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神戸地方裁判所伊丹支部 昭和44年(ヨ)25号 判決 1970年2月05日

昭和四四年(ヨ)第一六号事件申請人

同第二五号、同第一二一号事件被申請人

椿八重子

(旧姓笹原)

右代理人

木下肇

右同

玉生靖人

昭和四四年(ヨ)第一六号事件申請人

同第二五号事件申請人

京阪神急行電鉄株式会社

右代表者

森薫

昭和四四年(ヨ)第一六号事件被申請人

同一二一号事件申請人

広島隆一

ほか三名

右五名代理人

小林寛

右同

久保井一匡

主文

昭和四四年(ヨ)第二五号事件につき、被申請人は別紙目録記載の土地上にアパート、マンションその他の共同住宅または三階建以上の建物を建築してはならない。

昭和四四年(ヨ)第一二一号事件につき、被申請人は別紙目録記載の土地上に三階建以上のアパート、マンションその他の共同住宅を建築してはならない。

昭和四四年(ヨ)第一二一号事件につき、その余の仮処分申請および昭和四四年(ヨ)第一六号事件の仮処分申請は、これを却下する。

訴訟費用は、各事件を通じ、昭和四四年(ヨ)第一六号事件申請人(同第二五号、同一二一号事件被申請人)の負担とする。

事実

(昭和四四年(ヨ)第一六号事件)

第一  申請人の申請の趣旨と理由

一、申請の趣旨

被申請人らは、別紙目録記載の土地(以下本件土地という。)に立入るなどして実力をもつて、右土地上に申請人が鉄筋コンクリート三階建共同住宅(マンション)を建築することを、妨害してはならない。

との仮処分の裁判を求める。

二、申請の理由

(一)  申請人は、昭和四三年一二月三日申請外椿七十から、同人所有の本件土地を賃料月額一三、〇六六円で借受け、これを現に占有している。

(二)  申請人は、本件土地上に鉄筋コンクリート造三階建マンションの建築を計画し、昭和四四年一月二五日申請外星野建設株式会社との間に代金二八、二二三、六〇〇円で建築工事請負契約を締結し、同月二九日建築確認申請をなし、同年四月七日付建築主事の確認通知書を受領した。

(三)  ところが、被申請人らは、なんらの理由もなく右建築工事の着工を妨害せんとしている。そこで申請人は被申請人らの妨害を排除するため建築妨害禁止の訴を提起すべく準備中であるが、申請外会社はすでに建築資材の購入、地下室関係の残土の処理、人夫の調達その他の準備費用を支出しているため、建築に着工できないときには著しい損害を蒙むり、申請人においてこれが賠償を余儀なくされることは明らかであり、本案判決を待つていてはその間に申請人の蒙むる損害は計り知れないものがある。

(四)  よつて、申請人は、本件土地の占有権に基づき妨害の予防請求権を本案として、申請の趣旨記載の仮処分命令を求めるため、本件申請に及ぶ。

第二  被申請人の答弁

一、申請の趣旨に対する答弁

本件仮処分申請を却下する。

申請費用は、申請人の負担とする。

との裁判を求める。

二、申請の理由に対する答弁

(一)  申請の理由第一、二項は否認する。同第三項は争う。

(二)  本件土地上にマンションを建築しようとしている者は、申請人でなくて同人の父椿七十であつて、申請人は形式上の名義人に過ぎないのであるが、仮にそうでなく、申請人が真正な本件土地の賃借人であるとしても、申請人において賃借権の登記その他の対抗要件を具備していない以上、妨害排除請求権は発生しないし、また本件土地の占有権を有するとしても、占有訴権に基づいて妨害の排除ないし予防を求めることのできる範囲は、申請人が本件土地を現状更地のまま占有している状態を妨害され、あるいはそのおそれがある場合に、現状保全の限度でこれを排除しあるいは予防できるにとどまるから、本件マンションの建築の妨害を排除し予防を求めることはできない。

三、被申請人らの主張

(一)  被申請人京阪神急行電鉄株式会社(以下阪急という。)は、本件土地を申請人の実父椿七十に売却するに当り、本件土地上にアパートまたは三階建以上の建物を建築しない旨の特約を締結している(以下本件特約という。)ので、椿七十としては本件土地上にマンションなどを建築することはできないから、これを回避し付近住民からの度重なる抗議に対処するため便宜的な措置として、形式的に申請人名義を利用しているに過ぎず、本件土地を現に所有しかつ占有して本件マンションの建築を計画し申請外会社と工事請負契約を締結しているのは、申請人の実父椿七十なのである。

従つて、被申請人阪急は本件特約の効力として本件マンションの建築工事の禁止を求めえるのであり、またその他の被申請人らは、本件土地の周辺の土地を椿七十と同様の特約を締結して阪急から買受けた者として、本件特約の直接の受益者というべきであり、本件特約は第三者のためにする契約にあたるから、右被申請人らは本件特約の利益を享受しうる第三者として、本件マンションの建築禁止を求めえるものである。

(二)  仮に、本件マンションの建築主が椿七十ではなく、申請人であるとしても、申請人と椿七十とは形式的に別人格であるとはいえ、純然たる第三者ではなく実子であるから、当事者に準ずる地位にある者として信義則上の義務を負うものであつて、同様被申請人らは本件特約の効力を申請人に対し主張しうるものである。(以上(一)、(二)の主張の詳細は、昭和四四年(ヨ)第二五号、同一二一号事件における申請の理由記載のとおりであるから、これをここにに引用する。)

(三)  以上の主張がすべて認められないとしても、被申請人ら(阪急を除く)は、申請人の本件マンション建築によつて、その受忍限度を超えて住宅環境を著しく害されるものであるから、右建築の差止請求権を有する(右(三)の主張の詳細は、昭和四四年(ヨ)第一二一号事件の申請の理由のとおりであるから、これをここに引用する。)

(四)  以上、いずれにしても、申請人の本件マンションの建築は許されず、本件仮処分申請は失当であるから却下すべきである。

第三  被申請人らの主張に対する申請人

の答弁

(一)  被申請人らの主張に対する答弁は、昭和四四年(ヨ)第二五号事件および同第一二一号事件における被申請人の答弁のとおりであるから、これをここに引用する。

(二)  占有権に基づく妨害予防請求権は、抽象的にいえば、占有者の占有を妨害するような一切の行為を禁止することを内容とするものであるが、その具体的内容としては、現在発生するおそれのある妨害行為形態に対応する形で、その妨害行為をなしてはならないという請求権として発現する。従つて本件において、申請人が建築工事をなさんとする(これも占有の要素たる所持の一表現形態である。)のに対し、被申請人らは不法にもこれを妨害するという方法により、申請人の本件土地に対する占有・支配を妨害しようとしているのであるから、その仮処分命令は、単に申請人の本件土地に対する占有を妨害してはならないという一般的な文言によつて包括的に妨害を禁止するのではなく、本件土地に立入るなど実力によつて申請人の本件建築工事の妨害をすることにより申請人の占有を妨害してはならないという趣旨の命令文書が相当であり、かつそれで足りるものと考える。

(昭和四四年(ヨ)第二五号事件)

第一  申請人の申請の趣旨と理由

一、申請の趣旨

被申請人は、別紙目録記載の土地(以下本件土地という。)の上にアパート(マンション・文化住宅を含む)または三階建以上の建物を建築してはならない。

との裁判を求める。

二、申請の理由

(一)  申請人は、電鉄事業および鉄道の沿線開発のため住宅または住宅地を造成し、これを一般の顧客に分譲することを業とする株式会社であるところ、昭和三四年武庫山第四期分譲住宅地(九〇戸分)の造成を完成し、その頃いつせいに顧客に売出した。

