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神戸地方裁判所尼崎支部 平成元年(わ)525号 判決 1991年4月15日

主文

被告人を懲役三年に処する。

この裁判確定の日から五年間右の刑の執行を猶予する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、平成元年一〇月九日午後一一時三〇分ころ、大阪市北区芝田一丁目一番一号阪急電鉄梅田駅で午後一一時三二分発三宮行き普通電車に乗車した際、足を大きく広げて座っていたA(当時四〇歳)に対しその座りかたを注意したが、同日午後一一時四七分ころ、右普通電車が兵庫県尼崎市武庫之荘一丁目一番二号武庫之荘駅に到着した際、同人から左腕を掴まれ、「ちょっと降りろ。」などと言われて降車させられ、更に、同人から腕を掴まれたり、肩を組まれ平手で後頭部を殴打されたりしながら、約一二〇メートル離れた同市武庫之荘一丁目五番八号先の三叉路路上まで強いて連行されたうえ、車中で注意されたことに逆恨みして飲食代を強要されたり、肩を組み被告人の背後から首を巻くようにした右手拳で右頬を殴打されたりしたうえ、右手でワイシャツの左胸ポケットを掴まれるなどされたため、激昂して、同日午後一一時五五分ころ、同所において、同人の右腕を取って巻き込み投げをし、立上がった同人の胸部を足蹴にしたり、手拳で同人の顔面を殴打したうえ、後ずさりしながら逃げようとした同人に対しさらに、その顔面を数回手拳で殴打したり、胸部等を数回足蹴にするなどの暴行を加えて、同人に鼻骨、下顎骨骨折等の傷害を負わせ、よって、そのころ、同所において、同人を右顔面打撲による外傷性くも膜下出血により死亡するに至らせたものであるが、被告人の右行為は急迫不正の侵害に対し自己の権利を防衛するためやむを得ず行ったもので、防衛の程度を越えたものである。

(証拠の標目)<省略>

(弁護人の主張に対する判断)

一  本件犯行に至る経緯

弁護人は、被告人の本件暴行は正当防衛に該ると主張するので、まず、本件犯行に至る経緯について検討するに、被告人の前掲各供述調書(以下、「捜査段階での供述」ともいう。)並びに被告人の当公判廷における供述及び第八回公判調書中の被告人の供述部分(以下、「公判段階での供述」ともいう。)、証人中田博昭及び同森下征夫の第二回及び第三回各公判調書中の各供述部分(以下、各証人の公判調書中の供述部分を単に「証言」という。)等によれば、次の事実を認めることができる。

1  被告人は、犯行当日の午後一一時三〇分ころ、梅田駅で、少し混んでいた電車に乗り、つり革のあいている場所を見つけ、そこに立とうとしたところ、その前の座席に座っていたA(以下、「被害者」という。)が足を大きく広げて座っており、その足先が被告人のズボンに当たったように思え、かつ、その態度に義憤を感じたことから、もう少しきちんと座るよう厳しく注意したが、被害者は「何も文句言ってないやないか。」などと、被告人以外の乗客は何も被害者に対して文句を言ってないではないかと解される趣旨の応答をしただけで、被告人の注意を無視したが、被告人は、その時、既に背広の上着を脱いでいたところ、車中が暑かったので、さらにネクタイを外してズボンの後ろポケットに入れ、ワイシャツの袖口をまくし上げ、つり革につかまって目をつむり、翌日が休日であったので、子供とどこへ出かけようかと考えるなどし、被害者のことは念頭になくなっていた。

2  右の電車が武庫之荘駅に到着した時、突然、被害者が被告人に対し、「ちょっと降りろ。」などと言って、被告人の左腕を掴み下車させようとしたが、被告人は、まだ下車する駅ではなかったので、被害者の手を振りほどこうとしたところ、被害者は手を放そうとしなかったので、被告人は、被害者が背広にネクタイという一般的サラリーマンの服装をしていたことから、ホームに降りて話をすれば分かってくれるなどと判断して、網棚に上げていた上着と鞄を持って、被害者のなすままに下車した。

