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神戸地方裁判所 昭和61年(行ウ)13号 判決 1988年7月13日

神戸市北区泉台5丁目13番の3

原告

沖幸逸

神戸市兵庫区水木通2丁目1番4号

被告

兵庫税務署長 山川忠利

右指定代理人

石田浩二

外4名

主文

一  原告の主位的請求を棄却する。

二  本件訴えのうち,原告の予備的請求にかかる部分を却下する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  主位的請求

(一) 被告が昭和59年6月30日付をもって訴外神戸枝肉荷受株式会社に対してなした法人税更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分がいずれも無効であることを確認する。

(二) 訴訟費用は被告の負担とする。

2  予備的請求

(一) 主位的請求(一)記載の各処分をいずれも取消す。

(二) 主位的請求(二)に同じ。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  本案前の答弁

(一) 本件訴えをいずれも却下する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

2  本案の答弁

(一) 原告の請求をいずれも棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は,訴外神戸枝肉荷受株式会社(以下「訴外会社」という。)の清算人であり,したがって,訴外会社に対して課税処分がなされた場合,国税徴収法35条所定の第二次納税義務者として納付告知処分を受けるおそれがあり,また,訴外会社の株主(以下「訴外株主」という。)に対する違法な第二次納税義務の発生を防止する義務がある。よって,原告は,訴外会社に対する課税処分につき,その無効確認請求ないし取消請求を求める訴えの利益を有する者である。

2  訴外会社は,枝肉の荷受及び売買の斡旋を業とする会社であるが,昭和58年5月31日に株主総会の解散決議を行ない,同年4月1日から同年5月31日までの事業年度(以下「本件事業年度」という。)の法人税につき,法定の申告期限内である同年7月27日に,所得金額を5,518,115円,納付すべき税額を57,500円,翌期に繰り越す欠損金を13,039,408円とする確定申告を行なった。

3  被告は,右申告に対し,昭和59年6月30日付で,所得金額を31,960,592円,納付すべき税額を14,184,700円とする旨の法人税更正処分及び過少申告加算税額を709,000円とする旨の過少申告加算税賦課決定処分(以下,右法人税更正処分を「本件更正処分」,右両処分を合わせて「本件課税処分」という。)をした。

4  訴外会社は,本件課税処分に対し,昭和59年7月28日被告に異議申立をしたところ,被告は,同年11月6日付で右異議申立をいずれも棄却する旨の異議決定をした。

5  訴外会社は,被告のなした右異議決定に対し,昭和59年11月20日付で国税不服審判所長に審査請求をしたところ同所長は,昭和61年4月7日付で,右審査請求を棄却する旨の裁決をした。

6  しかし,訴外会社は,昭和59年1月23日に清算を結了の登記を経由したものであって,本件課税処分がなされた同年6月30日にはすでに法人格を失って消滅しており,本件課税処分は,存在しない法人に対してなされたのであって,重大かつ明白な瑕疵を有し,無効であるというべきである。

7  仮に本件課税処分が無効とまではいえないとしても,本件課税処分は,訴外会社がその貸借対照表に計上した預り金4,500万円が訴外会社が神戸市から受領した同社の補償金収入であるとの認定のもとに行なわれたものであるところ,右金額部分は,神戸市から訴外株主に直接支払われるべき金員を訴外会社がその解散まで一時的に預っていたものであって,訴外会社の収入ではなく,これを同社の収入であるとしてなされた本件各処分は違法であって,取消を免れない。

8  よつて,原告は,主位的に本件課税処分の無効確認を,予備的にその取消を求める。

二  被告の本案前の主張

1  原告は,本件課税処分の無効確認及び同処分の取消を求めるにつき何ら法律上の利益を有しないから行政事件訴訟法9条,36条に照らし本件訴えを提起する適格を欠くばかりでなく,取消請求については法定の前審手続を経ていないものである。したがって,本件訴えは主位的及び予備的各請求とも不適法であり却下されるべきである。

すなわち,処分の取消しの訴え及び無効等確認の訴えに関しては当該処分の無効又は取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者に限り提起することができるのであり(行政事件訴訟法9条,36条),原告適格を有するといえる者とは訴えの対象である処分によって法律上保護される権利,利益につき具体的な侵害をこうむった者でなければならないというべきである。