(二)  申請人は、その売出す分譲住宅地として造成し、美観と品位を保持し、かつ高層建築によりその住民が採光、通風、眺望、衛生の悪化などによつて環境が害されることのないようにすべての買主に対し、左記条件を付してこれを売却した。

(1) この土地は、売主が沿線開発のために住宅建築を条件として売却するものであるから買主は、この地上に住宅を建築するものとする。買主は、住宅の建築に当り、住宅地の品位環境を害わないとし、契約締結後二年以内に住宅を建築しなければならない。

(2) 買主の住宅建築に当つては、アパートまたは三階建以上の建築あるいは附近の住宅に迷惑を及ぼすような建築を禁ずるものとする。

ちなみに、右買主が自ら住宅を建築する旨の条件を付したのは、利殖を目的として更地のままこれを第三者に転売して利益を得たり、またアパートその他の共同住宅を建築して利殖を得ることのないように特約されたものである。申請人は、右武庫山第四期住宅地のうち本件土地の、南側の五五号地を広島隆一に、同西側の五〇号地を中井正幸に、同北側の一七号地を加藤幸彦に、同北側の一六号地を卜部敏男に、その他の分譲地もそれぞれの買主に前記の条件を付して売却したが、これらの買主はいずれもこの条件を順守し、今日まで高級住宅地としての美観と品位に恵まれ日照、通風、眺望その他衛生状態のよい環境が保持されている。

(三)  被申請人の実父椿七十も、他の買主と同じように高級住宅地としての美観、品位のある住宅環境を求めて申請人に本件土地の分譲を申入れ、申請人は、同人にも他の買主と同様前記条件を付したうえでこれを売渡した。

椿七十は前記第二項(1)の約旨に反し、契約締結後二年以内に住宅を建築しなかつたが、この義務違反だけで同人との売買契約を解除することは酷と考え、そのまま今日に及んだところ、ようやく昭和四四年一月に至り本件土地上に建築工事をするべく準備をはじめたので、申請人は本件土地に住宅が建ち整然とした美観と品位のある環境がより増進されることを喜んでいた。

(四)  ところが、昭和四四年一月二〇日に至り、本件土地の基礎工事の模様から判断して、これは一戸建の個人住宅ではなく、高層マンションであるらしい疑いを持ち、現場の作業者に建築工事の実情を問質したが、返答の必要がないと言つて突放したので、翌日宝塚市役所建築課を通じ、建築請負人星野建設株式会社に照会し調査したところ、施主椿七十が申請人との約定を無視し、三階建三DKのマンション(九戸分)を建築せんとしていることが判明した。

(五)  そこで、前記広島、中井、加藤、卜部及び付近の分譲住宅地の所有者は、椿七十に面会し互の住宅環境を保持するためにマンションの建築工事を中止するよう申入れようとしたが、椿は右面会を避けて逃げ廻り、一度もこの面会に応じていない状態である。沖田宏なる者が椿七十の代理人として現われ、本件土地の付近の主婦二〇余人、前田市会議員、松本町会長らに対し本件マンションの建築工事につきつぎの如き説明をなした。

イ 建築工事の施主は椿七十であり自分は同人の代理人として来たこと。

ロ 椿七十は忙しいので皆さんに会えないから全て自分が代理すること。

ハ 椿七十には金はいくらでもある。マンションは趣味で建てるのだから利殖は目的でない。

ニ この仕事には皇族が一枚かんでいる。沖田の右説明からも、マンションの建築主が椿七十であることは明白である。

その後も、広島ら地元の住宅は椿に面会すべく、同人の勤務先である株式会社服部時計店に電話連絡したりしたが、相変らず居留守を使うなどの方法で今日まで一度も面会しようとせず逃げ廻つている。ところが、昭和四四年一月二六日頃広島ら本件土地の付近が椿七十の妻及び前記沖田宏らに面会した際に、はじめて本件土地にマンションを建築するのは楠産業であり、楠産業は椿七十から本件土地を賃借したものであると述べるに至つたが、これは椿七十が申請人との前記特約上の義務を回避するため、また本件土地の付近の住民の抗議に対処するために考えだした形式的、便宜的方便にすぎないことは、火を見るより明らかである。

(六)  そこで申請人は椿七十の前記の如き背信的契約違反を理由に、昭和四四年一月二九日御庁に対し、本件三階建マンションの建築禁止及び処分命令を申請し、申請人は翌三〇日その旨の決定(昭和四四年(ヨ)第一三号)を得た。

(七)  ところが、椿七十は、右仮処分決定と同日宝塚市役所建築課に対し、被申請人名義にて三階建マンションの建築工事の確認申請書を提出し、さらに同年二月一〇日御庁に対し(昭和四四年(ヨ)第一六号)被申請人名義にて申請人及び広島らを被申請人として、建築妨害禁止の仮処分命令を申請するに至つた。そしてその疏明書類として昭和四三年一二月三日付の椿七十と被申請人との間の本件土地の賃貸借契約書、昭和四三年一二月二九日付の工事請負人申請外星野建設株式会社の被申請人に対する見積書、昭和四四年一月二五日付の被申請人と申請外会社との請負契約書、昭和四四年一月三〇日受付の被申請人名義の建築確認申請書を疏明書類として提出している。

しかしながら、右は単に建築名義人を形式的に被申請人と見せかけるために、便宜上右仮処分申請の直前に作成されたものであり、椿七十の策略にすぎないことは前記申請外会社の宝塚市役所に対する回答、沖田宏の説明、被申請人が椿七十の娘にすぎないことに照らして明白である。

(八)  しかし、仮に百歩譲つて、被申請人がその主張のとおり、申請人の前記御庁昭和四四年(ヨ)第一三号仮処分決定前に、父椿七十との間に賃貸借契約を結んでいたとしても、申請人と椿七十との間の前記売買契約上の前記建築制限の特約上の義務は、被申請人も父と同様にこれを負担するものである。

すなわち、被申請人は、椿七十とは形式的には別の人格者とはいえ、純然たる第三者ではなく、実の子であるから、当事者に準ずる地位にある者として、信義則上同様の義務を負うものである。親が契約上の義務にしばられて建築できない土地を子に賃貸したため、子が完全に自由に使用を許されるということは、如何にも不合理である。仮に、椿七十に相続が開始した場合を考えてみると、被申請人は椿七十の子として椿七十と申請人との間の売買契約上の買主としての一切の義務を包括承継し、本件土地上に三階建のマンションの建築が許されないことは明らかであろう。かかる場合、借地人としての固有の地位が別個に残存するものとして自由な土地使用をすることが、信義に反して許されないことは容易に肯認されよう。

もし、本件のような場合、被申請人に純然たる第三者として借地人の地位の主張を許すとなれば、折角直接の契約上の当事者との間に如何なる条件を約しても、子供を介してすべて容易にその義務を回避することができるに至り、まさに民法の大原則たる信義誠実の原則に違背することは明らかである。

(九)  よつて、申請人は被申請人に対し、本件土地につき前記約定に基づき、被申請人の建築差上請求の本案訴訟の準備中であるが、被申請人はこれを実施せんとしているので、もしそうなれば将来折角勝訴判決を得てもその執行が不能になるので、本件申請に及んだ次第である。