3  しかし、ホームに降りた後も、被害者は被告人の左腕を掴んだまま、「お前が因縁をつけてきたんやろ。」などと言いながら、ホームの階段を降りて行こうとしたが、被告人は、仮にホームで被害者の要求を拒んだ場合、大勢の乗客の中で揉めることになり、体裁が悪いなどと考えて、被害者のなすがまま、改札口まで付いて行った。被害者はそこで一旦被告人の左腕を放し、被告人の後ろからその肩を押して改札口から出させようとした。一方被告人は、改札口で駅員が被告人らに気付いて仲裁に入ってくれることも期待したが、駅員は全く気付かず、他の客も見て見ぬ振りをしたので、被害者に押されるまま改札口を出た。

4  被告人は、そのまま被害者にどこかに連れて行かれて、暴力を振るわれたりするのではないかと予想したので、被害者から早く離れようと考え、また、明るい所へ行けばそのようなことも避けられるだろうと考え、早足で明るい商店街の方へ歩いて行ったが、間もなく被害者が被告人に追いつき、「待て。」と言って再び被告人の左腕を掴み、「俺を馬鹿にしやがって」「俺の顔をつぶしやがって」「お前、今日、なんぼもってるんや。お前の金で飲ませ。」などと、口汚く被告人にからみ、右腕を被告人の肩に回したり、被告人の後頭部等を数回平手で叩いたりしながら、被告人を前記商店街の通りから暗い脇道へ右折させ、本件犯行現場である三叉路まで強引に連れて行った。

5  被告人は、右三叉路で、自宅は近くにあるかのように言い訳して、被害者から離れようとしたが、被害者は、なお、「飲ませ」などと言って執拗にからみ、被告人の左腕を掴み、被告人の行こうとした道と異なる道へ被告人を連れて行こうとしたので、被告人は、これから逃がれるため被害者の右腕を払いのけて被害者を突き放そうと試みたが、被害者はなお被告人の左腕を放そうとしなかったため、被告人は次第に怒りがこみあげてきたところ、被害者がさらに被告人の肩に回した右手拳で被告人の右頬を突き上げるようにして殴ったので、被告人は「誰に向かって言うてるんや。」などと怒鳴り、被害者を力一杯突き放そうとしたが、被害者が右手で被告人のワイシャツの左胸ポケットを掴んで放そうとしなかったので、被告人は激昂して、右手に上着や鞄を持ったまま、左手で被害者の右手を掴んで体を回して、被害者を背中に巻き込んで投げを打ち、判示犯行に至った。

二  急迫不正の侵害の存否

以上の事実によれば、被害者は、被告人に対し、左腕を掴んだり肩に手を回して脇道へ連れ込んだりして、被告人に執拗にからみつきその行動の自由を侵害し、その間、被告人の後頭部を殴打したり、本件犯行直前には被告人の右頬を手拳で殴打するなどして被告人の身体に対する侵害を行い、さらに正当な理由もなく被告人に飲食代を要求するなど財産に対する侵害を行おうとしたものであり、これらはまさに現在する、ないしは急迫不正の侵害というほかはない。これに対し、検察官は、被告人が被害者のこのような侵害行為を予期し、被害者の攻撃に乗じて積極的に被害者に対し攻撃を加えようとする意思を予め有していたという理由で、右侵害行為の急迫性を争うようである。そして、検察官は、侵害行為の予期や積極的な攻撃意思を有していたことの証左として、被告人は空手の心得があって、被害者から暴行を受けても負けない自信があったことなどをあげるが、このような事情は単に攻撃能力が被害者よりも被告人の方が勝っていることを示すだけであり、被告人が積極的な攻撃意思を有していたことの証左となるものではない。また、検察官は、被告人が駅員や他の通行人に助けを求めることをしなかったことなども、その証左としてあげるが、被告人は右に認定したとおり、電車内において被害者に注意を無視されたことにつき特に遺恨を持ってはおらず、下車して改札口を出るときまでは被害者と話し合いをするなり、駅員に仲裁してもらうつもりであり、改札口を出た後も、被害者に対し攻撃を加える直前まで、一貫して早足で被害者から離れようとしたり、近くに自宅があるかのように装って帰宅しようとして、被害者から逃れようとしているのであり、このことは捜査段階から被告人が一貫して供述するところであって、かつ、少なからぬ目撃者らの供述ともほぼ合致するものであって、十分信用し得るところであるから、被告人が被害者からの侵害行為を予め期待するとか、同人の侵害行為に乗じて積極的に被害者に攻撃を加えようとする意思があったとは到底認められないところである。また、被告人は、改札口から出て間もない段階で、追いついてきた被害者から左腕を掴まれて後頭部を殴打されるなど、既に侵害行為を受けているのであるが、本件のように、身体の自由に対し継続する侵害行為に対し、いつ防衛行為に出るべきかはいちがいに論じ得るものでなく、被告人が本件三叉路までついて行ったことを以って、それ以後は防衛行為に出るべきではないと要求することは、正当防衛の要件として不当に補充性を求めることになるから、検察官の主張は採用できない。

