)÷90日×186日=1,804,733円

(ロ) 夏期賞与減額 金三四万四四五一円

(ハ) 冬期賞与減額 金一〇万七〇二八円

(イ)+(ロ)+(ハ)=2,256,212円

(2) 将来の逸出利益 金三二万五一一二円

前記後遺症は後遺症害等級一四級に該当し、労働能力喪失率五/一〇〇とし、右障害が二年間続くものとして、

873,259円(事故前3ケ月の平均給与)÷312ケ月×5/100×1,8615(ホフマン係数)=325,112円

(四) 慰謝料

(1) 入院慰謝料 金一〇〇万円(一二二日間)

(2) 通院慰謝料 金五〇万円(一七四日間)

(3) 後遺症慰謝料 金七〇万円

(五) 弁護士費用 金七〇万円

よつて、以上合計金八二八万一八六四円

(六) 損害の填補 金四〇万円

8,281,864円-400,000円=7,881,864円

4  よつて、原告は被告に対し、自賠法三条、民法七一五条一項により、請求の趣旨記載どおりの請求を求める。

二  請求原因に対する認否等

1  請求原因1項(事故の発生)のうち、(一)ないし(四)は認め、(五)は争う。本件事故が原告自身が故意に惹起させた公算が極めて大きい。

2  同2項の(一)は認め、(二)のうち才田が被告の業務執行として才田車を運転していたことは認め、その余は争う。

3  同3項は争う。原告は本件事故前、二回にわたり追突事故にあつており、原告主張の症状は、これらの事故によるものであつて、本件事故とは因果関係がない。

三  抗弁

被告には、自動車損害賠償保障法第三条但書の免責事由がある。すなわち

(一)  被告および才田は共に自動車の運行に関し、注意を怠らなかつた。

(二)  本件事故は原告が故意に惹起せしめたものである。

(三)  才田車には、構造上の欠陥、機能の障害はなかつた。

四  抗弁に対する認否

争う。

第三証拠

本件記録中の証拠目録記載のとおりであるから、これを引用する。

甲第二ないし第五、第九ないし第一一、第二〇、第二一号証は原告本人尋問の結果により、甲第二六号証は弁論の全趣旨により、いずれも真正に成立したものと認められる。

甲第一三ないし第一九、第二五号証、第二七号証の二、乙第二号証の五ないし七、第四号証の一七、第五号証の六の成立は、いずれも当事者間に争いがない。

(なお理由中における書証の成立については省略する。)

理由

一  請求原因1項(事故の発生)の(一)ないし(四)は当事者間に争いがない。

二  そこで事故態様及び治療経過について検討するに、右争いのない事実及び甲第二ないし第五、第九ないし第一一、第一三ないし第二一、第二五、第二六号証を総合すれば、次の1ないし6の事実を認めることができる。

1  才田は才田車を運転し、時速約三〇キロメートルで、前方の見通しの良い本件現場にさしかかつたが、考えごとをして前方を十分注視せずに進行していたため、約一五メートルの間隔を置いて前方を走行中の原告車が、その前車に続いて信号待ちのために気づかず、原告車の後方約七・二メートルに接近して始めてこれに気づき、急ブレーキをかけたが間に合わず、約一・二メートルのスリツプ痕を残して原告車に追突した。

2  右追突のため、原告車は後部バンバーが凹損し、テールランプレンズが破損し、才田車の方は前部バンバー、ボンネツト、左右フエンダー、前照燈及び指示器が破損したものの、追突による衝撃により、原告車が前方に押し出されるようなことはなかつた。

3  才田車はタクシーであり、男女各一名の乗客を乗せていたが、才田にも右乗客にも怪我はなく、他方、追突された原告車もタクシーであつて、乗客である井上靖征が一人乗車していたが、同人は本件事故で首筋に異常を感じ、同日医師の診察を受けたところ、七日間の通院加療を要する頸椎挫傷と診断された。

4  他方原告は、同日田所病院で診察を受け、約四週間の入院加療を要する頸部及び腰部挫傷と診断されて同病院に即日入院し、昭和五八年三月三〇日に退院し、以後同病院に同年九月二一日まで通院し、同日頸部、腰部に後遺障害を残して症状固定したものと診断された。

5  右後遺症の内容は、田所医師により、その主訴又は自覚症状として「雨降り時、同姿勢が長く続く時、二、三時間運転すると頸部痛、頭痛、頸部の運動制限、腰痛等を訴える。」と診断されている。

