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神戸地方裁判所姫路支部 平成6年(ワ)207号 判決 1998年2月23日

兵庫県加西市<以下省略>

原告

右訴訟代理人弁護士

山田直樹

山崎省吾

吉田竜一

高谷武良

平田元秀

東京都千代田区<以下省略>

被告

大和證券株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

堀弘二

浦正幸

主文

一  被告は、原告に対し、金二三八万九四六〇円及び内金二〇二万四四六〇円については平成二年二月二三日から、内金一四万五〇〇〇円については同年八月二七日からそれぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その二を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金三八六万九一〇〇円及び内金三三七万四一〇〇円については平成二年二月二三日から、内金一四万五〇〇〇円については同年八月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  事案の要旨

本件は、被告の従業員の勧誘でワラント(新株引受権証券)を購入した原告が、被告従業員は、ワラント購入の不適格者である原告に対し、ワラントの仕組みや危険性について説明することなく、利益のみを強調した違法な勧誘をしてワラントを購入させ、さらに、原告の株取引による取引精算繰越金を流用して、別のワラントを原告に無断で購入したと主張する事案である。原告は、これら二度にわたるワラントの購入代金相当額と弁護士費用について、不法行為に基づく損害賠償を請求するとともに、右のうち、被告従業員が無断買い付けをしたとするワラントの購入代金相当額については、原告に売買の効果が帰属しないとして、選択的に預託金の返還を求めている。

二  争いのない事実

1  当事者等

(一) 原告は、大正一五年○月○日生まれの男性で、兵庫県加西市内で農業を営んでいる。

(二) 被告は、証券取引法に基づく大蔵大臣の許可を得て有価証券の売買などを営む株式会社である。

(三) B(以下「B」という。)は、被告の営業担当従業員である。

2  ワラント

(一) ワラントとは、一定の期間(権利行使期間)内に、一定の価格(権利行使価格)で、一定の数量(行使株数。一ワラント当たりの払い済み金額を権利行使価格で除したもの)の新株式を引き受けることができる権利(新株引受権)又はこの権利が表章された証券のことをいう。すなわち、昭和五六年の商法改正によってその発行が認められた新株引受権付社債(商法三四一条の八以下)の別名をワラント債というが、このワラント債の一部である新株引受権だけをワラントといい、社債部分が分離し、独立の取引の対象となる。

(二) ワラントの実質的価値は、パリティと呼ばれ、新株引受権を行使して得られる利益相当額、すなわち、株式の時価と権利行使価格との差額によって決まる。

(三) ワラントは、市場においては、右パリティに将来の株価上昇の期待値であるプレミアムが付加された価格で取り引きされる。

(四) したがって、ワラント銘柄の現在株価が権利行使価格を下回ると、直接株式を購入した方が安いので、権利行使の意味がなく実質的価値はない。そのような場合でも、権利行使期間中に株価が上昇して権利行使価格を上回る可能性はあるので、その期待の多少に応じてプレミアムがつき、ワラントの価格に反映する。権利行使期間が終了した時点で株価が権利行使価格を下回っているとき、または、権利行使期間内においても株価が権利行使価格を上回らないことが確実となったとき、ワラントの市場価格は無価値となる。

(五) ワラント取引は、このように、一定数の新株引受権に対し、株価と権利行使価格の差額にプレミアムを付加した割合の金額を投資するものであるから、右割合の資金によって同数の株式に投資するのと同じ効果が生じる。したがって、比較的少額の投資で高い利益を得ることができる反面、値下がりの場合の損失も大きい。

(六) 他方、投資家の損失額は投資額に限定され、株式の信用取引や先物取引のように預託した資金以上の損失を被ることはない。

(七) ワラント債の発行は、国内企業による場合であっても海外で外貨建てで行われる場合が多い。このようにして発行されたものは外貨建てワラント債と呼ばれ、そのワラント部分である外貨建ワラントは、国内において、店頭・相対で取り引きされ、その価格が投資家の売値と買値で異なる。証券会社は、平成元年二月から、数社で外貨建てワラントの業者間自主マーケットを開設した。同年五月以降、流通性の高い銘柄の気配値(売買の希望価格)情報は、日本証券業協会を通じ電子情報通信機関及び新聞等から毎日投資者に提供されるようになり、発表される銘柄は徐々に増えている。

3  原告のワラント取引等

(一) 原告は、平成二年二月二三日、Bから電話で勧誘を受け、外貨建てで額面一〇万ドルの日産車体のワラントを代金三三七万四一〇〇円で購入した(以下「本件日産車体ワラント」という。)。