三  防衛の意思の存否

次に、検察官は、被告人には防衛の意思もなかった旨主張するので検討するに、被告人は、身体や財産に対する被害者の不正な侵害行為を認識したうえで本件犯行を行っていること、前述のとおり、被告人は被害者に対し攻撃を加える直前まで被告人から逃れようと試みていること、さらに前述のとおり、被告人は被害者からの侵害行為を予め期待したり、被害者の侵害行為に乗じて積極的に攻撃しようとする意思が認められないことなどを総合すれば、たしかに被告人は被害者の執拗な言動に激昂はしたものの、これから逃がれるためという防衛の意思をも併せ持って本件犯行に及んだものと認めることができる。

四  防衛行為の態様等

そこで次に、被告人の防衛行為の相当性について判断するため、まず被告人の防衛行為の態様ないし状況経過について検討するに、前記認定事実の証拠に加え、証人菊光洋之、同豊浦和人、同池本昌典、同岡本哲也、同菱田繁及び同人作成の鑑定書等によれば、次の事実を認めることができる。即ち、被告人は、前記三叉路において、被害者から離れようとして前記のとおり被害者を巻き込み投げで投げたところ、被害者は体勢を崩して倒れたが、すぐ立ち上がったので、被告人はさらに被害者の胸部を力強く足蹴にしたり、手拳でその顔面を殴打したところ、被害者は後ずさりしながら逃げ始めたが、被告人は、さらに立て続けに被害者の顔面を左手拳で数回殴打したり、その胸部を数回足蹴にしたので、被害者は後ろに退き続け、偶然近くにあった工事用の足場板を持ち上げ、左に振り回そうとしたが、すぐに落としてしまい、その場に少し右体側を下にして仰向けに転倒したところ、被告人は素早く駆け寄り、転倒している被害者の胸部を数回足蹴にしたうえ、直ちにその場から逃走したことが認められる。

