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神戸地方裁判所伊丹支部 昭和48年(ワ)23号 判決 1974年11月11日

原告

明建建設株式会社

右代表者

明地克雄

右訴訟代理人

安田喜八郎

外二名

被告

株式会社丸優食品

右代表者

広岡優忠

右訴訟代理人

西元信夫

主文

当裁判所が昭和四七年(手ワ)第三六号約束手形金請求事件につき同四八年二月一二日言渡した手形判決(仮執行の宣言を含む)を認可する。

異議申立後の訴訟費用は被告の負担とする。

事実

当事者双方の申立、主張、証拠の提出、援用、書証の認否は、以下のとおりの申立、主張等を付加するほか、当裁判所昭和四七年(手ワ)第三六号約束手形金請求事件判決の事実摘示欄記載のとおりであるからここに引用する。

被告訴訟代理人は、

一、本案前の申立てとして、

「原告の訴えを却下する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、その抗弁として、

(一)  本件各約束手形は、昭和四六年五月五日、原・被告間で締結された株式会社丸優駅前新築工事追加請負契約に基づく工事代金支払いのために、被告から原告に対し振出されたものである。

(二)  ところで、右ビル新築工事および同追加工事請負契約は、工事請負契約約款によつていたところ、右約款第二九条には、次のような仲裁条項がある。

1  この契約について紛争を生じたときは、当事者双方または一方から相手方の承認する第三者を選んで、これに紛争の解決を依頼するか、または、建設業法による建設工事紛争審査会のあつせんまたは調停に付する。

2  前項によつて紛争解決の見込がないときは、建設業法による建設工事紛争審査会の仲裁に付する。

(三)  ところが、原告の行つた右ビルの請負工事には、屋上塔屋、壁面および後面の各防水工事の戸板、非常階段、および塔屋階段の塗装不良、四階浴室のタイル、床面のひび割れ等の瑕疵があり、これを理由に、被告は、本件各手形金の支払いを拒むとともに、右約定に基づき、大阪府建設工事紛争審査会に対し現に調停を申立ている。

(四)  原告の本件手形金請求と被告の右支払拒絶は、一体として前記仲裁条項にいう「この契約について生じた紛争」に該当することは明らかであり、結局、右紛争は右仲裁契約にしたがつて処理されるべきものであつて、原告の訴えはその却下を免れない。

原告の反論に対し

(一)  原告は、右ビル工事について、建設業協会の会員として、工事請負契約約款に定める紛争解決方法を十分知つていたもので、現に、原・被告間に紛争が発生しているのに、瑕疵担保責任を履行することもなく、被告が仲裁条項の存在を知らないことを奇貨とし本件手形金請求に及んでいるもので、その訴え自体が当初から不当である。

(二)  被告は、右のとおり、仲裁契約の存在を知らなかつたのであるから、本案について弁論をしても、この抗弁の提出が時期に遅れたとか、訴訟の遅延を目的としているとみるのは当らない。かえつて、原告は、被告が、昭和四八年三月一四日、本件紛争について調停を求めているのに、被告にその申立権がない等強弁して調停進行阻止の挙に出ているところである。

二、本案についての抗弁として

被告は、原告に対し、本件工事の雨漏り、ひび割れ等の瑕疵について、金一七〇万円の代金減額請求権もしくは損害賠償請求権を有するところ、本件口頭弁論期日(昭和四八年一二月二一日)において、右債権を自動債権とし、原告の本訴請求にかかる約束手形金債権を受働債権として、対当額で相殺する旨の意思表示をした。

と、それぞれ述べ、検証の結果を援用した。

原告訴訟代理人は、被告の本案前の抗弁に対する答弁として

(一)  仲裁契約が存在する旨の抗弁権は、放棄可能であて、右契約の存在を知りながら本案の弁論をなした場合は、右抗弁権は消滅するか、あるいは、調停に付する権利を放棄したものと解されるところ、被告は、原告の本件訴訟提起以来二年間、期日にして一〇数回審理を重ね、昭和四八年一一月九日には被告の申請による検証を経由し、昭和四九年六月一〇日には、証人尋問を予定していたのに、被告は、突如として右抗弁を提出するに至つたもので、被告が、右抗弁の存在を知りながら、これを提出することなく、本案について弁論したことは明らかであるから、いずれにせよ、右抗弁権は消滅している。

(二)  かりにそうでないとしても、仲裁契約の存在の有無は、裁判所が、職権で調査すべき事項であるが、その判断の前提となる仲裁契約の存在の主張については、弁論主義の原則が認められ、したがつて、仲裁契約が存在する旨の抗弁権の提出について民事訴訟法第一三九条が適用されるところで、被告の前記のような経緯における抗弁権の提出は、時期に遅れた、訴訟の完結を遅延させるものであるか、信義誠実の原則ないし禁反言原則に照らして許されないというべきである。