第二  被申請人の答弁

一、申請の趣旨に対する答弁

申請人の申請を却下する。

申請費用は、申請人の負担とする。

との裁判を求める。

二、申請の理由に対する答弁

(一)  第一項は認める。

(二)  第二項のうち、申請人が申請人主張の条件を付して売却したことは認めるが、右条件を付した理由として申請人の主張する事項は争う。

右条件は、単に申請人が分譲住宅地を売り出すための宣伝文句として付せられたものにすぎず、申請人自身右条件につき精神的規定以上の意味を認めていなかつたものである。申請人が武庫山第四期住宅地の本件土地の周辺地を申請人主張の者に売却したことは認めるが、今日まで高級住宅地としての環境が保持されているとの主張は争う。

(三)  第三項のうち、被申請人の実父椿七十が本件土地を申請人より買受けた事実および契約締結後二年以内に住宅を建築しなかつた事実は認めるが、右椿が昭和四四年一月に至り、本件土地上に建築工事をすべく準備を始めた事実は否認し、その余は不知。

(四)  第四項のうち、椿七十が本件土地上にマンションを建築せんとしているとの事実は否認し、その余は不知。

(五)  第五項はいずれも否認する。

(六)  第六項は認める。

(七)  第七項のうち、被申請人が建築確認申請を提出し、又御庁に対し建築妨害禁止の仮処分申請をなしたことは認める。しかし、右事実が建築名義人を被申請人と見せかけるための椿の策略にすぎないとの主張は強く否認する。

(八)  第八項は争う。

(九)  よつて、本件仮処分申請は理由がないから、却下すべきである。

(昭和四四年(ヨ)第一二一号事件)

第一  申請人の申請の趣旨と理由

一、申請の趣旨

被申請人は、別紙目録記載の土地(以下本件土地という。)の上にアパート(マンション・文化住宅を含む)または三階建以上の建物を建築してはならない。

との仮処分の裁判を求める。

二、申請の理由

(一)  申請人ら四名は、それぞれ当事者の各肩書に記載した地番の宅地に住宅を建築して居住している者である。被申請人の父椿七十は本件土地を所有しているが、この土地は現在更地である。

申請人加藤の住宅は4.2米の道路をはさんで本件土地の北東に、申請人卜部の住宅も4.2米の道路をはさんで本件土地の北側に、申請人中井の住宅は本件土地の東側に、申請人広島の住宅は本件土地の南にそれぞれ位置している。

(二)  申請人ら所有の住宅地及び被申請人の父所有の本件土地は、いずれも京阪神急行電鉄株式会社(以下阪急という)の開発して売出した、いわゆる武庫山第四期住宅地の中心部に位置するものであり、すべての居住者が静かで、日照、通風、採光に恵まれ、一つの分譲区画に一個の住宅が建てられた美観と品位のある住宅環境のもとで生活できるよう、申請人ら四名および被申請人の父を含むすべての買主が阪急との間にアパート(マンション・文化住宅その他共同住宅)または三階建以上の建物を建築しない旨の約定をさせられているのである。

(三)  被申請人は、椿七十の長女であるが、申請人らを含む阪急からの買主はすべて右約定を順守しているにも拘らず、本件土地に地下一階地上三階のマンション(共同住宅)を建築せんとしている。この建築物は、被申請人に対する建築確認通知書によると、地階160.58平方米、一、二、三階はいずれも164.18平方米合計六五三平方米の床面積を有し、最高の高さ10.7米、最高の軒高9.4米に及ぶ高層マンションで、入居予定者は九戸である。被申請人は、阪急との間に約定を結んだのは父の椿七十であるところ、自分はその娘であるから、右約定の効力は自分には及ばないと称して、右マンションの建築を強行せんとしている。

(四)  しかし、被申請人の右マンションの建築は、つぎのとおり差止られるべきである。すなわち、前記建築制限の特約は、形式的には売主阪急と買主との間でなされたものであるにすぎず、買主相互間の約定ではない。しかし、この特約の直接の受益者は、同じく阪急から住宅地を買受ける他の買主であるから、右特約は第三者(他の買主)のためにする契約に該当するものであり、他の買主において、直接右特約の利益を主張する権利を有し、申請人らはこれを主張するものである。この結果、申請人ら四名と被申請人の父椿七十との間においても、互いにこの特約を順守する義務を負うものである。

ところが、被申請人は椿七十本人でなく長女であるから右契約の当事者でなくこの特約の拘束は受けないと主張するようである。しかし、つぎに述べる理由から被申請人も信義則上当然この特約を順守すべきである。

被申請人は、椿七十の長女であり、本件土地を同人から賃借したとはいうものの、その契約は独立の経済人間の経済地代によるものではなく、保証金も権利金もなしで一ケ月一三、〇六六円という全く形だけの賃貸借関係である。すなわち、本件土地の価格を坪当り一〇万円とすると、一、三〇〇万円の投下資本ということになるが、この法定利息年六分を算出すると七八万円、月額にして六五、〇〇〇円となる。これに固定資産税その他を加算すると、約七〇、〇〇〇円の地代を支払つてはじめて独立の経済人間の契約ということになろう。

また、マンションの建築代金も二八、二三三、六〇〇円という莫大な額であり、年間数十万円の収入しか得ていない被申請人では、到底都合のつけられる金額ではない。一流会社である株式会社服部時計店の常務取締役の要職にある椿七十の連帯保証があつてはじめて銀行から借入れできたものである。

こうしてみると、本件土地にマンションを建築しているのは、形式的には被申請人とはいえ、実質的には椿七十が建築していると同様であるといわざるを得ない。かかる関係にある被申請人が、独立の第三者として特約の効力が及ばないと主張するが如きは、著しく信義則に反する。若し親子とか、配偶者のような関係にない純粋の善意の第三者が、椿七十との間に今日の取引慣行に従つて莫大な権利金または保証金(地下一階地上三階の鉄筋コンクリートのマンションの建築を許すとなると半永久的に土地所有権を制限されるから莫大な権利金または保証金の支払いをしなくてはならない)を支払い、建築に着手した場合であれば、この者は正当に保護すべき地位にあるといえよう。しかし、この場合でも特約の存在を知らない善意の第三者でなければならない。悪意の第三者または自己の不注意で知らなかつたにすぎない者は保護するに値しない。

ところで、本件土地は、この住宅地に一歩足をふみ入れれば付近一帯が同じく阪急の開発した高級住宅地で、一区画に一住宅が整然と並んだ美観と品位のある地域であり、高層建築又は共同住宅の建築が許されないものであること(少なくともその疑い)は、通常人ならば気がつく筈である。被申請人は、特約を全く知らなかつたと主張しているようであるが、仮に真実だとすれば重大な不注意というべきであろう。右のような関係にある被申請人が、椿七十と同様に当事者に準ずべき地位にある者として、特約の拘束を受けるべきは信義則上当然である。

(五)  仮に、右の理由が認められないとした場合は、予備的につぎのとおり主張する。すなわち、被申請人が本件土地に三階建マンションを建築することは、申請人らの有する住宅環境を著しく害するものであり、それはつぎに明らかにするとおり、この地区の住民として受忍限度を超えるものである。ところで、受忍限度を超えるか否かの判定は、種々の要因を総合してなされるべきは当然であるから、以下これを分析検討する。

1 被害の態様

本件土地に三階建のマンションが建築されることによつて、この武庫山住宅地の美観と品位のある環境が破壊される。

阪急はこの武庫山住宅地を第一期(昭和二六年一一月)第二期(昭和二八年九月)第三期(昭和三〇年九月)第四期(昭和三四年一二月)第五期(昭和四三年一〇月)に亘つてそれぞれ開発し、これを顧客に売却したのであるが、この住宅地は居住者が互いに日照、通風、採光に恵まれ眺望のよい品位があり衛生的な住宅環境が確保されているのである。

