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神戸地方裁判所姫路支部 昭和51年(ワ)133号 判決 1979年8月09日

原告

野村実

ほか一名

被告

篠本哲三

主文

一  被告は原告野村実に対し金一二〇〇万四八三八円および内金一一〇〇万四八三八円に対する昭和四七年二月一七日から、内金一〇〇万円に対する昭和五四年八月一〇日から各支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は原告全国印刷工業健康保険組合に対し金七九七万二七四八円およびこれに対する昭和五一年七月一三日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告野村実の被告に対するその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、原告野村実と被告との間においては、原告野村実に生じた費用の二分の一を被告の負担とし、その余は各自の負担とし、原告全国印刷工業健康保険組合と被告との間においては、全部被告の負担とする。

五  この判決は第一、二項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告ら

1  被告は原告野村実に対し金二三三八万七四五六円およびこれに対する昭和四七年二月一七日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告は原告全国印刷工業健康保険組合に対し金七九七万二七四八円およびこれに対する昭和五一年七月一三日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  仮執行の宣言。

二  被告

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

原告野村実(大正三年六月八日生、以下原告野村という。)は次の交通事故によつて傷害を受けた。

(一) 日時 昭和四七年二月一六日午後七時二〇分頃

(二) 場所 姫路市岡町二〇番地先市道上

(三) 加害車 被告運転の普通乗用自動車(姫路五五み六八四三)

(四) 態様 被告は、右市道上を右車両を運転して西進し、先行車両を追い越しのため対向車線に出た際、折柄右市道上を東進中の歩行者・原告野村に自車前途を接触、その場にはねとばして転倒させたものである。

(五) 傷害の部位、程度 右大腿骨粉砕骨折

2  治療の経過、後遺障害

原告野村は、本件事故後直ちに木下外科病院に入院して治療を受け、昭和四七年九月六日、国立姫路病院に転院して治療を受けたが、完治せず、昭和五〇年五月八日、症状が固定し運動障害等の後遺障害が残り、その程度は自動車損害賠償保障法施行令別表等級第五級に相当する。

なお、被告は、木下外科病院の治療過誤のため原告野村が骨髄炎に罹患し、そのため、治療期間が長びき右後遺障害が発生した、と主張するが、そのような事実はなく、右治療および後遺障害はすべて本件事故に起因するものである。

3  責任原因

被告は、当時、本件加害車を所有し、これを自己のため運行の用に供していたから、自動車損害賠償保障法三条により、本件事故に基づく原告野村の損害を賠償する義務がある。

4  損害

(一) 休業損害

原告野村は、丸山印刷株式会社に勤務していたが、本件事故のため昭和四七年三月一日から昭和五〇年四月末日まで三八か月間休業を余儀なくされ、その間、会社から給与の支給を受けられなかつた。

原告野村の本件事故前一年間の給与総額は金一六一万四九二〇円であり、本件事故がなければ昭和四七年四月以降同四八年三月までは一か月金一万一八〇五円、同四八年四月以降同四九年三月までは一か月金一万五五〇〇円、同四九年四月以降同五〇年三月までは一か月金二万九〇七〇円、同五〇年四月は金一万四〇〇〇円昇給した給与の支給を受け、昭和四七年七月には金一六万〇八七二円、同年一二月には金二四万六三三六円、同四八年七月には金一八万一〇三一円、同年一二月には金三一万三三二二円、同四九年七月には金二三万九四四〇円、同年一二月には金三九万九〇六七円、合計金一五四万〇〇六八円の賞与の支給を受けていたはずであるから、右期間中休業したことによる逸失利益は左記算式のとおり金七三四万四四八一円(円位未満切捨)となる。

