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神戸地方裁判所伊丹支部 平成9年(ワ)327号 判決 2000年3月22日

原告

破産者甲野病院こと

甲野太郎

破産管財人朝本行夫

被告

株式会社アイ・ライフ

右代表者代表取締役

小澤尚夫

右訴訟代理人弁護士

美並昌雄

主文

一  被告は、原告に対し、金四一四三万八三三四円及びこれに対する平成九年一〇月一日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。

二  原告と被告との間において、原告が別紙供託金目録(一)及び同(二)記載の各供託金の還付請求権を有することを確認する。

三  訴訟費用は、被告の負担とする。

四  この判決の第一項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  原告の請求の趣旨

主文第一、二項と同旨。

第二  事案の概要

一  原告は、甲野病院の名称で病院を営んでいた破産者甲野太郎(以下「破産者」といい、病院を「甲野病院」という。)の破産管財人である。破産者は、破産宣告前に、破産者が有し、あるいは将来取得する、①兵庫県国民健康保健団体連合会(以下「県国保」という。)に対する診療報酬(食事療養費等を含む。以下同様。)請求権、②社会保険診療報酬支払基金(以下「社保基金」という。)に対する診療報酬請求権を被告に譲渡し、その旨県国保、社保基金に通知した。被告は、右各債権譲渡に基づいて、①県国保から破産者へ支払われるべき平成八年一〇月ないし平成九年七月診療にかかる診療報酬(国民健康保健分。以下「国保」という。)、②社保基金から破産者へ支払われるべき平成九年二月ないし同年七月診療にかかる診療報酬(社会保険分。以下「社保」という。)を受領し、その各一部を取得した。県国保、社保基金は、破産者の平成九年八月分以降診療にかかる診療報酬について、債権者不確知(原告又は被告)を理由に供託している。

本件は、右事実関係のもとで、原告が、被告に対し、右被告の取得した診療報酬金の返還と、右各供託金の還付請求権が原告に属することの確認を求めた事案である。

原告の主張は多岐に及ぶが、①右各債権譲渡を破産法七二条一号(一部につき予備的に同条二号、四号)に基づいて否認する、②右各債権譲渡は公序良俗に反し無効である、③右各債権譲渡は担保目的のためであるが、約定の被担保債権の弁済に充てられたもののほかは、その原因を欠く、とするものである。

二  前提事実(括弧内に証拠等を記載したもののほかは当事者間に争いがない。)

1  破産者は、平成九年一〇月三日午前一〇時、神戸地方裁判所尼崎支部において破産宣告を受け、同日原告がその破産管財人に選任された。

2  破産者は、平成八年一一月二六日付「診療報酬債権担保差入証」で、被告に対し、破産者の県国保に対する平成八年一〇月一日から平成九年九月三〇日までの診療にかかる診療報酬(支払期は平成八年一二月から平成九年一一月まで)のすべてを譲渡する旨約した(乙一。以下「本件第一債権譲渡」という。ただし、右債権譲渡は被告の破産者に対する債権の担保のためであり、被担保債権の範囲については争いがある。)。破産者及び被告は、平成八年一一月二六日、確定日付のある書面で本件第一債権譲渡を県国保に通知した(乙三)。

3  破産者は、平成九年三月二六日付「診療報酬債権担保差入証」で、被告に対し、破産者の社保基金に対する平成九年二月一日から平成一〇年一月三一日までの診療にかかる診療報酬(支払期は平成九年四月から平成一〇年三月まで)のすべてを譲渡する旨約した(乙二。以下「本件第二債権譲渡」という。ただし、右債権譲渡も被告の破産者に対する債権の担保のためであり、被担保債権の範囲については争いがある。)。破産者及び被告は、平成九年三月二六日、確定日付(同月二七日付)のある書面で本件第二債権譲渡を社保基金に通知した(乙四)。

4  被告は、破産者に対し、次のとおり金員を貸し付けた(以下「本件貸付」といい、各貸付は「本件貸付(一)」等という。乙六の1、2、乙七ないし一四、乙一九ないし二六、弁論の全趣旨)。

(一) 平成八年一一月二七日、金二三〇〇万円(被告主張の残元金なし)

(二) 平成九年一月二七日、金三〇〇万円(同残元金八二万五一五二円)

(三) 同年三月二八日、金四〇〇万円(同残元金二一三万一七四五円)