(二) Bは、平成二年八月二七日、原告名義で外貨建ての関西ペイントワラント一ワラント(以下「本件関西ペイントワラント」という。)を代金一四万五〇〇〇円で購入した。原告は、遅くとも同日までに、金一四万五〇〇〇円を被告に預託しており、Bは、この預託金を本件関西ペイントワラントの代金に充てた。

(三) 原告は、平成四年ころ、本件各ワラントが大幅に値下がりしていることに気づいたが、値下がりした金額で売却しても経済的に無意味であると考えて保有を続けた。その結果、原告は、本件日産車体ワラントの権利行使最終日である平成六年二月一日及び本件関西ペイントワラントの権利行使最終日である同年八月二五日をいずれも徒過した。

三  争点及び当事者の主張

1  争点

(一) 公序良俗違反及び適合性の原則違反

(二) 説明義務違反などの違法勧誘(本件日産車体ワラント)

(三) 無断売買(本件関西ペイントワラント)

(四) 過失相殺

2  原告の主張

(一) 公序良俗違反及び適合性の原則違反

ワラントは、権利内容が難解であるうえ、投資額金額を失う恐れのある超ハイリスクな証券で、周知性がない。したがって、高度の知識や深い経験、資金余力のない一般投資家は、取引適合性を欠く。それだけでなく、海外ワラントは、ワラント原券や目録見書などが専門的な英語で書かれており、一般投資家には権利内容が理解できないばかりか、そもそも投資家は証券会社から預り証を交付されるだけで、これを見ても権利の内容は判らない。さらに、証券会社と投資家との相対売買で取引され、公正な価格形成の制度的保証もない。よって、そもそも証券として根本的欠陥があるから、一般投資家にワラントの勧誘をすること自体が公序良俗違反である。

原告は、本件各ワラントの取引が行われた当時、六四歳で、脳梗塞を患い、月に一度市立加西病院に通院していた。原告は、この脳梗塞の症状のため、自宅で寝たり起きたりする生活で、ワラント取引に耐えられる理解力を欠き、闘病のため証券取引を長く中止して、知識と経験も不十分であった。投下資本も老後の資金であって余剰資金ではない。よって、原告がワラント取引を行うのに適合した資産も能力も意向も有しない投資家であったことは明白である。

(二) 本件日産車体ワラントに関する違法勧誘等

Bは、ワラントの仕組みに関して何の説明もせず、本件日産車体ワラントについて、原告に対し、「二か月待てば必ず値上がりします。投資信託を売ってでも買う方が得です、必ず値上がりしますから。」と執拗に勧誘した。これは、ワラントの危険性についての告知をしていない説明義務違反であるばかりでなく、証券取引法で禁止されている断定的判断の提供及び利益保証による勧誘にあたる。また、ことによっては投資額全額を失うのに、あたかも投資信託よりも有利であるかのように説明して勧誘しており、ハイリスクであることをことさらに秘している点で重要な事項につき誤解を生ぜしめるべき表示にあたる。Bは、右勧誘に際して、原告に日本証券業協会制定の公正慣習規則第九号「協会員の投資勧誘、顧客管理等に関する規則」に規定されている説明書の交付も確認書の徴求もしていない。なお、被告が所持している原告名義の「ワラント取引に関する確認書」は、Bが原告宅で原告の妻に印鑑を要求し、自ら押捺することによって作成した偽造文書である。

(三) 本件関西ペイントワラントの購入における無断売買

本件関西ペイントワラントは、Bが原告に無断で購入したものである。原告は、購入に何の関与もしていない。原告は、脳梗塞の症状が悪化し、購入日とされる平成二年八月二七日の直前である同月一六日に開頭手術を受けており、証券取引のできる状態ではなかった。

(四) 過失相殺について

原告は、前述した年齢、投資経験及び病状からして、自己責任原則の前提となる判断能力はない。また、被告従業員から判断材料も提供されていなかったから、原告にとって勧誘を拒絶することは不可能であった。これに対し、被告は証券取引の専門家で、知識量、情報量などのあらゆる力量において原告とは比べものにならない。Bによる本件各ワラントの勧誘は、確認書の偽造など被告の会社ぐるみの故意とも言うべき違法性の高いものである。したがって、被告が原告に損害の分担を求めることは失当である。

2  被告

(一) 公序良俗違反及び適合性の原則違反について

そもそもワラントの商品内容の説明義務や適合性の原則を遵守すべき法律上の義務はないのであるが、ワラントの商品構成や商品特性は、株式や転換社債などと類似した部分を有し、それほど理解困難ではない。ワラントの値動きが大きいのは、少額の資金によって多数の株式への投資が可能なことから生ずる現象で、信用取引と同様、投資効率がよいということである。したがって、ワラント取引が個人投資家に適合しない取引であるということはできない。また、外貨建ワラントの価格は、昭和六三年末まではロンドンの業者間市場の気配値を、平成元年一月以降は、これに加え、国内の業者間市場の気配値をも参考にした上、当該銘柄の株式の株価見通しや当該ワラントの需給関係などを考慮して決めており、恣意的に決定していた訳ではなく、決定された価格には証券各社とも大きな差異ははかった。