1614920÷12×38+11805×12+15500×12+29070×12+14000+1540068=7344481.3

(二) 逸失利益

原告野村は、本件事故がなければ、後遺障害が固定した昭和五〇年五月当時一か月金一九万〇九〇五円の収入を得ていたはずである。

原告野村は、本件事故当時、五七歳で、就労可能年数は一〇年となるが、昭和五一年二月まで四年間入院しているので、残存就労可能年数は六年となる。

また、原告野村の昭和五〇年四月以降昭和五一年二月までの逸失昇給額は合計金一五万四〇〇〇円(一か月金一万四〇〇〇円の割合)であり、右期間の逸失賞与額は、昭和五〇年七月分の金二二万九一二六円と同年一二月分の金三四万〇一八八円の合計金五六万九三一四円である。

したがつて、原告野村の後遺障害が固定した昭和五〇年五月以降六七歳に達するまでの期間の得べかりし利益は、左記算式のとおり、後遺障害固定時の年間収入に就労可能年数六年に見合うホフマン係数(五・一三三六〇一)を乗じた金額に、昭和五〇年四月から同五一年二月までの逸失昇給額および賞与額を加えた金一二四八万六四四七円(円位未満切捨)となる。

2291400×5133601+154000+569314=12486447.041

ところで、原告野村は、前記後遺障害により、労働能力の七九パーセントを喪失したから、本件事故による逸失利益は前記算出額の七九パーセントに相当する金九八六万四二九三円(円位未満切捨)となる。

(三) 付添費その他の雑費

原告野村は昭和四七年二月一七日から同五一年三月末日まで一五〇四日間入院しているが、その間、一日金二〇〇〇円の割合による付添費用合計金三〇〇万八〇〇〇円および雑費金二五万円の支出を余儀なくされた。

(四) 慰藉料

原告野村は、本件事故による受傷のため前記のとおり四九か月以上入院し、かつ、後遺障害により精神的苦痛を受けてきているが、その慰藉料は、傷害による分が金四九〇万円、後遺障害による分が金二九五万円、合計金七八五万円が相当である。

(五) 弁護士費用

原告野村は、原告訴訟代理人に対し本件訴訟を委任し、着手金五〇万円、報酬金五〇万円、合計金一〇〇万円を支払うことを約束した。

(六) 損害の填補

原告野村は被告から本件事故による損害の内金として金二六三万七二七〇円、自賠責保険から金二九五万円、健康保険から傷病手当金二七万二〇四八円、会社から金七万円、合計金五九二万九三一八円を受領した。

(七) よつて、原告野村の損害の残額は右(一)ないし(五)の損害金額の合計から(六)の金額を差引いた金二三三八万七四五六円である。

5  原告全国印刷工業健康保険組合(以下原告組合という。)の目的および原告野村との関係

原告組合は、健康保険法に基づき、原告組合の組合員である被保険者の健康保険を管掌することを目的とする組合であり、原告野村はその被保険者である。

6  保険給付

原告組合は、健康保険法四五条に基づき、本件事故による傷病手当金として原告野村に対し金三四万一八三八円を支払い、また、同法四三条に基づき、本件事故による原告野村の治療費として別表(三)・(四)記載のとおり、木下外科病院に対し金七〇万五二七〇円、国立姫路病院に対し金六九二万五六四〇円、合計金七六三万〇九一〇円を支給した。

7  原告組合の損害賠償請求権

本件事故が被告の行為によつて生じたことは前記のとおりであるから、原告組合は健康保険法六七条に基づき前項記載の金額につき原告野村が被告に対して有する損害賠償請求権を取得した。

8  よつて、被告に対し、本件事故に基づく損害として、原告野村は前記金二三三八万七四五六円およびこれに対する本件事故発生の日の翌日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金、原告組合は前記金七六三万〇九一〇円およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日から支払済みに至るまで右同率による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実は認める。

ただし、本件事故と昭和四七年七月二七日以降の治療および後遺障害との間には、次の理由により、相当因果関係がない。

すなわち、原告野村は昭和四七年二月二四日木下外科病院において木下辰男医師執刀のもとに観血的整復手術(骨癒合手術。以下同じ。)を受けたが、医師は骨癒合手術を行うにあたつては患部の化膿を未然に防止するよう細心の注意を払うべき注意義務があるのに、右木下は右注意義務を怠り消毒不完全な手術用具等を使用したため、ブドウ球菌が患部に侵入し、その結果原告野村は骨髄炎に罹患したものであり、昭和四七年七月二七日以降、遅くとも原告野村が国立姫路病院に転院した同年九月六日以降はもつぱら右骨髄炎の治療のみがなされた。

