神戸地方裁判所姫路支部 昭和53年(ワ)278号 判決 1980年12月09日
原告
花山初男
被告
織辺自動車工業株式会社
ほか一名
主文
一 被告らは原告に対し各自金三七三万六一七八円およびこれに対する昭和五一年一二月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の、その余を被告らの各負担とする。
四 この判決は第一項に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告
1 被告らは原告に対し各自金七〇〇万円およびこれに対する昭和五一年一二月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 仮執行の宣言。
二 被告ら
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 事故の発生
原告は次の交通事故によつて傷害を受けた。
(一) 日時 昭和五一年八月一四日午後二時三〇分頃
(二) 場所 兵庫県城崎郡香住町土生カヤノ橋東約一キロメートル先の国道一七八号線上
(三) 加害車 普通貨物自動車(神戸四四は三〇二〇号)
右運転者 被告桑田行泰(以下、被告桑田という。)
(四) 被害者 原告(当時、加害車に同乗していた。)
(五) 態様 被告桑田が加害車を運転して本件事故現場を進行中、道路脇(進行方向に向つて左側)に設置されていた電柱に加害車を激突させた。
2 受傷および治療経過等
原告は、本件事故により左眼角膜穿孔性外傷の傷害を受け、次のとおり治療を受けた。
(一) 昭和五一年八月一四日、公立香住病院に通院
(二) 昭和五一年八月一六日から同年九月二日まで一八日間、神戸大学医学部付属病院に入院
(三) 昭和五一年九月三日から同年一二月二七日まで一一六日間、兵庫県立加古川病院に入院
しかしながら、原告は左眼視力が〇・〇一(矯正視力は〇・〇二)になるという後遺障害が残存し、その程度は自賠法施行令別表後遺障害等級八級一号に該当する。
3 責任原因
(一) 被告織辺自動車工業株式会社(以下、被告会社という。)は加害車を所有し、従業員である被告桑田が同車を使用するのを許可していたのであるから、同車を自己のために運行の用に供していたものとして、自賠法三条により本件事故によつて生じた損害を賠償する責任がある。
仮に被告会社に右の責任がなかつたとしても、被告会社には加害車のキー等の保管および管理につき過失があり、そのため被告桑田が加害車を被告会社に無断で使用し、本件事故を発生せしめたのであるから、被告会社は民法七〇九条により本件事故によつて生じた損害を賠償する責任がある。
(二) 本件事故現場付近は、道路が加害車の進行方向に向つて右側にカーブしているのであるから、自動車運転者としては前方を注視して、ハンドルを右に転回操作すべき注意義務があつたのに、被告桑田はこれを怠り、漫然と直進した過失により本件事故を発生させたものであるから、被告桑田は民法七〇九条により本件事故によつて生じた損害を賠償する責任がある。
4 損害
(一) 治療費 金一一九万七八六〇円
(1) 公立香住病院に支払つた分 金一万〇六九〇円
(2) 神戸大学医学部付属病院に支払つた分 金二〇万一〇一〇円
(3) 兵庫県立加古川病院に支払つた分 金九八万六一六〇円
(二) 入院雑費 金八万〇四〇〇円
原告は一三四日間の入院期間中、一日金六〇〇円の割合で諸雑費を支出した。
(三) 休業損害 金三〇万六四七四円
原告は、昭和五一年五月二〇日から同年八月一三日(事故の前日)まで八六日間、有限会社岡本車両整備工場(以下、岡本車両という。)で自動車整備見習工として勤務し、合計金一九万三八〇〇円の収入を得ていたが、本件事故により、昭和五一年八月一四日から同年一二月二七日まで一三六日間の休業を余儀なくされ、その間勤務先から給与の支給を受けられなかつた。
よつて、右期間中休業したことによる原告の逸失利益は左記算式のとおり金三〇万六四七四円(円位未満切捨)となる。
193,800÷86×136=306,474.4
(四) 逸失利益 金八七一万〇七六五円