この点に関し,原告は,訴外会社の清算人であるから被告がなした本件課税処分により自ら国税徴収法34条に規定する第二次納税義務者として告知処分を受けるおそれがあること及び同会社の株主をして第二次納税義務の発生を防止する義務があることを理由として本件課税処分の無効確認及び取消請求をなす訴えの利益がある旨述べているだけであるところ,後者の理由についてはそれにより何ら法律上保護される権利,利益につき具体的な侵害がないことは明らかである上,前者の理由については第二次納税義務者は被処分者ではなく,主たる納税義務者に対する課税処分により直接の権利又は利益の侵害を受けておらず,ただ主たる納税者が滞納すれば自己に対する告知処分があり得るという可能性があるにすぎないものである。したがって,原告は自らが第二次納税義務者として告知処分を受けるおそれがあることを理由としては,いまだ本件課税処分の無効確認ないし取消を請求する原告適格を有しないというべきである。

2  また,本件課税処分の取消しを求めるためには異議申立てについての決定及び審査請求についての裁決をそれぞれ経た後でなければ,提起することができないところ(国税通則法115条1項),本件課税処分についての異議申立て及び審査請求は,いずれも訴外会社によってなされ,その決定及び裁決もいずれも訴外会社に対してなされているのであるから原告は本件更正処分に関して異議申立てについての決定及び審査請求についての裁決をいずれも経ていないので,本件更正処分の取消しを求める訴えを提起することができない。

三  被告の本案前の主張に対する原告の反論

1  原告適格について

(一) 主位的請求における原告適格

行政事件訴訟法36条にいう「現在の法律関係に関する訴え」とは,処分の無効等を前提とする公法上の当事者訴訟(同法4条)又は争点訴訟(同法45条)を指すものである。これは,行政訴訟特例法下においてこれらの訴えで必要性を超えて無効確認等の訴えが認められているという批判に対してなされた特別の制約にすぎず,公権力の行使に対する抗告訴訟(同法3条1項)に対してまで国民の出訴権を不当に制限しようとするものではないからである。ところで,本件における予備的請求である取消訴訟は,抗告訴訟であって,現在の法律関係に関する訴えに該当しない。したがって,原告は,取消訴訟によってその目的を達することができるか否かにかかわらず,無効確認の訴えを提起することができる。

また,同法36条は,原告適格の要件として「当該処分又は裁決に続く処分により損害を受けるおられのある者」をあげているが,これに該当する者については,同条の「現在の法律関係に関する訴えによって目的を達することができないもの」という文言による制限は受けないものと解すべきである。すなわち,同条の文理からすれば,右文言は,(イ)「当該処分又は裁決に続く処分により損害を受けるおそれのある者」にも,(ロ)「その他当該処分又は裁決の無効確認を求めるにつき法律上の利益を有する者」にもかかるようにも見える。しかし,後続処分により損害を受けるおそれがある場合は,現在の法律関係に関する訴えによって目的を達しえない場合の典型的な場合であって,それ自体自足的な例示と解釈すべきである。したがって,同条において,前記文言は,(ロ)の者のみにかかり,(イ)の者にはかからないと解すべきである。原告は,国税徴収法34条により,本件課税処分の後続処分としての納付告知処分を受け…これによって損害を受けるおそれのある者,すなわち右(イ)の者に該当し,前記文言の制限を受けることなく無効確認の訴えを提起しうる。

(二) 予備的請求における原告適格

行政事件訴訟法9条にいう「当該処分又は裁決の取消を求めるにつき法律上の利益を有する者」とは,当該処分の名宛人たる被処分者を含むことは当然であるが,これに限られるものではない。会社に対する課税処分についていえば,当該会社の清算人,株主等もまた,同条にいう法律上の利益を有する者に該当する。これらの者は,右の処分により,当該法人に対して滞納処分を執行してもなおその徴収すべき額に不足ありと認められる限り,その滞納にかかる国税につき第二次納税義務を負う者であるが(国税徴収法34条),残余財産のない解散会社の場合には,必ず納付告知処分を受け,滞納処分をなされる者であって,右処分によって当該法人が負う第一次的な納税義務が取消によって効力を失わない限り第二次納税義務を免れることはできず,したがって,右の処分の取消によってその地位を免れうる法律上の利益を有している。国税徴収法34条は,第二次納税義務の発生について,当該法人に対する滞納処分等の執行を前提としているが,これは,第二次納税義務者にその義務を負わしめるための当然の手続を指しているものにすぎず,また,これらの処分は,第二次納税義務者に対する告知処分の決定制限期間(国税通則法70条)を経過しない限り処分庁において任意にこれを決定できるのであって,もし当該法人に対する滞納処分や第二次納税義務者に対する告知処分がなされない限り当該法人の清算人や株主に法律上の利益が生じないものとすれば,処分庁は,行政事件訴訟法14条所定の取消訴訟の出訴期間である3か月の経過後に右滞納処分や告知処分をすることにより,第二次納税義務者の出訴権を容易に剥奪しうることになる。したがって,行政事件訴訟法9条は,当該法人自体に対する滞納処分や第二次納税義務者に対する告知処分の前後を問わず,第二次納税義務者たるべき者に無効確認の訴えにおける原告適格を認めているものというべきである。

