神戸地方裁判所姫路支部 昭和39年(わ)501号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔判決理由〕本件公訴事実は、
被告人は、長女高原八千代(当四三年)が二十数年前より精神異常になつたため相生市矢野町榊一五七番地の自宅裏側土蔵二階に起居させ、その看護等に苦慮していたものであるが、同女の将来を案じ、家族の幸せのため同女を殺害しようと決意し、昭和三九年八月二六日午前四時頃右土蔵二階において、所携の野球用バットで同女の頭部を殴打し、且同女の頸部を両手で扼圧し、因て即時同所において、同女を右扼頸により窒息死させ、以て殺害したものである。
というのである。
よつて、審理判断するに、<証拠>を総合すれば、被告人が右記載のとおりの犯行をなしたことは認めることができる。
しかしながら、<証拠>を総合すれば、被告人は、昭和三五年頃躁鬱病に罹患し、その後周期的に躁状態、鬱状態の病相を交互に繰り返すうち、昭和三六年一二月には精神分裂病との診断により姫路市の高岡病院に一時入院した病歴を有し、本件犯行当時は躁状態への移行過程を含む相当重篤な鬱病期にあつた。しかも被告人はこれに加えて、長年被告人と共に精神分裂病が漸次増悪する被害者八千代の看護にあたつてきた妻つじが昭和三八年三月頃脳溢血に倒れて失明したため、それ以後長男政喜の妻尚子に八千代の身辺の世話をさせるに至つたことに日頃痛く気をとがめ、本件当時も老令な自己の死後も将来に亘つて政喜夫婦に八千代の看護をさせることには大層気がねしていた。然しその一面では、家族間の協議で八千代を精神病院に入院させることに話がまとまつておりながら、かつての自己の入院体験から推して、病気重篤な同女が精神病院の入院生活に耐え得ないことを想像して、その点を憂慮する等八千代の将来につき彼此種々の軋轢に沈痛していた。そのうえ、昭和三九年五月には五女千代野が稼ぎ先で姑との不和による葛藤から二児を道連れにガス心中を計つた事件を起したことにも被告人は心理的に大きな打撃を受け、本件当時その事後処置に腐心していた。かくて被告人は、本件犯行当時、これらの内的、心的負荷によつて深刻な絶望感、無力感、焦慮感などに襲われており、それらに基因する病的思惟と感情衝動によつて何等の取捨なく本件犯行に及んだもので、その際の精神障碍の程度は重篤であり、その正常な弁別能力および感情抑制力によつて本件犯行を避けることは期待でき得なかつたことが認められる。してみれば被告人の本件犯行時の精神障害は事物の是非善悪を弁別し、その判断に従つて行動する能力を欠いていたものとして、いわゆる心神喪失の状態にあつたものというべきである。
もつとも前掲各証拠によれば、(1)被告人の本件殺害行為の動機は精神分裂病が増悪する被害者八千代の将来を不憫に思つたことにあつてその思考過程は相当筋の通つたものであること、(2)被告人が当時の状況をかなり詳細、明瞭に記憶追想しているところからして、本件犯行は意識障碍のない状況で敢行されたものであるうえ、犯行の態様も必ずしも異常なものではなくむしろ用意周到な配慮さえ窺えること、(3)本件犯行後、長男政喜に対し「かわいそうなことをした」と悔悟の意思を表明していることが認められ、これらの事実によれば、被告人には本件殺害行為当時なお是非を弁別し、その弁識に基いて行動する能力が幾分残つていたのではないかとの疑問の余地がないではないが、他面前掲各証拠によれば、右各事実はいずれも被告人が当時罹患していた鬱病相の病的障碍を否定するものではなく、右事実が示すある程度の理性による反省も結局鬱病相に基因する感情障害によつて抹殺されてしまうことが認められるので、結局右のような事実があつたことを以て、被告人に責任能力を認めるべき合理的根拠にはならない。
なお又、第七回公判調書中証人森村茂樹の供述部分中には、本件犯行当時における被告人の責任能力について、是非善悪を弁別しこれに従つて行動する能力が全くなかつたわけではないとする趣旨に解される部分があるが、もとより責任能力の存否は精神医学による診断を基礎としつつ、これに法的評価を加えて判断すべき事柄であり、同証人の右供述部分をその精神医学的診断の部分を中心に全体として検討して見ると、それは必ずしも前記認定に反するものではないと思われる。その他本件各証拠を総合しても前記認定に支障を示すべきものはない。(村上喜夫 宮地英雄 藤田清臣)