この平和で美しい住宅地の中に、突如として三階建の高層マンション(建築確認通知書によると高さ10.7米、床面積六五三平方米)が出現することによつて、この秩序ある平和は一挙に破壊されるのである。本件の場合は九戸の入居者があるそうだが、九戸の家族というと、一家族二人として一八人、三人とすれば二七人の人間が住むことになる。この結果もたらされるものは、喧騒と風紀の紊乱である。被申請人は、本件マンションは高級マンションであり、低所得者の入居するいわゆる安アパートではないから、風紀は乱れないというが、所得の高低によつて結果に違いの出て来る問題ではない。被申請人は、約四万円の家賃を予定しているようなことを言つているが、これだけの支払いをすることのできる人は、たしかに収入の多い者であろう。しかし、世間一般の通念からすれば、このようなマンションに入居する者は、決して誠実で律義な通常の市民ではなく、特殊な職業の人(バーのホステス・マダムなど)あるいは特殊な身分の者(囲われの女性)が入居することが多く予想される。そうすると、これによつてこの住宅地の子供の教育環境が悪化することも耐えられないのである。

申請人らは、いずれも、つつましい幸せ(その証拠にこの種の特約は、大阪府の分譲住宅地についているし、他にも例が多い。)を望む小市民である。思い上つた、ブルジョア趣味を求めているのではない。美しい一区の住宅地に、ささやかな幸せを求めて、この住宅地に移り住んだのである。この庶民のささやかな幸せを破壊することは、許されない。

右に述べた住宅環境の侵害という被害は、申請人ら四名のみならず、阪急から買受けてこの武庫山住宅地に移り住んでいる者に共通するものであるが、本件土地に直接隣接する申請人ら四名の被害はとくに大きい。

ところで、右の住宅環境権の基本的被害という共通被害のほかに、申請人ら四名の個人的四名の個人的被害も無視できない。

① 申請人卜部、同加藤の蒙る被害について

申請人卜部宅は、本件土地の真北に、申請人加藤宅も北々東に、それぞれ位置しているが、被申請人の三階建のマンションの10.7米(仮に被申請人の主張する8.4米としても相当のものである)だけでなく、右申請人両名の住宅地は2.1乃至2.8米(即ち西側が2.1、東側が2.8)低いため、これにマンションの高さを加算すると12.3米の高さに及ぶものである。この結果何がもたらされるであろうか。

(イ) 日照利益の侵害

厚生省住宅基準調査委員会の建設省への答申によると、「木造住宅は冬至に四時間の完全日照があるようにすること。建物の南北間隔は平家建ての場合で五米以上、二階建てで九米以上とする。)となつており、現に日本住宅公団においては、内部的な準則とはいえ、同公団が建築する共同住宅につき、原則として各室が四季を通じて一日最低四時間の日照を得られるよう設計すべく、義務つけられている。これを確保しようとすれば、冬至において正午を中心として、前後二時間の日照を確保しようとすれば、南側建物との間にその建物の高さの1.7倍に当る幅をもつた空地が必要なのであるが、これを本件の場合に当てはめると、申請人卜部宅の建物の端から被申請人のマンションの間には、マンションの高さ(石垣の高さを加えた)を一〇米とみても、一七米の幅員の存在する場合でなければ許されないのである。然るに、現実はどうであろうか。本件土地の北側の道路の幅員は4.24米、その道路から申請人卜部宅の建物の南端までの距離が4.5米であるから8.74米しか存在しないのである。その結果、申請人卜部、同加藤の日照妨害による被害は、決して無視し得るものではない。

(ロ) のぞき見される被害

本件土地に三階建のマンションが建築された場合、九戸の入居者から申請人らの生活がのぞき見される。とくに夏期においては室内を解放し、通風を確保する必要が大である。どこの家庭でも、夏はパンツ一つになつて室内を解放して暑さをしのぐのである。ところが、本件マンションが建つと、四六時中戸締りをして室内の生活をのぞき見されないようにしなければならない。

(ハ) 圧迫感

目の前の一〇米の高層マンションがそびえ立つことによつて受ける圧迫感は、無視し得ない。

② 申請人中井正幸の蒙る被害について

申請人中井宅は本件土地の東側に位置するが、申請人加藤、同卜部宅のように両地の間に道路がなく、直接隣接しており、しかも申請人中井宅の土地が本件土地より一米低いので本件土地に三階建マンションが立つと、仮に被申請人の主張するとおりその高さが8.4米としても申請人中井の家から9.4米の高さになりその圧迫感が絶大である。

また、この高層建物がそそり立つことによつて、申請人中井宅の明るさ(日照権とは別のものとして)が阻害される。申請人中井宅の西側の部屋(本件土地に面しているところ)に居間兼寝室及び食堂、台所があるが、この部屋が暗くなつてしまうのである。また高層マンションからののぞき見が非常に申請人の生活を妨害する。即ち、居間、寝室の中をのぞき見されることによる不快さは耐えられない。また通風が著しく阻害される。また、本件土地は他から土を運んで来て盛上げて作つた造成地であるため、地盤が軟弱であり、高層建物に耐えられないのではないかという危機感が大きいことも、重視されねばならない。

2 本件土地の特殊性

本件土地が阪急の造成した武庫山第四期住宅地の一区画であり、各買主が前記のとおり建築制限の特約に服しているものであることは、前記に詳しく述べたとおりであり繰返さないが、仮に申請人ら主張のとおり右特約が他の買主のための、第三者のための契約でないとしても、また、被申請人が買主椿七十本人とは一応独立の人格者であつたとしても、この間の事情が受忍限度の判定のうえに重大なモメントになることは疑いない。つまり、本件は何ら関係のない市民間の紛争ではないのである。申請人所有地も本件土地も等しく阪急の開発し造成した住宅地であり、阪急に対し同様に前記建築制限特約をなしている土地なのである。全く関係のない者同志の日照権問題としてとらえるならば、あるいはまだ受忍限度を超えていないといえるとしても、特殊な契約者相互間ではその受忍限度はきびしく判定されなければならない。しかも本件土地は建築基準法上の用途地域の別からいえば、住居専用地域としての指定を受けているのである。

3 被申請人の三階建マンションの社会的価値

本件マンションは、被申請人が営業的利益を目的として建築されようとしているものであり、決して社会的公共的な建物とはいえない。しかも月額の家賃が四万円ということは、特殊な高額所得者のための住宅である。

申請人らの生活を破壊してまで、建築する必要のあるものではない。

4 申請人らの先住権

申請人らがすでに二階建以下の住宅を建築して好ましい住宅環境を確保しているところに、本件三階建マンションを建築するということは、申請人らの既得権を侵害するものである。

5 マンション建築の必要性の欠如

被申請人においてマンションを建築するだけの必要性があるだろうか。平和な家庭生活を送つていた矢先、突如として一家の支柱である夫が急死し、残された末亡人が数人の幼き子供をかかえて路頭に迷うような立場に立たされたとしたら、生活を支えてゆくためにアパートなどを営むことは已むを得ない。

しかし被申請人は、世間並以上に恵まれた家庭と社会的地位と資産のある良家の子女であり、結婚生活は不幸にも解消したとはいえ、現在の子供もない独身の女性であり、生活面からマンションの経営によつて生活を支える必要など全く存しない。

6 結果回避の可能性

幸いにして、未だ建築は全く進行していないのだから、多少の費用のムダはともかくとして、阪急との特約に違反しない二階建以下の個人住宅の建築に切換えることは容易に出来ることである。

