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神戸地方裁判所 昭和60年(行ウ)36号 判決 1988年2月19日

原告

兵庫県学校事務労働組合

右代表者執行委員長

吉井幸男

右訴訟代理人弁護士

岡田義雄

冠木克彦

被告

兵庫県

右代表者知事

貝原俊民

右訴訟代理人弁護士

大白勝

主文

一  本件訴えのうち、兵庫県教育委員会が、原告申入れの別紙交渉要求事項につき、地方公務員法五五条一項所定の交渉の申入れに応ずべき地位に立つことの確認を求める部分を却下する。

二  被告は原告に対し、金三〇万円及びこれに対する昭和六〇年一〇月二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告の兵庫県教育委員会は、原告申入れの別紙交渉要求事項につき、地方公務員法五五条一項所定の交渉に応ずべき地位に立つことを確認する。

2  被告は、原告に対し、金一〇〇万円及びこれに対する昭和六〇年一〇月二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  被告は、兵庫県教育長名をもつて、別紙記載の陳謝文を縦横それぞれ一メートルの白紙に墨書して、神戸市中央区下山手通五丁目一〇の一所在、兵庫県庁舎内玄関ロビー東側掲示板に一か月間掲示せよ。

4  訴訟費用は被告の負担とする。

5  第二項につき、仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  本案前の答弁

(一) 主文第一項と同旨。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

2  本案の答弁

(一) 原告の請求をいずれも棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、兵庫県下の市・町・組合によつて設置された小学校・中学校・盲学校・養護学校に勤務する事務職員を構成員として結成された職員団体であり、地方公務員法(以下「地公法」という。)五二条ないし五四条の要件を充たす登録団体である。

2  被告の兵庫県教育委員会(以下「県教委」という。)は、市町村立学校職員給与負担法一条に規定する「事務職員」たる原告組合員らの任命権者であり、かつ、原告組合員らの給与、勤務時間その他の勤務条件及びこれに附帯して、社交的又は厚生的活動を含む適法な活動に係る事項に関し、原告から適法な交渉の申入れがあつた場合においては、その申入れに応ずべき地位に立つている。

3  県教委は、原告が結成された昭和五六年一月以降、原告との間に年二、三回の交渉を行つてきたが、昭和五九年四月以降現在に至るまで、別紙交渉要求事項に関する原告の交渉申入れに一切応じようとしない。

4  原告申入れの右交渉要求事項の具体的内容は、次のとおりである。

(一) 昭和五九年四月一四日付申入れ

(1) 賃金要求

原告は、例年、賃金要求書を春闘時に合わせて春に県教委に提出しているところ、昭和五九年度については、県教委は、春の段階では、「交渉できない。」といつたが、人事委員会勧告が出た秋になつても、交渉に応ぜずこれを拒否した。

(2) 様式変更

公立学校共済組合の申告書等は、電算化に伴い非常に記入しづらい様式となり、本人申告制であるにもかかわらず、現場では事務職員に記入を押しつける事態が生じているため、様式変更に伴う現場での労働条件の問題を議題とした。

(二) 昭和五九年五月九日付申入れ

電算機導入問題は、事務職員の労働内容及び労働条件に関わる問題であるため交渉申入れをした。すなわち、まず、教職員の給与等に関する電算機入力業務は事務職員の職務であるが、県教委が電算機入力を求める職員勤務状況等報告書(以下「勤務状況報告書」という。)には「組休」「欠勤」(ストを含む。)欄が設けられており、これらは従来学校長の職務として処理されてきたことであり、事務職員が記入しえないから、右報告書の作成は、本来、事務職員の労働内容とはなりえない。また、電算機導入に伴い、事務処理の項目が増加・細分化され、二七項目にもわたることになり、記入・修正・確認等の労働強化につながつた。以上の二点を問題とした。

(三) 昭和五九年五月二一日付申入れ

組合加入状況は、県教委が各市町組合教育委員会(以下「各地教委」という。)に調査を求めたものであるが、各地教委では各学校長を通じてデーターを集めている。学校長は、調査表を作成するに際し、事務職員に組合加入の有無を確認しなければならず、それ自体が組合への介入であるとともに、学校毎のデーターであるので、一名配置校の事務職員にとつては、学校名が明らかになれば必然的に個人名まで明らかになり、組合活動に対する介入となる。そこで、原告はこの調査方法の撤回を求めるため交渉を要求したものである。なお、原告は、この調査の存在と調査ルートを昭和五九年に初めて知つた。

(四) 昭和五九年六月二八日付申入れ

(1) 交渉拒否理由の明示要求

この申入れは、予め日程も設定されていた同年五月二一日付交渉を県教委が一方的に拒否したため、その理由を質すことにある。

(2) 電算機導入問題

この申入れは、前記(二)に関する再度の交渉申入れである。被告は、この問題は県教委の管理運営事項であるとして、原告との交渉を拒否しながら、同年五月八日、兵庫県教職員組合(以下「兵教組」という。)とは交渉している(その交渉の結果、五月一一日に予定されていた勤務状況報告書の配布は中止されたという経過がある。)。また原告は、勤務状況報告書の記入者を誰にするかは学校長の職務権限であり、内容が労務管理に関するものであるので、管理職において記入すべきであると考えており、当然原告と県教委との間で交渉が持たれるべきものである。

(五) 昭和五九年八月二九日付申入れ

財産形成貯蓄制度の導入により、その事務は事務職員の担当とされているが、本来、その諸手続は教職員個人と金融機関との間で行うべきにもかかわらず、事務職員が行うとなると、金融機関での口座の開設、貯蓄額の変更、住所・金融機関の変更、確認等の事務まで事務職員に押しつけられる危険性があり、そこで、右導入に伴つて事務職員に不当な労働過重がなされないように措置を求める交渉申入れをしたものである。特に、現場では、教職員の退職者及び無給休職者等について、事務職員がたえず「気をつける」立場に立たされ、広く代行役を押しつけられる事態が生じている。

(六) 昭和五九年一〇月二五日付申入れ

(1) 賃金要求

原告は、昭和五九年四月一四日付で改善内容を細部にわたつて明記した賃金要求書を県教委に提出した。しかし、四月段階では交渉の時期でないと窓口担当者が述べたので、原告は、同年一〇月人事委員会勧告の出された後に、同じ内容での賃金交渉を求めたものである。

(2) 定年制

定年制については、昭和五八年の交渉の際、県教委から、県当局の方針が未だ出されていないので次年度への継続交渉事項にしてほしい、との申出があつた。その申出をうけて継続交渉を要求したものである。

なお、定年制に関係した特別昇給、加算額などの問題は、昭和五九年一二月四、五両日の県教委と兵教組との給与改定交渉の中でも取り上げられ、両者は合意に達している。

(七) 昭和五九年一二月一四日付申入れ

新聞報道を通じて、大蔵省が事務職員、栄養職員の給与費を国庫負担から削除するとの方針が明らかになり、事務職員にとつて賃金、雇用、職務内容の全てに深くかかわる問題として関心を呼んだ。この問題は必然的に、被告の予算編成にあたつて次年度の事務職員の定数をどうするのか、六〇名近い県費負担事務職員の削減の危険性や、配置基準の改悪による小規模校からの事務職員の引上げ、大規模校での労働過重等の深刻な問題が発生するため、国庫負担の廃止は国が決定する方針であるとしても、それが実施された場合に、事務職員の労働条件低下につながらないよう、予め県教委の対応措置を質すべく、原告は交渉要求をした。

(八) 昭和六〇年四月二六日付申入れ

(1) 県の対応措置

昭和六〇年度予算では、旅費教材費が国庫負担から削除された。そこで、原告は、国庫負担が廃止された旅費について、国に代つて被告が負担し従来通りの額を維持するのか否か、また、教材費は原則として市・町が負担するが、財政力の乏しい自治体に被告が予算措置を行うのか否か等の問題について交渉申入をした。仮に旅費が減額されるとすれば、学校内部で他の費目を操作して旅費を捻出するという事態が促進され、事務職員としては、このような違法な内部操作を職務として強いられるおそれがあり、勤務条件に大きくかかわつてくるものである。

(2) 人件費削減等

前記(七)の交渉の継続として、国庫負担削除提案に対する県教委の対応及び原告組合員への影響を質すため、交渉申入れをしたものである。

(3) 週休二日制

完全週休二日制の実施等を求め、交渉申入れをしたものである。

(九) 昭和六〇年一〇月五日付、同年一一月二九日付各申入れ

いずれも賃金改定を求めた交渉申入れであり、県教委は兵教組及び兵庫県職員労働組合とは交渉を行い妥結している。

(一〇) 昭和六一年一月二四日付申入れ

空き教室の増加を機に、事務職員の基本的労働条件である事務室の設置を要求した交渉申入れであり、すなわち、県教委は、事務室設置の問題は各地教委の権限であるといいながら、県が空き教室利用プロジェクトチームを作つて検討しようとしているため、各地教委に対し、地方教育行政の組織及び運営に関する法律(以下「地教行法」という。)四八条二項一号による指導助言を求めたものである。

