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神戸地方裁判所 昭和60年(む)10231号 決定 1985年7月23日

主文

被請求人に対し昭和五九年九月一〇日大阪簡易裁判所が言渡した刑の執行猶予はこれを取消す。

理由

検察官の請求要旨は、

右の者は昭和五九年九月一〇日大阪簡易裁判所において住居侵入、窃盗未遂罪により懲役一〇月、三年間刑の執行猶予の言渡を受け同年九月二六日確定したところ、右判決の確定時において、刑の執行を終つた日から五年を経過していない別紙記載の前刑が発覚したから、前記執行猶予を取消されたい

というのである。

よつて一件記録(被告人幡中ひさ美に対する大阪簡易裁判所昭和五九年(ろ)第四三八号住居侵入、窃盗未遂被告事件の確定記録等を含む。)を調査すると、右検察官主張の事実は全部認められるから、刑法二六条三号、刑事訴訟法三四九条の二第一項を適用する。

(被請求人の代理人の意見について)

なお、被請求人の代理人は、本件執行猶予取消請求は違法である旨主張し、その理由として、(一) 検察官は被請求人が昭和五九年九月一〇日大阪簡易裁判所で住居侵入、窃盗未遂罪により懲役一〇月三年間執行猶予の判決を受けたというけれども、被請求人は右事件について被疑者として捜査官の取調を受け、公訴を提起され、被告人として振舞つたものではあるが、右判決の表示は氏名幡中ひさ美、本籍姫路市東山七三二番地、生年月日昭和一四年九月九日とあり、これは幡中ひさ美という実在の人物のもので、被請求人のものではない。被告人の特定については、いわゆる表示説によるべきであり、略式命令に関して最高裁第三小法廷昭和五〇年五月三〇日の決定は表示説をとつている旨述べる。しかしながら、被告人の特定については、起訴状や判決書の表示のほか、検察官の意思や、だれが被告人として挙動したかなどの意思、挙動をあわせ考慮して判定するほかはないと考えられるところ、一件記録(前同)によれば、被請求人は右執行猶予を受けた事件について昭和五九年六月一六日現行犯人として被害者に逮捕され、逮捕中求令状起訴され、その公判中も被告人として行動して判決を受けたものであり、検察官の意思は、起訴当時被疑者として逮捕中の被請求人を被告人としたものであることは明らかということができ、その後判決に至るまで終始被告人として挙動したのも被請求人に外ならないことを考えると、当時被請求人が自己の前科を隠すべく知人である幡中ひさ美の氏名等を冒用していたため、起訴状や判決書には右同人の氏名、本籍、生年月日が表示されるに至つたことをあまりに重視して、右事件の被告人が被請求人ではないとするのは正当でないと考えられる。また、代理人の引用する判例は、書面審理を中心とする略式命令の被告人の特定に関するもので、本件の場合には必ずしも適切ではない。してみると、右事件の被告人は、被請求人であると解するのが相当である。

代理人は、更に、(二) 仮に右事件の判決の効力が被請求人に及ぶものとしても、判決の名宛人を被請求人の供述のみに基づいて変更することは法的安定性を著しく損なうもので、許されない旨述べる。しかしながら、前同記録によると、被請求人は、右事件で幡中ひさ美の氏名を冒用して執行猶予の判決を受けたのち、同六〇年一月一〇日神戸市内で住居侵入、窃盗をした容疑でその後検挙され、取調中の同年一月一八日、検察官に対し、「幡中ひさ美の名前で裁判を受け執行猶予になつた事件がある。」旨を自供したので、被請求人が執行猶予の判決を受けたことが判明したのであるが、その後兵庫県警察本部刑事部鑑識課が実施した指紋対照の結果によつても、右執行猶予を受けた事件について「幡中ひさ美」が逮捕された当時採取された指紋は、被請求人のものと一致することが認められることなどを考えると、本件請求は右事件の判決の効力を被請求人の供述のみに基づいて変更しようとするものであるということはできない。

また、代理人は、(三) 右執行猶予を受けた事件の量刑に当たつては、幡中ひさ美の前科前歴、生活状況等が参酌されており、これは被請求人の前歴等とは異なるから、その判決が被請求人に効力を及ぼすということは、判決に対する信頼性を失わせるものであるとも述べる。しかしながら、前同記録によると、右事件の量刑について最も重要とみられる犯行自体の動機、態様、結果等については被請求人自身の行為が裁判所に認定評価されているところであり、前科、前歴等については誤つて幡中ひさ美のものが参酌されたため、執行猶予判決に至つたのではあるが、右の誤つた執行猶予については本手続によつて是正することが法律上認められていることなどを考えると、右執行猶予を受けた事件の判決の効力が、その裁判の当時被告人として挙動した被請求人に及ぶとすることが、判決に対する信頼を失わせるとまでいうことはできないと考えられる。

してみると、代理人の主張は結局採用できないところである。

よつて、主文のとおり決定する。

(別紙)

前刑

言渡し裁判所 富田林簡易裁判所

言渡しの日 昭和五三年六月五日

確定の日 昭和五三年六月九日

罪名 窃盗

刑名刑期 懲役八月

執行着手の日 昭和五四年三月一〇日

執行を終わつた日 昭和五四年一一月五日

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