原告は、昭和五九年三月ころから株式や投資信託の売買を繰り返しており、株式取引に対する投資意欲が強く、投資経験もあり、平成二年二月二三日にBから日産車体ワラントの勧誘を受けた当時、運動機能は正常で、山へも行ける状態まで緩解していた。

したがって、原告は、ワラント取引に適合する能力も有していたというべきである。

(二) 本件日産車体ワラントについて

Bは、原告に勧誘した際、新規発行の日産車体ワラントがあることを伝え、ワラントは、①転換社債の転換価格とよく似た性格で行使価格が決まっていること、②転換社債は期限が来ると額面が償還されるが、ワラントの場合は行使期限が来ると価値がなくなること、③転換社債は株式に比べて値動きが少ないが、ワラントは株式の約二、三倍の値動きがあること、④転換社債は社債の一種だが、ワラントは社債から分離されたもので、社債部分がないこと、⑤本件日産車体ワラントの場合は、株価が一一〇〇円位、行使価格が一一三八円、行使期限が一九九四年二月一日で、期限までに約四年あるので、それまでに売却する必要があること、⑥外貨建てワラントなので、為替が関係するが、値動きの中心は株価の上下であることなど、転換社債と比較しながらワラントの商品内容を説明した。そのうえで、日産車体は日産自動車の系列子会社で業績も安定しており、新規に証券を発行した会社の株式(ファイナンス銘柄)はファイナンス開けに値上がりするケースが多いので、それにつられて同じ銘柄の転換社債やワラントも値上がりする場合が多く、今回も値上がりする可能性が高いと見込まれることなどを告げて、日産車体ワラントの買付を勧誘した。原告はこれら説明を理解したうえで購入を決めたものである。

加えて、Bは、同月二八日、原告宅へワラントの受け渡し手続きに赴いた際にも、原告に対し、分離型ワラントのパンフレットや日産車体の株価チャート等を見せながら、ワラントの一般的な商品内容や本件日産車体ワラントの内容を再度説明し、これら資料を交付した。確認書は、Bが同月二八日に原告宅へワラントの受け渡し手続きに赴いた際に、原告から書類の作成を依頼された妻C(以下単に「C」という。)から押印を得、帰社後同人の承諾を得て女子従業員に記名させたもので、偽造文書ではない。

(三) 本件関西ペイントワラントについて

Bは、平成二年八月二七日、原告方に電話を架けて本件関西ペイントワラントの購入を勧誘した。この電話で、Bは、基本的には日産車体ワラントと同様の商品であるが、国内ワラントであるため、証券取引所に上場され、また、新規発行の証券なので手数料は不要であることなどを説明したうえ、関西ペイントの株価や同ワラントの行使価格、行使期限、新規発行の証券は上場された後に値上がりする可能性が高いことなどを話し、原告の口座に残っている一五万三五四八円の範囲で、同ワラントの購入を勧めたところ、承諾を得た。原告とCのどちらに勧誘し、返答を求めたかは定かではないが、Cは、以前から原告の口座での取引に関与し、取引内容を熟知しており、Cが原告の代理人としてBから説明を受け勧誘に応じたとしても何の問題もない。

(四) 過失相殺

前述したとおり、原告及びその代理人であるCは、ワラントの商品内容やその取引に伴う危険性を認識する機会が十分にあった。したがって、原告らが投資家の自己責任の原則を十分に自覚し、ワラントの商品内容やその取引に伴う危険性を認識しようと努めていれば、それらを認識することは容易であった。よって、仮に本件請求が認容される場合には、損害の発生ないし拡大につき原告にも重大な過失があったから、大幅な過失相殺がなされるべきである。

第三判断

一  認定事実

1  原告の資産状態や取引経験について

乙第二、第一二、第一三(いずれも顧客勘定元帳)、第一八(損益資産表)、第二一、第二二(いずれも取引申込書)、第二三号証(報告書)、証人B、同Cの各証言、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