(一一) 昭和六一年五月二〇日付申入れ

(1) 退職手当事務交渉

この申入れは、公立学校職員等の退職手当に関する条例一一条に基づく支給事務手続を明らかにし、支給要領等を現場に周知徹底させること等の交渉を要求したものである。

(2) 研究助成金交付交渉

学校厚生会は、地公法四二条の厚生制度の一部を実施する団体として、教職員の共済制度に関する条例により設置されたもので、県教委がその業務を監督する立場にあるため、その公正な運営を求めるため交渉申入れをしたものである。

(一二) 昭和六一年七月四日付申入れ

(1) 賃金要求

この申入れは、賃金改定を要求したものである。

(2) 国庫負担制度の交渉

この申入れは、前記(七)・(八)の(2)の交渉に引続いて、国庫負担廃止に伴う県教委の基本的考え方を質すためのものである。

(3) 全庁OA化等の交渉

この申入れは、県教委の考えている全庁OA化等の計画内容の開示を求めるものである。

5(一)  県教委は、原告からの適法な交渉申入れに対して、昭和五九年四月以降現在に至るまで一切の交渉に応じようとしない。これは地公法に明記された明白な義務の不履行である。このような県教委の態度は、地公法で保障された原告の交渉を求めうる地位自体を否認しているものといわざるをえない。

(二)  県教委の、この長期にわたる交渉拒否という違法状態の継続は、原告の登録団体たる存在自体を否認する行為であり、原告の労働組合としての社会的評価ないし存在価値を著しく低下させ、もつて原告の名誉を毀損し、また原告の職員団体としての諸活動にも大きな支障を生じさせた。これらは金銭によつては回復し難いものであるが、不法行為による慰謝料として、少なくとも金一〇〇万円を賠償させるのが相当である。

よつて、原告は、別紙交渉要求事項につき、県教委が地公法五五条一項所定の交渉に応ずべき地位に立つことの確認を求め、併せて、被告が原告に対し、不法行為による慰謝料として金一〇〇万円とこれに対する本訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うこと、及び原告の名誉を回復するのに必要な処置として、請求の趣旨第三項のとおり別紙記載の陳謝文を墨書して所定の期間、所定の場所に掲示することをそれぞれ求める。

二  被告の本案前の主張

地方公務員の給与その他の勤務条件は、私企業の場合のように労使間の自由な交渉に基づく合意によつて定められるものではなく、地方公務員の実質上の使用者である地方公共団体の住民の代表者により構成される議会において、政治的、財政的、社会的その他諸般の事情を配慮して条例をもつて決定されるべきものであり、地方公共団体の当局は議会に代つて職員の勤務条件を決定する権限を有するものではない(地公法二四条六項、勤務条件条例主義)。このような地位の特殊性から、地方公務員には、人事委員会又は公平委員会に対する勤務条件に関する措置要求の制度も設けられているのである。

したがつて、地公法五五条一項は、私法上の労使関係のように勤務条件決定交渉の対等当事者としての法的地位を付与したものではなく、職員団体は勤務条件につき苦情、意見及び希望等を当局に表明することができることとし、これらに対する当局の対応についての期待を示すに止めたものにすぎない。換言すれば、職員団体が「交渉」の申入れをすることができるのは、職員団体と地方公共団体の当局との意思の疎通による公務の円滑な遂行を目的として、職員団体が意見の表明を行いうるようにしたもので、この申入れに対して、地方公共団体の当局が必ず応じなければならないという義務を課するものではない。

このことは、以下の諸点からも明確なところである。すなわち、第一に、地公法五五条は、交渉申入れの相手方を単に「地方公共団体の当局」と定めており、義務の当事者となるべき者が不明確である。第二に、法的な義務を定める趣旨であれば、「申入れに応じなければならない」と端的に規定すべきであるが、同法条は「申入れに応ずべき地位に立つものとする」という甚だ不明確な規定をしている。第三に、民間企業の使用者の場合は、労働組合からの団体交渉申入れに対し、正当な理由がないのにこれに応じないときは、いわゆる不当労働行為とされ、救済命令が発せられ、それが確定判決によつて支持された場合には、命令違反があれば一定の刑罰が使用者に科せられることになつており(労働組合法七条二号、二七条、二八条)、法的な義務であれば、このような制裁規定が設けられるはずであるのに、地公法にはそのような定めが全くない。第四に、地公法五五条五項は、交渉に入る前に予備交渉を行い、予め議題その他必要な事項について取り決めておかなければならないと規定し(いわゆる予備交渉前置主義)、右必要事項について予め取決めができなければ本交渉に入ることはできないのであるから、当局に本交渉の申入れに応ずべき法的な義務があるとすれば、この予備交渉前置主義との関係で矛盾が生じることになる。

したがつて、地公法五五条一項は、職員団体に対して、具体的に法的な権利を付与したものではないというべきであるから、原告の本訴請求のうち請求の趣旨第一項の地位確認を求める部分は、確認の利益を欠き不適法である。

三  被告の本案前の主張に対する原告の反論

原告の組合員である地方公務員についても、それが憲法二八条の労働者であることには異論がなく、原告の本件交渉権は憲法二八条の団体交渉権に由来する権利であり、地公法五五条一項は、憲法二八条を受けて、当局に対し交渉の申入れに応ずべき法律上の義務を明記したものというべきである。そもそも、地方公務員は、政令二〇一号によつてその権利を奪われるまでは、(旧)労働組合法三条により完全な団体交渉権、協約締結権を認められていたものであつて、地公法五五条一項も憲法二八条にその根拠を求めるべき制度であることを考えれば、原告のもつ交渉権は、最大限尊重されなければならない権利というべきである。なおまた、原告が県教委に申し入れた勤務条件についての交渉は、勤務条件の最終決定を内容とするものではなく、勤務条件に関する条例の制定、改廃及び予算上必要な措置について、地方公共団体の長が議会へ提案することの要求をしようとするものであり、また、すべての勤務条件を条例によつて決定することは事実上不可能であり、勤務条件の細目や具体的適用については当局が決定し実施するものであるから、少なくともこの限りにおいても、交渉の余地と必要があるものである。したがつて、勤務条件条例主義から交渉権を否定する立場は、根拠のないものである。また、勤務条件に関する措置要求の制度をもつて交渉制度に代替しうるものでも到底ありえない。

以上の諸点からすると、原告の本訴確認請求は適法である。

四  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実のうち、県教委は、市町村立学校職員給与負担法一条に規定する「事務職員」について任命権を有すること(地教行法三七条参照)及び地公法五五条一項により、職員団体が意見、苦情、希望等を表明しうることは認めるが、その余の事実は否認し、その主張は争う。地公法五五条一項は、原告と県教委とが交渉申入れにつき、法的な権利関係に立つことまで認めたものでなく、更に、同項にいう「交渉に応ずべき地位に立つ当局」とは、要求された交渉事項について決定権限を有する地方公共団体の機関であり、したがつて、原告の交渉要求事項のすべてにわたり、一般的に、県教委が当局となるものではない。

3  同3、4の事実のうち、県教委が、原告と昭和五六年六月以降昭和五九年二月末日まで年一ないし三回(年度によつて回数が異なる。)の交渉を行つてきたこと及び昭和五九年四月以降、概ね原告主張のような交渉要求事項(議題)のもとに原告から交渉の申入れがあつたが、大体において交渉を行わなかつたこと、以上の事実は認めるが、その余の事実は否認し、その主張は争う。

4  同5の事実は否認し、その主張は争う。原告主張の「交渉」には、私法上の損害賠償請求まで認められる法的権利性は付与されていない。

五  被告の本案に関する主張(交渉要求事項に対する被告の見解)

1  原告の本件交渉申入れに対し、被告が交渉に応じなかった理由は、要するに、その交渉要求事項が地公法五五条の規定する交渉事項に該当しないか、または単に説明等で足りるものであつたからである。

2  右の点について、被告の交渉拒否の具体的理由を原告の主張(交渉要求事項の具体的内容)に即して述べると、以下のとおりである。

(一) 昭和五九年四月一四日付申入れについて

(1) 「賃金要求」については、春には交渉の時期ではないので、その旨を回答している。なお、秋の段階では、原告の要求(「昭和五九年一〇月二五日付」)が、地方公務員の勤務条件について、「労使の交渉によつて決定されるという原則に立つことが、もつとも有効である。」とし、勤務条件法定主義を無視するものであつたため、交渉申入れに応じなかつたものである。

(2) 「様式変更」については、公立学校共済組合の申立書等は、従来から電算機で処理しているが、より能率的に処理することができるように様式を簡素化したものであるところ、原告の申入れは記載方法に関する質問であつたから、右質問に対して速やかに回答した。なお、被告は、「記入しづらい」あるいは「職場で事務職員に記入をおしつけるという事態が生じている」という苦情を聞いたことは一度もない。

