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神戸地方裁判所 昭和60年(レ)31号 判決 1986年7月09日

控訴人

中谷伸行

被控訴人

財団法人法律扶助協会

右代表者会長

坂本建之助

被控訴人

土井憲三

右被控訴人両名訴訟代理人弁護士

岸本昌己

主文

一  本件控訴をいずれも棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

理由

一争いのない事実<省略>

二控訴人の第一次扶助申込みに伴う被控訴人協会に対する本件損害賠償請求について

1  <省略>

2  控訴人の被控訴人協会に対する本件請求は、民法七〇九条及び七一〇条、あるいは同法七一五条一項又は同法四四条一項に基づくものであるが、右いずれの法律上の根拠に基づくにせよ、控訴人の請求にはその権利が侵害(違法性)されたことが前提とされるから、右認定事実に基づき控訴人の右権利侵害があつたかどうかにつき検討する。

ところで、<証拠>によると、元来、法律扶助を許与する被控訴人協会とその申込者である控訴人との法律関係は、被控訴人ら主張のとおりと解すべきであつて、控訴人が被控訴人協会に対し扶助請求権とか扶助を受ける権利を有するものではない。

しかも、本件においては、控訴人の第一次扶助申込みに対し、被控訴人協会が調査・審査のうえ同申込みに係る事件については扶助要件の一つである「勝訴の見込みがある場合」に該当しないとして控訴人に右申込みの取下げを勧告し、控訴人もこれを了承してその取下げをしたのであるから、被控訴人協会が控訴人主張の権利を侵害したという問題はもともと生じないものといわざるをえない。

次に、被控訴人協会の扶助許否の決定に至るまでの調査・審査は、被控訴人ら主張のように、被控訴人協会が自らの事業の実施として扶助の許否をその趣旨・目的に従つて適正かつ自律的に決定するために行うものであつて、扶助申込者からの拘束を受ける筋合いのものではなく(たとえ、担当調査員が調査過程において申込者に対し迅速な決定を約したとしても協会自体がこれに拘束される筋合いのものではない。)、したがつて、扶助申込者である控訴人は被控訴人協会ができる限り早期に調査・審査を実施し結論を出すべきことにつき要求又は期待する権利を有するものではない。

そうすると、本件においては、控訴人のした第一次扶助申込みに対し、被控訴人協会より委嘱された宮後弁護士が控訴人に明言したり約束した期間内に調査報告書を提出しなかつたので、被控訴人協会は右申込みの約五か月後に至つて扶助申込事案は扶助要件を具備しないものとして扶助拒否決定に代えて右申込みの取下げ勧告をし、控訴人もこれに応じてその取下げをしたものであり、そして、被控訴人協会は、右宮後弁護士の調査報告書提出の遅延した期間だけ控訴人の期待に反し被控訴人協会の扶助拒否の決定もしくは右取下げ勧告の時期を遅延し、これに対する控訴人の対応も遅延したとしても、これがために控訴人は右調査・審査が遅延したとして権利が侵害されたものということはできない。

さらに、控訴人は委員会又はその所属弁護士の違法又は不当な強要により第一次扶助申込みの取下げを余儀なくされたと主張するが、これを認めるに足りる証拠はなく、また、被控訴人協会が右取下げ勧告までに前記のとおり約五か月間を要し、その期間中には控訴人主張のような宮後弁護士の調査報告書提出の懈怠又は遅延期間が含まれていたとしても、控訴人がそのために本件扶助申込みに係る別件訴訟の提起が妨害遅延され又その訴訟追行に支障を来たしたために損害を蒙つたなどということは、別件訴訟の内容や経過からしてたやすく断定できないところ、本件審理に現れたすべての証拠によつても、右判断を左右することはできない。

また、被控訴人協会が控訴人の扶助申込みに対し扶助を許与しなかつたのは扶助要件を具備しなかつたためであつて被控訴人協会に控訴人主張のような差別的不利益扱い又は別訴提起・遂行を妨げる意図があつたことなどは認められない。

なお、控訴人はその主張の宮後弁護士の明言又は約束に反した調査報告書提出の遅延により生じた控訴人主張の苦痛・損害につき同弁護士との間で既に示談解決している。

3  以上の次第で、控訴人の被控訴人協会に対する請求のうち、第一次扶助申込みに係る請求はいずれの点からみても理由がないものといわざるをえない。

三控訴人の第二次扶助申込みに係る請求のうち、被控訴人土井に対する請求について

1  控訴人の被控訴人土井に対する請求は、民法七〇九条及び七一〇条、あるいは同法七一五条二項又は同法四四条二項に基づくものであるが、被控訴人土井は支部から控訴人の第二次扶助申込事案について調査の委嘱を受けた者にすぎない(この点は当事者間に争いがない。)ので、民法七一五条二項及び同法四四条二項の適用の余地はなく、右各条項に基づく控訴人の請求はその余の点について判断するまでもなく理由がない。

2  そこで次に、控訴人の民法七〇九条及び七一〇条に基づく請求につき検討するに、控訴人は被控訴人土井の不法行為によつて自己の権利が侵害され損害を蒙つたと主張する。すなわち、被控訴人土井の不法行為としては、要するに、①被控訴人土井の調査報告が二か月という長期間を要し調査報告を懈怠遅延したこと、②被控訴人土井が被控訴人協会調査担当者と名乗つて控訴人に対し別件訴訟の次回口頭弁論期日の変更手続をとるよう架電助言したこと、③被控訴人土井の調査報告に際し、扶助に必要な基準の一つである「勝訴の見込みがあること」の解釈適用を誤つたために誤つた調査報告をし控訴人は法律扶助を受けられなかつたことにある。