原告は前記後遺障害が固定した昭和五一年一二月二七日当時二一歳の男子であるから、就労可能年数は同日から四六年間であり、その間、前項記載程度の収入(年間金八二万二五二三円)を得べかりしところ、右後遺障害のため、その労働能力の四五パーセントを喪失したから、ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、原告の右期間の逸失利益の現価を求めると、左記算式のとおり金八七一万〇七六五円(円位未満切捨)となる。
822,523×0.45×23.534=8,710,765.3
(五) 慰藉料
原告の本件事故による慰藉料としては、入院による分が金八〇万円、後遺障害による分が金三三六万円、合計金四一六万円が相当であるが、原告はいわゆる好意同乗者であつたから、その八割である金三三二万八〇〇〇円を請求する。
5 損害の填補
原告は、被告らから見舞金一万円、社会保険から金五八万四〇四〇円、自賠責保険から金五七八万三八二〇円、合計金六三七万七八六〇円の支払を受けた。
6 結び
よつて、原告は被告らに対し各自、右損害の内金七〇〇万円およびこれに対する本件事故後である昭和五一年一二月二八日から支払済みまで民法所是年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2の事実中、原告が本件事故により左眼角膜穿孔性外傷の傷害を受けたこと、原告がその主張のとおり治療を受けたことおよび原告が自賠法施行令別表後遺障害等級八級の認定を受けたことは認める。
3 同3(一)の事実中、被告会社が加害車を所有していることは認め、その余は否認する。
4 同3(二)の事実中、被告桑田が漫然と直進したことは否認し、その余は認める。
被告桑田が加害車を運転中、突然運転台の窓から大型の蜂が車内に入り、同被告の顔面に近づいたので、同被告は右蜂を車のフロントガラスに押えつけたのであるが、そのため一瞬前方注視を欠き、ハンドル操作が遅れ、本件事故が発生したのであり、本件事故は不可抗力によるものであり、同被告には過失はない。
5 同4の事実中、原告の治療費がその主張のとおりであることおよび原告が昭和五一年五月二〇日から同年八月一三日まで八六日間、岡本車両で自動車整備見習工として勤務し、合計金一九万三八〇〇円の収入を得ていたことは認め、その余は否認する。
6 同5の事実は認める。
三 被告らの主張
1 自賠法三条の責任について
被告会社は従来から従業員に対し加害車の私用を禁じていたところ、原告は被告桑田に対し加害車を使用してキヤンプに行くことを提案し、同被告は被告会社から同車を私用に使うことを禁じられている旨伝えたが、原告が同車の使用を強く希望するので、同被告もこれに応じ、被告会社に無断で同車を持出し、原告および被告桑田が交互に運転してキヤンプに行つたのであり、本件事故はその途中で発生したものである。
右事実によれば、本件事故当時、被告会社は加害車を自己のため運行の用に供していたものであるとはいえない。
かえつて、原告が加害車を運行の用に供していたものであり、原告は自賠法三条の「他人」に該当しない。
2 好意同乗について
原告は本件事故につき、好意同乗として慰藉料の二割を減じているが、前記1記載の事情のもとでは、少くともその損害の五割を減ずるのが相当である。
3 示談の成立
原告の代理人である原告の父親および叔父と被告らとの間で、自賠責保険からの後遺障害補償の給付を受けるための書類を作成した際に、原告は本件事故につき保険給付以外には被告らに対し何らの金銭的請求をしないとの示談が成立した。
四 被告らの主張に対する認否
1 被告らの主張1、2の事実は否認する。
原告は単なる好意同乗者である。
2 同3の事実は否認する。
第三証拠〔略〕
理由
一 事故の発生等
請求原因1の事実(事故の発生)および原告が本件事故により左眼角膜穿孔性外傷の傷害を受けて請求原因2記載のとおり治療を受けたことは当事者間に争いがなく、原本の存在および成立に争いのない甲第五、第六号証ならびに原告本人尋問の結果によれば、原告は本件事故による右受傷のため左眼の視力が〇・〇一(矯正視力〇・〇二)になるという後遺傷障害が残存したことが認められる。