以上のとおりであるから、被申請人が本件土地に三階建マンションを建築する行為は、申請人らにとつて受忍限度を超える生活妨害であり、申請人らは人格権に基づき妨害排除の権利を行使するものである。

第二  被申請人の答弁

一、申請の趣旨に対する答弁

申請人らの申請は、いずれも却下する。

申請費用は、申請人らの負担とする。

との裁判を求める。

二、申請の理由に対する答弁

(一)  申請の理由第一項は認める。

(二)  申請の理由第二項のうち、被申請人の父椿七十と阪急との間の、本件土地の売買契約書中に、申請人ら主張の約定の記載のある事は認めるが、その余は不知。

(三)  申請の理由第三項のうち、申請人らを含む阪急からの買主は、すべて右約定を順守している旨の主張は不知。被申請人が建築しようとするマンションの最高の高さは、8.4米である。これは、建築確認申請の際の計画を、更に2.3米低くして付近環境にマッチさせる様配慮したものである。被申請人がマンション建築を強行せんとしているとの主張は否認する。

被申請人は、建築計画中のマンションにつき、既に兵庫県建築主事の建築確認を得ておりながら、なお建築に着工する事なく、御庁における仮処分事件において、種々和解の試みに応じたものであるが、終局的に和解ができず、やむなく仮処分に対する御庁の審理を仰いでいるのであつて、仮処分決定が出るまで建築工事に着工する事なく(請負業者には既に一、〇〇〇万円の請負代金を支払済である)、事態を静観しているものであつて、被申請人の側には一片の強引な行為も存しないものである。

(四)  申請の理由第四項は否認する。売主阪急と買主との間の売買契約をもつて、他の買主を第三者とする第三者のためにする契約に該当する旨の主張は、全くこじつけ以外の何物でもない。被申請人は、寡聞にしてかかる理論構成が存在する事を知らない。

また被申請人が、父椿七十より本件土地を賃借した際の賃料が廉価にすぎるとの主張も、言いがかりにすぎない。そもそも地代として、地価に対する年六分の割合による賃料を得ている賃貸借契約なるものが、稀にしか存しない事は公知の事実である。まして父子の関係にある地主と借地人との間で、権利金や保証金の授受のある事の方が、一層作為的で不自然である。

更に、被申請人の年収でかかるマンション建築は不可能であるというが、そもそもマンション・アパート等は入居予定者よりの権利金・敷金等の収入と家賃収入をもつて資金を調達、弁済するのが通常の方法であつて、年収の多少は問題ではない。

また被申請人が、契約の当事者に準ずべき地位にある者として、特約の拘束をうけるべきは、信義則上当然であると主張されるが、何故当事者に準ずる地位にあるというのか、又信義則上当然とはどういう理由によるものであるか明らかにされたい。単に権利金や保証金を支払つていない事や、賃料が安い事或いは特約の存在を知らない事がどうして当事者の地位を生むのか全く理論が混乱している。法理論的に説明できない事柄を信義則などという一般条項でカバーしようとするのは、正に信義則の濫用と言わねばならない。もし仮に、万が一、被申請人が本件土地の売買契約の当事者に準ずる地位に在することが認められるとしても、申請人ら主張の本件売買契約の特約は、その効力を有しないものである。

そもそも本件土地の売買契約書には、特約条項として「アパート又は三階以上の建築又は付近の住宅に述惑を及ぼす様な建築は禁ずる。」旨の条項が存在するのであるが、更に特約条項として「買主が本契約締結の日より二年を経過しても本土地に住宅を建設しないとき」「買主が五年以内に本土地を第三者に転売したとき」等は売主は契約を解消して買戻しをすることができる旨の条項(第一条)が存在する。更に右条項に基づき本件土地の買主(椿七十)への所有権移転登記には五年間の買戻の特約が登記されている。

しかしながら、右の各特約条項はいずれも売主阪急が本件土地を含む付近土地の分譲に際して、出来るだけ有利に売却しようとして、いわば宣伝用に記載されたキヤッチフレーズであつて当事者を拘束する効力を有しないものである。

仮にそうでないとしても、右特約条項の効力は、五年間で失効している。すなわち右特約条項に依れば、契約締結後五年間の転売を禁じ、かつ、又五年間の買戻特約が付せられているが、この事は、売主において五年間は右特約の遵守を買主に要求する権利を認めたものであり、逆に五年経過後は、もはや買主を拘束しない趣旨であると考えるべきである。何故ならば五年経過後は、買主は転売する事が自由であり、もし第三者に転売されたときは、右特約はその第三者に対して効力を生じないのは当然であるのに対して、買主が転売せずに所有している限り右特約の効力が永遠に存続すると考える事は公平の観念に反する。しかも、右特約条項の遵守は、二年以内の建築義務によつて担保されているわけであるから、右建築義務の履行を強制しないで(未建築の更地は、本件土地に限らず付近一帯に多数存在する。)、一〇年以上放置しておいて、今さら特約条項の遵守言々を主張することは、全く不当である。

売主或いは申請人らにおいて、品位と美観のある住宅環境を希求するならば、二年以内に建築しないで放置してある更地の買主に対して、強くその建築を要請すべきであり、その努力を怠つていながら、今更品位と美観を特約条項の遵守によつて確保しようとする態度こそ、非難されるべきである。さもなければ、申請人らは、付近土地が第三者に転売された時は、いかなる理由をもつて特約条項の遵守を主張できると言うのであろうか。

よつて、売買契約の特約条項をもつて、被申請人のマンション建築を禁止しようとする申請人らの主張は、理由を欠くものである。

(五)  申請の理由第五項は争う。

申請人らの主張は、いずれも全く正当な理由を欠くものであるが、その中で特に主要な点について述べると、

まず、日照利益の侵害について言えば、本件マンションの建築によつて蒙る申請人卜部・同加藤の日照利益の侵害は、仮に特約条項に認められた二階建住宅を本件土地上に建築したとしても、同程度の侵害が発生する事が既に明らかにされており、申請人ら側においてもその事実を認めているものである。

また申請人卜部、加藤および中井について主張される圧迫感の如き純然たる主観的、個性的、感性的要素は、それ自身独立して法の保護の対象となるべき理由は存しない。申請人らは、特殊な契約関係相互間では、その受忍限度はきびしく判定されなければならないと主張するが、本件マンション建築については建築基準法による確認申請が受理されており、法的に建築許可が表示されているのである。それでも、まだ受忍限度の問題として、その土地利用を制限しようとする考えは、所有権の要素である使用収益権或いは処分権を著しく侵害するものであり、所有権ひいては物権の基本的権利を変容し、もはや所有権或いは物権とは、別個の権利の存在を容認するものであつて、我国法体系上、全くの異例であり、その認容には充分の法理論的検討が加えられればならない。

(六)  最後に、申請人らは、本件マンション建築の必要性が存しない旨を主張するが、既に述べた如く、被申請人は本件マンション請負業者の星野建設株式会社に対して「右請負工事代金の前渡金として一、〇〇〇万円を支払つており、かつ同会社においても現場に工事事務所を設置して、基礎抗打ちを開始したものであり、更に建築資材、機械類の購入、調達も進んでおり、このままマンション建築が出来ない時は、被申請人の蒙る損害は莫大である。

よつて、本件仮処分申請は、すみやかに却下されるべきである。

(疏明)<省略>

理由

(昭和四四年(ヨ)第一六号事件)

