神戸地方裁判所 昭和62年(ワ)1407号 判決 1988年9月29日
原告
株式会社兵庫クレジットサービス
右代表者代表取締役
田中宣男
右訴訟代理人弁護士
西垣剛
同
八重澤總治
同
有馬賢一
右訴訟復代理人弁護士
平岡建樹
被告
兼城成徳
右訴訟代理人弁護士
南里和廣
主文
一 被告は、原告に対し、別紙物件目録記載の建物を明渡せ。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 主文第一、二項と同旨
2 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、訴外東中啓祐(以下「訴外東中」という)に対し、別紙貸付目録記載のとおり、金二五〇〇万円を貸付け、それを担保するために、昭和六〇年六月一八日、訴外東中の所有にかかる別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という)とその敷地につき抵当権設定契約を締結し、神戸地方法務局三田出張所同日受付第八八六八号をもってその旨の登記を経由した。そして、同時に、別紙賃借権目録一記載のとおり、停止条件付賃借権設定契約を締結し、その仮登記を経由した。
2 訴外東中は、昭和六一年五月一六日神戸地方裁判所において破産宣告を受けたので、同日、前記貸付金の残額(残元金は金二四五四万四〇八四円)につき期限の利益を喪失し、原告に対し、右残元金及びこれに対する右同日から完済に至るまで年三割の割合による約定遅延損害金を支払う義務を負ったが、その支払をしなかった。
3 そこで、原告は、右債権の弁済を受けるため、前記抵当権に基づき、神戸地方裁判所に対し競売申立(昭和六一年(ケ)第二二九号事件)をなし、昭和六一年六月二三日競売開始決定がなされ、同月二六日神戸地方法務局三田出張所受付第九五七一号をもって、その旨の登記が経由された。
また、原告は、本件建物についての前記停止条件付賃借権設定契約における停止条件が、訴外東中の債務不履行により成就したので、昭和六二年八月二八日神戸地方法務局三田出張所受付第一六一〇三号をもって前記仮登記に基づく本登記を経由した。したがって、原告は、本件建物につき別紙賃借権目録二記載のとおり期間満三年間の第一順位の賃借権を有している。
4 被告は、本件建物を占有している。
よって、原告は、被告に対し、賃借権に基づき、本件建物の明渡を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実のうち、原告主張の抵当権設定登記及び停止条件付賃借権設定仮登記が存在することは認めるが、その余は不知。
2 請求原因2の事実のうち、原告主張のとおり訴外東中が破産宣告を受けたことは認めるが、その余は不知。
3 請求原因3の事実のうち、原告主張のとおり、原告が抵当権実行に基づく競売申立をなし、競売開始決定がなされ、その旨登記されたこと、及び原告が本件建物について停止条件付賃借権設定仮登記に基づく本登記を経由したことは認めるが、その余は不知。
4 請求原因4の事実は認める。
三 抗弁(詐害性のない正当な短期賃借権の保有)
1(一) 訴外峰本守は、訴外東中に対し、昭和六〇年四月一六日に金一六〇万円を弁済期を同年五月一六日と定めて、同年九月二五日に金一〇万円を弁済期を同年一〇月二五日と定めてそれぞれ貸付けていたところ、各弁済期に支払を受けられなかったため、昭和六〇年一二月一〇日訴外東中との間で、右債務の弁済に代えて左記のとおり本件建物に賃借権を設定し、同時に賃借権設定仮登記手続に必要な書類一切を受領した。そして、昭和六一年四月一〇日頃、本件建物の引渡を受けた。
記
保証金 金五〇万円
期間 昭和六〇年一二月一〇日から三年間
賃料 一か月金一万六〇〇〇円。但し、三年分合計金五七万六〇〇〇円を前払し、訴外東中はこれを受領した。
賃借権の譲渡・転貸を認める。
(二) 訴外峰本守は、昭和六一年四月二一日、本件建物の賃借権を訴外鄭炳彩に譲渡し、同訴外人は、同月二四日、神戸地方法務局三田出張所同日受付第六三〇七号をもって賃借権設定仮登記を経由したうえ、同年六月一六日本件建物の賃借権を被告に譲渡し、被告は、同月二五日同法務局同出張所受付第九五三四号をもって賃借権移転仮登記を経由するとともに、その頃右建物の引渡を受けて以後これを占有している。
2(一) 被告は、右賃借権を取得した当時、訴外東中が原告に対して負担する債務の内容及び不履行の事実について全く知らなかったし、抵当権者である原告を詐害する意思も目的も有しなかった。
(二) 被告は、当時、母親のリュウマチの治療のため有馬温泉の近くに住まいを捜していたところ、訴外松本某から本件建物を紹介され、少なくとも三年間は使用できる旨の同人の言を信じ、右期間のみ本件建物を使用し、その間にまた適当な住まいを捜すつもりであった。
3 以上のとおり、被告は、本件建物について、詐害性のない正当な短期賃借権を有するのであるから、抵当権と併用された賃借権者である原告に対しては、その順位が遅れても対抗できるものである。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1の事実のうち、(一)は否認する、(二)は被告が昭和六一年六月頃から本件建物を占有していることを認めるが、その余は否認する。
2 抗弁2の事実のうち、(一)は否認する、(二)は不知。
3 抗弁3は争う。抵当権設定後、抵当権の目的物件が第三者に占有されると、競売手続に長時間を要することとなるうえ、当該担保物件が廉価にしか売却できなくなり、被担保債権の回収が困難となるおそれがある。これを避けるため、停止条件付賃借権設定契約を締結してその旨の登記を経由し、停止条件成就後本登記手続を経由した場合には、右賃借権に基づき、後順位の賃借権者の占有を排除することができるものというべきであり、この意味で、被告の抗弁は主張自体失当である。