6  その間才田は、昭和五八年一月九日に業務上過失傷害罪(原告に対する加療四週間の頸部、腰部挫傷、井上靖征に対する加療約七日間の頸椎挫傷の各傷害を負わせたことによる)で、略式手続により罰金八万円に処せられた。

以上の事実によれば、本件事故は才田の一方的過失によるものと認められるのであつて、原告が本件事故以前、二回にわたる追突事故を受けていたとしても、それが故に本件事故が原告の故意によるものとは推認しえず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

三  次に原告の前記負傷及び症状が本件事故によるものであるか否かを検討する。

甲第二七号証の二、乙第二号証の五ないし七、第四号証の一七、第五号証の六及び原告本人尋問の結果によれば、次の1ないし3の事実を認めることができ、これに反する証拠はない。

1  原告は昭和五五年八月二七日に、追突事故(以下第一事故という)により頸部捻挫、頭部外傷の傷害を負い、治療を受けたが、昭和五六年七月二五日後遺症を残して症状固定した。

2  その後遺障害の内容は多彩であり、赤松医師により、主訴又は自覚症状として「頭痛、耳鳴り、眼性疲労(流涙、霧視)、頸痛、運動痛、自発刺痛、両肩部凝り感並びに痺れ感、右肩部から左上肢にかけての動作痛、放散痛、精神的な焦燥感、失望感、易疲労性頭痛放散痛(曇天時増悪)」、

他覚症状及び検査結果として「レ線所見 頸椎変形症を認めるが、脱臼等事故に起因すると思われるものは認められない。脳波所見 異常なし。頸椎において運動制限認める」、

障害の内容、就労能力等に及ぼす支障の程度として「外傷性頭痛症や外傷後疼痛症候群のために労働に従事することが出来なくなる場合があるため、従来の就労可能な職種の範囲に相当程度の制約を受けるものである。特に左上肢の動作痛、放散痛のため運転操作が困難となり、流涙、霧視のため危険となり、後方確認が困難であり、体力や気力が続かないので運転業務を転換する必要も感ぜられる」、

事故との関連及び予後の所見として「症状は固定しており、回復の見込なし」、と診断され、後遺症の程度は後遺障害等級一二級一二号に該当するものと認定されて、後遺症補償金を受領した。

3  ところが原告は、第一事故による症状固定の翌月である同年八月二八日に、タクシー業務に従事中、追突事故(以下第二事故という)により頸部捻挫、頸椎変形脊椎症の傷害を負い、第一事故とは別の病院で通院治療を受け、昭和五七年三月一一日に谷本医師により「頸部捻挫、頸椎変形脊椎症、頸部痛(+)、頭部ボーツとしていた。頸部運動制限あり」と診断され、同月三〇日には示談が成立したが、原告は第二事故については後遺障害請求をすることなく、間もなくタクシー業務に従事した。

以上の事実によれば、第一事故の後遺障害は極めて多彩であるうえ、その症状も「回復の見込なし」と診断されている程頑固であり、第二事故によつて右症状は少しく増悪したものと推認されるところ、本件事故日は第一事故の症状固定後約一年四ケ月、第二事故の最終診断日以後約八ケ月しか経過しているにすぎないから、本件事故時に第一事故による「回復の見込なし」とされた頑固な後遺症状が消失ないし軽減していたものとは到底考えることができない。(もつとも原告が虚言癖を有し、自己の症状を医師に正直に申述していなかつたとすれば別論である。)

しかして本件事故による後遺障害の内容は前記認定のとおりであつて、第一事故の後遺障害にほゞ含まれており、わずかに腰痛が付け加わつてはいるものの、その程度は判然としないところである。

従つて、右第一事故の後遺障害の程度、内容、第二事故の傷害の程度、内容、本件事故による被害が、追突した才田車の乗客等には発生しておらず、追突された原告車の乗客も七日間の通院加療を要する頸椎挫傷の傷害を負うたにすぎないこと、などを総合考慮すると、本件事故による原告の頸部挫傷というも、第一事故による頸部捻挫、頭部外傷の後遺障害の程度と大差はなく、これと明確に区別できないから、本件事故と因果関係のある傷害とも断定できず、結局右傷害と本件事故との因果関係は立証されていないといわざるをえず、また、本件事故により原告の負うた腰部挫傷というも、その程度は判然とせず、心因的要素の存在も疑われるうえ、頸部挫傷に対する治療部分を除外すれば、どの程度の加療を要したか、或いは全体としての本件損害のうち、腰部挫傷による損害がいかなる割合を占めるにつき的確な証拠も存在しないから、結局これにより生じた損害については、立証が十分なされていないものといわざるをえない。

四  そうだとすれば、本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 寺田幸雄)

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