大判例

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神戸地方裁判所伊丹支部 平成6年(ヨ)14号 決定 1994年6月09日

債権者

宝塚市(X)

右代表者市長

正司泰一郎

右債権者代理人弁護士

原井龍一郎

矢代勝

田中宏

債務者

藪野孝也(Y1)

大日建設株式会社(Y2)

右代表者代表取締役

日置文明

右債務者両名代理人弁護士

西川雅偉

主文

一  債権者において債務者らのために本決定送達の日から一〇日以内に金八〇〇〇万円の担保を供したときは、債務者らは別紙物件目録記載の土地において建築中の建物の建築工事を続行してはならない。

二  申立費用は債務者らの負担とする。

事実及び理由

第一  申立の趣旨

主文同旨

第二  事案の概要

一  争いのない事実

1  債権者は、地方自治法上の普通地方公共団体である。

債権者は、昭和五八年八月二日、「宝塚市パチンコ店等、ゲームセンター及びラブホテルの建築等の規制に関する条例」(以下「本件条例」という)を公布し、同日施行した。本件条例には、次の規定がある。

第三条 市内において、パチンコ店等、ゲームセンター又は旅館等(以下「指導対象施設」という。)の建築等をしようとする者は、あらかじめ市長の同意を得なければならない。

第四条 市長は、前項の規定により建築等の同意を求められた施設がパチンコ店等、ゲームセンター又はラブホテル(以下「規制対象施設」という。)に該当し、かつ、その位置が都市計画法(昭和四三年法律第一〇〇号)第七条第一項に規定する市街化調整区域であるとき、又は同法第八条第一項第一号に規定する商業地域以外の用途地域であるときは、同意しないものとする。

第八条 市長は、第三条の規定に違反して指導対象施設の建築等をしようとする者又は第六条に規定する市長の指導に従わない者に対し、建築等の中止、原状回復その他必要な措置を講じるよう命じることができる。

2  債務者藪野孝也(以下「債務者藪野」という。)は、別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)の所有者であるが、本件土地においてパチンコ店を営むことを計画し、平成四年一一月四日宝塚市長(以下「市長」という)に対し、本件条例三条に基づき建築同意申請をした。

市長は、同年一二月一〇日本件土地が準工業地域に属することを理由に右申請に対して不同意処分(以下「本件処分」という。)をした。そこで、債務者藪野は、平成五年一月一一日市長に対し、本件処分に対する異議申立をしたところ、市長は、同年二月一五日右異議申立を棄却した。

3  他方、債務者藪野は、平成四年一二月一八日と平成五年一月八日に宝塚市建築主事(以下「建築主事」という。)に対して建築確認申請書を提出したが、建築主事は、本件条例及び宝塚市開発指導要綱の手続が完了していないことを理由に右申請書の受理を拒否した。

これに対し、債務者藪野は、平成五年一月一一日付けで宝塚市建築審査会に対し、建築主事がなした右建築確認申請の不受理処分の取消を求める審査請求を行ったところ、右審査会は、同年二月二三日右不受理処分を取り消す旨の裁決をした。

債務者藪野は、同年三月一日建築主事に対して再度建築確認申請書を提出し、同年四月一二日建築主事より建築確認を受けた。

4  債務者大日建設株式会社(以下「債務者会社」という。)は、債務者藪野から本件パチンコ店の建築工事を請け負い、下請業者雲山組を使用して平成六年三月一五日本件土地においてパチンコ店建築の基礎工事に着手した。そこで、市長は同日債務者両名に対して本件条例八条に基づき建築行為中止命令(以下「本件命令」という。)を発し、本件命令は同月一六日債務者両名に到達した。しかるに、債務者両名は工事を中止することなく現在もこれを続行している(以下「本件工事」という。)。

二  争点

1  本件条例が財産権に対する制約を定めていることは、憲法及び風営法に違反しないか。

2  行政庁が私人に対して民事執行により条例に基づく行政上の義務の履行を求めることができるか。

第三  争点に対する判断

一  争点1について

1  本件記録によると、本件条例が制定されるまでの経過は、次のとおりであることが、一応認められる。

(一) 宝塚市の総面積は、一万〇一八九ヘクタールであり、そのうち市街化調整区域が七六九五ヘクタール、市街化区域が二四九四ヘクタールであり、用途地域のうち約八九パーセントが住居系の地域である。