(二) 昭和五九年五月九日付申入れについて

(1) 勤務状況に関する電算機導入問題は、県教委が作成した勤務状況報告書に関するものであるが、これは教職員の勤務実績と給与支給額とを整合させたものであり、もともと県教委の管理運営事項であるから、交渉事項にはなりえない。

ちなみに、県教委が勤務状況報告書を作成し、これを電算機で処理することとした経緯及び必要性を敷衍して述べれば、次のとおりである。

被告は、公立学校の教職員(本件では県費負担教職員)に対して、その給与を支払うべき義務を負うが、この給与に関する事務は県教委が執行すべきものであるところ、県教委は、各地教委が提出した勤務状況報告書を基に勤務実績と給与支給額との整合を行つていたが、各地教委で報告書の様式が区々であつたり、記載の基準が異なつていたりしたこと、また、膨大な数であるにもかかわらず電算機が使用されていなかつたことから、検証機能としては不十分なものであつた。

このような現状の下において、勤務実績と給与支給額との整合の問題に関し、昭和五八年九月一九日、兵庫県下の明石市民から兵庫県監査委員に対して住民監査請求が提起された。

この住民監査請求の要旨は、「昭和五八年六月一〇日(金曜日)午後一時三〇分から明石市民会館で開催された明石市教職員組合の第三六回定期総会に、明石市立小学校二六校及び明石市立明石養護学校の県費負担教職員のほとんどが、勤務時間中であるにもかかわらず、勤務上の所要の手続をとらず参加しているのに、兵庫県教育長が給与の減額を行わず、その全額を支給しているのは公金の違法又は不当な支出であるので、所要の措置を講ずることを求める。」というものであつたが、兵庫県監査委員は、監査の結果、同年一一月一八日、「県費負担教職員の給与支給手続において、勤務の実態と給与支給額の整合性について検証機能を充実する制度を確立すること。」との勧告を県教委に対して行い、措置期限を昭和五九年三月三一日と定めた。

したがつて、県教委は、この勧告に従い、これまで区々であつた様式を統一し、円滑な事務処理ができるよう、手書きの記入は数字のみに留めるなどの工夫を凝らして合理的な様式に改め、電算機での処理が可能になるようにしたものである。

原告の要求は、勤務状況報告書の廃棄を求めるものであるが、以上のことから明らかなように、これは県教委の管理運営事項について容喙するものである。

(2) 次に、勤務状況報告書の作成事務は、事務職員の行うべき校務に属する。

勤務状況報告書の作成は、前記のとおり県費負担教職員の勤務実態と給与支給額との整合性を確保するための書類であるところ、市町組合立学校における給与事務の内容は、「公立学校教職員給与事務取扱要綱」に記載された事項のみに限定されていたものではなく、給与事務に対応して支給額が適正であるか否かを勤務実績により確認するための報告書の作成もまた、事柄の性格上、給与事務に含まれるものである。

ちなみに、かねて兵庫県では教職員等の給与を毎月一六日に支給しているが、これは、当月の初日を基準日として、当月分の給与額を概算して支給しているものである。したがつて、当月分の給与の支給の時点では、教職員等の当月における欠勤等による額の増減は算定されていないから、これを精算しなければならない。そこで、翌月、当月分の勤務実績の報告を求め、これと既に支給した給与とを整合して、翌々月の給与額で精算しており、その支給額と勤務実績を検証することによつて、給与支給(公金支出)を公正に管理できるものである。

かくて、勤務状況報告書の作成事務は、公正な給与支給管理の一環であるから、給与事務に該当するものである。

一方、給与事務は、校務分掌により事務職員の行うべき事務と定められ、かつまた、校務分掌の命令は、一つの職務執行命令であるから、勤務状況報告書の作成事務は、原告組合員ら事務職員の分担すべき校務となるわけである。

(3) 最後に、勤務状況報告書の作成事務が電算機化されることが、労働強化につながることはない。

電算機化された右報告書には、従来の手書きの報告書には掲げられていなかつた事項があるとしても、それらについては、勤務実績の記述として何らかの記録が作成され、事務の一部とされていたものであつて、実質的には、従来から実施されてきた事務の範囲内に属するものである。なおまた、新しく登場した項目のうち、「出勤」「欠勤」は、要勤務日数に関連するもので、全く新しい項目ということはできず、また、「公欠」(公務災害の療養)、「組休」(職員団体の業務従事の休暇)、「休職」及び「停職」は、勤務実績と給与支給額を整合するための不可欠な項目ではあるが、それぞれの性質上の特殊性から、個々の学校では殆ど発生しないか、発生しても極めてまれであるので、事務的に影響するところは余りない。したがつて、勤務状況報告書の内容は、従来の事務の範囲内を越えるものではない。

(三) 昭和五九年五月二一日付申入れについて

組合加入状況の調査は、教職員等の概括的な組合加入状況を知るため、昭和三三年度から毎年一回行つているものである。調査後は、数値のみを記入する方式をとつているから、組合員の氏名が明らかになることも、組合への介入となることもない。

(四) 昭和五九年六月二八日付申入れについて

勤務状況報告書に関する電算機導入問題は前記(二)で述べたとおり管理運営事項であり、勤務状況報告書は、事務職員の校務であつて、原告組合員を除き、そのように処理されている。しかるに、原告の組合員らは、この報告書の作成事務を現在に至つても拒否し続けており、原告の組合員らが所属する学校では、止むなく校長又は教頭が作成しているところがある。

なお、勤務状況報告書について、県教委が兵教組と「交渉」したことも、また、五月一一日に配布する予定にしていたこと及び交渉により配布を中止したことも全くない。

(五) 昭和五九年八月二九日付申入れについて

財産形成貯蓄制度の導入は、教職員等の福祉の増進を目的とし(勤労者の財産形成のための優遇制度である)、その加入の募集は年一回きり、申込書等は申込者本人が記入し、事務職員は所属コード等のゴム印を押捺する程度であるから、労働過重にはならない。ちなみに、退職あるいは婚姻による改姓等状況の変更が生じた場合でも、本人が金融機関に対して連絡し、書類の提出を行つている。また、昭和六一年度の新規申込は一校あたり一人以下であり、また、昭和六二年七月から一〇月までの途中解約は月平均二〇校に一人程度であつて、労働過重が問題となるようなものはない。かような状況であるから、記入の押付けあるいは労働加重の苦情は、昭和五九年九月実施以来、一度も出ていない。

(六) 昭和五九年一〇月二五日申入れについて

(1) 「賃金交渉」については、原告の交渉要求書には、人事委員会の給与勧告と賃金引上げ問題は、人勧制度が不当だから労働者の賃金改善は労使の交渉によつて決定されるべきだ、との原告の意見表明のみが記載されているにすぎず、したがつて、交渉申入れにあたらないものである。

(2) 「定年制交渉」については、既に原告の方が交渉しないとの意思を明らかにし、交渉要求を撤回している。

(七) 昭和五九年一二月一四日付申入れについて

人件費削減問題は、義務教育費国庫負担制度に関するもので国の事務であり、定数問題は県教委の管理運営事項であつて、これらは一般に交渉事項とはなりえないものである。

ちなみに、大蔵省の削減方針に対して、文部省は、「義務教育国庫負担制度改革案に対する意見書」をまとめ、「(1)学校栄養職員と事務職員を国庫負担の対象外にはできない。(2)旅費、教材費を対象外にすると、県や市町村の財政力などで差異を生じるおそれが強い。(3)地方交付税不交付団体の国庫負担金一〇%カットは、関係自治体の強い反発が予想される。」として、大蔵省の方針を全面的に否定しており(昭和五九年一一月一六日付毎日新聞)、被告及び県教委としても国の動向を注視していた時期であつた。

(八) 昭和六〇年四月二六日付申入れについて

(1) 「県の対応措置」については、国庫負担廃止問題は、国の事務であり、また、旅費は、旅行命令に基づく出張に対する費用弁償として支給するものであるが、その予算計上に関する事項は管理運営事項であつて、なおまた、市町の財政問題は、当該市町の独自の問題であり、県が市町に対して予算的措置を行うことがあるとしても、それは県と市町との問題であるから、これらに関する問題は、本来、原告との交渉事項たりえないものである。

(2) 「週休二日制」については、被告兵庫県では現在四週五休制を実施し、ようやく職員の間にも定着し、また、県民においてもこの制度が理解されてきたところであるから、現段階では検討すべき事項ではない。

(九) 昭和六〇年一〇月五日付申入れについて

これは、原告から人事院の勧告前に要望として出されたものにすぎない。なお、県教委は、賃金改定について、兵教組と同年一一月頃「交渉」したことはあるが、兵教組の姿勢は、人事院及び人事委員会の勧告並びに県の財政状況を前提とするものであつた。

(一〇) 昭和六〇年一一月二九日付申入れについて

原告の要求は、兵庫県人事委員会の勧告内容が著しく労働条件の低下を招くものであるとして、勧告によらないで直ちに賃金改善を求める、というものであり、このような要求は、県教委に不能な事項を要求するものであつて、交渉事項たりえない。

