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神戸地方裁判所姫路支部 昭和63年(ワ)31号 判決 1990年9月17日

原告

福栄明夫

右訴訟代理人弁護士

竹嶋健治

前田正次郎

深草徹

被告

丸果加古川青果株式会社

右代表者代表取締役

大谷二三男

右訴訟代理人弁護士

安平和彦

佐藤幸司

田島実

石丸鉄太郎

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求の趣旨

1  原告が被告との雇用契約に基づく従業員たる地位の存することを確認する。

2  被告は原告に対し、昭和六二年一一月以降本件判決確定の日まで毎月二五日限り一か月金一六万円の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  要旨

本件は、被告がかねて雇用していた原告について、昭和六二年一一月九日、合意解雇(又は懲戒解雇)したとして原告の従業員たる地位を争うので、原告が被告との雇用契約上その従業員たる地位の存在確認と被告に対し解雇以降一か月一六万円の割合による平均賃金の支払を求めている事案である。

二  当事者間に争いのない事実

1  被告は、卸売市場法に基づき昭和四八年五月に開設された加古川市公設地方卸売市場の青果部において、野菜及び果実の生産者から販売の委託を受け、これを仲卸業者に「せり」の方法で販売することを業とする株式会社であり、昭和六二年一一月当時のその内部組織は事務部門と営業部門とで構成され、前者は、総務統括本部長取締役唐津裕通(以下「唐津本部長」という。)及び副部長川村義則(以下「川村副部長」という。)のもとに総務課(課員二名)及び電算課(係長原告と課員五名・パート二名)から成る総務部であり、後者は、取締役渋谷正幸のもとに果実第一課と第二課から成る果実部(部長以下八名)及び貿易課一課から成る商事部(課長以下三名)並びに取締役前川良秀のもとに野菜第一ないし第三課から成る野菜部(部長以下一四名・パート一名)、以上の三部に分かれていたが、商事部貿易課を除く営業部門の主たる業務の内容は、(1)夜中に入荷した商品と生産者からの送り状との照合・せり帳の作成・せり用サンプルの準備に始まり(野菜部は午前五時三〇分始業、果実部は午前六時始業)、(2)「先せり」(野菜部は午前六時から午前八時頃まで、果実部は午前六時三〇分から午前七時頃まで)及びせり落とされた商品の分荷と配達、(3)「後せり」(午前九時三〇分から午前一〇時頃まで)及びせり落とされた商品の分荷と配達等で終る(野菜部は午後二時終業、果実部は午後二時三〇分終業)というものであり、また、総務部電算課の主たる業務の内容は、(1)販売原票のコンピューター出力等に始まり(午前六時始業し午前七時頃まで)、(2)せりの結果のコンピューター入力(午前八時頃から)、及び(3)全国農業協同組合連合会に対するドレスデータの転送(午前一一時頃)の後、(4)買受人に対する請求書及び生産者に対する仕切書のコンピューター出力(午前一一時頃から)等で終わる(午後二時三〇分終業)というものであった。

2  原告は、昭和五一年三月一六日、被告との間に雇用契約を締結し、総務部電算課に所属して、コンピューターの操作業務に従事してきたが、その賃金(毎月分当月二五日支払)は昭和六二年八月から一〇月まで三か月間の平均で一か月金一六万円を下ることはない。

3  昭和六二年一一月七日、野菜部所属の秦秀樹(主任)と小村秀昭が午前五時三〇分から午前九時頃までの間、果実部所属の大西唯博(主任)と井上初正、貿易課所属の中島正昭(主任)並びに総務部電算課所属の原告と服部修二と三俣泰裕が午前六時から午前九時頃までの間、それぞれ欠勤した(以下これを「本件一斉欠勤」という。)が、これにつき、電算課所属の三名の者は被告に対し事前に何の連絡もせず、その余の五名の者は当日就業開始時刻直前になって被告に対し病気(虚偽)を理由に欠勤する旨の電話連絡をしたのみであった。

4  被告の就業規則によると、八〇条で、従業員が所定の届出を懈怠し又は虚偽の届出をした場合等(四号)及び従業員に越権専断の行為があった場合(七号)等には減給(但し、情状によっては譴責。)とする旨を定め、八一条で、八〇条四号ないし七号に該当した場合でその情が非常に重かったとき(七号)、従業員が正当な理由なくして一四日以上無届け欠勤したとき(一〇号)及びその他同条各号に準ずる不都合の所為があったとき(一一号)等には懲戒解雇(但し、情状によっては減給・降職。)とする旨を定めている。

5  被告は原告に対し、昭和六二年一一月一三日到達(同月一一日発送)の通知書をもって、「原告を同月九日付で懲戒解雇する。」旨の意思表示をした(以下これを「本件懲戒解雇」という。)ほか、同月九日頃、本件一斉欠勤に参加した者のうち、主任の地位にあった大西唯博・中島正昭・秦秀樹に対しては三か月間降職の、その余の四名の者に対しては三か月間の基本給二〇〇〇円減給の各懲戒処分を告知した。

