神戸地方裁判所 昭和63年(ワ)269号 判決 1988年12月02日
原告
藤本清二
被告
柴田忠保
主文
一 被告は原告に対し、金七七四万八八六六円とこれに対する昭和六〇年一一月九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の負担とし、その一を被告の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求める裁判
一 原告(請求の趣旨)
1 被告は原告に対し、金一四二六万一七九三円とこれに対する昭和六〇年一一月九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 被告(請求の趣旨に対する答弁)
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 原告(請求原因)
1 交通事故の発生
(一) 発生日時 昭和六〇年一一月八日午後四時二〇分ころ
(二) 発生場所 神戸市中央区下山手通四丁目一七番三号先交差点(以下「本件交差点」という。)
(三) 加害車両 普通乗用自動車(神戸五七ふ一三一)
右運転者 被告
(四) 被害車両 自動二輪車(一神戸た九九九九)
右運転者 原告
(五) 事故態様 市道山手幹線を西から東に向け本件交差点に進入してきた加害車両が同交差点において右折南進する際、対向西進してきた被害車両と衝突した。
2 受傷・治療経過及び後遺症
原告は、本件交通事故により、外傷性くも膜下出血・脳挫傷・右大腿開放骨折等の傷害を受け、昭和六〇年一一月八日から昭和六一年二月二日まで八七日間、医療法人栄昌会吉田病院(以下「吉田病院」という。)に入院し、昭和六一年二月三日から同年一一月五日まで(実治療日数一一日間)同病院に、同年二月一〇日から同年一一月六日まで(実治療日数七日間)三菱神戸病院に各通院して治療を受けたが、右傷害は、昭和六一年一一月五日、頭重感・言葉がしやべりにくい・右指先が使いにくい等の自覚症状及び脳波異常と軽度の右上下肢深部・腱反射昂進・構語障害・記憶力低下・計算力低下・記名力障害等の他覚症状(頭部に頑固な神経症状を残すものとして、自賠法施行令別表第一二級第一二号に相当する程度のもの。)並びに、両眼に半盲症(自賠法施行令別表第九級第三号に相当する程度のもの。)の各後遺症(右各後遺症は併合して自賠法施行令別表第八級と認定された。)を残して症状固定した。
3 責任原因
被告は、本件交通事故の発生につき、左右安全確認義務違反の過失があるから、民法七〇九条により原告の被つた損害を賠償する責任がある。
4 損害
(一) 治療費 金一七〇万五八五九円
(二) 入院雑費 金六万九六〇〇円
ただし、一日あたり八〇〇円の八七日分
(三) 付添看護料 金四七万七二六〇円
原告は、昭和六〇年一一月八日から昭和六一年二月二日まで職業付添人の看護を受け、その費用として右金員を支払つた。
(四) 通院交通費 金五万四三二〇円
(五) 休業損害 金四二三万六九六〇円
原告(事故当時三五歳)と同年齢の平均賃金月額金三四万九二〇〇円を基礎に休業期間三六四日(昭和六〇年一一月八日から昭和六一年一一月五日まで)の休業損害
(六) 入・通院慰謝料 金一二〇万円
(七) 後遺症逸失利益 金一六九一万七二八一円
原告は水道配管業を営んでいるものであるが、その作業は道路面下の地中に水道管を配管することであり、管と管の接合は体力を要する手作業であるところ、前記後遺障害により右半身が動きにくく、右手足にしびれ感があつて力が入りにくく、右作業をなすことに困難があるほか、自動車運転にも不安があり、その他、日常生活面でも箸やペンが持ちにくいなどの不便がある。
原告は、症状固定時満三六歳であり、同年齢の平均賃金は月額金三六万〇一〇〇円であるところ、右後遺障害の実態に照らすと、原告は本件交通事故による後遺症により、症状固定時から一〇年間(ホフマン係数七・九四五)はその労働能力を平均して三五パーセント喪失し、その後の一〇年間(ホフマン係数五・六七一)はその労働能力を平均して二〇パーセント喪失したものというべきであるから、後遺症逸失利益は、次の計算式のとおり、金一六九一万七二八一円となる。
360100×12×(0.35×7.945+0.20×5.671)=16917281