なお、原告から県教委に対して新給料表の説明の求めがあり、県教委は、新給料表等の資料を原告に渡し、原告の質問にも応答し、誠意をもつて対応した。また、兵教組との交渉経過については、(九)のとおりである。

(一一) 昭和六一年一月二四日付申入れについて

原告の組合員らが所属する市町及び組合立小中学校の設置者は当該市町等であり(学校教育法二九条、四〇条)、その施設の管理者も、当該市町教育委員会とされているところ(地教行法二三条二号)、右の小中学校の事務室の設置に関する事項は、学校の管理に関する事項であるから、当該市町教育委員会の権限たる事項であつて、被告及び県教委の決定権限に属する事項ではなく、したがつて、交渉事項とはなりえない。なおまた、原告の主張が県教委の指導助言を求めるにある以上、単なる要望であり、交渉申入とはいい難いものである。

(一二) 昭和六一年五月二〇日付申入れについて

(1) 「退職手当事務交渉」については、退職手当の支給は公立学校職員等の退職手当に関する条例一一条に規定されており、該当者から請求があつた場合、要件を満たすものについては、従来から支給しているところである。

(2) 「研究助成金交付交渉」については、財団法人兵庫県学校厚生会が行つている職業に関して交渉を求めるものであるところ、同法人の事務については、県教委は決定権限を有していないので、交渉事項たりえない。なおまた、同法人に対し県教委に指導監督権の行使を求めるという点においても、適法な交渉申入とはいえないものである。

(一三) 昭和六一年七月四日付申入れについて

(1) 「賃金要求」については、職員の給与等の現状をふまえない要望として出されたものである。

(2) 「国庫負担制度の交渉」については、国の事務に関するものであつて、交渉事項には該当しない。なお、「国に働きかけることを求め」ることは、原告の要望にすぎない。

(3) 「全庁OA化等の交渉」については、行政事務の簡素化、効率化を図り事務の近代化に資するための行政改革であり、被告及び県教委の管理運営事項であるから、交渉事項に該当しない。

六  被告の本案に関する主張(交渉要求事項に対する被告の見解)に対する、原告の反論

1  昭和五九年五月九日付申入れについて

(一) 被告の電算機による事務状況報告書の機能が検証機能にあるとの主張は争う。検証機能という点からすれば、従来の様式で充分その機能を果せるものである。被告が電算機導入の根拠としている住民監査請求の趣旨は「回復措置」と呼ばれる慣行に対する批判である。

回復措置とは、職員の日頃の超過勤務の代休として、特定の時間勤務を免じていたものであるが、出勤簿上は出勤のままで、欠勤扱いされていなかつたため、給与減額の処理がなされず、結果として、勤務実態と給与支給額が整合しないことになつていたのである。

したがつて、勤務実態と給与支給額との整合を求めるならば、出勤簿が勤務実態に則して正しく表示されるよう現場の監督者である校長に対する指導を徹底することが唯一の方法であり、勤務状況報告書を電算化しても何の意味もない。仮に監査委員の勧告に応えるために、何らかの新たな「検証機能を充実させる制度を確立する」必要があつたとしても、給与減額の対象となる欠勤等についてのみ報告を求めることで事足りるのであつて、検証機能には全く関係のない出勤や出張や特休等までも電算入力する必要はない。

ところで、原告は、かねてより電算機の高度利用については協議を行うよう申し入れていたにもかかわらず、昭和五九年五月初め、原告がこの資料を入手し交渉を申し入れるまで、県教委は一切を明らかにしなかつたのであり、このような原告組合を無視する態度は、信義に反し許されない。

(二) 被告の、右報告書の作成事務が事務職員の分担すべき校務である、との主張も争う。

右報告書は各地教委が職員の服務を監督し、職員の任免その他の内申を行うためのものである(地教行法四三条、三八条)。したがつて、従来各地教委が右権限を行うため学校から提出を求めていた書類であり、様式は各地によつて異なつていた。これは、給与の検証のため県教委が各地教委に提出を求めた書類ではなく、人事、服務事務のため各地教委が学校に求めていた書類を県教委が利用していたに過ぎず、したがつて、学校においては、給与検証に使用するなどとは伝えられてもおらず、人事服務に関する事務として扱われてきた。「県立学校職員出勤簿取扱規程」によると、職員の勤務状況を明らかにするため出勤簿担当職員を置くとされ、同職員は出勤簿の集計を行い、給与を減額すべき事由があれば給与事務担当者に通知するとされている。このように出勤状況の集計と給与事務とは明確に区別されており、被告の勤務状況報告書作成事務が給与事務に含まれるとの主張は根拠がなく、これまでの経緯を無視した暴論である。職員の給与事務については、臨時的任用職員を除いて、「公立学校教職員給与事務取扱要綱」に従い処理されてきたが、この要綱には「整合」についての記載もなく、現在の勤務状況報告書についての記載方法、様式も一切記載されていない。仮に勤務状況報告書によつて勤務実績と給与支給額との整合を行つていたとしても、勤務状況報告書は職員の勤務状況をその服務監督権者に報告するための書類であることに違いはなく、学校においては人事、服務に関する書類として扱われており、校務分掌上の給与事務に含まれてはいない。

もつとも、被告は、勤務状況報告書の作成事務は校務分掌により事務職員の担務とされ、かつ、校務分掌の命令は職務執行命令である、と主張しているが、そのようなことは認められない。校務分掌表は学校によりまちまちであり、かつまた、それは校務を分類し、その主たる担当者を示した校務運営のための組織図にすぎない。学校の処理すべき校務は極めて多岐にわたるため、校務分掌表に掲げられている項目は概括的で、これに付随する個々の校務までは示されていない。したがつて、校務分掌表で担当者とされたとしても、その者が担当すべき具体的な校務の内容及び範囲は明らかでなく、個々の校務については複数の者が分担しているから、校務分掌表は必ずしも職務執行命令であるとはいえないものである。

2  昭和六〇年一一月二九日付申入れについて

労使間交渉により賃金改善を求めるとの見解は、原告の従来からの主張であるが、原告は、右見解の立場に立つことを交渉の前提としたことはなく、従来、県教委も見解は見解として交渉を行つてきた。見解が異なることをもつて交渉しないというのであれば、明らかに差別的取扱いである。

なお、県教委は、同年一二月一一日、新給与表についての説明を行つたが、その際は、「あくまで説明を行うだけで交渉ではない。」と断り、原告に対し意見、反論を述べる機会さえ与えなかつた。しかし、兵庫県職員労働組合及び兵教組とは、既に交渉により妥結していた。

3  管理運営事項の主張について

被告は、部分的に管理運営事項であることを交渉拒否の理由としているが、ある一定の行政方針が管理運営事項に該当しても、それが同時に公務員の労働条件その他地公法五五条一項に該当する事項と関連する場合には、交渉事項となりうることは、すでに確立された考え方であり、原告の求めた交渉要求事項は全て同項所定の範囲内にある事項であつて、被告が管理運営事項であるとして拒否しうる対象は存在しない。

第三  証拠<省略>

理由

一当事者等について

1  原告が、兵庫県下の市・町・組合によつて設置された小学校・中学校・盲学校・養護学校に勤務する事務職員を構成員として結成された職員団体であり、地公法五二条ないし五四条の要件を満たす登録団体である事実は当事者間に争いがない。

2  原告の組合員らが市町村立学校職員給与負担法一条に規定する「事務職員」であることは弁論の全趣旨から明らかである。したがつて、その給与、勤務時間その他の勤務条件については、兵庫県の条例で定める(地教行法四二条)こととされ、その職員団体は兵庫県の職員をもつて組織する地公法五三条、五四条の職員団体とみなされる(教育公務員特例法二一条の四)から、兵庫県の当局は、原告から、職員(原告組合員)の給与、勤務時間その他の勤務条件及びこれに付帯して、社交的又は厚生的活動を含む適法な活動に係る事項に関し、適法な交渉申入れがあつた場合においては、その申入れに応ずべき地位に立つもの(地公法五五条一項)である。

二被告の本案前の主張について

被告は、地公法五五条一項は登録を受けた職員団体に対し勤務条件に関する交渉当事者としての法的地位を付与したものではないから、原告の本訴請求のうち地位確認を求める部分(請求の趣旨第一項)は確認の利益を欠き、不適法である、と主張する。

確かに、地公法五五条一項は、「地方公共団体の当局は、登録を受けた職員団体から、職員の給与、勤務時間その他の勤務条件に関し、及びこれに付帯して、社交的又は厚生的活動を含む適法な活動に係る事項に関し、適法な交渉の申入れがあつた場合においては、その申入れに応ずべき地位に立つものとする。」と規定するが、地方公共団体の職員の給与、勤務時間その他の勤務条件は、条例で定めなければならない(同法二四条六項、いわゆる勤務条件条例主義)のため、労働組合法は地方公共団体の職員に関して適用されず(同法五八条一項)、職員団体と当局との交渉には団体協約を締結する権利を含まない(同法五五条二項)し、また職員の争議行為も禁止されている(同法三七条)から、地公法五五条一項にいう「交渉」の性格は、憲法二八条、労働組合法六条にいう団体交渉権に基づく団体交渉とは著しく異なつているものといわなければならない。けだし、憲法二八条、労働組合法六条にいう団体交渉権は、自主的に労使関係を規律すべき団体協約を労使対等の立場で締結することに主眼を置いて保障され、また争議権は、かかる団体交渉権の行使を実効あらしめるための手段として保障されているものであるのに、地公法は団体協約締結権も争議権も共に否定しているからである。