また,会社に対する課税処分においては,当該会社の清算人は,第二次納税義務者としてばかりでなく,その固有の利益として行政事件訴訟法9条の定める法律上の利益を有している。清算人は,善良なる管理者として清算事務を行なう義務があり,第三者たる当該会社の株主に対して損害賠償責任を負う者である(商法419条,430条2項,254条の3,266条の3)。したがって,会社に対する違法な課税処分に対してその取消を求めることは,当該会社の清算人たる者の義務であるというべきである。もとより,被処分者である当該法人自体にもまた法律上の利益があり,これが存続するかぎり,その解散後においても代表清算人によって取消訴訟を提起しうることは明らかである。しかしそのことは,清算人が固有の法律上の利益を有していることとは別問題である。特に,本訴においては,訴えの提起時にはすでに被処分者たる訴外会社は存在せず,その代表清算人も存在していなかった。かかる場合に,訴外会社に対する課税処分が違法であることが明らかであるにもかかわらず訴外会社の清算人にその取消訴訟の提起が認められないとすれば,訴外株主は第二次納税義務者としての納税義務を免れず,ひいては,右清算人も訴外株主の右納税義務負担による損害を賠償すべき危険にさらされることになる(商法266条の3)。よって,原告のごとき清算人も,会社に対する課税処分の取消を求めるにつき,その固有の法律上の利益を有する者であって,単に当該会社が課税処分の取消を受けることの反射的利益を有するにとどまる者ではない。

2  審査請求前置主義との関係について

右の点に関する被告の主張は,行政事件訴訟法9条にいう法律上の利益を有する者を被処分者に限るとの誤った解釈に立ち,国税通則法115条1項及び行政事件訴訟法8条を原告適格に関する規定と混同しているものである。

国税通則法115条1項において不服を申立てることができる者は,被処分者及びその地位の承継者に限られるところ,会社に対する課税処分において当該会社の清算人がこれに該当しないことは明らかであって,清算人が独立して不服申立人となることは不可能である。同項の定める不服申立の前置手続は,処分の取消を求める行政訴訟提起のための要件ではあるが,原告適格の要件ではない。もしこれを原告適格の要件と解するときは,処分の取消の訴えが認められるのは被処分者又はその地位の承継人に限られ,同法9条の「取消につき法律上の利益を有する者」という明文の規定に反することになる。したがって,不服申立人において適法に不服申立手続を経ていれば,原告適格者が取消訴訟を提起しうるのはいうまでもないことである。してみれば,本件課税処分においては適法な不服申立人により適法に不服申立手続が履践されているのであり,何ら訴訟要件に欠けるところはない。

四  請求原因に対する認否

1  請求原因1は否認する。

2  同2ないし5はいずれも認める。

3  同6のうち,訴外会社が昭和59年6月21日に清算結了登記を経由したことは認め,訴外会社が同年1月23日に清算を結了したことは明らかに争わないが,その余は争う。

4  同7のうち,本件課税処分が,訴外会社がその貸借対照表の計上した預り金4,500万円が訴外会社が神戸市から受領した同社の補償金収入であるとの認定のもとに行なわれたものであることは明らかに争わないが,その余は争う。