(四) 同年三月二八日、金一六〇〇万円(同残元金なし)

(五) 同年四月二一日、金六五〇万円(同残元金なし)

(六) 同年六月二日、金二一五〇万円(実質的に(一)の一部切り替え。同残元金なし)

(七) 同年八月五日、金五〇〇万円(同残元金なし)

(八) 同年九月二日、金一六〇〇万円(実質的に(六)の一部切り替え。同残元金一六〇〇万円)

(九) 同年一〇月三日、金一六五万円(実質的に(四)の一部切り替え。同残元金一六五万円)

5  被告は、別紙「甲野病院(貸付・診療報酬入金・返金・手形期日充当)状況表」記載のとおり、平成八年一二月二七日から平成九年九月三〇日までの間に、県国保、社保基金からの破産者の診療報酬金計一億九二四七万七四五三円を受領し(同表中「国保」とあるのが県国保からの入金、「社保」とあるのが社保基金からの入金である。)、同表記載のとおり内金一億五一〇三万九一一九円を破産者に返金し、残金四一四三万八三三四円を本件各貸付金の元利金等として取得した。

6  破産者破産宣告後、県国保、社保基金は、平成九年八月ないし平成一〇年一月の同病院診療にかかる診療報酬金を、これが原告に帰属するのか被告に帰属するのか確知できないとの理由で、別紙供託金目録(一)(県国保)、同(二)(社保基金)記載のとおり供託している。

三  争点

1  本件の争点の第一は、本件第一、第二債権譲渡が、破産法七二条一号所定の否認の対象となるか、にある。

原告は、「本件第一、第二債権譲渡当時、既に破産者は危殆に瀕しており、破産者は、その収入の大部分を占める国保、社保を被告に譲渡することが、他の一般債権者を著しく害することになると熟知していた。被告もまた、多額の融資を行う際、破産者の右経営状態を調査して把握していたはずであるし、そもそも一般市中銀行等からの借入が不能となったからこそ金利の高い被告に融資を申し込んできたことが明らかであったはずである。被告はいわゆる救済融資であると主張するが、本件第一債権譲渡は一年間分の国保全部を譲渡するというもの、本件第二債権譲渡は加えて更に一年間分の社保全部を譲渡するというものであって、被告の貸付金額との均衡を著しく失している。被告は、本件各貸付金返済分以外は破産者に返金しているというが、国保、社保共にいったんは全額被告に振り込まれるのであって、返金処理を行うか否かは被告の一存にかかっており、債権額に比して極めて過大、かつ強力な担保を設定したものであることに変わりはない。よって、原告は、本件第一、第二各債権譲渡を破産法七二条一号に基づいて否認する。」旨主張する。

被告は、「本件第一、第二各債権譲渡は担保目的のものである。本件第一債権譲渡は、本件貸付(一)にあたってなされたものであるが、当時破産者は尼崎信用金庫からの借入金の返済資金と必要運転資金を求めて被告に融資を求めてきた。本件貸付(一)はいわゆる救済融資であり、その担保のためにした本件第一債権譲渡は一般債権者を害するものではない。その後被告は、破産者の求めにより、本件貸付(二)ないし(五)、(七)と追加融資した(その余は既貸付金の切り替である。)が、いずれも甲野病院継続のために必要な資金であり、救済融資といえる。なお、本件第二債権譲渡は、本件貸付(四)に際して追加担保の趣旨でなされたものである。原告は、貸付額に比して過大の担保徴求であるというが、被告はその債権の回収分以外のものは現に破産者に返金処理している。なお、被告は、貸付開始にあたって甲野病院の調査はしたが、確実な担保(国保の債権譲渡)を条件としており、不動産関係等までの調査はしておらず、同病院の経営状況の詳細等は知らなかった。」旨主張する。

2  本件の争点の第二は、原告主張の破産法七二条二号、四号所定の否認原因の存否にある。

原告は、「①本件第二債権譲渡のなされた平成九年三月二六日(社保基金に通知が到達したのは同年三月二八日)当時、既に破産者は自己破産申立て、病院閉鎖を病院建物賃貸人に告げていた。また、同年四月二日には右賃貸人が病院内動産の差押え執行をしている。当時被告は本件第一債権譲渡で過大な担保を取得していたから、破産者には本件第二債権譲渡をする義務はなかった。よって、原告は、本件第二債権譲渡を破産法七二条四号に基づいて否認する。②また、国保、社保共に、債権が現実化するのは現実の診療行為がなされてからであるから、準物権行為としての債権譲渡の効果もこれによって生ずる。破産者は平成九年四月三〇日に手形不渡を出して支払を停止した。よって、原告は、破産者の平成九年五月一日以降の診療に起因する国保、社保については破産法七二条二号、四号に基づいてその譲渡を否認する。」旨主張する。