地公法五五条一項にいう「交渉」の特殊性は、要するに、地方公務員が住民全体の奉仕者であることとその職務の公共性に鑑み、憲法の保障する団体交渉権が公共の福祉のため制限を受けた結果生じたものであつて、その代償として、勤務条件に関する措置要求の制度(地公法四六条ないし四八条)が設けられているわけである。

もつとも、右「交渉」も、理念的には憲法二八条に由来するものというべきであるから、登録を受けた職員団体は、勤務条件の維持改善を図るため、地方公共団体の当局と対等の立場で折衝することができ、当局も、正当な理由がある場合を除いて、交渉の申入れに対して誠実に応ずべきことが期待され、単に、職員団体が当局に対し、勤務条件に関し苦情、意見、希望等を表明することができるに留まるものということはできず、したがつて、職員団体の交渉申入れに関する両者の地位を広い意味の権利義務関係と呼ぶこともできなくはないけれども、右の広義の権利義務は、地公法の上で当局の義務違反に対する制裁規定を欠くなど、直接的かつ具体的な法律効果を伴わず、その内容が抽象的であるから、当局は職員団体との交渉に誠実に応じなければならず、不当に拒否してはならないという程度のものにすぎず、未だ確認の訴えにおいて確認の対象となりうる権利・義務性を備えているものとは、到底認めることはできない。

しかるところ、原告は、本訴において、別紙交渉要求事項につき、県教委が地公法五五条一項所定の交渉申入れに応ずべき地位に立つことの確認を求めているが、しかし、地公法五五条一項に基づく、地方公共団体の当局としての県教委の地位は、右に述べたように、直接的かつ具体的な法律効果を伴う義務とはいえないから、確認の訴えにおける確認の対象ということはできず、結局、原告の右確認を求める部分は、不適法として却下を免れないものである。

三別紙交渉要求事項について

1  県教委が、原告と昭和五六年六月以降昭和五九年二月末日まで年一ないし三回(年度によつて回数が異なる。)の交渉を行つてきたこと、しかし、昭和五九年四月以降は、おおむね別紙交渉要求事項(議題)につき原告から交渉の申入れがあつたが、大体において交渉を行わなかつたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

2  前判示から明らかなとおり、地公法五五条一項に基づき、地方公共団体の当局である県教委は、登録を受けた職員団体である原告からの適法な交渉申入れに対し誠実に応ずべき地位に立つところ、原告は、県教委は別紙交渉要求事項全部につき申入れに応ずべき地位に立つている、と主張し、被告はこれを争つている。

3 そこでまず、一般に地公法五五条一項にいう交渉事項とされる対象の範囲等について検討する。

登録を受けた職員団体と地方公共団体の当局との交渉において、地方公共団体の事務の管理及び運営に関する事項(以下「管理運営事項」という。)は、交渉の対象とすることができない(地公法五五条三項)し、職員団体が交渉することのできる地方公共団体の当局は、交渉事項について適法に管理し、又は決定することのできる地方公共団体の当局とされている(同条四項)から、原告が交渉を申し入れた別紙交渉要求事項が管理運営事項であれば適法な交渉事項とはなりえないし、また、県教委が適法に管理し、又は決定することのできる交渉事項でなければ、県教委は交渉の当局とはならない。ここにいう管理運営事項とは、一般に、地方公共団体の機関がその本来の職務又は権限として、法令等あるいは議会の議決に基づき、専ら自らの判断と責任により執行すべき事務をいうが、職員の勤務に関する限り、管理運営事項と職員の勤務条件等に関係する事項とは、事柄の性質上密接不可離に関連し、相表裏の関係に立つことが少なくはなく、したがつて、そのような場合、管理運営事項そのものは交渉の対象となりえないとしても、その処理の結果が職員の勤務条件等に関係する事項に影響を及ぼす限りにおいては、影響を受ける勤務条件等に関する事項が交渉の対象になるものと解するのが相当である。また、職員団体と交渉を行う当局は、一般には職員の身分取扱いに関する権限を行使する任命権者(同法六条)であるが、前示「交渉」の内容にてらすとき、これに限られず、法令の規定により交渉事項について調査又は企画立案し、あるいは何らかの決定をすることが認められている者も含まれ(必ずしも最終的決定権限をもつことを要しない)、任命権者を代理する者又は任命権者に代つて専決権限を行使する者も、交渉の趣旨に合致するもので、かつ、その上部機関に対して責任をもつて取り次ぎ、その実現に努力する義務がある者である以上、交渉に応ずべき当局の地位にあるものというべきである。

(なお、交渉の実際においては、当局が、職員団体との意思の疎通を円滑にし、相互の理解を深めることにより公務能率の増進を図るため、交渉事項を厳密に検討することなく、管理運営事項に属する事項や自らは適法に管理し又は決定することのできない事項についても、これらを幅広く交渉の議題として取り上げることもありえようが、このような交渉は、地公法五五条一項にいう交渉とは無縁のものというべきである。)

4  以上の見地に立つて、以下、別紙交渉要求事項記載の各事項が地公法五五条一項所定の交渉事項に該当するか否かについて検討することとする。

(一)  昭和五九年四月一四日付申入れの「昭和五九年度賃金要求」について

<証拠>によれば、原告は基本賃金、諸手当等の大幅な改善を要求する交渉を申し入れたものの、県教委から秋に人事委員会の勧告が出た後ならば交渉に応ずることが可能であるとの意見が表明され、原告はこれを了承して交渉の申入れを撤回した事実が認められるから、右交渉要求事項については、県教委が原告の申入れに応じなかつたものということはできない。

(二)  同日付申入れの「様式変更」について

<証拠>によれば、原告は一旦は交渉を申し入れたものの、後日、県教委の福利厚生課で説明を受けて了解し、交渉の必要がなくなつたため、交渉の申入れを撤回した事実が認められるから、右交渉要求事項についても、県教委が原告の申入れに応じなかつたものということはできない。

(三)  昭和五九年五月九日付申入れの「勤務状況に関する電算機導入問題」について

(1) まず、原告が交渉を申し入れた経緯と県教委の対応について、<証拠>を総合すると、被告県下の公立学校教職員の勤務状況報告書は、従来は手書きの様式のものを各学校から各地教委宛に提出していたが、原告は、昭和五九年五月、教職員の勤務状況関係についても近く電算化されるという情報を入手し、そうなれば報告書の様式が変わり、従来の報告書は出勤簿について月末統計を取り、それを単純転記すれば足りたのが、電算様式の報告書では出勤簿の統計と別の統計を二重に取らなければならず、かつまに、項目が増加・細分化されるため、それだけ事務量が増加し、また個々の教職員の勤務状況を県教委が直接管理することになり、人事管理上も問題があるとして交渉を申し入れた。県教委は原告との間で、当初五月二一日午前一一時から交渉を行う旨を取り決めていたが、直前になつて、原告の情宣紙である「兵学労ニュース」五月一四日号)に勤務状況報告書の電算化計画が報道されたとの理由で交渉の延期を申し入れ、その後も一旦は同月二六日か遅くとも二八日に交渉を行なうと約束しながら、これも直前になつて、理由を明示しないまま、原告とは交渉を行わないことに決定したと一方的に通告してきたこと、しかし、その一方で、県教委は、その頃、原告と別の職員団体である兵教組とは、勤務状況報告書問題に関し交渉を行つている事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

(2) 一方、<証拠>によれば、勤務状況に関する電算機導入問題とは、県教委が作成した勤務状況報告書に関するものであるが、被告県下の公立学校教職員の給与の計算、支給等の取扱いについては、昭和五七年四月一日施行の「電子計算組織による公立学校教職員給与事務取扱要綱」に基づき、かねて電算機により処理されていたが、右教職員の給与は毎月一六日に当月の初日を基準日として概算で支給され、この支給額と各人の勤務の実態とを翌月各学校から提出された報告書を基に整合して、翌々月の給与額で精算する仕組みになつていたところ、昭和五八年一一月一八日、兵庫県監査委員から、県教委に対し、住民監査請求にかかる監査結果として、「県費負担教職員の給与支給手続きにおいて、勤務の実態と給与支給額の整合性について検証機能を充実する制度を確立すること」との勧告が、措置期限を昭和五九年三月三一日としてなされたことから、県教委では、この勧告に従い、従来各地教委毎に区々であつた報告書の様式を統一し、各人の勤務の実態をより詳しく把握できるように記入項目も増やし、かつ手書きの記入は数字のみに留め、電子計算組織での処理が可能になるようにした勤務状況報告書を作成し、昭和五九年五月二五日以降各学校長に右勤務状況報告書の提出を義務付けたこと、以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