(二) 宝塚市は、昭和四六年以来三次にわたり良好な住宅都市づくりを基本目標として町づくりを進め、昭和四六年からの第一次総合計画では「自然と調和する清らかで明るい住宅都市」を、昭和五六年からの第二次総合計画では「自然と心のゆたかな住宅都市」を、平成三年度からの第三次総合計画では「自然と心のゆたかな緑住文化都市の創造」を目標として総合計画を策定した。宝塚市の総合計画では、市内の住工混在地域については工場の移転や集団化を図ることにしており、工業団地を建設して工場の移転を誘導し、住居系の地域への純化につとめてきた。

(三) そして、宝塚市は、昭和五七年七月宝塚市環境基本条例(環境に関する施策の基本となる事項を定めることにより市民の快適かつ文化的な生活の確保に資することを目的とする。)を、同年一〇月宝塚市自然環境の保全と緑化の推進に関する条例(自然環境の保全と緑化の推進に関し必要な事項を定めることにより良好な環境の確保を図ることを目的とする。)、宝塚市都市の清潔に関する条例(都市の清潔に関し必要な事項を定めることにより良好な環境の確保を図ることを目的とする。)、宝塚市環境紛争の処理に関する条例をそれぞれ制定した。

(四) 本件条例は、昭和五八年八月二日宝塚市小浜三丁目でパチンコ店の建設計画に対する地域住民の反対運動を契機に制定され、その目的は、「市内におけるパチンコ店等、ゲームセンター及びラブホテルの建築等について必要な規制を行うことにより、良好な環境を確保すること」である。

2  本件条例と風営法との関係について

(一) 憲法九四条は、「地方公共団体は、・・・・法律の範囲内で条例を制定することができる。」と定め、地方自治法一四条一項は、「普通地方公共団体は、法令に違反しない限りにおいて第二条第二項の事務に関し、条例を制定することができる。」と定めている。右各規定は、条例制定権の根拠であり、その範囲と限界を定めるものであるから、地方公共団体は、法令の明文の規定またはその趣旨に反する条例を制定することは許されず、これらに反する条例は、その効力を有しないことは明らかである。

そして、ある条例が法令に反するかどうかは、単に両者の対象事項と規定文言を形式的に対比するのではなく、それぞれの趣旨、目的、内容及び効果を比較し、法令が当該規定により全国的に一律に同一内容の規制をする趣旨か、あるいは当該地方の行政需要に応じた別段の規制をすることを容認する趣旨であるかどうかによって判断すべきである。

(二) ところで、昭和五九年法律第七六号により「風俗営業等取締法」(以下「旧法」という)の一部が改正され、「風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律」(以下「風営法」という。)と題名が変更されるとともに、旧法下において都道府県の施行条例で規定されていた事項の多くの部分が法律に規定された。もっとも、営業の場所等地域の実情に応じて都道府県が自主的に定めるのが相当な事項については、条例(兵庫県の場合風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律施行条例、以下「風営法施行条例」という。)に委任された。しかし、条例で定めるべき内容の基準は、政令によって決められているので、条例制定に当たっての都道府県の裁量範囲は極めて狭くなった。

しかしながら、地域住民の生活環境としての清純な風俗環境の保全は本来的に地方公共団体が行うべき事務であることに鑑みると、風営法は、都道府県単位での全国的な最低限の基準を定めたものであり、各地方公共団体が地域の特殊性に応じて相当な範囲で風営法の規制を上回る規制をすることを排斥したものとは解されない。

(三) また、風営法及び風営法施行条例によれば、風俗営業が規制される地域を区分する指標として都市計画法上の用途地域(第一種住居専用地域、第二種住居専用地域及び住居地域)を用いている。しかし、用途地域は、都市計画の見地から指定されているものであり、風俗環境の保持という観点からみると用途地域の区分に応じて機械的に規制の対象とするか否かを分けることは、必ずしも相当とは言えない場合がある。例えば、準工業地域と指定されていても現実には住居地域に等しいと評価できる地域がある場合に、現在の用途地域の区分に従って規制の可否を判断すると、地域の実情に適合しない点が生じる。

したがって、各市町村が、地域の実情に応じた風俗環境を保持するために、地域の状況に即して、都道府県が風営法施行条例で定める地域以外の地域において条例をもって同様な規制をすることは、十分合理性があるものと認められる。

(四) 本件について見るに、前記認定の宝塚市の地理や環境、債権者の住宅都市の建設に対する基本方針等からすると、宝塚市内においては良好な住居環境、自然環境及び文化教育環境の確保という格別の行政需要があるものと認められ、右行政需要に応えるためには、条例により風営法以上の規制をする必要性があるものといえる。