一申請人は、本件土地上に鉄筋コンクリート造三階建共同住宅(マンション)を建築するにつき、被申請人らがこれを妨害するおそれありとして、本件仮処分を求めているが、昭和四四年(ヨ)第二五号事件および同第一二一号事件の理由において説示したとおり、被申請人らにおいて右建築工事の差止を求めえられる場合であるから、本件申請は失当として却下を免れない。

(昭和四四年(ヨ)第二五号事件)

一申請人が電鉄事業および鉄道の沿線開発のため、住宅または住宅地を造成し、これを一般の顧客に分譲することを業とする株式会社であつて、昭和三四年武庫山第四期分譲住宅地(九〇戸分)の造成を完成して、その頃いつせいに顧客に売出したこと。申請人は、その造成住宅地の分譲にあたり、買主に対し、(1) この土地は、売主が沿線開発のために住宅建築を条件として売却するものであるから、買主はこの地上に住宅を建築するものとすること。(2) 買主は住宅の建築に当り、住宅地の品位環境を害わないようにし、契約締結後二年以内に住宅を建築すること。(3) 買主は、住宅建築に当つて、アパートまたは三階建以上の建築あるいは付近の住宅に迷惑を及ぼすような建築を禁ずるものとすること。以上の条件をつけて売却したこと。申請人が、武庫山第四期住宅地のうち、本件土地の周囲の土地を申請人主張の者に売却し、本件土地を被申請人父椿七十に売却したこと。椿が本件土地買受後二年以内に住宅を建設しなかつたこと。以上の各事実は、当事者間に争いがない。

二被申請人は、本件土地売買にあたり付けられた前記の条件は、申請人が分譲地を売出すための宣伝文句に過ぎず、申請人自身も精神的規定以上の意味を認めていなかつた旨主張し、右条件を付加した特約(以下本件特約という。)の効力を争つている。

けれども、被申請人主張のごとき事実は、これを認めるに足りる疎明がないのみならず、かかる分譲住宅地を買求めて移り住むすべての買主においては、住宅環境の向上を望みつつその悪化をおそれて、かかる特約を進んで承認し、買主相互間においても、この特約を遵守し、その存在に信頼して生活しているものであることは、<疎明>によつて認められる本件土地周辺における分譲地の建築状況(本件特約に従つた建築がなされていること)に照らし、容易に推認しえられるところである。

もつとも、かような特約に基づく土地所有権内容の制限は、対世的効力すなわち物権的な効力を有するものでないことは、物権法定主義(民法一七五条)からみて、当然の帰結ではあるけれども、このような売買当事者間における合意といえども、その内容が法令ないし公序良俗に違反し、違法無効とならないかぎり、その内容に従つた効果すなわち債権的効力の生ずるものであることは、いうまでもない。

疎明を総合すれば、申請人は、その売出す分譲住宅地を高級住宅地として造成し、美観と品位を保持しかつ高層建築により、その住民が採光、通風、眺望、衛生の悪化などによつて環境の害されることのないように、すべての買主に対し、本件特約と同じ条件をつけて売却したこと。この特約は、買主において更地のまま転売しあるいはアパートなどの建築によつて、利益を得ることのみを目的とする買受を禁止するとともに、特約違反の効果として、土地売買の解除すなわち買戻権を留保するものであること。かような特約と同旨または類似の特約は、大阪府の泉北丘陸分譲契約やその他大手の宅地分譲会社例えば阪急不動産株式会社、南海電気鉄道株式会社、近畿日本鉄道株式会社などの宅地分譲契約においても、一般的に付けられていること。以上の各事実が一応認められる。

以上のとおり、本件特約のごとき建築制限条項は、すでに大規模な宅地分譲業者などにおける営業上の利益擁護および分譲住宅地購入者における住宅環境の保護向上という利害共通の基盤に立つて、共に支持されかつ一般化されているものであつて、かような現状に鑑みるときは、本件特約を違法ないし無効であるとして、この効力を否定するに足りる理由は、これを見出しえないものというべきである。

三被申請人の父椿七十が、本件土地を買受けたのち、住宅を建設しないまま現在に至つていることは、弁論の全趣旨により明白である。申請人が、昭和四四年一月二九日当裁判所に対し椿七十を被申請人として、本件土地上に三階建マンションの建築禁止等の仮処分命令を申請した結果、当裁判所昭和四四年(ヨ)第一三号をもつて、翌日同旨の仮処分決定がなされたこと。右決定と同日被申請人名義で、本件土地上に三階建マンションの建築工事をなすべき確認申請書が宝塚市役所建築課に提出されたこと。被申請人が申請人および広島らを相手方として、本件土地につき建築妨害禁止の仮処分命令を当裁判所に申請し、当裁判所昭和四四年(ヨ)第一六号事件として係属していることは、当事者間に争いがない。

四申請人は、本件土地に鉄筋コンクリート造三階建マンション(以下本件マンションという。)を建築しようとしているのは、形式的には被申請人となつているが、実質的には椿七十であるから、本件特約に違反する建築であつて許されないと主張しているので、以下この点について判断を加える。

<疏明>によれば昭和四四年一月二〇日ごろ、本件土地における基礎工事の模様から本件マンションの建築を知つた付近の住民らが、椿七十に対し電話で抗議したところ、同月二一日ごろ椿七十の代理人であると称して沖田宏が、卜部宅を訪れて付近の主婦ら二〇数名および自治会長松本一雄らに対し、本件マンション建築の内容を伝え、住民の反対に対してあくまでも右建築を実行すると述べたが、被申請人が建築主であることは一切述べなかつたことが、認められる。

被申請人は、当裁判所昭和四四年(ヨ)第一六号事件において、同年三月二七日付準備書面をもつて、本件マンションの建築が夫笹原英彦との生活設計のため、笹原家の事業として行なうものであると陳述していることは、裁判所に明白な事実であるところ、<疏明>によれば、笹原英彦は、当時被申請人とは別居しており、同年四月一五日協議離婚していて、本件マンションの建築には全く関与していなかつたことが認められる。

<疏明>によれば、被申請人は、本件マンション建築以前から、すでに喫茶店および衛生設備類の販売業を営み、その収益によつて独立の生計を樹てていることが認められる。

被申請人は、本件マンションの建築資金三千万円を、父椿七十の保証によつて、第一銀行銀座支店から借入れた旨供述しており、資金が椿七十の資力に依存して融通されていることを推測させる。

被申請人が本件マンションの建築主なりとして提出された疏明書類のうち、被申請人名義の請負契約書および建築確認申請書の作成日付は、いずれも昭和四四年一月二〇日以後のものであり、工事見積書、本件土地賃貸借契約書、地代領収通帳などは、昭和四三年一二月ごろの日付がみられるが、いずれも確定日付のないことは、書面の記載上明らかである。

以上の各事実および弁論の全趣旨を総合すると、本件マンションの建築名義人が被申請人となつているにもかかわらず、実質上の建築主は被申請人の実父である椿七十であることが一応推測しえられ、これに反する被申請人提出の疏明部分は、たやすく採用できない。

五したがつて、申請人は被申請人に対し、本件特約の効力として、本件マンションその他本件特約に違反する建築の差止を求めることができるものと解すべく、また右建築が完了してしまえば、本案判決において勝訴しても、その執行が著しく困難となるであろうことは、本件事案の性質上明らかであるから、あらかじめ本件仮処分命令を求める必要が認められる。

よつて、本件仮処分申請は、相当として認容すべきである。

(昭和四四年(ヨ)第一二一号事件)