三  本件の争点

(一)  被告抗弁にかかる左記事実が認められるか否か。

1 原告と被告は、昭和六二年一一月九日雇用契約を解除する旨を合意した。

2 仮に然らずとするも、本件一斉欠勤の首謀者である原告は、服務規律を無視して他の七名の者をそそのかし、無届ないし仮病の届出をさせて本件一斉欠勤を敢行し、その結果、被告の秩序を乱したのみならず業務に重大な影響を及ぼしたものであり、その行為は被告の就業規則八一条七号(八〇条四号、七号)あるいは八一条一一号に該当するから、本件懲戒解雇の告知により原告との雇用契約は終了した。

(二)  被告の懲戒解雇の抗弁に対し、原告再抗弁にかかる左記事実が認められるか否か。

1 被告には昭和六二年九月一日に結成された「丸果労働者組合」なる労働組合があり、原告はその組合員(書記長)であったところ、被告の恣意的な人事により従業員の地位が不安定となっていたため、従業員が被告にとって不可欠な人材であることを誇示する目的で他七名の者と共に事前協議のうえ本件一斉欠勤を実行したものであり、本件一斉欠勤は、右労働組合の正当な組合活動(ストライキもしくはサボタージュ)として労働者の団体行動権の行使にあたるから、被告がこれに参加した原告ら組合員に対して本件懲戒解雇などの懲戒処分をなしたことは不当労働行為として許されない。

2 仮に然らずとするも、本件懲戒解雇は、被告が原告の従前からの組合活動を嫌悪し差別的取扱としてなしたものであるから、不当労働行為である。

3 仮に然らずとするも、原告に対する本件懲戒解雇は、被告の従前における懲戒処分の事例や原告以外の本件一斉欠勤参加者に対する処分内容等と比較して著しく衡平を欠くものであるから、人事権の濫用である。

第三争点(一)1に対する判断

一  (証拠略)、(1)原告は、昭和五九年七月頃、丸果労働者組合の結成とともに執行委員長に就任し、頻繁に被告との団体交渉をもっていたほか、同年九月、被告との間に労働協約を締結するなどの組合活動に従事し、昭和六一年七月頃、右労働組合が丸果従業員組合(執行委員長畠伸一)に改組されたのちの当初一か月間は書記長として活動し、丸果従業員組合が翌六二年七月に解散したのちは、原告の申入により被告が設置を認許した「専門委員会」において労働条件等を討議して被告代表取締役大谷二三男(以下「社長」という。)に報告するなどしてその主導的役割を果たしていたものであり、懲戒解雇の要件や効果など被告の就業規則の内容は十分理解していたとみられること、なお、原告は、昭和五九年に電算課主任に、昭和六一年四月に同課係長に昇進したものであるが、被告と前記労働組合などとの間で締結された労働協約においては、電算担当の責任者(係長)は組合員から除く、と定められていたこと、(2)原告は、昭和六二年一一月六日夜、社長や唐津本部長らとともに従業員宅での通夜に参列したのち、午後八時頃、焼肉屋で野菜第三課主任・泰秀樹と相談したうえ、確たる具体的な目的も計画もないのに、翌七日(土曜日)の早朝に本件一斉欠勤を行うことを決定し、原告及び秦秀樹のほか翌日までに連絡のとれた従業員六名の者をもって、被告の業務に支障が出ることを十分認識しながら、同月七日、本件一斉欠勤を敢行したが、その結果、当日午前六時に業務を開始すべき電算課の事務室(電算室)は無人の状態となり(女子課員の始業時刻は午前六時三〇分、なおパート二名も欠勤した)、同課のコンピューターを操作しようとした唐津本部長も不慣れなため、事務処理に混乱が生じたほか、果実部ではせりの準備ができなかったため、「先せり」ができず、「相対売り」の方法に変更することを余儀なくされ(なお、当日果実第一課所属の畠伸一が休暇をとることは事前に分かっていた)、野菜部では急遽管理職員を動員して幸うじて「先せり」を終えるなどの影響が出たこと、なお、原告は、同日九時前頃、会社に出勤し、原告自宅に待機中のその余の本件一斉欠勤参加者も、原告からの電話連絡により間もなく出社したこと、(3)同月七日の午後二時三〇分から、被告の就業規則及び従前の慣行に基づいて開催された懲戒審査委員会(使用者側として社長のほか唐津本部長ら取締役三名と労働者側として社員会の代表四名をもって構成)は、本件一斉欠勤参加者に対する懲戒処分を検討したうえ、原告に対しては懲戒解雇相当などの結論を社長に答申したので、社長は、その場で被告の取締役会に諮ったうえ、原告に対する懲戒解雇等を決定したこと、なお、同日の午前一一時頃、原告は、唐津本部長から処分が決定されるまで自宅で待機するよう命じられ、間もなく帰宅したこと、(4)一方、原告は、同月七日午前九時三〇分頃、社長室で本件一斉欠勤につき弁解を聴かれた際、他の参加者一、二名とともに、参加者に対する「せり」担当の容認その他人員配置の適正を求めるものである等と釈明したが、その際、懲戒審査委員会が開かれることを聞いたので、翌八日夕方、唐津本部長を自宅に訪ねたところ、原告に対する懲戒解雇処分が決定されたことを告げられたが、処分については何らの異議も述べずに、唐津本部長に対し「一斉欠勤は自分がさせたことであって、責任は自分にあり自分が退職でもすれば済むことであるので、他の参加者は処分しないで欲しい。」旨を述べて辞去したこと、(5)同月九日午前九時頃、社長は、原告に対し、本件一斉欠勤を理由として原告を懲戒解雇する旨を告知したところ、原告が「責任はすべて自分にあるから、その責任をとって会社を辞めるので、他の参加者は処分しないで欲しい。」と頼んだため、かかる原告の潔い態度に感銘を受けた社長は、懲戒解雇処分を撤回して自己都合退職に変更してもよいと提案し、これに対し、原告も謝意を表明して右提案に応じ、社長と握手を交わしたが、その直後、社長は、川村副部長に対し、「原告の懲戒解雇を自己都合退職に変更したので、それに伴う手続をとるように。」と指示したのに、これを聞いていた原告は何らの異議も述べなかったこと、(6)しかるに、その後(九日中)になって、原告は弁護士に経過を話して相談した結果、翻意し、被告に対する原告の地位保全の仮処分を申請することを決め、同月一八日、神戸地方裁判所姫路支部に対し右仮処分の申請をしたこと、以上の各事実が認められ、(証拠略)の記載及び原告本人尋問の結果中、右認定に反する部分はにわかに措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