原告は、昭和五九年二月当時、少なくとも一六〇〇万円の金融資産を有し、農業に従事する長男夫婦らと同一世帯で暮らしていたところ、昭和五九年二月二八日被告に積立投資による中期国債ファンドを申し込み、同年三月二二日に日立製作所の株式を八七万円余りで購入し、それ以来同年末まで、毎月二、三回、株式や投資信託(投資信託については、安定性より高収益を目指した株式型の商品が多い)を数十万円から百万円単位で買い換えた。また、原告は、昭和五九年五月、C及び原告の子であるDの名義で新たに口座を作り、それぞれ一〇〇万円程度の資金で国債や投資信託の売買を行った。しかし、原告は、昭和六〇年から六二年程度の間は、年に数回取引をした程度で、昭和六二年九月から本件日産車体ワラントを購入した平成二年二月二三日まで取引を中断した。原告には、先物取引や信用取引の経験はなく、ワラントの知識があったとも認められない。

2  原告の病状(判断能力を除く証拠によって容易に認定できる事実)

甲個第四号証(診断書)、甲個第八号証(外来診療録)、証人Cの証言及び原告本人尋問の結果によれば、次の事実が認められる。

原告は、昭和六二年七月二九日に山中を歩いているときに意識障害の発作を起こして倒れ、病院に収容された。そのときはすぐに病状は消失して一日で退院し、田畑の仕事もしていたが、同年九月一九日ころから再び両上肢のしびれや頭痛等を訴え、同月二一日に市立加西病院を受診したところ、右後頭葉に梗塞巣が認められ、同月二五日入院した。入院後数日で症状はほぼ消失し、同年一〇月二八日の退院時には、運動障害は完全に消失し、退院後約一か月間、手指のしびれや知覚軽度障害のほか精神的に不安定(イライラ・短気)を訴えるなどし、日常生活指導を受け、その後、同年一二月頃から現在までは、一か月に一度の割合で病院に通っている。

原告は、昭和六二年一一月中旬ころから日常生活動作は自立していた(外来診療録からこのように認定でき、これに反する証人Cの供述は信用できない)ものの、左手指のしびれや軽度の知覚障害、巧緻性の低下などがあり、左足の履き物が脱げていてもわからなかったり、左手で持っている物を落とすなどのことがあった。昭和六三年一〇月ころ、山へ行ったこともあるが、左手指のしびれは持続し、平成元年一一月ころには着衣動作の低下やめまいを訴えた。平成元年一二月ころから胃の調子が悪くなり、平成二年二月一四日には胃カメラによる検査を受け、平成二年三月ころまでは主に胃炎の治療を受けたが、同月末には胃の不調も治まった。平成二年二月当時は、左上下肢不全麻痺による運動機能障害はほぼ消失していたが、巧緻性、速度にやや欠ける状態で、しびれなどの知覚異常が上肢に残存していた。

3  原告の本件日産車体ワラント購入当時の判断能力

(一) 原告の通院していた市立加西病院の外来診療録(甲個八)には、2で認定した知覚障害や巧緻性の低下などの記載のほか、知的能力や精神面に関して、昭和六二年一一月九日に「精神的に不安定(イライラ・短期)」、「左足のはきものがぬげていることあり」、平成三年七月五日に「気分がイライラする。」と記載されているのみである。平成元年一二月から平成二年二月までの記載部分には、原告の知的能力に関する医師の所見はもちろん、原告やCからの訴えも見られない。

また、原告が平成二年六月に転院した西脇病院の入院録(甲個一一)には、「最近複視、物忘れがあるため、平成二年七月六日検査目的で入院となった。」とか「手術決まってから仕事せず家で寝てばかりです。」等の記載があり、六月の転院前は知的能力の障害は顕れておらず、仕事もしていたことが窺われる。

さらに、原告は、同年三月一日に代金一七五万七〇〇〇円で安田信託銀行の株式の購入を申し込んで同月五日に現金を入金し、これについては発行会社の募集自体が取りやめになったものの、同月九日には中央信託銀行の株式を代金二七五万一〇〇〇円で購入し、同月一五日には国債型の投資信託を売却して翌日間組の転換社債を代金三〇〇万円で購入し、同年五月一五日には九万円余りの利益を得てこの転換社債を売却し、二二二万四七二〇円で東急不動産の株式を購入し、同月末に値上がりした右株式を売却している(乙二、原告本人)。原告は、これら取引については、勧誘の違法性等を主張しないし、証拠上も違法勧誘や無断取引があったことは窺われない。また、これらの購入資金は、以前購入していた欅の木を自ら売却して得たもので(証人C)、この売却には被告の関与はない。

加えて、原告作成の陳述書(甲個三)によれば、原告は、平成二年二月二三日にBから電話で本件日産車体ワラントの勧誘を受けた時の状況や会話内容を現在まで覚えていることが認められる。