(3) 以上認定の事実によれば、新規に提出を義務付けられた勤務状況報告書が県教委の電子計算組織で処理されることにより、被告県下の公立学校教職員個々の勤務の実態が、従来と比較し、県教委によつて詳細に把握されることになつた側面は否定できないが、新しい勤務状況報告書は、その制定に至る経緯から明らかなように、教職員の服務管理を直接の目的としたものではなく、基本的には教職員の勤務の実態と給与支給額との整合性について検証機能を充実させるための制度として施行されたものというべきであるから、各学校における作成事務は、校務分掌の定めるところに従い、給与事務に従事する事務職員の職務というべきものである(原告組合員ら事務職員が校務分掌上給与事務に従事していることは、当事者双方の争つていないところである)。

(4) ところで、勤務状況報告書の制定は、県教委が、教職員の給与支給の適正を期するべく、その本来の権限として専ら自らの判断と責任により執行すべき事務であるから、勤務状況報告書の実施それ自体は、管理運営事項として、職員団体と当局との交渉の対象とすることはできないものである。しかし、上記認定のとおり、報告書の様式が変わることにより、従来の報告書では出勤簿に基づき月末統計を取り、それを単純転記すれば足りたのが、新しく制定された勤務状況報告書では出勤簿の統計と別の統計を二重に取らなければならず、かつまた項目が増加・細分化され、それだけ事務量が増加することになることが認められるから、そうであれば、事務職員である原告組合員らの勤務時間その他の勤務条件に全く影響がないとはいい切れないものがあり、その限りにおいて、勤務状況報告書の作成事務問題は、原告の勤務条件に関する事項として県教委との交渉の対象とすることができるものというべきである。

(5) 被告は、原告の交渉申入れは勤務状況報告書の廃棄を求めるものであり、これは県教委の管理運営事項に容喙するものである、と主張し、なるほど、原告の交渉申入書である前顕<証拠>には、「兵学労は、この電算報告書の廃棄を訴える。」などの記述もみられるのであるが、右交渉申入書は、その全体を通覧すれば、原告は、勤務状況報告書の電算化を、単に服務管理の強化という観点だけでなく、組合員らの勤務条件の問題としても取り上げ、県教委に交渉を申し入れたものである事情が読み取れるから、原告の右申入れを県教委の管理運営事項に容喙するだけのものと決め付けることは相当ではないから、被告の右主張は採用できない。

(四)  昭和五九年五月二一日付申入れの「組合加入状況調査問題」について

<証拠>によれば、原告は、教職員の職員団体への加入状況を県教委が各地教委を通じて調査している問題について、これは組合活動に対する介入であるとして、県教委に対し、即時中止を求めるため交渉を申し入れた事実が認められる。

しかし、右交渉要求事項は、組合活動への介入を問題としているものであつて、「職員の給与、勤務時間その他の勤務条件」に関するものでも、また、これに付帯した「社交的又は厚生的活動を含む適法な活動に係る事項」でもないから、原告の右交渉申入れは適法なものということができない。

(五)  昭和五九年六月二八日付申入れの「交渉拒否の理由の明示要求」について

<証拠>によれば、原告は、勤務状況報告書の電算化問題について、県教委が原告との交渉を拒否したことに対し、これを不当とし、その理由を質すため、交渉の申入れをした事実が認められる。

勤務状況報告書の作成事務問題は、原告が、その組合員らの勤務時間その他の勤務条件に影響しかねない問題として、県教委との交渉の対象とすることができること、原告の交渉申入れに対し、県教委が交渉に応じなかつたことには正当な理由がないこと、以上については前示したとおりである。しかし、交渉拒否の理由を質すことは、およそ職員の勤務条件等とは何の関係もないから、原告の右交渉申入れは適法なものということができない。

(六)  同日付申入れの「電算機導入問題」について

<証拠>によれば、原告は、勤務状況報告書の電算化問題について、県教委に対し、重ねて交渉を申し入れた事実が認められ、また、勤務状況報告書の作成事務問題に関し、県教委が、原告の交渉申入れに応ずべき地位に立つものであることは、前示のとおりであるから、県教委は、右の重ねての交渉申入れにも応ずべき地位に立つものである。

(七)  昭和五九年八月二九日付申入れの「財産形成貯蓄制度の導入問題」にいて

<証拠>を総合すると、県教委は、昭和五九年八月、財産形成貯蓄制度を導入したが、各学校での新規申込書や変更申込書の点検は校長がする建て前にはなつているものの、実際の事務は校長に代わり事務職員がせざるをえず、事務量の増加、それなりの労働過重になることも懸念されるため、原告が交渉を申入れた事実が認められる。右事実によれば、原告の右交渉要求事項は、原告組合員らの勤務条件に関する問題であるから、県教委は、その申入れに応ずべき地位に立つものである。

被告は、財産形成貯蓄加入の募集は年一回きりで、新規加入等も少なく、また、申込書の点検事務も単純なもので、労働過重にはならない、と主張するけれども、原告の懸念する事務量の増加が、実際にはどの程度のものか、果して労働過重になるのかどうか等については、原告と県教委との交渉の中で、事実を踏まえ、十分に相互の意見を交換したうえで共通の認識に到達すべき事柄であり、そのような主張だけでは交渉申入れに応じない理由にはなりえないものである。

(八)  昭和五九年一〇月二五日付申入れの「賃金交渉」について

<証拠>を総合すると、昭和五九年一〇月一一日に人事委員会の給与勧告が出たので、かねて春に申入れていた基本賃金、諸手当の大幅な改善を内容とする賃金改善の交渉を再度申し入れたが、県教委は、兵教組とは交渉を行いながら、原告の右交渉申入れには応じていない事実が認められる。

右基本賃金、諸手当が地公法五五条一項にいう「職員の給与」に該当することは明らかであり、また、県教委は県費負担事務職員である原告組合員らの任命権者である(地教行法三七条一項。もつとも、同条第二項により県教委は任命権を各地教委に委任することができ、<証拠>によれば、原告組合員の一部は神戸市教育委員会により任命されている事実が認められる。)から、原告の要求について直接の決定権限がなくとも、交渉の結果、原告の要求する基本賃金等の大幅な改善が相当であると認めれば、上部機関である被告県の知事に対して責任をもつて取り次ぎ、その実現に努力する義務がある(なお、同法四二条参照)から、原告の右申入れに応ずべき当局の地位に立つものというべきである。

被告は、原告の要求が、地方公務員の勤務条件について、「労使の交渉によつて決定されるという原則に立つことが、もつとも有効である。」とし、勤務条件法定主義を無視するものであつたため、交渉の申入れに応じなかつたものである、と主張し、なるほど、原告の交渉要求書である前顕<証拠>には被告指摘の記述が認められるけれども、<証拠>によれば、原告としては、賃金は、人事委員会の給与勧告によることなく、原告と当局との交渉の場で自主的に決定すべきものであるとの立場を持つてはいるが、県教委との従来の交渉において、自己の立場を交渉の前提にしたことはかつてなかつた事実が認められるから、被告の右主張は、交渉申入れに応じない正当な理由とはならない(なお、職員団体との意思の疎通をはかり公務の円滑な遂行を目的とする地公法五五条一項の法意に照らせば、県教委が交渉要求の片言隻句にあまりこだわることは相当ではない)。

(九)  同日付申入れの「定年制交渉」について

<証拠>を総合すると、昭和五九年二月二九日の定年制に関する県教委と原告との交渉の中で、右議論は、昭和六〇年三月三一日までに結論を出すことを前提に継続交渉事項とされていたが、人事委員会の給与勧告も出て賃金確定の時期も迫つてきたため、原告から再度の交渉を申入れたもので、その具体的な内容は定年退職した場合の優遇措置としての特別昇給、退職手当の加算金及び高齢者の昇給停止年令、昇給の延伸等であること、並びに県教委は、兵教組とは同じ議題で何回も交渉を行つている事実が認められる。

右認定の事実によれば、原告の交渉の申入れは、原告組合員らが定年退職した場合の優遇措置や高齢者の昇給等に関し兵庫県の「市町村立学校県費負担事務職員等の給与等に関する条例」で準用する「職員の給与等に関する条例」及び「職員の給与等に関する規則」等の運用面での改善を原告組合員らの任命権者である県教委に要求したものと解されるから、適法な交渉の申入れであり、県教委はその申入れに応ずべき地位に立つものである。

(一〇)  昭和五九年一二月一四日付申入れの「学校事務職員の人件費削減及び定数是正等の問題」について

<証拠>を総合すると、原告は、新聞報道等で、大蔵省が昭和六〇年度の予算編成に当たつて、事務員、栄養職員の給与費等に対する二分の一の国庫負担を廃止する方針であることを知り、そうなれば原告組合員らの任用、賃金、その他の勤務条件に深刻な影響を及ぼしかねないことを懸念し、任命権者である県教委に対し、雇用責任をどう果たすのかその対応を質すため交渉を申入れたこと、県教委は兵教組とは交渉を行つていること、以上の事実が認められる。