と述べた。

理由

一まず、被告の本案前の抗弁について検討するに、工事請負契約に際し、建設工事紛争審査会への仲裁に付する旨の合意(仲裁契約)が存在する場合には、右工事代金支払いの方法として振出された手形金請求についても、右契約が、かかる訴えを不適法ならしめる訴訟要件の一たるを失わないが、裁判所としては、当事者による右契約の存在の主張をまつて、その存否について、職権で調査すべきもので、右主張がないかぎりこれを顧慮する必要はないとみられるところであり、この意味で、仲裁契約存在の主張については、弁論主義の原則の適用があるものと解されるから、これが本案前の抗弁として、時期に遅れ、訴訟の完結を遅延させる場合には、その提出について制限を受けるべく、あるいは、訴訟の程度等により信義則に反するとみられる場合には、その提出が許されないとして排斥を免れないというべきであるところ、一件記録によれば、原告は、昭和四七年九月二六日、被告に対する約束手形金請求訴訟(当裁判所昭和四七年(手ワ)第三六号)を提起したが、被告は、右第一回口頭弁論期日である同四七年一一月六日欠席したので、弁論終結のうえ判決言渡期日として同月二〇日と指定されたこと、そこで、被告(訴訟代理人、以下同じ)から、右一一月六日付で、弁論再開の申立があり、再開後の第三回口頭弁論期日に、被告提出にかかる答弁書を陳述のうえ、改めて弁論終結、判決の運びとなつたが、右答弁書には、請求原因に対する答弁として、支払呈示の事実を除くその余の事実は認めるが、主張として、工事に瑕疵があるため、その修補と損害賠償を請求する旨の記載があつたにとどまること、右事件の手形判決は、昭和四八年二月一二日になされ、被告から、同月二二日、右判決に不服があるとして異議の申立があり、通常移行のところ、被告は、右第五回口頭弁論期日の同四八年三月二六日、被告第一準備書面を提出、陳述し、原告の請求にかかる手形振出の事情、ならびに、請負工事の瑕疵およびこれによる損害の発生のほか、代金減額請求権を理由づけて本訴において金一七〇万円の請求権を行使する旨述べ、その際、右工事に関する紛争について、大阪府建設工事紛争審査会に調停を申請中であるとしていたこと、そして、被告は、同年七月九日の第七回口頭弁論期日において、原告の釈明に応じ、被告第二準備書面を陳述して工事の瑕疵について詳細に述べたこと、ついで、被告は、同年八月二七日の第八回口頭弁論期日に、工事の瑕疵の状況についての検証の申出をなし、同年一一月九日、右検証が実施され、同年一二月二一日の第九回口頭弁論期日に、右の結果を陳述したのみならず、同日付被告第三準備書面を陳述して、被告の本案の抗弁記載のとおり金一七〇万円の法的性質づけを行つたこと、さらに、被告は、昭和四九年六月一〇日、被告申請にかかる証人尋問のところ、証人野尻の出頭が確保されずに終つたこと、そして、被告は、昭和四九年三月二九日受付被告第四準備書面(昭和四九年九月九日第一一回口頭弁論期日に陳述)において、被告主張のような本案前の抗弁(仲裁契約の存在)に基づき、原告の訴えを却下する旨の申立をなすに至つたこと、以上の事実が認められる。そこで、以上認定の事実関係および弁論の全趣旨にしたがえば、被告は、おそくとも、本件について手形判決がなされた昭和四八年二月一二日頃には、右請負工事につきその主張のような仲裁契約が存在することを知悉していたのに、建設工事紛争審査会に対する調停の申請を示唆するだけで、原告の約束手形金請求に対し、工事の瑕疵による代金減額ないし損害賠償請求権をもつてする相殺の抗弁を立証すべく、検証等証拠調の実施を求めていたところで、その主張のような調停の申立があつたとしても、被告としては、本訴に攻防の焦点を合わせて右手形金請求についての防禦を尽くし、原告において、その反証を予定して手続が進められていたものと認められるところであるから、本案についての弁論をこえ、抗弁の立証という訴訟の段階において、かかる仲裁契約存在の抗弁を提出することは、時期におくれ訴訟の完結を遅延させるものであるとまで評し得ないとしても、訴訟上、信義則に反し排斥を免れないといわなければならない。してみると、被告の右主張は、その余の点について検討するまでもなく失当に帰する。

二そこで本案について考えるに、請求原因(一)、(二)の事実は当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、請求原因(二)の事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はなく、被告の相殺の抗弁については、その主張のような仲裁契約が存在する以上、工事について代金減額請求ないし損害賠償請求として独立の訴を提起することが不適法であるから、これを相殺の抗弁として行使することもまた失当といわなければならない(もつとも、被告は、代金減額等の請求権について、仲裁契約によることを放棄したわけでも、また、これによることを妨げられることもないところで、原告の手形金請求についてはこれに依拠できないため紛争の解決が分断されることとなる以外、特段の不利益を甘受すべき立場に置かれたとすることはできない)。

三よつて、民事訴訟法第四五七条第一項にしたがい、主文掲記の手形判決を認可することとし、異議申立後の訴訟費用について同法第四五八条第一項、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。 (稲垣喬)

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