ところで、交通事故による負傷者に対しては専門医による適切な治療がなされるのが通常であり、加害者としても右負傷者がそのような治療を受けることを当然期待してよく、治療中に医療過誤が発生することは一般に予測しえないものであるから、右医療過誤による疾患の治療と右交通事故との間には相当因果関係がないものということができ、したがつて、本件においても、本件事故と右骨髄炎の治療との間には相当因果関係は存しない。

なおまた、本件については、被告の本件事故と右木下の医療行為との間に行為の関連共同性もないから共同不法行為も成立しない。

3  同3の事実は認める。

4  同4の事実中、(五)のうち、原告野村が原告訴訟代理人に本件訴訟を委任したことおよび(六)は認め、その余は不知。

原告野村主張の損害は、仮にそのような損害が発生していたとしても、2に記載した見地からみて昭和四七年七月二七日以降の分については本件事故との相当因果関係はないから、被告にその支払義務はない。

5  同5の事実は認める。

6  同6の事実中、原告組合が原告野村、木下外科病院および国立姫路病院にその主張の趣旨により主張額相当の保険金を支払つたことは認め、その余は不知。

7  同7の事実中、本件事故が被告の行為によつて生じたことは認め、その余は否認する。

2に述べたとおり、本件事故と原告組合が支出した保険金の対象となる治療(医療事項)との間には相当因果関係はない。

第三証拠〔略〕

理由

一  請求原因1、3の各事実(事故の発生、責任原因)は当事者間に争いがないから、被告は自動車損害賠償保障法三条により本件事故によつて原告野村が受けた傷害による損害を賠償すべき義務がある。

二  請求原因2の事実(治療の経過、後遺障害)の事実は当事者間に争いがないところ、原告らは、右治療および後遺障害はすべて本件事故に起因するものである、と主張し、一方、被告は、原告野村は木下外科病院での治療過誤のため骨髄炎に罹患し、したがつて、昭和四七年七月二七日以降の治療および後遺障害は本件事故と相当因果関係がないものである、と主張するので、この点について以下判断する。

まず治療の経過をみるに、右争いのない事実といずれも成立に争いのない甲第三・第四号証、同第一五号証の一ないし八、同第一六号証の一ないし四三、乙第二号証の一ないし二三、証人木下辰男、同大室耕一の各証言および原告野村本人尋問の結果を総合すると、次の事実が認められる。

1  原告野村は、本件事故後直ちに木下外科病院に入院したが、入院時、意識が混濁し、後頭部頭蓋骨折、右肩部打撲、右側腹部に著明な筋性防御圧痛(腹膜炎の所見)、右大腿骨複雑骨折、膝関節の血液貯留等の傷害が認められた。

2  同病院の木下辰男医師は原告野村に対し、当日、直ちに後頭部挫創の縫合術および腹部傷害の応急処置をなし、右大腿骨複雑骨折(以下本件骨折という。)については副木を当てて固定し、経過を観察し、同年二月二四日、頭部および腹部の症状が軽快したので、本件骨折の観血的整復手術を行つた。

3  本件骨折は右大腿骨のうち約三分の一の範囲にわたり、手術野が広かつたので、整復固定手術に二時間半を要したが、手術そのものは成功であつた。

4  同年三月六日本件骨折部に波動(腫脹)が認められたので、木下医師は同部を穿刺して排液し、その際、右排液の細菌検査を行つたが、細菌は検出されなかつた。

5  本件骨折部の表面の傷は同月一四日治癒し、その後格別異常は認められなかつたが、同年七月二一日と同月二六日本件骨折部のレントゲン写真をとつたところ、本件骨折部の固定にゆるみが認められたので、木下医師は、同月二七日、再固定術ならびに骨移植術を行い、その際、再び細菌検査を行つたところ、塗抹標本検査では細菌は検出されなかつたが、培養検査で表皮ブドウ球菌が検出され、原告野村が右球菌による骨髄炎に罹患していることが判明した。