したがって、本件日産車体ワラントの勧誘を受けた平成二年二月二三日当時、原告には理解能力や判断能力に障害はなかったと認められる。

(二)(1) なお、E医師作成の陳述書(甲個一八)には、平成二年六月一八日の西脇病院での初診時に、原告が一桁の足し算ができず年齢を間違えたことや、CT画像上多発性脳梗塞が認められ、その後の病状に大きな変化がないことを根拠に、右初診時と同年二月二三日の時点との多発性脳梗塞による知的障害の状態には大差がなく、新たな知識の習得を必要とするような事柄は理解できなかったと推認される旨の記載がある。

また、原告は、脳梗塞を患って以来、物事を忘れるようになり、漢字も忘れてしまったし、本件日産車体ワラントを勧誘された時のBとも会話も覚えていない、当時間組の転換社債や東急不動産の株式を売り買いした記憶もないと供述し、証人Cも、昭和六二年九月に脳梗塞で倒れて以来、物忘れがひどくなり、自分の年齢も分からず、その日の日にちも何回も尋ねるくらいで、物も二重に見えるようになったと供述する。

(2) しかし、右記載、証人Cの供述はいずれも信用できない。なぜなら、医師は原告が本件日産車体ワラントを購入した平成二年二月当時に原告を診察していたわけではない。また、西脇病院のカルテ(甲個九)による限り、医師は、同年六月一八日の初診時の後は、平成四年一一月六日に日付けを言えるかどうかのテストをするまで、知的障害のテストをしていない。したがって、西脇病院の初診時のテストだけで、ただちに本件日産車体ワラント購入当時の知的障害を推認することはできない。

(3) 物忘れがひどいとか物が二重に見えるというCの供述も、そのような訴えが診療録に記載されたのは、平成二年六月一八日が初めてである(甲個九)。原告は、前記のとおり、本件日産車体ワラントの購入後にも、株式、転換社債の売買を行って利益も上げており、また、陳述書記載の会話は覚えていると供述しているし、漢字も一つ一つ尋ねられれば返答しており、文字そのものを忘れているわけではない。そして、Cの証言によれば、Cは、本件日産車体ワラントの購入やこれに引き続き行われた株式取引などを認識しつつ反対しなかったと認められる。

(三)(1) なお、E医師は、加西病院の外来診療録(甲個八)に、全般的に知的障害に関する記載がなく、同病院での診療科目が一般内科であることから、加西病院では知的障害に関する問診は行われなかったと推察し、当時の外来診療録に知的障害に関する記載がないことは、必ずしも原告に知的障害がないことを示すものではないとする。

(2) しかし、加西病院でも、原告を脳梗塞と診断し、治療していたのであり、外来診療録(甲個八)には、「歩いていると左足のはきものがぬげていることあり、お湯の感じなどは左でよけいに熱く感じる」(昭和六二年一二月)、「山へも行っている」(昭和六三年一〇月)など、原告やCからの訴えが比較的丁寧に記載されており、精神状態についても精神的に不安定、気分がイライラする(昭和六二年一一月、平成三年七月)など、訴えがあれば、それが精神状態であるか運動能力や知覚(感覚)に関するものかを区別せず記載がなされている。

そうすると、平成二年六月まで通院した加西病院の外来診療録(甲個八)に、物忘れや複視についての記述が一切ない(平成元年一二月から平成二年二月まではげっぷ等症状に関する記述のみである)ことから、少なくとも、原告またはCからは、物忘れ等の申告はなかったといえる。

(3) よって、これらE医師の陳述書や証人Cの供述、原告の供述は、前記認定を覆すに足りない。

4  本件日産車体ワラントの勧誘について

(一) Bが平成二年二月二三日に原告に電話で本件日産車体ワラントの勧誘をし、その電話で購入の承諾を得たことは争いがないところ、この勧誘の状況について、原告は、陳述書(甲個三)において、電話は続けて三回架かってきて、二回は断ったが、Bから、二か月ほどで高収益が得られると何度も言われたため、しつこい電話が苦痛だったことと、これほど勧めるのだからそれなりの理由があると考えたことから承諾した、ワラントがとういうものか説明を受けたことはなく、一回目と二回目の電話は一、二分程度、三回目の電話もせいぜい二、三分程度であったと述べる。

しかし、原告の右供述は、Bからワラントについて十分な説明を受けなかったことを強調するため、通話時間を一回目と二回目は、一、二分程度、三回目二、三分程度と、短時間であったとしながら、勧誘が執拗だったというのであって、矛盾した供述をいわざるを得ないものである。加えて、本件日産車体ワラントは、原告、C、Dの各名義で保有していた投資信託を解約して購入代金三三〇万円余りを調達したもので、それまでの原告の投資傾向からすると、一銘柄に対する投資額としては最も多い(乙二、一七の一及び二、一八)。そうすると、たとえ二か月ほどで値上がりすると告げられたとしても、原告がワラントの説明を全く聞かず直ちに購入を決めたとは考えがたい。原告が、当初二回の電話勧誘を断った理由として、ワラントという名称をそのとき初めて聞いたことを挙げている(甲個三の陳述書)ことからしても、原告は、購入を決める際、それなりの説明を受けたものと考えられる。