3  本件の争点の第三は、もともと本件第一、第二各債権譲渡が無効というべきか、にある。

原告は、「そもそも、病院収入の大半を占める国保、社保の全部を一年間にわたって譲渡するとの債権譲渡契約は、譲渡人(破産者)の営業活動に対し社会通念に照らして相当とされる範囲を著しく逸脱する制限を加え、他の債権者に不当な不利益を加えるものとして、公序良俗に反し、無効とされるべきである。」旨主張する。

4  本件の争点の第四は、本件第一、第二各債権譲渡の元となった譲渡担保契約における被担保債権の範囲如何、にある。

原告は、「本件第一債権譲渡は、平成八年一一月二六日付診療報酬債権担保差入証(乙一)に基づいてなされたものであるが、その被担保債権は本件貸付(一)のみであり、右貸付金以外の貸付金は被担保債権とされていない。本件第二債権譲渡は、平成九年三月二六日付診療報酬債権担保差入証(乙二)に基づいてなされたものであるが、その被担保債権は本件貸付(四)のみであり、右貸付金以外の貸付金は被担保債権とされていない。右本件貸付(一)、(四)の貸付金は被告の主張によっても既に完済されている。なお、被告は右各貸付金について実質的に切り替えたものがあるというが、これらについて改めて担保設定契約はなされていない。」旨主張する。

被告は、「本件各貸付は、いずれも診療報酬請求権の譲渡担保があることが前提となっており、甲野病院もこれを了承していた。」旨主張する。

第三  当裁判所の判断

一  争点一(破産法七二条一号の故意否認)について

1  証拠(後記括弧内に引用のもの)及び弁論の趣旨によれば、次の事実を認めることができる。

(一) 破産者は、昭和六〇年九月に、内科、外科、理学診療科を診療目的とする甲野病院を開設した。同病院は、兵庫県尼崎市東園田町<番地略>所在の建物(鉄筋コンクリート造陸屋根五階建)を蓮池設備工業株式会社(以下「蓮池設備」という。)から賃料月額三五八万円で賃借し、同建物で診療行為を行っていた。右開設にあたって、破産者は、約二億円の融資を受けてリース物件を含む機器等を整備した(甲二三)。

(二) 破産者は、開業資金返済、リース物件更新のため、昭和六三年一〇月に株式会社大信販から二億円、同年一一月に三和銀行から九〇〇〇万円を借り入れた。更に破産者は、三和銀行から、平成三年に三九五〇万円、平成四年三月に二〇〇〇万円を借り入れている(甲二三)。

(三) 平成四年五月から病院建物の賃料が月額三八七万円に増額されたが、破産者は前記多額の負債の返済からこれを支払いきれず、同年一〇月以降、賃料支払は当面月額二五〇万円とし、不足額の支払猶予を得た。

しかし、破産者は、右二五〇万円の支払も遅滞し、平成六年八月二四日、病院建物賃貸借契約を解除された。蓮池設備は、平成七年二月、右建物明渡等を求める訴訟を提起し、大阪地方裁判所は、平成八年一一月二七日、破産者に対して右建物を明け渡し、かつ、未払賃料等計一億〇五三九万円及び平成八年九月一日から右建物明渡済みまで月額三八七万円の賃料相当損害金を支払うよう命ずる判決をし、右判決は破産者からの控訴がなく、確定した。

(以上甲二〇、二一、甲七七)

(四) 破産者は、三和銀行に対する債務返済を滞らせ、平成七年八月、九月には兵庫県信用保証協会が同銀行に計七九五五万円余を代位弁済した(甲二七の1ないし4)。

破産者は、同年五月には国民金融公庫に融資申込みをしたが、拒絶され(甲三一の1、2)、同年一一月、平成八年六月には県内医療機関の連帯保証を得て兵庫県医療信用組合から各一〇〇〇万円の融資を受けた(甲三三の1ないし5)が、それでも足りず、平成七年一〇月にはマネージメント・ケイ株式会社から年利一八パーセントで二〇〇〇万円を借り受け、平成八年一月にも右貸付金返済と同時に同社から一四〇〇万円の貸付を受け(甲三二の1、2)、更に平成八年一〇月には、日乃出産業株式会社から実質年利四〇パーセントを超える高金利で一五〇万円を借り入れるようになった(甲七〇)。