3  本件条例の規制方法が相当であることについて

(一) 風営法及び風営法施行条例において、風俗営業は住居系地域では許可しないことを原則としているから、本件条例が実質的に規制の対象としているのは近隣商業地域、準工業地域及び工業地域に限定される。そして、本件記録によれば、宝塚市における右三地域の面積は合計二二一ヘクタールであること、そのうち準工業地域の約五二・三ヘクタールは阪神競馬場であること、したがって、実質的に規制される地域の面積は約一六八・七ヘクタールであり、同市の総面積の約一・六パーセントにすぎないことが一応認められる。

(二) 宝塚市ラブホテル等審査会設置規程第二条によれば、右審査会は本件条例第三条により市長の同意を求められた事案を審査し、その結果を市長に報告することになっている。

(三) 市長の同意を得ないで建築した場合等において、市長はその建築主に対して当該建築物の建築の中止、原状回復等を命ずることができるとしているほかに、同条例に制裁措置についての規定は存しない。したがって、建築主が市長の中止命令に従わないときは、市は工事中止を求める訴えの提起又は仮処分の申請をすることにより裁判所を通じてその目的を達成せざるを得ない。

他方、風営法では、同法に基づく許可を得ないでされた営業に対して一年以下の懲役もしくは五〇万円以下の罰金を科すこととし、刑罰をもってその実効性を担保しようとしている。

(四) 以上のような、本件条例は不同意とする対象地域を一義的に限定しており、しかもその範囲は広大とはいえないこと、同意又は不同意の処分をするに当たり審査会に諮間するという慎重な手続を定めていること、制裁の内容、程度において風営法と格段に差があること等の諸事情に照らすと、本件条例の規制方法は、前記必要性に比例した相当なものであるものと認められる。

4  以上の点からすると、本件条例は、風営法に抵触するものではなく、したがって、憲法に反するものでもない。

二  争点2について

1  前記争いのない事実によると、債務者らの施工している本件工事が本件条例に違反していることは明らかであるから、宝塚市長のなした本件命令は、適法なものと認められる。したがって、債務者らは、本件工事を中止すべき行政上の義務を負担している。

2  ところで、債務者藪野は、本件工事に関して建築確認を受けている。しかしながら、建築確認は建築基準法の定める技術的基準に適合するかどうかを判断するものであり、本件条例は良好な環境を確保する目的で一定の地域におけるパチンコ店等の建築を規制するものであるから、建築基準法と本件条例とはその目的を異にするものである。したがって、建築確認を受けたからといって本件条例に適合するものではなく、債務者藪野は、債権者の本件命令に基づく本件工事を中止すべき義務を免れるものではない。

3  【要旨】本件条例には、建築等の中止命令に従わない場合に行政上これを強制的に履行させるための定めがなく、またその性質上行政代執行法上の代執行によって強制的に履行させることもできない。このような場合においては、行政庁は、裁判所にその履行を求める訴を提起することができるものと解すべきである。何故ならば、本件のように行政庁の処分によって私人に行政上の義務が課せられた以上、私人がこれを遵守すべきことは当然であるにもかかわらずこれを遵守しない場合において、行政庁が履行確保の手段がないために何らの措置をとりえないとすることは行政上弊害が生じ、公益に反する結果となって不合理であるからである。

4  右のように、行政庁が私人を被告として行政上の義務の履行を求める訴を提起することができる場合においては、右履行請求権を被保全権利として仮処分を求めることができるものと解すべきである。したがって、本件においては、本件命令に基づいて債務者両名に対して本件工事の中止を求める権利が被保全権利となる。

第四  保全の必要性

一  本件記録によると、次の事実が一応認められる。

1  債権者は、債務者藪野に対し、平成四年六月二五日付で本件条例の写を添付のうえ当該地域が準工業地域である旨を通知し、同年一一月四日本件条例に基づく同意申請書が提出された際に本件条例の規制対象以外の建築をするよう指導し、同年一二月一〇日本件条例の規制対象以外の建築とする旨付記した本件不同意決定書を交付し、同年一二月二四日債務者藪野に対してパチンコ店の建築基準の中止を求める指導通知書を送付した。

2  債権者は、債務者藪野に対し、平成五年三月四日建築準備行為を中止するよう再度指導勧告通知書を送付し、同年四月一二日建築準備行為中止命令書を送付した。

3  債権者は、平成六年二月二二日債務者会社の現場責任者に対して建築準備行為中止命令書の写を手渡して条例を守るよう指導し、同年三月四日債務者会社及び同社の下請業者の雲山利昭に対し指導勧告書を送付した。

二  以上のような行政指導や前記の中止命令にもかかわらず、債務者両名は本件工事を続行しているのであるから、建物が完成すると本件命令の実効性がなくなるおそれがある。したがって、保全の必要性があるものと認められる。

(裁判官 村岡泰行)

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