一申請の理由第一項の事実および被申請人の父椿七十と阪急との間の本件土地売買契約書中に、申請人ら主張の約定が記載されていることは、当事者間に争いがない。阪急と椿七十との間において、本件土地上にアパートまたは三階建以上の建物の建築を禁止する旨の特約(以下本件特約という)。が有効に成立していることは、昭和四四年(ヨ)第二五号事件の理由に説示したとおりであるから、これをここに援用する。なお、被申請人は、本件特約が五年の買戻期間の経過により失効していると主張するが、その法律上ないし契約上の根拠がみあたらず、右主張は採用できない。

二申請人らは、本件特約が申請人らを受益者とする第三者のためにする契約であると主張する。

けれども、ある契約が第三者のためにする契約であるとするためには、第三者に対し単なる事実上の利益を与えるだけでは足らず、直接権利を取得させる趣旨が、明示ないし黙示的にその契約内容となつていなければならないところ、本件特約にあつては売買契約書の記載からみて、申請人に対して直接特約上の権利を取得させる趣旨が必しも明らかではなく、そのほかこの点を認めるに足りる疏明もないので、本件特約が第三者のためにする契約であるとする申請人の主張は採用できない。

三つぎに申請人らは、被申請人の本件マンションの建築によつて、申請人らの有する住宅環境が著しく害され、その受忍限度を超える生活妨害を受けていると主張し、人格権侵害に基づく妨害排除請求権の行使として、右建築工事の差止を求めているので、この点について以下判断を加える。

およそ、日照、通風、採光、眺望その他住宅環境の確保は、健康で快的な生活を享受するために欠くことのできない条件であるところ、これらの条件は常に光、熱、空気、外界などといつた自然の恩恵に依存するものであるとともに、かかる恩恵が隣接土地空間を経由しまたは利用することによつて自己の生活利益として活用しうる場合が多い現状であるため、相隣者間において利害の衝突することが多く生ずる。所有権の絶対主義が強調される体制のもとでは、所有権の効力は地上、地下に無限におよび、その行使がたとえ他人の日照、通風などの生活利益を害する結果を招来しても、それは隣接地の未利用によつて与えられていた恩恵が中断された結果に過ぎないものと観念されがちであつた。けれども、権利の社会性が自覚されるにしたがつて、権利の行使といえども他人の権利、利益を侵害する場合において、それが信義則に反し社会観念上是認されないときには、権利の行使は濫用となり許されないことがあるとともに、今や吾人の生活をとりまく自然の恩恵といえども欠くことのできない生活利益として、相隣者共有の資源と観念され、相隣関係を支配する公平の理念に基づいて各人に分配すべきものという考え方が強くなりつつある。特にわが国における開放的な木造家屋構造の住居と多湿な気象条件は、伝統的に日照、通風、採光など自然資源に依存する生活様式を固着形成させており、生活における自然資源の必要性が欧米諸国に比較して非常に強く要請されることに留意しなければならない。

しかしながら、一方文化の発達と産業構造の急激な拡大膨脹に伴つて、人口の飛躍的な都市集中という現象は遂に都市の過密化を招来し、都市およびその周辺における効率的ないし集約的な土地の利用を要求する結果、いきおい建物の高層化と地下の利用となつて現れており、過密化過程をたどる都市およびその周辺における土地の効率的利用は不可避となつている。したがつて、かような地域にあつては、日照、通風といつた自然資源の公平な分配は非常に困難であつて、土地の効率的、集約的利用すなわち建物の高層化は避けられず、そのため土地を住居的に利用する場合でも高層建築の共同住宅方式によるべきであり、低層建築の個人住宅が点在するとしても、かかる地域的特性に鑑み、日照、通風等の自然資源の利用を優先させることはできず、人工的な代替的設備に依存するほかないことになろう。かような高層化、集約化の進行しつつある地域における住居的環境の調整ないし高層化とこれに反する低層維持派との相克対立に対しては、立法的、行政的な視点に立つて、都市再開発という面からの解決が与えられるべきであつて、私法的救済は大きく後退せざるえないのである。もつとも、かかる地域といえども、土地の効率的利用すなわち高層化によつて大きな利益をえる者は、これによつて他人に負せた損失について一定の受忍限度を超えて違法と目される場合には賠償責任を負うべきである。

そして、右のような高層化の承認されるべき地域を除き、住宅専用の低層地域として形成され、現在理想的な住宅環境が保持されており、今後もその現状が維持されて然るべき地域にあつては、遠い将来の変化は別として、少くとも現段階においては、かかる好環境を侵害するような高層化、集約化に対しては、その好環境の保持のために最大限の保護と救済が与えられなければならないと考える。とりあえず、建築基準法などの取締法規の改善による住宅環境の調整は急がねばならないし、また計画的な都市行政や住宅政策の推進により、住宅環境の維持、向上が計られなければならないし、また、可及的相隣者間におけるこの種紛争の防止に全力を尽さねばならない。しかしながらかかる立法的、行政的施策の十分でない現段階においては、できるだけ私法的な面からの具体的事案に即した救済を与えるほかはないと考える。

ところで、日照、通風その他住宅環境に対する侵害が隣接土地所有権の行使に起因するという特質に鑑み、被害者において権利行使による侵害を忍容すべきかどうかの判定に当つても、被害の状況と程度を基礎として、その地域的社会的諸事情を勘案して、権利行使の限界を判断すべく、社会通念上忍容の限度を超えて他の住宅環境を侵害した場合には、その権利行使は違法となり、その程度が金銭賠償によつて救済しがたい場合には、その行為の差止を求めることができるものと解すべきである。

そして、かかる日照、通風その他の住宅環境に対する侵害は、騒音、振動、媒煙、臭気などいわゆる不可量物の放散、流入による積極的生活妨害とは異なり、人の心身に対する影響が間接的かつ持続的であり、かつその侵害を接除すべき限界が地域的に流動的であることからみても、かような消極的な生活妨害をもつて、他人の人格的利益に対する侵害と構成することは妥当ではなく、もつぱら土地の利用権に対する侵害として、その排除ないし予防を請求しうるものと解するのが相当である。

申請人らは、人格権に基づいて生活妨害の排除を求めているのは正当ではないと思われるけれども、これは生活妨害の排除請求権を法的にどう評価するかの問題に帰するから、裁判所は申請人らの主張に拘束されず、申請人らの土地利用権の主張も存在するので、これに対する侵害の存否を判断し、申請の許否を決することが可能であると解する。

四そこで、申請人らの主張する差止請求権の存否を判定するにあたり、申請人らの被害の実情、地域的特性および被申請人側の事情について検討を加える。

(一)  被害の実情

<疏明>(建築確認通知書)によれば、被申請人を施主とする本件マンションは、鉄筋コンクリート造り地上三階(各階の床面積164.18平方メートル)、地下一階(床面積160.58平方メートル)、延床面積653.12平方メートルの共同住宅であつて、最高の高さ10.7メートル、軒高の最高9.4メートル、建ぺい率41.6パーセントであることが認められる。

<疏明>(工事請負契約書)によれば、本件マンションは、本件土地上に南北にY字型に横たわり、各階三戸建で一戸当り和室二(六帖、四帖半)、洋室一(六帖)ダイニングキッチン、浴室、便所からなり、合計九戸の共同住宅であり、地階は駐車場として設計されていることが認められる。