その間、破産者は、平成四年一〇月分からの社会保険料、平成六年五月一五日以降を納期限とする労働保険料、平成八年五月三一日を法定納期限とする市県民税等を滞納している(甲二八の1、2、甲三〇の1ないし5)。

(五) その後破産者は、被告からの本件貸付(一)ないし(四)を受けたが、平成九年四月二日には蓮池設備から前記判決に基づく甲野病院内の動産差押執行を受けた(甲八〇)。

次いで破産者は、同年四月三〇日、リース会社に対する約束手形を不渡とし(甲六一)、リース会社は、右不渡を受けて甲野病院内のリース物件につき占有移転禁止の仮処分決定を得、同年五月二三日には右仮処分の執行をした(甲六二ないし六五)。

(六) 破産者は、兵庫県尼崎市内に自宅マンションを、岡山県に別荘等を所有していたが、自宅マンションについては平成七年三月に蓮池設備の仮差押、平成九年三月四日には尼崎社会保険事務所(厚生省)、同年五月二九日には尼崎税務署(大蔵省)の差押、参加差押、平成九年八月二二日には破産宣告前の仮回差押の各登記がなされ、別荘等についても右蓮池設備の仮差押登記がなされていた(甲一ないし六)。

(七) 甲野病院の経営行き詰まりを受け、株式会社そりでいる(代表取締役宮田政男)がこれに介入し、平成九年五月一日付で破産者と同社との経営委託契約(破産者が契約金五〇〇万円及び報酬月額三〇〇万円を支払うとするもの。甲五四)がなされ、同社主導のもとで債権者会議がもたれたが、不透明な説明等に債権者らが納得せず(甲五五、五六)、同年八月二一日の蓮池設備の申立て(甲二二)に基づき、同年一〇月三日、破産者に対する破産宣告がなされた。

本件貸付(五)ないし(九)は、右状況下でなされた(ただし、被告の主張では(五)、(七)を除く右各貸付は実質従来の債務の切り換えである。)。

(八) 破産宣告後も甲野病院としては入院患者等の関係で直ちに閉院はできず、管財人の元で診療を続け、平成九年一二月一六日に診療を終えて病院建物も明渡を了した(甲八九の2)。

2 右認定に基づいて検討するに、破産者が被告から融資を受けることとなって本件第一債権譲渡がなされた平成八年一一月二六日(乙一九。貸付実行は同月二七日)当時、破産者は既に経済的に破綻しており、甲野病院の収入の過半を占める国保を予め一括して被告に譲渡すれば、一般債権者の債権回収を害することとなる旨認識していたことが明らかである。すなわち、右1の(三)、(四)、(六)認定のとおり、当時破産者は一般の銀行等からは見放され、高利の借受に頼らざるを得ず、しかも病院経営の基盤をなす病院建物の明渡と一億円を超える滞納賃料等を訴求されており(平成八年一一月二六日は判決の前日である。)、事態改善の目途も立っていなかったのであり、かかる状態のもとで、病院の主要な収入源である当時及び将来の国保を一括譲渡すれば、被告の債権回収は容易であっても、他の一般債権者らはその引き当てとなるべき破産者の収入の大きな部分を失うことが明らかであるからである。したがって、本件第一債権譲渡は、破産者が破産債権者を害することを知ってなした行為として、破産法七二条一号による否認の対象となる。

また、本件第二債権譲渡は平成九年三月二六日付でなされているところ、当時すでに前記判決も確定し、病院建物明渡執行の現実の可能性も生じていたのであり、国保のみならず社保までを一括譲渡すれば、蓮池設備をはじめとする債権者らからの債権回収の途を奪うことになることが一層明らかであった。したがって、本件第二債権譲渡も、前同様否認の対象となる。