五  原告の本案の主張

1  主位的請求について

本件課税処分に重大かつ明白な瑕疵があるとする理由は,次のとおりである。

(一) 訴外会社は,昭和58年6月1日から清算手続に入り,解散公告の上,全財産の換価とともに全債務を完済し,昭和58年12月6日及び同月7日の両日にわたり,訴外株主に,一株あたり残余財産中預り金500円及び配当金100円の合計額である600円を第一次分配金として交付した。そして,昭和59年1月23日に至り,不良債権等の処理がすべて終り,知れたる債務がすべて完済されたことを確認し,これによって最終的な残余財産が確定したので,商法427条により株主総会を開催し,清算結了の報告とともに決算報告書を提出し,一株あたり21円90銭になる旨の最終の残余財産分配額を示してその承認決議を得た。そして,同年2月20日,右決算報告書を被控訴人に提出し,同年6月21日清算結了の登記をなした。

(二) しかるに,本件課税処分は,訴外会社がすでに清算を結了し,清算結了の登記も経由された後になされたものである。そして,会社は,第三者に対しては清算結了の登記によって法人格を喪失し,消滅するのであり,右清算結了の登記には,商法12条により,一般的効力としての対抗的効力が認められるというべきであって,本件課税処分は,すでに消滅した会社に対してなされたものということができる。

(三) また,被告は,訴外会社が清算結了の登記をなす前に,再三にわたり法人税の修正申告をするように指導したものであり,訴外会社は課税されるべき租税があることを知りながらあえて清算結了の登記を行なったので,手続的に被告に対抗しえないというが,かかる課税されるべき租税は存在せず,まず,訴外会社が被告より修正申告をするように指導を受けたことは一度もない。訴外会社は本件課税処分の対象となった本件事業年度の法定申告期限内に法人税の確定申告をしているので,これにより当該事業年度の法人税額は確定している。課税されるべき租税とは,納税義務が成立し,しかもその税額が確定していない租税を指すのであって,無申告の場合は納税義務が成立しているにもかかわらず税額が確定していないので,更正処分がなくても課税すべき租税が存在するが,確定申告がなされたならば,これにより税額も確定するので,更正処分がなされない限り,これ以外に課税されるべき租税は存在しないのである(国税通則法15条,16条)。訴外会社は,解散の手続にあたり,決算報告書と源泉徴収義務者としての解散届出書を添えて解散した旨を告知し,更に,三度にわたって解散公告をしているにもかかわらず,被告は,約1年間これを放置し,訴外会社の清算が結了し,株主総会の決議を経て昭和59年2月20日に清算確定申告書が提出された後の同年3月23日になってはじめて調査に着手し,同年4月16日にこれを終えた。そして,訴外会社は,その調査の最終日に,その会計処理の説明と,それが正しい旨の文書を被告に提出している。それ以後,本件課税処分の通知があるまで,被告からは何の調査もなく,訴外会社は被告がこれを是認してくれたものと信じていたものである。清算結了の登記が遅れたのは,被告が所得税の還付を延引したからであって,訴外会社には何ら手続的不正は存在しない。

(四) さらに被告は,更正,決定等の期間制限(国税通則法70条)は除斥期間であるとし,その期間内はいかなる会社に対しても更正処分をなし得るから,納税義務は存続し,かかる納税義務の存する間は,仮に清算結了の登記をなしても法人格は消滅しないとするが,国税通則法では,その第5条において相続について,第6条においては合併法人について,第7条においては法人格なき社団の財産を承継した法人について,それぞれ,その国税の納付義務の承継を認めているが,その承継にあたっては,明文で納税義務の確定や更正等の期間制限の適用を除外しているのであって(同法5条1項),これによれば,死者や消滅法人にまで納税義務を認めているのではないことは明らかである。このことは,同法に規定がなく,納税義務の承継など存在しないその他の消滅法人についても当然の理である。法人格が存在するからすべての権利義務が存在するのであって,納税義務が存在する間は法人格は消滅しないというのは,誠に奇妙な見解である。もし,かかる期間被告がいつでも更正処分をなしうるとすれば,清算人としては,いつ,どのような処分があるかわからず,第二次納税義務を課されないため,少なくとも3年間清算結了を控え,残余財産の分配をしないようにしなければならず,誠に不合理である。

2  予備的請求について

仮に以上の主張が認められないとしても,本件課税処分にあたり被告が訴外会社の補償金収入であると認定した4,500万円は,以下に述べるとおり,神戸市から訴外株主に支払われた補償金を訴外会社が一時的に預っていたものにすぎず,訴外会社の収入たる性質を有するものではない。