(八) 後遺症慰謝料 金六〇〇万円
(九) 過失相殺
原告にも本件交通事故発生につき過失があるところ、一五パーセントの限度で過失相殺をすべきことは原告において自認する。そして、以上の損害金合計は金三〇六六万一二八〇円になるところ、右過失相殺後の損害額は金二六〇六万二〇八八円となる。
(一〇) 損益相殺
原告は、本件交通事故の損害金として被告からすでに一三三〇万〇二九五円の支払を受けたので、損益相殺後の損害額は金一二七六万一七九三円となる。
(一一) 弁護士費用 金一五〇万円
5 よつて、原告は被告に対し、不法行為に基づく損害金として、金一四二六万一七九三円とこれに対する本件交通事故の日の翌日である昭和六〇年一一月九日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 被告(請求原因に対する認否)
1 請求原因1事実は認める。
2 同2の事実中、原告が本件事故により、外傷性くも膜下出血・脳挫傷・右大腿開放骨折等の傷害を被つたこと、昭和六一年一一月五日を症状固定日とする後遺症診断書が作成されたこと、調査事務所によつて原告主張の後遺症等級認定がなされたことは認めるが、その余の事実は知らない。
3 同3の事実は認める。
4 同4の事実中、同一、三、四の各事実、同九の事実中、原告に本件事故につき斟酌すべき過失のあつたこと、同一〇の事実中、被告が原告に対し金一三三〇万〇二九五円を支払つたことは認めるが、その余は争う。
三 被告(抗弁)
原告は、本件交差点に進入する際、減速せず、かつ対向右折車両の動静の確認が不十分であつたし、毎時五〇キロメートルの制限速度を超過し、時速七〇ないし八〇キロメートルの高速度で走行した。
原告にも、本件事故発生につき、右交差点進入時の安全確認義務違反及び制限速度違反の過失が認められるから、右原告の過失は、本件損害額の算定にあたつて斟酌されるべきである。被告は原告の右過失割合につき四割を下回らないものと主張する。
四 原告(抗弁に対する認否)
すべて争う。
第三証拠
本件記録中の証拠目録記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
一 請求原因1(本件事故の発生)及び同2(責任原因)の各事実はいずれも当事者間に争いがない。
二 受傷・治療経過及び後遺症
請求原因2の事実中、原告が本件事故により外傷性くも膜下出血・脳挫傷・右大腿開放骨折等の傷害を被つたこと、原告主張の症状固定日に症状固定した旨の診断書が作成されたこと、自賠責保険のいわゆる事前認定で原告主張の後遺症等級認定がなされたことは当事者間に争いがなく、右当事者間に争いがない事実に、いずれも成立に争いのない甲第二、第三号証の各一、甲第四ないし第六号証、甲第七号証の一、二、甲第八号証並びに原告本人尋問の結果を総合すると、原告は、本件交通事故により、外傷性くも膜下出血、脳挫傷、右大腿開放骨折、左大腿挫傷、顔面打撲・挫傷、左膝・左手関節打撲捻挫等の傷害を受け、昭和六〇年一一月八日から昭和六一年二月二日まで八七日間、吉田病院に入院し(うち、二五日間は重症室を使用した。)、昭和六一年二月三日から同年一一月五日まで(実治療日数一一日間)同病院に通院して治療を受け、さらにこれと並行して同年二月一〇日から同年一一月六日まで(実治療日数七日間)三菱神戸病院に通院して眼科的検査及び経過観察の診療を受けたが、右傷害は、昭和六一年一一月五日、頭重感・言葉がしやべりにくい・右指先が使いにくい等の自覚症状及び脳波異常と軽度の右上下肢深部腱反射昂進・構語障害・記憶力低下・計算力低下・記名力障害等の他覚症状の後遺症(頭部に頑固な神経症状を残すものとして、自賠法施行令別表第一二級第一二号に相当する程度のもの。)並びに、右同名半盲・輻輳不全(自賠法施行令別表第九級第三号に相当する程度のもの。)の後遺症を残して症状固定したことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