証人Bは、本件日産車体ワラントについて、新規発行のワラントとして被告内で掲示され、新規発行の場合、払込期間経過後に値上がりすることが多かったので原告に勧めた証言しており、原告の供述する二か月程度という期間は、右払込期間をいうものと認められる。右事実からすると、原告は、Bの説明を、本件日産車体ワラントが新規発行のワラントで、二か月程度の払込期間が過ぎれば値上がりする見込みがあるとの趣旨と受け取ったと認められる。

(二) ところで、証人Bは、ワラントに権利行使期間があることや、株式に比べ二、三倍の値動きをするハイリスク・ハイリターンな商品であることも供述したとするほか、ワラントの値動きをどう説明したかとの原告代理人の質問に対し、ワラントの価格が行使価格を基準として株価の上下と連動した説明で上下するとも供述している。

しかし、証人Bは、原告がたまたま転換社債について知っていたため、転換社債と比較してワラントの仕組みを説明したと供述するところ、この勧誘の前、原告の投資は株式と投資信託であったこと、約二年半証券取引を中断していたことも考えると、当時の原告に転換社債について十分な知識があったかどうかは明らかでないうえ、Bの説明は、電話によるもので、同人の供述によっても一〇分か一五分程度とされていることからすると、それほど詳しい説明ができたとは思われず、原告が説明を理解したとは到底考えられない。

加えて、Bがその説明内容として証言するとおり、転換社債は償還期日が来ると社債額面が返ってくるが、ワラントは権利行使期間が来ると価値がなくなるし、一般に転換社債は株式より値動きが小さいのに対し、ワラントは株式より値動きが大きい。このように、権利行使期間や危険性に関しては、転換社債とワラントの類似性は低い。

また、Bは、購入の目的が転売利益の獲得にあったため、権利行使のために新たな払い込みが必要であることは説明していないとも証言している。

本件日産車体ワラントが新規発行のワラントで、権利行使期限が四年後であった(甲個一)ことをも考慮すると、証人Bの、原告に対して権利行使期間や権利行使価格の説明をしたという供述は、そもそも信用できないのであるが、右に述べた事情からすると、同証人は、ワラントの値動きが株式より大きいことについては言及したかもしれないが、ワラントの価格が行使価格を基準として株価の上下と連動した形で上下すると説明をしたとは認められない。

5  受け渡しの際の説明

証人Bは、平成二年二月二八日に本件日産車体ワラント預り証等の受け渡しのため、原告宅を訪れた際、原告またはCに対し、パンフレット(乙一)や、日産車体の株価チャートのコピー、会社四季報を示し、該当部分を読み上げる等して口頭でワラントの特徴や日産車体の業績等を改めて説明し、これら書類を交付したと供述する。しかし、この受け渡しは原告が電話で承諾し注文がなされた五日後であるから、注文との因果関係はない。

加えて、ワラント取引に関する確認書(乙五)には、原告の印鑑が押捺され、この確認書は外国新株引受権証券(外貨建ワラント)取引説明書(乙六)の末尾から切り離される形になっている。しかし、Bは、説明に用いたのは別のパンフレット(乙一)で、これは交付したと供述するものの、裏付ける証拠がない。確認書(乙五)と一体になった前記取引説明書(乙六)については、B自身、交付したかははっきり覚えていないと証言する。一方、Cはこれを否定しており、確認書とBの証言を合わせても、パンフレットと取引説明書のいずれについても交付したと認めるに足りない。

6  原告のその後の病状

原告は、平成二年六月ころから、複視やひどい物忘れを訴えるようになり、同月一八日に市立西脇病院脳神経外科を受診した。このとき原告は、知的障害のテストで自分の年齢を一歳若く返答し、「三足す五は何か」との質問に答えられなかった。原告は、同月二〇日にCTスキャン検査で右側頭部に脳梗塞が見られ、同年七月六日に脳血管撮影検査を受けたところ、脳梗塞及び左内頸動脈閉鎖証と診断され、手術を勧められた。このとき原告は、物忘れの他、すぐ眠くなることを気にしており、時々頭痛もあった。また、この検査以降、原告は仕事をするのをやめ、ほとんど自宅で寝て過ごすようになった。原告は、同年八月一四日に、手術目的で入院し、同月一六日、左側側頭中大動脈吻合術(左バイパス術)を受け、同月二四日に退院した。(甲個九、一〇、一八)