被告は、国庫負担の削減問題は義務教育費国庫負担制度に関するもので国の事務であり、事務職員の定数問題は県教委の管理運営事項であるから、これらは一般に交渉事項とはなりえないものである旨を主張する。

確かに、国庫負担の削減問題自体は、被告主張のとおり国の所管事務であるから、国の決定があつた後、これに対応して被告県及び県教委が方針を樹立しなければ、原告組合員ら事務職員の賃金その他の勤務条件(任用ないし定数関係を除く。)に対していかなる影響があるのか、具体的に計り難いものがあり、したがつて、原告は被告県ないし県教委が方針樹立の際に交渉をもてば足りるから、右の点に関する原告の交渉申入れは、時期尚早として適法な交渉事項とはなりえないが、任用ないし定数に関する点は、事案の性格上、国庫負担問題が即任用等に直接影響力を及ぼすことも充分予測できるから、右段階において既に任用ないし定数に関する県教委の対応を質しておく等の必要があると認められるから、右の点については交渉の対象とすることができ、県教委は、予備交渉において議題を明確にしたうえ、原告の交渉申入れに応ずべき地位に立つものである。

(一一)  昭和六〇年四月二六日付申入れの「県の対応措置」について

<証拠>によれば、原告は、昭和六〇年度の旅費・教材費の国庫負担の廃止に伴う県当局の今後の措置と原告組合員らに対する影響について、交渉を申入れた事実が認められる。

原告は、旅費が減額されれば、学校内部で他の費目を操作して旅費を捻出するといつた事態が生じ、事務職員としては、そのような違法な内部操作を職務として職場で強いられる恐れがある、と主張する。仮にそのような事態が学校内部で現実に生じれば、勤務条件に関する事項として交渉の対象にすることができるものと解されるが、原告主張の右事実を認めるに足りる証拠はない。

また、教材費の交渉申入れについて、原告は、財政力の乏しい被告県下の自治体に被告県が予算措置を行うのか否か等の問題である、と主張するが、このような問題が原告組合らの給与、勤務時間その他の勤務条件等に何ら関係しないことは明らかである。

他に、原告の交渉申入れを相当とする理由は認められないから、原告の右交渉申入れは、適法な交渉申入れということができない。

(一二)  同日付申入れの「前記(一〇)と同じ問題」について

<証拠>によれば、原告は、国庫負担問題に関してその主張のような内容の交渉申入れをした事実が認められる。

右交渉申入れについては、前示(一〇)において適法と認めた範囲内において、県教委は、原告の交渉申入れに応ずべき地位に立つものである。

(一三)  同日付申入れの「週休二日制問題」について

<証拠>によれば、原告は、完全週休二日制等の実施を要求して交渉を申入れた事実が認められる。

週休二日制問題は、原告組合員らの勤務時間その他の勤務条件に関する事項であるから、前示のとおり原告組合員らの任命権者である県教委は、原告の右申入れに応ずべき地位に立つものというべきである。もつとも、被告は、当時、兵庫県では四週五休制を実施し、これがようやく職員の間に定着し、また県民にもこの制度が理解されはじめた時期であるから、週休二日制は時期尚早であり、現段階では検討すべき事項ではない、と主張するが、仮に県教委の見解が被告主張のとおりであつたとすれば、県教委としては交渉の席で自己の見解を述べるべきであり、見解の相違を理由に、頭から原告の交渉申入れに応じないということは交渉の相手方として採るべき誠実な態度とはいい難く、相当ではないから、被告の右主張は理由がない。

(一四)  昭和六〇年一〇月五日付申入れの昭和六〇年度賃金要求」について

<証拠>によれば、原告は、昭和六〇年度の賃金要求として、人事委員会の給与勧告が出される前に、交渉を申入れた事実が認められる。

前示のとおり原告組合員らの任命権者である県教委は、原告組合員らの給与に関する原告の右交渉申入れに応ずべき地位に立つものである。

(一五)  昭和六〇年一一月二九日付申入れの「賃金要求に関する人事委員会勧告の取扱いについて」について

<証拠>によれば、原告は、昭和六〇年度賃金要求として、同年一一月二日に人事委員会の給与勧告が出た後、再度、交渉を申入れたこと、県教委は、兵教組とは右賃金要求につき交渉を行つていること、以上の事実が認められる。

前示のとおり、原告組合員らの任命権者である県教委は、原告組合員らの給与に関する原告の右交渉申入れに応ずべき地位に立つものである。

(一六)  昭和六一年一月二四日付申入れの「事務室設置要求」について

<証拠>を総合すると、昭和六一年一月四日付の新聞に、県教委が、児童数の減少で増える一方の小中学校の空き教室の有効な利用方法を検討するため、「空き教室活用プロジェクトチーム」(仮称)を発足させる方針を決めた、という記事が出ていたが、兵庫県下の小中学校には事務室のあるところが少なく、事務職員の執務環境が必ずしも恵まれているとはいえない状況にあるため、原告は、早速、各学校における事務室の設置が進むよう、県教委に対し、各地教委への指導を求める交渉を申入れた事実が認められる。

地教行法四八条一項、二項一号によれば、県教委は市町村に対し、市町村の教育に関する事務の適正な処理を図るため、学校の管理及び整備に関し、必要な指導及び助言を与えることができる旨を規定しているから、市町村の小中学校の設置者は当該市町村であり(学校教育法二九条、四〇条)、その管理者は当該市町村教育委員会ではある(地教行法二三条二号)けれども、小中学校における事務室の整備について、各地教委に対し必要な指導及び助言を与えることは、県教委の適法になしうる事項であり、一方事務職員にとつて、事務室の設置問題がその勤務条件に関する事項であることは勿論である。

しかし、地公法五五条一項により原告が交渉申入れをなしうる交渉事項は、単に事務職員全般の勤務条件に関する事項というだけでは足りず、それが具体的に原告組合員らの勤務条件に関するものでなければならないものと解すべきところ、原告は、原告組合員らの勤務する個々の学校において、事務室が無いとか、有つても執務環境が悪いなどの具体的な主張はせず、その旨の立証もしないから、原告の交渉申入れは適法なものということはできない。

(一七)  昭和六一年五月二〇日付申入れの「退職手当事務交渉」について

<証拠>を総合すると、公立学校職員等の退職手当に関する条例第一一条の「失業給付」については、事務職員の中にさえこの制度の存在や支給事務手続きを知らないものが多く、そのため制度の趣旨が生かされていないとして、原告は、右「失業給付」制度を全職員に周知徹底すること、その支給事務手続きを明らかにし、かつ簡略化することを求めて、交渉を申入れた事実が認められる。

原告が申入れた交渉事項のうち、「失業給付」制度の周知徹底を求める点は原告組合員らの勤務条件と何の関わりもなく、また支給手続きの明示を求める点は県教委から教示を受ければ足りることであり、これらはいずれも適法な交渉事項とはいえない。しかし、支給事務の簡略化を求める点は原告組合員らの勤務条件に関する事項であるというべきであるから、県教委は、予備交渉において議題を明確にしたうえ、原告の右交渉申入れに応ずべき地位に立つものである。

(一八)  同日付申入れの「研究助成金交付交渉」について

<証拠>を総合すると、県教委の外郭団体で公立学校教職員の互助団体である兵庫県学校厚生会(以下「学校厚生会」という。)から、昭和六一年四月ごろ、兵教組の事務職員部の各支部代表者の口座に福利厚生事務研究助成金名目で合計約四五三万円が振り込まれたことについて、原告は、その経緯を質し、教職員の共済制度に関する条例(昭和三八年七月五日兵庫県条例第七三号)四条に基づく監督権の発動を求めるため、県教委に対し交渉を申入れたこと、学校厚生会は地公法四二条の厚生制度の一部を実施している団体であること、以上の事実が認められる。

登録を受けた職員団体は、前示のとおり、職員の社交的又は厚生的活動を含む適法な活動に係る事項に関しても地方公共団体の当局と交渉することができ、学校厚生会に関する問題は右の厚生的活動に関係するものといいうるけれども、学校厚生会の業務を監督し、必要な報告を求めうる(教職員の共済制度に関する条例四条)立場にある県教委に対し、学校厚生会に監督権の発動等を要求することは、まさに管理運営事項に対する干渉にあたるといわねばならず、したがつて、原告の右交渉申入れは適法なものということはできない。