第三 証拠<省略>
理由
一請求原因について
1 請求原因1ないし3の各事実のうち、本件建物について、原告主張のとおり、抵当権設定登記及び停止条件付賃借権設定仮登記が存在し、原告が競売申立をして競売開始決定がなされてその旨登記されたこと、原告が右停止条件付賃借権設定仮登記に基づく本登記を経由したこと、並びに訴外東中が破産宣告を受けたことは、いずれも当事者間に争いがなく、その余の事実については、<証拠>により、すべてこれを認めることができ、この認定に反する証拠はない。
2 請求原因4の事実は、当事者間に争いがない。
二抗弁について
1 原告は、請求原因事実の存在から、本訴請求は当然認容されるべきものであり、被告の抗弁は主張自体失当である旨主張するので、まずこの点から按ずるに、思うに、本件のように、抵当不動産につき、抵当債務の不履行を停止条件として抵当権者が賃借権を取得できるとの停止条件付賃貸借契約が締結された場合には、その目的は、抵当権設定登記以後競売申立に基づく差押の効力が生ずるまでに対抗要件を具備することによって抵当権者に対抗することができる第三者の短期賃借権を排除し、抵当不動産の担保価値の確保をはかることであると解されるが、右の目的から出た抵当権との併用賃借権をもっても、民法三九五条の認める範囲内での目的不動産の利用をしている正当な短期賃借権までをも排除することはできないものと解すべきである。けだし、元来、正当な短期賃借権は、先順位の抵当権にも対抗し得るのであるから、併用賃借権に抵当不動産の担保価値を保全する効力をもたせるとしても、保全さるべき担保価値は、正当な短期賃借権の負担つきの限度にとどまるものというべきだからである。したがって、結局、短期賃借権者が、詐害性のない正当な短期賃借権であることを抗弁として主張・立証した場合には、併用賃借権者の請求は棄却されるものと解するのが相当である。
そこで、以下、この考えに従って、抗弁についての判断を進める。
2 <証拠>を総合すれば、抗弁1の(一)及び(二)の各事実を認めることができ(以下、被告が本件建物につき取得した賃借権を「本件賃借権」という)、この認定に反する証拠はない。
3 前判示の事実(認定事実及び当事者間に争いのない事実)と、<証拠>を総合すれば、次の事実が認められる。
(一) 被告は、昭和六一年六月一六日本件賃借権を取得したが、それより一週間程前に本件建物に入居した。そして、訴外東中が破産宣告を受けたのが同年五月一六日、本件建物につき競売開始決定がなされたのが同年六月二三日である。
(二) 被告は、訴外松本某の紹介で、本件賃借権を譲受けたものであるが、その際、同人から、本件建物が早晩競売にかかること、及び三年間は居住できること、そして、もし競売にかかれば、自ら買受ければよい旨を聞かされており、被告自身も本件建物が競売される場合には買受けの申出をするつもりでいた。
(三) 本件賃借権の賃料は月額金五万円であるが、被告は、賃借権譲渡人である鄭炳彩に対し、三年分の賃料(合計金一八〇万円)を前払いしたうえ、保証金として金三五〇万円を支払った。
(四) 被告は、本件賃借権の期間は三年間にすぎないのに、金三〇〇万円位かけて、畳の入れ替え、床の補修、建物内の壁の塗り替え等の本件建物の補修を実施した。
(五) 不動産鑑定士野水俊彦作成の評価書によると、本件建物の評価額は、本件賃借権があるために、二五%、金額にして約金三七〇万円の減額を余儀なくされている。
(六) 右(一)ないし(五)に認定の諸事実を総合して考えれば、被告は、本件建物が間もなく競売されることを知っていたが、短期賃借権をもとに建物を占有していれば、その最低売却価額が滅額することが必至で、したがって、本件建物を廉価で買受け得る可能性もあることを知り、その目的をもって本件賃借権の譲渡を受けたものと推認することができる。そして、被告は、本件賃借権をもとに本件建物を占有することにより、抵当権者である原告が損害を受けることを十分承知していたものと思われる。このことは、被告が、わずか三年間という短期の賃貸借期間であるにもかかわらず、金三五〇万円という多額の保証金を支払い、かつ三年間の賃料合計金一八〇万円を前払いしたこと、約金三〇〇万円もかけて本件建物の補修をしたことからも窺われる。
被告は、訴外東中が原告に対し負担する債務について不履行の事実を全く知らなかった旨供述するが、本件建物が早晩競売にかかることは聞かされていたのであるから、これを信用することはできない。また、被告は、当時、母親のリュウマチ治療のため、有馬温泉近くの物件を捜していて本件建物を紹介してもらった旨供述するが、本件建物に居住してからの母親のリュウマチの治療の実際についての供述が全くなく、ただちにこれを措信するわけにはいかないうえに、仮に、母親のリュウマチ治療という目的があったとしても、これと前示の詐害目的とは併存し得るので、被告が同目的をもって本件賃借権を取得したことを覆すには足りない。
してみれば、被告の、詐害性のない正当な短期賃借権を有する旨の抗弁は、結局理由がなく、採用することができない。
三結論
以上によれば、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容するが、仮執行の宣言は相当でないからこれを付さないこととし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官増山宏)
別紙<省略>