そして、成立に争いのない甲第九号証の一ないし四及び三菱神戸病院眼科医師千葉剛に対する調査嘱託の結果によれば、原告は、右同名半盲・輻輳不全の後遺症により、視野が暗く、両眼共見つめるところから右半分(ことに右下方)が見にくく、近くを見る時視線が一致せず複視を生じる(新聞等を読むとき行を変えるとどこを読んでいるのかわからなくなる。)状態にあること、そのため、水道配管作業は不可能ではないが正確性に欠け危険であること、自動車運転は危険であるから中止すべき状態にあること、日常生活動作一般については支障はないが、動作は緩慢であり危険は伴うこと、右後遺症の回復可能性はないことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
三 過失相殺
前記当事者間に争いがない請求原因1の事実にいずれも成立に争いのない乙第一号証の二ないし八、一〇、一一、一六を総合すると、本件交差点は東西方向の市道山手幹線と南北方向の道路とが交差する信号機の設置された十字路交差点であること、市道山手幹線は最高速度時速五〇キロメートルの交通規制のある片側三車線(ただし、西行き車線の東側本件交差点は右折車線があり、合計四車線となつている。)の平坦なアスフアルト舗装道路であること、被告は、加害車両を運転して、西から東に向け本件交差点に進入し、右折するため右折合図をして交差点中央付近で一旦停止したところ、対向右折車線の対向車両が停止しているのを認め、対向西進してくる車両はないものと軽信し、対向直進車両の有無の確認をしないまま時速約一五キロメートルの速度で右折進行したところ、折から市道山手幹線を東から西に向け、時速約七〇キロメートルの速度で直進してきた原告運転の被害車両に全く気付かないまま、加害車両左側面部を被害車両前輪に衝突せしめ、原告を路上に転倒させたこと、原告は本件事故当時の記憶を失つており、事故直前の状況について供述できないが、前掲乙第一号証の四によれば、原告は加害車両が右折進行してくるのを少なくともその手前約一〇メートルの地点に認め、急制動の措置をとつたが及ばなかつたこと(衝突地点手前九・三メートルの地点から四・三メートルにわたり被害車両のスリツプ痕が認められる。)、当時、東西方向の信号機の表示は青色であつたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
右認定事実を前提に検討するに、右事実によれば、被告が対向直進車両の有無を確認することなく右折進行したことが本件事故の主たる原因であるが、制限速度を時速約二〇キロメートル越える速度で本件交差点に進入した原告の運転態度にも交差点における安全運転義務に違反した過失があるものと認めるのが相当であり、本件損害額の算定にあたつては、右原告の過失を斟酌するのが相当である。
そして、右原告・被告の過失の内容・程度その他本件にあらわれた諸般の事情を総合考慮すると、過失割合は、原告三〇パーセント、被告七〇パーセントと認めるのが相当である。
四 損害
1 治療費 金一七〇万五八五九円
請求原因4(一)の事実は当事者間に争いがないから、原告が本件事故により被つた損害としての治療費は金一七〇万五八五九円であると認める。
2 入院雑費 金六万九六〇〇円
前認定の八七日間の入院雑費としては、原告主張のとおり一日八〇〇円の割合で計算した金六万九六〇〇円をもつて本件事故と相当因果関係のある損害であると認める。
3 付添看護費 金四七万七二六〇円
請求原因4(三)の事実は当事者間に争いがないから、原告が本件事故により被つた損害としての付添看護費は金四七万七二六〇円であると認める。
4 通院交通費 金五万四三二〇円
請求原因4(四)の事実は当事者間に争いがないから、原告が本件事故により被つた損害としての通院交通費は金五万四三二〇円であると認める。
5 休業損害 金三七四万七七三五円
原告本人尋問の結果によれば、原告は、昭和四八年ころから水道配管の仕事に従事し、本件事故前は、水道配管業を自営して、一か月のうち二二、二三日程度就労し、一日一万八五〇〇円程度の収入をえていたことが認められるところ、必要経費を差し引いても、統計資料によつて認められる同年齢の平均年収四一八万八四四九円(平均月収三四万九〇四一円平均日収一万一四七五円。円未満切捨。以下同じ。賃金センサス昭和六〇年全労働者、産業計・企業規模計・三六歳ないし三九歳の項による。)を下回らない収入をえていたものと認めるのが相当である。