右事実に対し、公訴事実は、被害者が足場板を落として仰向けに転倒した後、被告人は被害者の顔面を足蹴にしたというものであり、右公訴事実に合致する証言もある。しかし、右証言は多数の目撃者の内の一人にすぎず、他の証人は被告人が被害者の体の何処を足蹴にしたのか明確には見えなかった旨証言しており、また、本件被害者の死因が新聞等で報じられたことから、その影響もないとはいえず、さらに、司法警察員作成の平成元年一一月一七日付及び司法巡査作成の同月八日付各捜査復命書等によれば、被害者が仰向けに転倒した場所は最寄りの街灯が消灯していて、付近に比べ暗かったことが認められるから、右公訴事実に合致する右証言の信用性は低いと言わざるを得ない。また、被告人は被害者の右側から被害者を足蹴にしたことは認めているが、顔面を蹴ったことは公判廷で否定するところであり、鑑定人菱田作成の鑑定書及び同人の証言によれば、被害者の顔面及び頭部の右側及び正面の傷害は全て、手拳等の鈍体で殴打したことによる傷害である可能性が高いと認められ、被告人が当時履いていた革靴で足蹴にしたことによる傷害とは考え難い。もっとも、被害者の口唇部には革靴等の硬いもので殴打したかのような擦過傷が認められるが、この擦過傷は唇の内側に認められるものであるから、口唇部への手拳による殴打の際に被害者の歯牙によって生じたものと考えられる。さらに、被告人は捜査段階で被害者の顔面を足蹴にしたことを認める供述をしているが、その内容は、被害者が足場板を落として尻餅をついていたところを、その顔面を足蹴にしたというものであるところ、そのような状況を目撃した目撃者は一人もいないから、捜査段階の右供述は信用し難い。このような点を総合すれば、公訴事実の前記部分は、これを認定することはできない。他方、鑑定人菱田作成の鑑定書及び同人の証言によれば、被害者の遺体には、右第六肋骨骨折が認められるところ、その骨折には生活反応がなく、その傷害が生じた時点では被害者の心臓の活動が停止し、あるいは著しく弱まっていたことが認められるから、右骨折は、被告人が被害者に対し加えた最後の攻撃である、仰向けに転倒した被害者への足蹴によって生じたと考えられ、したがって、仰向けに転倒した被害者を被告人が足蹴にした部位は、右認定事実のとおり、被害者の胸部と認められる。

なお、被害者の胸骨も骨折しているが、この骨折には生活反応が認められるから、これは、被害者が仰向けに転倒する前に被害者の胸部を足蹴にした際に生じたものと解することができる。

さらに付言するに、被告人は、捜査段階から一貫して、被害者を巻き込み投げした直後、被害者は、長さ約四、五十センチメートルの角材のようなもので被告人に殴りかかってきたので、被告人は被害者を足蹴にしたと供述しているところ、その当時、被害者が手に持っていたことが明らかなものは週刊誌等だけであり、本件犯行現場には右週刊誌等が放置されていることは認められるが、被告人の供述するような角材は発見されていないことなどからして、被告人が角材と思ったものは週刊誌を丸めたものではないかと考え得る余地もあるが、被告人の供述するような被害者の右行動を目撃した者はだれもいないこと、被告人は被害者が足場板を振り回そうとした事実を全く記憶していないこと、本件犯行の際被告人は左腕に擦過傷を受けていることなどからして、被告人の右供述は、被害者が足場板を振り回そうとしたことを、興奮のあまり勘違いしたと考えるのが相当である。