3  被告は、破産者の状態の詳細は知らず、事前の調査でも破綻状態に至っているとは判明しなかったと主張する。

しかしながら、被告との取引開始時の破産者の状態は前記1の(二)ないし(四)、(六)認定のとおりであり、二三〇〇万円もの融資をしようという被告が、これらの状態を全く知らなかったとは認め難い。被告は破産者の経済状態の調査結果として乙三〇(株式会社帝国データバンクの調査報告書)を挙げるが、これは取引開始の三年半余前の平成五年四月六日調査時点のものであるところ、ノンバンク大手と認められる被告が、このような古い調査結果で満足したとは思われない。また、被告は、取引開始にあたって破産者の確定申告書(乙二七)、国保振込通知書(乙二八の1、2)を徴して確認したというが、右乙二七によれば、破産者は繰越損失額及び当期の損失を計上し、源泉徴収税額の全額の還付を受けていることが見て取れる。

更に、仮に当初破産者の経済状態を見誤ったとすれば、その後の右1の(五)、(七)の事態は被告にとって、極めて心外のことと思われるのに、被告がこれに対処する措置を執った形跡はないのみならず、平成九年四月二一日には本件貸付(五)の、同年八月五日には本件貸付(七)の、新規貸付を実行している。

以上によれば、被告は、破産者の甲野病院が経営破綻に瀕していることを知りながら、確実な担保(国保、社保)を取ったとして、本件各貸付を実行、継続したものと推認され、右推認を左右するだけの証拠はない。

4 更に被告は、本件各貸付は甲野病院継続のために必要な救済融資であり、その担保のためにした本件第一、第二債権譲渡は否認の対象とならないと主張するところ、確かに、債務者が窮状を打開して営業を継続するために新規の融資を受けるに際して、相当の担保権を設定することは、右借入が不可欠で、使途もこれに限定され、かつ、融資額と担保物の価額との間に合理的均衡があるときは、社会的にみて相当性を有し、否認の対象とならないと解される。

これを本件についてみるに、まず、本件各貸付にあたり、破産者がその窮状を訴えたであろうことは容易に推認できるが、前認定の当時の状況によれば、本件各貸付によって破産者の営業(甲野病院)が立ち直ることは期待できず、単に当面の営業継続につながるのみであることが明らかであったといわなければならない。

ところで、国保、社保は病院の主たる収入源であるが、これが現実に発生するためには診療行為がなされなければならない。右診療行為には、破産者、他の勤務医、看護婦、事務員らの労働のほか、病院施設(本件では蓮池設備からの賃借物件)、リース機器を含む医療機器、医療品等の使用が不可欠である。他方、病院の持つ特殊性、すなわち病院建物明渡執行、リース物件引き上げ、医療器具差押等がなされると、患者、特に入院患者に深刻な影響を及ぼすとの事情から、債務不履行があっても、直ちにこれらの措置が講じられるとは限らない。かかる状況下、すなわち多額の債務不履行を抱えながら、ともかくも診療行為が継続される状態で、発生する国保、社保を譲渡担保に取っている債権者の立場は極めて有利となる。すなわち、右債権者は、とりあえず診療継続に必須の人件費、現金決済の薬剤等の支払資金を提供することにより、前記病院建物賃貸人、リース業者、公租公課等の事実上の犠牲の下で、国保、社保収入から、自己の債権の回収を、譲渡担保に取った国保、社保の継続入金の見込額の範囲内で、悠々となし得ることとなる。

また、本件各債権譲渡によって譲渡された国保、社保の額が被担保債権額を大幅に上回っている点にも大きな問題がある。被告は、貸付金の返済分を越える入金分は破産者に戻していると主張するが、県国保、社保基金との関係では、国保、社保の全部が譲渡の対象とされており、他の債権者には手が出せない状態にある(現に蓮池設備は、前記判決に基づいて国保、社保の差押を試みたが、県国保、社保基金から本件各債権譲渡を主張されている。甲二二)。右の様に当座の貸付金を超える債権譲渡を受けておくことにより、必要に応じて前記とりあえずの診療継続に必要な追加貸付も可能となるが、右措置が既存債権を有する一般債権者を害することは明らかというべきである。

以上のとおり、本件各貸付は、いわゆる救済融資の外形を有するが、これと一体となった本件各債権譲渡は、その実態からみて他の一般債権者等の利益を害することが著しいもので、否認権行使の対象となるといわなければならない。

二  以上の次第で、他の争点についてみるまでもなく、原告の本訴請求には理由がある。

(裁判官・小島正夫)

別紙

供託金目録(一)(二)<省略>

甲野病院状況表<省略>

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