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神戸地方裁判所姫路支部 昭和35年(わ)410号 判決 1960年12月12日

判  決

被告

無職

橘忠臣

昭和一八年生

右被告人に対する強盗致傷、窃盗被告事件について、当裁判所は、検察官通山健治出席のうえ審理を終え、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役三年に処する。

ただし、この裁判確定の日から四年間、右刑の執行を猶予し、その猶予期間中、被告人を保護観察に付する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、

第一、昭和三五年七月三日頃から、家族の服などを入質して家出していたところ、同月一一に至り、右入質品を受け出したうえ帰宅しようと考えたが、金がないため、強盗を企て、同日午後一〇時過ぎ頃、明石九藤江一、六九七番地の一高月一一(当六一才)方へ行き、戸をたたき「電報、電報」などと叫んで、就寝中の同人を起し、同人が同家内庭に出てくるや、同人に対し、用意していた手斧(検乙1号)を突き付けたり、振り上げたりしながら「金を出せ。一万円出せ。出さぬといわしてしまうぞ。」などと言つて脅迫し、同人の抵抗を抑圧して金銭を強収しようとしたが、同人から「君のいうことはぐあいようしたる。まあ待て待て。」と言われて、一旦振り上げた手斧を下に降ろした際、同人に急にこれを奪い取られその場を逃走したため、強盗の目的を遂げなかつた。

第二、(一) 同年六月二二日午後九時頃、勤務先の同市鍛冶屋町一番地藪内惟義方で、同人所有の男物背広上下一着(時価約金三、五〇〇円相当)を

(二) 同月二三日午後九時頃、同所で、同人所有の男物背広上下一着(時価約金五、〇〇〇円相当)を

(三) 前記第一の犯行後逃走の途中、同年七月一二日午前二時頃、同市大久保町山崎五一二番地の四森下長英万前路上で、同人所有の中古自転車一台(時価約七〇〇円相当)を

それぞれ窃取した

ものである。

(証拠の標目)省略

(判示第一事実の訴因に対する判断)

検察官は、判示第一事実の訴因として、被告人が、右強盗未遂行為の際、被害者高月一一に対し「加療約一週間を要する右前膊、右下腿左手背各部擦過傷を負わせた」旨の強盗致傷の事実を掲げ、かつ、公判廷において、被害者高月一一が被告人から手斧を奪い取る際、被告人と右高月とか「もみ合つた」と主張しているので、この点について判断する。

証人高月一一の当公判廷における供述、医師村田正夫作成の診断書(検甲2号)、司法警察員作成の実況見分調書(同4号)、および被告人の当公判廷における供述を綜合すると、判示第一の犯行の際、高月一一が加療約一週間を要する右前膊(大豆大、二ケ所)、右下腿(そら豆大、一ケ所)、左手背(大豆大、二ケ所)各擦過傷を負つたがそのうち、右前膊および右下腿の右擦過傷は、いずれも、被害者高月一一が被告人から手斧を奪い取つた後、逃走する被告人を追跡した際に自分の家屋等に当つてできたものであること、左手背の擦過傷は、高月一一が被告人から手斧を奪い取る際に、左手を板塀にこすつたことにより生じたものであること、被告人としては、右犯行の際、被害者を脅すために手斧を突き付けたり、振り上げたりしたが、終始、被害者の身体に手を触れておらず、被告人が手斧を奪い取られたのも、判示のような事情で、気を許し、一旦振りあげた手斧を下におろし、話合をする態度でその柄を水平に持つて油断したすきに、いきなり高月がその柄を握つて下向けて勢よく押えるようにして奪い取つたものであつて、被告人においては全くこれを予想していなかつたため、その際互にもみ合うとか、手斧を引張り合うとかする時間的予裕はなかつたこと(この点に関し、被告人の司法警察員および検察官に対する各供述調書―検甲30、32、33号―には、被告人が、手斧を取られまいとして「防いだ」「もみ合つた」「引張り合つた」旨の記載があるが右の各記載部分は、右各証拠と対比して、信用できない。)