当裁判所は、右①②の点に関する控訴人の主張はすべて理由がないと判断するが、その理由は、右①について前記二2の説示を付加するほかは、原判決理由三の説示(原判決一〇枚目表一三行目から同一二枚目裏一一行目まで)と同一であるから、これを引用する。

そこで右③の点につき検討するに、原審における被控訴人土井本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すれば、被控訴人土井が第二次扶助申込みの調査に際し検討した点は、①自衛隊の訓練の違法性の存在、②それと控訴人発病との因果関係の存在の二点であつたこと、調査の結果、右二点につき勝訴の見込みがあるという判断にはいたらなかつたこと、被控訴人土井は、別件訴訟において神戸地方裁判所が訴訟上の救助付与の決定をしていたことは知つていたが、扶助要件の一つである「勝訴の見込みがあること」とは積極的な勝訴の要件があることが大前提で訴訟上の救助付与をするに際しての要件とは同一に考えていなかつたこと、別件訴訟が調停又は和解の可能な事案かどうかについてまでは検討していなかつたことの事実が認められ、同認定を左右するに足りる証拠はない。

ところで、控訴人は、被控訴人協会における扶助要件の一つである「勝訴の見込みがあること」の解釈運用につき、「勝訴の見込みがないわけではないこと」を前提として、さらに和解又は調停による解決が期待できる場合にも扶助すべきである(<証拠>)とし、また、本件扶助申立てに係る別件訴訟においては既に裁判所の訴訟上の救助決定がなされているので、本件事案はまさに扶助要件を具備した事案であることが明らかであるにもかかわらず、被控訴人土井は扶助要件を右のように解釈適用せず、さらに裁判所の右訴訟上の救助決定をも無視して右③のような誤つた調査報告をしたもので、これが違法である旨強く主張する。

しかしながら、扶助申込みに対し被控訴人協会が扶助するためには申込事案が「勝訴の見込みがあること」を要するものでなければならないところ、右は訴訟上の救助の要件である勝訴の見込みなきに非ざるときとは著しく内容を異にするのであつて、前記認定のところからすると、扶助の審査段階では、別件訴訟において原告である控訴人は、全面敗訴する可能性が高く、例え一部であつても訴訟等に要した経費以上の利益を得るような確定判決や和解、調停の成立を得る見込みはなかつたことが認められる。原審及び当審における控訴人本人尋問の結果中右認定に反する部分はたやすく措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

また、前述のとおり、民事訴訟における訴訟上の救助と被控訴人協会における法律扶助とは別個の制度であり、両者の制度の趣旨目的、運用基準に差異があつてそれぞれ別個独自の立場で自律的に行われるべきものであるから、裁判所の訴訟上の救助があつたからといつて、右認定を左右することはできない。してみると、被控訴人土井が誤つた調査報告をしたということができない。

してみると、被控訴人土井においては控訴人主張の右①②③のいずれの点においても違法な行為はなかつたものといわざるをえないので、控訴人の被控訴人土井に対する本件損害賠償請求は理由がない。

四控訴人の第二次扶助申込みに伴う

被控訴人協会に対する請求について

1  控訴人の被控訴人協会に対する請求は、前記同様民法七〇九条及び七一〇条、あるいは同法七一五条一項又は同法四四条一項に基づくものであるので、いずれの法律上の根拠に基づくにせよ、控訴人の右請求には控訴人の権利が侵害されたことが必要なので、まず、控訴人に対する権利侵害があつたかどうかにつき検討する。

2  当裁判所は、右の点についての控訴人に対する権利侵害の主張は失当と判断するが、その理由は、次のとおり付加するほかは原判決理由四の説示(原判決一二枚目裏一二行目から同一三枚目裏六行目まで)と同一であるから、これを引用する。

控訴人は、別件訴訟において自衛隊訓練の違法性、右訓練と控訴人の胃腸疾患との因果関係の立証は可能であり、右損害賠償請求権の消滅時効の完成は考えられず、さらに扶助基準の一つである「勝訴の見込みがあること」とは、「勝訴の見込みがないわけではないこと」とする被控訴人協会の運用からすれば第二次扶助申込みを拒否したことは違法である旨主張する。

ところで、前述のとおり、被控訴人協会は扶助の許否を独自の立場で自律的裁量的に決定するものであつて、扶助申込者にすぎない控訴人が被控訴人協会に対し扶助を受ける権利を有するものではなく、したがつて被控訴人協会は控訴人に対し扶助する義務を負うものでもないので、被控訴人協会が控訴人に対し申込事案は扶助基準を具備しないものとして扶助拒否の決定をしたとしても、控訴人が被控訴人協会を相手に権利侵害を理由として損害賠償の請求をなしえないことは前述のとおりである。

さらに、この点はともかくとしても、被控訴人協会の扶助拒否の決定自体においても何ら違法な点のなかつたことについては、被控訴人土井についても説示したところと同じである。

してみると、控訴人の被控訴人協会に対する損害賠償請求はその余の点につき判断するまでもなく理由のないことは明らかである。

五<以下、省略>

(裁判長裁判官野田殷稔 裁判官小林一好 裁判官横山光雄)

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