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神戸地方裁判所 昭和60年(行ウ)8号 判決 1985年12月19日

原告

甲野一郎

右訴訟代理人弁護士

藤田太郎

右訴訟復代理人弁護士

魚永和秀

被告

兵庫県教育委員会

右代表者委員長

下川常雄

右訴訟代理人弁護士

俵正市

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和五七年一二月二三日付で原告に対してした休職処分及び「休職期間中の給与は支給しない」との処分をいずれも取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、兵庫県立姫路産業技術高等学校教諭の職にある地方公務員であるが、昭和五七年一二月二三日、贓物故買罪の嫌疑により神戸地方裁判所姫路支部に起訴された。その公訴事実の要旨は、別紙のとおりである。

2  原告の任命権者である被告は、右起訴を理由とし、地方公務員法二八条二項二号の規定により同日付で原告を休職処分にするとともに、「休職期間中の給与は支給しない」との処分をし、これを原告に通知した(以下前者の処分を「本件起訴休職処分」、後者のそれを「本件不支給処分」、両者を併せて「本件各処分」という。)。

3  原告は、本件各処分に対し、同五八年二月一七日付で兵庫県人事委員会に不服申立をし同年三月一四日受理されたが、同委員会は同五九年一二月一一日付で本件起訴休職処分を承認し、本件不支給処分に対する不服申立を棄却する旨の裁決をして、同月一二日、右裁決を原告に送達した。

4  しかしながら、本件各処分には以下の違法がある。

(一) 本件起訴休職処分の実体的違法

(1) 本件起訴の対象となった公訴事実は、原告にとっては全く関知しない冤罪であり、原告は終始事実を全面的に否認して争っているものでるが、本件起訴休職処分は公訴事実の成否を考慮せずにされたものである。

(2) 起訴休職処分は、単に起訴されたとの事実のみをもって一律になしうるものではなく、任命権者には、起訴休職制度の趣旨目的に従い諸般の事情を総合的に勘案したうえでの合理的な判断が求められるところ、本件休職処分は、捜査機関及びそれを取材源とする新聞報道など一方的かつ断片的な資料に基づき、同種事案との比較検討も経ずにされたものであって、比例原則及び衡平原則に違反する。

(二) 本件不支給処分の実体的違法

兵庫県の「公立学校教育職員等の給与等に関する条例」(昭和三五年一〇月四日条例第四五号)四〇条四項によれば、起訴休職処分を受けた職員に対しても給料、扶養手当調整手当及び住居手当の各一〇〇分の六〇以内を支給できるとされているにもかかわらず、被告は本件不支給処分を行ったものであるが、これにより原告は公務員の地位を保有しながら一切の給料等を支給されないこととなり、一般私企業に職を求めることもできず、収入の途を断たれる結果となったものであり、本件不支給処分は、右の点において基本的人権を侵害し、被告に許された裁量権の行使の範囲を逸脱し、あるいはこれを濫用したものであって、違法である。

(三) 本件各処分の手続的違法

(1) 本件各処分は、同五七年一二月二三日に決定され直ちに原告に通知されたものであるが、原告が起訴状謄本の送達を受けたのは同五八年一月六日以降のことであり、右通知の際には、原告は本件公訴事実はもとより起訴の事実さえ知らなかったものであって、前記通知をもって原告に処分理由の適法な通知があったとはいえない。

(2) また、本件各処分が原告にもたらす不利益の重大さに鑑みれば、被告は原告に告知・聴聞の機会を与える必要があったにもかかわらず、原告に対し、処分に先立って右の機会を与えることなく、また、原告が同五八年二月一日付保釈許可決定により保釈されたのちも何らの事情聴取も実施しなかったものであって、右事実は適正手続の原則に違背する。

5  よって、本件起訴休職処分には、前記(一)及び(三)の、また、本件不支給処分には前記(二)及び(三)の違法があるので、その取消を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実は認める。但し、原告が本件各処分の通知書を受領したのは、同五七年一二月二五日である。