(一) 訴外会社設立の経緯

訴外会社は,昭和37年5月28日,肉牛仲買人及び食肉販売業者50数名によって設立され,荷受業務を開始した。

その設立の趣旨は,昭和36年,生鮮食料品の流通改善のため新卸売市場が開設され,神戸市も農林省より4億円の補助金の交付を受けたが,右補助金の交付については,従来の個々の卸売人制度を廃止し,卸売業を目的とする荷受会社を設立することが条件とされていたところ,当時の有力な食肉卸売人がこぞって右荷受会社の設立に反対したため,神戸市は困り果て,肉牛仲買人であった故上野政一に懇請したところ,同人が中心となり,新制度による肉牛の供給,価格の安定による仲買業界の利益を説き,併せて,神戸市の窮状を救おうとして,訴外株主に働きかけてこれを設立したものである。

(二) 神戸市の背信行為とその後の経過

神戸市は,右訴外会社の設立の趣旨に照らし,当然訴外会社に荷受会社としての許可を与えるべきところ,新卸売市場が開設されるや,反対勢力の食肉卸売人が訴外会社に対抗して設立した神戸食肉荷受会社と結び,自らがこれに三割の出資をし,右会社の名称を神戸中央畜産荷受株式会社と改称して,農林省を通じ自らこれに許可を与え,しかも,荷受会社はこれを一社に限る旨の条例を制定し,訴外会社を非合法会社として,その業務の廃止と解散を求めるに至った。

神戸市がかかる背信行為をとり,また,神戸中央畜産荷受株式会社と訴外会社を一本化することという農林省の許可条件を無視したことに対し,訴外株主はこれに猛烈に反発し,神戸市に対して,条例を変更して卸売業者を二社とするか,神戸中央畜産荷受株式会社と訴外会社とを対等合併せしめ,訴外会社の役員を合併後の新会社の役員として受け入れることにより卸売業者の一本化を図ることを強硬に,主張し,法廷闘争も辞さない態度で業務を継続した。

これに対し,神戸市も一時は態度を軟化させたが,その後,訴外会社の要求に応じる動きはいつの間にか立ち消えとなり,以来,食肉卸売市場は,約20年間,右両社が反目を続ける中で事実上二社の卸売業者によって運営されてきた。

(三) 訴外会社の解散と補償金の支払の合意

右状況下において,昭和57年3月31日ごろから,訴外会社の解散を条件として,神戸市から訴外会社及び訴外株主に補償金を支払う旨の話が現実化し,訴外会社は弁護士貞松秀雄を,神戸市は同奥村孝をそれぞれ代理人として,神戸簡易裁判所昭和57年(ノ)第135号調停事件において調停を行ない,同年9月18日の調停期日に次のとおりの内容の調停条項が作成された。

(1) 訴外会社は,この調停成立後6か月以内に,食肉市場における一切の業務を廃止し,市場内事務室を神戸市に明渡す。

(2) 神戸市は,訴外会社が右業務を廃止し,事務室を明渡した日から1か月以内に,業務廃止の補償金として金8,300万円を訴外会社代理人に支払う。

(3) 訴外会社と神戸市は,前2項に記載した以外,相互に何らの債権債務のないことを確認する。

(四) 本件補償金の性質についての覚書の作成と調停の成立

しかし,右条項の(2)は,訴外会社の要望とは異なるものであった。すなわち,訴外株主は,神戸市の懇請によって訴外会社の株主となったものであり,訴外会社の廃業・解散の最低限の条件として,少なくとも訴外会社設立当初の払込金である一株あたり500円の返還を受けられるような補償を求めていたからである。ところが,右調停当時,訴外会社は業務の減少による欠損に加え多額の不良債権を抱えており,仮に神戸市が提示する右8,300万円の補償金(以下「本件補償金」という。)を受領したとしても,これに対し,法人税,法人事業税,及び法人市民税を課せられる結果,実際の補償額はその半額にも満たないことになり,さらに,債務を完済すれば,訴外株主に対する残余財産の分配は皆無となる可能性があった。本件補償金は,訴外会社がその業務を廃止し,事務室を明渡さない限り支払われないもの,すなわち,訴外会社が解散せざるをえない状況に立ち至ってはじめて支払われるものであり,したがって,本来本件補償金を受領すべきは訴外株主であって,解散を決定づけられた一時的存在にすぎない訴外会社ではない。さらに,元来,このような補償金は,売上収益の代替としてなされるものではなく,解散に対する出資補償金であって,課税の対象とすべきではない性質のものである(法人税法22条2項,5項)が,訴外会社は,被告との間において法人税法上の解釈を巡って紛争が生じることのないよう,本件補償金中株式相当額である4,500万円は,訴外会社に対する補償金としてではなく,訴外株主に対する出資補償金としてこれを訴外株主に直接支払うよう要望していたのである。