二  右認定事実及び前記当事者間に争いのない事実に照らして考えると、被告の業務に支障の出ることの明らかな本件一斉欠勤を確たる具体的な目的も計画もないまま突如として敢行した原告は、その参加者に対する懲戒処分が現実化するに及び、首謀者であるうえ会社における自らの地位等をも考慮し、自分が退職して一人で責任をとろうと決心し、本件一斉欠勤日の二日後の昭和六二年一一月九日、自分に懲戒解雇処分の告知あることを十分予測しながら社長室に入り、間もなく懲戒解雇処分を告知した社長に対して右決心を述べたところ、これに感銘を受けた社長から、「自己都合による退職に変更してもよい。」旨を提案されてこれを応諾したものと認むべきであって、そうすると、右応諾の時点において原被告間に原告の雇用契約解除の合意が成立したものというべきである。

もっとも、原告は、「従業員のする退職の意思表示は真摯になされたものでなければその効力がないところ、原告の本件退職の意思表示は自由になされたものといえないから、その効力は否定されるべきである。懲戒解雇されると信じ、懲戒解雇を避けるため退職の申入れをした場合も、真摯な退職の意思表示といえないから、この点においても、原告の本件退職の意思表示は効力のないものである。」と主張し、右合意解除の効力を争っている。

しかし、前判示のとおり、被告が原告に対して懲戒解雇処分を告知したのは、本件一斉欠勤の日から二日経過した昭和六二年一一月九日であり、その間に、原告は被告から本件一斉欠勤について弁解の機会を与えられていた一方、被告は既に同月七日(本件一斉欠勤当日)の午後に懲戒審査委員会の答申を経て現実に原告はじめ本件一斉欠勤参加全員の懲戒処分を決定していたものであり、また、原告自身も同日午後に懲戒審査委員会が開催されることを事前に了知していたばかりでなく、同月八日、既に唐津本部長から内々に自己に対する懲戒解雇処分の決定を聞知していたものであって、これら諸事情に、前判示の、原告が従業員として置かれている立場(係長であること等)及び本件一斉欠勤についての首謀者的役割などをも考え合せると、原告において自分に対して他の本件一斉欠勤参加者に比し最も重い処分(懲戒解雇処分)が下ってもやむを得ないことを事前に十分予測できたところであろうし、しかも、右処分の告知までの間、原告がその対応策を検討するのに十分な時間的余裕があったものというべく(実際、原告が事前に退職も余儀ないものと十分覚悟していたことは、前判示認定のとおりである)、なおまた、諸般の事情に徴すると、被告の就業規則の諸規定にてらし原告に対する本件懲戒解雇が強ち不合理かつ不公正極まるものともにわかに断じ難いものであってみれば、原告が前記合意解除を承知したことには、相応の合理性・合目的性がみられ、時間的経緯にてらし被告の采配等に関係なく原告の自由な意思に基づいてなされたものというべく、しかも、ありえない懲戒解雇処分を事前に回避する意図の下に右合意解除を承知したものとも到底いい難いから、原告の前記主張は、採用することができない。

そして、原被告間に、要式行為でもない雇用契約解除の合意が一旦成立した以上、その効力を否認すべき法律上の事由について何らの主張立証もない本件においては、右合意によって、原被告間の雇用契約は終了したものといわなければならない。

第四結論

以上の次第で、原告の本訴請求は、その余の争点について判断するまでもなくいずれも理由がないから、棄却することとした。

(裁判長裁判官 砂山一郎 裁判官 松永眞明 裁判官 村田健二)

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