二 責任
1 被告会社について
(一) 被告会社が加害車の所有者であることは当事者間に争いがないところ、被告会社は同被告が加害車の運行供用者であることおよび原告が自賠法三条にいう「他人」であることを争うので検討する。
(二) 原告・被告桑田・被告会社代表者各本人尋問の結果および弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。
1 被告会社は自動車の修理および販売を業とする会社であり、被告桑田は被告会社に自動車整備士として雇用されていた。
2 被告会社は加害車を販売用の中古車として所有し、他の車とともに展示していたが、同被告はその所有する自動車について管理を厳重にして従業員の私用を固く禁じていたというわけではなく、加害車のキーも事務所のキーボツクスの中に保管していたが、従業員が容易に持出せる状態であつた。
3 原告と被告桑田とは中学校時代からの友人であつたが、両名で山陰方面へキヤンプに行くことを計画し、本件事故の日の前日、被告桑田の勤務終了後に被告会社でおちあつた。
4 その際、キヤンプ用具を積載するには「バン」型の自動車を使用するのが便利なことから、被告桑田は被告会社から「バン」型の自動車を借受ける旨原告に述べ、加害車を持出してきたが、実際は被告会社の了解を得ず、無断で持出したものであつた。
5 そして同日午後七時頃、被告桑田が加害車を運転し、原告がこれに同乗して、キヤンプに出発した。
6 本件事故は、その翌日、キヤンプからの帰途に発生したものであるが、その間、加害車の運転は終始被告桑田が行い、原告は助手席に同乗していた。
7 原告と被告桑田の間で、本件キヤンプの日程は事前には一、二泊程度ということが決められていたのみであり、加害車のガソリン代等の費用の負担についても格別の約束はなされていなかつた。
8 被告会社は本件事故後、被告桑田に対し、被告会社所有の自動車を私用に使う場合は事前に了解を得るようにと注意した。
以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。
(三) 以上の事実関係からは、被告会社は本件事故当時、いまだ加害車の運行供用者たる地位を喪失していたものとはいえず、また、原告が加害車の運行を支配していたものとみることもできない。
よつて、被告会社は自賠法三条により、本件事故によつて生じた原告の損害を賠償する責任がある。
(四) しかしながら右事実によれば、原告は同乗者とはいえ、運転者である被告桑田と共同の目的のもとに加害車によるドライブを楽しみ、加害車による運行利益を得ていたものであり、公平の原則に照らし、いわゆる好意同乗者として損害賠償額の算定に当つては相応の減額がなされるべきである。
のみならず、本件キヤンプ旅行においては、夜間長時間の運転がなされ、翌日昼頃には帰途につくという強行日程であり、しかも運転者は終始被告桑田であるから、原告は被告桑田に精神的肉体的な疲労が重なり、場合によつては事故が発生する可能性があることは十分予見しえたものというべく、危険の可能性を甘受していたものと評価されても致し方ないものというべきである。
以上の点を考慮し、公平の原則に照らし、被告会社の賠償すべき損害額は、総損害額から三〇パーセントを減額した金額とするのが相当である。
2 被告桑田について
(一) 本件事故現場付近は道路が加害車の進行方向に向つて右側にカーブしていることは当事者間に争いがないところ、このような場合、自動車運転者としては前方を注視してハンドルを右に転回操作すべき注意義務があるものというべきである。
ところが、成立に争いのない甲第一六、第一七号証および原告本人尋問の結果によれば、被告桑田は車内に入り込んだあぶ様の虫に気をとられ、前方注視を怠つて直進したために本件事故が発生したことが認められる。
被告桑田はその本人尋問において、原告が右虫を捕ようとして手を差出したために前方が見えなくなりハンドル操作が遅れて本件事故が発生したと供述するが、右供述は前出甲第一六号証に照らして措信できず、他に前記認定に反する証拠はない。