そこで,右要望に応じるため,前記昭和57年9月18日の調停期日後,前記両代理人の間で,右条項(2)について,同条項が本件補償金のうち株式相当額である4,500万円は訴外株主に対する補償金として直接訴外株主に支払われる趣旨のものであるとする旨の覚書(以下「本件覚書」という。)を作成し,その後,同年11月2日の調停期日に,調停条項(2)を右覚書記載どおりの趣旨のものとする合意のもとに,文言上前記条項(1)ないし(3)と同内容の調停(以下「本件調停」という。)が成立した。

したがって,本件補償金8,300万円のうち,4,500万円は訴外株主に対する出資補償金,3,800万円は訴外会社に対する借家権その他の補償金として支払われる趣旨のものであることは明らかである。

六  原告の本案の主張に対する被告の反論

1  主位的請求について

(一) 清算結了の登記と会社の消滅の有無

会社は,その清算が結了したときは,清算結了の登記をしなければならない(商法134条)。したがって,清算結了の登記がなされた会社は既に消滅したものと一応推定することができる。しかし,清算結了の登記は,一般の商業登記と同様に事実を公示する効力を有するのみであって,事実を作出する効力を持たない。つまり,会社の設立登記は会社の成立要件であって創設的効力を有するが,清算結了の登記には会社の法人格を消滅させる効力はない。したがって,事実上清算が結了していなければ会社は消滅せず,清算が結了するまでは,会社の人格はなお存続する。

(二) 納税義務の成立及び納付すべき税額の確定

(1) 納税義務の成立

法人税においては,当該法人の事業年度の終了の時点で,その事業年度の法人税につき,課税要件が充足することになるから,納税義務も,この時点で成立するのである(国税通則法15条2項3号)。

したがって,本件においても訴外会社の本件事業年度の納税義務は,本件事業度末日である昭和58年5月31日が経過した時点で成立している。

(2) 納付すべき税額の確定

各国税の根拠法の定めるところにより成立した抽象的納税義務は,納付すべき税額を確定する手続を経ることにより具体的に確定する。

ただし,この場合の「確定」とは,判決の確定力などという場合の確定とは性格を異にし,いったん確定した税額が,その前提となる抽象的,客観的な納税義務の内容と相違するという理由で,更正等の除斥期間内は,更に二回,三回と重畳的に変更確定されうるものである。

法人税は,申告納税方式を採用している(法人税法74条1項)から,納付すべき税額は,第一義的には納税者のする申告により確定する(国税通則法16条1項1号)。しかし,右の申告がない場合又は申告に係る税額の計算が国税に関する法律の規定に従っていなかった場合その他当該税額が税務署長等の調査したところと異なる場合に限り税務署長等の処分により納付すべき税額が第二義的に確定する(国税通則法16条1項1号,同法24条)のである。この意味において,納付すべき税額とは,納税者が結果的に納付しなければならないこととなる全ての租税をいうのである。

したがって,本件についてみると,訴外会社の納付すべき税額は,被告の本件更正処分により,第二義的に確定したのである。

(三) 結論

本件更正処分により,訴外会社の本件事業年度の納付すべき税額は,第二義的に確定したのであるから,訴外会社の清算事務は事実上結了していなかったことになり,清算事務が結了していない以上,同社は消滅しておらず,租税債務の納付という清算事務の範囲内でなお存続するのである。

したがって,本件更正処分は,訴外会社の清算結了の登記後になされたものであっても,同社は未だ消滅していなかったのであるから,この点に何らの瑕疵はなく,ましてや重大かつ明白な瑕疵はない。