3  同3の事実のうち、原告が裁決の送達を受けた日時は知らないが、その余の事実は認める。

4  同4の主張は争う。

(一)(1) 被告が本件起訴休職処分を行うについて、公訴事実の成否を考慮しなかったことは認めるが、元来、起訴休職処分は、起訴という事実の存在のみを要件としているに過ぎず、処分を行うについて、公訴事実の成否を考慮する必要はない。

(2) また、被告は、同五七年一二月二日原告が逮捕されて以来、捜査の進展を注視していたところ、同月二三日、神戸地方検察庁姫路支部の担当検察官から原告が起訴された事実及びその公訴事実の内容を確認し、公訴事実の罪質(贓物故買という破廉恥罪)や原告の職務内容等諸般の事情を総合的に勘案したうえで本件起訴休職処分を行ったのであって、右処分に原告の主張する実体的違法は存在しない。

(二) さらに、起訴休職期間中の給与については、兵庫県の「公立学校教育職員等の給与等に関する条例」(昭和三五年一〇月四日条例第四五号)四〇条四項の規定により、給料等の一〇〇分の六〇を上限として、支給の有無及び支給する場合の支給率については、被告の裁量に委ねられているところ、被告は、前記のとおりの原告に対する公訴事実の内容及び原告の職務の性質、住民感情等を総合的に勘案して本件不支給処分を行ったのであり、原告は休職中でも地方公務員法三八条により、任命権者の許可を受ければ営利企業に従事することができることも合わせ考えれば、被告の右処分に裁量権の逸脱及び濫用はない。

(三) 起訴休職処分は、起訴という事実の存在のみを要件としているに過ぎず、当該起訴にかかる公訴事実の成否を考慮する必要はないのであるから、被告としては、捜査機関から確認した起訴の事実及び公訴事実の内容を前提に処分の要否を判断すれば足りるのであり、必ずしも処分対象者に弁明の機会を与え事情を聴取する必要はなく、また、原告が、本件各処分の当日及び処分の通知を受け取った日に起訴された事実及び公訴事実の内容を知らなかったとしても、そのことだけで、本件各処分が違法となるものではない。

第三証拠

本件記録中の書証目録記載のとおりである。

理由

一  本件各処分の存在

原告は兵庫県立姫路産業技術高等学校教諭の職にある地方公務員であって、昭和五七年一二月二三日、贓物故買罪の嫌疑によって神戸地方裁判所姫路支部に起訴されたこと、被告は、同日付で右起訴を理由として原告を本件各処分に付したこと、原告は本件各処分に対して兵庫県人事委員会に不服申立をしたが、同委員会は同五九年一二月一一日付で本件起訴休職処分を承認し、本件不支給処分に対する不服申立を棄却する旨の裁決をしたこと、以上の各事実はいずれも当事者間に争いがなく、また、(証拠略)及び弁論の全趣旨によれば、被告の本件各処分についての人事通知書及び処分説明書は同五七年一二月二五日に、兵庫県人事委員会の裁決書謄本は同五九年一二月一二日に、それぞれ原告に到達したことを認めることができる。

二  本件各処分の取消事由の存否

1  本件起訴休職処分の実体的違法の有無について

地方公務員法二八条二項二号による起訴休職処分は、刑事訴追を受けた公務員を任命権者の裁量によって職務の執行から排除することにより、職場秩序の維持、職務の正常な運営及び公務に対する住民の信頼の確保等を図ろうとする制度に他ならない。したがって、右制度の趣旨からして、当該起訴の対象とされた公訴事実の成否は処分の要件でないことは明らかであるから、任命権者が起訴の対象とされた公訴事実が真実であって、犯罪を構成するものであるか否かについてまで考慮する必要がないことは多言を要しない。

もっとも、任命権者は、公務員が刑事訴追を受けたという要件さえ存在すれば、他に何らの制約もなく起訴休職処分をすることができるものと解すべきでなく、当該公務員の担当する職務の性質、起訴にかかる公訴事実の内容・罪質、起訴に伴う身柄拘束の有無及び当該処分と刑事罰との均衡等、諸般の事情を比較衡量したうえで前記制度の趣旨に照らして必要な限度においてのみ処分をなし得るのであって、任命権者が裁量権の行使についてその範囲を逸脱し、又はこれを濫用した場合には、当該処分は違法であり取消を免れないというべきである。