五  防衛行為の相当性の判断

ところで、被害者の致命傷となった外傷性くも膜下出血の直接の原因について検討するに、証人菱田の証言によれば、その原因として最も可能性の高いものは被害者の右頬及び右顎の打撲傷を生じさせた攻撃であると認められるところ、その攻撃は、前述のとおり、被告人の足蹴による攻撃とは考えられず、手拳等の鈍体によるものと認められるから、外傷性くも膜下出血の原因となった被告人の攻撃は被害者が仰向けに転倒する前に行った顔面に対する手拳による殴打と解するのが相当である。そうすると、本件の公訴事実は傷害致死であるから、本件において被告人の防衛行為として評価の対象とすべきものは、外傷性くも膜下出血の原因である顔面に対する殴打が終了するまでの行為、即ち、被害者が足場板を振り回そうとして仰向けに転倒する前までの攻撃とするのが相当である。そして、被害者の侵害行為は前述のとおり、被告人の左腕を掴んだりして被告人を脇道へ連れ込んだりした、行動の自由に対する侵害行為、その際、被告人の後頭部を殴打したり、右頬を手拳で殴打するなどした身体に対する侵害行為、及び飲食代を要求するなどの財産に対する侵害行為であり、これに対し被告人は、素手で被害者の顔面を殴打したり、その胸部を足蹴にしたものであり、その防衛行為の態様は、被害者の侵害行為を排除するに相当な行為であるかのようにもみえる。しかしながら、被告人の捜査段階及び公判段階での各供述及び司法巡査作成の平成元年一一月一〇日付捜査復命書等によれば、被告人は、約一九年前になるものの、大学生のとき空手部に在籍して空手を修得し、正式に段位取得の手続をしなかったものの空手部の主将までを経験していること、体格的に見ると、被告人は身長一七五センチメートル、体重七五キログラムであるのに対し、被害者は身長一七三センチメートル、体重六三キログラムと、一見して被告人が優勢であること、被告人の捜査段階での供述によれば、被告人は喧嘩になっても被害者に負けない自信があり、被害者から前述のような侵害行為を受けていても、特に恐怖感は感じなかったことがそれぞれ認められ、このように防衛行為者が侵害者に比べ、客観的に見て、はるかに攻撃能力において優越し、そのことを防衛行為者も認識している本件のような場合は、防衛行為者に対し、厳格に防衛行為の相当性を要求し得ると解すべきである。そして、被害者は当時かなり酩酊していたものであり、その侵害行為も、執拗ではあっても、それ程強力なものではなかったと認められるのみならず、被害者は、前記四に認定したとおり、被告人から足蹴にされたり手拳で殴打されている途中で侵害行為を中止して後ずさりしながら逃げようとしているのであるから、この時点で侵害行為は終了したと解せられること、被告人は公判廷で、本件において空手の技は使用していないと供述しているが、目撃者の証言によれば、被告人の攻撃は「素速かった」「すぐ来てすぐ殴って、それで止める間ありませんでした。」とか「恐ろしいて側に寄れなかった状態で、強烈。」とか「武道をやっているような感じがしました。背負い投げが結構決っているように感じました。」などの印象を受けており、被告人の攻撃は通常人の攻撃よりはるかに強力であったと認められ、それは空手の素養に基づくものと考えられること、さらに、鑑定人菱田作成の鑑定書によれば、被害者の顎の骨は二箇所で骨折し、胸骨も骨折していることが認められるところ、これらは被害者が仰向けに転倒する前の被告人の手拳による殴打や足蹴に基づくものと認められるから、被告人の手拳の殴打及び足蹴は相当強力であったと推認できること、これらの事情を総合すれば、被告人の本件防衛行為は、侵害に対する防衛に必要な程度を越えたものと言わざるを得ない。

以上により、被告人の本件犯行は正当防衛とは認められず、その点の弁護人の主張は採用できないが、防衛の程度を越えたものとして過剰防衛にとどまるものと認めることができる。

(法令の適用)

被告人の判示所為は刑法二〇五条一項に該当するので、所定刑期の範囲内で被告人を懲役三年に処し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から五年間右刑の執行を猶予し、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文により全部これを被告人に負担させることとする。

(量刑の理由)

本件は、働き盛りで一家の支柱である男性の生命を奪った事案であって、その結果は重大であり、また、被告人には罰金刑ではあるが暴行罪の前科があることも考慮すると、犯情は芳しくない。しかし本件は、電車内において他人の迷惑を省みない不作法な座りかたをしていた被害者に被告人が注意したことに対し、被害者が逆恨みして被告人に執拗にからみ、挙句に金員を要求するなどしたことに端を発したものであって、被告人のなした右注意は、その仕方に不適切な点があった疑いはあるものの、それ自体は一面、勇気ある行為とも評価し得るものであり、しかも本件犯行は、前述したとおり、もっぱら防衛の目的で行ったものであって、その結果被害者の死亡という不幸な結果に至った点において、同情すべきものがある。加えて、被告人は本件を深く反省し、犯行後二一日を経過した後であるが、警察へ自首していること、被害者の遺族に対しては、被告人の家族が居住している家土地を売却して、被害弁償をする用意を整えていること、被告人は自首に先立ち、それまで勤務していた機器販売会社の課長の職を自らの意思で辞職したうえ、家族に対しても責任を感じ、妻に離婚を申し入れるなどして、社会的制裁を自ら甘受していることなど、被告人に酌量すべき事情も多く認められるので、以上の情状を斟酌したうえ、今回に限り刑の執行を猶予することとし、主文の量刑を相当と思料した。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官佐々木條吉 裁判官武部吉昭 裁判官岡文夫)

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