2  予備的請求について

本件補償金は,次に述べるとおり,その全額が訴外会社に帰属するものである。

(一) 地方公共団体が調停を成立させるためには,議会の議決を経ることを要するものであるところ(現行の地方自治法96条1項12号),本件調停によれば,訴外会社が神戸市中央卸売市場西部市場における業務を廃止し事務室を明け渡すことを条件に,神戸市が訴外会社に対して業務廃止補償金として8,300万円を支払うというものであり,その支払方法は,「相手方(神戸市を指す。)は,申立人(訴外会社を指す。)に対し,……持参し又は送金して支払うこと。」とされており,神戸市が訴外株主個人に支払うとの調停条項はなく,調停の内容は神戸市が訴外会社に対し本件補償金を支払うものであることは明白である。

(二) ところで,本件覚書は,作成月日の記載がないばかりか,本来本件覚書は,調停内容の疑義をなくし明確にするものに過ぎないから,本件覚書をもって本件調停の明文の条項を変更するような解釈をすることは許されない。このことは,議会の議決を必要とする地方公共団体を当事者とする調停の場合には,特に要請されることである。

しかるに,原告は,要するに本件覚書によって,本件補償金のうち4,500万円についての受取人を訴外会社から訴外株主に変更したものであると主張するものであって,かかる主張は,調停条項の重要部分について,その明文に反する解釈を求めるものであり,失当であるというべきである。

(三) また,仮に,本件覚書により本件補償金のうち4,500万円の受取人を訴外株主とする調停が成立したと解されるとしても,本件覚書は調停に関する代理権の範囲を超えて作成されたものであるから神戸市の意思表示とはなり得ず,効力を有するものではない。

第三証拠

本件記録中の書証目録に記載のとおりであるから,これを引用する。

理由

一  主位的請求について

1  被告の本案前の抗弁について

無効等確認訴訟の原告適格に関する行政事件訴訟法36条の法意を検討するに,「当該処分又は裁決に続く処分により損害を受けるおそれのある者」は,そのこと自体により無効等確認訴訟の原告適格を有するものと解するのが相当である。

そして,被告が訴外会社に対して本件課税処分をなしたことは当事者間に争いがなく,原告が訴外会社の清算人であることは弁論の全趣旨によりこれを認めることができるところ,訴外会社の清算人たる原告は,訴外会社に対する本件課税処分の結果,国税徴収法34条により本件課税処分の後続処分としての納付告知処分を受け,これによって損害を受けるおそれのある者として,行政事件訴訟法36条の「現在の法律関係に関する訴えによって目的を達することができ」るか否かにかかわらず,無効確認の訴えを提起しうる。

以下に反する主位的請求についての被告の本案前の主張はこれを採用することができない。

2  そこで,本件課税処分における重大かつ明白な瑕疵の存否について判断するに,本件課税処分がすでに法人格を失った訴外会社に対してなされたものであるといえず,したがって重大かつ明白な瑕疵を有しないことは,被告主張のとおりである。

すなわち,法人は,その解散により直ちに法人格を失って消滅するものではなく,その清算が結了するに至るまでは,清算中の法人としてなおその法人格が存続するのであり,清算結了の登記が経由されれば,外形的には清算事務が終了し,会社が消滅したものとの推定を受けるが,清算が結了したかどうかは事実問題であって,清算結了登記の有無のみをもって,法人格を喪失したか否かを判断することはできない。清算中の法人は,すべての資産を処分するとともにすべての負債を支払い,残余財産を株主に分配し終った時に清算が結了するのであり,右すべての負債の支払に納税義務の履行が含まれることは当然であって,たとえ清算結了の登記が経由されたとしても,当該法人にかかる法人税の徴収手続がその財産につき完全に終了するまでは,その限りにおいてその法人の清算は結了せず,なお法人格が存続するものといえる。

そして,法人税の納税義務の範囲は,抽象的に成立した租税と具体的に確定した租税のすべてにわたるものであって,納税義務の成立及び納付すべき税額の確定について被告が主張するところはいずれも妥当であり,訴外会社が本件事業年度について納付すべき税額は被告の本件更正処分によって確定し,したがって,訴外会社の納税義務は本件更正処分時において存在し,訴外会社の法人格はその限りにおいてなお存続していたものということができる。

よつて,本件課税処分が訴外会社において清算結了登記を経由した後になされたことをもって,本件課税処分がすでに消滅した法人に対してなされたとはいえず,そのことは,たとえ原告主張にかかる各事実が認められたとしても何ら異なるものではなく,本件課税処分が重大かつ明白な瑕疵を有する無効の処分であるということはできない。