そこで、右の見地から本件起訴休職処分に関する被告の裁量権の行使について検討する。

本件公訴事実が別紙のとおりであることは当事者間に争いがなく、その罪名は贓物故買罪であり、その法定刑は一〇年以下の懲役及び二〇万円以下の罰金(刑法二五六条二項及び罰金等臨時措置法三条一項一号)であって、仮に原告が右公訴事実について有罪の判決をうけるときには、地方公務員法一六条二号の欠格事由に該当し、当然に失職するものである。また、前掲甲第三号証の一及び弁論の全趣旨によれば、原告は兵庫県立姫路産業技術高等学校教諭の職にあって、理科(化学)の授業を受持つ一方、同校における分掌事務により総務部長として学校行事の企画、対校外交渉及び教員間の連絡調整事務等を担当し、校長を補佐する地位にあったこと、さらには身柄拘束のまま起訴され翌五八年二月四日に保釈されるまで勾留されていたものであることをそれぞれ認めることができ、右認定を覆すに足る証拠はない。そうすると、保釈されるまでの身柄拘束やあるいは公判出頭義務により、原告に正常な職務の遂行が期待できなかったことを暫く置くとしても、本件公訴事実のようないわゆる自然犯・破廉恥犯により公の嫌疑を受けて訴追された公務員を教師として教壇に立たせ、あるいは前記分掌事務に従事させることが、職場秩序の維持、公務の正常な運営及び住民(なかんづく原告の奉職する学校の生徒や父兄)の信頼確保にとって、重大な支障となることは明らかであるから、被告が原告を起訴休職処分するにつき、その裁量権を逸脱・濫用したり、あるいは、比例原則・衡平原則に違背したものということはできない。

2  本件不支給処分の実体的違法の有無について

地方公務員法二八条三項によれば、職員の意に反する休職の効果については、各自治体の条例の定めに委ねられているところ、兵庫県の「公立学校教育職員等の給与等に関する条例」(昭和三五年一〇月四日条例第四五号)四〇条四項は、起訴休職処分を受けた職員に対しても一〇〇分の六〇の限度で給料等を支給することができる旨を規定する。

ところで、原告は、右規定にもかかわらず、被告が原告を本件不支給処分にしたのは裁量権の逸脱・濫用である旨を主張するので、この点について検討すると、右条例の規定は、いわゆるノーワーク・ノーペイの原則の下で、休職期間中の職員の生活についての配慮を示す一方、起訴休職処分の性質上、処分の原因となった刑事事件の内容や当該職員の職務内容等を考慮し、その支給の是非及び支給率を任命権者の裁量に委ねる趣旨であるものと解することができる。そうすると、前記本件公訴事実の罪質及び原告の担当する職務内容等に照らせば、被告は未だ本件不支給処分を行うにつき、その裁量権を逸脱・濫用したものということはできない。

3  本件各処分の手続的違法の有無について

(一)  まず、本件各処分の通知手続に関する瑕疵の有無について検討する。

地方公務員法二八条三項によれば、職員の意に反する休職の手続については、法律に特別の定めがある場合のほか、条例で定めなければならないとされ、同法四九条一項は、任命権者が職員に対しその意に反すると認める不利益な処分を行う場合には、処分の事由を記載した説明書を交付しなければならないとしている。そして、兵庫県の「職員の分限並びに分限に関する手続及び効果に関する条例」(昭和三五年一〇月四日条例第五二号)三条二項は、起訴休職処分につき、その理由を記載した書面を当該職員に交付することを要求している。

そして、(証拠略)及び弁論の全趣旨によれば、被告は、昭和五七年一二月二五日、原告に対して人事通知書及び処分説明書と各題する書面を交付し、本件各処分の結果及びその理由を通知していることを認めることができるから、前記法律及び条例の規定に従った手続が履践されていることは明らかである。