7  本件関西ペイントワラントの購入について

(一) Bは、本件関西ペイントワラントの購入は、Cに電話で勧誘し、同人の承諾を得ており、原告も承知していたはずであると供述する。しかし、証人Bは原告が右購入を承知していたという根拠を特に述べず、他に原告の証人を推測させる証拠はない。原告は、一〇日余り前に頭部の手術をし三日前に帰宅したばかりであることからすると、証券取引の判断ができる状態ではなかったと推認される。したがって、原告が本件取引を承知していたと認めることはできない。

(二) また、BがCから承諾を得たと認めることもできない。

(1) すなわち、Cは、同年五月初め頃、原告の依頼により、本件日産車体ワラントについてBに時価を尋ね、Bから値下がりしているのでしばらく待って欲しいと言われたことがある(証人C)。一方、Bは、本件関西ペイントワラントについては、同年五月に転換社債で利益が出ているし、買付代金が少額なので購入の同意が得られると思ったと供述しているものの、勧誘の際、本件日産車体ワラントの値下がりが問題になったとの供述はしていない。Cは、本件日産車体ワラントの時価をわざわざ電話で問い合わせたのであるから、その三か月後に本件関西ペイントワラントの勧誘を受けたのなら、本件日産車体ワラントの値下がりを踏まえて説明を聞くものと思われるのに、同じワラントである本件日産車体ワラントについて言及せず、転換社債のみ引き合いに出して承諾を得たというBの供述は不自然である。

(2) また、B及びCの各証言によれば、取引をするかしないかの判断は、常に原告がしていると認められるところ、本件関西ペイントワラントに関してだけ、Cが勧誘を受けて承諾をしたとも考えがたい。

(三) 以上からすると、本件関西ペイントワラントの購入について、原告またはCから承諾を得たというBの供述は信用できず、他にこれを認めるべき証拠はない。

二  違法性について

1  公序良俗違反と適合性の原則違反について

(一) ワラントを個人投資家へ販売することについては、これを禁止する法律はない。また、前述したワラントの商品特性や投資リスクは、他の投資商品とかけ離れた異質で難解なものとはいえず、一般投資家がこれらを理解し、投資の是非を判断することは十分可能であるといえる。ワラントへの投資者は、株価が一定以上上昇しなければ利益を得ることができず、権利行使期間内にその上昇がなければ利益を得る機会を失う。その反面、ワラントは、株式の価格が上昇する時は、株式投資より少ない金額で同等の利益を上げることができ、価格下落の時でも損失が当初の投資額に限定される。したがって、リスクとリターンのバランスは取れているといえる。また、相対取引の価格決定は、証券取引所における機械的な価格決定とは相違するが、実勢株価との関係や同業他社との競争上、価格決定の裁量性には自ずから限度があると考えられる。価格情報についても、前述のとおり代表的銘柄については平成元年五月から新聞紙等で気配値が発表され、その範囲は拡大されている。また、証券会社に問い合わせればいつでも必要な情報を入手できる(上場株式であっても、リアルタイムの価格情報を得る最も簡単な方法は証券会社への問い合わせである。)。したがって、ワラントを一般の投資家に販売すること自体が公序良俗違反であるといえない。

(二) 原告が適合性違反として主張するところは、投資に関する知識・経験、投資の目的、財産状況などに照らし、証券取引への適合性を有しない者に対しては勧誘を差し控えるべきであるのに、被告はこれに違反して勧誘をしたとの趣旨と解される。

まず、右に述べたところから、一般投資家であるからといって直ちにワラントの取引適合性がないということはできない。

そして、前記認定のとおり、原告は、六四歳で、脳梗塞を患っていたものの、これによる理解能力や判断能力の障害はなかったと認められ、前記一1記載の証券取引の経験があり、少なくとも一六〇〇万円の金融資産を有し、長男らと同居していたこと等からすると、ワラント取引の適合性を欠いていたとはいえない。

2  本件日産車体ワラントの勧誘について

(一) 原告は、前述のとおりの投資経験を有しており、株式取引や投資信託で損失を被ったこともあるから、Bが二か月程度で値上がりすると告げたことをもって、断定的判断の提供や虚偽表示にあたるということはできない。また、原告本人尋問の結果から、少なくともワラントが株式と異なる商品であることは認識していたと認められるところ、Bから短期間で値上がりすると告げられており、利益の大きい商品は損失の危険も大きいことは常識であるから、株式よりハイリスク・ハイリターンであることは認識可能であったと考えられる(なお、原告は、ワラントのことを投資信託だと思ったとか貯金したつもりであるなどと述べるが、なぜ株式ではなく投資信託と思ったかについては合理的な説明がなく、原告の前記投資経験等に照らして信用できない。)。