以上に対し,原告が清算結了登記の法的性質や納税義務の存否について縷々述べるところは,いずれもその独自の見解に基づくものにすぎず,当裁判所としてこれを採用することはできない。

二  予備的請求について

行政処分の取消訴訟において原告適格を有する者は,当該処分の取消を求めるにつき法律上の利益を有する者に限られ(行政事件訴訟法9条)右にいう「法律上の利益を有する者」とは,当該処分の法的効果として自己の権利利益を侵害され,又は侵害されるおそれのある者である。このことを本件についてみるに,まず国税徴収法に定める第二次納税義務は,主たる納税義務が申告又は決定もしくは更正等(以下「主たる課税処分等」という。)により具体的に確定したことを前提として,その確定した税額につき本来の納税義務者の財産に対して滞納処分を執行してもなお徴収すべき額に不足があると認められる場合に,租税徴収の確保を図るため,本来の納税義務者と同一の納税上の責任を負わせても公平を失しないような特別の関係にある第三者に対して補充的に課される義務であって,その納付告知は,形式的には独立の課税処分であるけれども,実質的には,右第三者を本来の納税義務者に準ずる者とみて,これに履行責任を負わせたものであり,第二次納税義務の納付告知は,主たる納税義務が確定したことを前提として行われるその徴収手続上の処分にほかならない(最高裁第二小昭和50年8月27日判決民集29巻7号1226頁参照)。そうしてみると,法人税の更正処分は,主たる納税義務者に対し,納税義務を確定させる法的効果を及ぼすものの,国税徴収法34条の定める第二次納税義務者に対しては,それのみによって,本来の納税義務者とは別個独立の納税義務を負担させるものではないのであって,すなわち,法人税の更正処分の法的効果は,本来的には,主たる納税義務者にのみ及び,第二次納税義務者には及ばないものということができる。したがって原告は,本件更正処分によって,その本来的な効果として自己の権利利益を侵害され,または侵害されるおそれがある者ということができない。

もっともこのように考えるとしても,原告には,本件更正処分によって第二次納税義務の履行責任を負担しなければならなくなるおそれが生じることは否めないし,本件のような,主たる納税義務者が不服申し立てをしなかったためにその納税義務が確定した場合に,もし本件更正処分に適法な金額を越えて所得を認定した違法があるならば,清算人においては,右の適法な金額の範囲を越えて第二次納税義務の履行責任を負担させられ,もって憲法の保障する財産権の侵害を受けるといえないではないから,そのようなことのないよう,法人税及び国税徴収法34条の関係法規が,行政権の行使に一定の制約を課しているか否かを検討すると,主たる納税義務が申告により確定する場合に,清算人は国税通則法23条の更正の請求ができないうえに,主たる課税処分を清算人に通知すべきものとされていない。のみならず,解散前に課税処分がなされた場合には当該法人が解散するに至るか,解散の場合には誰が第二次納税義務者に就任するかは未確定であり,同条の第二次納税義務が発生するか否かすら未確定であるといわざるを得ないのである。したがって主たる課税処分の根拠法規が,主たる納税義務者が不服申立をしなかったために,主たる納税義務が適法な金額を越えて確定した場合において,清算人が右適法な金額を越えて第二次納税義務を負担させられ,もって憲法の保障する財産権の侵害を受けることがないよう,行政権の行使に一定の制約を課しているものとはたやすく断定することはできない。

これらの諸点からすると,国税徴収法34条の関係では主たる納税義務の確定の結果第二次納税義務者が前示の履行責任を負担しなければならない危険を負うのはいわば主たる課税処分確定の反射的な効果に過ぎないものといわざるを得ない。

もっとも,本来の納税義務者の納税義務を確定した課税処分等が不存在,又は無効である場合は,前示のところそのまま妥当するものではないが,本件課税処分が不存在又は無効であるとはいえないことは,先に説示したとおりである。

よつて原告は本件課税処分等につき訴外会社から独立してその取消を求める法律上の利益を有するものということはできず,右訴訟における原告適格を有しないというほかない。

三  結論

以上のところによれば,原告の主位的請求は理由がないからこれを棄却し,また,本件訴えのうち原告の予備的請求にかかる部分は不適法な訴えであるからこれを却下することとし,訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条民事訴訟法89条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 岡部崇明 裁判官 植野聡 裁判長裁判官野田殷稔は転補のため署名押印することができない。裁判官 岡部崇明)

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