もっとも、(証拠略)によれば、原告が起訴状謄本の送達を受けたのは同五八年一月六日であることが認められ、原告は右事実をもって、本件処分理由の通知手続が違法である旨を主張する。しかしながら、(証拠略)によれば、同五七年一二月二三日に起訴状が神戸地方裁判所姫路支部に受理されていることが認められ、前記各書面が原告に到達した同月二五日には、すでに公訴提起の効力が発生していたことは明らかであるから、たまたま、前記各書面が起訴状謄本の送達に先立って原告に交付され、原告が右起訴の事実及び公訴事実の内容を知らなかったとしても、本件各処分の通知手続が違法になるものとはいえない。

(二)  次に、被告が本件各処分を行うにつき、原告から事情を聴取する等その弁解を聞く機会を付与しなかったことについては当事者間に争いがないところ、原告は、右事実をもって本件各処分の手続が適正手続の原則に違反する旨を主張するので、この点について検討する。

一般に、行政庁が行政処分を行うにつき、その手続自体が適正なものでなければならないことはいうまでもないが、反面、行政庁が行政処分を行う場合、常に処分対象者に対して告知・聴聞の機会を付与しなければならないものではないことも明らかである。

ところで、兵庫県の職員である地方公務員の意に反する休職その他の不利益処分に関する手続については、前記のとおり地方公務員法四九条で処分説明書の交付が要求されるほか、職員の意に反する休職処分について同県の前記条例第五二号に右法律の規定と同旨の条規が設けられているだけで、処分対象者たる職員に対して告知・聴聞の機会を付与すべき旨を定めた法令は存在しないから、結局、告知・聴聞の手続を実施するか否かは、任命権者の裁量に委ねられていると解するほかはない。もっとも、任命権者が本件各処分のような職員の意思に反する不利益処分を行うためには、その前提として処分事由の存否及び処分の要否について慎重な調査・検討をすべきことは当然であり、右の観点からして、処分対象者たる職員に対し告知・聴聞の手続を実施すれば処分事由の有無やその要否等、任命権者の実体的判断が左右されるべき蓋然性が見込まれる場合には、任命権者としても、告知・聴聞の手続を実施すべきであって、このような場合それを怠ったときには、当該処分手続は適正なものとはいえないが、そうでない場合には、告知・聴聞の手続を実施しなかったとしても、処分は違法とはならないものと解するのが相当である。

そこで、本件各処分手続について見ると、(証拠略)及び弁論の全趣旨によれば、被告は、本件各処分に先立って担当検察官から原告が起訴された事実及び本件公訴事実を聴取・確認し、分限事由の存否については客観的に確実な資料を得ていたこと、また処分の要否についても、当該公訴事実の内容や原告の職務内容等から十分判断が可能であったことを認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。したがって、本件においては、処分対象者たる原告に告知・聴聞の機会を付与したとしても、任命権者たる被告の実体的判断を左右すべき蓋然性があったとはいい難く、被告が告知・聴聞の手続を実施しなかったことをもって、本件各処分の手続が適正手続の原則に違反した違法があるものということはできない。

三  結論

以上の次第で、原告の請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について行訴法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中川敏男 裁判官 東修三 裁判官 石井教文)

公訴事実の要旨

原告は、平尾芳久と共謀のうえ、

第一 昭和五五年一二月三〇日ころ、兵庫県神崎郡福崎町西治二三一七番地の一〇株式会社ベイフィールド商会工場において、坂本等が窃取してきた飼料原料フィッシュソリューブル液約一万三〇〇〇キログラム(時価一キログラム当り約三三円七〇銭相当)を、盗品であることを知りながら、一キログラム当り二〇円で買受け、

第二 同五七年四月二三日ころ、同工場において、上阪一夫らが窃取してきた前記フィッシュソリューブル液約一万一〇〇〇キログラム(時価一キログラム当り約二四円八〇銭相当)を、盗品であることを知りながら、一キログラム当り一六円で買受け

もって、贓物の故買をしたものである。

(以上)

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