右事実によれば、被告桑田は民法七〇九条により、本件事故によつて生じた原告の損害を賠償する責任がある。
(二) しかしながら、前記と同様の理由から、公平の原則に照らし、被告桑田の賠償すべき損害額は、総損害額から三〇パーセントを減額した金額とするのが相当である。
三 損害
1 治療費 金一一九万七八六〇円
原告が本件傷害の治療費として合計金一一九万七八六〇円を請求原因4(一)記載の病院に支払つたことは当事者間に争いがない。
2 入院雑費 金八万〇四〇〇円
原告が本件事故のため合計一三四日間入院したことは前記のとおりであり、右入院期間中一日金六〇〇円の割合による合計金八万〇四〇〇円の入院雑費を支出したことは、経験則上これを認めることができる。
3 休業損害 金二九万九七一三円
原告が昭和五一年五月二〇日から同年八月一三日まで八六日間、岡本車両で自動車整備見習工として勤務し、合計金一九万三八〇〇円の収入を得ていたことは当事者間に争いがなく、原告本人尋問の結果により成立の認められる甲第一二号証および弁論の全趣旨によれば、原告は本件事故のため昭和五一年八月一七日から同年一二月二七日まで一三三日間休業を余儀なくされ、その間全く労働収入がなかつたことが認められる。
右事実によれば、原告は右期間の休業のため、左記算式のとおり金二九万九七一三円(円位未満切捨)の収入を失つたものというべきである。
193800÷86×133=299713.9
4 逸失利益 金八七一万〇六五四円
成立に争いのない甲第一七号証によれば、原告は昭和三〇年九月二四日生れの男性であることが認められるから、昭和五一年一二月二七日当時、原告は二一歳であつたものというべく、厚生省発表の昭和五一年度簡易生命表によれば、二一歳の男性の平均余命は五二・六五年であることが認められるから、原告は同日から四六年間稼働できるものと推認でき、その間前項記載程度の収入(年額金八二万二五二三円・但し円位未満切捨・となることは計算上明らかである。)を得ることができたものというべきところ、前記認定の後遺障害の部位および程度によれば、原告は本件事故による後遺障害のためその労働能力を四五パーセント喪失したものと認めるのが相当である。
以上の事実に基づき、原告の昭和五一年一二月二八日以降の労働能力喪失による逸失利益につき、ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除してその現価を求めると、左記算式のとおり金八七一万〇六五四円(円位未満切捨)となる。
822523×0.45×23.5337=8710654.2
5 慰藉料 金四一六万円
本件事故の態様、傷害の部位・程度、治療経過、後遺障害の程度等諸般の事情を総合すると、原告が本件事故によつて受けた精神的苦痛に対する慰藉料は金四一六万円と認めるのが相当である。
6 以上のとおりであるから、原告の損害は金一四四四万八六二七円となるが、前記説示に従つてその三〇パーセントを減額すると金一〇一一万四〇三八円(円位未満切捨)となり、右金額が被告らが支払うべき損害額となるが、原告が損害の填補として金六三七万七八六〇円の支払を受けたことは当事者間に争いがないので、これを控除すると、残損害額は金三七三万六一七八円となる。
四 示談の成立について
被告らは、原告と被告らとの間で、原告は本件事故につき保険給付以外には被告らに対し何らの金銭的請求をしないとの示談が成立したと主張し、被告会社代表者はその本人尋問において右主張に沿うかのごとき供述をするが、右供述はあいまいであり、証人花山二郎の証言に照らし、にわかに措信できない。
そして、他に右主張を認めるに足りる証拠はない。
五 結論
以上の事実によれば、被告らは原告に対し各自金三七三万六一七八円およびこれに対する本件事故の日の後である昭和五一年一二月二八日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払義務があるものというべく、原告の本訴請求は右の限度で正当であるからこれを認容し、その余の請求は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 辻川昭)