6  同年九月六日、原告野村は国立姫路病院に転院したが、当時骨髄炎に罹患していたこと、および、本件骨折が広い範囲の粉砕骨折であつたことから、骨癒合は遅延した。

7  同年一一月中頃、原告野村が機能回復訓練をしていた時に本件骨折部分にひびが入つたことから、再び骨折し、患部の細菌が活動を始め、症状が悪化し、瘻孔から膿が出始めたので、腰部から右足端までギブスで固定されて治療を受けた。

8  その後、昭和四八年二月一三日には骨移植術、同年五月一九日には瘻孔をふさぐためのブレートを除去する手術、昭和四九年七月二四日には腐骨除去および骨移植術がそれぞれ行われるなど、本件骨折部の治療は続けられた。

9  しかし、昭和五〇年五月八日、本件骨折部の症状は固定し、原告野村は右大腿骨に仮関節が残り、右膝関節は伸展一七〇度、屈曲一六〇度、右足関節は背屈九〇度、離屈一〇〇度と運動障害が残り、右下肢が六センチメートル短くなるなどの後遺障害が残つた。

10  原告野村は、昭和五一年四月八日、国立姫路病院を退院した。

以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

なお、原告野村の右療養期間中に、原告野村が他に傷病を負い、あるいは、担当医師において原告野村の治療につき前記主張以外の過誤が存したことについては、なんら主張立証のないところである。

右認定・説示のところに鑑定人水野耕作の鑑定の結果(以下水野鑑定という。)をあわせ考えると、昭和四七年二月二四日原告野村が木下外科病院で本件骨折部の手術を受けた際、手術室内の空中塵挨または手術野皮膚等に存した表皮ブドウ球菌が本件骨折部分に侵入し、その結果、右球菌が患部に繁殖したため、原告野村は骨髄炎に罹患するに至つた可能性が最も大きいものと認めることができ、これを覆えすに足りる証拠等は存しないところである。

しかしながら、木下病院においては、前記手術の際およびその後において、厳重な消毒を行い、かつ、適宜の細菌検査を実施していたことは前判示および一件記録にてらし明らかであり、かつまた、右手術の経過時間および方法についても格別問題すべきところは存しないものというべきところ(水野鑑定参照)、一方、手術における細菌汚染の回避可能性について検討するに、右手術は二時間半以上にわたる極めて複雑困難な手術であるところ、水野鑑定によれば、表皮ブドウ球菌は健常人の常在菌であり、手術時の空中汚染や手術室汚染はいかに厳重な取扱いを行つてもある程度の汚染は避けられず、かつ、また、手術時間が長くなればなるほど右汚染の生ずる危険性は高くなることが認められ(これに反する証拠はない)、そうだとすると、他になんらの主張立証のない本件においては、いまだ、原告野村の骨髄炎の罹患が木下医師の過失によるものとは解されないので、原告野村の前記骨髄炎罹患後の治療および後遺障害についても、被告は責任を免がれないものといわねばならない。

三  進んで、原告野村の損害について判断する。

1  休業損害

成立に争いのない甲第九号証、同第一三号証の一ないし六、原告野村本人尋問の結果および弁論の全趣旨によれば、原告は、本件事故当時丸山印刷株式会社に勤務していたが、本件事故のため休業を余儀なくされ、事故後昭和五〇年四月末日に至るも前記認定のとおり引続き入院治療を必要とし、その間全く労働収入がなかつたことが認められる。

証人丸山厳の証言により真正に成立したものと認められる甲第二〇号証の一ないし一〇および弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第六・第七号証によれば、原告は本件事故前一か年間に合計金一二五万四一二〇円の収入(夏季および年末手当を除く)を得ていたこと(したがつて、その平均月額賃金が金一〇万四五一〇円となることは計数上明らか)、また、本件事故にあわなければ、原告はその後右平均月額賃金につき少なくとも別表(一)記載のとおりの昇給があり、同月額賃金らん記載の額以上の金額を毎月賃金として取得し、かつ、同記載の夏季および年末手当を得られた(なお、右の夏季手当は前年九月二一日から当年三月二〇日までの間の就労に対応し、年末手当は当年三月二一日から同年九月二〇日までの就労に対応する。)ものと認められる。