(一九)  昭和六一年七月四日付申入れの「昭和六一年度賃金要求」について

<証拠>によれば、原告は、昭和六一年度賃金要求として、県教委に対し、賃金の大幅な改善を目的とする交渉申入れをした事実が認められる。

前示のとおり、原告組合員らの任命権者である県教委は、原告組合員らの給与に関し、交渉の申入れに応ずべき地位に立つものである。

(二〇)  同日付の「国庫負担制度の交渉」について

<証拠>を総合すると、大蔵省が昭和六一年度の予算案編成に当たり、義務教育費の国庫負担制度を見直し、事務職員、栄養職員の給与を国庫負担から除外する方針であることが報道され、全国都道府県教育委員長協議会等から現行の制度存続を求める要望が国等に出された時期でもあつたことから、原告は、もし事務職員、栄養職員の人件費が国庫負担から除外されることにでもなれば、原告組合員らの雇用関係は来年度からきわめて不安定になるため、事務職員、栄養職員の給与を国庫負担から除外する方針を撤回するように県教委からも国に働きかけてほしい旨の要望とこの問題に対する県教委の基本的な姿勢を明らかにするよう求めて、交渉を申し入れた事実が認められる。

義務教育費国庫負担制度の見直しの是非は国の事務であり、県教委の適法に管理し、又は決定することのできる事項ではないから、県教委に対し国への働きかけを求める要望は、原告と県教委の交渉事項とはならないが、事務職員の給与が国庫負担から除外されることになれば、現下の厳しい地方財政の下では原告組合員らの任用ないし定数関係に何らかの影響が出ることは避けられないのではないかとの原告の不安は一応もつともであり、その限りにおいて、原告は交渉の対象とすることができ、県教委は、予備交渉において議題を明確にしたうえ、原告の右交渉申入れに応ずべき地位に立つものというべきである。

(二一)  同日付申入れの「全庁OA化等の交渉」について

<証拠>によれば、原告は、全庁的オフィスオートメーション化計画、及び旅費の電算化問題について、原告組合員らの勤務条件に関する事項として、交渉を申入れた事実が認められる。

全庁的オフィスオートメーション化計画、及び旅費の電算化計画は、事案の性質上、行政事務の簡素化、効率化を図り事務の近代化に資するためのものであつて、被告及び県教委が、本来の権限に基づき、その判断と責任において導入の是非を決すべき管理運営事項であるが、導入の結果予測される勤務条件への影響については、原告と県教委との交渉事項となりうるものである。事務職員のみで組織する原告組合にとつては、右計画が導入されることに伴う事務量の増加や過員が生じることによる勤務場所の変更、廃職等の事態が懸念されなくもないのであるから、原告組合員らの勤務条件に関する問題として、交渉の申入れをすることができ、県教委はその申入れに応ずべき地位に立つものというべきである。

(二二)  結び

以上によれば、原告申入れの別紙交渉要求事項のうち、2、4の(二)、5ないし7、8の(二)、(三)、9、10、12の(一)、13の各事項(以下「本件認定交渉事項」という。)は、原告組合員らの勤務条件に関係する限りにおいて、地公法五五条一項所定の適法な交渉事項に該当し、かつ県教委は、地方公共団体の当局として、その申入れに応ずべき地位に立つものというべきであり、県教委が、原告の交渉申入れに応じなかつたことにつき正当な理由が存することについては、他に主張立証はないところである。

四不法行為の成立について

1  右三の事実によれば、地方公共団体の当局である県教委は、昭和五九年五月以降、登録を受けた職員団体である原告から、本件認定交渉事項に関し、職員である原告組合員らの勤務条件に関係する限りにおいて適法な交渉申入れがあつたにもかかわらず、正当な理由なく、その申入れに応じていないものである。そればかりか、証人宮下雅雄の証言及び原告代表者本人尋問の結果によれば、県教委は、昭和五九年四月以降、従来は原告の交渉申入れに応じていた事項も、また県教委が兵教組と交渉を行つた同一事項についても、原告からの交渉申入れに対しては、理由を明らかにしないまま、一切交渉に応じようとしなかつた事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

前記二で判示したとおり、地公法五五条一項は、県教委に対し、原告の交渉申入れに応ずべき具体的な法律効果を伴う義務を負わすものではないけれども、右の事実によれば、原告の交渉申入事項は、そのうち本件認定交渉事項が原告組合員らの勤務条件に関する限りにおいていずれも適法なものであつたこと、その申入回数は一〇回に及び、申入事項も多岐にわたつていること、県教委が右申入れに応じなかつた期間は約二年二か月という長期にわたり、その態様は、原告から申入れのある都度、理由を明示してその申入れに応じないというのではなく、理由を明らかにしないまま、申入れには一切応じようとしないというものであつて、これらを総合して考慮するとこのような県教委の一連の態度は、地公法五五条一項で認められた県教委に対し対等の交渉の相手方たる原告の地位、ひいては原告の存在自体を否認するものといわざるをえない。

してみると、県教委が、原告組合員らの勤務条件に関する本件認定交渉事項について、原告の適法な交渉申入れに一切応じなかつたということは、明らかに地公法五五条一項の法意に悖り、全体として県教委に対し交渉を求めうる原告の地位を侵害するもので、社会的相当性を欠き、違法のそしりを免れないものである。

2 <証拠>を総合すると、県教委が長期にわたり原告の交渉申入れに一切応じなかつたため、原告は、原告組合員らの勤務条件改善の手掛かりを失い、被告県下の事務職員から、原告は労働条件を改善できない職員団体であると見られ、原告組合員らの信頼をなくし、そのため、昭和五九年四月以降新しい組合員の加入もない状況にあり、原告組合の執行委員の中には、県教委が原告組合を潰しにかかつていると受け止める向きもあり、その精神的苦痛は計り知れないものがあること、以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

右認定の事実によれば、県教委が長期にわたり原告の交渉申入れに一切応じなかつたため、原告は登録を受けた職員団体としての社会的評価及び存在価値を著しく毀損され、またその諸活動にも大きな障害を被つたことを推認するに難くないから、県教委は、右不法行為によつて原告の被つた右無形の損害に対し、賠償金を支払うべき義務があるというべきところ、右賠償金は、右不法行為の態様、期間、原告の損害その他諸般の事情を考慮して、金三〇万円をもつて相当と認める。

3 原告は、名誉を回復するのに必要な措置として、損害賠償の請求とともに陳謝文の掲示を求めているが、本件事案の限りでは、原告の被つた損害を回復するには、右賠償金の支払をもつて足りるというべきであるから、それに加えて、なお陳謝文の掲示を命じることは相当でない。

五以上の次第であるから、原告の本件訴えのうち、県教委が、原告の別紙交渉要求事項につき、地方公務員法五五条一項の交渉の申入れに応ずべき地位に立つことの確認を求める部分は、不適法として却下し、その余の原告の本件請求は、被告に対し、賠償金として金三〇万円及びこれに対する本件不法行為の後日であり、訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和六〇年一〇月二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるから、これを認容するが、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。

なお仮執行宣言の申立てについては、その必要がないものと認め、これを却下する。

(裁判長裁判官砂山一郎 裁判官白井博文 裁判官山本和人)

別紙交渉要求事項

1 昭和五九年四月一四日付申入れ

議題

(一) 昭和五九年度賃金要求

(二) 公立学校共済組合の申告書等の様式変更問題(様式変更)

2 昭和五九年五月九日付申入れ

議題

勤務状況に関する電算機導入問題

3 昭和五九年五月二一日付申入れ

議題

組合加入状況調査問題

4 昭和五九年六月二八日付申入れ

議題

(一) 交渉拒否理由の明示要求

(二) 電算機導入問題

5 昭和五九年八月二九日付申入れ

議題

財産形成貯蓄制度の導入問題

6 昭和五九年一〇月二五日付申入れ

議題

(一) 人事委員会の給与勧告と賃金引上げ問題(賃金交渉)

(二) 定年制に関係した特別昇給、加算額昇給停止年令、延伸等(定年制交渉)

7 昭和五九年一二月一四日付申入れ

議題

事務職員の人件費削減及び定数是正等の問題

8 昭和六〇年四月二六日付申入れ

議題

(一) 旅費、教材費の国庫負担廃止と県当局の措置(県の対応措置)

(二) 右7の事項

(三) 週休二日制問題

9 昭和六〇年一〇月五日付申入れ

議題

昭和六〇年度賃金要求

内訳として、基本賃金、諸手当、賃金改訂実施日、支給日に関する事項

10 昭和六〇年一一月二九日付申入れ

議題

同年度賃金要求に関する人事委員会勧告の取扱いについて

11 昭和六一年一月二四日付申入れ

議題

事務室設置要求

12 昭和六一年五月二〇日付申入れ

議題

(一) 公立学校職員等の退職手当に関する条例について(退職手当事務交渉)

(二) 学校厚生会の「公立学校教職員福利厚生事務を促進する団体」に対する「福利厚生事務研究助成金」の交付の件(研究助成金交付交渉)

13 昭和六一年七月四日付申入れ

議題

(一) 昭和六一年度賃金要求

(二) 国庫負担切捨ての政策に対し、事務職員等の人件費の国庫負担存続を国に働きかけることを求めた(国庫負担制度の交渉)

(三) 全庁的オフィスオートメーション化計画、及び旅費の電算化計画問題に関する要求(全庁OA化等の交渉)

別紙陳謝文<省略>

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