さらにまた、被告人は、手斧を奪い取られてからは、追跡する被害者高月一一に対し何の抵抗もしないで、直ちに逃走しかえつて高月から右の手斧で自分の後頭部をたたかれ、治療約二週間を要する挫傷を負わされ出血しながら逃げ帰つたことを、それぞれ認定することができる。

ところで、刑法第二四〇条前段の強盗致傷罪は、強盗犯人が、強盗の機会において、傷害の結果を生じさせることにより成立するものであつて、強盗の手段たる暴行自体によつて傷害の結果が生じた場合に限らないが、法文上「人ヲ傷シ」という以上、少くとも強盗犯人の何らかの行為があり、かつこれと傷害の結果との間に刑法上の因果関係の存在することが必要であることは、いうまでもない。

本件においては、被害者高月一一の負傷のうち、右前膊および右下腿の各擦過傷は、いずれも、前記認定のとおり、被告人が何の抵抗もしないで逃走するのを、被害者高月一一が追跡する際に生じたものであるから、これをもつて、被告人の行為により生じたものといえないことは、もちろんである。また、その左手背の擦過傷についてみると判示のように、被告人は、被害者を畏怖させる目的で手斧を突き付けたり振り上げたりしただけで、被害者に対し切りつける意思がなく、かつ、その手斧が被害者の身体に接触するおそれもなかつたのであるから、被告人の右行為は、被害者の身体に対する不法な有形力の行使すなわち暴行ではなくて、脅迫行為であるといわなければならない。そして、強盗致傷罪が、暴行による傷害の結果発生のばあいに限らす脅迫行為による致傷のばあい、例えば、脅迫によつて被害者を転落負傷させたようなばあいをも包含すると解するとしても、本件においては、被害者高月一一が手斧を奪い取つた行為自体が被告人の行為により誘発されたというだけで、その負傷は、被害者が、被告人の油断に乗じ反撃に出る目的をもつて兇器を奪い取つた際に、かたわらの塀に手をこすつて負傷したものであり、そのことは、被告人の予想せず、かつ、一般的見解に立つて通常予測し得る定型性を欠くものと認めるべきであるから、被告人の脅迫行為と被害者高月一一の左手背の擦過傷との間には、刑法上の因果関係はないものと解すべきであつて右擦過傷は、被告人の行為により生じたものということはできない。従つて、前記高月の各擦過傷は、いずれも、刑法第二四〇条前段にいわゆる「強盗人ヲ傷シタルトキ」に当らないと解すべきである。そうすると、訴因第一の事実は、強盗致傷ではなくて、強盗未遂と認定しなければならない。そして、強盗致傷罪としての訴因及び罰条を、強盗未遂罪と認定擬律するには、訴因及び罰条変更の手続をとる必要はないと解する。

(法令の適用)

被告人の判示行為中、第一の強盗未遂の点は刑法第二三六条第一項第二四三条に、第二の(一)ないし(三)の各窃盗の点は同法第二三五条に、それぞれ該当するところ、判示第一の罪につき、同法第四三条本文、第六八条第三号に従つて未遂滅軽をしたうえ、以上は同法第四五条前段の併合罪であるから、同法第四七条本文、第一〇条に従つて、最も重いと認められる判示第二の(二)の罪の刑に併合罪の加重をし、被告人を主文第一項記載の刑に処し、なお、情状により、同法第二五条第一項、第二五条の二第一項前段を適用して、被告人に対し、主文第二項記載のように右刑の執行を猶予するとともに、その猶予期間中被告人を保護観察に付し、訴訟費用については、刑事訴訟法第一八一条第一項本文を適用して、被告人に負担させることとする。

昭和三五年一二月一二日

神戸地方裁判所姫路支部

裁判長裁判官 山 崎  薰

裁判官 古 沢  博

裁判官 緒 賀 恒 雄

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