もつとも、昭和四七年度夏季手当は昭和四六年九月二一日から同四七年三月二〇日までの就労に対応するものであることは右認定のところから明らかであるところ、前出甲第二〇号証の一によれば、原告野村の勤務先の労資協定により、右期間中、本件事故による同原告の欠勤の如き、いわゆる届出欠勤者についてはその欠勤一日につき基本日給の三分の一に相当する額を右夏季手当より差引くことに決定されていることが認められるから、原告の場合、右夏季手当より差引かれる欠勤者控除額をもつて、本件事故による損害とみるのが相当であると解され、その額は本件事故発生の日の翌日から夏季手当支給の応当期間の末日まで日数三四日に同原告の基本日給三六〇四円(この額は、前記甲第六号証により認められる同原告の昭和四六年一一月、一二月分、昭和四七年一月分の月額賃金合計金三三万一六〇二円をその期間の総日数九二で除したものである。ただし、円位未満は切捨。)を乗じた額の三分の一に相当する額金四〇八四五円(円位未満切捨)となることは計数上明白であり、また、昭和五〇年夏季手当は右休業期間中の就労に対応するものであること暦法上明白であるから、その全額が同原告の休業と相当因果関係のある損害ということができる。

以上認定・説示のところによれば、右休業期間中の原告野村の休業損害は別表(二)の「得べかりし収入」欄記載の金額となることは計数上明らかであり、右金額につきホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して本件事故時の現価を算出すると別表(二)の該当欄記載の額となり、その合計額は金六一四万一九二二円となることも計数上明白である。

2  逸失利益

昭和五〇年五月八日原告野村の本件事故に起因する傷害の症状が固定したことは前記認定のとおりであり、また、同じく前記認定の如き後遺障害の態様および程度とくに右後遺障害が自動車損害賠償保障法施行令別表等級・第五級に該当するものであること(前記甲第四号証参照)を考慮すると、原告野村の後遺障害による労働能力喪失の程度は七九パーセントを下らないものと認めるのが相当である。

証人丸山厳の証言および弁論の全趣旨によれば、原告野村は昭和五一年二月末日丸山印刷株式会社を停年退職したが、昭和五〇年五月一日から右停年退職までの一〇か月間全く収入を得ていないことが認められ(これに反する証拠はない)、また、原告野村は本件事故にあわなければ少なくとも昭和五〇年五月当時月額金一七万四八八五円の賃金を得、かつ、同年末には金三四万〇一八八円の年末手当を得たであろうと認めうることも前記認定のとおりである。

また、原告野村が本件事故当時五七歳であつたことは当事者間に争いがないところ、厚生省発表の昭和四七年度簡易生命表によれば、五七歳の男性の平均余命は一九・〇八年と認められるから、原告野村は丸山印刷株式会社を停年退職後も再就職し六年間稼働することができるものと推認でき、また、労働大臣官房統計情報部賃金統計課作成の昭和五一年度賃金構造基本統計調査報告書によれば、同年度の勤続年数一年未満の男子労働者の、月間きまつて支給を受ける給与額は金一一万九七〇〇円であると認められ、原告野村は就労すれば右金額と同額の収入を得るであろうことが認められる。

以上の事実に基づき、原告野村の昭和五〇年五月一日以降の労働能力喪失による逸失利益につき、ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して本件事故時の現価を算出すると左記算式のとおり金六三四万四九六四円(円位未満切捨)となる。

(イ)  丸山印刷株式会社を停年退職するまでの分(一〇か月分)

(174885円×10+340188円)×0.833×0.79=1374733.1円

(ロ)  丸山印刷株式会社を停年退職後の分(六か年分)