(二) しかし、「争いのない事実」で述べたワラントの特質からすると、投資判断にあたっては、ワラントの実質的価値の基準が株価そのものではなく、株価が権利行使価格を上回るかどうかであることが重要であるといえる。これを理解していなければ、ワラントが株式よりハイリスク・ハイリターンであることは理解できても、リスクとリターンの目安となる価額が分からないために、どのような時にリスクを生じるのかが理解できず、リスクの程度を考慮して投資判断することができない。

(三) 前記一4認定のとおり、Bは、本件日産車体ワラントが新規発行のワラントで、二か月程度の払込期間が過ぎれば値上がりする見込みがあると告げたほかは、権利行使期間や権利行使価格の意味、ワラントの価格が権利行使価格を基準として株価の上下と連動した形で上下することのいずれについても説明したと認められない(なお、本件日産車体ワラントの預り証(甲個一)には、権利行使最終日の記載があるが、これは電話で注文がされた後に交付されたものであるから、説明内容の補充にはならない。)。また、勧誘は電話のみによる短時間のもので、説明書などの交付もなされていない。原告は、前記の投資経験を有するとはいえ、約二年半取引を中断しており、ワラントの知識もなかった。

(四) 以上からすると、Bは、原告がワラントの危険性を判断し、あるいは判断のため自ら情報収集する必要性を自覚するに足りる説明をしておらず、その勧誘は、私法秩序全体からみても違法なものというべきである。したがって、被告は、原告がBの右勧誘に応じて本件日産車体ワラントを購入したために被った損害について、使用者として賠償する責任を負う。

3  本件関西ペイントワラントについて

本件関西ペイントワラントの購入に際し、原告の承諾があったと認められないことは二7で認定したとおりである。したがって、その購入による計算は原告に帰属しない。よって、被告は、右購入代金に充てた預託金一四万五〇〇〇円の返還義務を負う。なお、遅延損害金については、預託金の返還請求をしたときから発生すると考えられるが、無断売買であっても、原告の意思に基づいて購入されたような外見が生じており、原告が本訴提起まで預託金返還を求めなかったのも、被告が違法に右外見を生じさせた不法行為によるとみることができる。よって、この無断購入がされた平成二年八月二七日から請求できると解される。

三  過失相殺について

一般投資家である原告と証券会社である被告とでは知識や情報などにおいて格段の差があることは原告主張の通りであるが、一般投資家であっても、投資に参加する以上、その危険性の判断は自らの責任で行うのが原則である。原告は、約二年半中断していたとはいえ、一1に記載した株式取引等の経験があり、二2(一)で述べたとおり、ワラントが株式よりハイリスク・ハイリターンであることの認識は可能であったと認められる。したがって、原告の側でも、証券の内容や危険性について関心を持ち、ワラントの知識がなく営業員の説明が理解できないならば、より詳しい説明を求め、場合によっては訪問や資料の交付を依頼するなどして情報を得てから投資するか、投資を控える慎重な態度が求められる。それなのに、Bの短時間の電話による説明のみで、ワラントの仕組みも理解していないのに、高収益が期待できるという言葉のみに気を取られて危険性について注意を払わず、そのまま購入を求めている。なお、Bが値上がり期待のみを強調して違法な勧誘をしたといっても、原告主張のような会社ぐるみの手続無視によるものとは認められず、Bが確認書(乙五)を偽造したとも認められない(証人Cの証言によれば、Cは、本件日産車体ワラントの購入自体については、原告が決めたこととして納得しており、受渡しの場でも商品内容に疑問を挟むことはなく、確認書の作成を求められれば応じたであろうと推察されるから、Bがこれを偽造しなければならない事情はなく、Bが右確認書に押印した状況についての証人Cの供述は不自然で信用できない。)。

したがって、過失相殺の法理に、本件日産車体ワラントの購入によって原告に生じた損害のうち、その四割を減じ、原告が被告に賠償請求しうる損害額をすべきものは、二〇二万四四六〇円とするのが相当である。

四  弁護士費用

本件事案の内容、審理経緯及び認容額などを考慮すると、被告の賠償すべき弁護士費用は二二万円が相当である。

五  結論

以上により、原告の本訴請求は、被告に対し、不法行為に基づき、本件日産車体ワラントの購入費用のうち二〇二万四四六〇円の損害賠償及びこれに対する不法行為の日である平成二年二月二三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金、本件関西ペイントワラントの購入に充てられた預託金一四万五〇〇〇円の返還及びこれに対する同ワラントの購入の日である平成二年八月二七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金並びに弁護士費用二二万円の支払いを求める限度において理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却する。

(裁判長裁判官 岡部崇明 裁判官 黒田豊 裁判官 森淳子)

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