<疏明>によれば、本件土地の、南側に隣接して申請人広島の住宅地が、東側に隣接して申請人中井の住宅地が、北側に幅五メートルの道路を距てて申請人卜部の住宅地が、北東部に申請人中井の住宅地および幅五メートルの道路を距てて申請人加藤の住宅地がそれぞれ存在すること、本件土地を基準として、申請人中井の土地が0.9メートル、同加藤の土地が2.9メートル、同卜部の土地が二メートルいずれも低く、同広島の土地は2.6メートル高いこと、本件土地の境界線からの最短距離は、申請人卜部の建物まで10.9メートル、同中井の建物まで2.4メートル、同広島の建物まで2.7メートル、同加藤の建物まで十数メートルであること、本件マンションの建築によつてその北側にある申請人卜部、加藤の住宅地に対して冬至(一二月二一日ごろ)午後一時から三時まで日照が阻害されることが認められる。

<疏明>によれば、本件土地は傾斜地に盛土して宅地を造成したため、地盤の耐荷力がおとつていることが認められる。

以上の認定事実を基礎として、申請人らの住宅環境に蒙むるであろう不利益を推測すると、(1)申請人加藤、卜部の住宅地では、冬至ごろ午後の日照が著しく阻害される。(2)申請人中井宅では、本件マンションが近接しているため、建物による圧迫感が特に大きく、かつ採光がかなり阻害されるため西側の部屋が暗くなる。(3)申請人中井以外の申請人らにとつても、本件マンションの圧迫感はかなり大きい。(4)申請人らの住居が、本件マンションに入居した九戸の家族たちによつて、至近距離から見おろされる結果、申請人ら家族の生活が常にのぞき見される。(5)本件マンションの入居者が多いため、一戸建の住宅を建てた場合に比較してかなり騒々しい。(6)本件土地の地盤の耐荷力がおとつているので、建ぺい率四一パーセント余の鉄筋コンクリート造り高層共同住宅の負荷に耐えうるかどうかは問題であつて、周囲に居住する申請人らに絶えず危機感を与える。(7)本件マンションという共同住宅があることにより、本件土地周辺における住宅環境の悪化は避けられない。以上の被害が一応認められる。

(二)  地域的特性

<疏明>によれば、本件土地付近は、昭和四〇年一一月九日建設省告示第三、一一一号をもつて、建築基準法上の用途地域として、住宅専用地区に指定されていることが認められる。

<疏明>を総合すると、阪急は、本件土地付近の武庫山住宅地を昭和二六年一一月を第一期とし、以後昭和四三年一〇月の第五期にわたつて開発し、これを高級住宅地として造成し、美観と品位を保持しかつ高層建築物により、その住民が日照、通風、採光、眺望、衛生の悪化によつてその住宅環境を害されることのないように、その売却に当つてはすべての買主との間に、(1)この土地は売主が沿線開発のため住宅建築を条件として売却するものであるから、買主は六カ月以内にこの地上に住宅を建築するものとする。(2)買主の住宅建築に当つては、アパートまたは三階建以上の建築または付近の住宅に迷惑を及ぼすような建築は禁ずるものとする。(3)買主が買受後二年以内に住宅を建設しなかつたとき、買主が五年以内に本件土地を第三者に転売したとき、その他前記特約に違反したときには、売主は五年間の買戻期間において買戻すことができる。との特約を締結し、その旨の買戻の登記を経由していること。被申請人の父椿七十は本件土地を、申請人中井の義父中井義雄は同申請人居住地を、その余の申請人らは各自の居住地を、それぞれ武庫山第四期住宅地として昭和三四年ごろ阪急から、いずれも前記の特約を締結したうえ買受けたこと。申請人中井は中井義雄から使用権を与えられてその土地上に、その余の申請人らは各自買受地上に特約に沿つた住宅を建設して移り住んでいるが、椿七十は現在に至るまで住宅を建設しないでいること。阪急では、椿七十から本件土地の住宅建設を待つて欲しい旨の申入に応じ、同人を信頼してあえて買戻権の行使をしないまま五年の買戻期間を経過したこと。本件土地周辺に阪急の造成した武庫山第一期ないし五期の住宅地は、若干の未建築地を除いては、すべて前記特約の趣旨にしたがつて二階建以下の個人住宅が建てられており、買受人らは前記特約を遵守し他人もこれを遵守するであろうことを相互に信頼して現在に至つており、本件土地に三階建の共同住宅を建てることに反対していること。本件土地を含む阪急武庫山住宅地一帯は、大阪、神戸などの都市から遠く離れた住宅専用地域であつて、都市化、高層化の傾向はなく、また都市再開発の要請される地域でもないこと。以上の各事実が一応認められる。

(三)  被申請人側の事情

被申請人は、本件土地を父椿七十から賃借し、自ら本件マンションを建設するものであると主張しているが、実質上の建築主が椿七十であるものと推測しえられることは、すでに昭和四四年(ヨ)第二五号事件において説示したとおりである。

被申請人は、本件マンションを建築してこれを他に賃貸し、一戸当り敷金一〇〇万円ないし一二〇万円を収受し、賃料月額四万円ないし四万五千円、地下車庫の賃料月七千円の収益をあげることを目的とする旨供述している。

被申請人から昭和四四年一月仮処分申請(同年(ヨ)第一六号)がなされたのち、阪急側において本件土地を買取り、その代替地を他所に提供する旨の申入があり、その後数個の代替地が提示されたのであるが、被申請人の拒絶により実現しなかつたことは、当裁判所に明らかな事実である。

被申請人は、本件マンションの建築代金の前渡金として一千万円を請負人に支払つていると主張しているが、本件紛争が当裁判所に係属した当初には、いまだ支払つていなかつたことは弁論の全趣旨に照らし明らかであるところ、かかる紛争に際し着工の見とおしも立たない状態において支払うことは考えられないし、また右支払の事実に関する疏明もみあらず、そのほか本工事差止による損害の発生を推知するに足る状況についての疏明はない。

以上の事実から、被申請人側の事情として、(1)本件マンションの建築は、本件特約の効力を受け阪急との間では許されていないこと。(2)本件建築は、もつぱら利潤追及のために計画されたものであること。(3)阪急から代替地の提供を受けることが可能であること。(4)本件建築の差止により、被申請人側において回復しがたい損害が発生するとの疏明はないこと。以上の事実が推測しえられる。

五以上検討説示したとおり、本件マンションの建築によつて申請人らの蒙むるであろう被害は、一般的にみて必ずしも重大なものとはいえないけれども、本件土地を含む武庫山住宅地区一帯における本件特約の存在およびこれに基づく住宅環境の現状を基礎とし、さらに被申請人側における本件特約による拘束とその他諸般の事情を比較衡量するとともに、冒頭に説示した住宅環境保護の理念に立脚してこれを勘案するならば、本件マンションの建築行為は、申請人らにおいて忍容すべき限界を超える権利行使として違法というべきであり、もはや金銭賠償をもつては償いがたい段階にあるものと解される。

申請人中井がその居住地について占有権を有し、そのほかの申請人らが居住地に所有権を有してそれぞれ住宅を建築所有して居住するものであることは、すでに説示したとおりであるから、申請人らは本件マンションの建築により各土地の所有権または占有権に対し侵害を受けるおそれがあるものというべく、本件マンションないしこれと類似の建築物すなわち三階建以上のアパート、マンションその他の共同住宅を建築する工事の差止を求めることができるものと解するのが相当である。

そして、もし本件工事が完了すれば申請人において本案訴訟に勝訴しても、その執行が著しく困難になることは事案の性質上明白である。そうすると、本件仮処分申請は、右の限度において相当であるからこれを認容することとし、その余の部分すなわち三階建以上の個人住宅の建築禁止を求める部分は請求および仮処分の理由を疏明せず、かつ疏明に代わる保証を立てさせて認容すべき場合にもあたらないので、これを却下する。

(結論)

よつて、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条、九二条、九三条を各適用して、主文のとおり判決する。

(安田実)

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