119700円×12×(7.944-3.564)×0.79=4970231.2円

(ハ)  合計

1374733.1円+4970231.2円=6344964.3円

3  付添費その他の雑費

原告野村が本件事故のため昭和四七年二月一七日から昭和五一年三月末日までの間入院していたことは前認定のとおりであり、弁論の全趣旨によれば原告野村は昭和四七年二月二五日から同年五月八日まで職業付添婦に付添看護を依頼し、その費用として金一九万七二七〇円を支払つたことが認められ、これは前記認定の傷害の部位および程度に照らして本件事故による損害と認めるのが相当であるが、その余の入院期間中の付添人付添の有無およびその必要性についてなんら立証がない。

また、弁論の全趣旨によれば、原告野村は右入院期間中雑費として少なくとも金二五万円の支出を要したものと推認することができ、これまた本件事故による損害というべきである。

以上のとおり、原告野村は右付添費等合計金四四万七二七〇円の損害を被つたこととなる。

4  慰藉料

前記認定の本件事故の態様、傷害の部位・程度、入院治療の経過、後遺障害の程度その他本件にあらわれた一切の事情を考慮すると、原告野村が本件事故において受けた精神的苦痛に対する慰藉料としては金四〇〇万円が相当である。

5  損害の填補

原告野村が、被告から金二六三万七二七〇円、自賠責保険から金二九五万円、健康保険から傷病手当金二七万二〇四八円、会社から金七万円、合計金五九二万九三一八円をそれぞれ受領したことおよびこれらが前記損害額の一部補填となるものであることは当事者間に争いがない。

6  弁護士費用

原告野村が原告訴訟代理人に対し本件訴訟を委任したことは当事者間に争いがないところ、本件事案の内容、訴訟の経過および請求の認容額などに照らし、本件事故による損害として賠償を求めうる右弁護士費用の額は金一〇〇万円と認めるのが相当である。

7  以上のとおりであるから原告野村の損害残額は金一二〇〇万四八三八円となること計数上明白である。

四  さらに、原告組合の請求につき考えるに、請求原因5の事実(原告組合の目的および原告野村との関係)は当事者間に争いがなく。また前出甲第一三号証の一ないし六、同第一五号証の一ないし八、同第一六号証の一ないし四三、成立に争いのない同第一〇号証の二、同第一一・第一二号証、同第一四号証の一ないし四、同第一七号証の一・二、同第一八号証、証人丸山厳の証言により真正に成立したものと認められる同第一九号証および同証人の証言によれば、原告組合は健康保険法に基づき、原告野村に対し(イ)、昭和四七年九月二一日から同四八年二月二八日まで六か月間の傷病手当金として合計金二五万八一三八円を、また、(ロ)、原告野村が使用するコルセツトの製作費金八万三七〇〇円を支給し、さらに、木下外科病院および国立姫路病院に対し原告野村の治療費として別表(三)、(四)記載のとおり合計金七六三万〇九一〇円を支払つたこと、すなわち、以上合計金七九七万二七四八円の保険給付を行つたことが認められ(これに反する証拠はない)、かつまた、前記一、二で認定した事実によれば、右給付金は本来原告野村が被告に対し本件事故による損害として賠償請求しうるものであることが明らかであるから、原告組合は健康保険法六七条に基づき被告に対し右給付金につき損害賠償請求権を取得したものということができる。

五  以上のとおりであり、原告野村の請求は金一二〇〇万四八三八円および内弁護士費用を除いた金一一〇〇万四八三八円に対する本件事故発生日の翌日である昭和四七年二月一七日から、弁護士費用金一〇〇万円に対する本判決言渡の日の翌日である昭和五四年八月一〇日から、各支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないから棄却し、原告組合の請求はすべて理由がある(なお、原告組合の被告に対する本件訴状送達の日の翌日が昭和五一年七月一三日であることは記録上明らかである。)のでこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 砂山一郎 見満正治 辻川昭)

別表(一)

<省略>

以上

別表(二)

<省略>

以上

別表(三) 木下外科病院治療費

<省略>

以上

別表(四) 国立姫路病院治療費

<省略>

以上

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