成立に争いのない乙第二号証並びに原告本人尋問の結果によると、昭和五九年度の原告の所得税確定申告書には昭和五九年度の原告の営業収入は金三八二万円(経費二八二万円、純収入金一〇〇万円)と記載されていることが認められるが、右所得税申告書の記載は相当程度圧縮してなされたものと考えられるうえ、右原告の就労・収入実績に鑑みると、右は右認定を覆すに足りる的確な資料となるものではなく、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。そして、前認定の本件事故による原告の受傷の部位・程度、治療の経過、原告の仕事の内容に原告本人尋問の結果を総合すると、原告は、本件事故により昭和六〇年一一月八日から退院した日の三か月後である昭和六一年五月二日までの一七七日間は一〇〇パーセントの休業を余儀なくされ、昭和六一年五月三日から症状固定日である昭和六一年一一月五日までの一八七日間は本件事故前の収入の八〇パーセントにあたる収入をえることができなかつたものと認めるのが相当である。従つて、右期間の原告の逸失利益は、次の計算式のとおり、金三七四万七七三五円となる。
11475×(177+187×0.8)=3747735
6 後遺症逸失利益 金一五八一万五四五七円
前認定のとおり、原告は水道配管業を営んでいるものであるところ、原告本人尋問の結果によれば、かなりの重量の水道管を移動してこれを接続する業務が仕事の中心であつたが、本件事故後、仕事仲間の好意により同種の仕事に従事しているものの、前認定の後遺症のため、従前と同一の仕事はできず、穴掘り、穴埋め等の雑役に従事していることが認められる。
右事実並びに前認定の原告の後遺症の部位・程度に鑑みると、原告は、本件事故により被つた後遺症のため、原告主張のとおり、少なくとも症状固定日以降一〇年間(ホフマン係数七・六三七八。ただし、一一年のホフマン係数から一年のそれを引いて得られた係数)はその労働能力を平均して三五パーセント喪失し、その後の一〇年間(ホフマン係数五・五一三七。ただし、二一年のホフマン係数から一一年のそれを引いて得られた係数)は平均してその労働能力を二〇パーセント失つたものと認めるのが相当であるから、右労働能力喪失率及び労働能力喪失期間並びに前認定の年収四一八万八四四九円を基礎に、原告の後遺症逸失利益を算出すると、次の計算式のとおり、金一五八一万五四五七円となる。
4188449×(0.35×7.6378+0.20×5.5137)=15815457
7 慰謝料 金七二〇万円
前認定の原告の傷害の部位・程度、入・通院期間、後遺症の部位・程度、本件事故の態様その他本件にあらわれた諸般の事情を総合考慮すると、原告が本件事故によつて被つた精神的苦痛を慰藉すべき慰謝料としては、入・通院期間中のそれとして、金一二〇万円、後遺症その他のそれとして、金六〇〇万円の合計金七二〇万円(いずれも原告主張のとおり)をもつて相当であると認める。
8 過失相殺による減額
以上1ないし7の損害金の合計は金二九〇七万〇二三一円となるところ、前認定の過失割合(原告三〇パーセント、被告七〇パーセント)に従つて計算すると、過失相殺後の損害額は金二〇三四万九一六一円となる。
9 損益相殺
原告が被告からすでに金一三三〇万〇二九五円の支払を受けたことは当事者間に争いがないから、右損害金合計金二〇三四万九一六一円からこれを控除すると、損益相殺後の損害額は金七〇四万八八六六円となる。
10 弁護士費用 金七〇万円
原告が弁護士である原告訴訟代理人らに本件訴訟を委任していることは本件記録上明らかであり、相当額の着手金・報酬を右代理人らに支払うべきことは弁論の全趣旨により認められるところ、本件訴訟の内容、経過、立証の難易、認容額等諸般の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある損害として被告に請求しうべき弁護士費用は金七〇万円をもつて相当であると認める。
五 結論
以上の次第であるから、原告の本件請求は、右損害金合計金七七四万八八六六円とこれに対する本件事故後である昭和六〇年一一月九日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないのでこれを棄却し、訴訟負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 杉森研二)